【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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大変めでたいクリスマスですが、皆さんは彼女とか………いらっしゃらないんですか?




奇怪な機会の奇跡な軌跡

 

 

 

半開きだった襖の隙間から、トントントンと言う規則的な音が聞こえてきて、紅葉のまぶたがうっすらと開かれる。

 

誰かを泊めた覚えも無いし、勝手知ったる我が家に入ってくるような不躾な人間が友人のなかに居たのも、最早過去の話であった。

 

 

脊髄反射と化した防衛本能から紅葉は寝惚け眼で枕元に手を伸ばし、倉から出したかつて愛用していた拳銃を手に取る。

 

作務衣のような寝間着を着たまま起き上がった紅葉は、拳銃のスライドを引きながら足で襖を開けると、居間に出て台所の方へと拳銃を向けた。

 

「――――誰だ。」

 

 

消音器やレーザーサイトを付けた厳ついそれを、台所に立って料理をしている何者かに向けた紅葉。 赤いレーザーサイトの光が心臓の辺りを狙っているのがわかるが、相手は臆した様子もなく、自然な動きで振り返る。

 

「酷いですね、寝惚けているんですか?」

「…………お前……。」

 

 

寝起きでずれたピントを目元を揉んで直すと、数回の瞬きを終わらせ、紅葉の視界はようやく相手が誰だったかを認識した。

 

低い身長。 紫の混じった黒髪。 頭にある赤いリボン。 聞き間違える筈の無い、鈴が鳴ったような心地好い声色。

 

その全てが、磨耗した心に癒しを与える。

 

「ひな、た……?」

「おはようございます、紅葉さん。」

「――――夢、か。」

「そう思います?」

 

 

レーザーサイトの電源を切り、安全装置を掛けつつ、紅葉は静かに拳銃をテーブルに置く。 疑いの目を向けられている本人のひなたは、聖母のように優しく暖かな笑みを紅葉に返しながら言った。

 

「ご飯、すぐ用意しますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お味はいかがでしたか。」

「………いつもと変わらん。」

 

 

湯気の立つ緑茶を啜り、紅葉はポツリと呟く。 にこにこと笑みを絶やさないひなたは、甲斐甲斐しく紅葉に食事を用意し、食器を片付けていた。

 

「説明しろ。」

「―――なにを、でしょう。」

「とぼけるな。 お前は()だ、神樹はもう居ない。 幻覚なら、俺に飯を振る舞い茶を淹れる事は出来ない。」

()だったら、納得してくれますか?」

 

 

そう言って首を傾げるひなた。 紅葉の眉を潜めた顔を見て、本気でイラついていると見抜く。

 

「すみません。 意地悪でしたね、ですが私も良く分かっていないんですよ。」

「は―――?」

「まあまあ、今日はクリスマスですから、奇跡の一つや二つ起きたっておかしくないでしょう?」

「奇跡もクソもない世代を生きていたお前にしては、随分とメルヘンな発言だな。」

 

 

ちらりとテーブルに置かれた拳銃を見つつ、ひなたに問い掛ける。 仮に何者かの精神攻撃、或いは変装であったのなら、その額に風穴を空ける事に対して紅葉の躊躇いは無い。

 

『敵ならば殺す』という考えと、『最愛の人物にそんな考えを向けるなんて』という考えが同時に発生している紅葉の脳裏は、静かに混乱を極めていた。

 

「ところで紅葉さんは、今日、何か予定が入っていたりしますか?」

「…………いいや。」

「そうですか。 なら、お外に出ましょう。 デートですよ、デート。」

 

 

有無を言わさず立ち上がったひなたは、そのまま紅葉を引っ張る。 すんなりと抵抗せず、紅葉はひなたに引かれて外へと出た。

 

新西暦1年から、もう、何年後だったか。 紅葉は――――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな陽気が二人を包み込む。

 

ぼんやりとした思考のまま、ふらふらとひなたの隣を歩く紅葉は、()()()()()腰にホルスターを巻いて拳銃を吊るしていた。

 

「良い天気ですねぇ、クリスマスとは思えない暖かさで、心地好いと思いませんか。」

「さあ。 寒くないなら、それでいい。」

「…………やはり、なるほど。」

 

 

