頑張って、創り続けて行こう。
大切な『本当』を―――――――。
色とりどりの根が敷き詰められた、人工的な建造物が一つも見当たらない空間に凄まじい量の光が降り注ぐ。
6つの巨大な腕を背中の装飾から伸ばし、それぞれに大太刀と大斧を握らせている赤い光が、天から落ちるその光から逃れようと飛翔する。
針のような光が雨あられと殺到する軌道から逃れた赤い光――――三好夏凜は、光の着弾地点に桃色のホームベースのような物体を見た。
「っ――――キャンサー……!」
光がそれに触れた瞬間、意思を持って軌道をねじ曲げたかのように、光は横に逸れた夏凜を追って再加速する。 舌打ちを一つ漏らし、夏凜は飛ぶ。
追尾する光から全力で逃げるも、キャンサー・バーテックスの反射板を模した物体をその都度配置され、直角に曲がる光から逃れられない。
オマケに、通常バーテックスと戦っていたときではあり得ない、反射板に触れる度に速度が上昇している事実に、夏凜の苛立ちは隠せないでいる。
「園子、期待してるわよ―――!!」
夏凜の飛んだ先に、盛り上がった根があった。
その天辺に紫の衣服に身を包んだ金髪の少女が立っていて、穂先が無数に存在し、それぞれが分離し浮遊している槍を握っていた。
「……任せた。」
「任された~。」
すれ違い様に、アイコンタクトを飛ばす。 ヒュンと空気を切り裂く音、赤い光が横切った音、そして夏凜を狙っていた光の弾丸は、ついでとばかりに金髪の少女――――乃木園子を貫こうとするが。
「そんな攻撃は通用しないんよ。」
園子の周囲を浮遊している無数の穂先が槍の先端に集まり、組み合わされ、形を変える。
巨大な花びらのような盾となった穂先の集合体が、殺到した光弾受け止めた。
金属が擦れるような音が響き、乗用車に衝突されたようにとてつもない衝撃が柄に伝わる。
だが、園子の踏み締めた足は少しも後退することはなく、遂には光弾の全てを受け止めきった。
ふうと息を吐き、園子は穂先を分離して周囲に浮かばせると、端末を取り出してスピーカーにして通話をする。
「にぼっしー、戦況はどう~?」
『変わらん。 歌野と樹はスコーピオンの尾を相手に立ち回ってるけど、天の神はサジタリウスとキャンサーとスコーピオン以外を使ってこようとはしないし。』
「使えないのか使わないのか、それは分からないけど油断したら駄目だよ。」
『分かっとるわ。』
端末を消して、穂先を足場として空中に固定し、跳躍する。 都合十数分、東郷美森と犬吠埼風が結城友奈を救出しに向かってから、もう何度目かも分からない攻撃を凌ぐことを強いられていた。
樹と歌野の助っ人にと顔を向けた先で、大量のスコーピオンの毒針を携えた尾を、歌野の鞭が捌いている。 満開が出来ず飛べない歌野の足場を、樹がワイヤーを編み込むことで代用していた。
「…………あれ私たちの助け要るのかなぁ。」
◆
「暴力は良いわね。」
「(大丈夫かなこの人)」
腕が残像を生み出す速度で鞭を振るい、ワイヤーが張り巡らされた空中を、サーカスのように走り回る歌野はそう言いながらスコーピオン・バーテックスの尾が自分に突き刺さるより早く毒針を叩き、その軌道を変えていた。
一本だけだったスコーピオンの尾は、毒針を歌野の武器である鞭――――藤蔓で腐食させられ叩き砕かれ、樹の武器であるワイヤーに尾を八つ裂きにされている。 ならば二本、三本と増やすも、結果は同じ。
諏訪でたった一人で防衛を勤めた戦闘力に神世紀でのチームプレイを合わせれば、歌野は無敵だ。 そもそもの話になるが、スコーピオン・バーテックスの毒針と尾の技術は、実は歌野の鞭の技術を模倣している。
だが天の神は―――バーテックスは、その技術を昇華させてしまった。 刺せば必殺、当たれば必殺の攻撃など避けられるに決まっているのだ。
しかし歌野の鞭、藤蔓は当てた箇所を徐々に腐蝕させる。 故に質より量。 少量の毒を手数で叩き込むのが、歌野の戦法だ。
千景ならばこう言うだろう、『当たれば確定で1ダメージを与えられるからって、そんなちゃちな毒を体力1000の敵に使うって馬鹿なの?』と。
