【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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この話はわりとマジで読まなくても本編への影響は一切無いよ。
あと勇者は出ないしクトゥルフめいてたりするから本気で読む人選ぶと思う。




高評価をいただいて久しぶりにランキングの50位から上に載ったり、総合評価1111ptという奇跡を拝んだりと、感謝感激でございます。

とか言いながら誰も予想してない望んでないな番外新シリーズ書き始めて読者をふるいに掛けるってなんだお前新手のマゾか?




巣食う物、救う者。
宇宙的恐怖 上里暦は傍若無人である


 

 

 

 

かつて西暦と呼ばれた歴史が、神世紀と改められてからあと数年で三十年となる頃。

 

後の時代で白鳥歌野と先人紅葉が隣同士で暮らすこととなる和風屋敷に、紫の混じった暗い黒の髪を揺らす少女が訪れていた。

 

 

無遠慮に先人宅の縁側に回ると、履いていた靴を脱ぎ散らかしながら室内に上がる。

 

「親父ー、飯食わせー。」

「普通に玄関から入れって何回も言ってるだろ。」

「鍵お袋の方の家に忘れた」

「すぐ隣なんだから取りに行けよ。」

 

 

縁側のすぐ横に作られている居間に向けて廊下から歩いてきた男が、左腕を三角巾で吊るして現れた。

 

所々に白髪が混じり、僅かに皺も増えたその男―――――先人紅葉は、呆れた様子で少女に言う。

 

 

「ひなたはアイツと一緒に杏の家で、俺は右手しか使えないんだ。 飯の出来には期待するなよ――――コヨミ。」

「いーっていーって、焦げてるくらいなら許容するから、あと結構限界なんだよ早くしろー。」

 

 

上里(こよみ)、上里家の長女にして、先人紅葉の娘である。

 

ぐぅと大きな音を腹から発したコヨミに、くっくっと我慢しきれずに笑い声を漏らした紅葉。 コヨミはすねに蹴りを入れるが、容易く避けられたまま台所に入られる。

 

 

「チッ、もう四十越えてる癖になんであんな身のこなし軽いんだよ親父のやろう。」

 

あっさり避けられた事が意外にもショックだったのか、コヨミは不機嫌そうにテーブルを前にどかっと座り込む。

 

両腕をテーブルにだらりと伸ばし、手元で伸縮式の特殊警棒を弄くり回していた。

 

 

「若葉は訓練の時間になっても道場に来ねえし、あいつは杏ちゃんのとこで射撃訓練だし、暇だ暇だ。」

 

顔を突っ伏したまま手探りでリモコンを探り当てると、コヨミはテレビの電源を点ける。

 

他愛もないニュースが幾つか流れ、あーまたか、とコヨミのうんざりとしたため息が漏れた。

 

 

やれ、動物園でパンダの赤ちゃんが産まれたとか。

 

やれ、学校の生徒は神樹様を奉りましょう、とか。

 

 

朝昼晩と、ニュースに変化がないのだ。 平和ボケが続いた日常を暇に思う年頃の娘には、些か刺激が足りないらしく。

 

それでも不良方面に向かって暇を潰そうとしないのは両親の躾が行き届いているからか、逆らうとどうなるかを既に身を以て理解しているからかは、定かではない。

 

 

「(昼飯来るまで仮眠取ろうかねぇ)」

 

そんな事を考えながら、電源ボタンに指を伸ばしたコヨミの手は、次のニュースの不可解な事件に止められる。

 

 

『次のニュースです。 本日、―――の山奥にて無惨な状態で死体が発見され、地元の住民が騒然としている事態が発生しました。 複数の死体は様々な方法で解体するようにバラバラにされていることから、猟奇殺人の線で調査を進め――。』

 

「ぬ。」

 

ガバッと起き上がり、テレビを見る。 現場に既に死体は無かったが、撮影された映像では辺りの草木が血の赤黒い色で染まっていて、凄惨な光景が脳裏に浮かぶ。

 

うわ、面白そう。

 

 

不謹慎ながらにコヨミの思考はそう結論付ける。 何時だって、対岸の火事は眺めるに限るのだから。

 

