二日連続投稿です…………(瀕死)
書かねばならぬのか……バレンタインデー回を……。
「…………緑茶でいい?」
「あー、はい。 どうも。」
女子にしては質素な、シンプルな家具しか置かれていない部屋。 そこの寝室と居間が一体化しているこの寄宿舎特有の間取りの中、テーブルを置いて向き合うように座っている俺の前にコトリと黄緑の液体が入ったコップが置かれる。
アイボリーに近い白髪を揺らし、犬か猫の耳のような癖毛が跳ねる少女――――山伏しずくが向かいに座ると、膝を立ててその間に頭をちょこんと置いた。 一応は部屋着の半ズボンに変えているから下は見えない。
「それで、用ってなによ。」
「…………紅葉は、シズクのこと、どれくらい知ってる?」
「シズク? ……あいつの話になると聞かれるのは不味いんじゃないのか?」
「…………大丈夫。 今はシズクとの繋がりを切ってるから、私の中に声は届かない。」
まあ便利。
多重人格者ってみんなこんなこと出来るのかな…と思ったが、しずくとシズク以外に会ったこと無いからその辺はわからない。
「その『知ってる』っていうのは、何について?」
「……シズクが、どうやって生まれたかについて。」
シズクが生まれた理由。
「解離性同一性障害。 分かりやすく言うと、二重人格。 『シズク』は、しずくが辛い思いをし続けた事で、防衛本能が負担を押し付けるために生んだ……言わばサンドバッグだ。
こればかりはオブラートに包む訳にもいかないからな、不快に思ったなら謝る。」
「…………大丈夫、聞いたのは私だから。」
片方を隠した無機質な瞳が俺を覗く。 それちょっと心臓に悪いからやめてほしい。
「…………シズクは、私の親のせいで生まれた存在。 でも、シズクは私の事を親よりも深く受け入れてくれている。 それは凄く嬉しい。 出来ることなら、ずっと一緒にいたい。」
「そうだな。 俺もシズクが好きだが……そう言うわけにもいかない、シズクはお前が生み出した『自分の思い描く強い人』だ。 つまり、何時か必ずお前はシズクから卒業するときが来る。」
シズクがしずくの心を守るために生まれたのなら、守る必要が無いほどに成長すれば、シズクは自然と心から切り離されやがて消えるのだろう。
それが摂理だ。 皮肉だな、親よりも病気が生み出した別人格の方が、そいつ本人を受け入れ、本人に受け入れられたんだから。
…………確か両親から虐待を受けた末に、親達は身勝手に心中したんだったか?
シズクが生まれた経緯を聞こうとするほど野暮じゃないが、解離性同一性障害で別人格が生まれる原因のだいたいをコンプリートされているから困る。
例えば、親からの虐待。
例えば、
例えば、身近な人物の死を目の当たりにした。
……あーあー、碌でもねえ。 何時の時代もクズ親って居るもんなんだなぁ。
「…………どうすれば良いかわからない。 だから、紅葉を呼んだ。 教えて。」
「漠然とし過ぎでは?」
いや良いんだよそれで、分からないから聞こう・頼ろうっていうのは良いことなんだよ。
少し悩んでから、あぐらを掻いてしずくに手招きする。 首を傾げたしずくは、俺の膝の中に移動してスッポリと収まった。
「…………なに?」
「それで良いんだよ、しずく。 そうやってシズクの為に悩むってことは、それだけシズクが大事ってことなんだから。 でもだからって、ずっとその事ばかり考えるのは良くない。」
「…………うん。」
しゅんとして、どこか元気が無くなったような癖毛ごと頭を撫でる。 絡まりの無い絹のようなそれに優しく櫛を入れるように指を差し込み、ゆっくりと動かす。
「…………ん~」
「シズクが大事なら、いつ消えてしまうかに怯えるんじゃなく、居なくなってしまった後にシズク無しでもちゃんと立てるんだってことを証明するべきだろう?」
「…………ん。」
俺に凭れてだらりと力を抜くしずくは、撫でる手に頭を押し付けて催促する。
「一人で悩んで辛かったな。 こんなこと相談しづらいだろうに、頑張ったな、しずく。」
「…………紅葉は、シズク、好き?」
「そりゃ好きさ、俺だってシズクに居なくなってほしく無いよ。」
「…………だって。 良かったね。」
「はい?」
突然力を失ったように、しずくは頭を下げる。 数秒置いて顔を上げたしずくは、真上を向いて俺と顔を合わせた。
「……よぉ。」
「はい。」
……はい?
……いや、なんで?
