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ノーマ・グッドフェローは現在進行形で死を目前にしていた。
魔術協会の依頼、発生した第七迷宮の探索。代々魔術遺跡捜索者の家系であるノーマはそれの捜索隊に抜擢されたのだ。別に彼女に才覚があった訳ではないが、一応は続いている家系、それと恐らくは数会わせ的な物もあり、彼女は探索隊の一員として同行している。
迷宮の探索メンバーはかなり大規模で、名家の出身は勿論、ノーマのような同業者や、『有事』の際に真っ先に戦うだろう血なまぐさい連中までいる。極地と言っても過言ではない第七迷宮に相応しい人選だ。
どちらにせよ、自分のやることは命令されたことを細々とやるこしかない。そうノーマは思っていた。
だがその探索隊は、迷宮に入った途端に全滅してしまった。
敵対勢力がいること自体、それほど驚くには値しない。どんな魔術遺跡も神秘が高ければ高いほどその防御は生半可な物ではない。その為にノーマ達のような探索専門の魔術師がいるし、万が一の戦闘時も多くの場数を踏んできた魔術師もいる。
しかし現実は冷酷、悲惨だった。たった一匹の蛇。世界最大の蛇の数十倍は巨大な蛇型魔獣によって捜索隊はあっさりと全滅。
ノーマの目の前には多くの仲間を丸呑み、胃袋へと納めた大蛇がいる。
本能のまま逃げまどっていたので殆どの装備を落としてしまい、体力も底を尽き、目の前で大蛇がいれば精神力も消える。探索の鉄則、冷静さを欠けた行動はそのまま死に繋がるということを思い出した時には全てが遅い。
巨大な蛇は獲物を補食する際、その蛇体で締め上げ、獲物の体力を奪ってから丸呑みする。
しかしそれは一般的な大蛇のみで、この生き物は幻想種。ノーマの身体を噛み砕かんばかりに口を開け、その腹に納めようとしていた。
ノーマにできるのは、ただひたすらに震え上がるのみ。頭の中には打開策どころか走馬燈すら見えない。自分が死ぬのだという実感すら持てず、ただただ自分の死を見つめ、怯えた。
突然右腕に痛みがはしった。ここまで逃げてきた際、何回も転んだが、それは恐怖によって殆ど消し飛んでいる。それなのに、その痛みだけははっきりと感じることができた。
瞬間、世界が一変した。
閃光のような強烈な光が視界を塞ぐ。次いで強大な魔力が直ぐ近くで渦巻くような錯覚を覚える。生き残った探索隊の誰かが自分を助ける為に大規模な魔術を行ったのか。と考え即座に否。と返答する。自分を助けれるくらい余裕のある『魔術師』ならば、少しでも魔力の消費を少なくするべく行動する。
若干、自分の身体が重く感じた。これまで走ってきたのは確かだが、自身の内包された魔力、それが何処かへ流れている感触。
音がした。
何かが地面に落ちる音。ドサリ、だろうか。ノーマは少し逃避気味に思考し、恐る恐る目を開ける。
光は止んでいた。
大蛇は、変わらずこちらに向けて口を開けている。違うとするなら、その胴と首が別れ、力なく横たえている所。
だが、ノーマの目を引いたのは死んだ大蛇ではなく、自分の前にいる男だ。
鍛え抜かれ、引き締まった身体に、赤い外套と白い髪。手に持っているのは左右色の違う双剣。後ろ姿からはそれくらいにしか判別がつかないが、どちらにせよ彼がこの大蛇を倒したのだ。
これが探索隊の生き残りなら、どれほど良かっただろう。
だがノーマの目には、その男から放たれた人間では無い魔力が視えていた。自分の頼りにもならない魔眼が、はっきりと男の纏う神秘に反応している。
サーヴァント。過去に活躍した英雄を、一時的に位にはめることで使役する存在。使い魔の最上位と言っても過言ではない。
「やれやれ。模造された聖杯戦争だからと言って、偽物を使役させるとは。座も余程人手不足と見える」
