Q.紅葉って頑丈過ぎでは?
A.月読命が未来の幸運を先取りして運命を改変しまくって、それでようやく辛うじて生きてる状態に持っていけてるので、回数で言えば30回以上は死んでる筈なんですよこいつ。
紅葉のまぶたが開かれた時、眼前にあったのは布に包まれた二つの山であった。
「―――ん。」
「……紅葉さん、起きましたか?」
山の奥から声が響き、顔が覗かれてくる。 寝起きの思考が『山』と処理していた情報が『胸』だったと気付き、紅葉は巫女装束から制服に戻っているひなたに膝枕をされていた事を理解した。
「……すぐ起きる。」
「いいえ、まだ寝ていてください。」
大社本部のどこかにある廊下のソファーに寝転がっている紅葉が起き上がろうとするが、ひなたに肩を押さえつけられる。
細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどに紅葉は動けないでいる。 しかし、記憶が
故に、自分が何故こうも疲れているのかについて、なにも知らないのだ。
「女医さんに貴方が倒れている事を知らされて、ここに来たら任されたんです。 暫くこうしておいてやれ、と言われました。」
「嫌だろう、若葉なら兎も角男に膝枕なんて。」
「別段、不快ではありませんよ?」
それに、と続けて目の下に指を伸ばす。
「目にクマ。 女医さんが言ってましたよ、手術で麻酔を使って眠らせた以外で、恐らく紅葉さんは眠れていない……と。」
事実を突きつけられ、紅葉は黙り込む。
実際紅葉はこの数ヶ月碌に睡眠を取れていない。 夜になる度に、眠ると言うよりは長時間気絶して朝を迎えていたのだ。
「……どうして、そんなにも必死に私たちを守ろうとしてくれるのですか。」
「――――――。」
疑問符は無かった。 故にそれが紅葉への質問ではないとは、わかっている。
――――それでも静かに、真綿で首を絞められるように、ひなたの言葉は紅葉の心をえぐっていた。
◆
数日で銃創が塞がり、女医に化物でも見るような顔で見られたのも今は昔。
快復に合わせて装備の修理やメンテナンスを任せていて
「いやー相変わらず傷が塞がるの早いね、紅葉くん。」
「前から治るのは早かったが、最近の襲撃の一件から余計に早まっている気がする。」
「…………何でだろうねぇ?」
後ろ向きで歩く友奈は、紅葉を見ながら器用に目線を逸らす。
フード付きのパーカーを着て、四角い頑丈そうなリュックを背負い、腹部のポケットに両手を入れていた紅葉の格好が珍しいのか、友奈はジロジロと上から下まで見回した。
「なんだ。」
「うんにゃ、紅葉くんがスーツとかコートとか着てないの珍しいなぁって。」
「三好のツテで俺の武器を調達してる奴がなんか色々としてるみたいで、まだ返されてないんだよ。 …………こんな豆鉄砲でどうしろって言うんだか。」
そう言ってめくられたパーカーの下には、Tシャツの上、その腹部に巻かれたベリーバンドホルスターと、それに納められた普段持っているHKP30とは別の小さい拳銃と替えの弾倉があった。
「……ちっさ。 なにこれオモチャ?」
「馬鹿言え、あと触るな。 腹筋をつつくな。」
「わーお、カッチカチ。 ヒナちゃんも触る?」
「――――セクハラになってしまいます。」
「お堅いなぁ。」
銃口を下にしてホルスターに差し込まれた拳銃のグリップを触ろうとして紅葉に叩かれ、代わりとばかりに腹筋を指で突く。
ついに握り拳で頭を叩かれてようやく止めた友奈が、憂いた顔のひなたを見て眉を潜める。
「ヒナちゃん、紅葉くんになにかされた?」
「俺が悪い前提で物を言うな。」