野次馬根性が湧いてきたコヨミは、意外と近いし昼飯食べたら行ってみよう、と考えながら台所に目を向ける。

 

 

「親父ー! 飯まだー?」

「あとちょい、それとあいつらが帰ってくるから、玄関開けてくれい。」

「ういうい。」

 

 

立ち上がり、玄関の方に歩くコヨミ。 ガラガラ音を立てて玄関を開けると、そこには見慣れた顔触れがあった。

 

 

「ただいま戻りました…………って、あら、暦。」

「あれ、今頃若葉さんと訓練してる頃じゃないの?」

 

あっさりと娘に身長を追い抜かれた、四十代にも関わらず若さが全く衰えないコヨミの母にして紅葉の妻―――上里ひなた。

 

それと、紅葉を若くしたような顔付きで伊達眼鏡を掛けた少年。

 

 

「お帰りお袋、ユーリ」

「ええ、ただいま。」

「ただいま、姉さん。」

 

先人勇理(ゆうり)。 コヨミの弟にして、先人家の長男。 コヨミがひなたを先に家に入れた裏で、ユーリは肩に提げて後ろに回していた長方形のアタッシュケースを靴箱に添える。

 

 

「相変わらず殺し屋みてーだな」

「いくらコネで特別に所持が認められてても、それを知らない警察とかに職務質問とかされたら面倒だからね。」

 

先天的に視力が異常な程に優れているユーリは、数値で測定が出来ない程に遠くが良く見える。 それを利用して、杏の元で狙撃の訓練をしているのだ。

 

ケースの中身は、おおよそ想像通りのブツが入ってる事だろう。

 

 

「それにしても随分楽しそうだね、また新しい警棒買ったの? もう家に30本くらいあるよね?」

「ちげーーーよ。 なあ、―――の山奥で猟奇殺人事件が発生したの知ってるよな?」

 

その言葉に一瞬考える素振りを見せ、ああ、と言う。

 

 

「知ってるよ、嫌だよねほんと、電車で行けば近い場所であんな事件が起きるなんてさ。」

「だよなー。 …………だよな。」

「姉さん、まさかとは思うけど――――」

 

「ああ、見に行こうぜ!」

「絶対言うと思ったよ! 嫌に決まってるでしょ!」

 

コヨミに両肩を力強く掴まれたユーリは顔面に張り手を食らわせて距離を取ろうとするが、コヨミの馬鹿力によって手を引き剥がせない。

 

 

「このっ、クソゴリラぁ……!」

「お姉ちゃんに向かってなんだその口の聞き方は~?」

 

玄関で外と内を跨いで小競り合いを始める二人。

 

結局、弟は姉に逆らえない。 昼食を取ってから向かうことが決定し、ユーリは目に見えるほどにげっそりとやつれている気がした。

 

 

 

 

 

ざるうどんに様々な調味料とつけだれを用意した昼食をテーブルに広げ、紅葉とひなたが隣同士に座り、コヨミとユーリが反対に座ると食事を始める。

 

 

「そういやさあ、あたしさっきまで道場に居たんだけど、若葉が来なかったのなんか知らん?」

「あーーー……昨日久しぶりに千景と二人で呑んだらしくて、二日酔いで死んでる。」

「ははぁん、さては馬鹿だな。」

 

ずぞ、とうどんをすすり一言。 後でイタ電してやろうかなと考えながら、しれっとユーリが取ろうとしたキュウリの漬け物を数個纏めてかっさらう。

 

 

「お、お前…………」

「はっ。」

「飯くらい静かに食えよ。」

「まあまあ、賑やかなのも悪くないですよ?」

 

穏やかにたしなめるひなたに免じて見逃した紅葉は、流れっぱなしのテレビのニュースがコヨミの見ていた例の猟奇殺人の件を繰り返し放送していた所で、ふと内容が気になって目を向ける。

 

 

「――――――――。」

「……飯食いながら見るもんじゃない。」

 

だがコヨミがその内容を、映像を食い入るように見ている様子を一瞥してテレビを消す。

 

そんなコヨミが、()()()()()()()()()()()()()()()()()目を輝かせている事に、紅葉は僅かな危機感を覚えた。

 

 

