ホワイトデー回は(めん土居から)書かないです。
教室に着いて早々、机に鞄を置いた歌野と遅れて入ってきた夏凜が、コンビニでも買えるただの板チョコを投げ渡してきた。
「はい、ビターチョコ。」
「どーも。」
「はい、ホワイトチョコ。」
「はいはい。」
教師が来るまで暇なので、それぞれを半分に割ってポリポリと齧る。
「味が違うから飽きなくて良いな。」
「それで良いの……紅葉くん……?」
美森の声を聞き流しつつ板チョコを齧る。 まあ、夏凜は兎も角歌野からのこれは毎年恒例みたいなもんだし。 なんでだろうなぁ……。
「夏凜は……歌野の入れ知恵か。 学んだな。」
「……どういうこと?」
「さぁねぇ……。」
歌野がバレンタインデーの時、俺に渡すのが単なる板チョコになった理由を語るには小学生の時まで遡らないといけないからね。
単純に話すのがめんどい。
「洋菓子、14日…………確か『ばれんたいんでぇ』だったかしら、異国の文化とは忌々しいわね……!」
異文化絶対認めない大和撫子がそんな事を良いながら熱意を滾らせていたが、その気配をふと消し去ると、鞄から箱を取り出した。
「――――なんちゃって。 ふふ、私も成長するのよ? はいどうぞ、紅葉くん。」
「あらまぁ珍しい。」
渡された箱を開けると、中にはぼた餅が……というトラップは特に無く、普通にトリュフチョコが入っていた。
「……あれ、貰って良いの?」
「ふぅん、要らないの?」
「ください。」
「素直でよろしい。 友奈ちゃんの分は別できちんと用意してあるから大丈夫よ。」
板チョコを鞄に突っ込んで、貰ったトリュフチョコを取ろうとすると、横から手を伸ばした美森に遮られる。 なんだよもう。
6個入りの中から1つをつまんで、美森はチョコを俺の口許に持ってきた。
「はい、あーん。」
「ははぁ、そうくる。」
翡翠の瞳を愉快そうに妖しく輝かせて、美森はチョコを俺の口に持ってくる。 いやぁ、そういうのはうちの上里様辺りに許可取って貰わないと。
「……普通に食べられるんですが。」
「良いじゃない、今はひなたさんも銀も居ないのだし。」
「うーーーん。」
最近しずくからもちょっと危うい眼を向けられてるから…………じゃなくて、横で園子がすげー速度でメモ採ってるしやめた方が……。
「―――えいっ」
「もがぁ」
次に言葉を繋げようとした瞬間、開いた口に指ごとチョコをねじ込まれる。
咄嗟に噛まないように歯を引いたら、ちょこんと舌の上に乗せてから指を抜く。
「……もご。」
「あっ、指当たっちゃった……。」
指の腹に唾液が付いたらしい美森だが、何故嬉しそうなのか。 汚いから拭いてね。
「で、味は?」
「いやまあ、流石美森と言うべき美味しさなんだけど…………おいこら何撮影してんだよ。」
「え? いやぁ、ねぇ?」
ポッキーの袋を開いて回し食いしてる夏凜と歌野が近付いてくるが、歌野が俺を撮影していた。 ……嫌な予感がしてきたぞー。
「……お前それ誰に送るつもりだ?」
「そりゃあ……ひなたさんでしょ。」
俺は歌野に飛び掛かった。
避けられて後ろの開いた窓から外に落ちた。
◆
「良いですか、紅葉さん。」
「……はい。」
「私や銀ちゃんと言うものがありながら、東郷さんとまでなんて…………私はともかく銀ちゃんがどう思うかは、賢い紅葉さんなら分かりますでしょう?」
「……はい。」
変な着地の仕方で足が可動域を越えてぐねぐねになったのも今は昔、放課後の部室で反論の余地も無い正論に項垂れる俺は、罪悪感が出るタイプの優しい声色のお説教を受けていた。
「うごごごごごぉぉおっ!?」
「反省しろ。」
無断で俺と美森の逢瀬(?)を撮影・送信した歌野は夏凜に逆エビ固めで絞められているのでまあ良いとして、件の美森は友奈とか風の依頼に付き添って今は居ない。 多分居たら修羅場とかしてたと思う。
いやぁモテるって辛いわ。 …………冗談でもなく結構心臓に悪いから辛いわ。
「……と、まあ。 折角のバレンタインですし、これくらいで良いでしょう。」
「そりゃどうも。」
満足したらしいひなたはテーブルに置かれた鞄から、ラッピングされた箱を取り出すと、中から四角い茶色の物体を1つつまんで取り出した。
