【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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亡くして行く故に、死んで逝く故に。




十六終目 意味

 

 

 

瀬戸大橋記念公園。 その一ヶ所に存在する、歴代の勇者・巫女の名が刻まれた英霊之碑。

 

その奥にある初代勇者と298年の勇者、そして300年の勇者の絵を保管し飾っている台の後ろで夕焼けを見ている一人の神官が、不意に振り返り石碑の方を見た。

 

 

「よお、勇者の癌。」

「……随分な言われようですね。」

 

石碑の横にある段差に腰掛けていたのは、朝から姿を消していた紅葉だった。

 

服にべったりと赤黒い色を着けていて、呼吸は浅い。 子供に小突かれたら、そのまま死んでしまいそうな程に瀕死である。

 

 

「良くもまあ、それで生きていられていますね。 執念ですか。」

「お陰さまでな。」

 

仮面を着けた女神官は、労う態度が欠片もない無機質な声色で淡々と言った。 それに対して、紅葉もまた棘のある言い方で返す。

 

 

「友奈は今頃神樹の元だ、どんな気分だ? また勇者を生け贄に捧げる気分はよぉ。」

「――――根に持っているのですか。」

「当然だろ、良くもまあ俺達に、芽吹ちゃん達に、勇者部に、亜耶ちゃんか美森かで選択を強いらせたな。 言っただろ、『滅ぶべきだ』って。」

 

冷たい声でそう言った紅葉に、女神官は余裕を崩さない。

 

 

「それは貴方の言い分に過ぎません。 今は結城友奈様に神樹様と神婚させることが最善手なのです、そうすることで、人々は救われる。」

 

「はっ―――神樹の延命の為に四国を巨大な栄養剤にすることが『神婚』か。」

 

 

笑わせるな、と吐き捨てるようにぼやいた。 そこでようやく、女神官がぴくりと反応する。

 

 

「『勇者が死ぬ』のは世界のためか。 『巫女が死ぬ』のは世界のためか。 馬鹿馬鹿しいんだよ、どいつもこいつも人がとっくの昔に決めたことの悉くを守りゃしねえ。」

 

「昔は昔、今は今。 いったい何時の話をしているのですか、貴方は。」

 

「昔があっての今だろうが。 何のために――――何のために、高嶋友奈が、人には可能性があると神樹に世界を託したと思っているんだ。」

 

ごぼ、と血の塊を吐き出して、深く息を吸って言葉をも吐き出す。

 

 

「何のために、あいつが300年も猶予を稼いだと思ってる。

『大赦のク(俺達)ズ共』がのうのうと生きるためじゃねえ、俺達なら…………四国の人間なら、天の神から世界を取り戻せると思ったからだ。」

 

興奮したことで鼻の奥の血管が切れたのか、ドロッとした赤黒い血が垂れる。

 

 

「大人が命張る番なんだよ、俺達が真っ先に命燃やさないといけないんだよ。 それが高嶋友奈に、歴代勇者に、巫女に――――三ノ輪銀に出来る贖罪なんだろうが……ッ!」

 

「…………三ノ輪、銀。」

 

女神官がそう言うも、紅葉の耳には届かない。 徐々に視力や聴力まで死に始めている事には、まだ気付いていなかった。

 

 

「――――いや、違うか。 死にたいんだろうな、俺は。」

「死にたい、と。」

「きっと俺の死にも意味はあったんだ、って。 そう知らしめたいのかもなぁ。」

 

ポタポタと床に落ちては、そういう形の花のような模様に飛び散る赤い飛沫をボーッと見ながらぼやくように言う紅葉。 そんな紅葉に、嘲笑うかのようなトーンで、初めて紅葉に対して女神官は感情を乗せた声をぶつけた。

 

 

「――――意味なんて、ありませんよ。」

「…………なんだって?」

 

耳が遠くなり始めた紅葉は、素で聞き返した。 女神官は怒気を含めて、仮面越しにくぐもった言葉を放つ。

 

 

「意味なんて、ない……。」

「…………そうかな。 俺はずっと信じてるぞ、人の死には、きっと意味があるって。」

 

達観した老人の意見。

それは、一度大往生の末に死んでいるからこそ言える言葉であり――――。

 

故に女神官は、憤怒に染まった表情を仮面で隠して、有らん限りの怒号を発した。

 

 

 

