ゆゆゆい時空に喚ばれた歴代勇者は、『誰かが死ぬ直前の時間』の者達が集められているんですよね。
それって赤嶺友奈も例外ではないのでは……? と思ったので初投稿です。
肉の塊を殴る音が、部室に響く。
その度にピチャッと水滴が跳ねる音がして、その都度倒れそうになった肉の塊が倒れないようにと踏ん張る足音がする。
「へぇ~、結構耐えるじゃん。」
「―――こんなもん効くかよ」
喉にへばりついた赤黒い液体を部室の床に吐き捨てた男―――――先人紅葉は、ワイシャツを血で濡らし、そう言いながらも指で鼻血を拭う。
赤や黒を貴重にしたシンプルな勇者服と、右手に籠手を装備した少女―――赤嶺友奈が、ひゅうと口笛を吹くと、一息で紅葉に接近する。
顔の横で腕を構えて防御の姿勢を取る紅葉の腕に数発打ち込み、がら空きの脇腹に蹴りを入れ、めり込ませた足を戻す勢いのまま返す刀で側頭部に反対の足の甲を叩き込む。
「ほらほらぁ、その程度ぉ?」
「が、ごぼっ」
反射的に下がった紅葉の胸ぐらを掴み、引き寄せながら腹部に膝蹴り。 ついでとばかりに右フックが頬に炸裂すると、ガクンと顔が揺れて紅葉の意識は一瞬黒に塗り潰された。
それでも紅葉は膝を突きそうになる前に踏ん張る。 ダンと強く踏み込み意識を保とうとしている紅葉の脳裏に、走馬灯のように事の発端の記憶が流れ始めた。
◆
敵襲を知らせるアラームが鳴り響いてから数分、紅葉とひなた、水都、中学生の園子は部室に残っていた。
神樹に最後の砦として温存されている園子だけが、勇者であるにも関わらず、例外として巫女と凡人と共に居る。
「私も早く皆と戦いたいよ~。」
「仕方ありませんよ、神樹様の決定なんですから。」
「う~……ヒナた~ん」
「あらあら、もう……。」
皆と戦えなくて寂しい―――という言い分を言い訳に、ひなたに飛び付いた園子はその豊満な胸を堪能する。
一瞬紅葉が鋭い視線を園子に向けたことは、誰も気付いていない。 誤魔化すように紅葉は静かにため息をついた。
「……どうにも、腑に落ちない。」
「――――紅葉さん?」
一言呟いた紅葉に、水都が聞き返す。
「いやな、仮に俺が赤嶺友奈だとしたら、一々樹海化に取り込まれた勇者との戦いに付き合うつもりはないんだ。」
「それは……どういう…………」
「まあつまり、あいつが移動を自在に行えるというなら、わざわざ勇者に付き合って樹海に行く必要は無いわけだな。」
そう言いながら、紅葉は軽いストレッチを始め、それを終わらせると部室の奥の棚から色々取り出す。
「なにをしてるんですか?」
「お前らは下がってろ。」
準備を終わらせた紅葉は聞いてきたひなたに簡素に返すと窓と扉の間に立ち、三人に言った。
「―――――。」
―――――直後。
「こんちわー。」
扉をガラリと音を立てながら開いて、赤毛の勇者が入ってくる。 普段はワープしたように一瞬で部室に居る事から、四人は少しばかり面食らった。
「だろうな、来ると思った。」
「そりゃねぇ、そろそろ一人くらいは潰しておかないと、造反神サマもカンカンでさぁ~。」
ひらひらと籠手を着けていない左手を動かして、ケラケラと笑ってみせる友奈。
紅葉が一歩前に出るのに合わせて、気持ちを即座に切り替えた園子がひなたと水都を自分の後ろに下がらせ窓際まで三人で後退りする。
「ふぅん、紅葉くんが相手なんだぁ。 英雄サマの子孫の方が、まだましだと思うんだけどなぁ?」
「対バーテックス用の勇者には、対人戦のプロ相手は些か部が悪いだろ。」
深く、鋭く。
友奈もまたそれに合わせて進み、丁度拳一発が届く程度の間を空けた。
「キミさ、勝てると思ってる?」
「別に。」
淡々と返し、両腕を顔の近くに持ってくる。 軽く前屈みになりながら、紅葉は思案する。
「(―――さて、何分時間を稼げるか…………ねぇ。 あとは回復力と頑丈性が通用するのか。)」
紅葉は最初から勝つつもりは無かった。 ただ勇者達が戻ってくる時間を稼げさえすれば、それが自分にとっての勝ちだからだ。
「じゃ、始めよっかぁ……」
ぎち、と友奈の勇者服の手袋が握り拳を作る動きに合わせて鳴る。
