【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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傷付け合うくらい、貴女を愛していました。





神話終結譚 おやすみオズワルド

 

 

 

文字通りバケツを引っくり返したような水を浴びせられ、びしょ濡れのコヨミは微睡みから意識を引き上げられる。

 

 

「………………うぇ」

 

顔に張り付いた髪をどかそうとするが、腕が動かない。 よく見れば、コヨミは拷問室のような部屋に閉じ込められ、その腕を手すりに固定させられていた。

 

腕と脚が動かないのを確認して顔を上げると、眼前にはフードを被っていないヘビ人間の姿がある。

 

分かりやすいまでに『手足の生えたヘビ』とでも言えばいい見た目をしていて、コヨミの思考はただシンプルに『なんかキモい』で統一された。

 

 

『―――――。』

「は?」

『―――、―――――?』

 

コヨミの起床に気付いたヘビ人間は、舌を鳴らしてもう一人に知らせる。 どうやら、独自の言語を使っているらしく、コヨミはそれを解析できない。

 

 

「あーーー、すまねえロシア語はさっぱりなんだ。」

『――――だから下等種族は駄目だ、我々の言語ごときを解読出来んのだからな。」

「は~~~? なんだこのクソトカゲ……てめーおい、初手煽りは嫌われるってネットで学ばなかったのかよ…………?」

 

喉の辺りにある機械を弄ると、ヘビ人間は聞き取れない言語から、コヨミに合わせた日本語に言葉を変える。

 

だがさも当然のように煽ってきたヘビ人間にコヨミは煽りで返す。 人はこれを『目くそ鼻くそ』と呼ぶし、『ドングリの背比べ』とも呼ぶ。

 

 

「おい、よせよみっともない。」

「ちっ、この女が生意気なのが悪いんだよ」

 

「爬虫類のクセに妙に理性あんのな。」

 

 

コヨミを敵視するヘビ人間を、後ろの比較的理知的なヘビ人間が落ち着かせる。

 

荒々しく扉を開いて出ていった方のヘビ人間を見送り、残った方がため息をつく。

 

 

「全く…………お前も、あまりあいつを挑発するな。 聞くべき事が色々とあるんだ、その前に死なれては困る。」

「なんだよ、あたしのスリーサイズか?」

「人間のメスなんぞに興味はない。」

 

あー、やっぱり。 というコヨミの呟きは聞こえたが、余計な相手は無駄と考え、理知的なヘビ人間は無視を決め込む。

 

 

「…………で、聞くべきことってなんだよ。」

「おや、素直だな。」

「今のあたしに拒否権がねえことくらい分かってるわ。」

 

ガタガタと固定された手足を揺らすコヨミ。 眠らされてからどれだけ経過しているかは分からないが、一人で出かけてから二時間以上は経過していると見て、コヨミは時間稼ぎを敢行する。

 

故に、今必要なのは無駄に反発する事ではなく、素直に従いつつ出来る限り話を引き伸ばす事だった。

 

 

「あの女――――シスター服の殺人鬼との関係性と、HPLについて知っている事を全て話せ。」

 

「はぃい?」

 

 

――――が、誤算があったとすれば。

 

ヘビ人間が、コヨミがオズワルドを庇った所を見てコヨミをHPLの人間だと勘違いしたことか。

 

 

「すいません、そもそもあたしオズワルドと仲間じゃないし、HPLはむしろ敵なんですけど。」

「冗談だろう、ならば何故我々からあの殺人鬼を庇ったりしたんだ。」

「人間のあいつとバケモンのお前ら、どっちを取るかなんて決まってんだろ馬鹿かよ。」

 

 

疑問符を浮かべるヘビ人間に、至極当然の意見を返すコヨミ。 簡単だ、人間のオズワルドと、化物のヘビ人間。

 

さて、どちらの味方をしますか? という質問。 コヨミからしたら、そんなものオズワルドに決まっているのだ。

 

 

「まあ、いいや。 秘密にしてくれなんて言われてないから全部教えてやる、あとHPLのトップの事も全部話してやるよしかたねえなぁ。」

 

「なんだ、妙に素直だな。」

 

