「だからだーめーでーすー!」
「よいではありませんの~。 ね、ちょっとだけ、先っちょだけですから。」
「……なにしてんの。」
ワイシャツのボタンを二つ外して首もとを自由にしないとやってられない真夏日の放課後、部室に冷風を求めて訪れた俺の眼前で、夕海子と銀という珍しい組み合わせが立っていた。
「―――あっ、紅葉さん!」
俺の気配に気付いた銀が表情を喜色に染めて駆け寄ってくると、勢い良く飛び付いてくるので汗を気にしてやんわり受け止める。
「それで、なにやってるんだ夕海子。」
「あら、わたくしですか。」
「銀に何をねだってた?」
「そうですよ! 聞いてください紅葉さん、弥勒さんってばアタシに紅葉さんを貸してくれって聞いてきたんですよ!」
俺はゲームソフトか何かか。
「貸してくれとは人聞きの悪い。 夏に合わせてオープンした水着店で水着を新調するから、男性の意見が欲しかっただけですわ。」
テーブルに置かれていたチラシを見せてくる夕海子の手には、確かについ最近開かれたばかりの店の情報が載っていた。 そういえば、ひなたが行きたいとか寝る前に言ってた気がする。
「で、どうです?」
「芽吹ちゃん辺りと行けば良いだろ。」
「貴方と行きたいから誘っていますのに。」
「は――――!?」
夕海子の中々のストレートな発言に、俺に抱きついたまま銀がぎょっとする。
「まあ、嫌ですけど。」
「Why!? 何故!?」
寧ろどうして了承されると思ったんだ。
自称お嬢様らしからぬ呆然とした顔を見ながら、俺は銀に見上げられていた。
◆
「やってまいりましたわよ、水着店!」
「なんで?」
新装開店セールでやや商品が安い値札を眺めている夕海子を他所に、俺と銀とひなたは店内の色とりどりの水着を見て子供のように――――実際子供だが、面白いほどはしゃいでいる。
「……しずくも来るって聞いてたから了承したんだけどあいつどこ行った。」
「ああ、しずくさんなら、後日改めて防人組と共に訪れる予定ですわ。 ちゃんと明日行きましょうと言いましたよ?『本日00時過ぎ』に。」
「意地悪か。」
つまり『今日になってから明日行こう』と言ったのだ。 一休さんというか屁理屈というか。
「なにせライバルは少ないに越し…………うぅ゛ん! げふんげふん!」
「そこまで言ったんなら最後まで言えば良いのに…………ひなたさん顔怖いっす。」
最近、しずシズコンビや夕海子が俺に絡んでくる事が多くなったせいか、ひなたの顔が怖い。 寝るときも抱き枕にされている。
これ以上ひなた様のご機嫌が悪くなる前に、そそくさと水着選びに進ませる。
「じゃあ俺、その辺で待ってるから。」
「紅葉さん。」
「……はい。」
がっしりとひなたに手を掴まれ、引き摺られる形でレディースの水着コーナーに連れていかれた。 なんだこの力は……。
「あー! 出遅れた……!」
「ひなた嬢は手強いですわねぇ。」
「…………どうします?」
「とりあえず、数着選んだら紅葉さんに見ていただきましょうか。 それまでは停戦ということでどうかしら?」
余裕綽々の夕海子と、むすっとした様子の銀が、渋々といった様子で手を握り合う。
ハンガーに掛けられた水着を手に取りあれやこれやと見定めているひなたを前に、俺は相変わらずの女性の買い物の長さに辟易していた。
「紅葉さん紅葉さん、良かったら紅葉さんも選んでくれませんか?」
「センスには期待するなよー。」
「ひなた、これ着てみて。」
「……もぅ。 そういうのは夜に、ね?」
「うい。」
マイクロビキニを渡したらやんわりと断られた。 改めて真面目に探し、赤をメインに花柄が混じった水着を上下で渡す。
「ふふ、ちゃんと探してるんじゃないですか。 ああいうおふざけは、駄目ですよ。」
「分かってるって。」
なら最初からやるなよって話なんですがね。 だって見たいでしょ、俺なら見たいよ。
