「──とまあ、色々あったわけだ」
「ここまで濃密な回想話を『色々あった』で大雑把にまとめるのやめない?」
USBメモリを挿したノートPCのキーボードを気だるげに叩く紅葉は、開け放たれた和室の中を通り抜ける風で白髪混じりの髪を揺らす。
縁側で柱に寄りかかって湯呑みの茶をすすっていた女性──白鳥歌野は、首から頬にかけての火傷痕を指で弄りながらそう返した。
「しかし……私が当時の諏訪で死んだあとに、そんなことがあったのねぇ」
「ああ。このあともヘドロみたいなスライムに襲われたり魔術師と戦ったり、娘がチェーンソー振り回す変な奴に襲われたり居なくなったと思ったらエンコ詰めて帰ってきたりしたからな」
「情報量が……」
歌野は茶の残りを飲み干して、湯呑みを片手に立ち上がると居間に戻ると、紅葉の隣に腰かけてパソコンの画面を覗き込む。
「ところで、貴方さっきから何やってるの?」
「ん? あー……実は、ここしばらく園子に頼まれ事をされててな」「頼まれ事って?」
「俺の視点から過去の西暦を話として纏めてほしいんだと、本にしたいとか言ってたな」
「はあ。自叙伝ってやつかしら」
「自叙伝にしては血生臭いがな」
画面に書き込まれている文章は、ちょうど西暦の先人紅葉が反勇者派と戦っている辺りで、歌野は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「こんなん売る方も買う方も神経疑うわよ」
「多少刺激的な方が読んでて面白いだろ」
「昔の人間がバーテックスを直視してどうなったか知ってると思うのだけれど」
「それもそうだな」
──描写は少しマイルドにするか。と言って添削を始める紅葉に、歌野は呆れの混じった表情を取る。それから視線を縁側の外の遥か向こう、海の先にあった筈の、今や影も形も存在していない神樹の壁に思いを馳せる。
「天の神を撃退して、世界を取り戻して、私は野菜を売り歩き、貴方は小説を執筆。かつて勇者部として集まっていたメンツは、それぞれがするべき事のために違う方を向いている……」
「なんだ、急に」
「いえ。……何て言えばいいのかしら、案外……別れは一瞬なんだなって思って」
ざわざわと草木が揺れ、静寂が訪れる。すると、話題を切り替えるようにして、おもむろに歌野が紅葉に質問を投げ掛けた。
「そういえば、貴方って、上里の……ひなたさん? と結婚したのよね」
「そうだな」
「プロポーズとかはしたの?」
「あー……どうだったか」
今となっては合わせて100年近く昔の記憶。それをなんとか思い出そうとして首をかしげる紅葉は、悩むそぶりを見せてから呟く。
「確か、『結婚するか』とか言って指輪投げ渡した記憶なら残ってる」
「ムードって知ってる?」
「そんなもんを気にする余裕のある時代じゃなかったんだよ。言い方は悪いが、俺辺りが唾つけとかないとひなたは間違いなく奉火祭……生け贄の儀の筆頭に選ばれてたからな」
ああ……と得心が行ったように返す歌野をよそに、タン、とキーボードを叩いて紅葉は腕を伸ばして関節を鳴らしている。
「あとはタイトルか」
「私が決めていい?」
「……好きにしろよ」
紅葉は歌野にそういうと、彼女はキーボードを代わりに叩く。紅葉は少ししてタイトルを目にして、くつくつと喉を鳴らして笑っていた。
「『先人紅葉は一般人である』……ね」
「どうよ?」
「ふっ……安直」
「えーっ」
【完】
最終回と言いながらも短いですが、これにて『先人紅葉は一般人である』は完結となります。そもそも本編は勇者の章で終わっていてこちらはあくまでオマケなので、まあこんなもんでしょう。
2018年の今日投稿された拙作も4年越しに完結と相成りましたが……とりあえず言うこととしては、途中で約2年近く失踪してしまい誠に申し訳ありませんでした。別作品の方も応援と登録、よろしくお願いいたします。