迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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皆さんゴールデンウイークは何をしてましたか?
作者は東京に行って東京駅という迷宮を探索してました!


第■階層①

「消えたか。何とも呆気ない」

 

 闇の中、男が呟いた。常に見ていた期待すべき存在が、消失した。それに対する言葉だった。

 

「予定外のイレギュラーであり、素晴らしい駒だったのだが・・・・・・やはり物事は上手くいかぬ」

 

 声には若干の悲嘆の色。それは彼女に向けられた情ではない。この迷宮内で、最も異端であるこの存在は、迷宮の中では自分以外の個体は全て下だと感じている。それは、サーヴァントに至っても同じ。

 

「だが、別に構わない。むしろ状況は楽になった。場を乱す規格外が消え、残ったのは取るに足らぬ英霊のみ。幕引きにはつまらぬが・・・・・・大事に至るには小時を積み重ねるべきだ。そうは思わんかね?」

 

 男は自分以外の存在へ語りかける。答えは無い。暗黒の空間は黙して、しかし男以外の存在を映し出す。黒く塗りつぶされた英霊を。

 

「やはり、強く縛りすぎたか。冗談の一つも言えぬのなら本当にタダの駒だ。まあそうなるようにしたのは私なのだが」

 

 クク、と男は笑う。黒い靄で形作られたサーヴァントは何も言わない。ただ、ひたすらに。一般人ならば発狂するであろう殺気を男に向けている。

 

「仕方あるまい?もしも君にサーヴァントとしての理性があるのなら、私はとっくに死んでいる。君を抑える為に散ったミノタウロスは惜しい存在だったが、君はその上を行く。ならば彼以上の働きを見せなければね」

 

 黒い靄に覆われたその内側には、大量の呪詛が刻まれている。サーヴァントの性質上、この男にも令呪は備わっている。だが男はそれで満足せず、更に絶対命令の呪詛、強制のルーン等様々な魔術でこのサーヴァントを縛った。結果、このサーヴァントは男の人形となった。それでも尚、このサーヴァントは男の生命与奪権を握っている。男が一瞬でも油断をすれば最後、呆気なくこの迷宮の支配主は消滅するだろう。

 

 故に、適正な命令を送らねばならない。

 

「行け。オジマンディアス。後始末をしてくるのだ」

 

 影法師は何も言わず、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーマは覚醒した。いや、覚醒していなかった。微睡みの中で、自己を何処か他人事のように認識しただけだ。つまり、夢の中で夢だと感じれない状態になっている。

 

 肌に感じる太陽の熱気。湿気の欠片も無い乾燥した風。気候としてはそれほど快適だとは感じないが、適度に暖かく、それでいて汗が吹き出るような湿気に悩まされない環境下に心地よさを感じていた。

 

 こんな所に何故いるのか、何て考えは全く無く。故に状況等理解しない。ただただ安心感と多幸感に包まれている。

 

 もしかしたら、ここは天国かもしれない。自分は何処か遠い場所で死んだ。それほど悪い事はしていなかったから、地獄に落ちる事なくここへ来た。そうであれば全てが筋が通る。自分はここにいる権利を獲得しているのだ。

 

「ふむ。確かに権利はある。貴様はもう一度ここに来た。それ故に無為な夢に浸る事も許そう。と言っても、夢はいつか果てるのが運命だが」

 

 その声で、ようやくノーマは覚醒した。一気に五感から情報が伝えられる。太陽からの熱気は暑く、鼻孔から感じる僅かな砂の匂いはむせる。残念ながらここは天国でも地獄でもなく、あの訳の分からない夢にいるのだ。

 

 となると。ノーマは自身がいる場所を見る。場違いな感想であるのは知っているが、スフィンクスの背中は寝心地がよかった。翼を使わずゆっくりと歩く様は雄大、そしてノーマにとっては心地よい揺れとなっていた。

 

「起きたな、よい。安直に惰眠を貪っていれば心地よい衰退が残るばかりだが・・・・・・どうやら貴様は痛みある推進ができると見える」

 

