【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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また逢えたら、あの頃のまま。




Knockin' on heaven's door(まるで、天国への扉を叩いているみたいだ)

 

 

 

「随分とまあ、ファンシーなあの世だこと。」

「それ分かってて言ってるよね?」

「そりゃねぇ。」

 

 

ザクザクと耕された畑の土を踏み締めながら、男と少女が、眼前に生えた丸亀城を目指して歩いていた。 男は完璧に再現された丸亀城を見て、ため息を漏らす。

 

「前来たときあんなのあったっけ。」

「あー…………紅葉が昔の事を思い出した次の日辺りにはこうなってたよ。」

「そう……すげーな俺の精神世界。」

 

 

ズボンのポケットに手を入れながら歩く男の横で、茶髪の小柄な少女は男のやつれたような、疲れきったような顔色を見て声をかける。

 

「……ねぇ紅葉、大丈夫?」

 

 

そう言われた男――――先人紅葉は、自分を見上げた少女を見てから答えた。

 

「死ぬ覚悟をしてた。」

「うん。」

「死んだ感覚が残っている。」

「……うん。」

 

 

深く吸った息を吐き捨てると、続ける。

 

「だと言うのになんで俺はここにいる。 死んだ筈なら、なぜ消滅していない。」

「いや、うーん……あの肉体に紅葉の魂を固定してるだけの私にそれを聞かれてもねえ。」

「その辺神樹からなんか聞いてないのかよ――――水都。」

 

 

水都。 かつて藤森水都と呼ばれ巫女として白鳥歌野と諏訪で散った少女。

死産で産まれた先人家の子孫の肉体に紅葉の魂を固定させ生命活動を無理矢理再開させていた、接着剤の役割を担っていた少女だった。

 

そんな水都は、紅葉に聞かれた事に答えられないまま、横をぼんやりと歩く。

 

 

ただただ、静かに歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城内部の教室として改装され使われていた一室、感慨深い面持ちで、紅葉は机や黒板を見渡していた。

 

「懐かしいな。 あいつらはここで勉強してたんだ。」

「へぇー、あれ、紅葉は?」

「俺だけ高校生だぞ。」

「ああ、そっか。」

 

 

当時小学生で後に中学生となった勇者達と違い、紅葉はその時既に高校生であり、四国で戦いが始まった時には高校卒業の年齢だったのだから同じ部屋で勉強という訳にはいかない。

 

 

「…………あれっ」

「どうした?」

 

 

教室の中で立ち止まった水都に、紅葉は聞く。 水都は慌てた様子で紅葉に言った。

 

「誰かが(ここ)に入ってくる……!」

「ここ出入口とかあんの?」

「ないよ、だから私と紅葉以外は干渉できない筈なのに……。」

 

 

ふうん、と言い、指を口許に置いて思案した紅葉は不意に呟く。

 

「仮に干渉できるとすれば、どんな奴?」

「それこそ―――――。」

 

 

 

 

 

「神様くらい、とか?」

 

『――――――っ』

 

 

水都と紅葉は同時に飛び退き、声のした黒板側から離れる。 癖で腰に手を回した紅葉は、そこに何も収まっていない事に気付く。

 

 

「わははは、驚いてるね。」

 

「……貴女は……?」

「お前かよ……。」

 

 

疑問符を浮かべる水都の横で紅葉はため息をつく。 驚いて損した、とでも言いたげに声の主を睨む。

 

「――――友奈。」

「紅葉くん、久しぶり。」

「そうだな。」

 

 

ふっ、と笑う友奈に、紅葉もまた――――少しだけ気まずそうにぎこちなく笑みを返した。

 

「笑い方下手くそ過ぎでしょ」

「あ?」

「ま、まあまあ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うけど、紅葉くんは死んだけど魂までは消滅していないよ。」

 

黒板の前の教卓に肘を突いて座る友奈は、あっけらかんと言い放つ。

 

紅葉もまた、想定通りに返答する。

 

「ああ。 じゃなきゃこの世界―――――精神世界(たましいのなか)には入れない。 この世界は魂の存在ありきで成り立ってるんだからな。」

「それじゃあこの後の紅葉はどうなるの? いつまでもこの世界に居るわけにもいかないし。」

「あー、今ちょっと外で準備してるから。」

「準備だぁ?」

 

「きみの体の準備に決まってんじゃん。」

「決まってんじゃんじゃねぇよ。」

 

 

眉を潜め、重苦しいため息が出る。

 

「なんで生き返らせようとしてる。」

 

「私としても紅葉くんは死なせたままの方が良いんじゃないかな~って思ったんだけどさ、きみ神様と契約してるじゃん。 神との契約とその契約のなかで行われる願いは遵守しないといけないんだよ。」

 

 

この辺りで完全に話に着いていけていない水都を置いておいた二人は、向き合って話す。

 

「……それで?」

「物凄く分かりやすく言うと、紅葉くんの二個目の願いを叶える過程で紅葉くんを生き返らせなければならなくなった。 ってわけ。」

 