ぶっきらぼうな発言と、警戒心を強めた視線。 長命を得たが人の心のままであるが故の弊害。 紅葉のメンタルは擦り切れてきているのだろう。

 

迷子の子供がウロウロしているのを見ている気分になる今の紅葉を放ってはおけない。 ひなたは、紅葉の手から腕に組み方を変えると言った。

 

「そういえば、私って昔に讃州に来た時は学校を見たりした機会は無かったんですよね。」

「……だから?」

「久しぶりに、この辺りを案内してください。 今の貴方には、ひたすら休んで心を癒す時間が必要なのですよ。」

 

 

ひなたから見た紅葉は――――西暦の時の紅葉とは違う今の紅葉は、黒髪に白髪が散らばり、元から濁っていた目は以前より虚ろで、ふと目を離したらそのまま消えてしまうのではと思うほどに雰囲気が羽のように軽い。

 

どうしてこうなるまで誰もメンタルケア等を行わなかったのか、と、ひなたは憤りを隠せない。 せめてこの日この瞬間だけは、一人にしてはならない……と。

 

 

そう思いながら紅葉と腕を組んで歩いていたその時、不意打ち気味に肩に衝撃が走り、足がもつれて転びかけ紅葉にしがみつく。

 

「きゃっ」

「ん、ああ。 悪い。」

「おい、気を付けろ。」

 

 

ぶつかってきた相手は即座に謝った。 紅葉はひなたを支えつつ、相手に注意する。

 

「…………って、なんだ仙人か。」

「――――あー……誰だ。」

 

 

自分を仙人と呼ぶ少女を見た紅葉だったが、紅葉には()()()()()。 長い赤毛を後ろで適当に縛って揺らす少女は、男にも勝る鋭い目付きを細めて唸るように喉を鳴らす。

 

()()忘れたなこいつ…………私は華輪(かりん)だってもう8回は言ってるぞ。 そろそろ名札でもぶら下げてやろうか?」

「……その、仙人、とは?」

「知らねえの? こいつ―――紅葉って、何年も前から生きてるからな。 愛称みたいなもんだよ、近所のガキには妖怪扱いされてるがな。」

「えぇ……。」

 

 

流石のひなたも、紅葉の扱いに顔を引きつらせる。 華輪はひなたを見たことがないせいか、眉を片方下げて疑問符を浮かべながら聞いてきた。

 

「で、誰そいつ。 彼女?」

「……それは…………。」

「妻ですよ?」

「ほーん。」

「…………おい。」

「えへ、嘘では無いですから。」

 

 

しれっとそう言うひなたに、華輪は鼻を鳴らして聞き流す。

 

ノロケか。 とぼやいて、頭を振った。

 

「まあいいや、デートの邪魔しちゃ悪いしな。 ああそうだ、あっちに行くなら久しぶりに勇者部に顔出していけよ。」

「考えておく。」

「ん。 じゃーな。」

 

 

手編みの一部がほつれたマフラーに顔をうずめながら、華輪はコートのポケットに手を突っ込んで去っていった。

 

仕切り直して、二人は歩みを進める。 暫く歩いて、商店街を抜け、広場を出て、公園を眺め、ただ無言で歩き続け、忘れないように――――刻み込むように、紅葉は無心で風景を記憶する。

 

 

やがて朝が昼に、昼が夕方に。 夕陽が沈みだし、夜が近づく日没の時間。 ベンチに座って腕を頭上に伸ばし関節を鳴らすひなたが、冷え始めた空気に吐息を混ぜるように吐き出した。

 

「……紅葉さんったら、待ってろなんて言ってどこに言ったんでしょう……。」

 

 

突然思い出したかのように言い終わるや否や、ひなたを置いて何処かへと消えた紅葉。 まさかそのまま帰ったわけでは無いだろう、と。

 

そう考えながら早十数分。

 

うつ向いて自分の足を暇そうに眺めていたひなたの前に影が射し、面を上げたひなたは、眼前に紅葉が立っているのを視認した。

 

「紅葉さん。 何処に行っていたのですか?」

「…………少しな。」

 

 

手に紙袋を持って戻ってきた紅葉はひなたの隣に座った。 広場にはクリスマスツリーが飾られ、電飾が光輝いている。 それを見上げながら、ひなたは呟くように紅葉へと言葉を向けた。

 

