【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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樹からしたら紅葉って
・口調が軽い
・歌野大好き人間
・姉に当たりが強い
・美森の名前呼びで懲りない

って印象なんですよね
マイナスイメージが強いんだからそりゃあ恐いですよ


五話 犬吠埼樹の夢は■■である

 

 

犬吠埼樹が本屋に買い物に来たのは、スクランブルこと2日連続の戦闘を凌いだ数日後の休日であった。

土曜日を丸1日使って鼻先銃弾事件(友奈命名)の被害者である姉の犬吠埼風にメンタル(膝枕)ケアを施し、回復するも朝食のうどんすら作れないほど体力を使った姉を布団に閉じ込めた翌日の日曜日。この日は樹にとって完全なるオフなのだ。

 

素晴らしい事だ、自分のためだけに時間を浪費したって咎められる事はない。

唯一咎めてきそう(お姉ちゃん)な人はダウンしてるし。

 

きっと良い1日になる。という確信があった

 

 

 

 

(本人にとっての)悪魔との出会いが無ければ。

 

 

 

 

 

目当ての本を買い、さあ何時もの店でうどんでも食べて帰ろうと普段からお世話になってる本屋を出て歩き出そうとした時、自分よりも体格の大きい人にぶつかってしまった。

 

「あっ――!?」

「おっとと。」

 

作用反作用。ぶつかった勢いで跳ね返り尻餅をつきそうになる樹を、ぶつかられた本人が両手を腕と腰に回す事で防ぐ。

そのまま軽く引っ張られ、体制を建て直せた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いやいいよ、怪我無いな?」

「はい。ありがとう……ござい、ま……す……!!?」

 

ぶつかってしまった相手に謝り、そして助けられたのだからとお礼を言う。当然である、樹は礼儀正しい良い子なのだから。

だが相手くらいは選びたかった。

 

親が子供を選べないように、樹は『自分だけの時に一番会いたくない人物』にぶつかったのだ。

 

 

「よぉ……樹ぃ」

「ひ」

 

肺から空気が全て漏れだしたような錯覚に陥る程に、思考が真っ白に染まる。

 

無意識に、恐ろしさから逃れるためにと踵を返しうどん屋ルートから帰宅ルートに切り替えようとする―――が。

 

 

「まあ待てよ。」

「ぴっ―――。」

「そんな恐いものを見たかのような声出すなよ、俺が悪者みたいじゃないか。

先輩にそれは……失礼じゃない?」

 

実際そうだろ!?と反射的に言わなかった自分に1等賞のトロフィーでもあげたい、と考える程度には混乱している樹の肩をがっしり後ろから掴み、逃げることを阻止される。

 

 

「人の顔見て逃げるなよ、なぁ、樹?」

「ひぃぃ………こ、殺さないで……」

「うーん、重症。」

 

とうとう命乞いまで始めた樹の顔を見られたら、それは見事に混乱が渦巻いていることだろう。

 

 

「こっちの道に行こうとしたってことはあいつまーだダウンしてんやがんのかだらしない。お前、昼飯にうどん食おうとしたんだろ?」

「はぃ……い、命だけは……」

「次命乞いしたら生命力吸い取るぞ」

「ぴっ」

 

 

紅葉なりのジョークでも、樹からしたら『マジでされそう』レベルだ。言うこと聞かないと殺されると本気で思っている。

 

普段から不思議な生態してる紅葉なら出来そう、とすら思っている。

 

 

「俺もそろそろ昼飯食いに行く予定だったし、一緒に行こうか。来てくれたら奢るぜ?」

「行きます。」

 

そして樹は全てを悟った。

生殺与奪の権利を握られている自分に拒否権は無いのだと。

まあ、勘違いなのだが。

 

なんか急に素直になったな……と首を傾げる紅葉は、樹の肩を掴んだまま方向転換してうどん屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

ちなみに、樹や他の住人もお世話になっているそこそこ大きな、新刊から古本まで幅広く売り出している書店の名前は―――――

 

 

 

 

 

()()()書店と言うらしい。

 