すっとぼけた表情で、コヨミはオズワルドが殺人鬼になった理由と、ハワードの目的を話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、殺人鬼は親を生き返らせる為に人から魔力を奪い、ハワードとやらは『神』の召喚で死者蘇生の秘術を教えられる…………か。」

 

理知的なヘビ人間は、コヨミを敵視している方のヘビ人間を下がらせ、コヨミから話を聞いていた。

 

 

全てを話したコヨミの言葉をメモし、反芻していたが、やがて耐えきれないとでも言いたいかのように笑いだした。

 

 

「今の何処にギャグを感じたんだよお前。」

「ふ、く、くっ、これが笑わずに居られるか。 人間よ、貴様らはとことん愚かだな。」

「あ゛ぁ?」

 

ヘビ人間は、オズワルドの愚行を笑い、コヨミの無知を笑った。

 

 

「くく、無知は罪……と言ったか。 本当にその通りだな。 全部を話したお前に特別に教えてやろう。」

 

メモ帳を閉じてローブの内ポケットに仕舞うと、ヘビ人間の先が割れた特有の舌がしゅるると伸びて揺れる。

 

 

 

「そのハワードという男が呼び出そうとしている『神』は知識を授けると言ったな。 膨大な魔力が必要で知識を授けられるとすれば、旧支配者等ではなく、宇宙の外側に居る存在だ。」

 

「…………日本語で喋れよ」

 

「貴様に合わせた言語を使っているのだがな。 その『神』は知識を授けるのだろうが、死者蘇生の秘術なんぞ教える知識の内の一つに過ぎん。」

 

「あー、つまり?」

 

「……その男の目的は確実に()()()()()()()()。」

 

 

『ガタガタしてる内に留め具が緩まないかな』と考えながら、手すりを揺らしていたコヨミの動きが止まる。

 

 

「オズワルド、と言ったな。 ここまで言えば人間のわりに知性を感じられない貴様でも分かるだろう、貴様が『あいつは人間だ』と言ったあの殺人鬼は、利用されているのだよ。」

 

「――――オズワルド……あいつを、ハワードは利用している…………?」

「だろうな。 門を作れず鍵なら作れた……とすれば、次にすべきは門の創造だ。」

 

 

動揺が隠しきれず、コヨミの瞳が揺れる。 ヘビ人間は、ふん、と鼻を鳴らして、拷問室の片隅に置かれていた錆びたハサミを取り出す。

 

「…………とか言いながらなに取り出してんだよおいこら、なんだそのハサミは。」

「私の相方が人間嫌いなのは貴様も知っていよう。」

「ああも露骨だと逆に好感あるけどな、あのクソトカゲ。」

 

「我々がただ話し合っていただけ、となると、貴様はあいつに殺されかねない。」

「……お前はあたしを殺すつもりじゃないってのか?」

 

 

ヘビ人間は丸みのある頭を振ると、刃を雑に置いてあった砥石で研ぎながら話す。

 

「何故わざわざ人の居る土地で研究をしているんだと思う、人間は我々には無い発想や思考を持つ。 ゆえに私はこの国での人間の行動の研究をしているのだ。 ――――困るのだよ、邪神を召喚されて世界を滅ぼされるのは。」

 

 

しゃきん、とハサミを鳴らし、ヘビ人間の足はコヨミに向かう。 コヨミの前に立つと、手すりに固定されている手を伸ばした。

 

 

「さあ選べ、ただ無意味に殺され歴史から消えるか。 それとも歴史に名を残さないにしても、確かに世界を救う功績者となるか。」

 

「…………お前ほんとにヘビ人間……って奴なのか? なんか、変だぞ。」

 

「さて、私の同族を一つ殺して見せた貴様の親にでも聞いてみるがいいさ。」

 

 

は? というコヨミの疑問を断ち切るように、ヘビ人間は呆けたコヨミの右手中指を根元からあっさりと切り落とした。

 

 

「―――――うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

「黙っていろ、一本だけでは疑われる。 左手からもう一本貰うぞ。」

「おい、ちょっと…………だけ、タンマ……っ!」

「すまない、無理だ。」

 

 

ジョキッ、と錆びた刃が擦れる音と共に、床に左手の薬指がぼとりと落ちる。

 

