【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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いやあ、柏崎が親指を立てて溶鉱炉に沈むシーンは涙無しには見られませんでしたね……(捏造)




拾漆・長生不死

 

 

 

 

「意外と早かったじゃないか。」

 

 

プシュッと音を立てて自動でスライドしたドアの奥から、壁に体を擦らせながら歩いてきた紅葉が入ってくる。 回転する椅子を反転させた男――――イースの偉大なる種族の両膝を、二発の弾丸が穿ち穴を空けた。

 

「―――ああ、悪いが、この体は痛風が酷くてな。 痛覚を切ってあるから、喚く様が見たいのなら期待外れだぞ。」

「どうでも良い、お前は『何』なんだ。」

 

「話が飲み込めるとは思っていないが、簡潔に言うと私はあらゆる知的生命体のなかでも、唯一完璧に時間の概念を理解している種族の一人だ。」

 

 

ずれた眼鏡を戻して、男は続ける。

 

「我々は、自身をイースの偉大なる種族と呼称している。 イス人とでも呼べば良いだろう。」

「……時間の理解者、イス人……?」

 

「ああ。 私はこことは違う次元の違う時間から、この肉体と元の肉体(ボディ)を入れ換える形でこの時空に訪れたのだ。

 

しかし三年前のあの事態に陥って以降、この時空が()()()()()せいで戻るに戻れないでいるのだよ。」

 

 

困っているようには見えない顔をして、紅葉の眼前のイス人は肘置きに腕を乗せて一呼吸つく。 呼吸が荒く、左手で持つグロック34が震えている紅葉を見て、イス人は指摘した。

 

「随分と辛そうだな、あの薬物は相当な劇薬みたいだが……そろそろ副作用が出始めた頃か?」

 

「黙れ――――ご、ぼ、ぉえ」

 

 

腹に一発撃ち込んでやろうか、と考えた紅葉の口から、ダマになった赤黒い液体が溢れる。 目の前に座っているイス人が何重にもブレて、視界が赤く滲む。

 

「……なるほど、アドレナリンの過剰分泌に無理やりの造血、心臓をF-1カーのエンジン並に稼働させての身体能力の維持。 ……お前死ぬことが前提の薬物を持ってきたのか。」

 

 

呆れたような、嘲るような。 そんな風に口角を上げ、イス人は目尻を細めて顔中から鮮血を溢れさせる紅葉を見ていた。

 

「イカれてるな。」

「…………ぁ、か」

 

「外宇宙、天地、(ふる)き神共に踊らされている人間なんてのは始めて見るから期待していたが…………単なる狂人か、馬鹿なのか。」

 

 

ガクガクと震える手足に力を込めて倒れることだけを避けようとしている紅葉は、焦点が定まらない瞳でイス人を睨む。

 

「―――25分。」

「……な、に?」

「先人紅葉、お前が地下施設に訪れてから経過した時間だ。 そして、私はそこいらの間抜けな悪役とは違って、今のようにべらべら喋る事で計画を失敗させるような者ではない。」

 

 

デスクを掴んで体を逸らし、パソコンの画面を見せるように位置を横にずらすと、タンとキーを叩いて画面を切り替えた。

 

「起動から一時間でこの施設が跡形もなく消し飛ぶように設定した爆薬だ。 ()()3()5()()しかないが、その体で、時間までにここから逃げられるかね。」

 

 

パソコンに写るタイマーが、事の重大さを表している。 ボヤけながらも数字が減っていることは辛うじて視認できる紅葉は、来た道を引き返そうとするも、数分前の爆発で廊下が塞がれていたことを思い出す。

 

そんな紅葉の足元に、カラカラと滑り込む物体があった。 それは護身用の銃に使われる、デリンジャーに良く似た、銃のような何かだった。

 

「……これ、は」

「土産だ、生きて帰れたら使うと良い。」

「―――なに?」

 

 

霞む視界と思考のなか、紅葉は疑問を覚える。 なぜここまでして自分を殺そうとして置きながら、どこか確信めいた口調で、イス人は自分が生きて帰ることを勧めてきているのか。