 背後のサーヴァントが、尊大に言う。纏った覇気はこれまでのサーヴァントのどれよりも巨大。常人が見れば即座にひれ伏し、二度とその姿を見る事は無いだろう。

 

「ここは、貴方の世界なの?」

 

 ノーマはしかし、そのサーヴァントへと問いかける。問いかけながら違和感を覚えた。不思議と恐怖を感じない。これほどの覇気を纏っているのだ。如何にサーヴァントに視慣れた自分でもマトモな会話はできない筈。

 

「その通り!万物万象全てを手中に収めたファラオの世界に、貴様は迷い込んだのだ。いや、迷い果てた。と言うべきか」

 

 迷い、果てた。強烈な違和感が痛みとなってノーマを襲い、様々な情景がフラッシュバックしていく。

 

 迷宮。サーヴァント。アーチャー。番人。幻想種。探索部隊の全滅。神々からの追放。形無き島。成長していく身体。崩壊していく日常。大好きだった■■達。そして最後には。

 

 分からない。何も分からない。記憶は写真のように残っている。だが、それが自分の記憶だという認識ができない。

 

 ノーマは記憶の整理を本能的に止め、知識を整理する事にした。サーヴァント。聖杯で呼び出された過去の英雄を模倣した存在。英霊を完全に降霊させるのは不可能なので、クラスに置換し召還する。

 

「貴方は、何のクラスなの?」

「悪くない質問だ。前の時のような愚問ではない。旅人として成長している。自身の認識できる範囲から埋めていくのは知の道においては常道である。故に答えよう」

 

 このサーヴァントの仕草なのだろう。身体に纏ったマントを翻し、言葉を一度区切る。戯曲や舞台がかった仕草だが、このサーヴァントから発せられる絶対的カリスマ性により当然の行動に見えてしまう。ノーマは少し予想してみた。自身をファラオ、と呼ぶその態度、スフィンクスを使役するという特徴。キャスターか、若しくはライダー。

 

「余に、クラスは存在せぬ」

 

 しかしサーヴァントは予想斜め上の解答を行った。クラスが、存在しない?それは即ち英霊の完全再現を意味する。神霊級サーヴァントすら条件的に召還する聖杯のシステムは、クラスによる制限で成り立っているのだ。そうしないと召還できないし、全盛期の英霊が一切弱体化する事無く召還されてしまえば現代の魔術師はあっという間に駆逐されていくだろう。

 

 考えが顔に出たのか、サーヴァントは笑みを浮かべた。

 

「貴様の疑問は至極当然だ。ファラオたる余であっても、いや、ファラオであるからこそ守らなければならぬ法がある。わざわざ冥界から這い上がってまで地上に君臨するつもりは無い。今回のような異常事態ならば尚更よ、今でもあの召還に憤りすら感じるわ!」

 

 笑みを浮かべた、と思ったら次は怒り始めた。このサーヴァントの性格なのだろう。自身の感情を表には出すが、それで取り乱すような事はしない。ノーマもそれで一々相手の顔色を伺う事もしない。自分の知識にあるサーヴァント像と、このサーヴァントは明らかにかけ離れている。

 

 それが何を意味するか。電流に打たれたようにノーマは理解した。いや、見えていた物が視えるようになったのだ。

 

「つまり、貴方はサーヴァントじゃないのね」

 

 そうだ。クラスの存在しないサーヴァントは即ち、サーヴァントではない。では彼はあの世から蘇った死人か、それも違う。即ち。

 

「下級霊、英霊の残滓。迷宮で破れたサーヴァント?いや、消滅したサーヴァントは純粋な魔力になる、サーヴァントになれない幻霊にしては規格外だし、神霊にしては希薄すぎる。となるとやはり貴方はサーヴァント、いいえ。もしくは」

 

 ノーマは舌打ちした。視える物が多すぎる。自分の瞳に、自分が追いついていない。脳と視覚の差が大きく開きすぎたせいで、自分の言った事を五秒後に理解しているような錯覚を覚える。いや、そもそも私は眼に何か特殊な能力を持っていたのか?蓋をしていた記憶が再び開けられ、脳内が混沌と化していく。

 