「……俺はただ『幸あれ』と願っただけだぞ。」

「無自覚って怖いね~。 あの子頭抱えてたよ、『あの野郎めんどくせぇ願い唱えやがってクソボケカスぅ…………。』とか言ってた。」

「あの光口悪すぎるだろ。」

「あーそれ省エネモード。 実体は人型だから。」

 

 

どうでもいい。 と考えるしかなかった。 兎に角紅葉は、ただ、死ぬつもりで居た。

 

死ぬつもりで生き抜いた。 それで死んだ。 それを二度繰り返してきたのだ。

 

 

「――――三度目の生なんて要らない。」

「紅葉くんは、そうだろうねぇ。」

「紅葉…………ねえ、紅葉は……本当に死んで終わりで良いの?」

 

手持ち無沙汰で机の椅子に座っていた水都。

 

隣の席の紅葉の顔を覗くと、そこにあるのは虚無だった。 紅葉は知っているのだ、人の死がどんな物かを。 言葉では言い表せない喪失感を。

 

紅葉もまた、()()を歌野に味わわせている。 そんな自分が都合良く生き返って、それで終わりとなるのはただの自己満足だ。

 

 

「ともあれきみが生き返るのは確定してるんだけど、問題が一つ。」

「なんだ。」

「未練を取り除く事。」

 

「……そうか。」

 

 

紅葉は顔を逸らし、その先の水都を見た。 未練――――すなわち、西暦(かこ)から引き摺り続けている問題を解決せねばならない。

 

「紅葉くん、ずーっと、西暦(うしろ)を向いて歩いてたよね。 そして、その原因は――――私とその子。」

「ああ。」

「わ、私も……?」

 

 

自分を指差す水都に、紅葉は言う。

 

「俺だけが生き残った。」

「…………紅葉だけ?」

 

「長野はバーテックスに滅ぼされた。 諏訪にいたお前と親父と母さんと、あと歌野。 皆が必死に足掻いている裏で、俺はのうのうと生きていた。 それが許せない、自分で自分を赦せない。」

 

「……そっか、負い目があるんだ。」

 

 

力無く、紅葉は頷く。

 

水都は考えるそぶりを見せてから、優しく、項垂れた紅葉の頭を前に回ってから掻き抱いた。 友奈に背を向け、紅葉を見えないようにする。

 

 

「紅葉は……なんでもかんでも自分だけで背負おうとするね。 でも分かるよ、そんな事ばかりするのは――――紅葉には何もないから。

 

自分にはなにもないまま、なににもなれないまま、一生を終えるんだろうっていう虚無感があるまま生きていた紅葉にとって、勇者と巫女を守るという神との契約はあまりにも魅力的だった。

 

だから、契約したんだよね?」

 

 

水都の胸のなかで、紅葉は再度頷く。

 

後頭部の髪を優しく撫でながら、水都は淡々と紅葉の心情を読み上げた。

 

 

「皆を守るためにいっぱい努力して、傷付いて、死ぬかもしれない目に遭ってきたけど、それすら私達への贖罪と思っていた。

 

まるで死ぬチャンスに飛び込んでるような事ばっかりしてたのは、罪悪感から来る自殺衝動の表れでもあったんだもんね。

 

辛かったよね、私がうたのんから通信機を借りて、たった一言伝えればよかっただけだよね。 『ありがとう』って。 ただそう言えたら良かったのに――――ごめんね。 苦しかったね。」

 

 

紅葉の未練の断ち切り、というよりは、最早水都の罪の告白となっていた。 それでも、紅葉は水都の背に手を回してポツポツと言葉を溢し始める。

 

「俺だけが、幸せになって…………良いのかな。」

「良いんだよ。 ずっと頑張ってきたんだもん、そのくらいはきっと許される。 紅葉が自分を許せないなら、私が、貴方を許すよ。」

 

 

ぽんと背中を叩き、水都は離れる。 母親のように笑う水都に、紅葉も憑き物が晴れたような顔を向けた。 それを見ていた友奈が二人に言う。

 

「うんうん、これで水都ちゃんへの紅葉くんの未練は無くなったかな。」

「あとは……えーっと」

「友奈で良いよ。」

「……友奈さんと紅葉って、どういう関係なの?」

 

 

水都に聞かれると、二人は揃って顔を見合わせる。 そして首を傾げると友奈が言った。

 

「まあ、兄妹みたいなもんかな。」

「兄妹みたいなもん、か。 そういえば、そうだったな。」

「紅葉くん?」

 

「…………友奈、お前が消えた最後の戦いのとき、俺が言おうとしてた言葉を覚えてるか。」

 

 

 

『なあ友奈、全部が終わったら――――戦う必要が無くなったら、俺と―――。』

 

 

 

「覚えてるよ。 戦う必要がなくなったら、だっけ。 あの時なんて言おうとしてたの?」

「お前は俺との関係を『兄妹みたいなもん』って言ったな。 俺もな、今までずっとそう思ってたよ。」

「……ふうん?」

 

