【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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廿壱・内柔外剛

 腕から大鎌の刃が引き抜かれ、辺りには鮮血が散らばる。左腕をだらりと垂らす紅葉は、そのまま膝を突いたのち、右半身を横たわらせるように血溜まりの中に倒れた。

 

「ち、違っ……そんな、つもりじゃ……」

 

 血溜まりを広げて行く紅葉を見下ろして、大鎌の柄を震えた両手で握る千景は、自分のしてしまった事を理解して呼吸を荒くする。

 

「くっ……紅葉さん!」

 

 咄嗟に物陰から飛び出して、紅葉の怪我を診ようとした若葉と、反応に遅れて乱入者に肩を震わせた千景は──突如としてクラクションを鳴らしながら村に入ってきた乗用車が、車体を横にして急停車する様子を見た。そして窓ガラスを下ろした中に居たのは────

 

「──おい乃木、郡! 紅葉を乗せろ!」

「っ──三好さん!? 何故ここに……」

「さっさとしろッ!!」

 

 運転席側を三人に向けていた中から顔を覗かせた三好が、後部座席のロックを外しながら怒鳴るように言った。ハッと我に返った若葉が紅葉を丸太を担ぐように肩に乗せ、空いた手で千景の腕を掴んで走る。

 

「行くぞ千景!」

「えっ、あっ……」

 

 飛び込むように車に乗り込む際、千景が大鎌──神器・大葉刈の刃を折り畳んだのは反射的な行動だった。二人が紅葉を抱えて乗り込んだのを確認すると、三好はアクセルを踏んでハンドルを切る。ドリフトのように車体が回る過程で慣性からドアが閉まり、その場に土煙を撒き散らして、車は村から姿を消した。

 

 

 

 

 

「三好さん、どうしてここに?」

「お前んとこの巫女から連絡が来たんだよ。ちょうど近くの病院に薬を取りに来てたからな……とりあえずその病院に行くぞ」

「そうだったんですか、ひなたが……」

「それと郡、そいつの傷口押さえてろ! それ以上血が流れたら今度こそ死ぬぞ!」

「っ、は、はいっ」

 

 後ろ手に投げられたタオルを、狭い後部座席の二人の膝に乗るように倒れている紅葉の左腕に押し当てる。すると一瞬で大量の血液で真っ赤に染まり、次々投げ渡されるタオルも同じように赤色に変色して行く。

 

「っ──ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ」

 

 小さく謝罪の言葉を呟く千景は両手が赤く濡れるのも気にせず、タオルを傷口に押し当てる。若葉も三好も、懺悔を指摘することはない。

 

 ──その後、法廷速度ギリギリで公道を走り抜けた車から担架に乗せられた紅葉が、病院の奥へと消える様子を見送った三人は、服のあちこちを紅葉の血で赤黒く染めながら院内のベンチに座り込み、重くため息をこぼした。

 

「……お前の村での凶行は大社の連中に後始末させてあるから、あまり気にするな」

「それって、どういうこと?」

()()()()()()()()()()()()ということにする、ってことだ。結果論だが村人は誰も傷付いていないし、紅葉は……まあ、どうせ死なないだろ」

「えぇ……」

 

 さらりと大人の汚さを垣間見せる三好の言動に、千景は引き気味に返す。

 

「……訴えられでもしたらどうするのよ、あいつらなら確実にやるわよ」

「なんて言って訴えるんだ? 『勇者の実家に嫌がらせをしたら本人に殺されそうになったので訴えます』とでも? それが出来るなら、あいつらは最初からあんな陰湿な事をやらねえだろ」

「じゃあ、私の両親はどうなるの」

大社(こっち)で保護する形になるだろうな。母親の方は天恐を患ってるから、専用の病棟に入れることになるが──ちょっと待て」

 

 懐で震えた携帯を取り出すと、三好は顔を背けて電話に出る。千景はふと、ずっと黙っていた若葉に顔を向け──渋い顔をして携帯の画面をスクロールしたいる彼女に声をかけた。

 

「……乃木さん?」

「──千景」

「その、えっと……」

「私なら止められた」

「えっ?」

 

 画面を落としてベンチの傍らに置くと、若葉は千景を見て言葉を続ける。

 

「私ならきっと、あの場で誰も傷つけずに千景を止められただろう。だが……私ではお前を更に激昂させていたかもしれない」

「……ええ、そうね」

「ネットの意見も見てみたが、なるほど確かに……これには少し、()()()()だろうな」

 

 ちら、と傍らに置かれた携帯を見て、それから千景に顔を向けて呆れたような笑みを浮かべる。先の携帯の画面を見ていた理由を察した千景は、若葉に言った。

 

「……貴女の悪口なんて、言われてたかしら」

「はは、それなりにな。『リーダーのくせに仲間も守れない無能』だと。耳が痛い話だ」

「……なら私は、なんなのでしょうね。仲間も守れず、心も制御できず、終いには、知り合いを勇者の武器で傷つけて……」

「その事なんだが、千景──「おい」

 

