二人には、素晴らしい結末さ。
犬吠埼風が満開ゲージを使って巨大化させた大剣の刃の上を走っていた東郷美森が、謎の空間で目が覚めたのは一瞬の出来事だった。
「ここは……?」
浮遊している自身に驚きつつ、美森は辺りを見渡していると、一人の人間を見付ける。
「っ――――友奈ちゃん!」
それは白い装束を纏い、高価そうな装飾で髪を結っている赤毛の少女―――結城友奈だった。
「……東郷、さん……?」
「そうよ友奈ちゃん、帰りましょう!」
「駄目だよ……私がやらないと。」
白い蛇の巻き付いた友奈の元に向かおうとする美森の体にも、蛇が巻き付いて行く。
「っ、友奈ちゃんの元に来られたくないのね……!」
それでももがき、泳ぐように友奈に近づく美森。 美森のそんな姿を見て、見上げていた友奈が叫ぶように拒絶する。
「来ないで!」
「―――友奈ちゃん?」
「もういいの、神婚して、皆助かって、それで終わりで良いの。」
「良いわけないよ……本当に皆がそれで助かる確証はあるの? 大赦に言われた通りにして――――本当に、そこに友奈ちゃんの意思はあるの?」
ぐっと表情を強張らせた友奈は、頬に汗を垂らして、焦った様子で美森に怒鳴った。
「私がっ―――私にしか出来ないことなの! だからやらないといけない、自分一人を犠牲になんて東郷さんだってやったことじゃん!」
「それは壁を壊した私の罪を償っただけで、貴女のそれは自己満足と変わり無いわ!」
「東郷さんのそれだって、自分を許せない自分の事を罰する機会が欲しかっただけでしょ! それこそ自己満足じゃん! 私は紅葉くんから命を貰ったから、祟りを引き受けさせちゃったから! だからやるの!!」
喧嘩とすら呼べない、最早ただの癇癪となった友奈の悲鳴に、美森は数拍置いて言った。
「命を貰ったのなら――――紅葉くんだったらこう言った筈よ! 言われたんじゃないの!? 『生きろ』って!!」
「っ――――。」
『俺の命をお前にやるから――――』
『お前はなるべく、生きろよ。』
不意に甦る紅葉の言葉。
友奈が口角をひきつらせ、反論の言葉を選ぼうと視線を左右に揺らしている。
「悩んでいても相談できなかった事はもう『仕方がなかった』で良い。 でもね友奈ちゃん、辛かったら辛いって、怖かったら怖いって言って良いの。」
「…………とう、ごう、さん」
「――――助けて。」
「うん。」
「もうやだ……帰りたいよぉ……。」
「わかってる。」
ようやく吐露した本音。
美森はあと少しで、友奈に辿り着ける所まで来ていた。 そして互いに伸ばした手が――――指が、触れそうになる。
「東郷さん!」
「友奈ちゃん!」
友奈と美森の手が触れ合い、握られ、蛇の拘束はほどかれる。 こうして、友奈は助けられたのだ――――――となれば、どれほど良かったか。
バチンと美森の手に光がスパークして、友奈と触れ合う筈だった指は、緑がかった壁に阻まれた。 周囲に勇者を守っていた筈だった精霊達が集まり、精霊バリアに似た、侵入不可の防壁を築いていたのだ。
「なっ―――精霊!?」
「東郷さん……たす、けて……。」
「不味い、友奈ちゃん! しっかりして!」
力を失ったように項垂れた友奈との間にある無情な壁。 蛇の拘束が解かれ、そこに着地した美森は壁を殴り付ける。
「友奈ちゃん! 友奈ちゃん!!」
「うわ、ちょっと、やめなって乱暴だなぁ。」
「っ―――!?」
突如として後ろから聞こえた声。 反射的に振り返りつつ拳銃型の武器を呼び出して握り、銃口を声の主に向けた。
「あの人に関わるとなんで皆揃って暴力的になるのか、不思議だよね。」
「貴女、は―――友奈ちゃん……では、ない。」
「失礼だなあ、私があの子に似てるんじゃなくて、あの子が私に似てるんだよ。」
美森の前に、さも当然のように現れた少女。 その少女は、友奈に良く似ているが見たことの無い制服を着ている。
少女にしては大人びた表情で、美森に近付くとつま先立ちのまま膝を曲げて屈む。
「貴女は……誰なの。」
「私? 『わたし』は渡し、橋渡し。」
「橋渡し……?」
「そ、『わたし』は
ま、『者』じゃないけど。 そう言ってからから笑う顔に、美森は見覚えがあった。
「それでさ、この子が
「当然でしょう……? 私たちはもうこれ以上神に管理されて生きて行くなんて御免よ。」
