【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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玖・激憤慷慨

 

 

 

三好を追いかけ階段を上る軍人らしき服装の男の片割れは、HK416を捨てて、代わりに腰の拳銃(サイドアーム)・HK P2000を取り出し構えながら歩く。

 

マスクとゴーグルを取り、豆電球だけの薄暗い階段をゆっくりと上っていると――。

 

「――――。」

 

 

階段を上った先の事務所に繋がる扉が、半開きになっていた。 相方であれば我先にと駆け上がって押し開けるのだろう、と内心で笑い、P2000を真っ直ぐ構え足音を立てないようにする。

 

男は左手でP2000のグリップを握り、右手のひらで扉を押す。 入ってすぐ左に本棚、眼前に台が透明のテーブルと向かい合うソファ、その奥の窓の手前に仕事用のデスクがあった。

 

 

そして、躊躇いの無いデスクへの発砲。

 

足元が木の板で隠れているタイプのデスク故に、隠れるならばそこしかない。

 

 

しかし無反応。 悲鳴もなければ、流血もない。

罠かと考えテーブルの横を通ろうとした瞬間。

 

「手ぇ上げろ。」

 

 

ゴリ、と。

 

背中に銃口を押し当てられた。

 

「――――。」

「何処に居たかって? 本棚の上だよバーカ。」

 

 

男が目線だけを横に向け、最初に見た筈の本棚を確認する。 良く見れば、天井と本棚の間に隙間が出来ていたのだ。

 

普通ならば、逃げる人はデスクの下に隠れるだろう。 そんな思い込みを利用した初歩的な視線誘導(ミスディレクション)に、男は見事に引っ掛かっていた。

 

「一度しか言わない、銃を捨てて投降しろ。」

「――――。」

「そうだ、それで―――ッ!?」

 

 

男の銃を握る右手が横へ伸び、トリガーガードに指を引っ掻けたままだらりと力を抜き、床に音を立ててP2000を捨てる。

 

―――刹那、空いた左手が引き抜いたナイフが煌めいたかと思えば、瞬時に振り向きつつ三好の左腕を切り裂いた。

 

「い、づっ……!」

 

 

三好の緩んだ手からFive-seveNを弾き飛ばし、男は自身の尾てい骨付近に隠していたグロック18を取り出して引き金を引き続けた。

 

バララララララッと断続的な発射音が炸裂しては、咄嗟にグロック18を握る男の手首を掴んで耳の横に弾丸を通過させる三好の鼓膜を爆撃する。

 

「くそっ、てめ、ぇ……。」

 

 

やがてスライドが後退したままになり弾切れを知らせたグロック18をお返しとばかりに床に転がすように叩いて落とさせ、そうした三好に左手を突き出した男の握るナイフを、三好もまた脇腹の鞘に挿していたナイフで受け流す。

 

「――――!!」

「……シィッ!!」

 

 

お互いに床に落ちている己の拳銃を見やり、拾うか否かで悩み、瞬間互いに肉薄する。

 

耳の真横での銃撃のせいで左耳に聴力を期待できないまま、三好は順手で突き出すナイフを逆手に握るナイフで受け止めた。

 

 

カリカリと、黒板を引っ掻くような不快な音が二人の間で奏でられ、鍔迫り合いのように押し合うが―――男がナイフを持つ手の甲を片手で更に押すのに対して、三好の左腕には一閃の赤い傷があり、力が入れづらく徐々に押し込まれて行く。

 

しかし三好は、一瞬だけ力を抜き相手にわざと押し込まれる事で、自分から見た右側に男の体を流しつつ左へと自分を逸らす。

 

 

ガクンと姿勢が崩れた男の横を、ダンスのターンのように回り、左手の指で軍服の襟を引っ張りながら、ナイフを捨てた右手で胸ぐらを掴み上げた。

 

「だぁらっしゃぁぁぁいっ!!」

 

「――――!?」

 

 

そして力任せに男をテーブルに叩き付けた。 ガラス製のテーブルは粉々に砕けて足が折れ、男は肺の空気を絞り出すように息を吐き出しながら床に背中を強かにぶつける。

 

三好の手に伝わった感触からして、男は立てないだろうと言える程に手傷を負っていた。

 

「……ぺっ、手こずらせやがって。」

 

 

落としたFive-seveNを取り、ホルスターに納めた三好。 男から僅かに目線を外し、僅かに慢心する。 普段ならばしないだろう行動が、聴力の低下した耳に何かを引き抜く音を聞かせた。

 

「あ?」

 

 

行動不能にした筈の男に目を向けると――――――その両手に、黒いパイナップルめいた物体が握られていた。 ピンが抜け、レバーが外れたそれを、三好は見たことがある。

 

「――――やべ」

 

 

 

 

 

ボンッ、という爆発音。 事務所の窓ガラスが吹き飛び、三好もまた窓の外へと投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、が、ぁ……。」

 

 

ベロンとめくれた右肩の肉を左手で押さえ、紅葉は千切れないように繋ぎ止める。

 

男の足元で動けない妊婦は銃声に驚き、耳を塞ぎ、まぶたを閉じて蹲っていた。

 

「や、はり……宿舎を盗聴していたようだな……。 大社本庁に来られると困るんだが、ここで帰るなら見逃してやるぞ?」

 

 