先手を打たんとし、友奈の左脇腹に足の甲を叩き付けようと右足を持ち上げた瞬間、紅葉の左脇腹に全く同じ動きで蹴りが放たれた。
「っ―――――。」
速すぎる。
と、簡潔に考えて僅かに上げた足を戻すついでに床に強く踏み込み、震脚の応用で足から腕まで骨と筋肉を通して力を伝達。 それを防御に回して腕で蹴りを受け止めるが―――
「…………あ、無理だわこれ。」
―――呆気なく友奈の蹴りに体を持ち上げられ、壁に固定している棚に強かに叩き付けられた。
「がっ、う、おお……っ」
「あれ、ちょっと予想外。」
蹴りを放った本人ですら、驚き動きを止める。 背中からぶつかってガラスを割りながら、紅葉は棚に体を預けていた。
「予想外は……こっちの台詞だ……!」
「あれだけ啖呵切るんだから、もっとやれるのかと思ったのにぃ」
紅葉は、勘違いをしていた。
神樹の加護を与えられた勇者は、バーテックスと戦うための力を受け取っているのだが、それに反して友奈は造反神の勇者。
相手をするのはバーテックスではなく、勇者。
与えられた加護も、力も、そのスペックは対人戦に特化されている。
化物を殴り、蹴り飛ばす余計な力は赤嶺友奈には一切必要ない。 自分の身に合った相手の体を破壊するだけの力があれば、それで十分なのだ。
紅葉の対勇者の技術は、『化物を殺せる凄まじい力を持った相手』を前提にしている為、『人体の破壊に特化した最低限の力』を持っている対人戦のプロを相手にする想定はされていない。
大きな力を振り回す相手の攻撃は受け流せるが、小さい力を効率良く振るう相手には滅法弱い。 要するに
「(あーもー、きっついなぁ。)」
なんて事を考えながら、ボディーブローを放った友奈に顔面への肘打ちをクロスカウンターで入れるが、あっさりと速度負けした紅葉は肘が届く前に内蔵をシェイクされる。
「おっぐ……!」
「なぁんか、ちょっとガッカリだけどいっか。 せいぜい簡単には壊れないでよ―――――ねっ!!」
返す刀で脇腹に膝が刺さり、抜くと同時に顎を殴り付けられる。 相手に反撃の隙を与えないようにしつつ、それでいてギリギリで意識を保てる程度に手加減。
友奈は紅葉をなぶり殺しにするつもりで、わざと手を抜いていた。
17人も居る勇者、3人いるサポーター。 決して楽ではないが、それでも余裕をもって戦いを続けられているのは、誰も犠牲になっていないからで―――。
赤嶺友奈は、造反神からの指示のついでに勇者が居ない間に巫女と凡人の
20人の大所帯で、些か気が緩みすぎではないかと警告するために、一先ずは前に出た紅葉を殺すのだ。
ガン、ガン、ガンと固いものを殴る音が響き、棚に体を縫い止められた紅葉は、徹底的に内蔵を狙った友奈の拳を為す術なく受け止めている。
園子が庇うように両腕を広げて後ろに立たせたひなたと水都が、殴られる度に血を吹き、床や壁に血を飛ばす紅葉を見ないように目を逸らす。
「―――――っ……。」
ひなたと水都を庇いながら、片手にスマホを握り締める園子。 なぶり殺しにされている紅葉を見ていることしか出来ない事が歯痒く、無力感に苛まれる。
「(神樹様―――どうして……早く、早くシステムをアンロックしてくれないと、もーみんが死んじゃう……っ!)」
「…………て」
ふと、背後から小さくか細い声が聞こえた。
前を警戒しつつ首を後ろに向けると、ひなたに抱き締められながら、眼前で起こっている事実から目を背けるように涙を流して懇願する水都の姿が目に映った。
「……やめ、て…………もう、やめて……」
「水都さん……大丈夫、大丈夫ですよ。」
あやすように背中を撫でるひなた。 園子の握るスマホに、より力が加わる。
「ぐ、ごぼっ、おえ」
「うわっ」
「――――ぁあッ!」
血の塊が口から溢れ、一瞬だけ怯んだ友奈を紅葉は横凪ぎの蹴りで突き放す。
数歩下がった友奈が、フラフラしながらも自分を鋭く見据える紅葉の血
「へぇ~、結構耐えるじゃん。」
「―――こんなもん効くかよ」
そうして、冒頭へと繋がるのだった。
◆