ともあれ、試着室に入ったひなたを待つついでに、辺りを見渡して二人を探す。
なんだかんだ言いながら、夕海子は結構面倒見が良い。 しかし銀と喧嘩するなんてことは無いだろうが、放っておくと結託して何かしでかして来そうだから困る。
「……居ねぇし。」
レディースと子供用が別々の場所で、銀に夕海子が付き合ってるのか、二人の姿は近くに無かった。 直後に試着室を隠すカーテンが横に退けられひなたの姿が露となり、赤い花柄の水着を着たひなたが現れる。
「どう、ですか?」
「ありがとうございます。」
「なぜ拝むんですか……!?」
肢体が眩しく、赤い水着が映える。
人目も憚らずひたすらに写真を取りたいが、我慢して合唱するに留めた。
「うん、似合う。 これなら上に一枚着るか羽織れば派手になりすぎないな。」
「……でしたら、これにします。」
「他にもあるのに……いいのか?」
「紅葉さんが選んでくれたんですから。」
そう言って笑うひなたや銀が、時折俺には勿体なく思えてくる。 誰かに渡す気も無いが。
果たしてひなたの水着は
ふと小さいかごに水着を入れて小走りで駆け寄ってくる銀を受け止めると、店内のクーラーで冷えた肌がひんやりとした。
「夕海子は?」
「こちらですわ。」
「ヴァ」
ぞわ、と左耳に寒気が走る。
後ろから忍び寄っていた夕海子が、息が掛かる距離で話しかけてきていた。
「……それ前に友奈にやられて反射的に頭突きしちゃったから二度とやるなよ。」
「んふふ。」
なんだその含み笑いは。 前に銀、後ろから夕海子と挟まれた俺を見ると、ひなたは浮かべていた笑みのまま顔色を冷ややかにさせる。
銀はともかく夕海子にこうされては面白くないだろうし、夕海子も
「良い水着は見付かったか?」
「はいっ。 ノースリーブとホットパンツを着るから隠れちゃうけど、水色の可愛いやつが見つかったんです。」
「それは良かった。 ……で、お前は。」
「まあ、なんとも雑。」
夕海子は銀が持ち歩いていた買い物かごから上下の水着を取り出すと、服の上から自分の体に当てて見せてくる。
「わたくしの美しい肢体をアピールするには、やはりシンプルに黒一択ですわ!」
「こいつ、こんなんでもプロポーションだけは普通に良いんだよな。」
「ええ、悔しいことに。」
「美人ではあるんですけどね……。」
ええ、そうでしょうとも。 と言ってドヤ顔を忘れない夕海子のアホみたいに強いメンタルは嫌いじゃないぞ。
「……では早速、これを試着して紅葉さんを悩殺してさしあげましょう。」
「誰が悩殺なんかされるか。」
何時ものように自信あり気に、夕海子は水着を手に取りカーテンを閉める。
俺を悩殺したかったらマイクロビキニでギリギリを攻めてこいと言いたい。
「そうだ紅葉さん。 実は近場の海岸で海開きされるみたいで、海の家で焼きそばが売ってるらしいんですけど行ってみません?」
「お前の焼きそばより旨いとは思えないが、まあ……良いんじゃないか? 今日の水着で行くなら俺も新しいの買うぞ。」
「良いですね、では…………弥勒さんはどうします? 銀ちゃんと紅葉さんに対応はお任せしますが。」
そう言いつつ腕に体を擦り寄せるひなたは、目で『三人だけが良い』と訴えてくる。 俺としても大賛成だが、それはそれとして、海に行くなら勇者部で話し合うべきだろう。
臨時で手伝いを頼まれる可能性もあるし、何よりひなたの水着を見せびらかせたくない。 このあとでパーカーとシャツ、水着に合わせたパレオを追加で購入することになるのだが、それはまた別の話となる。
◆
結論だが、夕海子の水着は普通に似合ってたのでちょっとだけ悩殺された。
ほんの少しだけだが。
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