一人深刻な雰囲気を醸し出している紅葉の事を露知らず、先に食事を終えたコヨミはユーリにちょっかいをかける。

 

「んでユーリ、お前若葉んとこと杏ちゃんとこの一人娘、どっち狙ってんの。」

「は?」

 

他人には基本敬語のユーリでも、一際コヨミ相手には口が悪い。 日頃の行いと言えばそれまでである。

 

 

「『は?』じゃねえよ、お前ももう16だろ、あの二人の娘……あたしは怖がられててあんま会わねえから名前忘れたけど、ちょこちょこ会うんだから話くらいはするだろ。」

「…………いや、まあ、それがねぇ……」

 

苦い顔をして遠くを見るユーリは、少しして口を開く。

 

 

「なんか最近、なにもしてないのに球子さんに『お前にうちの子はやらん』とか言われててさ。 杏さんと射撃訓練してるときの視線が滅茶苦茶痛い。」

「ちゃぶ台投げられそう」

「盾ならぶん投げてきた。」

「流石に笑うわ。」

 

けらけらと本当に笑ったコヨミを見ながら、ユーリは静かに『こいつ侮辱罪で裁けないかな』と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。」

 

「はい。」

 

 

食後、目的地の駅にたどり着いた二人は山に繋がる道を歩きながら話をしていた。

 

 

「確かに、さっきの人が姉さんに痴漢をしたのは悪いことだけどね。」

 

「はい。」

 

「だからって電車の窓ぶち抜いてホームに投げちゃいかんでしょ。」

 

「そっすね。」

 

 

何処吹く風とばかりに聞き流すコヨミに、ユーリは青筋を浮かばせる。 肩に提げたケースの肩紐が軋んだ気がしたが、それを気にする暇もない。

 

 

「いや、だってケツに吊るしてる警棒に触られたからつい反射的にやっちまったんだよ。」

「女が『ケツ』とか言わない。 少しは自重してくれよ、被害がこっちにまで向くんだから。」

「わーってるよ、もう親父のシャイニングウィザードは食らいたくねぇ。」

 

今よりも前、虐めの現場を目撃したからと言って過剰な暴力で場を納めようとしたコヨミは、紅葉にそれを止める為に頬の骨を膝蹴りで粉砕された過去がある。

 

『会話が通じない相手は殴るに限る』と、コヨミは自分の身体で理解していた。

 

 

小指で耳を掻くというおおよそ女のする行動ではないそれを叱ろうと口を開けたユーリの口を、コヨミは何かに気付いた様子で手で塞いだ。 念のために言っておくが耳を掻いた方ではない。

 

 

「……ふぁんふ(なんだよ)ぁお」

「黙ってろ、今誰かが山に入ってった。」

「……ふ(はあ?)あ?」

 

ユーリが騒がないのを確認してから、コヨミは口を塞いだ手で山への入口を指差す。

 

そこには、ボロボロのフード付きローブを身に纏う猫背の後ろ姿があり、その後ろ姿は木々に紛れて消えた。

 

 

「よし、少ししたら追うぞ。」

「まぁーじーでぇー?」

「嫌だからってキャラ崩すな、行くぞ。」

 

 

はあーーー。 と長いため息をついて、ユーリはコヨミについて行く。 残念なことに、兄弟とはヒエラルキー上位の発言が絶対なのだ。

 

ケースを背負い直したユーリは、スキップまで始めてしまうのではと思う程にテンションの上がっている鼻唄混じりのコヨミを急いで追いかける。

 

 

「…………あー、まだ訓練だけなんだよなぁ。」

 

背負ったケースを肩越しに一瞥してから、ユーリも山の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

草木を掻き分け、二人は山奥に進む。

 

すん、と鼻を鳴らしたコヨミに腕で制されユーリも足を止める。

 

 

「どうした?」

「鉄錆び臭い、事件現場はこの近くだ。」

 

そう言われ、ユーリはケースに繋いだ肩紐を握る手に力を込める。 緊張しているユーリに反して、コヨミは分かりやすい程にウズウズしていた。

 

 

