勇者にならないなら頭を回せば良いじゃない、と。マリーアントワネットよろしくな脳筋思考
胸騒ぎの感覚に従って、叩き割るように屋上の扉を開ける。
屋上に設置された勇者の帰投地点である祠の近くに、6人の勇者であり部員の少女達が居た。
―――半数以上が倒れている以外は、いつも通りだった。
「…………あら……紅葉……」
「歌野、お前達どうしたんだ……」
疲労困憊で壁に背を預け座り込む歌野は、眠るように意識を失っている風を。同じように座っている夏凜は、意識の無い樹を膝枕している。
「ちょっと敵が手強くて……私と夏凜以外が……使ったのよ……」
「―――満開したのか。」
「ええ……一応生きてるから、安心して……」
「わかった、眠いなら寝ていいぞ。」
眠そうに目蓋を落とした歌野は、何も言わなくなった。俺は樹の髪を梳すように撫でている夏凜に駆け寄る。
「夏凜も無事……じゃないよな。」
「全くよ……流石のアタシでも、結構ヤバかった……」
「……お疲れさん。」
労うように頬を擦り、目元の涙を拭う。
普段とは考えられないほど弱っている夏凜は、それだけで歌野と同じように眠りについた。
腕を枕に眠る友奈と車椅子にのったままぐったりしている美森、歌野と夏凜に膝枕されている風と樹。死屍累々、満身創痍、ネガティブな四字熟語が頭を過っては最悪のイメージが湧く。
―――たった一度の戦闘の、たった一回の満開でこうなるのか。
遅れて屋上に現れた大赦の医療スタッフに6人が運ばれていく様子を見ながら、俺は凄まじい無力感に苛まれていた。
思い上がっていた。
おかえりと言ってやれる?
帰る場所になれる?
ただ、それだけ。勇者と戦えない、守れない、こうやって傷付いて行くあいつらをただただ見ているだけしかできない。
「―――――。」
下手に善意のある人間だったら、満開なんてするなと言っていただろうし、戦うなとも言っていた。だが止めなかった。
友奈達が俺の言葉程度で止まるような奴等じゃないからと諦めていたが、ああ、そうだな。止める努力もしてなかった。
自分は戦わなくても良いのだと、心の底からホッとしていたのだ。
それに―――バーテックス。人類の敵、進化するモノ。何故大赦は、死のウイルスの進化個体である存在にバー
あいつらには知性がある。
1体では負けるからと2回戦で3体投入し、間が空いた時は斥候で1体だけ投入し、6人相手では勝てないと理解し、恐らく今回で7体全てを差し向けてきた。
勇者との戦い方を学習し、最適化し、殺し方を身に付ける。あいつらは―――歌野達は、きっとまた満開しなきゃいけなくなる。
満開すればするほど強くなるからって、進化を続ける敵と戦うなんて、まるで勝つ条件の無い消耗戦をやらされているようなもの――――――
……?
――――――もう戦いは終わったのに、何故俺はまだ続く前提で考えているんだ……?
魂が騒ぐ。脳が警鐘を鳴らす。備えろ。終わりではないと、蝕むように五月蝿く奏でる。
きっと終わりじゃない。寧ろここからだとすら思える。そう考えていると、なんだかさっきのネガティブ思考が馬鹿らしく思えてきた。
―――やってやる。全員生き残らせて、世界の平和も保たせる。
凡人を舐めるんじゃない。
◆
「杞憂だったくらいピンピンしてんなお前ら。」
俺もお世話になった例の病院に向かうと、歌野と夏凜を除いた4人は集まって勝利祝いのプチ宴会を開いていた。なーにが『凡人を舐めるんじゃない』だよ、もー俺ったら恥ずかしいんだ。
「あら紅葉、遅かったわね。ほらアンタの分」
「……風、その眼帯どうした」
「あーこれ?満開と激戦の疲れが溜まってるんだって、ちょっと視力がね。」
俺の分の缶ジュースを手渡してきた風の左目には、眼帯が貼られていた。美森が言うには満開をした勇者には疲労の蓄積が何かしらのダメージとして体に残っているらしい。
友奈と美森はまだわからないが風は左目の視力、そして樹は―――――声帯。
風の
「そういや牛鬼とかはどうなるんだ?」
「……勇者システムも精霊も、戦う必要が無くなった以上は持ってても意味がないんだって。」
「もう会えないのか。最後に一撫でくらいはしてやりたかったんだがなぁ」
「うん、私もそうしたかった。」
珍しくしんみりとした雰囲気の友奈。自分より俺になついていると良く嫉妬していたが、家にいるときは独り占め出来た分愛着も一際だったはずだ。寂しくないと言えば嘘になるに決まってる。
「あたしももっと犬神をモフりたかったワ」
「あいつも俺になついてたな、お前より」
「……それは言わないで。」
木霊に頭の上で跳ねられる事もなくなるし、犬神の毛並みを堪能できないし、牛鬼の止まり木にされることも無くなって、戦う必要も無くなり、これからはただの勇者部として過ごして行く事になるのか。
懸念としては―――相手が化物だとしても殴り、斬り、撃ち、刻み、打つ感触に慣れた少女が、何の変哲もない日常をこの先純粋に謳歌できるのかが疑問である。
それはそれとして。
「風も樹もお前らも……治るんだろうな?」
「大丈夫だよ紅葉くん、お医者さんもゆっくり疲れを取れば治るって言ってたもん!」