「ずっと言えずに後悔していた。 『俺と家族になろう』と言えなかったことを。」

 

席を立ち、そう言い、紅葉は友奈に言った。

 

友奈の顔に驚愕が浮かび、汗を一筋垂らす。

 

 

「私、神様だよ?」

「そうだな。」

「……本気?」

「ああ。」

 

ふう、と、ため息を一つ。

二人から顔を背けて、紅葉は続ける。

 

「水都も、友奈も、俺にとっては妹()()()()()()だった―――――みたいなものと言って誤魔化していたんだよな、本当は、大切だったんだ。 俺の家族と言っても過言では無かった。」

 

「ならそう言えば良かっ…………あー、ははぁん。 紅葉くん恥ずかしかったんだな?」

 

 

ニヤニヤと笑う友奈に背けたままの顔で、紅葉は小さくうるせぇと怒る。 その耳は赤く、水都は二人の様子を微笑ましく見ていた。

 

「…………ふふ、妹、かあ。 具体的にはどうするつもりだったの? 私神様だよ?」

「戸籍偽造して養子縁組すれば良いだけだろ、ツテはあったからな。」

「うわぁガチ。」

 

 

流石の友奈も真顔で引く程に、紅葉の提案は本気だった。 しかし顔付きを一転させ、友奈は天を見上げると呟く。

 

 

「――――準備が終わった。」

「……紅葉の体が、直ったの?」

「うん。 後は紅葉の魂を定着させるだけっぽい。」

「そもそも俺の体は神樹のエネルギーを使ってた訳だが、その辺りはどうするんだ。」

 

「さあ。」

「お前さぁ。」

 

 

適当な性格から来る適当な言動。 首を傾げる友奈は、外での事情をあまり知らない。

 

「そういうのはあの子に聞いてよ。 説明責任が有るのは向こうだし、あの子もきみへの愚痴が7つか8つ溜まってるだろうし。」

「多すぎるでしょ。」

 

 

額に青筋を浮かべる紅葉は、一発ぶん殴ってやろうかと友奈に詰め寄り――――突然、力が抜けたように膝を突いた。

 

「か、あ……?」

「紅葉!」

「……夢から覚めるときが来たね、大丈夫大丈夫、目が覚めたら、きみの体は元通りだから。 ここでの会話は忘れるだろうけど。」

 

「それ、は……困る、な。」

「夢っていうのは記憶の整理から発生する事だからね、覚えている方が不思議なんだよ。 ここでの会話を忘れても、きみは想い出を忘れない。」

「矛盾……してるぞ……。」

 

 

膝を突いて倒れる寸前の紅葉を前から受け止めている友奈。 水都も同じように紅葉を支えると、紅葉が二人の背に手を回し、強く抱き締める。

 

 

「……これが、最後なら…………言わせてくれ、忘れてしまっても、後悔をしたくない……。」

 

「うん、良いよ、なぁに?」

 

 

眠気が限界に達した子供のように安らかな顔で、紅葉はゆったりとした口調で伝えた。

 

「ずっと、愛してた。 家族として、妹と、して…………この気持ちだけは……嘘じゃないんだ……。」

 

「――私もだよ、紅葉。 貴方が大好き。」

 

「……良く頑張ったね紅葉くん、お休み。」

 

 

眠気を誘う手つきで、背中を規則的に叩かれ、紅葉はあっさりと深い眠りに堕ちる。 友奈が紅葉の肩に顔をうずめ、祝詞のような言葉を唱えた。

 

「貴方の目覚めが、有意な物でありますように。」

 

 

すんと鼻を啜った友奈は、空気を切り替えるように明るく水都に話しかける。

 

「さ、一緒に紅葉くんのこれからを見守って行こうか!」

「えっ……友奈さんもここに居るんですか?」

 

「当たり前じゃ~ん、面白そうだし紅葉くんが心配だし。 それに、神が人間を助ける時代が終わったからね。」

 

 

夢から覚め、この世界から消えた紅葉の残滓を確かめるように手にあった感触を握って確かめると、尻をはたいて埃を落とす動作と共に立ち上がる。

 

 

「ねえ、紅葉くんが諏訪に居たときの話してよ。 私は四国に来てからの紅葉くんの事話すから。」

 

「…………まあ、いっか。 わかった……けど、あんまり面白くないよ?」

 

「いーよいーよ、別に弱味があれば握りたいとかそう言うわけじゃないから。」

 

からからと笑い、疲れたみたく脱力した笑みを見せる友奈に、水都は紅葉を幻視して―――確かに兄妹だなぁと、そう苦笑して椅子に座り直した。

 

 







家族を殺された怒りを――――。
バーテックスへの憎しみを――。
いつかきっと、忘れるのだろう。

でも俺は、幸せだったことを忘れない。
幸せにしてくれたことを忘れない。
大切な妹が出来たことを、忘れない。






先人紅葉は一般人である/勇者の章、完結。

物語は、乃木若葉の章へと遡る。
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