男はゆっくりとこちらへ向き直った。褐色の浅黒い肌に、鷹のように鋭い目。口元には自嘲気味な笑みが浮かんでいる。
「問おう。君が私を呼び出してしまったマスターかね?」
召還早々、目の前に敵がいるという状況で、アーチャーは即座に行動を開始していた。
目の前の大蛇は、確かに魔術師相手では脅威だ。その神秘はさることながら、純粋に巨体を活かした攻撃というのは戦闘では大きな優位になり得る。
だが、それは相手が人間であった場合だ。
自身の両手に、二振りの夫婦剣を投影。馴染みの感触に浸ることなく、獲物を補食せんとする大蛇の頭部へと振り下ろす。
幻想種の生き物である大蛇は、自分の死を見ることも無くその生を終えた。
他愛も無い。というのは少し誇張がある。仮にも相手は幻想種。肉体のスペックだけなら相手の方が上かもしれない相手だ。自分が勝てたのは大蛇が『人間』を相手にしていた事。そして自分の実力と、運があっただけ。
現界した瞬間、聖杯から送られてくる情報に思わず苦言が出た。
亜種聖杯。本来行われる筈の本物の聖杯戦争を、何処かの魔術師が疑似的に再現したもの。出てくるサーヴァントも格が低く、七騎全ては揃わない。よくて四騎か五騎。その上願いが叶うかどうかも怪しい聖杯と来た。
「やれやれ。模造された聖杯戦争だからと言って、偽物を使役させるとはな。更に賞品まで欠陥品と来た。座も余程人手不足と見える」
後ろへ振り返る。供給される魔力を通じて、自身のマスターは直ぐに見つかった。この聖杯戦争の様式上、巻き込まれたという訳ではない。恐らくは何処かの魔術師ではあるが、戦闘には不慣れな人間なのだろう、尻餅を付き、目の前に起こった事が信じられないとばかりにその眼は見開いている。
少しだけ、既視感が抱けた。記憶が磨耗し、殆ど消えてしまっていても覚えている記憶。それによく似た構図だ。
あの時の彼女は、自分のことをどう見ていたのだろうか。
「問おう。君が私を呼び出してしまったマスターかね?」
アーチャーはマスターへ問いかけながら、観察する。
マスターは明らかに怯えていた。問いかけにも返事ができず、震えた身体でこちらを見上げている。大蛇から逃げ、更にサーヴァントの召還という重労働で疲弊しているのもあって、そう簡単には自分が無害であることを説明できそうにない。
さて、どうするか。
この迷宮、アルカトラスの第七迷宮は至るところに罠が張り巡らされ、幻想種が彷徨いている。こうやって無策に立ち往生していてはいつどこから狙われるか分かった物ではない。今も近くでこの幻想種のような気配は感じられる。
非常時の際、一番に率先すべきなのは安全な場所を見つけることだ。
アーチャーはそう判断し、思考停止状態のマスターを抱えた。マスターは暴れず、というか状況が読み込めておらず目を白黒させている。
「すまない。今は我慢してくれ」
そう言ってアーチャーは地を蹴る。マスターは首根っこを捕まれた子猫よろしく静かだ。というよりパニックを通り越して頭が真っ白になっている。自分を見ていた目は、正体不明の存在に恐れているというより、強大な存在に怯えていると言った方が良い。だからと言ってこんな場所で相互理解の会話を挟む程アーチャーは自分の能力を過大評価していなかった。
サーヴァントの脚力で気配から一定の距離を置き、アーチャーは、適当な場所で自分のマスターを下ろした。安全な場所、というよりかは少なくとも敵が近くにいない場所だ。細い通路にできた小さな部屋、そこに座り込んだマスターは、恐る恐る、と言った感じで口を開いた。
「あ、あの・・・・・・」
「礼ならば構わない。私は君のサーヴァントだ。マスターを助けるのは当たり前とも言える。まあ、私を呼び出したと言う間違いを除けば概ね君は幸運だ。今は自己紹介よりも、君自身の英気を養った方がいい」