「さて、どうするライダー。この娘は既に目覚めた!余がわざわざクラスを下賜したのだ。いい加減出てきてはどうだ!」

 

 目の前のサーヴァントは天に轟けと言わんばかりの声量で言った。誰に向かって言ったのか、ノーマには分からなかったが、突如スフィンクスの背中にソレが出現する。

 

 ノーマはソレが誰であるか、知識ではない記憶で認識できた。その名を言う事はできる。再会を喜んで抱きしめる事も、逆に畏怖すべき存在として見る事も。

 

「・・・・・・背が、縮んだ?メドゥ」

「ライダーです」

 

 彼女は断言した。その容姿はまたもや様変わりしている。これまでも最初に会った時は幼き子供として、再び会った時は醜き怪物として変化していた。では今度は?

 

 考えるまでも無い。

 

「久しぶり。メドゥーサ」

 

 ノーマは笑って彼女の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外見的特徴を言うならば、メドゥーサは最初に会った時に近い姿だった。子供だった身長は随分と大きくなり、可愛らしい容姿は大人びた美しさへと昇華している。人間らしい成長をした姿だ。

 

 

 だが同時に、身に纏う魔の質は再会した時に近い。大樹へと成長していく過程の、若枝のような早熟さはつまり、彼女が怪物として成長する過程の姿を表している。

 

「余がサーヴァントでなくなった理由はコレだ。騎乗の適正があって幸いだったな。上手くいかねばその身は余の威光に耐えきれずに四散していただろうよ」

「私はむしろその方が良かったです。私の時代の王族も、ろくな人間はいなかったですが、どうやら貴方も同じようですね」

 

 クラスの譲渡、それをこの元サーヴァントは行ったらしい。そんなルール違反普通はできないが、この元サーヴァントはそれをさも当然に行った。ファラオたる余に不可能など無い、との事らしい。代償を払えば。

 

「私は反対しましたよ。そんな事をすれば貴方の残り少ない蝋燭(余命)を縮める事になるし、そもそもそんな蝋燭を使いたくもありません。どの道、この世界は貴方の消滅と同時に消え失せる」

「ほう、ならば貴様は、この娘がここで死ぬのを容認できるのだな?」

 

 元サーヴァントの言葉に、メドゥーサは口を閉じる。

 

「余はできる。たかが小娘一人だからな。だが貴様は違うのだろう?故に、下賜したのだ。光栄に思うが良い」

「誰が、そんな事を」

「ちょっと待って。いい加減説明してくれない?」

 

 目の前の二人の関係が、まるでアーチャーとキャスターみたいだな、とノーマは思った。しかしその二人の記憶が霞のように揺らいでいるのを感じて自分がどういう状況であるか認識し直す。そう、自分はまだ記憶を完全に読み取れていない。状況は全く不明瞭なのだ。この二人の論争が終わる気配が無い以上、自分が無理矢理入るしかない。

 

「説明してやるが良い。ライダー。ファラオたる余が裁定しよう。貴様は罪人だ。故に、貴様は贖罪を行わなければならぬ」

「・・・・・・っ」

 

 ライダーの表情が曇る。眼を覆う眼帯のせいで顔の表情を読みとるのは難しいが、気に入らない相手の命令をこなさなければならない、という怒りの表情ではない事が分かった。むしろそれとは真反対の、恐怖に凍り付いた表情。

 

「別に言いたくなければ言わなくても」

 

 ノーマは咄嗟にフォローしようとするも、ライダーは片手を挙げてそれを遮った。

 

「いいえ・・・・・・ここだけは彼の言うとおりでしょう。私は罪人。ならばせめて、自身の罪は宣言しなければならない」

 

 ライダーは既に覚悟を決めている表情だった。ならば、自分はどうするか。ノーマはこれからどんな事を彼女が言っても信じ、そして受け止めるつもりだった。懺悔の告解は罪人にとって断腸の思いで紡がれるが、聞き遂げる方にも同量の覚悟を求められる。

 

 記憶が、再び疼く。前にも、メドゥーサとこうやって語り合った事があったような。

 