「いえいえ、紅葉さんが悪いわけでは無いんですよ。 ……本当に、悪くないんです。」
作った笑みを浮かべて誤魔化すひなたは知っている。 紅葉がある種の狂気染みた使命感に駆られている事に、本人にその自覚が無いことに。
そうなった理由が勇者と巫女、すなわち自分達にあることも知っていて、だからこそ紅葉の自殺紛いの身体を張った行いを『やめろ』と言えない。
「……ねぇ紅葉くん、アイス食べたーい。」
「……そこのコンビニ行ってこい。」
「やったぜ」
ピンと指で弾き飛ばした五百円を受け取った友奈は、走る直前にひなたへとウインクを飛ばす。 話し合え、と暗に言っていた。
「(……変なところで、感が鋭いんですから。)」
「(人間の喧嘩はねちっこいって本当なんだなぁ。 ……ん?)」
ひなたと紅葉から数メートル離れた位置にあるコンビニに駆け寄る友奈は、視界の奥から歩いてくる男に
その男が背負っている箱がガンケースであるとは、流石の友奈でも知らなかった。
「―――お前がそこまで気落ちしてる理由が俺にあることくらいは分かるぞ。」
「…………ごめんなさい。」
「悪いが俺は生き方を変えるつもりは無い。 何があっても、俺はお前を―――お前たちを守る。 命に変えても、とは言わないがな。」
命に変えたら、そのあとの問題から守れない。 そう言って、紅葉は口角を歪める。
ひなたはその顔を見て、紅葉が自分が何時か死ぬ事を察しているのだと理解した。
故に、きっとひなたは初めて、人に対して
「紅葉さん。」
「なんだ。」
「約束してください。」
「なにを。」
そっちがその気なら、こちらも自分勝手に振る舞わせてもらおうと。
紅葉を困らせる為だけの言葉を紡いだ。
「―――私を、泣かせないと。 貴方のせいで私が泣くことはしないと、約束してください。」
「……確約は出来ない。」
「してください。」
赤というよりは深紅に近いひなたの瞳が、紅葉を見上げて視界に写す。
「……守れない約束はしない。 頼むからわかってくれ、俺は――――。」
紅葉は一呼吸置いてから続ける。
まるで罪の告白であるかのように、頬を引きつらせて言葉を喉につっかえさせながらも、なんとか絞り出した。
「―――俺はお前に、失望されたくない。 この感情だけは、友奈たちを守るのとは全く別の、俺の個人的な…………薄汚れた願いだ。」
「…………それは……どういう。」
紅葉の言葉が、やけに耳に染み入る。 心臓が高鳴るが、それの正体が掴めない。
二人が向き合って見合う様を、お釣りを片手に握って片手でソフトクリームを舐めている友奈がじっと見ていた。
「そろそろ話していい?」
「ひぁっ!?」
「っ。」
無言だが肩を跳ねさせる紅葉と、上擦った声を出して半歩下がるひなた。
「あ、はいこれお釣り。」
「……いつから見てた。」
「二人を見てると、いい勉強になるよ。 うん。 ヒナちゃんは面白いよね。」
「こ、答えになってませんよ……。」
少しばかり紅葉くんへの想いに鈍いけど、と内心で呟く。 自身の心境で自己矛盾を繰り返す男と、そんな男に熱視線を向けられているのに全く気付かない少女。 これだから人間とは……。
「(おっと、また考えが神格寄りに。 これじゃ人の形を与えられた意味が無い無い。)」
ソフトクリームを舐めて、思考を冷ます。 そんな考えを友奈が巡らせているとは露程も考えていない紅葉は、二人に声を掛ける。
「……仕切り直して、さっさと行くぞ。 ずっと留まっていたら誰にバレるか、わからな――――――。」
ちり、と。 不意に首筋が熱くなり、それが殺意だとわかった瞬間には、言葉を中断した紅葉は目線だけで周囲を見渡した。
