迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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第■階層②

 背筋が凍る、とは正にこのことか。日光とスフィンクスの体温を感じながらもノーマは現実の重みを、今の状況下を冷気として感じた。

 

「つまり、あれはまだ生きてる?」

 

 あれ、と言ったのはライダーの配慮だ。疑似的な本人が前にいるのだ。面と向かって化け物呼ばわりする程ノーマは剛胆でも、冷酷でも無い。

 

「ええ。ここに(メドゥーサ)がいるのが証拠です。最も、私は残滓に過ぎません。時間が経てば消滅するのはそこの自称ファラオと同じです」

「フッ、余と同じと言うか。本来ならば即刻その考えを正し、真なるファラオの畏怖畏敬を諭してやる所だが、生憎今は現状の説明だ。余は必要以上に口を出すつもりは無い。ここはそこの小娘、貴様、そして余という三つの精神が奇跡的に同調している。夢の中、と言えばわかりやすい所だが、その実は魔境よな。余がいなければ貴様は既にこの世界に完全に同化し、怪物の供物となっていたであろう」

 

 必要以上どころかライダーの説明を持って行ったファラオ(自称)は愉快そうに笑みを浮かべている。

 

「そもそも何で貴方は・・・・・・ファラオ、さんはここに?」

「良いぞ、ファラオさんと呼ぶことを許す。だが今は現状の確認だ。何故、と問い続ける事は簡単だが、行動するとなればそんな情報は無意味。探索をするのに必要なのは歴史のような内面的な物ではなく、風土や民衆の言語といった表面的な物であろう?無論ファラオ自らの美談に酔いしれるのは」

「この世界は、今線引きがされています」

 

 無理矢理話の主導権を取り返したライダーは、そのまま指を二つ突き出した。

 

「一つは、ここ。砂漠が広がる彼の世界。本来ならばそれだけでは無いのですが・・・・・・もう一つの世界によって強引に区切られたせいでしょう」

 

 朧気ながらもノーマ自身の記憶にも、今視界に見える風景とは違和感を感じている。穴の空いた頼りない記憶だが、少なくとも砂漠だけしかない世界ではなかった。そもそも自分をファラオだとか万物万象我が手中にありとか言っているこの王様の世界が砂漠だけ、となるのは欲薄過ぎる。

 

「もう一つは、彼女の、いいえ私の世界です。瀕死となった怪物、ゴルゴーンの世界。ああなってしまえば夢なんて可愛らしい物を見る事は無いですが、瀕死となったおかげでしょう。白昼夢のように今は大人しい。おかげで(ゴルゴーン)の中から(メドゥーサ)が出て来れた・・・・・・ですが」

 

 ライダーはゆっくりと三本目の指を出した。

 

「もう一つ、世界があります。それが貴方です。マスター。私達サーヴァントのようにはっきりとした精神世界はありませんが」

 

 ノーマは手を開いて突き出した。ライダーは怪訝な顔でノーマを見る。その方向はライダーではなく、今正に何か言おうとしたファラオに向けてだ。

 

「まだ何も言わないで。お願いだから」

「・・・・・・よかろう」

 

 ノーマはライダーに続けてと促す。

 

「ここから脱出するにはマスターの精神を捕らえている(ゴルゴーン)を討伐する必要があります。マスターが目覚める前に、私はこのサーヴァントに協力を仰ぎました」

「分かった。ようするに今このスフィンクスが向かっているのはこの砂漠と、ゴルゴーンの世界の境界線なのね」

「そうです」

 

 瞬間、会話が途切れた。不自然な静寂。ライダーは何処か居心地が悪そうに俯いた。ファラオは目を瞑り、恐らくは彼にとって最も困難な行為、黙止という拷問に耐えている。このまま一分静寂が過ぎればその反動で何をしでかすか分かったものではない。

 

「ライダー」

 

 ノーマは、途中で気付いてしまった。ライダーが不自然にある部分だけ切り抜いて話しているのを。内面的な物ばかり視ていればその違和感には気付かなかっただろう。ピントを緩めて表面を見れば一目瞭然だ。暗にファラオが示唆していたのも、違和感を強めた。

 

「私が何故ここに来たのか。それを教えてくれない?」

 

 ライダーの表情が強ばる。これは残酷かもしれない。裁判で被告人に罪状を宣言させるような物だ。しかし、ライダーは自分で説明すると言った。それをファラオが有耶無耶にするつもり等無いだろうし、ノーマ自身も知りたかった。果たして自分はどうしてここに来たのか。何故サーヴァント同士の夢に自分の意識が巻き込まれたのか。

 

 静寂の中、スフィンクスだけが動き、その揺れが背中から伝わっていく。揺れが数十回となった所でようやくライダーは口を開いた。

 

