【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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決して、発狂しないように。




漆・疑心暗鬼

 

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛~~~。」

「うわ、すげー声だな友奈。」

「堪らないね゛ぇ゛~~~。」

 

 

アイスが溶けるようにドロドロと、とろけた友奈は温泉に首まで浸かる。

 

事件の発生から一週間と数日、勇者達の労いも兼ねた慰安旅行の夜、紅葉と仕切りの壁を隔てて若葉達の七人は温泉を堪能していた。

 

「なんて声を出すんだあいつは……。」

 

 

誰も居ない貸切状態の温泉で温まる紅葉は、仕切りの向こうでだらけているだろう友奈を想起する。 特に枯れている訳でもない為、ひなた達に対する()()()()イメージが脳裏を過るのは、仕方がないのだろう。

 

「―――あほくさ。」

 

 

そう呟いて、適当に温泉を溜めている枠組みの縁に置かれている桶を隣の女湯に投げる紅葉。

 

それがひなたや杏の胸に飛びかかる直前だった球子の後頭部にそれが直撃した事を紅葉が知るのは、少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯気の立つ身体を浴衣で包み、首に清潔感のある純白のタオルを掛けている紅葉は、大部屋の隅で目を回して倒れている球子を見付けた。

 

「どうした、のぼせたか。」

「男湯の方から桶が飛んできて、頭に当たって気絶したんです。」

「災難だな。」

「どう考えても犯人は紅葉さんじゃ……。」

「知らん。」

「…………えぇ……。」

 

 

心当たり、というよりは犯人その者の紅葉。 杏から顔を逸らすと、その先では若葉と千景がトランプを使ったスピードに興じていた。

 

余裕綽々の若葉に対して、千景は焦っている。 些細な遊びにすら『若葉には負けたくない』という気持ちを持ち込んでいるらしく、それに気付かない若葉は――――。

 

 

「っ―――ふぁああっ!?」

 

 

ひなたに耳を甘噛みされていた。

 

その隙に自身の手札を出し終えた千景の手を取って、友奈が勝利宣言をする。

 

 

「おー、あいむチャンピョン!」

「(いつも何処かしらで何かを間違えているような……)あ、ありがとう、高嶋さん。」

 

「ひーなーたー!」

「…………えへ?」

「それで許すか!!」

 

 

廊下まで逃げるひなたを追って若葉が大部屋から出て行き、遅れて紅葉も跡を追う。

 

「ひなた、話は終わって―――。」

 

「若葉ちゃん。」

 

 

若葉の声を遮るひなたは、その奥の大部屋の襖に寄り掛かる紅葉を一瞬見た。

 

「……若葉ちゃんが、何事にも真面目で本気なのは、美徳なんだと思います。 だけど――――もう少し、周りを良く見てください。」

 

「周りを……?」

 

 

首を傾げる若葉だが、ひなたの口はそこで閉じる。 自分で気付かせるべきだと思ったのだろう、大部屋に戻ろうとするひなたに代わり、様子を見ていた紅葉が若葉の前に出た。

 

「紅葉。」

「お前、今言われたことが()()()指してるか、ちゃんと分かってるのか?」

 

「――――ああ、()()()()()()。」

 

 

迷いなく答える若葉の言う『周りを良く見る』の意味と、ひなたの言うそれの意味は、恐らく違う。 それでも、紅葉は僅かな期待を込めて、そうかと言い肩を拳で小突く。

 

「……なら、良い。」

 

 

大部屋に戻る若葉を背中で見送りながらも、紅葉の脳裏の警鐘は鳴り止まない。 どこか、なにか、決定的な()()がある。

 

 

――――ガンガンと叩くような警鐘のなか、紅葉は失念していたのだ。 若葉のバーテックスに対する並々ならぬ復讐心を。

 

もう少し、警戒していれば。

 

あと一言、若葉に注意出来ていれば。

 

 

 

友奈が意識不明の重体に陥る事も無かったのだろうか――と、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体を集中治療室を覗ける窓に体を寄り掛からせ、額をガラスに押し当てながら、無機質に濁った瞳で、紅葉は傷だらけの友奈を見ていた。

 

「……先人さん。」

「―――あ?」

 

 

声のした方に、目線だけを向けながら一応は返事をする。 びくりと体を震わせた千景もまた、友奈に劣らずの傷を受けていた。

 

キャスター付きの点滴棒を片手にしている千景の後ろには、同じく素肌のあちらこちらをガーゼや包帯で覆い隠している球子と杏の姿。

 

「っ、その、高嶋さんは……。」

「死んではいない、傷も順調に治っているらしいし、今は疲れて寝ているだけだ。」

「…………そう。」

 

 

ホッとした様子で、千景は小さく笑みを浮かべる。 しかし、一転して形相を渋くさせ、まだ来ていない友奈の負傷の原因へと苛立ちを露にする。

 

その人物――――若葉がひなたと共に現れたのは、四人が部屋の前で話をしてから数分後だった。

 

「……皆。」

「―――乃木さん……!」

 

 

この場で傷を負っていないのは、巫女のひなたと怪我が治ったばかりでようやく装備を着けられるようになった紅葉だけ。

 

若葉も相応に怪我をしていたが、そんなものはお構い無しに、千景が言葉をぶつける。

 

「どうしてこうなったか、貴女に分かる? 乃木さん。」

「……私の無策と突出、それと「全然違う。」

 

 