 

「私は、この隔絶された四国と言う狭い世界で人がどう動き、なにを考え、どんな結末を辿るかに興味があったのだよ。

あのバーテックスなる怪物に滅ぼされるなんていうつまらない終わりには興味は無い。 あくまで、人が人と滅ぼし合う様を見たかった。」

 

 

膝に空いた穴から垂れる血を眺めながら、イス人は音読するように言う。

 

「元の次元に戻れないのなら、せめてこの知的探求心を満たそうとした。

そのためにと人を集めすぎてな、だから証拠隠滅と口減らしを兼ねてお前を挑発したわけだ。 先人紅葉は、どうやら本人ではなく周りを傷付けると激怒するタイプみたいだったからな。

 

つまり目的のために利用させてもらったわけだ。 放っておいても死ぬのなら、ここから帰しても長くないだろう。」

 

 

くつくつと笑うイス人は、刻一刻と進むタイマーを紅葉に見せる。

 

「ここを出るなら、引き返すより横の扉に入って下水道から川に出るのをおすすめする。 達者でな、神の傀儡よ。」

 

 

拳銃をホルスターに仕舞いデリンジャー風の機械を拾い、疑いの目を向けながらも、他に選択肢が無い紅葉は言われた通りに扉を開けて出て行く。

 

残されたイス人は、オフィスチェアに深くもたれ掛かり、タイマーの進む音を聞きながらまぶたを閉じる。 その脳裏に、他のイス人から放たれる言葉を思い返していた。

 

「――――――人は愚かで、わざわざ関わる必要は無い。 人は、人は、人は。 どれだけ無様で、人の姿を借りてでも、こうして自ら調査をすれば、自ずと、自然に分かるものだ。」

 

 

ピーーー……と音が鳴り、遠くから断続的に爆発音が聞こえてくる。 それが部屋の手前まで響く寸前、イス人は呟くように声を発した。

 

「嘲りと罵倒。 それでも、私は成し得たのだ。 先人紅葉よ、神とやらに、惑わされるな。」

 

 

爆破の炎と衝撃が室内を蹂躙する直前、イス人は手元で小さな機械を弄り、スイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

―――光を、見た。

 

赤く染まり殆ど視力が機能していない眼球が、まるで先導するように下水道を走る光の糸を見た。 暗い筈の下水道を、紅葉が迷い無く進めているのは、その光の糸を辿っていたからである。

 

 

だが、爆発は下水道にまで及ぶ。

 

蛇がうねるように、洪水のように、炎は下水と壁を舐めながら紅葉に迫り来る。

 

 

外に繋がる出口に差し掛かった瞬間、背後からの爆風に煽られ、斜面を滑り転がって、紅葉は水しぶきを立てて下水から繋がっていた川に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

――――川の流れに身を任せて山を下る紅葉の体を、誰かが引き上げる。 コートを鷲掴みにして、水面に顔が行かないよう浅瀬へと体を引っ張っていたのは、額に脂汗を浮かべて今にも死に絶えそうな程に弱りきった柏崎だった。

 

「ふ、うっ、ぅ……。 これ、で、貸し借りは、無しです、よ…………。」

 

 

何度も躓きながら、紅葉の霞む視界の奥で、焦げたメイド服の腹部に鉄パイプが突き刺さったまま、柏崎は森の奥へと消えて行く。

 

不思議と、紅葉の体の疲れが取れていた。 しかし視界は赤いままで、心臓は熱く鼓動しているのに四肢が冷たい。

 

次に倒れたらそのまま死ぬだろうとは思う。 だが立てるのなら、歩けるのなら、紅葉は帰らなければならない。

 

「…………ひ、なた」

 

 

ぼんやりと淡く、()()のような暖かさのある光を追って、紅葉は歩き出す。

 

例えどれだけの時間が掛かろうとも、丸亀城に帰るために、紅葉の足は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。」