美森の言葉に、少女は疑問符を浮かべてあっけらかんとした口調で問う。
「なんで?」
「……なんで?」
「この先
片方の眉を上げて、ニヒルに笑う姿は『神様』には見えない。 あまりにも人間臭い動作に、やはり美森は脳裏に一人の男を浮かばせる。
拳銃を花びらと共に虚空へ消した美森。 その目には、確固たる意志が宿っていた。
「神々からすれば、きっと人間とは愚かな種族なんでしょうけど――――――そんな人間も、短命だからこそ、儚く尊いモノとコトがどれだけ大事かを
「ふーん。 で?」
蛇に縛られ項垂れている友奈を一瞥してから、美森は少女を見上げて言う。
「――――私たちは人として死ぬために、人として生きる。 ただ、それだけで良いのよ。」
少女は目を見開き、僅かに口を開けて美森を見ていた。 少女は、その記憶のそこにある言葉を思い出していた。 懐かしくも忘れたことの無い、男の声。
『人はお前達が思ってるほど弱かねぇよ。』
『神の一柱じゃない単なる人間のお前と、あいつらと、一緒にこの先を生きて行く。』
『ただ、それだけで良いんだよ。』
それは、少女の考えを変えさせるのに十分過ぎる言葉で。
「――――ズルいなぁ。」
「えっ――――――!?」
ふと消えた精霊の防壁。
自由落下を開始した美森の襟首を掴み、少女は友奈の所へ緩やかな降下を始める。
「貴女、どういうつもり……!」
「そういえば、最初に力を貸そうとしたのも、あなたみたいな人だったなぁーって思い出しただけ。 ほら、起こしてあげな。」
空中に見えない足場があるかのように、少女と美森はふわりと着地する。 不意にまぶたを開けた友奈が、霞んだピントを美森に合わせた。
「東郷さん…………っ、東郷さん!」
「友奈ちゃん! ごめんね……もう大丈夫だからね……!!」
友奈と美森の抱擁を、少女は優しげに見守る。 少しして、咳払いを一つに場の流れを整えた。
「じゃあそろそろ良いかな。」
「貴女は…………高嶋、さん?」
「あー、いや、うん。 多分きみの言いたいのは人間の方の『わたし』かなぁ。 私は『わたし』だから。」
「…………どういう意味?」
「理解はしなくて良いよ。」
有無を言わさぬ勢いで、少女――――――渡神は、指を弾いて一匹の精霊を手元に呼ぶ。
「ぎゅ……牛鬼!?」
「『わたし』は
ゆるキャラのようなデザインで、無機質でいてつぶらな瞳を二人に向ける牛鬼。
防壁の解除に伴って消滅した精霊たちのなかで唯一生き残っていたらしく、牛鬼は友奈に近付くと、美森ごと金の糸で包み始めた。
「牛鬼の文献で良く言われてるよね、『力の象徴である』って。 だからこの子が選ばれた。 …………後は、よろしく。」
「高嶋さん……うん、わかった。」
疲れきった大人のように笑う少女にそう言うと、完全に金糸に包まれた友奈と美森。
神樹の内部から消えた二人に、少女は一拍置いてから呟いた。
「仮に負けても、恨みはしないから。」
「…………ん? なに、本当にこれでよかったのかって? わかってる癖にぃ。」
空虚な暗い空間の果てを見て、一人ごちる少女。 頭を振ると続ける。
「そもそも、乃木……乃木……なんだっけ、わか……なんとかちゃん達に精霊を使わせた時も、今の子達の満開の代償を払わせた時も、『そうしないと神として人に力を貸せないから』とは言え、物凄い罪悪感覚えてたじゃん
弄る相手を見つけたように、ニヤニヤと笑いながらも、少女は足から順に体を粒子に変化させていた。
「この喪失感……なるほど、これが――――死かぁ。 うん、いいね、『わたし』これ結構好きかも。」
不思議そうに、少女はさらさらと粒子となって行く体を見ながら、神樹からの問いに答える。
「……なんであの二人を助けたのか、って…………そんなの、
―――人間が大好きだからに決まってるでしょ。
後はよろしく、紅葉くん。
そう言い残して、少女は、渡神は――――高嶋友奈は、散り散りとなって消滅した。
◆
「が、ぐ……ごぼっ、おえぇ。」
ガラガラと崩れ落ちた園子の槍の盾。 積もった欠片の山を崩して、下から園子を支えながら歌野が起き上がる。
天の神によるサジタリウスの矢の雨あられを辛うじて、なんとか防いだ二人だったが――――代償は小さくなく、歌野の園子を左腕で支えている反対の脇腹に、ぽっかりと穴が空いていた。