「分かった。教えて頂戴。何が、あったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろ。貴様、何をした?」

 

 問いかける声音は、そのまま冷気となって迷宮を駆け巡る。問いかけの言葉は刃となって、相手の喉元へと突きつけられる。

 

 キャスターは笑った。相手の無能さを笑う笑みだった。無論、その程度の挑発でランサーは槍の穂先を突き刺す事などしない。

 

「ヒヒヒヒヒヒ!いやあ、色々と!我が親愛なるマスター殿の作戦通りの事をしました!」

 

 ランサーは笑った。相手に恐怖と絶望を与える笑みだった。無論、キャスターはそれで恐怖におののいたりはしない。

 

 ランサーとて、このサーヴァントの存在が全くの予想外だった訳ではない。第三階層は確かにサーヴァントの気配を隠蔽させるが、それは探索する側だけだ。番人であるランサーは、隠れて自分達の後に尾けてくる存在を認知していた。認知した上で放っておいた。つまり相手はその程度の存在で、仮に魔獣を倒した瞬間に奇襲をかけられても仕留められると感じたからだ。

 

 だが、そのサーヴァントはあろうことかマスターたる彼女を攻撃したのだ。彼女が正にその生命活動を終了しようとした瞬間、体内の呪いを起動させて。

 

「成る程、彼女の覚悟は確かに凄まじい。恐らく私の認知しえない範囲で、貴様と彼女が協力していて、更に最悪の状況下では『多少の』巻き込みも許される間柄だったのかもしれぬな」

「ええ、ええそうですとも!こう見えても私、信頼されていましたのでね!」

 

 何を馬鹿なふざけるな。と、晩年の自分ならば目の前の道化を殺していただろう。だがランサーはそうしなかった。あれほどの女傑だ、自分の智慧では判明できなかった点は十分ある。それに、結局彼女は敵だ。共通の敵がいなくなれば殺し合う関係となっていた。騎士としてのフィンは納得しないだろうが、サーヴァントで、階層の番人たるランサーはむしろ好都合だとキャスターの行動に手拍子さえしていた。この当たりが晩年の自分らしいと何処か他人事のように思いながらも、それでもランサーが納得しない理由は一つだけだ。

 

「だが、それならば何故彼女を生かそうとした。裏切りで彼女の絶望に愉悦を抱くならば、彼女は覚悟していたし、そもそも絶望なぞ感じる暇も無かっただろう」

「そうでしょうねえ。両足、両膝、両腕、両手、両脇腹に両方の肺、内臓脊椎エトセトラエトセトラ!これでもかと言うくらいに入れてましたが、私は悪魔であって、鬼ではないのでね。ある程度は残してますよ?それでも脊椎は破壊したので痛みは感じなかったでしょうね。痛み無い『瀕死状態』だったでしょう。治療が大変でした」

 

 治療。キャスターが爆発四散したノーマの『残骸』に近づくのを、ランサーは先程まで見ていた。止めに行くよりも先に、本体を破壊された魔獣の残滓に止めを刺し、やっと全てを消滅させた頃には、何もかもが終わっていた。

 

「何がしたい?彼女を死の淵に立たせて苦しませるつもりだったのなら、無理だ。貴様の児戯では死者を蘇らせる事はできない」

「そうでしょうか。まあ神代の魔術ならば貴方の方が先輩ですねえ。ランサーに魔術で負けるキャスターとは、これいかに?」

「最後の質問だ。何をした?」

「さあ?何をしたのでしょう。私にも分かりません」

 

 キャスターは言った。ランサーの殺気が高まる。だがそれは質問に答えない怒りからではなく、限りなく外道を行うキャスターの行為に憤った怒りだった。

 

「私、キャスターなので結構迷宮の生命体に興味があったのです。何度か採取していた素材と、瀕死のマスター。ならばやることただ一つ!我がマスターっぽい肉の塊に、色々と混ぜました。幻想種の生き血、ゴーレムの心臓、合成獣の爪垢、ドラゴンっぽい生き物の鱗とか。ああ、あとそこらへんに転がっていた魔獣の残骸も練り合わせました!するとどうでしょう、何と心臓が再び脈動を始めたのです。いやあ生命の神秘ですなあ生物とは!私、もしかして凄い事しちゃいましたかね?」