「……一人で先走らないでよ。」

「はん、お前こそ、訓練ばかりでナマモノは撃ったこと無いんだろ。 いざってときに後ろからあたしの背中ぶち抜くなよ。」

「ああ、なるほどその手が……」

 

「やめろよ。」

 

 

ふふふふふ。

 

そう笑って、二人は互いを見て、コヨミは『マジでやるなよ』と念を押す。

 

 

 

 

 

「―――――っ、う、おっ……」

「―――これは……酷いな……」

 

一段と大きい枝を避けて進んだ先を見て、二人は騒然とする。 赤黒い液体が付着した地面と木々や草に、強烈な鉄錆びの臭い。 これ程とは。 そう思考した二人の脳裏で、無くなってはいけない大事な『なにか』が削れて行く。

 

コヨミが辺りを見渡している横で臭気に慣れようとしていたユーリの傍らに、ぼとり、と音を奏でて木の上から何かが落ちてきた。

 

 

『それ』は、ピンク色をしていて。

 

『それ』は、長い紐状の物体で。

 

『それ』は、小学生の頃に見た人体模型の、腸の部分に酷似していた。

 

 

「……ああ、くそっ、こんな所で人体の不思議を勉強したくは無かった。」

 

「おーい、ユーリ、こっち来い。 面白いぞ。」

 

『どれだけ正気を保っていられるか』の限度を削られつつあるユーリに無遠慮に言い放つコヨミ。 軽くイラつきながら、声を僅かに荒げてユーリは聞き返した。

 

 

「今ちょっと余裕がないんだけど…………おおおおお!!?」

 

振り返ったユーリの前に、首から先がないコヨミが立っていた。 少ししてコヨミが半歩後ずさりすると、元通りに首から先が虚空から現れる。

 

 

「な、なに…………えぇ……?」

「ここになんか壁みたいなのがあってさあ、顔突っ込んだら奥に屋敷が有った。」

「……はあ、よくわかったね。」

 

あー、それはな……と言って、ちょうど見えない壁の境にある木に着いた血を指さした。

 

その血は、勢いよく飛び散って付着したにしては、不自然に途切れている部分がある。 そこから先が壁の向こうに繋がっていたらしい。

 

 

「だからっていきなり首を物理的に突っ込むなよ、アホ。」

「直球の悪口は傷付くからやめてくれ。」

 

呆れた顔のユーリ。 そう言いながら、ケースを下ろして中身を取り出す。

 

軽く一世代は昔の銃器、レバーアクションライフル。 それに反して近代的な拳銃を一緒に出して、それぞれを肩紐で担ぎ、ホルスターに納める。

 

 

「……撃てんのか?」

「撃ちたくはないね。」

 

一応だよ。 そう言ってユーリは笑みを浮かべる。

 

その目は『必要なら撃つ』と、覚悟を決めていた。

 

 

「じゃ、行くか。」

「危なくなったらすぐに帰るからね、あと父さんにも連絡する。」

「へっ、危なくなったらな。」

 

西部劇のガンマンが弾丸を止めておく時のように、ジーパンのベルトに固定した複数個ある縮めた警棒を一本取り出すコヨミ。

 

ユーリの前に出て先に壁の奥に消えたコヨミを追って、ユーリもまた透明の壁の奥に消える。

 

 

 

視界が歪む不快な感覚を我慢する。 視界が晴れるとそこには、古ぼけた西洋屋敷が鎮座していた。

 

「……こんなものを隠していたのか……!」

「警察共はここを見付けられなかったんかねぇ、それともあの壁は本来は通り抜けられない? ……まあいいや。」

 

ずかずか歩いて屋敷の扉の前に立つと、コヨミは前蹴り……いわゆるヤクザキックで扉を蹴破った。

 

 

「たのもーーーう!」

「…………馬鹿か。」

 

がらんどうの部屋の中に立ち入る二人。 古くさい見た目にしては、室内に埃っぽさはない。 何度か換気をされている、人が立ち入っている証拠だ。

 

 

「姉さん、ここ人が何回か出入りしてる。」

「ああ、安全装置外しとけ。」

 

伊達眼鏡を外してワイシャツの胸ポケットに()()を引っ掛け、肩に提げていたライフルを両手で持ち水平に保つ。

 