友奈が出てきたコンビニの看板を盾に、上下二連式の散弾銃を向けている男を視野に収め、銃口の向きから友奈を狙っていると判断。
周りは気付いていない。 人が少ないのと、看板が死角になっているのと、既に脅しでもしたのか店内の人間が無反応だったのだ。
自分へと殺意をぶつけつつ、しかしそれはブラフ。 狙いは友奈だろう。
「友奈。」
「へ? ぐぇえっ」
紅葉は瞬時に友奈の襟首を掴み、すぐ隣の物陰に投げ捨てる。 次いでパーカーの腹部分を捲り
「――――ひなた!」
「えっ」
友奈が射線から居なくなった瞬間には、既に狙いを変えていたらしい。
ひなたと射線に割り込み、背中を向けた紅葉のリュックに数十の鉛の粒が同時に突き刺さるのに、一秒も掛からなかった。
背中への衝撃と爆発音が重なり視界に星が散らばる紅葉は、二発目が続けざまにリュックに衝突するのを感じ取る。
「が、ぎ……っ」
「もみ、じ、さん」
「…………だから、確約は出来ないって、言っただろ。」
すーーーっ……と息を吸い、ふぅと吐き出す。 それで、完全に意識が切り替わった。
鉛の粒で表面をズタズタに引き裂かれたリュックを背中から下ろし、背中に当たる部分に取り付けられた盾のような取っ手を掴み、紅葉は薬莢の取り替えをしている男に向かって走る。
「友奈! ひなたと一緒にここから離れろ、悪意を感じた相手は殴っていい!」
「――――りょーかーい。」
リュックに偽装していた防弾シールドで首から下と胸を隠しつつ、側面から飛び出させたコンシールドの拳銃・グロック26で看板に発砲。
10発しか入らない小型の拳銃では牽制にしかならないが、顔を出させて狙わせなければ良いだけ。 9発目を撃った次の瞬間、10発目が撃ち出されて電光の看板に突き刺さる。
「――――ちっ」
紅葉は自分に向けて二発、数メートル離れていながら的確に背中を撃ち抜いた男を『出来る』と判断していた。 格好つけて足や頭は狙わず、当たりさえすれば痛みと衝撃で行動不能に出来るとわかっている動きが出来る……それはつまり。
「
使っている銃は近代的だが、顔付きや殺意の消し方と向け方の上手さと、数秒で排莢と装填を終える技術。
そんなものは撃ち慣れていないと出来ない。
「―――――シィッ!!」
即座に看板から半身を飛び出させて放たれる三発目をシールドで受け、四発目をグロック26を投げ捨てつつ拾い上げたゴミ箱を投げることで防ぐ。
ゴミが四散し、視界が塞がれた一瞬のうちに行われる二人の判断。 マタギは数歩下がりながら手慣れた動きで五発目と六発目のシェルを取り替えようとし、ガクンと動きが止まる。
「逃がすか。」
四回連射して加熱している筈の銃身をなんの躊躇いもなく生身で掴んだ紅葉が、散弾銃を引っ張り、前につんのめるマタギの顔面に取り上げた散弾銃の銃床を叩き付けた。
「ガッ、ぶ」
「お前のような奴に逃げられると面倒だから、手足へし折って動けなくするが……間違っても舌噛んで死のうとは思うなよ。 あれは痛いだけだ。」
もんどり打って倒れるマタギに忠告する紅葉だが、どうにも違和感がある。
季節に合わない分厚いダウンコートに目が行き、不自然に膨らんでいる事に気付いた。
「なにを隠してる。」
「…………見てみろ。」
しわがれた声。 鼻血を吹き出しながらそう言ったマタギの顔面に更に一発入れてから、紅葉はコートのジッパーを下ろして開き―――。
「――――やられた。」
ずらりと敷き詰められたパイプ爆弾が、紅葉の眼前で一斉に炸裂した。
そらくたばり損ないが軽装のまま外を歩いてたらトドメ刺しに来るよね……としか。
尚、ひなた様はまだちょっと鈍感気味。