「ごめんなさい、あともう少し……1時間……いえ、30分だけ待たせてください。」

「ちっ……もう夜だ、居ても良いが、警備員を何人か呼ぶからな」

 

 

疲れきった顔をして、上里ひなたは、丸亀城の門前で三好某と共に紅葉の帰りを待っていた。 ああ言いながらも呆れた様子を見せず付き合う三好に、ひなたはどこか嬉しさを感じている。

 

「所で、紅葉の事はどう思ってるんだ?」

「……どう、ですか。 『どう』なんでしょう、私は紅葉さんに対して、『どう』思っているのでしょうか。」

「それを聞いているんだが。」

 

 

一転して眉を潜め、ひなたは寝間着の上に羽織ったカーディガンの裾を握り締めて俯いた。

 

「紅葉さんは、自分が何処から来たのかを話しません。 何が好きで、何が嫌いで、趣味は何で。 そんな事も、私たちは知りません。

でも、紅葉さんがわざと自分を壊すように戦っているのは、わかります。

 

結果的に紅葉さんに助けられていながら、紅葉さんの行いを止めたいと思うのは、ワガママなのでしょうか。」

 

「まあ、そうだな。 だが紅葉は誰かに言われたからお前たちを守っている訳じゃない。 あれが本心なんだから、お前がどう言っても止まりゃしねえよ。

 

…………そんなことより、宿舎の方で鷲尾を引き取ってくれ。 あいつとうとうキャリーバッグに荷物詰めて逃げてきやがった。 脱税も銃器製造も自業自得じゃねえかあの野郎……。」

 

 

それはそれ、ですよ。

 

ひなたの言葉が無慈悲に返される。 しかし緊張はほぐれたようで、仏頂面からいつもの顔に戻る様を見て三好は内心でホッとした。

 

――――ふと、足音。

 

 

「……下がれ、上里。」

 

 

三好は即座に腰からFive-seveNを引き抜き、街灯の奥にある薄暗い闇夜へと銃口を向ける。 念のためにと後ろに下がったひなただが、妙な確信が胸をざわめかせ、三好の服を引く。

 

「医療班を呼んでください。」

「なに?」

「この足音、きっと――――!」

 

 

おぼつかない、砂利を踏む音。 もしかすると、酔っ払いでもふらついているのかと思えてしまうそれの正体が、街灯の下に晒される。

 

―――黒衣と黒髪を斑に赤く染めるその人物を見た瞬間、ひなたの足は既に動いていた。

 

膝から下の力が抜けたように倒れそうになった男を抱き留め、そのまま座り込むと、ひなたは冷えきった男の体を暖めるように力強く抱き締める。

 

 

「――――お帰りなさい、紅葉さん。」

 

 

右肩に顎を乗せるようにして密着し、強く、強く。 鉄錆びと火薬の混じった男の頬に頭を寄せ、二度と離さないとばかりに、嗚咽を漏らしてボロボロと雫を流しながらも両腕を背中に回す。

 

鼻から、涙腺から、耳から、裂けた額から――――至る所の穴と傷口から赤色を噴き出しながらも、僅かに呼吸が続いている()()を見て、三好は口に出さずとも思った。

 

 

――――あれを『人』と呼んでいいのか、と。 大社の医療班にメールを送った手が震えている事に、三好は終ぞ気付かないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が赤い。

 

体が痛い。

 

息が出来ているのかわからない。

 

血と硝煙に混じって、嗅ぎ慣れた花の香りがした。 その正体がひなたなのだと、紅葉は直感で理解していた。

 

 

()()がごとき光の糸を辿り、何日、何時間歩いたのかも曖昧なまま、紅葉は半ば無意識で(いえ)に帰宅する。

 

 

 

 

 

泣きじゃくりながら紅葉を抱き締めるひなたは気付かない。 紅葉の顔が、満足気に、まるで悔いはないとでも言いたそうに歪んでいた事に。

 

 






西暦組がゆゆゆい時空に来たのはこの一件の少し後なので、神世紀紅葉が楽しそうにしてるのを見たときはさぞや気持ち悪かったことでしょう。

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