 

 

 

 

 

ずるずると麺類を啜る音が多方面から聞こえる室内、勇者部の面子がいつも通ううどん屋である。

うどんを頼んだ樹と何時も通りに大盛りの蕎麦を頼んだ紅葉が、向き合ってひたすらにそれぞれの好物を啜っていた。

 

うどん屋なのに蕎麦なのか、という疑問に関しては何故か店主がうどんに加えて蕎麦も、更にはラーメンまで作れるからとしか言えない。

あとカレー。

 

制服を着ているときにカレーうどんを頼む奴はそれこそ勇者扱いされる事もあるとかないとか。

 

 

「歌野の手打ちには及ばんがそれでも安定して旨いな。安いし、今度違うのも頼んでみるか。」

「ずぞぞぞぞぞぞぞ…………」

「樹良く食うね」

「ずぞぞぞぞぞぞぞ……ずぞっ」

「肺活量凄いね」

 

最後の晩餐と言わんばかりに3杯目のうどんを食べる樹。

その小さい体の小さな胃袋にどうやって納めてるのか気になる紅葉は、樹の目が死んでいることに気付いていない。

 

大盛りの蕎麦1杯を食べる紅葉と3杯目のうどんを食べる樹の食事が終わるのはほぼ同時だった。

 

 

「ぷはぁ……これでもう悔いはありません……」

「だから殺さねえっつーの」

「……えっ?」

「え?」

 

「最後の晩餐ですよね?」

「ただの昼飯ですがね?」

 

「えっ?」

「え?」

 

「もしかして本当にただ昼食に誘っただけなんですか……?」

「俺奢るよって言った気がするんだけどあれは幻聴だったのか……?」

 

 

 

僅かな間を置いて、二人の間抜けなトーンの「えっ?」という声が交差した。

 

 

 

 

 

 

「あの、そのぉ……本当、ごめんなさい。」

「俺ってそんなに恐いのかねぇー。」

「ぅ……恐いというか……恐ろしい、と言うか……ですね……」

「それ意味大体一緒だよ」

「だ、だって変に口調がフランクだし……」

「堅苦しいよりマシじゃん」

「ですよねー!」

 

顔を赤くして空のうどん皿に顔を突っ込む樹。汚いからやめろと直前で挟まれた紅葉の手が邪魔になり、結果手に顔を埋める事になり余計に顔を真っ赤に染める。

 

「むむむむむむ…………」

「―――俺がこんな口調なのは、底抜けに明るいあいつの影響だよ。」

「それって、歌野さんの事ですか?」

「他に誰が居るのさ」

「友奈さん……とか」

「俺と友奈と美森の付き合いは中学からだ」

「あ、そうだったんですか。」

 

 

食後にぼた餅と熱い緑茶でも頼んで、縁側で寛ぐ老人ごっこでもするか……と冗談めかして注文する紅葉。それでようやく微笑を浮かべた樹を見て、頬が緩む。

可愛い娘は笑っているべきだと思いながら、紅葉は偶然樹が買った本の入った袋を見てしまう。

 

 

「それなに。」

「あ、これは……」

「ちょっと見せて?」

「それは駄目です!」

「なんで?」

「……これだけは、駄目なんです。」

「ふぅーん。」

 

あの樹がこれだけ固い意思を見せるとは……となれば仕方ないと諦めるのが普通の人間の思考だが、残念なことに紅葉の頭のネジは留め具の意味を為していない。良心の呵責なんてものはとっくの昔に知的探求心にアクセル全開で轢き殺されている。

 

 

「エロ本でも買ったの?」

「!!!?? 違いますよ!?」

「じゃあ見せられるだろ」

「あう……それとこれとは話が……」

 

尚も渋る樹に、紅葉は今度は自分にはない良心の呵責への攻撃に切り替えた。

 

「さっき怖がられたの結構傷付いてるんだよなぁ」

「うぅ……で、でもぉ……」

「俺を本気で怖がったの、風が知ったら悲しむだろうな。『あの優しい樹が同じ部活の仲間を怖がるなんて……!』とか言いそうじゃないか?」

「確かに言いそうですけど……うう……」

「流石の俺でも泣きそうだったよ……」

 

