【完結】先人紅葉は一般人である   作:兼六園

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ちなみに主人公をよくある『勇者と一緒に戦える男主人公』にしなかったのは、戦いが始まったことも何があったかも認識できないキャラ視点で書けば戦闘シーンを書かなくて済むからです。

楽したいんです許してください、必ずや完結させますから。


九話 三好夏凜は勇者になる

 

 

静かな病室で、機材の電子音と呼吸器で籠った呼吸の音が規則的に鳴っている。

死んだように眠っている紅葉をじっと見ている暗い顔の夏凜と、無理に笑顔を崩さないようにして口角が歪んでいる歌野が、勇者部メンバーから代表で、紅葉の見舞いに来ていた。

 

 

「―――ごめん」

 

重々しい雰囲気の中で、それを破って夏凜が歌野へ謝罪を述べる。

 

「どうして?」

「私の家の近くでの出来事だったから。なんとなく嫌な予感がして確認しに行ったら、こうなった。もっと早くに向かうべきだった……せめて途中まで送るべきだった。勇者として民間人を守るのは当然の事なのに、そうすればこんなことには―――」

 

「夏凜」

 

横に座る夏凜を、歌野は静かに優しく、妹に接するように抱擁する。

 

 

「『もし』『たら』『れば』なんて、何の意味もないわ。後悔は先に立ってくれないの。貴女は紅葉を病院に連れていって、そして命に別状は無かった。今はそれを喜びましょう?」

「…………うん」

 

 

夏凜は、本当にごめんと頭の中で反芻する。

何故なら勇者部の皆には、『紅葉が刺されて倒れていた』としか伝えていないからだ。

 

街灯が切れているのを利用した通り魔にやられたのだろうと説明し、夏凜はゴミを捨てに降りたら物音がして、見に行ったら紅葉を発見したのだと嘘をついた。

 

 

いや、紅葉と同等に勘の鋭い歌野には、既に見抜かれているのかもしれない。尤も、本当の事なんて伝えられるわけも無かった。

 

『自分の兄貴かもしれない大赦の職員が紅葉を刺して消えた』だ等と、誰が言えるものか。

 

 

「貴女のそんな悲しい顔なんて見たらそれこそ卒倒しちゃうわよ、紅葉、結構貴女のこと好きみたいだから。」

 

ツインテールに結ぶ余裕すら無いストレートに下ろした夏凜の髪をとかすように撫で、涙の痕が残っている頬を指でなぞり、続ける。

それは、夏凜の悩みが塵芥に消し飛ぶ勢いを持っていた。

 

 

「紅葉ってね、仲の良い人は私以外には勇者部の4人しか居なかったのよ。男の子が同性の友達より異性の友達の方が多いって変なのだろうけど、夏凜で5人目。

まさか紅葉がここまで貴女を好きになってくれるとは思わなかったわ。」

 

「――え?」

 

「あら、気付かなかった?この人結構、皆にわかりやすく好意を向けてるのだけど……」

 

「え゛」

 

勢い強めに、それでも突き飛ばすことなく離れ、歌野と紅葉を交互に見る。

刹那、顔を赤くして叫びそうになるも、残った理性が口を押さえた。

 

 

「ぁ―――――!?」

「……ソーリー、そんな驚くとは。でもまあ、紅葉のそれ(好意)って、家族とか友達とか異性に向けるのがごちゃごちゃな、全部ひっくるめてのそれなのだから複雑よね。」

「……なんで分かるのよ」

「付き合いが長いと自然に……ね。」

 

 

嬉しいような悲しいような、複雑に混ざった視線を紅葉に向ける歌野。夏凜は、想像以上に二人の関係が難しい関係だと言う事に気付いた。

ふと気になって、歌野に問う。

 

 

「あんたは、紅葉の事をどう思ってるの?」

 

難しい質問ね。と、歌野は笑う。

 

「強いて言うなら――――同類、かしら。」

 

 

 

 

 

 

 

昔の私が先人紅葉に出会ったのはまだ5歳の頃、大体8年前の話だ。

物心ついた3歳の時から、畑をクワで耕すという行動が魂に刻まれているかのように農具と土が大好きだった私は、親に渡されたオモチャの農具で畑を耕すごっこ遊びに興じていた。