皮肉混じりに休めと暗に言う。どう見てもマスターが落ち着いているとは思えないし、目の前の小娘が自分に抱いている視線、英霊と言う畏怖すべき存在に向けられた視線なのが少し可笑しかった。英霊、と言えば高次な存在、古代の勇者や救世主を思っているのだ。自分のような反英霊が、神話の英雄のように見られるのは悪い気分しかない。
「マスターって、私が?亜種聖杯の?」
恐怖よりも驚きが勝ったような声だ。だが、絶望にまみれた迷宮の中で一秒も早く混乱を脱する良い機会。アーチャーはそうだ、と答え、簡潔に状況を説明する。
「今回の聖杯戦争はどうやら不完全な物らしいが、私はアーチャーのクラスだ。とはいえ、迷宮探索に駆り出されるとは思わなかったが」
今回の聖杯戦争はかなり異質だ。亜種聖杯という不完全な聖杯は勿論、この迷宮の性質は通常の聖杯戦争とは明らかに違う。階層を彷徨く幻想種、深奥の亜種聖杯、それらを狙う魔術師と、サーヴァント。迷宮攻略と戦争を同時に行わなければならないのだ。
「私が、私が・・・・・・どうしよう」
「見たところ魔術師のようだが、君は亜種聖杯を求めて参戦したのか?」
「私は、その・・・・・・探索隊で」
まだ完全には落ち着いていないが、マスターは何とか喋れるようになっていた。辿々しい口調だが、身につけている物はそれなりに探索用に適した装備をしている。
「ふむ、成る程。大体状況は分かった」
アーチャーは腕を組んで、マスターからの説明を整理した。
「つまり君は迷宮の探索隊に入っていただけで、亜種聖杯を求めた訳じゃないのだな」
「え、ええ」
彼女の纏う雰囲気はどんな犠牲を払ってでも聖杯を求めんとする魔術師ではなく、単純に現状からの脱出を求めている。サーヴァントたるアーチャー自身も模造品の劣化品に願う物など何一つ無い。仮に彼女が脱出したい、と言うのならばさっさとそれを済ませてたいが。
「最下層まで下なければならない、か」
迷宮へ入ってきた道は堅く閉ざされている。物理的にも魔術的にも遮断された空間に、この迷宮はある。無理矢理脱出する方法をアーチャーは持っていたが、今のマスターから送られてくる魔力は不十分だ。最悪両者共に魔力切れで倒れる可能性もある。
「脱出するのに踏破する必要があるとは、この迷宮を造った者の趣向が分かる。ほとほと面倒事を押しつけられるな私は」
「あなたは、その。亜種聖杯が欲しくないの?」
アーチャーの態度に、ノーマが疑問を投げかけた。目の前の英霊が自身が思っていたであろう予想を裏切るような気軽さに、何とか会話できるまで意識が戻ってきた。冷静になりつつある思考の中で、このサーヴァントが安全であるかどうかを知りたかったのだ。サーヴァントは願いを叶える為に召還に応じる。亜種とは言えど、それに望みをかけるには十分だ。その望みの為ならば、魔術師らしく他人を裏切ることも。
だがこのサーヴァントはどちらかと言うと聖杯自体には興味が無いように見える。アーチャーは「そうだな」と肯定した。
「私に望みは無いよ。あるいは何処かの時代に召還されればできていたかもしれないが・・・・・・まあ今回は無いだろう。それでもマスターの指示には従う。少なくともやる気が無いわけでは無い。全力で君を外へ送り返そう」
「それは・・・・・・どうもありがとう」
マスターは立ち上がろうとしたが、身体がふらつき倒れそうになった。アーチャーはそれを優しく支える。
「召還で魔力と体力を使い果たしたのだろう。今敵の気配はしない。しばらく休むといいマスター」
「・・・・・・ノーマ」
「?」
「私の、名前。ノーマ・グッドフェロー」
それだけ言うと、ノーマは倒れるように眠ってしまった。
アーチャーは彼女をゆっくりと地面に座らせ、周囲を警戒する。