されどそれはあくまでゲーム基準での知識であって、実際の藤蔓の腐蝕は――――
神の使っていたとされる武器を神の僕にぶつけたのであれば、起こるのは反発。
勇者がスコーピオンの毒をどうにかする術を持たないように、スコーピオンの尾もまた、藤蔓の腐蝕をどうにかする術を持っていない。
最終的に天の神側がするべき戦法が『数で圧す』に落ち着くのは、必然であった。
「歌野さん、荒れてます?」
「別に。」
嘘である。
紅葉の消滅を確認してはいないが、死んだことを確信している歌野は、現在どうしようもない苛立ちによって荒れている。
その苛立ちをスコーピオン・バーテックスの尾にぶつけつつ、相手の攻撃を受けないように、それでいて樹のワイヤーを足場に立ち回るという器用さを発揮できるのは、昔取った杵柄故か。
「―――ちっ、鬱陶しい。」
ワイヤーから飛ぶように跳躍し、自分に迫る毒針を打ち払うと、歌野は尾の一本――――数珠を紐で繋いだような形のそれの節目に鞭を巻き付け、振り子のように宙を舞う。
その軌跡をなぞるようにして無数の尾が迫るが、歌野は器用に体をよじってスイングする向きを変え、鞭を引きながら全身を使って叩き付けられる尾の嵐の隙間を縫って抜ける。
一拍遅れて尾の群がぶつかり合い、絡まった一瞬の隙を――――。
「今!」
「はいっ!」
樹が背後に携えたユニットから大量に発射された黄緑色のワイヤー達が、尾を纏めて縛り拘束する。 直後、真上から赤い光が煌めいた。
「――――どっせいッ!!」
鞭をスコーピオンからほどいて自由落下を開始する歌野よりも速く空中を稲妻のように駆け抜けた夏凜が、背後の6つの追加アームに握らせた四振りの大太刀と二振りの大斧を使い、樹が縛った尾を一閃の内に六度切り刻んだ。
バラバラになって樹海の根に落ちるスコーピオンの残骸を見下す夏凜のアームの一つに、ドスンと物体が落ちてくる。 気だるげに視線を向けると、当然のように歌野が着地していた。
「あらちょうど良い。」
「おい。」
「良いじゃないの、6本もあるんだから。」
頭を振って、夏凜は左腕の大太刀を握っているアームに座る歌野を、左側の別のアームでつまみ上げる。
「東郷と風さんから連絡は?」
「まだ来てない。」
暇ねぇ、とぼやく歌野。
そんな二人を遠くで視野に入れている樹の元に、無数の穂先を足場に立体軌道で跳躍してきた園子が歌野と同じタイミングで着地した。
「イッつん、満開はまだ続けられそう?」
「あ……はい、あと5分くらいは。」
「そっか……満開を使いきったら後はうたのんとにぼっしーの戦闘能力に賭けて、私達は足場の生成を優先しよう。」
「わかりました!」
そう指示して園子は樹と共に後方待機しておく。 歌野と夏凜もまた、天の神の攻撃に備えている。 攻撃を捌けているという事実は、否応なしに『楽勝ムード』を漂わせていた。
ほんのわずかな、些細な隙。 文字通りの天文学的確率で生じた、本来ならばあり得ない油断。
夏凜が斬り伏せたスコーピオンの尾の中に、一本だけ他よりも遥かに小さい無傷の尾が残っていた事を、誰も知らないでいる。
例えば、全員が同じタイミングでまばたきをする、とか。 例えば、天の神を警戒して見上げた視線が、死角を生んだ、とか。
とどのつまり―――――静かな殺意を、先ず最初に園子が気付いた。
遠くからなせいで豆粒にしか見えずとも、鋭利な殺意の備わった毒針を見逃すほど、園子は愚かではない。 端末を取り出して連絡をして知らせる、というステップを踏む時間すらないと悟り、夏凜に向けて全霊で叫んだ。
「にぼっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
聴覚が捉えた少女の悲鳴に近い声に、夏凜は反射的に歌野を樹と園子の方角目掛けて投擲した。
「うおあぁぁぁぁぁ…………!?」
「――――油断した。」
ポツリと呟いた刹那、3本のアームの隙間を縫うように、人間の腕程の大きさしかないスコーピオンの尾が、毒針が、夏凜の左肘と手首の間を突き刺した。
「っ、が――――。」