「があああ゛あ゛あ゛鬼かお前えぇぇ…………!?」

「鬼じゃない、ヘビだ。」

 

落ちた二本の指を拾い上げ、机に置いたハサミの傍らに添える。 更に近くの棚から液体の入った瓶と注射器を取り出して、ヘビ人間は中身を注射器に吸わせてから肩に突き刺した。

 

 

「んげぇ…………なんだそれ……」

「ヘビ人間が作った毒なんかを中和するのにも使うモノだ、貴様ら風に言うなら『万能薬』か。 破傷風の予防と止血、そして痛み止めにもなる。」

 

「…………親切なんだか、マッドサイエンティストなんだかな…………。」

 

 

激痛と指を喪った喪失感からグロッキーになっているコヨミだが、指の根元から流れる血が止まり、痛みが引いて行くのを感じ取る。

 

ヘビ人間が鍵を取り出して拘束を解く様子をぼーっと見ていたコヨミは、思い出したように質問した。

 

「そうだ、あたしの荷物何処だよ」

「隣の部屋だ。」

「あ、そう…………つーか、もう一人のヘビ人間の相手はどうすんだよ。 あいつそろそろ戻ってくる頃じゃねえの?」

 

「――――それについては問題ない。」

 

 

そう言ったヘビ人間の言葉を遮るように、扉の外が騒々しくなる。 続けて、心底嫌だが聞き慣れてしまったチェーンソーの駆動音が鳴り響いた。

 

 

「お、オズワルド……?」

「お前の通信端末は電源を切っていない、位置情報を探ればこの周辺で電波が途切れたことくらいは判明する。」

「…………お前……。」

「私は反対したのだよ、だが相方が貴様と殺人鬼を殺そうとしていたから、仕方なくここに連れてきた。」

 

ヘビ人間は別の棚から血液パックを取り出すと、それを破いて頭から被る。 ギョッとするコヨミを他所に、部屋の隅に横たわった。

 

 

「…………急に細かすぎて伝わらないモノマネ選手権始めるのやめない?」

「…………私は『椅子の拘束を無理やり解いた貴様に返り討ちにあった』だけだ。 私には貴様を助けた貸しがあるのだ、増援を要請されたくなければ従った方がいい。」

 

「ああ、なるほど。」

 

 

偽装して死んだことになってやるから、オズワルドと協力してさっさと出ていけ。 ただし自分の事は見逃せ。

 

ヘビ人間は暗にそう言いたいのだろう、合点の行ったコヨミは、頷いて部屋から出ようとする。

 

 

「あたしの荷物、隣の部屋だっけ……。」

 

――――そう言いながら出ようとした扉をチェーンソーが粉砕するのと、ドアノブに手を伸ばしたのは同時で、コヨミの手は危うく挽き肉になる所だった。

 

 

「コヨミ様っ!! ご無事ですか!?」

 

「もう少しでフック船長みたいな義手着けないといけなくなる所だった以外はまあ、うん、概ね。」

 

自宅で会ったときと同じ修道服を返り血で濡らし、手元には赤黒いチェーンソー。 そのチェーンソーには、胴体が貫かれビクビクと痙攣しているヘビ人間の死体が突き刺さったままだった。

 

 

「(あ、さっきの相方のヘビ人間…………うわあ、南無三。)」

 

数いるヘビ人間の内の一人としてしれっと処理されていた事に、内心で軽く手を合わせておく。

 

両手でチェーンソーを支えながら片足で死体を外そうとガスガス蹴飛ばしているオズワルドを尻目に、扉の外の様子を確かめるコヨミ。

 

 

人間嫌いのヘビ人間を合わせて廊下には4体居たらしいが、それぞれが体を無惨にもバラバラに切断され、壁や天井に血をばら蒔いて絶命していた。

 

比較的体にパーツがくっついているのは、チェーンソーに突き刺さったモノだけである。

 

 

「…………うわ。」

「所でコヨミ様、それは……どうされたのですか?」

 

ようやくヘビ人間の死体をチェーンソーから引き抜けたオズワルドは、目敏くコヨミの手に注目した。

 

右手の中指と左手の薬指が無くなっている事に気付き、コヨミの手を優しく包む。

 