 

それから2年、5歳になった私は本格的にクワを振り、地面を耕し、市販の種を埋め、育てる。

簡単なモノなら一人で育てられる程度には、立派に農家と化していた。

 

そんなときに、隣の家に先人(さきひと)と言う聞きなれない名字の家族が引っ越してきた事を知り、両親と共に挨拶に向かった。

 

 

今と変わらず『農業王』と、つたない手書きで書かれたTシャツに長ズボンと言うファッションセンスの欠片もない(ダサいのは自覚している)格好で。

 

 

幼くも今の面影が残った子供、先人家の一人息子こと紅葉がゲテモノを見るような目で自分を見てきたのは、今でも覚えている。

 

 

「ほら紅葉、お隣さんにご挨拶なさい。」

「えぇ……いや、はい。」

 

渋る紅葉に母親が頭に手を乗せる。

それだけで手のひらを返して私に近付いた紅葉は、嫌々と言った顔を惜し気もなく晒して歌野へと手を伸ばす。

 

「先人紅葉、よろしく。」

「白鳥歌野です。よ、よろしく……」

 

幼稚園には行かず、家で文字や簡単な算数を教わっていた私からすれば、紅葉は初めての同年代の異性だった。寧ろ何故当時の紅葉はこんなにも冷静だったのか、親の遺伝なのだろうか?

 

ぎこちなく紅葉の手を軽く握ると、私は『ん?』と言った紅葉に強めに手を握られた。

 

「ひゃっ!?」

「手ぇ固いな。なんかやってるのかお前」

 

 

親指で私の手のひらをさする紅葉。クワを振ったことで出来て固くなったタコなどで、女の子にしては私の手はかなり頑丈だった筈だ。

 

紅葉はそれが珍しかったのだろう、私の手を触るのを紅葉のお父さんに加減した拳骨を食らうまで続けていた。

 

「いってぇ」

「べたべた触るんじゃない、自分が男なのを自覚しろ馬鹿者。」

「それが息子の扱いかよ……あーいった」

 

歌野の両親と紅葉の母親が談笑する横で、紅葉のお父さんが膝を折って私に目線を合わせる。

 

今の紅葉に似た顔立ちな辺り、紅葉は相当父親に似たのだろう。

 

「歌野君、紅葉はこんなんだ。大きくなったら、君が引っ張ってやって欲しい。」

「え……で、きる、かな……」

「出来るさ。君はきっと紅葉より強くなれる、女の子に言う言葉では無いだろうけどね。」

 

そしてフッと笑って私を見た紅葉のお父さん。あの時の言葉が、今ならよく分かる。

 

 

「親父、俺の横で堂々と言うなよ。」

「ならもう少し異性に優しくなりなさい。」

「やだ、女って怖い。」

 

「……母さんと女の子を一緒にしてはいけない。」

 

「おいよせ俺まで巻き添えになるだろ馬鹿」

 

「―――――。」

 

 

紅葉のお母さんが、言葉にするのも恐ろしいほど物凄い顔をしていたのを私は今も記憶している。

 

 

 

 

 

 

「と言うか、あの顔は未だに夢で見るわ。」

「そこまで言われると気になってしょうがないんだけど」

 

記憶を掘り返していた歌野は、無意識に閉じていた瞼を開く。そこは紅葉と初めて出会ったあの場所ではなく、アルコールや薬品の臭い漂う病室だった。

 

現実に引き戻された歌野は、カッと目頭が熱くなるのを自覚する。

 

 

「……これが紅葉との出会い。良くも悪くも、とんでもない初対面だったなぁ。」

「昔の紅葉ってなんと言うか、普通に男の子だったのね。」

「そうねぇ、今より暗かったけど、でも今よりずかずか人の心に入ってきて相手を引っ張り出してくる人だったわ。」

「その相手って、あんたでしょ?」

「ふふっ、分かる?」

 

 

のろけか、と夏凜はツッコミを入れそうになるが、深く深呼吸した歌野がガラリと雰囲気を変えるのを見て口をつぐんだ。

夏凜は重い話が来ることを覚悟し、持ち込んだペットボトルの水を飲む。

 

 