「意味なんて無いッ!!」

「…………へぇ。」

「無いんですよ意味なんて!! 死ねばそこで終わり、後には悲しかった事しか残らない! 」

 

両の拳を298年の勇者の絵を納めたショーケースに叩き付け、その手に血を滲ませる。

 

 

「三ノ輪さんが死んで! 葬式をして! その最中にお役目で消えた二人はボロボロなまま雨で濡れていて!! 次は鷲尾さんかもしれない、次は乃木さんかもしれない! そう考える権利すら無いことを思い知らされる!!」

 

女神官は手のひらでショーケースに触れた。 その奥には赤と濃い紫、そして薄紫色の勇者が怪物と対峙する一枚の絵が描かれていて、その姿はとても幼い。

 

ほんの数年前まで、世界は小学生に守られていたのだ。

 

 

「死ぬか戦えなくなるまで死地に送り込み、幼い子供に得させた仮初めの平和で生きることが、どれだけ心苦しいかなんてそんなのわかってるんですよ!! それでも、そんな考えを持つことすら私には許されていない……っ!」

 

血を吐く勢いの慟哭。

 

仮面の奥で嗚咽を漏らす女神官に、紅葉はようやく()()()()()を垣間見た。

 

 

「――――ああ、良く、分かるよ。 俺もつい数百年前まで見送る(そっち)側だったんだから。」

「…………知っています。」

「それに、きちんと意味が有るじゃないか。 あんたは三ノ輪銀が死んだことを、()()()()()()()()()()だろう?」

 

それを聞いて、女神官はハッとする。 脂汗を顎から床に垂らし、咳き込む度に血を吐く紅葉は、全身の激痛を我慢して続けた。

 

 

「何も残らないなら、誰かが死んだところで所詮歯車が一つ破損したに過ぎないと思えば良い。 だからこそ俺は何度でも言ってやれるし、何度でも信じてる。」

 

それでも穏やかな口調で、紅葉は言った。

 

 

「―――意味なく死んだ奴は、居ないって。」

「…………私、は、私は…………っ!」

 

俯いた女神官の視線の先に、ショーケースの中の絵が写る。 その脳裏にかつての少女たちとの日常が甦り、女神官の仮面はついに剥がれ落ちた。

 

 

「――――アキ、もうやめよう。」

 

突如として紅葉の後ろから青年の声が聞こえた。 やっとか、と呟いて紅葉は気だるげに振り返る。 そこには神官の衣装に身を包みながら、義務付けられていた仮面の着用を無視した男が立っていた。 女神官は慌てた素振りでその男を呼ぶ。

 

「ハル……!? な、なんで……。」

「そこのくたばり損ないに言われて色々やってたんだよ。 こんな時にまでお前から逃げていて、本当にすまなかった。」

「くたばり損ないねぇ。」

 

呆れた顔をした紅葉の横を通って段差を降り、ハルと呼ばれた男―――三好春信は女神官の元に向かう。 一歩後ずさった女神官は、不意打ち気味に春信に抱き締められた。

 

春信の暖かさが、女神官――――安芸の崩れかけた心を、じんわりと溶かす。

 

 

「う、あ…………っ」

「もう良いんだ、自分の感情にもう蓋をするな。 世界の終わりが迫っている今くらいは、仮面(それ)を外してくれないか?」

 

手慣れた動作で安芸の仮面を取る春信。 その奥には女性の顔があり、その顔は泣き腫らしていて目元が赤かった。

 

 

「銀を守れなかった事が悔しくて、お前に全てを一任して逃げてしまった。 苦しみを、苦労を、何もかもを押し付けて俺だけ上層部に逃げるように昇格してしまった。 償える訳じゃないし、謝って済む話でもないのは分かってる。」

 

フードを取って髪を梳すように撫でる春信は、もう片方の腕で強く安芸を抱き締める。 確固たる意思を以て、春信は安芸に語りかけた。

 

 

「だからもう逃げない。 この世界に立ち向かうと決めたから、俺を手伝ってくれ、アキ。」

「――――ハル……うん、良いよ。」

 

疲れの目立つ顔色の春信に微笑む安芸は、目を細め、春信に顔を近付ける――――瞬間に、紅葉の咳払いで我に返った。

 

「お似合いだな、と茶化してやりたいんだがそうも言ってられないんだよなぁ春信よ。」

「ああ、お前の言うとおり、国土亜耶の元に人員を配置しておいた。」

「国土亜耶……どう言うこと?」

 

