軽快に音を奏でるエンジンと、その副産物である振動に揺られながら、ミニバンの中の助手席で紅葉は不機嫌そうに腕を組んでいた。
「ラジオでも流すか?」
「いらん。」
「……ふーん。」
灰がかった髪を短く切り揃えている男――三好某は一言だけ聞くとすぐ前に視線を戻した。 真昼時の照り付ける太陽が雲で隠れ、僅かに涼しさを取り戻した気温を、窓を開けて感じている。
「まだ仲直りしてねぇのか。」
「そもそも、喧嘩じゃない。」
「喧嘩した奴は大体そう言うんだがな。」
大社本部への道路をレンタルした車で走る二人は、休日の昼にしては妙に人の姿や道路を走る車が少ないことに違和感を覚えた。
「怪我さえしてなければ殴ってた。」
「お前が殴ったら死ぬんじゃねえの。」
「千景が、俺が言おうとしてたことを全部代行したからな。 一時の溜飲は下ったが―――帰る頃には考えを改めている事を望む。」
言い終えて黙り込む紅葉。 三好も何かを言うでもなく、淡々と車を走らせる。
手持ち無沙汰で腰のホルスターに手を伸ばした紅葉の何気ない一言が、不意に三好の耳へと届く。
「拳銃と籠手だけじゃあ、いい加減限界が来る。 せめて散弾銃か
「残念ながら今はまだ無理だ。 大社の連中はお前にあいつらを守らせようとしているクセに、武器の所持は認めようとしていない。」
「…………まあ、俺がやっていることを鑑みればそうもなるか。 神樹信仰の信者様が求めているのは『ドラマチックさ』なのだろう。」
大社の信者―――神官が紅葉に求める『勇者を守れ』とは、敵を排除しろという訳ではない。 遠回しに『庇って死ね』と言っているのだ。
やろうと思えば幾らでも補充できる盾に、なぜ反抗させられる手段を渡さなければならないのか。 ということである。 最低限譲歩出来たのが拳銃の所持だけだったのだ。
尚、籠手と手首の内側に仕込んでいる刃は三好と三好の信用している有志に頼んで作らせたものなので、バレると色々と不味かったりする。
「それならお前が個人的に所有してる
突如として急ブレーキを掛けられ、シートベルトに押さえつけられながら前方につんのめる紅葉。
「……この野郎、ぶっとばすぞ……。」
「ちげーよ、前見ろ。」
「…………あぁ?」
三好に殺意を込めた眼差しを向けようとした紅葉の視線を前に誘導する。 フロントガラスの先にあったのは――――。
――――ベージュの軍服と複数のポケットが取り付けられたボディアーマーを着込み、
「……ここ日本だよな?」
「間違いなく四国だが。」
道路の真ん中に並び、車を止めてはハンドルを握る人の顔を確かめているらしい。
十数メートル離れた二人と不意に目があった軍人らしき男達は、手元の物体と交互に見やり、止めさせた車を走らせた。
「G36とHK416……俺のP30と同じ会社の
「いや、そもそもあんな奴等知らねえぞ。」
「……この間の浮浪者と同じ立ち位置の人間という事か?」
「仮にそうなら装備に差があるだろ、格差があるのか? というかあいつらこっちに銃口向けてきて――――――。」
直後、さも当然かのように軍服の二人は、それぞれの突撃銃から5.56x45mm NATO弾を連続で吐き出させて紅葉と三好の乗るミニバンを蹂躙した。
◆
「…………千景ぇ、あれ何とかしろよぉ」
「どうしろって言うのよ……。」
丸亀城内の教室、机に突っ伏した若葉の近寄りがたい雰囲気を前に、球子と千景は完全に参っていた。 杏は調べものがあるらしく今は居ない。
あれだけどんよりと落ち込まれては、さしもの千景でも言い過ぎたかと反省する。 しかし、若葉の悩みの種は千景の指摘だけではなかった。
「(盗聴器…………どうしてそんなものが……まさかあの慰安旅行はそれを仕掛ける言い訳? いや、タイミングからして逆に居ないうちに調べてくれていたのだろうか。 我々は……私は、人々の為に戦っているのに、どうしてこんなことに……っ)」
復讐の為だけに戦ってきたツケが回ってきたのだろう、と考える。 ひなたと言う道標には頼れず、紅葉の期待を裏切った。
そんな自分に、果たして勇者の資格など―――。 そう思案した辺りで、廊下の方からパタパタと慌てた様子の足音が聞こえてくる。
「―――みっ、皆さん! 大変です!」
「あんず、どうした!?」
「…………伊予島さん?」
「……なんだ?」
ノートパソコンを開いたまま教室に駆け込んできた杏は、息を切らして机にパソコンを起きながら肩で呼吸していた。
「はっ、はぁっ、こ、これっ……。」