コヨミは手首のスナップで、カシュンと独特の音を出しながら警棒を伸ばした。

 

 

軽い探索を挟みながら二階、三階と上がり、二人はやがて、部屋の最奥の広い部屋にたどり着く。

 

 

「……拍子抜けだな。 驚くほどなんもねぇ」

「ゲームとかだったら隠し部屋か地下室へのギミックでもあるんだろうけど、ね。」

 

構えたライフルの銃口を下ろし、深呼吸。 ユーリとコヨミは椅子が一つ置かれているだけの、やけに広い一室を見回す。

 

 

ため息をついたコヨミ。 ユーリと目を合わせ、声に出す必要もなく踵を返そうとする。

 

「―――――あん?」

 

 

体を半転させた所で、コヨミは椅子があった辺りの床がギシ……と軋んだ音を耳にする。

 

即座に振り返ると、そこに居たのは、つい今しがた山に入るのを追っていたローブの人。 近くで見た体格から、親父(もみじ)よりは老けていると判断。

 

老人が振り返ったコヨミとすぐ横のユーリに向けて手を翳し小声で何かを唱えると、二人に向けて不可視の波動のようなモノが迫ってきた。

 

 

「ユーリ……!」

「えっ、うおっ!」

 

違和感に気付いたユーリが振り返るのを待たず、コヨミは横っ腹を蹴り飛ばし、反作用で反対の床に倒れる。

 

その間を、床や天井を削りながら見えない圧力が突き進む。 半開きの扉を粉砕して、部屋を出たすぐ目の前にある壁を破壊して、圧力はようやく消えた。

 

 

「あっ、ぶねぇ……」

「今の良く分かったね」

「勘。」

「……さいで。」

 

起き上がりライフルを老人に向けるユーリは、横目で無傷のコヨミを見て安堵する。

 

そんなコヨミは落とした警棒を広い直し、膝を曲げ、バネのように戻す勢いで老人接近。

 

 

「―――――死、ねぇッ!!」

 

 

警棒を頭に叩き付けた。 えぇ……という後ろからの声を無視して、頭頂部に警棒をぶつけたコヨミ。

 

だが、コヨミの手に伝わってきたのは骨を砕く感触ではなく、パリンとガラスを割るような音と感触。

 

 

「―――――。」

「は、う、おお!?」

 

奇妙な感触に疑問を覚えているコヨミの腹部に翳された手。 先の波動を至近距離で発生されれば、コヨミはバラバラに弾け飛ぶだろう。

 

咄嗟に下がりつつ手を蹴りあげ、手を誰も居ない壁に向けさせる。 直後に発生した波動は、壁を爆破したように粉砕した。

 

 

「姉さん退いて!」

「っ―――!」

 

言葉を言い終わる前に横っ飛びにその場を離脱したコヨミ。 ユーリが引き金を引くと、火薬の炸裂する音と同時にレバーアクションライフルの弾丸が老人の肩に向かって放たれる。

 

 

「(人は撃ちたくない。 でも撃たないと僕は兎も角姉さんが死にかねない…………『だから』撃つ、この場で殺人が発生してしまうのなら、僕が背負う―――!)」

 

真っ直ぐ、一直線に、老人の肩にめり込み肉を抉るだろうその弾丸は―――――老人の手を翳す動作に合わせて、意思を持ったように軌道を変えて斜め後ろの壁に突き刺さった。

 

 

「は?」

「なんなんだよ、こいつ……!」

 

ガチャ、とレバーを下げて戻す。 薬室の空薬莢をライフルから取り除き、ライフルの中に込められていた弾薬を装填したユーリは再度銃口を老人に向ける。

 

 

「(姉さんの警棒を防いだガラスみたいなモノ、不可視の波動、弾丸の軌道をねじ曲げた力―――――考えが甘かった。 生かさず殺さずじゃ、じり貧か…………。)」

 

その力のコストは、残り何回使えるのか、それらは一切わからない。 『わからない』が、多すぎる。

 

もはや、『殺さずに無力化しよう』という法の線引きはとっくに越えていた。 殺さなければ、殺される。

 

 

「そう言えば昔――――父さんと母さん、若葉さんたちと一緒に化物と戦ってきたとか言ってたよね。」

 