「―――でも、楽しかったのはそれから小学校6年の時まで。夏凜は知ってるかしら、瀬戸大橋のあの大事故を。」

「……ええ。今も記憶に新しいわ、未曾有の事故で、8()人の行方不明者が出たって――――っ歌野、まさか……」

 

息を呑む夏凜は、気付いたのだ。そして咄嗟に歌野の膝に置かれた手を掴む。

 

言わなくて良い、わかったから、と。

 

それでも歌野の覚悟を無下には出来ず、悲痛な顔で声を絞り出す歌野を止められなかった。

 

 

「……私の両親と紅葉の両親は、お隣同士で旅行に出た時あの事故に巻き込まれたの。私と紅葉を橋から離れた所に置いて、四人と、他の夫婦らしき人とで避難を手伝いに行った。でも、お父さんとお母さんは―――そのまま帰ってくることは無かった。」

 

「―――っ、あ……」

 

 

だから、同類。

両親を失った者同士の関係。

 

ぐちゃぐちゃになった感情を必死に抑え、泣くまいと表情筋を張り続ける。

 

こんな顔を、中学生にさせていいのか。夏凜はそう思わずにはいられなかった。

顔に出さず、心で泣いている歌野にどんな言葉を掛ければいいのか。

 

同世代との深い関わりなんてものは勇者部に入ってからの数えるほどしかない自分に何が出来るのかと、歌野の手を握ったのとは逆の手を、血が滲むのではと言うくらい強く握り締める。

 

それでもどうにかしないと。そんな思いやりを持てるのが、三好夏凜の善人足る美点だった。

 

 

「歌野―――あー……その……ねえ泣かないで、紅葉が起きたら驚いちゃう。」

 

 

考えに考えを重ねて、慎重に慎重を重ねた結果、歌野に言われた事をそのまま返す事にした。

歌野は目を見開くと、目尻に溜まった涙を一筋だけ流し、夏凜を見て笑みを浮かべる。

 

 

「―――夏凜、ありがとう。」

「アタシには、こんなことしか出来ないから」

 

涙の痕を隠すように、歌野の頬を手を握っていた方の手のひらで包む。

 

歌野はただ、『暖かい』と、そう思った。だからもう、過去を思い出すことなんて怖くない。

 

 

「紅葉はあの事故の後、病院での検査が終わって家に帰って、その次の日から平然とした顔で、土弄りすら出来ないほどに心が死んでいた私を見てこう言ったわ。」

 

 

 

『珍しいな、畑馬鹿のお前がクワを握ってないなんて』……と。

 

 

 

「……いくらあの紅葉でも、それはおかしいわよ。」

「ええ……紅葉があんな風に明るくなったのは、口調が軽くなったのは、きっと私にとって、紅葉のお陰で一時的だった『心の死』が、ずっと続いているから。」

 

現実から逃げるのではなく、全てを受け入れたから。

親の死から逃げなかったから、何処にも逃げられなかったから、紅葉は心を守るために()()なったのだろう。

 

夏凜がつい紅葉の顔を見てしまったのは、仕方のない事だった。

 

年相応に眠り続ける男の子。事ある毎に風や自分をからかい、苦手と謳う年下の樹を本当の妹みたいに尊び愛で、友奈の天然っぷりを窘め、東郷を頑なに『美森』と呼ぶ。

 

そして分かりやすいほどに歌野をただシンプルに愛している、ただの男の子だ。

 

 

そして、本来夏凜が守らなければならない市民の一人だと言うことに、愚かにも今漸く気付いた。

三好夏凜はもう迷わない。

 

 

 

「歌野」

「……うん。」

「私は大赦の勇者を辞める。そして、勇者部の勇者として戦うわ。皆を守って、仲間を助ける。」

「―――そっか。」

 

夏凜は誓う。紅葉を守ろう、と。

負担を少しでも肩代わりしよう、と。

 

 

―――自分に人との触れ合いがこんなにも暖かく心地好い事なのだと教えてくれたこの人に、また名前を呼んで欲しい、と。

 

 

 

そして、何時か紅葉の死んだ心を生き返らせて、心の底からの笑顔を拝んで見せる。

 

 

心に刻み付けるように、少女はそう決意した。

 





まるで夏凜が主人公で紅葉がヒロインのようだぁ……
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