正しく注射針を刺されたような鋭い痛みの後に、どろり、と。 左腕の一部――――毒針の刺さった部位が焼け爛れたように崩れ、液状になった皮膚が樹海の根に落ちる。
ほぼ無意識に毒針を引き抜き、尾をアームの腕力で無理矢理に千切る。 じゅくじゅくと熟れすぎた果実のようになってゆく皮膚と筋肉、骨と神経を見て、夏凜は思考した。
「ちっ……まさか取り零しがあったなんて……。」
「夏凜さん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫なわけねぇだろ。」
ワイヤーをネットのように編み込んだモノで受け止められた歌野と後衛の二人が、根っ子に着陸した夏凜に接近する。
声は落ち着いているが、スコーピオンの毒による腐蝕が左腕をどんどん蝕んで行く様を見て、歯を食いしばった。
「にぼっしー、毒がっ!」
「わかってる、退いてろ。」
ふぅ、とため息をついて、大斧を握った右腕のアームを左側にあてがうと勢い良く振り上げた。
咄嗟に止めようとした樹と園子を、歌野が止める。
「ああしないと夏凜は死ぬのよ、我慢して!」
「そんな……夏凜さん……!」
「にぼっしー…………!!」
「屁の突っ張りなんか、いらねぇ――!!」
大斧は、無慈悲にも振り下ろされ――――毒に侵され腐敗し肩まで侵食する寸前だった左腕を、豆腐でも切るみたく切り落とした。
左腕と左側のアームを失った事で重心がずれた夏凜はバランスを取れずに膝を突く。
急いで支える樹に夏凜は傷口を縛るよう頼み、樹は指示通りにワイヤーを歌野を受け止めたときのような網目状に編んだものを肩の断面に当て、別のワイヤーで縛ることで傷を外気に晒さないようにしつつ出血を抑える。
「う、おぉ……血が足りねぇ……。」
「しっかりしてください、友奈さんの救出がまだ出来てないんですから…………。」
固く結んだワイヤーを切り離した樹は、夏凜の肩を支えて立ち上がろうとする。
そんななか、不意に警戒対象の天を見上げた歌野が、間の抜けた声を漏らした。
「…………あ?」
「うたのん?」
横に立っていた園子が歌野の様子が変なことに気付き、歌野を見る。 歌野は目を見開いて、冷や汗を垂らし、呻き声のような苦し気な声を出した。
「――――不味い」
釣られて天を見上げた園子は、ようやく歌野の異変の原因を知る。
空を埋め尽くす、光の壁。
目を凝らして良く見ると、それは壁ではなかった。 サジタリウスの光の矢が、隙間無く埋め尽くされていたのだ。 それを認識した数秒の間のあと――――――光が堕ちてきた。
「嘘でしょ…………。」
「うたのん、私から離れないで! にぼっしー!イッつん!!」
「クソが……樹、じっとしてろ!」
「そんな―――っ!?」
周囲に漂わせている穂先の全てをかき集め、槍の先端に幾層もの壁を作り傘のように掲げると、柄の底を樹海の地面に突き刺し固定し、歌野と二人で槍の柄を握り衝撃に備える。
夏凜は残った右側のアームのうち、大太刀を握っていたアームを樹と自分の盾に使い、大斧を握っているアームで光との間に壁を作った。
「来るぞッ!!」
血が抜けて目眩がするなか、夏凜は死ぬ気で満開を維持しつつ、離れた位置で同じように備えている二人に声を掛けた。 次の瞬間、凄まじい威力の衝撃がそれぞれの盾に叩きつけられた。
真横で戦車が砲撃でもしたかのような衝撃と轟音。 ほんの数秒の衝突で、園子の槍の穂先は、鉄板に金槌をぶつけたようなへこみが幾つも生まれている。
大斧による防御も、精霊バリアを貫通する性質と威力を持つ攻撃により軋み、亀裂が入っている。 夏凜にもその影響は及び、左腕を失い体幹が崩れた体にこの衝撃が強すぎる事もあり、背中の皮膚がパツンと弾けた。
一瞬の油断と、一瞬の慢心。
ただそれだけのミスで、四人の防衛と天の神との均衡は、簡単に崩れ去っていた。
東郷美森が友奈を救出するまで、あと五分。
勇者の章の決戦でのそれぞれが出来ることをやっている描写は結構好きです。
次回でアニメ6話が終わりますが、勇者の章自体はもうちょっとだけ続くんじゃ。