「ノーマか。良い名前だ」
魔術師としては中の下。マスターとしてはまだまだ未熟。それでも悪い人間ではない。会ってまだ数刻と経っていないが、それだけは感じ取ることはできた。
「やれやれ。半人前のマスターを抱えるとは。彼女の気持ちが今になって分かるよ」
アーチャーは溜息混じりに、そう呟いた。
目を開けたノーマは、見知らぬ天井に疑問符を覚え、目をこすりながら身体を起こした。
寝起きのせいか、頭が回らない。視界を回し、石造りの小さな個室にいることが分かった。しかし何で自分はこんな所にいるのだろうか。
と、自分以外の人間の後ろ姿が見える。
「起きたか」
こちらが起きたのを感じ取ったように、その人物は振り返った。赤い外套に浅黒い肌。それを認識し、ようやく自分の記憶がゆっくりと戻ってくる。
「・・・・・・あ、アーチャー」
そうだ。彼は自分のサーヴァント。そしてここは迷宮の中だ。こんな貧弱な魔術師が、サーヴァントを喚び出して使役している。夢かと思いたかったが、どうやら夢ではないらしい。
「その顔を見ると記憶喪失という訳でも無いようだな。生憎水の類は少ししか確保できなかったが」
そう言ってアーチャーは水筒を放った。慌ててノーマはそれをキャッチする。容器に入っていたのは水だ。
「君が寝ている間に、少し周囲を斥候してきた。恐らく君と同じ役割を担った人物の物だろうが・・・・・・もうその人物には必要はあるまい」
それの意味を、ノーマは察する暇が無かった。ジッと小瓶を見つめる。
「これ、鞄の中に入ってなかった?」
「ああ、その通りだ」
アーチャーは隅に置かれた探索鞄を指さす。それを見た瞬間、ノーマはこの迷宮に入って初めての歓喜に包まれていた。
「良かった・・・・・・これが無かったらどうしようかと」
「もしや君の私物か?」
アーチャーの問いにノーマは肯き、中身を調べる。
ある。探索に必要な装備は勿論、食料品や水、それを確保する道具も。
水筒の水を飲むまで無く、ノーマの意識は完全に覚醒していた。
「よし、では私からも知っていることを説明しよう」
探索鞄の中にある携帯食料を頬張りながら、ノーマはアーチャーの説明を聞く。
亜種聖杯。アインツベルンの第三魔法、聖杯を疑似的に再現したもの。
各地で亜種聖杯は造られているが、どれも粗悪品ばかりで儀式が成功したとしても願いが叶えられるかどうかも分からず、下手をすれば高濃度の魔力が暴走するだけという、魔術師にとって分の悪い賭けだ。
この迷宮にある亜種聖杯も、その仕様は変化はない。しかし、四騎全てのサーヴァントを消滅させる必要はなく、四階層ある迷宮の最下層まで行くことができればその魔術師に亜種聖杯が渡る。
「つまりは迷宮攻略だ。私も生前、斥候や探索をした経験があるが、ここはその比ではない。至る所に幻想種の生き物が徘徊し、サーヴァントであろうが危険な罠も多数ある」
階層から下の階層へ移動するには、番人が守る門を通らなければならず、番人との戦闘は避けられない。その番人も、サーヴァントを容易に始末できる実力を持っているという。
「一応迷宮なので礼装や触媒の類も各所にあるようだが・・・・・・ノーマ。君は守銭奴かね?」
突然の質問に、思わずノーマは面食らう。守銭奴。探索任務で各自が採取した品はその人物の物になる、と事前に言われて目を光らせていた連中はいたが、残念ながらそれらの瞳はもう何も映らない。ノーマは首を横に振った。
「それは良かった。つまり私達の目標は迷宮の脱出だ。わざわざ並みいる敵を殲滅しなくて良いし、金銭に目を眩む事もない。危ないと思えば逃げて対策を考えれば良い」
成る程、とノーマは肯く。冷静になった頭で思考すると、事態はそれほど悲惨ということではない。装備もある。頼りになる仲間もいる。いつもと同じ探索、という程楽観視はできないが、そもそも探索自体が危険を伴う。これはそう言う意味でもノーマの日常とほぼ同じだ。