「もし、また、貴方の心が限界になったとき――――私は必ず、貴方を助けます。」

「何度も助けようとするくらい、俺が心配か。」

「当然です。 昔から、貴方は危なっかしくて目を離せなかったんですから。」

 

 

呆れたように笑うひなたに、そうか……と言って、紅葉は紙袋を漁る。

 

「紅葉さん?」

「目を閉じろ。」

「えっ、ああ……はい。」

 

 

言われた通りにしたひなたの首に、紅葉は何かを巻き付けた。 柔らかくも暖かいそれの正体を確かめる前に、紅葉に目を開けろと言われ、ひなたはまぶたをゆっくりと開いた。

 

「夜は冷える。」

「―――これは、マフラー……?」

 

 

ひなたの首には、花の刺繍が施されたマフラーが巻かれていた。 自分でやれ幻覚だなんだと疑っておきながら、そう言うところで律儀なのかとひなたは頬を緩める。

 

「ひなた。」

「……はい。」

「俺はもう、お前とは会わない。」

 

 

紙袋を畳んでベンチから立ち上がり、紅葉は言いながらツリーを見上げて星を見る。

 

「次に会う時はきっと、いつかのどこかで満足して死んだときだ。」

「…………そうですか。 ふふ、貴方らしい。 でももし、今回のような事態をわざと引き起こしたら、もう二度と助けてあげませんから覚えておいてくださいね?」

 

 

少しばかり怒気の含まれた声に、紅葉は振り返る事なく返した。

 

「なら、もう少しだけ頑張ってみるよ。」

「そうしてください。」

 

 

くつくつと笑うひなたに、言いそびれた事を思い出した紅葉がふと踵を返す。 だがもう、ベンチに座っていた筈のひなたの姿は無かった。

 

頬にひらひらと落ちてきた雪の結晶が付き、肌の熱で溶けると、涙のように滴が顎に伝って地面に落ちる。

 

 

「――――メリークリスマス。」

 

 

はぁ、と白い息を吐き、紅葉はガラケーを懐から取り出す。 そこには、かつて天の神との戦いを生き抜いた少女達の姿が待受に写っている。

 

「……墓参り済ませて、家の掃除しないとな。 あいつらが実家から帰ってくる頃だ。」

 

 

 

活力を取り戻した紅葉が、頭の中で用事を整理しながら帰路を歩く。 その後ろ姿を、いつまでも、黒紫の髪の少女が見守っていた。

 

 

 

 

 






ひなたが現れた理由はあえて語りません。 マジのクリスマスの奇跡かもしれないし、幻覚かもしれない。 それについては読者方の解釈に任せます。



仙人
・ゆゆゆ世代が皆居なくなってから数世紀、誰もメンタルケアをしない以前に人との関わりを増やさず、何度も子孫や知り合いを見送ってきた結果、精神がボロボロになって記憶障害を患った。 西暦の時は偏執病と強迫観念を同時に患っていたんだからまだマシである。
今が何年かも覚えていなかったが、西暦組と神世紀のメンツの名前はちゃんと覚えてる。 というかひなたの名前まで忘れだしたらそれが終わりの時。
クリスマスの一件は白昼夢として忘れるだろうが、ひなたと僅かな間に再開した事は忘れない。
これからまた、暫くは頑張れるだろう。


ひなた
・要するに日向。 紅葉が冗談でもなんでもなく『こいつの為なら命も惜しくない』相手。 紅葉のピンチとあらば即参上しメンタルケアして去って行くけどわざとなら助けません。
自分がなぜクリスマスに紅葉の所へ現れたのか、消えたらどうなるのかは全くわかっていないが、久しぶりにデートも出来たしプレゼント貰えたし、まあいっか!な神経の図太さの持ち主。


華輪
・苗字はきっと三好か結城。 彼女も居る。 手編みマフラーは貰った。 男女問わずモテる為基本的に学校の靴箱は手紙やら何やらで埋まっている。
紅葉に何回も名前と顔を忘れられているが、長く生きてればボケもするだろと寛大に接していた善人。
この世界の大社(大赦)はマッドサイエンティストの気もあるから多分『生やす薬』くらいは普通に作ってる。



神の声を聞ける神聖な元巫女という存在にマフラーとかいうある種の『巻き付け、縛るもの』を与え、自らの手で縛りつける行為がなにも意味していない訳が無く。
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