「どうした、藪から棒に。」

「『無知は罪』って奴だよ。 帰ったら、もっと色々聞いてみようと思った。」

「そうかい。 そりゃ、いいな。」

 

 

それはある種の遺言のようで。

 

後悔先に立たずとはこの事か。

 

 

「姉さん、この人多分、一度に一つの動作しか出来ない。」

「――――よし、あたしに合わせろ。 ()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………!」

 

 

小声で話したユーリに向けたコヨミの言葉の真意を、果たしてユーリは理解したのか。 確認すらせず、コヨミはだんまりを決め込んでいた老人に走り寄る。

 

いつの間にかひしゃげていた警棒を投擲しつつ、ベルトから別の警棒を引き抜く。

 

老人の翳した手によってあらぬ方向へ軌道を変えた警棒には一瞥もせずコヨミは、手首のスナップによって引き伸ばした警棒を、勢いをそのままに顎に叩きつける。

 

 

老人は動かず、顎に当たった筈の警棒も再度ガラスを割ったような音を発して振り抜かれた。

 

す……と、またも老人は手をコヨミに向ける。

 

避けようともしないコヨミが、一言だけ呟いて仰向けに、床に向かって背中から倒れた。

 

 

「………BANG(バーン)

「……終わりだ」

 

 

ローブの奥で、老人は目を見開く。 コヨミに向けて波動を撃とうとした動きを切り換え、軌道をねじ曲げる術式に変えるが、倒れ行くコヨミの前髪を巻き込んで螺旋回転した38-40弾によって、老人は脇腹の肉を抉り削られた。

 

弾丸に引っ張られるように、老人の体は壁に強かに打ち付ける。 ずるずると背中から崩れ落ち、そのまま気絶した。

 

 

「――すぅーーー、ふぅーーー。」

「はっはっは………………はあ。」

 

薬莢の排出と弾薬の装填を済ませたユーリは老人に暫く狙いを定めていたが、完全に気絶しているのを確認してライフルを下げる。

 

コヨミは、仰向けに倒れたまま薄く笑う。

 

 

短時間で、二人は正気でいられる精神(メンタル)を削りすぎた。 一言も話さないでいたが、二人の心の声は『帰ろう』で一致している。

 

 

「あーあーあー。 帰ったらどやされるぞ…………緊急だったとはいえ無許可での発砲、傷害、殺人未遂……。」

「あたしに無理やり連れ回されたんだ、それぐらいは庇ってやるよ。」

「姉っぽい。」

「やっぱ庇ってやんねー。」

 

 

ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人の後ろ、二人が入ってきた扉があった場所。 コヨミとユーリから数メートルは離れた位置から、ふとボロボロの木材を踏む音がする。

 

機敏な動きで下がりつつライフルを構えるユーリと、立ち上がり警棒を構え直したコヨミ。

 

 

二人の眼前には、スーツにロングコートを羽織り、ハットを被った青年が立っていた。

 

青年は乾いた拍手を二人に送りながら、にっこりと笑って会釈する。

 

 

「これは、これは、これは。 驚きました、三流とは言え魔術師を、しかも未成年の姉弟が倒して見せるとは。」

 

「…………失礼ですが、貴方は。」

 

「ああ、失礼。 私は……そうですね、ハワードとでも呼んでください。 単なるしがない魔術師ですよ。」

 

 

明らかに日本人ではない風貌。 恐らくは、イギリス人。

 

四国以外の全てが炎に包まれた世界で、外国人の存在は貴重という言葉すら生ぬるいほどである。

 

 

「あんた何者なんだ。」

「……何者、とは?」

「とぼけんな、屋敷の外の猟期殺人の現場、あれどう見ても人間業じゃねえだろ。 あんたなんか知ってるんじゃねえのか?」

 

 

一瞬、それでも一瞬。 ハワードと目が合ったコヨミは、無意識に後退りした。

 

動物的な本能が、ハワードは格上だと、そう言っていた。

 

 

「……根拠は、あるのですかな?」

「ねえよ、勘。 あのジジイが変な魔法みたいなの使ったりしなかったら、こんな考えにも至らねえよ。」

 