「分かった。やってみる」
携帯食料が胃の中から、体中へと活気に変換されていく。まだ心拍は高いが、それでも十分動くくらいには肉体も精神も回復した。
それを見て、アーチャーは笑った。
「ああ。よろしく頼む。マスター」
ノーマとアーチャーはそのまま迷宮内を探索した。今いる場所は第一層の入り口付近。アーチャーから聞いた話だと下に行くほど徘徊する敵は強くなっていくらしい。
つまり第一層が一番弱い。しかしノーマの見る限り、一級の魔術師でも呆気なく倒される怪物が何体もうようよしている。
先ずノーマが考えたのは場所の把握だった。何処へ行けばいいのか分からない状況で、無闇やたらに動き回る必要は無い。
探索鞄から取り出した手鏡で、入り組んだ路地の曲がり角を確認する。探索用の魔術礼装は勿論あるが、閉鎖的な通路で長々と詠唱している時間は無い。結局の所サバイバルに必要なのは最新鋭の機械でも大がかりな魔術儀式でもなく、誰でも使える単純な道具だ。
鏡に反射されて映ったのは、人間ほど大きいサイズをした獣だった。兎を数十倍大きくして、かつ凶悪にしたような姿。殺人兎といったところか。大型の熊よりも巨大な体躯を揺らし、血のように赤い瞳を光らせる。
いつもなら即座にここから離れるか、殺人兎が移動するまで隠れている。しかし今は一人ではない。
「どう?」
「問題は無い。見たところ周囲に他の個体はいないようだ」
「分かった。お願い」
「承知した」
瞬間、アーチャーは一気に曲がり角を飛び出した。
殺人兎がアーチャーに気付いて身体を上げる。そのまま威嚇しようと口を開けたが、アーチャーが放った矢が頭部もろとも破壊していた。
突き刺さる、なんてことはなく、矢が頭を貫いたのだ。いまの時代の最高峰の武器を使用しても、こうはならないだろう。しかしアーチャーは相手の首を飛ばした程度で油断はしない。更にもう二射、胴体と足首へと撃ち込む。生命として首を飛ばされればどんな生き物も死ぬが、その摂理を踏み越えるのが幻想種たる所以。現に殺人兎は首を吹き飛ばされてもアーチャーに接近しようとしていた。止めの二射でやっと生命活動を終えた殺人兎が、忘れていたように地面に倒れ込む。
これが、サーヴァント。改めて自分の喚びだしたアーチャーの実力にノーマは戦慄し、また味方であることに感謝した。
「マスター」
アーチャーは、特に勝利の余韻に浸っているという風もない。その視線は頭部、胴体が吹き飛ばされ、無惨に内蔵を地面にまき散らされた殺人兎に向けられている。
「一つ聞くが、調理用品を持っているかね」
それから先、アーチャーは道行く敵を倒していった。弓兵としての特性を生かし。遠距離からの攻撃で敵の出鼻をくじき、止めを刺す。先手必勝の戦術に殆どの怪物達が反撃もせぬ間に倒されていく。
そして、血の通っている生物の死体をアーチャーは。
「いや何、さっき携帯食料を食べていたが、あれでは栄養のバランスは取れても腹は膨れまい。私もよくやったのだが、やはり現地調達こそ一番だと思うのだ」
探索において、鉄則というか。それなりの国なら一般常識でもありそうな知識を、ノーマは知っている。
「食わず嫌いは良くないなマスター。こういうのは食べれる時に食べる物だ。私も毒味してみたが、問題はない。鶏肉のような食感だ。小麦粉が無いのが悔やまれる所だが」
サーヴァントというのは、過去に活躍した英雄だ。太古の英雄というと、やはり武勇に偏った物が多い。
だと言うのに、このサーヴァントはあろうことか今の時代の料理器具を完璧に扱い、そして調理している。携帯式のフライパンや鍋程度であるが、それでもこうも手早くやっていると、もしやコックだったのではないかと思えてしまう。