 

「こ、れは……そんな……コヨミ様の綺麗な手が……!」

「綺麗って……そうでもないけどな。 」

 

血が止まって瘡蓋(かさぶた)のようになっている断面を見て、悲痛な表情を浮かべるオズワルド。

 

散々人を殺し、ヘビ人間を八つ裂きにしてきた少女が、想い人の手の大怪我一つで大慌てする。 その光景を薄目を開けてこっそり観察していた、死んだ振りをしているヘビ人間。

 

 

「(不安定な感情、膨大な魔力、門の創造。 なるほど、そう言うことか。)」

 

一人全てを察するも、今声を出せばオズワルドに気付かれてチェーンソーの錆びにされるだろう。

 

つまりコヨミにヒントを残すことは出来ない。

 

 

「(ここがターニングポイントだ。 ウエサトコヨミ、お前の選択は後の世に決定的な違いを生む。)」

 

 

「ああ……なんてこと…………そこのヘビ人間がやったのですね。」

「うん。」

「――――なら殺します。」

 

即断、即決行。 エンジンを起動してチェーンソーの刃を回転させ、付着した血を撒き散らす。

 

 

「…………待て」

「コヨミ様……どうして……」

「そいつはあたしがもう倒した、だからほっとけ。 さっさと家に帰ろう。」

 

 

肩を掴んで止めたコヨミに困惑しながらも、オズワルドはエンジンを止める。

 

「むぅ……コヨミ様がそう言うなら、仕方ありません。」

「(こいつ犬みてえだな。)」

 

 

ほら行くぞ、と言って部屋を出るコヨミと、追従するオズワルド。 殺される寸前だったヘビ人間が冷や汗を流したことは、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツカツと、石畳の廊下を走る音がする。

 

半袖のワイシャツとジーパンにその上から複数個の警棒が刺さったベルトを腰に巻き、尾てい骨付近に固定したホルスターに短銃を挿した少女、上里コヨミ。

 

横にチェーンソーを持ちながら、当たり前かのようにコヨミと並走するオズワルドはコヨミの指を見る。

 

 

右手に縮めた警棒を握っているが、中指が無いせいで力を入れづらそうにしていた。

 

 

「ふぅーーー。」

「コヨミ様、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。」

 

脂汗を額に滲ませ、平然と嘘をつく。

 

それを分かっているからこそ、オズワルドの脳裏には『助けて(ころして)あげたい』という思考が渦巻いていた。

 

 

「(―――そんな辛そうにしないでください、コヨミ様。 ああ、助けてあげなければ。 救ってあげなければ。 殺してあげなければ。)」

 

「(めっちゃ視線感じる。)」

 

 

ふう、とため息。

 

コヨミは、オズワルドを横目で見て呟いた。

 

 

「お前がやって来たことが、全部お前の為じゃない事に利用されてたんだとしたら、どうする。」

「…………どう、とは?」

 

地下から地上に繋がる階段の前まで来た二人は、足を止めて向き合う。

 

 

「オズワルドは両親を生き返らせたいが、それには神に会わなきゃならない。」

「はい。」

「鍵が有るけど門が無い、門を作らないと神に会えない。 もしも、だ。」

 

警棒を伸ばし、先端をオズワルドの心臓に押し当てると続ける。

 

 

()()()()()()()()だとしたら、『触媒がない』と言いながらお前に魔力を奪わせ続けているハワードの行動にも合点が行くんだわ。」

「――――わたくしが、門……? ふふ、ご冗談を。」

 

くすくす、と。 花のように微笑を浮かべ、オズワルドは笑う。

しかし、真剣な顔でそう言ってきたコヨミの瞳に射抜かれ笑みを消す。

 

 

「…………上に行くぞ。」

 

先に階段を上がるコヨミを追いかけ、オズワルドは遅れて着いて行く。

 

 

上がった先は、聖堂のような場所。 教壇の裏にある隠し階段から顔を出したコヨミは、呆れたように顔を歪ませた。

 

 

「ここどこだよ…………。」

 

ガリガリ頭を掻いて、聖堂の真ん中まで歩く。 着いてきたオズワルドに向き直ると、左手で更にもう一本警棒を抜き放つ。

 