「マスターの身体は、私が取り込みました」

 

 多くの表現方法があっただろう。その中には抽象的で相手を傷つけない言葉もあったかもしれない。しかしライダーはそうしようとせず、端的に事実のみを告げたのだ。

 

「ゴルゴーンは確かに致命傷を負いました。しかし、神話の怪物にとって致命傷は不治ではありません。身体をより小型にすれば消費も少なくできますし・・・・・・後で修復できるほどの魔力を、摂取すれば問題は無い。なので私は、私は・・・・・・貴方を」

「もう良いわ。ありがとうライダー」

 

 後半は嗚咽となっていた。しかし、意味も現状も明瞭に理解できた。ノーマはその場に崩れ落ちるライダーを抱きしめる。彼女にとって、怪物となるのはどれほどの屈辱で、どれほどの悲劇であるかはわざわざ考える必要は無い。怪物となって相手を人とすらも認知せずに襲いかかり、生存の為に友人すらも貪る。ぞっとする思考を持っている分、まだライダーは英雄だった。怪物となれば最後、それは霞のように消え去る。

 

 移動していたスフィンクスが止まった。ノーマはファラオを見る。彼はゆっくりと背中を向けて地平線の彼方を眺めていた。ファラオであっても、いやファラオだからこそ守るヒトの感情があるのかもしれない。

 

 暫くスフィンクスは立ち止まり、涙の受け皿となった。その間、誰も何も言わず、ただ静かにライダーの悲しみに寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スフィンクスの背中から飛び降りると、砂漠がノーマを包み込んだ。即ち暑苦しさと乾気。時間が経てば飢えと乾きという地獄が彼女を襲うだろう。探索鞄も無しに身一つで砂漠横断等狂気の沙汰だが、ノーマは焦る事なく上を見た。同じくスフィンクスから飛び降りたサーヴァント。ライダーことメドゥーサだ。

 

「行くが良い!進退窮まり余に祈りを捧げるのは構わんが、貴様等が勇者となるか、それとも有象無象の屍となるか。それを決めるのは貴様等の能力次第と知れ!」

「祈るって、名前知らないのにどうやって」

「ああいう男には、何も言わない方が得策です。やや気質は優しいですが、王や神という上位者に機嫌を損ねない方が得策ですよ」

 

 馬鹿正直に尋ねようとしたノーマを、ライダーが止めた。さっきまでの感情が嘘のように落ち着いている。

 

しかし元サーヴァント、自称ファラオはここで別れる。わざわざ余が手ずから関わる事態ではない、と言うのが理由らしい。ノーマは何とか彼の手を借りたかったが、最後までファラオは首を縦に振らなかった。ならばせめて名前ぐらい聞いておいても良いだろう。

 

「まあそう言わずに・・・・・・そう言えば名前聞いてなかったけど、どこの英雄なの?」

「たわけ!余を拝謁して尚真名を見い出せぬと?人の未熟さをわざわざファラオは指摘はせぬ。しかし愚かさは無礼を許す免罪符にはならぬわ!」

「ね、こうなるでしょう」

「え・・・・・・そんな事で怒るの」

「私の逸話は前に話しましたよね。メドゥーサは女神アテナの不興を買い、彼方の島へと流されたと」

 

 ライダーの忠告は経験則の物だったようだ。確かに、神や王に限らず異国の人々は習慣や礼儀を無視した行動に憤る。それらは大体外の国から来た、また別の習慣や礼儀を持った人間である為、相手も悪気があった訳ではないのだ。ノーマも探索魔術師という職業上、かなりの国や礼儀作法に触れてはいたが、習得するまでには至らなかった。

 

「だが余は寛大だ。それに良い余興にもなる。勇者を志す者よ、余の真名を当ててみよ!見事余の真名を思い出せれば、その不敬は許す。しかし我が姿を視ても思い出せぬとなれば、余の心も変わるというもの」

 

 スフィンクスがゆっくりと移動し、ノーマ達と向かい合う。さっきまで頼もしかった巨大な存在が、今では自分達を脅かす脅威となりつつある。もしも自分が間違った解答を言えば即、スフィンクスはノーマ達を殲滅せんと行動するだろう。幻想種の中でも竜種に匹敵する存在である神獣は、サーヴァント数騎分に匹敵する戦力を持っている。

 

 馬鹿みたいな状況だったが、窮地だった。探索魔術師はおろか極地を歩く人間ならば常に心に留めている原則、常に油断しないという単純かつ明快な鉄則を無視したが故の結果だ。

 