よよよ……とわざとらしく泣き真似をする紅葉に一瞬苛立つも、確かに過剰に怖がった自分も悪い。そう結論付けて、仕方なく、本当に仕方がないと言った雰囲気を出しつつ重い手付きで本を取り出す。

 

「絶対に誰にも言わないって約束してください、お姉ちゃんには特に。」

「信じろっての。嘘は良くついたことあるけど、約束を違えた事はない。」

 

 

その言葉にあ、なんか逆に信用できる。と混乱の波がぶり返している樹は、惜しみながらも数冊の本を手渡した。

渡されたのは発声練習や歌の上達と言った、分かりやすく『夢は歌手です』な内容の本だった。

 

「ははーん……そういう事ね。」

「……おかしいですか?」

「別に?良いじゃん、夢があるって」

 

その言葉にポカンと樹は口を開ける。

 

馬鹿にされるかと思ったし、どうせ叶えられるわけが無いと言われるのだと思っていた。

もっと現実を見ろ、そう言われると思ったのだ。

 

 

「なんだか……意外、です。」

「もしかして俺に馬鹿にされるんだと思った?」

 

コクりと頷く。

 

 

「しないよ、するわけない。()()()()()()が持つやつの夢を笑うなんて、そんな権利は無いでしょ。」

「…………ぁぅ」

 

それが本心だと樹が即座に理解したのは、紅葉の表情が歌野に向けるのと同じモノだったからだ。

 

「夢っていうのは、時々切なくなるが、時々凄く熱くなれるもの……らしい。」

「へぇ、なんか良いですね、その言葉。」

 

「まあどっかで聞いた言葉だから受け売りになるがね」

 

「格好つかないですね……」

 

 

ふふふ、ははは。と笑い声が重なる。

ようやく持ってこられたぼた餅を食べ、熱い緑茶で口の中を洗うようにして勘定を終わらせ、店先で樹と別れる。

 

 

「今日はありがとうございました!」

「いーよいーよ。俺の恐いイメージも払拭出来たし、女の子との秘密の共有も出来た。」

 

にぃっとからかうように笑う紅葉に、顔を赤くしつつ背ける。

 

「……そう言うところは嫌いです。」

「ふーん。ま、俺も、年下って嫌いなんだけどね」

「え?」

 

最早樹の中で『え?』という言葉は流行語大賞と化していた。

 

 

「俺実は小学生とか幼稚園児とか、それこそ樹みたいな後輩って嫌悪の対象だったんだよ。」

「えぇ……」

 

樹も初めてだろう、『お前マジで無理』と遠回しに言われるのは。

 

「でも何でかお前は平気だったから、一対一で話がしたかったわけだ。今日はラッキーだったよ」

 

いえ私はアンラッキーです、と言うのは流石にやめた。

 

 

「それじゃあ、私はこれで。」

「おう、送っていこうか?」

「大丈夫です!」

「…………そう?」

「はい。」

「そっか。」

 

紅葉も強く反対されたのでしつこくは聞かない。

それをさっきしろと樹は脳内で反対した以上に強く思ったのは、言うまでもない。

 

「じゃあまた明日な、樹。歌手になったらファン1号は俺だからな。」

 

「……もう。」

 

 

相変わらずからかうように笑う紅葉。だが、案外悪くない。樹は胸の暖かさを心地よく思いながら、姉の居る家へと軽やかになった足で向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

樹の後ろ姿が消えるまで見届けたあと、あの言葉の続きを思い出していた。

 

 

なあ、樹。

 

どうしてお前だけは大丈夫なのかって言う理由、やっと分かったよ。

夢の無い俺は、お前の眩しい夢に嫉妬してるんだ。子供への嫌悪感以上に、樹が羨ましくて仕方がないんだ。

 

 

 

 

―――まあ、言わぬが花か。

 

 





次回:『煮干しなアイツがやってくる』
お楽しみに
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