懐から眼鏡を取り出して装着した安芸が羞恥からほんのり頬を染めて春信に問う。

春信は安芸のその動作に対して首を傾げるが、気にせず簡素に返す。

 

 

「国土亜耶の信仰深さは神婚の過程で真っ先に神の元に逝ってしまう致命的な要素だ。 だから紅葉と話し合って、俺の部下を数人身代わりになるよう配置させたんだよ。

勿論部下に聞いて、同意しての覚悟の上だ。」

 

自分の知らない所であれやこれやと行動していた二人に、安芸は少し考えてから紅葉に向かって頭を下げた。

 

 

「申し訳ありませんでした。」

「……別に良いさ、誰も悪くないんだ。 それに、あんたも俺も似ているからな。」

「似ている、とは?」

 

焦点が合わなくなってきた目を安芸に向けると、紅葉は言った。

 

 

「もしも勇者になれたらと夢を見ては、無情な現実に打ちひしがれて。 それでも勇者の為に何か出来たらと立ち上がっては、勇者への憧れをやめられずにさ迷っていた。」

 

一呼吸置いて続ける。 その呼吸は、命を吐き出すが如く荒く熱い。

 

 

「俺が安芸ちゃんを嫌いな理由が分かった、同族嫌悪だ。 俺も安芸ちゃんも、ただひたすらに、勇者が好きなだけだったんだよ。」

 

自然な動きで手を段差に置いて力を入れる紅葉だが、ガクガクと肘が笑うだけ。 最早立ち上がる力も無いことに、思わず口の端が笑うように歪む。

 

ふう、とため息をつくと、紅葉は春信と安芸に言う。

 

 

「やることは山積みなのに時間も無い、俺の体ももう手遅れな所まで来ている。 お前らはこの世界の大人側の代表者なんだ、俺が居なくなった後の事は頼むぞ。」

 

「分かってる、お前が居なくても良い世界を作ってやるさ。」

 

「私たちの不手際を背負わせる事になってしまって、本当に、ごめんなさい。」

 

 

また謝るんだからなぁ……と軽く笑った紅葉の肩に、ふと、誰かの手が置かれた。

瞼を閉じていた紅葉がそのまま後ろに顔を向けると上から声がする。

 

 

 

「見ぃ……つけ、た。」

 

重く鈍く冷たい歌野の声が、遠くなった紅葉の耳にやけに鮮明に届く。 閉じた瞼越しに視線を右往左往させ、怯えた声を出した紅葉を見て、安芸と春信は内心で同情していた。

 

 

「………………ひん……」

 

 






仮面ライダー4号を百回観ろ。
あと青い春を百回聴け。


安芸×春信もっと流行らせコラ



安芸先生
・名前がいまだに分からない。 春信からは名前で呼ばれてるがイントネーションは漢字じゃなくカタカナ。 元神樹館小学校の先生。
春信に対して一定以上の感情を持っていたが、色恋に現を抜かせない現状と生徒を犠牲にしてきた現実を含めて仮面で全てに蓋をしていた。
巫女や勇者を犠牲にしている事実に心を痛めても、それを周りに知られる事や弱音を漏らす権利すら無いと常に切り捨て続けていた。
奉火祭の説明や神婚の説明をする度に胃腸に甚大なダメージを負っていたのは秘密の話。
亜耶ちゃんを生け贄にする話をした時本気(マジ)のメブに銃剣でぶち抜かれそうになった。


春信
・元神樹館小学校の先生、と言うよりは安芸ちゃんの補佐(副担任?とかそんなん)。 安芸ちゃんからはハルと呼ばれている。
安芸ちゃんからしたら唯一アダ名で呼ぶ相手で、勘の良い人から見れば明らかにゾッコンラブ(死語)なのだが、春信は全く気付いていない。
銀が死んだのは自分のせいだと責め続けて精霊実装前に先生を辞めて大赦の仕事に逃げた過去を持ち、夏凜が勇者になる事には反対していたが、本人の意思を尊重して強く言えなかった。
でもまあ、なんか心身共にめっちゃ強くなってるし結果オーライか……(白目)

最初の方で紅葉を刺したのは夏凜といちゃついてた私怨が大体だが、その裏の思惑としては『過去の人間に頼る必要なく子供を守りたい』という意思表明の為に殺す為だった。 もっとも勇者の章以前の紅葉は神樹からの無限のリソースで殺しても死ねない状態だったのだが。
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