しずく―――ではなく、件の別人格である山伏シズク。 繋がりを切って聞こえなくしてるとか言っていた割には、まるで会話が筒抜けだったかのようにその頬は真っ赤に染まっていた。
「もしかして全部聞こえてた?」
「あのなぁ、都合良く会話を聞こえなくさせるとか出来るわけねぇだろ? それこそ俺がしずくの中で寝てるとかじゃねぇと、全部聞こえるっつの。」
そりゃ起きてるよね、今休日の真っ昼間だもんね。 恥ずかしいとしても俺の膝に収まりながら暴れようとは思わないのか、代わりに後頭部で俺の胸をゴンゴン叩いてくる。
「痛ぇっす。」
「うっせ、ったく人の気も知らねぇで……。」
「……ところでしずくには戻らないの?」
「―――やだね。」
「あっ、はい。」
なにか癪に障る発言があったのか、シズクは不機嫌そうにすると、先のしずくのように頭を優しく押し付けてきた。
「しずくの時みてーにしろ、そしたら許す。」
「……現金だな。」
そう言いつつ、俺は右手でシズクの髪に触れる。 一瞬ビクリと体を震わせたが、やがて全身を脱力させて俺に預けてきた。
「…………俺の時は、俺だけ見てろ。 しずくじゃねえ、俺だけをだ。」
「ははぁ、ヤキモチですか。」
「……どうせ滅多に表に出ないんだから良いだろ、あと手ぇ休めんな。」
「ういうい。」
少しずつまぶたが落ち始めたシズクの頭を絶え間なく、あやすように撫でると、シズクは不意に俺の左手を持ち上げて顔の前に持ってきた。
「どうした?」
「……んー。」
――――ガリ。
「痛ぇーーーーーっ。」
無遠慮に指を噛まれ、あまり痛くないけど反射的に『痛い』という言葉が口を衝いて出た。 左手―――と言うよりは、指の一本を咥えこみ、付け根をノコギリで削るようにガリガリと噛みついているシズク。
満足したのか口から手を引き抜き、どこかうっとりとしたような顔つきで噛み痕を見ているシズクは、
「うおっ。」
「んー……んふふっ、ふへ。」
そのまま手のひらに何度も口を付け、親指の下側の固い部分に歯形を付ける。 力を抜いている俺の手をひっくり返して、手の甲にも同じ事をしては、浮き出た血管に吸い付く。
まるで…………というかまあ、これはマーキングそのものなのだろう。
無心で俺の手にかぶりつくシズクからすれば、これが今出来る最大限の愛情表現であり、シズクなりの甘え方なのかもしれない。
しずく以外を信用出来ず、しずくを守るための存在だから、こんなことをする必要すら無かったのだ。 だってシズクは居ない筈の存在なんだから。
だが俺やしずくはシズクの事を一個人の人間として扱っている。 いやまあ、多分芽吹ちゃんとかも同じ対応をするだろうけど。
シズクが一人の人間としてしずく以外の人間にこうして甘えるというのは立派な成長だし、その相手が俺だというのは寧ろ光栄なんだけど……。
「シズクー、そろそろ手がふやける。」
「ん、ちゅるっ……んー?」
「んーじゃないが。」
酔っ払ったような、恍惚とした顔。 だが、ふと黙りこみ手から口を離すと、俯いてぶつぶつと呟き始めた。 しずくと何か話しているのか、小声過ぎて会話の内容は聞こえてこない。
「……おーい。」
額をつつくも無反応。
…………すいませーん、俺このあと買い物行くから退いて欲しいんですけど。
俺の祈りが届いたのか、思い出したようにシズクは思考の海から戻ってきた。
「おおいシズク、そろそろ退いてくれ――――」
「――――もみじ」
自然な動作で俺と向き合うと、シズクは俺の首に腕を回して耳に口を当て、ぼそりと囁いた。
くすぐったいような、鳥肌が立つ未知の感覚にゾワリと全身が震える。
「ねえ、もみじ。」
「……なに――――んむ。」
そして、むにゅっとした柔らかい感触が唇に触れた。 同時に近付けられたシズクの顔と閉じたまぶたを見て、キスをされたのだとようやく気付く。
五秒か十秒か、無意識に止めていた呼吸を再開させながらシズクの肩を押して離す。
「あー、えーっと、シズク? それともしずく?」
「…………。」
爛々と獣が獲物を狙うように妖しく光る瞳が、俺を貫いた。 シズク、もしくはしずくが、己の唇を舐めながら再度俺に顔を近付けて言った。
「――――どーっちだ?」
その声はしずくにしては力強く、男寄りのシズクにしては表情が余りにも『女』のそれで。
「っ……おげっ」
「……いただきます。」
逆に床へと押し倒されて、ぱさりと前髪が顔に掛かる。
「紅葉は、『しずく』と『シズク』、どっちが好き?」
「…………とりあえず両方で。」
「ぇへ、じゃあ、良いよね?」
……選択をミスったかもしれない。
段々と呼吸を荒げる眼前の少女は、果たして『誰』なのか。 そんな事を考える暇もなく、俺は文字通りに
……ひなたと銀に後ろから刺されたらどうしよ。 この場合は全面的に俺が悪いんだけど。
くめゆからヒロインを出すとしたらしずシズか夕海子だった。 でもしずシズの方が体験談含めて色々と書きやすかったんだよね。
普段から寡黙で近寄りがたい表側と暴力的で人を近寄らせない裏側を全部ひっくるめて受け入れる相手が現れたんだからああもなるでしょ。
紅葉
・四人相手はいやーキツいっす。 二重人格の裏側も個人として扱うべき派なので、しずくとシズクは完全に別人として扱っている。
しずく
・心を許せる人が一人増えた。
シズク
・甘えて良い人が一人増えた。