 

冷や汗を垂らしながら答える。 顎に指を置いたハワードは、うん、と頷いて――――――触手のような物体を鞭のようにしならせてコヨミの胴体を打ち抜いた。

 

 

「うん、正解。」

 

「おごぉ―――!?」

「っ―――姉さん!」

 

ほぼ脊髄反射で当たる場所に警棒を添えたのにも関わらず、ハンマーで殴られたような威力と鈍痛に意識を明滅させながら、床に足の裏を擦らせて後退させられる。

 

 

「…………ハワードさん、貴方、人間じゃない……?」

「ふふ、人間ですよ。 ただ少し―――欠けた部分を補っているだけです。」

 

黒い手袋だったモノが、蠢いている。 スライムに墨汁を垂らしたような、コールタールが意思を持っているような。

 

そんな『なにか』は、犬がじゃれつくようにその身の先端をハワードの頬に擦らせる。

 

 

「可愛いでしょう、自慢のペットですから。」

「正直僕とは……趣味が合いそうにないですね。」

「おや、残念だ。」

 

本当に、心底残念であるかのように振る舞うハワードを見て、どうにも調子が空回りする。

 

ライフルの照準を腹部に合わせながら、ユーリはハワードと話を進める。 腹を押さえながらグロッキーな顔をするコヨミが戻ってきて、嗚咽を漏らした。

 

 

「おえええ…………気持ち(わり)ぃ」

「姉さん、無事……ではないよね。」

 

「耐える、か。 うんうん、大変良い。」

 

 

見ているだけで気分が悪くなる雰囲気の触手を手袋の形に戻し、腹と吐き気を押さえるコヨミに向かって言った。

 

 

「貴女、私の組織に入るつもりはありませんか?」

「それは、あー……ギャグで言ってんのか。」

「いえいえ、大変大真面目ですとも。」

 

呆れた顔を惜しげもなく晒すコヨミの横で、ユーリは目線だけで窓ガラスのある場所を見やる。

 

 

「…………そもそも、あんたの目的ってなんなんだよ。」

「死者蘇生。」

「……はぁ?」

 

即答したハワードに、コヨミは間の抜けた声で返した。

 

 

「我々―――『HPL』は、この世の歴史をまだ西暦と呼んでいた頃、忌々しい一件にて家族友人恋人、あらゆる人があらゆる相手を失った。 私はその時、宇宙的恐怖(コズミックホラー)の研究を行っていましてね。」

 

室内を歩き出し、まるでミュージカルでも演じているみたく、わざとらしいステップを踏んで二人を一瞥。

 

 

「実在した神話生物、邪神、魔術――――ならば、『アレ』だって居る。 そう確信したは良いが、一つ誤算があった。」

 

「なんだ、誤算ってのは。」

 

「今の時代に、召喚に適した触媒が無いんですよ。 私がどうしても会わなくてはならない『神』に謁見する門を開く鍵は作れたが、門がどうしても作れない。」

 

 

だから―――と、言葉を貯め、無造作に老人の頭を触手に変えた手袋で叩き、破裂させる。

 

びちゃっ、と、血となにかの塊が足元に散った事で身構えた二人に、ハワードは言った。

 

 

「――――貴女は魔術を扱うのに適している。 上里家の長女にして、私のペットを一匹潰してくれたあの先人紅葉の娘。 私は貴女に、とても興味がある。」

 

「…………うわ。」

「ロリコンかたまげたな……。」

 

「……いまいち締まらないですね。 どうです? 私の元に来れば、死者を生き返らせる秘術どころか文字通りの全知を『神』から学べますよ。」

 

 

んーーー。 と思案するコヨミの背後でユーリは静かに、さりげなくホルスターから拳銃を抜く。

 

そして、コヨミはあっけらかんと否定した。

 

 

「わりい、あたしは興味ねえ。」

「――――は……?」

 

「バーカ、人生一度っきりだから面白いんだろーが。 魔術だの神だの、そういう神秘に至ろうとするからおてんとさまから罰が下るんだろ、文字通りの罰当たりってな。」

 

 