「だが貴様はその肉塊を、あろうことか罠へと叩き込んだ」

「罠?さあてそれは分かりません。あれは下層へ続く最速コース、と思っていたので」

 

 迷宮内には、番人を倒さずとも下層へと下る隠し通路が存在している。無論、キャスターがそれを見つけるのは不可能ではない。だが、残念ながら彼がした行為は違う。原始的な罠、下層等には繋がらない、それどころか何処へもいかない奈落の底へと、何の躊躇いも無くキャスターは元マスターを放り込んだ。

 

「はあ、この迷宮にいるサーヴァントはどれもこれも糞真面目ばかりですねえ。一貫性がありすぎて逆に退屈です」

「構わん。どちらにせよ、私は番人だ。魔獣は死んだ。マスターも死んだ。ならば後はどうなるか、分かっているだろう?」

「ええ。ええ!邪魔者の排除、でしょう?」

 

 瞬間、血が爆ぜる。ランサーの視界が、赤に染まる。槍から伝わる血の脈動はしかし、手応えは無い。目の前のキャスターは道化染みた笑みのまま、その喉元で槍は静止している。

 

 つまり、この血は。ランサーは自身の胸を見る。喰い破るように突き出た矢が、その霊核を貫いていた。

 

「これは・・・・・・」

 

 ごぶり、と声が血となり吐き出される。もう一本の矢が、ランサーへと撃ち込まれる。槍が地面へと転がり、それを追うようにランサーも迷宮の冷たい大地に崩れ落ちた。

 

「全く、趣味が悪いな・・・・・・アーチャー」

 

 横たえた視界で自身の胸に刺さった二本の矢を、改造された矢を見る。ランサーは知っていた。赤の薔薇と、黄の薔薇。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ )。フィオナ騎士団の一番槍、そして自身の破滅を決定付けた者の武器を。

 

「これは・・・・・・ある意味で、正当な・・・・・・復讐なのかもしれんな・・・・・・デイルムッド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか。存外楽に終わった物だ。感傷の類か?」

 

 

 遠く離れたランサーの陣営にて、アーチャーは呟く。その周囲には、地面へと突き刺した大量の矢。その中には破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ )も含まれている。

 

「すまんなデイルムッド。私は英霊の誇り等無い。効率的と感じれば、あんな決闘紛いな事もしなかっただろう。どちらにせよ思ったよりも早く片付いた。少し余ったな」

 

 アーチャーの投影魔術は、剣に由来するものならば最速かつ最大の模倣を可能とする。しかし、その中には剣以外の物も含まれる。ある程度の改造、即ち投影魔術の応用だ。宝具の属性を変質させる事なく形状を変化させて行使する、そういった奥の手も用意されている。勿論、それはただ剣を投影されるよりも多くの魔力と時間を消費するが。

 

 故に、一度作った矢を置いた。一発一発ではあの英霊は倒せないと判断したからだ。つまりアーチャーの狙いは魔獣等ではなく、最初からランサー『も』含まれていた。

 

「まあ、無駄ではないが」

 

 そう言って、アーチャーは矢を再度放つ。狙う先は、道化染みたサーヴァント。最初の矢で階層を貫通させたので、見通しは悪くない。だだっ広いだけの広間に置かれた動く的(キャスター)を始末するのは、造作もない事だ。

 

 五射ほどで、決着はついた。キャスターの心臓を打ち抜き、その身体を四散させる。これで全ての敵は倒した。倒しただけだ。

 

 アーチャーは自身の魔力が、爆発的に増えていくのを感じた。最早死に体を通り越したマスターの状態では、とてもじゃないがこれほどの魔力は供給できない。いや、もう『マスター』ではないからこそ、これほどの魔力供給ができるのか。それともマスターは死んだが、別のマスターが令呪を引き継いだか。

 

「馬鹿な考えだ。答えなど分かり切っているというのに。あり得ない選択肢を楽しんでいるのか?」

 