痛くない所が何処かすらわからないほど、全身が悲鳴をあげている。
ちらりと時計を見れば、まだ15分程度しか経過していない。 あいつらが戦いを終わらせる早さは早くても20分は掛かるし、長い時は二時間はぶっ通しだろう。
…………早く帰ってくる方に賭けて、あと5分の時間稼ぎをしろってか。
「しっかし、本当に良く耐えるよねぇ。」
「こんな面倒くさい奴の相手なんて嫌だろ、さっさと帰りやがれ。」
「それは無理かなぁ。 ここまで時間が掛かるとは思わなかったし、そろそろ決めないと。」
緩く右手で拳を作り、正拳の構えを取る友奈。
摺り足でじりじりと近付いてくるが、俺の体は危険信号が脳内でうるさく鳴っている程にボロボロで、俺が振るえるのは拳一発分が限界だと思う。
隙を作らないと。
だがどうやって。
「じゃあねぇ、紅葉くん。 キミみたいに泥臭く食らいついてくる人、結構好きだったからちょっと惜しいけど。」
「冗談じゃねえ。」
―――いや、まあ、有るにはある。 けどこれ言ったら確実に俺死ぬよな。
なんて考えてると、後ろで園子に任せている水都のすすり泣く声が聞こえた。
…………ああ、くそ、泣かせちまった。 そうならないために体張ってんのに。
―――――ならよし、やるか。
思考は一瞬、決断は刹那。
間合いに入った友奈の正拳突きが顔面を捉える直前、風の壁が迫っている感覚すらあるなか、俺は友奈に向けて一言呟いた。
「――お前、失敗作なんだろ。」
「―――――あ……?」
ピタリ、と。
不自然な動きで、友奈の拳は鼻に触れる直前で止まる。
「―――――ッせぃ!!」
「が―――っ!?」
そこに合わせて、渾身のアッパーカットを顎に叩き込み友奈を後退させた。
「ぜ、はっ……ひゅー……ひゅー…………。」
最早呼吸すら危うく、体から何かが抜け落ちる感覚に見舞われる。 視界がボヤけ、足に力が入らなくなってきた。
顎を打たれ顔を上げた友奈が、ふと顔を戻す。 鼻からぽたりと一滴血を垂らす友奈の顔は――――ただただ無表情。
あえて言葉にするなら、『エラーが発生したコンピューター』だろうか。 予期せぬ言葉と予期せぬ一撃で、混乱しているようにも見える。
指で鼻血を拭った友奈は指に付着した血をじっと見て、その後に俺を見る。
瞳が憤怒一色に染まっているのを認識したのを最後に、俺の顔面は―――頭部が消しとんだのではと思える程の衝撃に襲われた。
「ご、ぶ」
「…………それ、さぁ、分かってて、言ってるんだよね……? ねえ、紅葉くん。」
「……は、当然だろ、お前は『失敗作の友奈』だ。 欠陥品、とも言うのかな?」
分かりやすい挑発の言葉。 辛うじて力を込められた左手で拳を放つも、それは簡単に友奈に止められ、捻り上げられ関節を固定したまま、肘を砕かれる。
痛みを感じる部分が麻痺しているのか、どうにも感覚が鈍い。
「ぐっ……それは、まだ耐えられるぞ……。」
「へえ、そう。」
淡々とした声を出した友奈に折られた左腕を離され、即座に腹部を蹴り飛ばされる。 赤嶺友奈の特大の地雷を起爆した俺は、血を吹いて床を転がった。
「どういう事なの……もーみん……」
「……そのままの意味だ。」
立ち上がって呼吸を整えるついでに、時間稼ぎと挑発も含めて、迂闊に動けない園子たちに背中を向けたまま話始める。
友奈は怒りを抑えようとしているのか、行動を起こすそぶりは見えない。
「かつて居た勇者高嶋友奈を敬い、天の神への反抗心を含め大赦は、『産まれた赤子が天に向かって逆手を打ったら、友奈と言う名を与える』と決めたんだよ。」
だが、と続け、息を深く吸う。
さっきまでの俺のように鋭い目付きで睨んでくる友奈を見て、口を開いた。
「赤嶺家はルール違反をした。 今じゃ誰も知らない……俺すらも知らない特殊な遺伝子操作を行って無理やり赤子に逆手を打たせようとしたら、それで
「そんな、事が……」
後の世が面倒な事をしている事実に、ひなたが小声でぼやいた。 俺もまさかこうなってるとは思わなかったわけだが。
「――けど、そんな事をして産まれた人間に、神樹が力を分け与えるなんてするはずが無い。 結果、赤嶺家に産まれたこいつは『友奈』にはなれたが『勇者』にはなれなかった。」