 切り札のデメリットについての話をしようとした若葉の言葉を遮り、電話を終えた三好は千景に言葉を向けると、申し訳なさそうに続ける。

 

「あのあとの件だが、お前の父親は母親を放って村から姿を消したらしいぞ」

「……そう」

「やろうと思えば探せるが、どうする」

「…………もう、どうでもいい。母を病棟に入れてそれで終わり。父も探さなくて良いわよ、どこかで野垂れ死んでたら笑ってやるわ」

 

 ──そうか。そう言って、三好は会話を一度打ち切った。何か言いたそうな若葉に人差し指を唇に当てるジェスチャーで黙らせると、数分時間を開けてから再度口を開く。

 

 

「──良い知らせを一つ、土居と伊予島が目を覚まして一般病棟に移されたらしい。

 高嶋も見舞いに来てると安芸からメールが来てたから、とりあえず明日、紅葉を香川の病院に移す時についでに一緒に行ってこい」

 

「そうか! ……三好さんはどうするんだ?」

 

「村に戻って馬鹿共を黙らせてくる。それが終わってから明日には香川で合流する予定だ」

 

 それだけ言い終えると、三好は疲れたように立ち上がり、二人に背中を向けてその場から去った。残った若葉と千景もまた、ため息をついて、互いの赤黒く汚れた衣服に目を通していた。

 

 

 

 

 

 ──翌日、香川に戻ってきた二人は、『土居珠子/伊予島杏』のネームプレートが壁に貼られた病室の扉をノックしてから開ける。

 

 中には並んだベッドの上に二人が座っており、その傍らのパイプ椅子には巫女の安芸真鈴と────二人への見舞いの品だろうフルーツバスケットの中身を貪っている高嶋友奈が居た。

 

「──もごっ!?」

「あ、二人ともやっと来た」

 

 両手に半ばまで齧られたバナナと桃を手にして、口の中に果肉を詰め込んだ友奈をあきれたように見つつ、若葉と千景は病衣を身に纏い、どことなくやつれている珠子と杏に目を向けた。

 

「……大丈夫か?」

「おう、タマもあんずもなんとか生きてるぞ。……つっても、二人揃って脇腹と左肩をえぐられたし、武器もぶっ壊れちまったけどな」

「私とタマっち先輩はリタイアです。すみません、重要な局面なのに……」

「いや、謝ることはない」

「……そうよ、生きているだけ儲け物」

 

 空元気のように笑いながら、珠子は病衣を捲っていまだにほどけていない包帯を見せる。杏も同じように左肩の包帯を見せて、申し訳ないという雰囲気を漂わせた。

 

「ところで……友奈も元気そうだが」

「もごもごもごごご」

「……高嶋さん、せめて飲み込んでから話しましょう。聞き取れないわ」

 

 千景に言われて、友奈は口内のモノを飲み込むと、持ち込んでいたペットボトルの水を一息で呷ってから、遠くのゴミ箱に投げ入れて言う。

 

「──んぐっぐ。私も元気バリバリだよ、むしろ早く訓練に戻りたいくらい……です!」

「いや君はもうちょい入院だからね」

「えっ」

「無理に大妖怪の力を使った反動でぶっ倒れたんだから当然でしょ」

「え──っ」

 

 真鈴の言葉に驚愕する友奈だが、彼女の入院の理由が切り札の反動なため、妥当な理由である。真鈴の言葉を聞いて、杏はおもむろにその会話に混ざるように口を開いた。

 

「そうだっ……切り札の後遺症についての話なんですが、もう大社から知らされましたか?」

「ああ。それに杏が残していたレポートも読んである、ちゃんと危険性は理解しているとも」

「……そうね。私たちの攻撃性の増加が切り札の使用が原因であることはわかってるわ」

 

 改めて切り札の危険性を知り、使用を控えることを何度も忠告されていた理由を理解した千景たちの言葉に、杏はホッとするが──

 

「そうですか……それなら大丈夫ですね、間違ってもお二人は戦闘以外で切り札を使用しないようにしてください。危ないですから」

「…………すまん、千景の実家に行くときに急いでいたから【大天狗】を起動した」

「はい!? ──()っっったぁ!!?」

 

 若葉のカミングアウトに驚いた様子で身を乗り出した杏は、ビキッと激痛が走った左肩を押さえながら、もんどり打ってベッドに倒れた。

 

「……す、すまない杏」

「ねえ若葉ちゃん、紅葉くんは?」

「ん、ああ。紅葉さんなら……一応死んではいない。今は安静にするために麻酔で眠っているだろうし、ひなたが着いているから大丈夫だ」

 

 友奈の疑問符を浮かべた声に返答する若葉だが、千景と二人で苦々しく表情を歪めると、四人に対して代表して覚悟を決めて言った。

 

「ただ、腕の傷が深くて神経を傷つけている。動かせるかどうかは、分からないらしい」

 

「────、……そっか」

 

 若葉の言葉に友奈の表情が僅かに変化していたことを、その場の誰も気付くことはなかった。

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