 

「コヨミ様…………?」

「エンジン点けろ。」

 

手首のスナップで縮んでいる警棒を引き伸ばし、腰を落とす。 そう言われ、深くまぶたを閉じたオズワルドは、静かにエンジンを始動した。

 

 

「お前を殺さないって言ったし、お前に殺されないとも言ったが、ほんと嫌になるなぁ…………。」

 

しみじみと言い、指の欠けた手で警棒の柄が潰れかねない程に握り締める。

 

 

「『お前が門な訳ない』って考えてもな、それを否定できる理由が見つからねえんだ。 だから―――――。」

 

左手の警棒の先を相手に向け、右手のそれを上で構える。 オズワルドのチェーンソーから発せられる凄まじい駆動音と刃が回転する音、そして漂う鉄錆びの臭いがコヨミの意識を鋭く変えさせた。

 

 

 

「…………わたくしのしてきたことは、なんだったのでしょう。」

「騙されてたんだよ、オズワルドは騙されて、人を殺してあたしを狙ってきた。」

 

先端が下を向いたチェーンソーを、徐々に上に持ち上げて行く。

 

その紅い瞳は、爛々と輝いていた。

 

 

「でもな、エゴだとか言われようが関係ねえ。 あたしはお前に『すくうもの』から、お前を『すくう』よ。」

「―――――コヨミ様、貴女は、やっぱり…………。」

 

獰猛に笑うコヨミに、オズワルドは微笑んで返す。

 

強く踏み込んで駆け出したオズワルドのチェーンソーを二振りの警棒で受け止めながら、コヨミと瞳を交差させ、言った。

 

 

 

「煌めきましょう、命を散らす、その最後の一瞬……一時まで!」

「ああ……良いぜ。 こんな不束者でもいいんなら、喜んでなァ!」

 

 

二人の眼前で火花が散り、交差して受け止めたチェーンソーをコヨミは警棒を振り抜く勢いで弾き、返す刀で右手の獲物を左肩に叩き付ける。

 

骨を砕く勢いのそれを容易く受け止めながらも、チェーンソーを構え直し振り抜くオズワルド。

 

浅くだが、コヨミは鎖骨の辺りを削られて血を噴く。

 

 

「ッ、ぎぃ……っ!」

 

横凪ぎに振られたチェーンソーを戻そうとする手の首と肩、頬を太鼓を叩くように続けて打ち抜き、膝にローキックを打つ。

 

徹底的にチェーンソーを握るのに使う部位を狙うコヨミ。 オズワルドがいくら痛みを感じないとしても、ダメージは確実に蓄積しているが故の行動。

 

 

オズワルドもまた、コヨミがそうするしか自分に勝てる算段が無いことを理解している。

 

自分が自覚できない内に動かせなくなる可能性を見越して、コヨミもオズワルドも、双方は短期決戦を狙っていた。

 

 

二人はもう、互いしか見えていない。

 

 

無駄な思考を省き、以下に効率良く相手を潰すかを考え、実践し、互いの返り血で自身を濡らす。

 

 

ガン、ガンと硬いものを叩き付ける音。

 

聖堂の長椅子が粉砕される音。

 

チェーンソーの駆動音。

 

 

呼吸の音が段々と荒くなり、オズワルドの体は修道服の中に青アザを作り、コヨミの体には深くないが浅くもないチェーンソーの刃で削られた()が出来て行く。

 

 

 

――――やがて、限界を迎えた警棒が切断されてコヨミの左肩にチェーンソーが軽くめり込む。

 

回転する刃が数センチ肩に埋まり、肉を巻き込んでギチ、とその刃の動きは止まった。

 

 

コヨミはチェーンソーを手放し下がろうとしたオズワルドの右腕を辛うじて動く左手で掴み、左足の踵に右足の踵を巻き込ませ、右手で警棒を抜きながらスナップさせ引き伸ばし――――。

 

 

「――――しまっ」

「――――――――うお、らあああああああああ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

一際鈍く重い音を立てて、警棒はオズワルドの左肩を痛み分けのように殴り砕いた。

 

 

「かっ、ひゅ――――。」

 