「そうですよ、心配性なのは美点ですが、し過ぎは相手を不安にさせてしまいます。」
「うーん、まあそうだな。」
同意するように話せない樹は首を縦に振る。そこまで言われては何も言えないし、そういうことにしておいてやろう。だが、ここで終えていたらただの美談なのだろうが―――事も無げに言い放った風の言葉で、俺の理性を感情が上回った。
「それに私たちは世界を守ってるんだからね、これくらいは名誉の負しょ――――「やめろ」
言葉を遮る為に両手で風の頬を押さえる。
「も、みじ……?」
「傷付いたことを誇りに思うな、お前は女の子だろうが―――――顔に暫く残るモノがあるのに平気で居るんじゃない!!」
「ひっ、う―――」
まさか本気で怒られるとは思っていなかったらしい風は、完全に怯えていた。
―――あーあー、なにをやってるんだ俺は。
「……すまん、帰る。療養しろよ」
「あっ―――紅葉くん!」
友奈の声を無視して、俺はジュースを飲み干しゴミ箱に投げ入れてから急いで休憩室を後にした。
『もうちょっと怪我しないように立ち回れないのかお前はよぉ、救急箱片手に帰りを待つこっちの身にもなれや。』
『この程度、直ぐに治る。それに我々は世のため人のために戦っているのだからこんな傷は名誉の―――あだっ』
『次名誉の負傷だなんだとか言ったら強めに叩くぞ。』
『なにをする!?』
『うーんこの脳筋、あとちょーーーっとで良いから自分が美少女なの自覚して?その柔肌に傷が残ったら俺も■■■も申し訳ないんだよ分かれよ。』
『び、美少女……』
『世辞だよばーか』
『…………そこに直れ!!』
『やーだー。』
―――世界を守ると言うなら無事に帰ってきてほしい、でも傷付いてほしくない。そう考えるのは俺のわがままなのだろうか。
◆
紅葉が居なくなった休憩室。何を言ったらいいのか分からないでいた風は、背後に回った樹にポコポコと背中を叩かれていた。
「ちょっ樹、いたたたたた……」
「先程のアレは風先輩が悪いですよ。」
「紅葉くんがあんな感じで怒るの、私初めて見ちゃった。」
「……正直めちゃくちゃ怖かったわ……」
未だに体が震えている風を見て、美森は言う。
「でも、ああやって本気で怒っていたと言うことは、それだけ風先輩が心配だったという証拠なのではないでしょうか。」
「あたしが心配…………ねぇ。」
「例えば私の足のこれが、事故ではなく戦いでの負傷だったとして……風先輩はそれに対して『名誉の負傷だ、誇りに思え』と、そう言いますか?」
「そんなこと言うわけ―――ああ、そういうこと……」
風は美森の動かない両足を見る。事故で記憶と同時に失った足の機能が戦いで失ったものだとしても、それが名誉な訳がない。
紅葉はいずれ治るとしても、目を隠した眼帯を周りに見られる事になる風に、強がられたくなかったのだ。
「紅葉が、あたしを心配―――かぁ。」
ぼそりと呟いた自分の言葉で、風は心臓の辺りが熱くなるのを認識していた。
「……あれ、なんだろう……これ……」
風がその熱さの正体に気付くまで、大して時間を必要とはしなかった。
ついでに樹の叩く力が増した。
「―――――!!」
「普通に痛いから!止めなさいってコラ樹!」
「紅葉くんモテモテだね。」
「人にも精霊にもとは、また贅沢な……」
◆
「……んーーーーー。」
やってしまった。
力も無いやつが有る奴に偉そうに説教か、良い身分だなぁ。
でも風が部員と妹優先で自分の事を後回しにしている性格にイラッと来たのは事実な訳で。
……蓄積して表れたダメージは疲れを取れば治る、ねぇ。その言葉を嘘臭いと思ってしまうのは、俺がただ大赦嫌いだからか。
そんな事を考えていると、廊下に設置されたベンチ座っている少女が咳き込んでいる場面に出くわした。
「けほっ、こほっ……」
「おい大丈夫か。」
「こほっ……は、はい……」
うん大丈夫じゃないね。帰ろうと思ってたのにこう言うのに出会っちゃうんだから、俺の不幸体質も中々だよな。
少女の背中を軽く擦りながら、解決策を練る。
「あー、えー……そうだな、ちょっと待ってて。」
急いで自販機に走り温かいココアを買ってくる。少女にプルタブを開けたそれを渡し、飲むように促す。
咳が止まった間に飲ませて背中を擦るのを続けると、数分後には少女の咳が治まっていた。
「あれ……咳が……」
「カフェインには咳とか喘息を抑える効果があるらしい。効いて良かった、咳止めとか持ってないのか?」
「……苦いから飲みたくないんです。」
まあわかるけどさ。漸く俺の体が慣れてきたのか、子供である少女に嫌悪感は無いし触っても鳥肌が立たない。
「またこうなったらいけないし、次からはちゃんと飲もうな?」
「……ごめんなさい……ありがとうございます」
「良いよ、あー…俺は先人紅葉。嬢ちゃんは?」
「私は……私、は……」
口ごもる少女は、少しして意を決したように答えた。その目には見覚えがあり、その声には聞き覚えがある。
「私は―――
儚げな雰囲気で少女は言う。
この間の球子の時のように、少女のその姿は俺の魂を大きく揺さぶった。
東郷さんにとてつもない皮肉を言わせてしまった事に書き終わってから気付いた。
そしてワザリングハイツさん、登場。