脂汗を額に滲ませ、右肩を押さえることで動かせないとアピールさせつつ、太ももに手首を押し付ける形で籠手の安全装置を操作する。

 

 

――――バンッと言う破裂音。

 

 

「ぐぉ、お、おぁ……っ!?」

 

 

煙を上げるミニバンのボンネットに、背中から倒れ込む。 息苦しさに胸を圧迫される正体を探ろうと顔を下げ目線を降ろすと、紅葉のワイシャツの裏にある薄いチョッキを貫いて、弾丸が腹部に突き刺さっていた。

 

「(くそ、不味い、不味い……! 体の異常に反して()()()()()()()()()()()()()…………それは別に良い、二秒だけでも、隙さえ作れれば……っ。)」

 

 

腹に熱した棒を押し込まれているような灼熱。 二発の銃弾に撃たれていながらも、紅葉の思考は急速に冷め、問題解決の為の思案を巡らせる。

 

隙さえ出来ればそれで良いのだ。 例えばそう、意識外で、爆発が起こるとか――――。

 

「ひっ、う、ぅっ」

「…………問題ない! 俺がそいつをころ―――――倒すまで、目を閉じて耳を塞いでろ! 嫌なものは、見ないままで良い!」

 

 

肩が痛み、腹を撃たれ、ダルさに襲われ戦うのも億劫になってきていた紅葉は、女性の嗚咽に答えるように叫ぶ。 勇者と巫女を守る為だけに戦っていたのに、どういうわけかこの女性も守らないといけないと思っていた。

 

「(――――よし、勝算が出来た。)」

 

 

ボンネットの上で横になる紅葉はそこから降りながら、然り気無く左手を後ろに、ベルトに引っ掻けている円筒形の物体を手のひらへ転がす。

 

軍服の男が呆れたように頭を振って、G36の銃口を紅葉に向け――――瞬間、横の建物の二階が爆発し、大きな物体が茂みに落ちる。

 

「――――!?」

「(今、しか、無い……!)」

 

 

突然建物が爆発すれば、人間である以上、つい反射的にそちらに意識を向けてしまう。

 

男と紅葉が同時にそうして――――僅かに紅葉の行動が早かった。

 

 

親指でレバーを押さえるピンを抜きながら、前方数メートル先の男目掛けて投げる。 そのまま振り抜かれた左手を右腕へと持って行き、なけなしの力で男に向けて上げた右腕を叩いた。

 

意識を紅葉に向け直した男が投げつけられた円筒形の正体を即座に見抜き、左腕で目元を隠しながら片手でG36の引き金を引き絞るのは、ほぼ同時である。

 

 

 

 

『音』と形容する事すらおこがましい『とてつもない光(100万カンデラの閃光)』と、『とてつもない爆発(170~180デシベルの爆音)』。

 

腕の隙間から漏れた光が、単なる黒塗りのレンズのゴーグル越しにある眼球を焼き、耳から聴力を奪う。 目を閉じて耳を塞ぎ俯いていた妊婦から被害をなるべく逸らすように上向きに投げられた()()が、ほんの一瞬三人を包み込む。

 

 

爆音に混じって放たれた数発の弾丸は、斜めに線を描き、紅葉の脇腹から左肩までを袈裟斬りかのように穿つ。 チョッキで貫通を止められてはいるものの、紅葉への銃撃は間違いなく致命傷だった――――のだが。

 

「が、ごぶ、ぅ」

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

そんな紅葉の代わりに倒れたのは、首に刃物が突き刺さり、口許の嘴めいたマスクの隙間から血の泡を吐いている男だった。

 

籠手の仕込み刃の安全装置を外し、顔をマスクやゴーグルや腕で守った男の首を狙い、見事隙間を縫って撃ち込むという離れ業を、紅葉は土壇場で行い成功させたのだ。

 

「ふ、ぅう……っ」

 

 

瀕死の体を引きずり歩いて、仰向けに倒れた男に馬乗りになる紅葉。

 

閃光と爆音で何が起きたか分からないまま、自分が相手を撃ったことも識別出来ていないままの男は、何故自分の首が痛むのかも呼吸ができない理由も分からない状態で――――。

 

 

「…………俺の、勝ちだ……。」

 

 

首の刃を、より奥へと押し込まれた。

 

骨と筋肉に阻まれる抜き身の刃先の逆に手のひらを添え、ぐっ、ぐっと力を入れる。

 

 

ぶくぶくと絞り出すように、紅い泡がマスクの中から漏れ出る男。 倒れた拍子にゴーグルが割れて瞳を覗ける紅葉は、その閃光で焼かれた瞳から生気が無くなり、完全に死亡したことを確認するまで、手に力を込め続けた。

 

「―――紅葉、死んでる。」

「…………そうか。」

 

 

茂に落ちた物体――――血とガラス片にまみれた三好が、紅葉の行動を嗜める。

男の遺体から退いた紅葉は着ていたコートを上半身に掛けることで、凄惨な状況をなるべく隠そうとしていた。

 

 

最後に、震えながらただ言われた通りに何も見ないでいるしか出来ない女性へと、屈みながらも肩に手を伸ばす。 そして怖がらせないように、珍しく優しげな声色で言う。

 

「終わった。 もう、目を開けて良い。」

 

 

果たして、まぶたを開いた女性の眼前に飛び込んできたのは血まみれの男二人なのだが、その心境や如何に。

 

 

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