脳のブレーキが壊れて出来上がった怪力によるあまりの衝撃に、オズワルドの呼吸は数秒止まる。

 

そのまま前蹴りで数メートル転がり、その間にコヨミは肩に刺さったチェーンソーが落ちないように支えながら、一息で抜く。

 

 

「う゛ぅ、ああ゛っ!!」

 

ガシャッと音を立て、チェーンソーは床をオズワルドと同じように転がって部屋の端にすっ飛んで行く。

 

 

「ふーーー、ふぅーーーっ!」

 

左肩からの流血を右手で押さえ、仰向けに倒れているオズワルドを睨む。

 

直後にむくりと起き上がり、右手を握り締め拳を作りながら、左腕をだらんと下げて近付いてくる。

 

 

「案外、死なねえもんだなあ。」

「お互い、頑丈に出来ているのでしょう。 親に感謝するべきですね。」

「あたしが、こうなるのは……確実に、親父の遺伝だから、素直に喜べねえよ。」

 

 

へへへ、と乾いた笑いを溢し。

 

ふふふ、と命が抜けるような笑いが溢れた。

 

 

痛みを感じなくとも、命が体から少しずつ抜け出て行くのを感じるオズワルドは、コヨミに向かって歩きながら、ふと違和感を覚える。

 

 

 

「…………あら……?」

「あん? ……どうした……?」

 

 

呼吸すら危ういコヨミが聞き返した刹那、オズワルドの胸の中心を起点に、幾何学模様を納めた円が現れた。

 

更には暴風が発生し、聖堂の机を粉砕し、窓ガラスを纏めて砕き吹き飛ばす。

 

 

踏ん張る力も無いコヨミはオズワルドを中心に突如として発生したそれに転ばされ、肩から噴き出た血と激痛に悶える。

 

 

「うごおおおおお…………!」

「これは……一体、これ、は……!?」

 

 

赤黒く怪しく発光する幾何学模様は、オズワルドの背後に移ると虚空に浮かび上がり、背後の空間を引き裂いて『なにか』を発生させた。

 

 

「――――それが、『門』…………か。」

 

「コヨミ様の仮説は、正しかったのですね……。」

 

 

体からの危険信号を我慢するように青ざめた顔でなんとか笑顔を作ると、オズワルドはコヨミに向かって言った。

 

 

「もしも、コヨミ様が『これ』を消す方法を持っているのだとしたら、迷わず使ってくださいませんか。」

「―――オズワルド。」

 

なんとかあぐらをかいて座ることが出来たコヨミは、腰の後ろに右手を回して、一丁の短銃を抜くと弾が込められていることを確認する。

 

 

「神秘を消す神秘、って訳か。 親父め、都合が良いんだよ…………この事知ってたんじゃねえだろうな…………っ」

 

そう言いつつもコヨミは短銃をオズワルドに向ける。 短銃に込められた弾丸がなんなのかを直感で見抜いたオズワルドは、無抵抗で両腕を広げて、自分という『的』をコヨミに見せ付けた。

 

 

 

「―――門の起点となっているわたくしごと、撃ち抜いて下さい。」

「………………。」

「コヨミ様。」

「………………無理、だ……。」

 

 

だが、ここに来てコヨミは断った。一度向けた短銃の銃口を下ろして、頭を垂れるように項垂れる。

 

コヨミは紅葉ではないし、コヨミは乃木若葉ではない。

 

覚悟を決めれば人だって殺せるだろう人間では、ない。

 

 

紅葉の誤算は、自分と同じような感性で、コヨミが他者を殺せるだろう覚悟を持てる人間だと勘違いしていた事だった。

 

良くも悪くも、コヨミは甘い人間なのである。

 

 

「貴女がやらないと、わたくしは門に殺され、世界も無くなってしまうかもしれません。」

 

目を背けるコヨミに、親が子供に言い聞かせるように、淡々と事実を述べるオズワルド。

 

 

「嗚呼、本当に、嫌になりますね。 貴女になら殺されても良いと思っていたのに、直前になって命が惜しくなってしまうのですから。」

 

 

項垂れたコヨミの耳に、懺悔のように、オズワルドの震えた声が届く。 そしてコヨミの頭に、オズワルドの声がフラッシュバックする。

 