パソコンのキーを指で叩き、画面を三人に見せる。 画面に映っていたのは誰かが撮影中のライブ映像だったが、状況が余りにも異常だった。
軍服とボディアーマーで武装した男二人がドイツ産の突撃銃から撃ち出される弾丸の雨霰を、ミニバンを盾にして凌いでいる男二人を襲っていたのだから。
片方が射撃をする傍らで、片方が弾倉を入れ換える。 断続的な爆発音が、少し離れた位置のマンションの窓から撮影されていたのだ。
「……ここ日本だよな?」
「間違いなく四国の香川よ。」
絞り出すように、球子が誰に言うでもなく聞き、千景が答える。 ほんの数分前に始まった出来事にも関わらず、人混みは消え、車は乗り捨てるように道路に置かれていた。
やがてボンネットの中のエンジンルームが煙を吹くと、隠れながら何かを言い合う二人の内、灰がかった髪の男が弾かれたように横へと飛び出す。
拳銃で盲撃ちしながらすぐ側の、誰かの事務所が二階にある建物に駆け込み、軍人らしき二人の内片方がそちらを追う。
残されたもう一人の軍人は、何時まで経っても出てこない男に痺れを切らしたようで、辺りを見回してどこかに歩き出した。
銃撃が止んだ事に不信感を覚えた男は、懐から拳銃を取り出しながら車の下から足を覗く。 十秒も掛からず戻ってきた軍人は誰かを連れてきていて、判別しようと顔を僅かに出した男は、表情を歪めて歯を噛み締めていた。
「なっ―――!」
「酷い、そんな事を……。」
「――――――!!」
「待ちなさい、乃木さん!」
パソコン越しにその様子を、第三者目線で見ていた四人。 握り潰さん勢いで生大刀を掴んで飛び出そうとした若葉を咄嗟に千景が止める。
「貴女が行って何になると言うの、まさか銃を持った相手だからって斬るつもり?」
「っ、ぐ、く…………っ!」
内心を駆け巡る激情を唇の端を噛んで抑える若葉だったが、廊下に繋がる出入口に立ち塞がる千景の顔を見て力を抜いた。
「私たちの役目はバーテックスを倒すことでしょう、少し落ち着いたらどう?」
「…………そうだな。」
そんな会話を横目にパソコンのライブ映像を見ていた球子が、ふと呟いた。
「…………こいつ紅葉じゃね?」
『えっ』
◆
「――――言ったそばからこれだ、だから長物を持たせろって言っただろうが!」
「あぁ!? うるさくて聞こえねぇんだよ!」
車体を穿ち、貫き、表面を滑り、弾ける音。
分厚いゴムが前後に並んでいるタイヤと言う防護壁に体を滑り込ませて横に並ぶ紅葉と三好は、突撃銃に対して拳銃しか無いことを嘆くように叫んでいた。
尤も、その叫びも銃声に掻き消されているのだが。 数秒手前で、運転席と助手席に居た際の不意
たかがレンタカー、防弾加工などされている筈もなく。 あと少し判断が遅れていれば、ボンネットやフロントガラスと同じく穴だらけにされていた事だろう。
「ここに留まってたら二人揃って蜂の巣だぞ!」
「あー? なにぃ!?」
「向こうに事務所があるだろ、そっちに行け! 相手も二手に分かれざるを得なくなる!」
「……くそっ!!」
ボンッとエンジンルームから音が鳴り、思考を急かす。 煙り臭さが鼻を突いた頃、三好は懐から一挺の拳銃を取り出して飛び出した。
5.7x28mm弾を用いる個人防衛火器・プロジェクト90と同じ経口の、ボディアーマーを貫く為の拳銃・
弾切れなのかHK416を持っていた軍人は、それを仕舞い腰のホルスターから同じように拳銃を取り出して三好の跡を追う。
そしてG36を持っている方の軍人の射撃音が聞こえなくなった紅葉は、ハザードランプ付近に後頭部を置いて、視線を向け―――。
「――――お前……。」
コンコンと、軍人は銃口で連れてきた人物の頭を小突く。 出なければならなくなった紅葉は、両手を上げて車の後ろからその身を出した。
軍人の足元にうずくまり、静かに涙を流す女性が居る。 腹が膨らんでいて、体を締め付けないラフな格好をしている。
逃げ遅れてしまったらしい妊婦を軍人は人質に取ったのだ。 軍人は良く見れば、まるでペスト医師のように尖ったマスクと、レンズが黒いゴーグルを着けていた。
トリガーから指を離さないまま、片手で紅葉の拳銃を指差して下にもって行く。
暗に『捨てろ』と言われ、深くため息をついて紅葉はH&KP30をホルスターに仕舞い、腰から外して道路に捨てる。
ちらりと三好が逃げた先の事務所の中から銃声が聞こえているのを確認してから、紅葉も現状を解決する手段を脳裏で思考するが。
「……楽に死ねると思うな――――。」
問答無用で、一発の弾丸が紅葉の右肩の肉を抉り飛ばした。
まだ前半戦。