あの殺人兎から何個か臓物を物色し、持ってきた彼は休憩がてらに調理し始めていた。
生肉をぶら下げながら、安全な場所が、料理できる場所が無いか探し回る英霊の姿は滑稽を通り越して呆れるところだが、ノーマはもうワンランク上、すなわち固まっていた。
自分はもしや、毒物を食べて死ぬのではないか。
そんな考えを抱きながら、アーチャーの調理を見ている。一通りの魔術はできるらしく、簡易的な火を出現させて、肉を炙りバックパックの中にある調味料を器用に使い、アーチャーは得体の知れない怪物を用いた料理を作っていく。
「さあ、できたぞ。ただ焼いて塩をまぶしただけというのは辛いが、今必要なのはエネルギーだ。食べてみたまえ」
そう言って、アーチャーはできた料理を前に満足そうに微笑む。ノーマは騙されていると実感しながら、皿に乗せられた肉を食べた。
「・・・・・・おいしい」
いや、確かに旨い。迷宮に入ってそれほど時間は経っていないと思うが、少なくとも入ってからは一度も肉を食べていない。携帯食料の栄養バランスもさることながら、やはり天然の素材を用いた方が何倍もおいしい。旨味が自然と口の中にこぼれていく。
しかしそれだけではない。
少しではあるが、自分の中の魔力が回復しているのが分かる。
「迷宮内の生命体は魔力を内包している。何でも食べれるという訳では無いだろうが、サーヴァントでも魔力を摂取できるようにだろう」
「もしかして、亜種聖杯から調理方法を教えられたの?」
「まさか。こんなのは料理とは言わない。もう少し素材があれば良いのだが・・・・・。いや探してみるか。肉があるのなら植物、果ては調味料等もあるかもしれん。ここらでレパートリーの拡大を・・・・・・」
冗談と思ったが、アーチャーの目は本気だった。この英霊は探索や脱出よりも、自身のレシピを増やすことに興味が向けられかけている。
慌ててノーマは話題を替えた。
「そう言えば、貴方の武器なんだけど・・・・・最初は剣を使ってなかった?」
アーチャーは呼んで字のごとく、弓を主兵装とするクラスだ。しかし彼は自分を助ける際に双剣を出していた。
弓兵が双剣を使う。調理をする。彼以外の英霊を今のところ自分は見ていないが、それでも少しこのサーヴァントは違うような気がした。
「そうだな。君に説明してなかった」
アーチャーはノーマに両手を見せるように上げた。瞬間、その両手には二振りの双剣が握られる。
「私はアーチャーではあるが、生前は魔術使いだった。投影魔術、というのを聞いたことがあるかね」
「ええ、まさか」
「そう。これは投影した宝具だ」
ノーマも投影魔術がなんたるかは一応知っている。
だがそれは一時的に物質を魔力で出現させるだけで、それもかなり劣悪な、時間経過によって自然と崩れてしまう脆い魔術だ。主に儀式などで足りない物を補う際に使われるような魔術。
宝具を投影する、というレベルになると論外だ。それを一つ作り、一分間その状態を保つだけでもどの魔術師でも魔力が枯渇してしまうだろう。
「勿論完全な物じゃない。型落ち品を量産できるサーヴァント、と思ってくれ」
そもそも宝具の投影自体、ほぼ魔法の領域に差し掛かっているレベルだ。そう言えば、とノーマは思った質問を口にした。
「貴方は、どこの英霊なの?」
このサーヴァントの真名。
投影魔術を行うサーヴァントなんて、聞いたことがない。アーチャーの装備を見る限りでは中華、もしくは東アジアあたりの英霊かと思ったが、持っていた弓は洋弓だ。時代が全く一致しない。それすらも投影品ならば、この英霊の真名は推測するのは困難だろう。
アーチャーはノーマの問いに少し間を置いた。はぐらかそうとしているというより、どう説明すればいいのかと思案しているように見えた。