 番人が倒された分、もうここに用は無い。階層は開放され、召喚されていた僅かばかりのケルト兵も消える。第三階層の中で、唯一の生存者となったアーチャーは自嘲染みた笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「ここから先は後始末、と言う訳か。つくづく掃除には縁がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の最深部、第四階層を超えたその下にあるのは、奈落だ。

 

 底はある。光源もある。空気もある。人間が生きていく上では、ある程度の生存は可能な空間になっている。

 

 だが、この空間に堕ちる者に救いは無い。生存はできるが、それは救い等ではなく。死刑執行までの監獄と同じなのだから。

 

 深海を思わせるその空間に、ノーマは無様に墜落した。

 

 瀕死などという言葉では生温い、死の直前、最早死人と大差ないその姿はしかし、生命体では当然の呼吸を行っている。

 

 奇跡か、それとも運命か。ノーマは生きていた。

 

『すごいね』

 

 だからこそ、ここで死ぬ。

 

 ノーマの周囲に展開するのは、小さな魔力光を纏う多くの光源。蛍のように幻想的に光りながら、それらはノーマに近付いていく。

 

 愛らしい少女の姿に、昆虫を思わせる翅。柔和そうな笑みはしかし、死体に近付いていくハイエナのような好色さを思わせる。

 

『がんばるんだね』『がんばって』『にんげんはひさしぶり』『でもきずついている』『けがをしてる』『だいじょうぶ?』

 

 食人妖精。可愛らしい容姿とは裏腹に、人の臓物を好む悪鬼。上位の魔術師ですら防御できない魅了の魔術を扱い、対象に敵意を抱かせる事無く接近し、捕食する生命体。自然で生み出された現象ではなく、魔術師が作り上げた悪趣味な使い魔。そんな彼らにとって、今のノーマは労力をせずとも捕食できる極上の獲物だ。

 

 近付いてくる彼等に対し、ノーマは何も反応しなかった。仮に正気だったとして、魅了されていたとして、重傷の今では立ち上がる事すらままならない。その目はぼんやりと妖精達を見るだけで、何も視ていなかった。

 

『へんじしないね』『しんでるの』『いきてるよ』『でもどうでもいいや』『おいしそう』

 

 相手が何もできない事を確認した後、食人妖精はその本性を現す。愛くるしい容姿を捨て去り、捕食者としての本能を曝け出す。皮膚を食い破り、肉を喰い千切るのに適した姿へと変貌し、一斉に獲物へと。

 

「五月蠅い」

 

 食人妖精の内の一体が停止した。停止せざるを得ない。その小さな身体を、ノーマの手が握ったのだから。

 

 瞬間、少女どころか人間の域を突破した握力が発揮された。胴体を握り潰された妖精は断末魔と共に地面へと叩きつけられる。

 

 死に体の獲物が、最後の抵抗をした。他の妖精達はその程度でしか感じなかった。同胞の死を悼む神経など無い。目の前の馳走を平らげたい、そんな捕食本能のみでノーマへと襲い掛かる。

 

 それは恐るべき光景だった。被捕食者がわざわざ捕食者へと向かって行くのだ。反転した状況はしかし、当然のように現実を映し出す。

 

 一秒で八割の妖精が地面の赤い染みとなった。その一秒で、残りの二割もやっと気付いた。自分の愚かさと、そしてこの目の前の存在が人間などではないことに。

 

「クククク。わざわざ私の腹に収まる為に来たのか。それは有難い。こちらも空腹でな。貴様らの肉では足しにすらならんが、良いだろう。出された食事は残さぬ主義だ」

 

 ノーマは、ノーマの顔をしたその存在は獰猛に笑う。幻想種の血肉と、魔術師の身体、そして怪物(ゴルゴーン)の欠片。その中のどれが、彼女なのか。最早その肉体は人間ではなく、さりとて幻想種でもなく。だからといって怪物でも無い。ただただ欠けた破片が合わさりあい、継ぎ接いだ存在。

 

 合成獣ゴルゴーン。それこそ今の彼女に相応しい名前だった。




不死身系ヒロイン爆誕!
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