 

 

『貴女は神を信じますか?』と言う静かな声。

 

『コヨミ様…………!』と言う、熱の籠った声。

 

『――――コヨミ様。』と言う、真剣な声。

 

 

 

「オズワルド…………。」

 

面を上げたコヨミは、再度短銃をオズワルドに向け、膝を立ててそこに腕を乗せて固定する。

 

 

 

 

『―――お慕いしております、コヨミ様。』

 

 

 

 

「………じゃあな。」

「はい、お元気で。」

 

 

カチ、と。 短銃の引き金は、おもちゃよろしくあっさりと引かれ―――――。

 

 

 

火薬が炸裂し、銀の弾丸が射出され―――――オズワルドの胸を貫いて門を破壊した。

 

遅れて響く、鼓膜をつんざく爆発音。

 

 

キーンと言う耳鳴りと体からの悲鳴を無視して、残った力を振り絞り、倒れ行くオズワルドと床の間に体を滑り込ませる。

 

 

「ぐ、ぶっ、う。」

 

無茶が祟り、ぷつっと鼻の奥で何かが千切れて血が垂れる。 出血が激しく、意識が暗くなりつつあるコヨミは、命を使い果たすつもりで声を絞り出す。

 

 

「……おず、わるど……」

「…………こよみ、さま……」

 

僅かに肉体に染み付いた命と言っても過言ではない、オズワルドの残り火。 コヨミが右腕で抱いているオズワルドの体からは、徐々に熱が抜け落ちて行くのがわかった。

 

 

 

「わたくし、は……ただ普通に、生きて……普通にともだちを、つくって…………ただ、普通、に、だれかを……愛したかった……。」

 

「ああ、分かってるよ。 分かってたんだ、分かっていたのに、あたしはお前を…………っ!」

 

嗚咽が混じったコヨミの声。 目尻に涙を浮かばせたコヨミにオズワルドは手を伸ばし、その指で涙を拭った。

 

 

「こよみ……さま……。」

「…………なんだ、オズワルド。」

 

 

「――――貴女が大好きです、コヨミさん。」

 

 

散々お嬢様のような口調で、シスターを名乗り、丁寧な言葉で愛を宣言していたオズワルドは――――――きっと、今この一瞬だけは、ただの18歳の少女に戻れたのだろう。

 

まぶたを閉じて、深く、深く、ただただ深い眠りについた女の子の額に、軽く唇を押し当てたコヨミ。 十字架の付いたネックレスを外して手繰り寄せてから握り締めると、優しくも力強く言った。

 

 

 

「あたしも、お前のことが好きだったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門の破壊とオズワルドの殺害から数ヶ月が経過した。 あの一件から早くも数ヶ月か、と、コヨミはヘビ人間が襲ってきた時の公園の何時ものベンチで黄昏ている。

 

一番上と二番目のボタンを外して緩くしたワイシャツの隙間から覗く左肩や鎖骨には、歪な形の線が痛々しく残っていた。

 

 

加えて何時もの缶コーヒーを握る右手には中指が無く、背凭れに肘を置いている左手にも、薬指は無い。

 

 

体の一部を、いつの間にか惹かれ愛していた少女を一度に喪ったコヨミの喪失感は半端なものではなく、半年が経過した今でも、コヨミは普段の狂暴さが嘘だったかのように大人しい。

 

 

 

「…………はぁ。」

「お前がため息とは、明日は雨か?」

「…………うっっっげぇ」

 

「よっ、暦。」

 

潰れたゴキブリを見たような顔で、隣に座ってきた男を見やる。 コヨミと同じ缶コーヒーを手元で揺らして呷るその男に、コヨミは返事をした。

 

 

「……三好さん、あんたなんで居るんだ」

「大赦の仕事が一段落したら今度は暇になっちまってさぁ、ちょっと顔見せだよ。 うん。」

「あ、そう。」

 

 

三好さん。 そう呼ばれた男は、コヨミの元同級生である。 中学時代荒れていたコヨミを唯一ぶちのめし、病院送りにした凄まじい人物。

 

若くして大赦に勤めているその手腕は、後に子孫に色濃く受け継がれることだろう。

 

 