若葉の言葉を遮り、千景は点滴棒を力強く握りながら言った。

 

「やっぱり貴女は何も分かっていない。 私たちがこうなったのは、高嶋さんがああなったのは、全部貴女の復讐心のせいよ……!」

 

「――――ぁ」

 

「怒りに我を忘れて、私たちを巻き込んで、高嶋さんを傷付けてでも行う復讐は――――――さぞ楽しいのでしょうね。」

 

 

憤怒に表情を歪め、そう言い終えた千景。

 

点滴棒を杖の代わりにしながら、背中を向けて歩き去る千景に、若葉は何も言えない―――言い返せなかった。

 

なにかフォローすべきかと逡巡する球子と杏だが、唇の端を噛んでうつ向く若葉に対して何かを言ったところで逆効果だろうと判断し、二人も千景を追いかけ病院の廊下を小走りする。

 

 

「若葉。」

「……紅葉。」

 

 

傍観を決め込んでいた紅葉が、不意に若葉へと声をかける。 友奈と一番距離の近い紅葉からの言葉は、きっと誰よりも重いだろう。 そう高を括り、自傷気味に返すと―――。

 

 

「お前は悪くない。」

「…………えっ?」

 

 

まさかの言い分に、若葉は目を丸くする。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「―――お前に少しでも期待してしまった俺が馬鹿だっただけだ。」

 

 

その声には怒りは無く、哀れみも無く、明るくも暗くもなく、ただただ平坦だった。

 

文字通りの『期待外れ』に落胆している事だけは、放心している若葉でも理解できる。

 

 

 

――――だが。

 

病院に集まった勇者達とひなたは、最後まで、紅葉が血が滲むのではと言える程に凄まじい力で、ホルスターに納められていた拳銃のグリップを握り締めていたことに気付けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から帰って直ぐに昼寝のようにベッドに倒れ込んだ紅葉は、締め付けるような苦しさから夜に目を覚ます。

 

「かっ―――ぐ、くっ。」

 

 

友奈が丸亀城に居ない時間が続いてから、胸の痛みは酷さを増していた。

 

「(…………まさか、とは思うが……。)」

 

 

紅葉は結論付ける。

 

『友奈が居なくて寂しいのだ』と。

 

 

「(馬鹿な、あいつは他人だぞ。 血の繋がっていない、四国(ここ)に来る途中で拾っただけの関係で、寂しい? 冗談だろう。)」

 

 

頭を振って起き上がり、外の物音に意識を向けながら、スマホに届いていたメールを確認する。

 

「………………なに?」

 

 

スマホの画面に映る文面には、ひなたが大社本部に一旦戻る事になったという内容と、そして――――。

 

「……なるほど。」

 

 

紅葉はスマホをポケットに入れ、部屋を出る。 メモ帳にあらかじめとある文章を打ち込んでから、ひなたの部屋へと向かった。

 

 

「―――若葉か……?」

 

 

ふと、ひなたの部屋から複数の気配を感じ取った。 正体になんとなく予想を立て、嫌な再開だなと呟いてから、紅葉は扉にノックする。

 

「…………はい?」

「俺だ。」

「紅葉さん? どうしました?」

「入るぞ。」

「えっ、ちょっと待っ……!」

 

 

僅かに開いた扉に指を差し込み、無理やりに開く。 ベッドに腰掛けている若葉を一瞥し、紅葉は中に入り扉を閉めてから、ひなたの腕を掴んでその扉に背中を押し付けさせた。

 

「ふ、ぇ、えっ?」

「おい、なにを……っ!」

 

 

後ろ手に若葉に指差して黙らせると、紅葉はスマホの画面を見せながら言う。

 

「―――明日大社に戻るとき、確か昼にレンタカーを使うんだったよな。」

「……! えぇ、そうですよ?」

 

 

文章を読んで、意図を察したひなた。

 

紅葉の唐突な会話に即興で合わせると、次の文章に目を見開いて驚く。

 

「そうか。 俺も行くことになったからな、遅刻するなよ、ひなた。」

「…………はい、紅葉さんも。」

 

 

神妙な顔付きで返したひなたから離れる紅葉は、スマホをタップして、若葉の懐に入っているスマホへとメッセージを飛ばした。

 

部屋から出る直前、再度ひなたを見ると、紅葉の視線とひなたの視線は偶然にも交差する。

 

「――――あっ」

「…………じゃあな。」

 

 

小声でそう言うと、紅葉は扉を閉める。 嵐が過ぎ去った後のように静まり返るひなたの部屋から、若葉のくぐもった声が聞こえた。

 

「……そんな、事が……。」

 

 

紅葉から送られてきたメッセージを読んだ若葉と、紅葉に見せられたひなたは、同じ文章に心を揺さぶられている。

 

若葉のスマホの画面には、こんな文章が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この宿舎には盗聴器が仕掛けられているらしい、温泉旅行中に不審な電波を感知して調べたらそれらしき反応を見つけたそうだ。

ひなたは俺と話を合わせろ、そして、明日は早朝にここを出るんだ。』

 

 

 

人と人との争いがまだ始まったばかりだと言うことを、二人は背筋を走る怖気に痛感させられる。 そしてひなたは、最後に交差した紅葉の目があまりにも寂しそうで――――。

 

背を向けた紅葉が一瞬だけ幼い子供のように見えたことを、言葉にはせず胸へと秘めたのだった。

 

 

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