【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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廿参・盗人上戸

 ──訓練所の畳の上で、二人の男女が肉薄する。道着を着込んだ二人、友奈と紅葉が、若葉たちという観客に囲まれて組手を行っていた。

 

「──しぃっ!」

 

 畳に手を突いた友奈が、カポエイラを彷彿とさせる軽やかさで蹴りを放ち、紅葉は右腕だけで器用に足の甲を弾く。

 お返しとばかりに体を支える手を払おうと鞭のように脚をしならせる紅葉の足払いを、友奈は指で畳を掴んで体を持ち上げると、そのままバク転するような動きで避けながら立ち上がった。

 

 だらりと垂れ下がった左腕を庇うように右半身を前に出す構えを取る紅葉と、カポエイラからボクシングに動きを切り替えた友奈。

 そんな二人を見ながら、車椅子に乗る珠子が呆れた表情で観客である若葉とひなた、千景、杏にだけ聞こえるように呟いた。

 

「あいつ片腕使えないハンデ込みでなんで友奈と張り合えてるんだ?」

「……高嶋さんは手加減とか苦手だし、多分あれで本気なんでしょうけど……」

 

 視界の奥で端の方へと投げられて行く友奈を見ながら、千景は一歩離れた位置で言葉を返す。「ふんぎゃっ」と言いながら畳に墜落する友奈をよそに、彼女らの元に戻ってくる紅葉は、玉の汗を浮かべて荒く呼吸をしていた。

 

「……はーっ、はぁ……っ」

「紅葉さん、お疲れ様です」

「……ああ」

 

 渡されたタオルで汗を拭う紅葉は、そのタオルを首に提げると、右手を握ったり開いたりを繰り返してため息混じりにぼやく。

 

「かなり体力が落ちてるな……流石に何度も撃たれて爆発に巻き込まれて骨折して入院してを繰り返せばこうもなるか。あのとき強心剤とアドレナリンを混ぜて打ったのも不味かったな」

 

「よく生きてたな……」

 

 珠子に続いて呆れ顔を披露する若葉にそう言われ、紅葉は鼻を鳴らす。それから傍らでいそいそとクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出した千景が、ボトルを紅葉に渡した。

 

「紅葉さん。薄めたスポーツドリンクよ」

「助かる」

「それと、道着も脱いだ方がいいわよ。汗で濡れているし、気持ち悪いでしょう?」

 

 ボトルを手渡しつつ、千景は親切心からそう提案する。その言葉に続いて、おもむろにひなたが紅葉の方に一歩踏み込んで続ける。

 

「そうですよ紅葉さんっ。脱ぎづらいでしょうし、よければ()()、手伝いますよ?」

「はい?」

「えっ?」

 

 私が、と強調するひなたに千景が反応した。

 

「……いいのよ上里さん、巫女としての使命もあって貴女こそ疲れているでしょう。紅葉さんのお世話は、私がするから安心して」

「…………ふ、ふふ。それはこちらの台詞ですよ千景さん。勇者としての訓練でそちらこそお疲れですよね? お気遣いなく」

 

 紅葉を挟んで右腕と左腕の袖を掴む二人を見て、戻ってきた友奈が顎に指を当てると、喉を鳴らすように唸りながら呟く。

 

「おおう……あれがジャパニーズ大岡裁き」

「だいぶ違うと思いますよ」

 

 戦々恐々とした態度で口を開く友奈に、杏が静かに指摘した。服の隙間から覗く左肩の包帯は、完治したが残った痕を隠すためのものである。

 

 わかりやすい程の好意をこれでもかとぶつけられている張本人は、ずごごご……とストローでボトルの中身を吸い終えると、ストローを咥えながら、手刀を素早く二人に振り下ろしていた。

 

「きゃんっ」

「いたっ」

「鬱陶しい」

 

 

 

 

 

 ──後日、ひなたと紅葉は、大手門の前で友奈たちと待ち合わせをしていた。

 

「あいつら、今日に限って遅いな」

「そうですね、若葉ちゃんもいつもは10分前行動をするんですが……」

 

 数分して気配を感じ取り、二人は振り返る。そこに立っていたのは──帽子とサングラスにジャージを着込んだ不審者だった。

 

「すまない、待たせた──」

「1、1、0……と」

「通報はやめろ!!」

 

 即座に携帯を左腕を吊るす三角巾から取り出した紅葉に、不審者、もとい若葉は慌てて駆け寄ってくる。驚愕しながら引き気味に、口角をひくつかせてひなたは話しかけた。

 

「わ、若葉ちゃん……その格好は……」

「変装だ! 勇者は目立ってしまうからな!」

「お前、俺が取り出したのが携帯じゃなくて拳銃だったら、今頃頭に風穴空いてたぞ」

 