「う……ぁ、う、たの、ん」
「しっかりしなさい、流石に二度目は防げないわよ。 とにかく夏凜と樹君と合流。」
一歩毎に足元に血溜まりを作る歌野。 離れた位置で攻撃を防いでいた夏凜が居る方向へ歩いていると、ふと疑問が湧いた。
「…………トドメのチャンスなのに、なにもしてこない……?」
息も絶え絶えのなか、視線を上に向ける。 そこに鎮座する鏡のような物体と、象形文字の『炎』のような紋様。 それは天の神の干渉手段であると同時に、勇者達を監視するモノでもあるのだが――――。
何故か追撃してこない天の神。 それもそうだろう、先の攻撃は、言わば子供のじゃれつきに本気になった大人の反撃のようなモノなのだから。
天から人類を滅ぼすと言う行動を取っている神が、
「……まあ良いわ、夏凜は……こっちよね。」
端末を確認する余裕すらなく、園子の足を引きずりながら肩を貸して歩いている。
やがて半ばが砕けた大斧が視界に入り、やや歩みを早めた。 サジタリウスの矢を防ぎ続け陥没した地面の中心に、二人が倒れている。
「夏凜! 樹君!」
「……に、ぼっしー……イッつん……。」
「園子、自分で歩ける?」
「うん、大丈夫。」
脇腹からドロドロと血を流しながら、歌野は園子と一緒にクレーターを降りた。
大斧を布団のように下半身に置いてボーッとしている夏凜が、仰向けのまま二人を見上げた。
「夏凜…………起きてるならさっさと立ちなさいよもう。」
「……ああ、歌野か。 悪い、樹が気絶してる。」
「イッつん……斧の破片が当たったのかな、脳震盪かも。」
傍らに倒れていた樹を園子が起こすが、樹の目は焦点が合っておらず、呻き声を上げるだけである。 カクンと首が垂れ、力なく自分を抱き上げた園子にもたれ掛かった。
「はぁ、とにかく起きなさいよ夏凜。」
「無理。」
「……はぁ?」
即答した夏凜の尋常ではない雰囲気に、冷や汗が垂れる。 大斧の下敷きになった下半身へと視線が移り、黄緑のワイヤーが編み込まれた肩から先の無い左腕を辿る。
「…………貴女まさか」
「ええ。 足から下、多分無い。」
ひゅ、と、息を呑む。
歌野は、慌てて脇腹の出血も構わず折れた大斧を持ち上げる。 斧に潰されていた下半身は――――体の下半分は、夏凜の胴体と繋がっていなかった。
「痛くないけど感覚も無いってことはまあ、そうなんでしょ。 見たら痛みがぶり返しそうだから千切れた足見せるなよ歌野。」
「っ、なんで、こんな……。」
「元々片腕斬った時点で死ぬ覚悟はしてたわ。 それとここから急いで離れろ、死ぬぞ。」
「――――!!」
夏凜の声に慌てて顔を上げた歌野。
そこに鎮座している鏡から――――一筋の光が見えた。 天の神が追撃してこなかったのは、纏めて始末するつもりだったから。
そして、この四人に、攻撃を防ぐ術はもうない。 夏凜は死ぬ寸前、園子の槍の盾は砕けた。 樹は気絶し、歌野もまた脇腹に穴が空いている。
ふう、とため息をついて、歌野は座り込む。
「まあでも……東郷が友奈を助ける時間を稼ぐ位は出来たかしらねぇ。」
「だろうな。 じゃなきゃ困るわ。」
くっくっと笑い、脇腹の穴を手で塞ぎながら、歌野は夏凜の元に座ったまま這いずるように近付く。
「言い残した事とかあったら、私が聞いてあげるけど?」
「――――くそ眠い。」
「じゃあ寝なさいよ。」
よりにもよってそれかよ、と呟き――――あぐらをかいて項垂れ、まぶたを閉じた。
せめて死ぬ瞬間は、苦しくありませんようにと。 そんな情けにもならない願いを込めて。
まぶたを貫通する鋭く熱い光。 肌を焼く熱さを感じ、体を強張らせた歌野だったが―――。
「…………?」
何時まで経っても、意識がある。
死んだことすら分からず体が蒸発でもしたのかと、そんな事を考えながらまぶたを開けると――――自分の、否…………四人の体を、膜が覆っていた。
歌野には黄色、夏凜に赤、樹に黄緑、そして園子に鮮やかな紫。 それぞれのモチーフとなっている色の膜が、まるで精霊バリアのように、体を天の神からの熱線の被害から守ってくれていたのだ。
「――――夏凜、ちょっと、起きろこら。」
「いでっ。」
歌野が天を見上げながら、死にかけの夏凜の額を雑に叩く。
「なに。」
「見なさい、あれ。」
「………………友奈?」