「と言うわけで、どうぞ、紅葉さん?」
「…………食えと。」
「はい、あーーん。」
分かりやすいまでの笑顔で、ぐいぐいと口に生チョコを押し付けてくるひなた。
「むごぉ。」
「……ぇへへ」
なんで二人揃って口ん中まで指突っ込んで来るかな。 口内の熱でドロリと溶ける生チョコが普通に旨いのも相まって、複雑。
アレだな、『私の為に争わないで!』ってなるヒロインの気持ちが分かった気がする。
「どうですか?」
「……まあ、美味しいけど。」
「それは良かった……さ、もう1つどうぞ。」
勘弁してくれ。
と言いたいのだが、ひなたが楽しそうなら良いか。 残念ながら女所帯に男の人権は無いのだ。
視界の端で夏凜の歌野へのプロレス技が逆エビから筋肉バスターに切り替わった辺りで、部室の扉が開いて何人かが入ってくる。
「……やっほ、紅葉…………なにしてるの?」
「あらまぁ……餌付け?」
「むぐ、合ってるような違うような。」
入ってきたのはしずく、アホ、芽吹ちゃんの三人だった。 それぞれが違う柄の箱を手に持っていて、入るなりわりと失礼な事を言ってきた夕海子を軽く睨む。
「所で……夏凜は何故歌野に変な技を掛けてるの?」
「盗撮が犯罪だからだよ。」
「………………そう……。」
思考を止めるな芽吹ちゃん、この部室シラフの常識人が少ないんだから頑張って。
椅子に座って向き合い生チョコを次々口に放り込まれてそろそろお茶が欲しくなってきた頃、流石はひなたと言うべきか、予め用意されていたらしいお茶を湯飲みに移してくれた。
「ささ、お口直しに。」
「…………どうも。」
良妻と言えば良妻なんだがなぁ……ちょっと色々となぁ……。 口内のチョコをお茶で洗い流すと、壁側から椅子を持ってきてしずくと夕海子が通路側に座る俺とひなたの近くに座る。
「それで、お二人も誰かに渡す予定なのですか?」
「…………ん。」
「そうですわ。」
そう言いながら箱から取り出されたのは、チョコとイチゴの2つのマカロンと、カツオの刺身の形をした茶色い物体。
なんで?
「…………はっぴーばれんたん。」
「バレンタイン、ですわよ。」
夕海子が訂正しつつ、二人は俺にチョコとマカロンを差し出してきた。
「しずくは……分かるよ、おい夕海子、なんだその料理下手でもやらなそうな料理は。」
「まあ失礼ですこと、先に言っておきますがこれはカツオの刺身型チョコであって、カツオの刺身をチョコレートでコーティングしたわけではありませんわ。 オマケにカツオの出汁入り。」
…………食いたくねぇ。
正直食いたくねぇ。
「…………大丈夫、意外と美味しいから。」
「良いんだぞしずく、夕海子に言わされてるんだよな。」
「やだ……わたくしの信用、無さすぎ……?」
そもそもしずくにすら『意外と』って言われてる時点で不味いと思われてたんだろうが、言わぬがなんとやら。 俺に渡してきた以上は食べるのが礼儀なので、放心している夕海子の手につままれたカツオチョコを食べる。
「……へ? あ、ちょっ」
「(すげー嫌だけど) いただきます。」
夕海子の手首を掴んでチョコを口許に持ってきて、咥えて食べる。 指には当たらないようにしたのでセーフでしょ。
チョコとしての苦味と甘味、それと同時に広がるカツオの風味。 意外と――――本当に意外と、めちゃくちゃ癪だけど旨い。
「あーーーーー。 悔しいけど旨い、悔しいけど。」
「……そ、そんなに嫌そうにしなくても……。」
「嫌なら食わん、もう一個くれ。」
……なるほど、『不味い、もう一杯!』のノリだな。 既視感が解消された。
「もぅ……はい、どうぞ?」
なんか当然のように『あーん』の体勢に入っているが、俺の諦めの早さを舐めてもらっちゃ困る。 下品にならないよう控えめに口を開いた俺の口の中にカツオチョコをそっと入れる夕海子。
「んーーー……中々奇跡的な味だな。」
「褒めてますの?」
「最大級に。」
「……そう、ですか。」
なるほど、餌付け。 と呟く夕海子は、ドリルのようにカールした髪をくるくると指で弄る。
「…………紅葉、もみじっ。」
「あい。」
「二人で作った。 食べて。」
「……うぃ。」