腰に手を当て、片方の手で器用に警棒を縮めてベルトに差し直す。 うつむいて何かを考えているらしいハワードを置いて、コヨミは扉に向かって歩き出す。

 

 

「帰んぞ」

「……待って姉さん、あの人なんか様子がおかしい。」

「……なんだよ、本当の事言われてキレるとかガキか?」

 

ガチ、と拳銃のスライドを引くユーリ。 その目の前で、ハワードは突如として笑い出した。

 

「キモっ」

「は、ハワード……さん?」

 

 

「…………ああ、ああ、ああ。 そうですか、なら、ああ、仕方がない。 本当に、残念だ。」

 

ハワードの右腕がドロリと溶け出し、触手と同じ形状を型どる。 そこで二人はようやく理解した。

 

『触手が手袋の形をしていた』のではなく、『右腕に擬態していた触手が手袋の形にもなっていた』のだ。

 

 

「我らが『神』の為の礎になっていただきます。」

 

「やべっ…………」

 

「――――ああもう、クソッタレ……!!」

 

 

ユーリが叫び、拳銃を窓ガラスに向け発砲。 ハワードが使っていた屋敷だからか新品だった窓ガラスに幾つも穴が空き、乱暴にホルスターに入れるとライフルを肩に担いでコヨミの手を引く。

 

 

「跳ぶぞォォ!!!」

 

「おいちょっと待てここ三階だぞふざけんな馬鹿野郎おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ…………………………」

 

 

二人が窓を突き破って飛び降りた直後、無数の針に変形した触手が追い掛けるように飛び出し、落下する二人を追従するが――――コヨミに接近した針の一つが不自然に止まり、ずるずると窓から室内に戻って行く。

 

 

「おげええええ!!」

「おっぐう」

 

木の枝に何度も衝突し、腕で顔に当たるのを防ぐ二人は幹の近くに落下して、それぞれが腹と背中を強く打つ。

 

 

「ぐおおおおお………………!」

「飛び降りるとか……馬鹿か、お前……!」

 

腰を押さえて地面をのたうち回りながらユーリに文句を言うコヨミ。 幹にぶつけた腹を押さえるユーリもまた、地面をのたうち回る。

 

 

「ハワードは……追ってこねえな。」

「見逃されたか、泳がされたか。 どっちかは知らないけど今のうちに逃げよう。 父さんたちにも話さないと。」

 

痛みを堪えて立ち上がったユーリは、落下の影響で銃身が歪んだライフルを掴んで歩く。

 

左足を庇いながら続くコヨミの気だるげな声をBGMに、ボロボロになりながら二人は帰路を歩いた。

 

 

 

「足首いたーーい、これ絶対折れてるよもーーー腹減ったーーー。」

「(こいつうるさいな。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……いけないいけない、私が殺しては意味がない。 そうだな、彼女が適任だった―――――」

 

 

「―――シスター・オズワルド。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー……トイレトイレ。」

 

深夜、トイレに起きたコヨミはひょこひょこと廊下を歩いていた。

 

 

「くそ……親父め、殴らなくても良いだろ……」

 

本気の拳骨を食らった頭がまだズキズキ痛むらしく、頭を擦っている。

 

ひなたには怒られ、ユーリは銃を破損させたせいで杏と球子にこっぴどく叱られ、コヨミは若葉との訓練メニューがより重くなった。

 

 

「…………水飲も」

 

トイレから出たコヨミは台所に向かおうとした時、玄関に人の気配がして視線を向ける。

 

廊下に仕込んである警棒を幾つかパジャマの隙間に挟み、警戒しつつ玄関を開けた。

 

 

 

「何奴。」

 

若干寝ぼけ眼のコヨミの前に居たのは、修道服に身を包む金髪の少女だった。

 

豊満な胸元には月明かりに照らされた十字のネックレスをぶら下げ、少女の傍らには小学生の身の丈ほどある赤黒いチェーンソーが地面に刺さっている。

 

 

「マジで何奴ぞ。」

 

「―――貴女は、神を信じますか?」

 

「知らんのか、私が神です。」

 

「―――まあ……そうですの……?」

 

 

 

不思議そうな面持ちで、シスターは首を傾げた。

 

 






うわ初めて一万文字超えた。

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