【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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廿肆・拈華微笑

「紅葉くん、スマホありがとー」

「……ああ」

 

 ひょいと投げ渡された携帯をキャッチすると、紅葉はそれを左腕を吊るす三角巾に仕舞う。

 着物を着ての集合写真を撮ってから数日、友奈はことある毎に、紅葉の携帯を借りては動画を撮影していた。何故かと聞いてもはぐらかされ、紅葉はそのうち聞くことを諦めた。

 

「これから最終決戦だって時に、何を呑気に動画なんて撮ってるんだ」

「だからこそでしょ。私はいつだって、必要なことしかやらないんだよ~?」

「──それは、()()()()()()()か?」

「……だねえ」

 

 あっけらかんとそう言って、友奈は普段の朗らかな表情を潜めながら、隣り合って丸亀城の教室の窓に背中を預けて立っている。

 

 

 

 

 

『──ねえみんな。もし、私は人間じゃないって言ったら、みんなはどうする?』

『まあ、そんな気はしてた』

『え゛っ!?』

 

 

 

 

 

「……私の一世一代の告白をよくもまあ、あんなさらっと流してくれたよねぇ」

「あれだけ言動と行動が浮世離れしていれば、勘の良い奴は気付くだろうな」

「きーっ、ムカつく」

 

 むん、むん、と脇腹を小突く友奈に淡々と裏拳を返す紅葉は、小さくため息をつく。

 

「この戦いを切り抜けたら結界が強化されて、暫くは平和になるらしいが……そうなったあとのお前はどうする──いや、どうなるんだ?」

「えー、さあ?」

「さあじゃないんだが」

「いや、だって……私は人間の味方として生み出されはしたけど、全部終わったらどうするかについては何も言われてないんだもん」

 

 困ったように眉を潜める友奈に、紅葉もまた呆れたように口を開く。

 

「神樹もいい加減だな」

「そりゃ人類を守護するって名目で表に出されたのが私な時点で……ねえ?」

「言ってて悲しくならないのか」

 

 神樹の中の一柱(ひとはしら)が、自身を引き合いに出して神樹を間抜けと笑う。

 大社の神官が居たら、激怒或いは卒倒するだろう会話をする紅葉が、隣の友奈を見下ろしながら──おもむろに表情を和らげる。

 

「──なら、これを機に、人間として生きてみる……というのはどうだ?」

「人間として?」

「ああ。少なくとも、今の俺たちの代が平和になるなら、これからは出来なかったことをやれるだろう。鍛練と、戦いと、醜い人と人との争いで青春を終わらせた俺たちには、ただただ些細な平和を享受して良い権利がある」

 

 ちら、と友奈は紅葉の右腰に固定されたホルスターと拳銃を見る。それは戦う技術を学び、外敵との戦いを繰り返し、終いには武器を手放せなくなった男の強迫観念と言っても良かった。

 

 隣の男を哀れみつつも、そんな男が変わろうとしていることに、友奈は表情を緩める。

 

「──いいかもねえ。

 アンちゃんと本を読んだり、タマちゃんとキャンプをしたり、ぐんちゃんとゲームをしたり、若葉ちゃんと体を鍛えたり……私はきっと、そんな未来のために戦ってきたのかもしれない」

 

 しみじみと、染み込ませるように呟く。

 

「──だけど」

「────」

 

 そう区切り、一拍置いて続ける。

 

「だけど、この世界は本来の流れから大きく逸脱している。紅葉くんならわかると思うんだけどね、この揺り戻しは必ず訪れるよ」

 

 

 

『いやあまさか、この段階で全員が生きてる時間軸が存在するとは思わなかったね』

『本来ならタマちゃんもアンちゃんもあの時に死んでいるし、ぐんちゃんも……たぶん、言わなくても事の顛末はわかると思う』

『本当の本当に──これ以上の幸運はもう来ないってくらい、君たちは運が良いんだよ』

 

 

 

 ──ドクン、と。紅葉の心臓が強く鼓動する。それは、友奈の言葉を理解しているからこその、嫌な予感による動悸だった。

 

「……死ぬのか」

「え~~~、そんなわけないでしょ。例え戦いが終わったあとに『今なら神樹の中に戻れますよ』って言われても断るくらいには、人間として生きることには前向きなわけだし?」

 

 べ、と舌を出してイタズラっぽく笑う。友奈はそれから、少し考えて口を開く。

 

「ねえ、ヒナちゃんと結婚したら?」

「は?」

「紅葉くんがヒナちゃんのことを好きなのはとっくに知ってるからね。ほほほ、神様はなんでもお見通しなんじゃぞい」

「強めにぶっ飛ばしたいのにこれから決戦だから手出しできない俺の辛さもわかるか?」

「知らなーい」

 

 顔を背けてからからと笑う友奈に、紅葉は苛立ちを隠さない様子で額に青筋を浮かべるが、それも落ち着かせると、不意に右手を彼女の頭に置いて目尻を緩めて言った。

 

「お前の戸籍もどうにかしないとな」

「うん?」

「これから人間として過ごすなら、お前という人間の戸籍(データ)が必要なんだよ」

「あー、そうだっけ」

「それに親族の設定も考えた方がいいだろう」

「そう?」

「ああ」

「…………?」

 

 頭に手を置かれたまま、不思議そうにする友奈。紅葉はむず痒そうにもごもごと口許を動かして、重くため息をつくと──

 

「つまりだ」

「うん」

「その、な」

「……うん」

「友奈にも、家族というものが必要になってくるわけなんだが──」

 

 そう言いながら、紅葉は友奈に向き直り、不器用ながらに優しい声色で。

 

 

「なあ、友奈。俺と本当の家族に────

 

 

 

 ────ならな、い……か……」

 

 心からの言葉を紡ごうとして、意識が一瞬途切れて再生される。そんな紅葉の眼前に、友奈の姿は欠片も存在していなかった。

 ──このタイミングでか、と、間の悪さに苛立ちながらも、友奈たちを迎えに行こうと紅葉は教室の外に足を向けて。

 

「……っ、う、ぁ」

 

 ダムが決壊したかのように、その瞳からボロボロと涙が溢れて止まらない。胸の奥深くが苦しい。まるで体を半分に引き裂かれたような痛みは、物理的なモノではない。

 

 その痛みを、紅葉は数年前に、一度味わっている。これは──この痛みは。

 

 

 

 

 

「紅葉さん、ここに居たんですか?」

「……ひなた」

「──! 紅葉さん! どうしたんですか!?」

 

 泣いている紅葉という珍しいにも程がある光景に、上里ひなたは慌てて駆け寄った。

 

「戦いは終わりました、これから若葉ちゃんと千景さん、友奈さんを迎えに行こうとしたんですが……その前に紅葉さんも呼ぼうかと思って──なのに、どうして、泣いているんですか」

 

「……ひなた」

 

「はい」

 

「ひなた」

 

「……はい」

 

 紅葉は片腕で、小柄なひなたを包み込むように抱き寄せる。あやすように回された腕の感触を確かめながら、膝を突いて座り嗚咽を漏らす紅葉に、ひなたはただ相槌を打つ。

 

 立ち向かった勇者たちがどうなったかを、紅葉は知らない。けれども紅葉は、今この瞬間、人に成ろうとした幼くも愛くるしい、一人の少女を喪ったことをその心でもって確信する。

 

 それから、若葉と千景()()が帰還したこと。そして──友奈が生死不明として姿を消したことを、数十分後に報告された。




次回、最終回

3月15日00時00分更新予定
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