赤嶺家は『友奈』を作りだしたが、勇者にすることが出来なかった。 ならばと赤嶺家は、友奈に格闘技や人体破壊の方法を仕込み、薬物投与を繰り返し人体改造を行ってきた。
そのせいで、ストレスで友奈の髪は色素が抜け落ち、身体には消えない傷が幾つも刻まれている。
そりゃあ、テロリストの鎮圧だってお手のものだろうさ。
「…………今になって思い出したんだぁ」
「ああ。 お前の家が何をしてたのかを知ったのも、俺が神世紀初期の時に死ぬ数年前の事だからな。 すっかり忘れてたよ。」
「ふぅん―――――それで、言いたいことは、それだけ?」
友奈は拳を握り締めて、そう言いながら詰め寄ってくる。 呼吸は整ったが、体はまだ動かせない。
「ああ、本当に、惜しいよ。 私結構キミのこと気に入ってたんだ、だから殺すのが本当に惜しい。」
「…………そうかい。」
避けられない、防げない、園子たちにはどうすることも出来ない。 無情にも振りかぶった拳は、真っ直ぐ突き進んで―――――
「――――勇者パンチ。」
俺の心臓を殴り潰した。
バキバキと骨を砕き、水が良く染み込んだスポンジを全力で握ったように、口から赤黒い血が溢れ出る。
それが友奈の籠手を濡らし、床を汚した。
「―――――う、ぁ…………」
膝から崩れ落ちた俺の後ろから、俺を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がしたが、それが誰かを確かめる前に俺の意識は黒に染まって消える。
だが、これで…………俺の……勝ち、だ……
◆
膝を突き、力なく項垂れた紅葉。
「じゃあね。」
腕を払って血を飛ばした友奈は、紅葉の横を通り過ぎて園子たちの前に出る。
「次はだ、れ、に、しようかなぁ~っと。」
園子、後ろのひなた、水都を順番に指差して考えている。 そうしている友奈を前に園子は、直感から躊躇いなくスマホを弄った。
「なっ……させるかッ!」
その動きを見逃す筈もなく、友奈は一瞬で思考を切り替え、頭を狙ったハイキックを叩き込むが―――
一歩遅く、足は園子を包み込んだ紫の花弁に阻害され、発生したインパクトに部室の机近くまで下がらせられた。
「――――――許さないよ。」
花弁が消えるとそこには、睡蓮を模した装飾の付いた槍を構えた勇者服の園子が残されていた。
普段の園子ならば決して出す事の無い、低く、敵意を剥き出しにした声。
満開を20回繰り返した最強の勇者がただ一人と言えど、無勢だと悟った友奈。
「……これは不味い。 仕方無い、一人潰せたし撤退しますか――――!?」
友奈は反射的に、生存本能に従って礼をするように首を前に下げた。 その上を、鋭い刃物が通りすぎる。
「あっ、ぶな……!」
「――叩っ斬る」
二本目の刀が竹を割る動作で上段から振り下ろされ、それをなんとか避ける。 そのついでに振り返ると、鮮やかな赤い勇者服を着た眼帯の少女、三好夏凜が二天一流に似た構えを取っていた。
「おい、避けんなよ。」
「無茶言わないでよねぇ……」
本気の一閃に冷や汗を垂らすが、体勢を立て直す暇もなく、夏凜の後ろの扉から鞭を垂らした歌野までが入ってきた。
「今立ち去るなら、死ぬより辛い目に遭わなくて済むけど、どう?」
「………………。」
目を細め、友奈をじぃっ、と見つめる歌野。 血塗れでピクリとも動かない紅葉と友奈を交互に見ては、握った手の形に持ち手が歪まん勢いで手に力を込め続ける。
やがて、降参とでも言わんばかりに両手を上げた友奈は、まばたきを挟んだ刹那の間に姿を消す。
「……ひなたさん、医療班を速く呼んで。」
「っ―――は、はいっ!」
僅かに冷静さを取り戻した歌野が、ひなたにそう言い、紅葉の近くに近付いて屈む。
「時間稼ぎなんて買って出たんでしょ、どうせ。」
呆れた声色で、それでも労うように、動かない紅葉の肩に手を置いて優しく言った。
「――――よく、頑張ったわね。」
こうして、赤嶺友奈の部室襲撃事件は、紅葉の奮闘によって幕を下ろしたのだった。