「私に真名は無い」
「無い?」
「ああ、すまない。勿論生前の記憶はある。だがそれは殆ど欠落していて、自分でも自分がよくわからないんだ。あえて言うなら無銘、と言うことになる」
無銘。名が存在しない英霊。
嘘を吐いているようには見えない。アーチャーの顔にはどうしようも無い空白があった。記憶が無い。虫の空いた記憶で彼は戦っている?自分というものが朧気な状態で、彼は戦っているのか。
「大丈夫なの?」
「記憶が薄いだけだ。身体が戦い方を覚えているし、君も迷宮探索を生業としているのなら分かるかもしれないが、生きていくのに必要なのは記憶ではなく『生きよう』とする意志ではないか?口だけの理想よりも現実的な目標だろう?」
それはそうだ、とノーマも納得せざる終えない。人生の中で一番の窮地、スフィンクスの模造品の問いかけに答える際、自分にあったのは高度な精神力や冷静な判断ではなく、ただ生きたいと言う思いを身体が勝手に反応してくれた。そういう意味ではアーチャーの人生観は何処か現実的だ。
「まあ、私の話はあまり意味が無い。とりあえず、これからの話をするとしよう」
「下の階層へと続く門ね」
「そうだ」
迷宮の探索中、見つけた下の階層へと続く門。とりあえずノーマは一時そこから離れた。何のトラップが仕掛けられてるか分からないし、番人と戦うにしても、こちらが万全の状態でなければいけないと感じたからだ。
「あの時は伝えなかったが、サーヴァントの気配がした。状況は分からないが、番人相手に戦っているという雰囲気も無い。門を守っていると考えて良いだろう」
「サーヴァント?貴方以外の?」
アーチャー以外にサーヴァントがいるということに、驚いている訳ではない。何故サーヴァントが番人なんかをしているのかという事だ。この亜種聖杯戦争では他のサーヴァントを蹴落とすよりも、他のサーヴァントより早く最下層に行く必要がある。
つまり、ここで呑気に門番などする意味が無いのだ。番人を倒したのなら、わざわざ後続を叩き潰すよりも、適当なトラップでも設置して下に降りた方が良い。
「理由は分からない。だが、どちらにせよそのサーヴァントは敵であることに間違いは無いだろう。戦闘は避けられない」
つまり、サーヴァント戦になるということだ。一気にノーマの表情が凍り付く。アーチャーと言う頼もしいサーヴァントがいるが、自分が足を引っ張っているせいで彼は満足に実力を発揮できていない。こんな状態でサーヴァント戦を勝利できるのか。
ノーマは基本打たれ弱い。それなりに冷静な思考もできるが、いざという時は直ぐに動転してしまう気質を持っている。アーチャーの軽口と皮肉で何とか平静を保っているが、間近で行われる戦いを腕を組んで見れる程剛胆な人間ではない。
「落ち着けマスター。何も君が戦う訳ではない」
「でも・・・・・・」
「大丈夫だ、とは言えない。だが恐らくこの戦い、君の協力なくしては勝利はあり得ないだろう」
「私が?」
自分に何ができるというのだろう。何もできない。多少は攻撃魔術を使えるが、それでもサーヴァントはおろかこの迷宮にいるどの怪物にも傷一つ付けられないだろう。
だがアーチャーは「そうだ」とこちらを落ち着かせるように、ゆっくりと話した。
「マスターは只サーヴァントに魔力を供給する訳じゃない。サーヴァントを支援し、援護する。治癒魔術は使えるかね?」
「な、何とか」
「上出来だ。私は良いマスターに恵まれた」
アーチャーは笑った。
それを見て、ノーマもつられて笑う。
この人は、良い人だ。英霊というと、もっと壮大な威圧感を持った存在かと思ったが、アーチャーはまるで父親のようにこちらの背中を押してくれる。
「さて、では行くか。マスター。例え敵がどんな物でも、君が呼び出したサーヴァントが、最強でない筈が無い」