 携帯を三角巾に戻しながら、紅葉はため息をつく。威嚇も兼ねてこれ見よがしに腰に吊るされたホルスターに納められた拳銃が、鈍い光沢を放っている。それもそうだ、と返して、若葉はサングラスと帽子を外した。

 

「──おっ待たせ~!」

「今度は友奈か」

「変装してきたよ! ジュワッ!」

 

 若葉と同じようにジャージを着込み、ヒーロー物の仮面を付けた友奈が、現れるやいなやシュババッとファイティングポーズを取る。

 

「──あーっああーっ! 仮面引っ張らないで! ゴムが伸びる! 伸びちゃうー!」

 

 

 

 大急ぎで着替えさせられた二人が帰ってくるのを待ってから、紅葉たちは街を歩く。

 堂々とした歩みのお陰か、特に悪目立ちするわけでもなく、はたまた紅葉の威圧感のせいか、若葉たちが絡まれるということはなかった。

 

「案外、騒ぎになったりしないものだな」

「当然です。私たちは別に、悪いことなんかしてないんですから」

「紅葉くんが怖いからでしょ」

「あ?」

「いでっ」

 

 スパンと頭をはたかれた友奈が、患部をさすりながら、不意に掲示板に貼られている紙に視線を移す。そこには、近日行われる祭りの予定日が書かれていた。

 

「……まるがめ婆沙羅祭り」

「もうそんな時期か」

「今年も盛大にやるみたいだねぇ」

「夏……祭り……浴衣……!」

 

 ひなたがそう呟くと、目を輝かせて三人に言葉を投げ掛けた。

 

「浴衣を買いましょう! いや、むしろ今から買いに行きましょう!」

「どうしたひなた!?」

「また撮影したがりが出たか」

 

 若葉の驚愕と紅葉の呆れが同時に出る。

 だが、と続けて、紅葉は携帯を取り出しながらひなた達に続けて言った。

 

「……浴衣のレンタルが出来る店があっただろう。千景達も呼んで、着てみたらどうだ」

「ほう。紅葉くん、その心は」

()()()()()()()()が今しかないかもしれないからだ。後回しにして、最後の最後で死人が出たら、悔やみきれないのは俺だけじゃない」

 

 ──近々行われる敵の総攻撃。それを凌ぐことが出来れば、儀式による結界の強化で、敵は入ってこられないという神託があった。

 しかし、戦える勇者である若葉、友奈、千景が無事で済む保証はどこにもない。

 

「……そうだな」

 

 紅葉の言葉に、恥もあってか嫌がっていた若葉も、抵抗の意思を無くしていた。

 

 

 

 

 

 ──とある店内、部屋の奥から、幾つもの布が擦れる音が聞こえてくる。

 しゅるり、しゅるりという、どこか艶やかな音を耳にして、紅葉は気まずそうに頬を掻く。

 

「どじゃーん! お待たせぃ」

「馬子にも衣装だな」

「ふへ、ありがと」

「褒めてないぞ」

「──えっ!!?」

 

 桃色に桜の花びらの模様を携えた、浴衣を身に纏う友奈が現れる。続けて若葉たちが現れ、紅葉の眼前に、六人の少女が立っていた。

 

「お店のご厚意で、写真を撮ってくださるそうです。紅葉さんもどうですか?」

「俺はいい。お前達だけでいいだろ」

「……本当にいいんですか?」

 

 店員がてきぱきとカメラをセッティングし、友奈たちが並ぶのをよそに、ひなたは離れようとする紅葉に尚も続ける。

 

「貴方はきっと、勇者と巫女だけが特別で、自分なんかは違うと、そう思っているのでしょうけれど……私たちにとっては、紅葉さんこそが、特別な人なんですよ」

「…………」

「──行きましょう? 紅葉さん」

 

 ひなたの手が伸びる。紅葉はその手を、遠慮がちに、触れれば折れてしまいそうな花を触れるように──そっと握り返す。

 少女の力では無理であろう紅葉を引っ張る動きは、驚くほど簡単に行えた。

 

 とん、と、端から車椅子に座る珠子とその後ろに杏、千景、友奈、若葉と並び、その列にひなたと引っ張られている紅葉が混ざる。そしてタイマーで写真を撮る直前、後ろ手に隠したひなたの手を、紅葉は強く、優しく握った。

 

「……ありがとう」

「──! ……ふふ」

 

 ──直後、パシャリというシャッター音。ひなたの隣に立つ紅葉は、まるで憑き物が晴れたかのような、和らいだ表情をしていた。写真の中にだけあるその微笑を指摘した友奈がアイアンクローを食らっていたのは、また別の話。

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