良く見れば、熱線は直撃していなかった。 中心に割り込んだ物体とのせめぎ合いで、天の神の熱線は二つに割れていた。
その邪魔者の正体は、凄まじい光に包まれてわからなかったが、少しの間の後にそれが友奈であると気付いたのは幸運か。
「間に合ったのね。」
「みたいね、いや多分私は死ぬけど。」
「そう元気そうなら死なないでしょ。」
夏凜の頭を自分の膝に起き、汗と血で張り付いた髪を左右に分けながら言う。
「――――行け、友奈。」
蒼白となった顔色で、左目のピントが霞みながらも、どういうわけか、喪った右目の奥で――――夏凜は確かに、友奈と言う光を見ていた。
◆
熱い。
痛い。
苦しい。
辛い。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
それでも上に、上にと上昇して行く。 右手を覆う天ノ逆手が、勇気を分けてくれる。
――――だから大丈夫。
少女は、友奈は、天の神の熱線を掻き分けて飛びながら、そんな事を考える。
「勇者は――――――不屈! 何度でもッ!! 立ち上がるッ!!」
籠手に十人十色の色が点く。 友奈の足元に、勇者の花が。 巫女の花が。 凡人の花が咲く。
「勇者はッ―――根ッ性ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおオオオ!!」
そして、深紅の巴紋が、背中を後押しするように咲いて燃え盛った。 ジェット噴射に負けずとも劣らない勢いのそれに体を押し出されながら、熱線を真っ二つに割って、友奈は拳を振りかぶる。
拳の先に灯った蒼い光を打ち出すみたく、その振りかぶった拳を、友奈は全力で突き出した。
「勇者ぁ…………パァァァァァァァァァァァァァァァンチィィィッ!!!!」
天の神の灰色の鏡が、友奈の拳と天ノ逆手によって粉々に殴り砕かれる。
天が砕け、鏡が割れ、樹海が消え青空が友奈の視界いっぱいに広がった。
投げ出された友奈の体を、一つだけ残っていた満開ゲージと併用している精霊バリアが包み込んだ。 緩く、緩く、ゆったりと降下する友奈の前に自身の精霊・牛鬼が現れる。
「あっ……牛、鬼……。」
不意打ち気味に、桜色の暖かななにかが頭を撫でる。 そして牛鬼の体から出てきた、5枚の花びらが付いていた筈だが4枚しか付いていない友奈のモノとは違う桜の髪留めを両手で掬い上げるように受け止めると―――。
「っ……牛鬼!」
牛鬼は役目を終えたように、文字通りの桜色の花びらとなって消失する。
「―――――ありがとう。」
友奈がそう言うと、視界を色とりどりの花びらが包み込み――――まばたきをした次の瞬間、友奈と他の六人は、学校の屋上で仰向けに倒れていた。
「あれ、私、空に……。」
「うおおおっ!? 腕、あ、足……ある。」
勢い良く起き上がった少女、三好夏凜が、千切れた足と切断した腕が繋がっていることに驚いている。 神樹の最初で最後の満開は、少女達の本来の肉体をそれぞれの体に戻しつつ、最後の戦いでの傷を癒してくれていたのだ。
「……夏凜、ちゃん」
「…………友奈。」
ぺたぺたと手足を触り確かめていた夏凜は、友奈に向き直ると、優しく微笑んで頬を撫でた。
「――――お疲れ、良く頑張った。」
「夏凜ちゃん…………皆―――――。」
美森を、風を、樹を、園子を、歌野を、そして夏凜を見て、涙腺に溜まった涙を惜し気もなく流しながら、友奈は笑う。
「皆…………ただいま。」
そんな友奈に、皆もまた友奈へと言葉を返した。
『――――お帰り。』
視界の向こうで、神樹の根に阻まれていないきらびやかな青い海が広がっている。
日常の為に戦い、日常の為に日常を生きた少女達の長い戦争は、静かに幕を下ろしたのだった。
神樹に取り込まれた元名無しの神である高嶋友奈が人類を守ったという功績から与えられた役職。 人間と神樹の橋渡しを担い、いずれ来る天の神との戦いで人間に神樹の力を与えるかどうかを決められる権限を持っている。
東郷美森の『人として死ぬために人として生きる』という決意表明を信じ、精霊の防壁を解除して神婚を未遂に終わらせた。 渡神は高嶋友奈の神と人間の二つある側面のうち神の側面を持っており、牛鬼に自分の人間の側面を与えていたため、
この後は最終話を書いて完結となります。番外含めて100話以内且つ年内に完結出来そうで一安心。