しずくの言う『二人』はしずくとシズク、という意味だ。 二人でチョコとイチゴを1つずつ作ったのだろう、それはそれとして両手の指にそれぞれのマカロンを挟んで口に押し付けてくるのはやめろ頬がベタベタするから。
◆
目が笑っていないひなたの笑みをぶつけられながら、口に押し付けられるマカロンと格闘する紅葉の視界の横。
コブラツイストの体勢に入った夏凜に関節を絞められている歌野が悶えながら呻いていた時、しずくと夕海子に連れ添い入ってきた芽吹が夏凜を止める。
「うごごごごご…………っ!!」
「……夏凜、やめてあげたら。」
「あん?」
右目を覆う眼帯を抜きにしても鋭く尖った左の眼光。 以前の訓練時代には無かったそれに萎縮するが、芽吹は凛とした態度で接した。
「もう十分でしょう。」
「…………仕方ない、芽吹に助けられたな。」
「……こ、腰が……っ。」
夏凜の肉体言語的お説教から解放された歌野は腰を押さえてうずくまる。 呆れた顔をしながらも、芽吹は夏凜に手のひらサイズの赤い袋を渡した。
「なに。」
「察しなさいよ……!」
「はっ、あんたが私にバレンタインチョコ?」
ぐい、と胸元に押し付けると、夏凜は受け取り中身を取り出す。 型に上手く流し込めなかったのか、所々が膨らんだ雑な形のチョコが幾つか入っていて、素人の作品であると一目で分かる。
「ヘタクソ。」
「……うるさい、要らないなら返して。」
取り返そうとする前に、夏凜は芽吹のチョコを口に放り込んだ。 固めすぎたのだろう硬度を見せるチョコを構わず噛み砕き、飲み込んでから言った。
「普通すぎ、ただのチョコを溶かしただけでしょ。」
「…………っ。」
あっけらかんと言い、次々に色々な形のチョコを食べ、袋を丁寧に畳んでから芽吹の頭を叩くように撫でて続ける。
「ん、次に期待。」
「―――! そ、そう。」
ツンとした態度だが、期待されては仕方ないとでも言いたげに頬を緩ませる芽吹。
腰をさすりながら見ていた歌野が、そういえば…………と二人に聞く。
「貴女たち……というか芽吹は、紅葉に何か渡した?」
「いえ、まだよ。」
「……そういや歌野、あんた私に『紅葉にチョコ渡すなら板チョコとかにしておきなさい』とか言ってきたけど、あれどういう意味なの。」
なにか嫌なことでも思い出したのか、一瞬で吐き気を訴える動きで口許を押さえた歌野は、苦々しい声色で答えた。
「紅葉は小さい頃『バレンタインチョコは三倍で返してやる』って言ってきたのよ、私はそれを『三倍豪華に』って意味だと解釈して、ふざけてチョコケーキ1ホールを渡したの。」
数拍置いて、口に多種多様のチョコを三人に詰め込まれている紅葉を見ながら呟く。
「翌月のホワイトデーに返ってきたのはチョコケーキが『3ホール』。 あの人の言う三倍返しは、三倍『豪華に』じゃなくて、三倍の『量を』だったのねぇ。」
サーッと顔を青ざめさせる芽吹と、手で覆う夏凜。 四月に体重計ったらえげつない程に増えてたわ。 そう言った歌野の目は、完全に死んでいた。
書き終わってから銀に割く尺が無かったことに気付いた。 ホワイトデー回でゲロ甘いの書くから座して待て。
夕海子
・アホ、没落貴族、カツオ厨。 散々言われてるけど物理的に強くて勇者としての経歴もあるんなら、後は優秀な婿取っ捕まえるだけやん(紅葉見ながら)。
しずシズ
・それぞれで別の味のマカロンを作った。 『あーん』は夕海子がやってたから真似しただけ。 尚ひなた様には挑発と受け取られる模様。
ひなた様
・滅多な事じゃ怒らないが、未来で若葉と千景に高級日本酒勝手に空けられた時と紅葉が結婚記念日ド忘れして釣りに行ってた時は一週間顔合わせてくれなかった。
紅葉
・大赦の上の方に文句言える程度には発言権がある。 アホ貴族が狙える距離で一番高い物件の人。 ロックオンされたが最後『妖怪弥勒家に嫁げ』に狙われることだろう。
歌野
・コブラツイストを食らいそうになった辺りでようやく助けが入った。 子供の頃紅葉にふざけてチョコケーキ1ホール渡したら3ホール返ってきて死にかけた。
夏凜
・芽吹が手作りチョコ? ふーん。 眼帯着用で自分のイケメン度が4割増しな事には気付いてない。