「なんか、『失恋した』って感じの顔だな。」

「まあ間違ってねーっすよ、つかあたしがなんでこんな腑抜けてるか、知ってんじゃねえのかよ。」

「知ってるとも。 大変だったようだな、お疲れさん。」

 

はあ、とため息。

 

こいつの相手面倒くせえ、とばかりに深く重く吐き出した。

 

 

「…………帰る。」

「なんだよつれない、あ、折角だし俺も一緒に…………いや、やっぱいいわ。」

「はあ?」

 

突然立ち上がった三好は、ひらひらと手を振って歩き出す。

 

 

「――――お前のやったことは正しいことじゃないんだろうさ、どんな理由であれ、相手が連続殺人鬼であれ、人を殺すことは絶対に正義でもなんでもない。」

 

だが、振り返るとそう言って、一言付け加えた。

 

 

 

「でも間違いじゃないんだ。」

「――――そうかい。」

「悩めよ若人(わこうど)、悩んで悩んで悩んで出した答えなら、それこそがきっと正しいんだろうぜ。」

 

じゃーな。 三好はそんな軽い口調で言いながら走り去った。

 

残されたコヨミは、過ぎ去った嵐を見送って、首に下げた十字架のネックレスを触る。

 

 

 

「――――とりあえず、さ。 長生きするよ。 長生きして、いっぱい思い出作ったら、お前に土産話として色々話してやる。」

 

暫く作らなかった笑みをコヨミは半年振りに作る。 作って、笑って、一筋だけ涙を流す。

 

「お前が経験できなかった色んなモンをこの目で見届けて、それから会いに行くぜ。 『遅い』なんて文句は言うなよ――――。」

 

 

 

 

だからそれまでは……おやすみ、オズワルド。

 

 





ここまで綺麗に読者の需要を尽くガン無視した供給する投稿者は他にそう居ないと思う。 でも更新速度見れば分かると思うけど書いてて楽しかったです(欲に正直)




上里暦

親を生き返らせたいが為に人を殺し続けた連続猟奇殺人鬼と出会った事で、邪神崇拝者との戦いに身を投じる破目になった少女。

ヘビ人間のアリバイ作りの為に右手の中指、及び左手の薬指を切断されたが、それ以上の事が起こりすぎたせいか本人はあまり気にしていない。

この一件が終わってからは狂暴さと傍若無人さが鳴りを潜め、口調が変わらないにしても性格は大分落ち着いた。




オズワルド

目の前で両親が車に轢かれ死んだことで正気を喪った哀れな少女。 その段階でSAN値は無く、ハワードに両親を生き返らせる方法があると唆され、疑える正気も無いまま承諾してしまった。

―――が、両親が死んだのは実はハワードが仕組んだことだった。 フランス人の血を引いている事で、門にするのに適していると判断し、手元に引き込むために両親を殺したのだった。

要するに悪意の塊しかないマッチポンプである。 オズワルドそのものを門にする為、当然だがオズワルドは死ぬし、他人に『神』の知識を授けるつもりなんて最初から無かった。

コヨミのハワードへの強い怨みは死ぬまで続くが、結局コヨミの代で倒すことは叶わなかった。 この戦いは神世紀72年まで続き、勇理の子孫、夕海子の祖先、そして赤嶺友奈がハワードを封印することでようやく決着をつけられるのだが、それはまた別の話。




理知的な方のヘビ人間

他よりも賢かったヘビ人間の精神を交換することで意識をすげ替えたイスの偉大なる種族。 過去に紅葉が対峙したイス人と同一存在。

オズワルドと言う殺人鬼を信じ、人間だと言ってのけるコヨミに興味を抱き、ささやかながら逃げる隙を作ったヘビ人間側の戦犯にして、あくまで人間の『敵ではない』存在。

人間嫌いの相方の人間死すべし! な思考には度々呆れ、胃を痛めていた。

なんかめっちゃべらべら喋ってたのは、研究成果やヘビ人間の開発品を御披露目する機会が無くて、目の前にいいプレゼン相手が居たから。

ちなみに神世紀300年の現代でも普通に生きてるし何処かの地下で未だに人間観察を続けているが、二度と表に出てくるつもりは無いらしい。

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