 ライダーは肩を竦めてはいるが、有事の際にはノーマを抱えて全速力でその場を離脱できる姿勢を取っていた。このファラオの行動はライダーの中では予想していたらしい。

 

「そら、どうした!?時間は無限に近い。だがこうしている間にこの世界はゆっくりと破滅に向かい、貴様の身体も朽ち果てていくぞ!」

 

 ノーマは急遽思考を回した。常に状況は流動的で、人の心もまた同じだ。敵が味方となり、その逆もある。さっきまでの会話で、ある程度自分を知ったが取り戻していないノーマにとって、その思考はパズルのピースを繋ぎ合わせていく作業に近い。色々な考えをする度に、その思考、情報、記憶が何処の誰のものかを認識し始めていく。

 

 もしかして、この為にこんな問答を?真偽は分からないし、そんな事に思考を回す暇等どこにも無い。時間は既にマイナスなのだから。しかしながら、自身の頭の中で馬鹿みたいな名案が思いついた。本来ならば生死に関わる選択で、こんな事はしない方が良い。しかしファラオはこれを余興と言った。ならば少し遊んで見ても良いかもしれない。

 

 ノーマは一歩進み、膝を屈して頭を下げた。ファラオの時代の礼儀作法なぞ知らないが、天上の存在としての敬意を表すその姿勢は不敬ではない。そう判断したのか、相手は特に何も言わず、その先を無言で促していた。

 

「ファラオよ、太陽の化身、ラーの写し身よ。未熟な私めには、御身の名前を察するにはできませぬ」

「つまらんな。上辺だけの言葉で余を諜れるとでも?」

 

 わざとらしい話し方に、スフィンクスの前足が持ち上がる。ライダーが跳躍しようとしたところを、ノーマはひざまづきながら、手を挙げてそれを制した。

 

「いいえ。しかし、一つ尋ねたいのですが・・・・・・ファラオの威光とは何なのでしょうか?」

 

 地に伏していても、相手の眉が揺れるのを、ノーマは幻視した。

 

「何がいいたい?」

「私はこの世界に何度か足を踏み入れました。その度に御身の姿を拝見しましたが・・・・・・それらは皆一瞬、こうして今会った時間を足したところで、泡沫の如き短さでしょう。そこで、私はふと考えたのです」

 

 これはキャスターだ。とノーマは思った。情報から記憶がゆっくりと復元されていく。道化染みた衣装を着込みながらも、抜け目ない舌と刹那的とも言える残忍さが融合し、点を穿つように相手に口撃を加える。それを真似るように、再現するようにノーマは顔を上げる。

 

「そもそも、貴方はファラオなのかと」

 

 綱渡りの言葉だった。不敬で咎められたというのに、明らかな侮蔑をもった言葉を吐き捨てたのだ。灼熱の暑さが、ファラオの殺気に当てられ凍り付く。

 

 だがこの程度、キャスターならば笑ってごまかせる。せめて死ぬならば笑って死にたいとノーマも考えた。

 

「だって、そうでしょう?スフィンクスは使役してるけど、それがファラオの威光か、って言われるとね。スフィンクスを模したゴーレムは沢山あるし、本当に有名な英雄なら普通は名乗るんじゃない?なのに名乗りはしない、この問題は貴様等が解決すべきだと言ってスフィンクスの背中に乗ったまま、そして極めつけは指摘されて逆上する。まるで小物みたい」

 

 そしてノーマは意識を切り替える。このままキャスターが続けば自分はこの王様に爆弾でも括り付けなければならなくなる。勿論そんなことはできない。ノーマはキャスターではないし、キャスターのように騙すつもりは無いのだ。

 

「本当に貴方が、御身がファラオだと言うのなら、証明して欲しい。その力を、その威光を、その権威を」

 

 これはアーチャーだ。紳士的な言葉だが、的確に相手の急所を、即ち言い淀む事ができない場所を突く。

 

「ほう、余の威光を、ファラオたる力を見せよと!?愚かな問いだ。力が強ければファラオか?人一倍見識があればファラオか?否である!」

 

 殺気が爆発的に高まる。常人ならば発狂している程の殺気を滲ませながらスフィンクスは号令を待ちかまえるように背筋を低くした。その瞬間、黄金の気配を纏った王が砂漠へと飛び降りる。

 

 着地した瞬間に殺される幻影を見たノーマはしかし、首が繋がったまま同じ地平でファラオを見る事になった。

 

「だがしかし、一理ある。異邦の者に全てを察せよと言うにはどだい無理な事よ!」

「という事は?」

「よかろう、余も出てやる!光栄に思うが良い。ファラオとはどんな者であるか、改めて知らしめるのも悪くない」」

 

 意外とちょろいなファラオ。そんな考えがよぎるも、勿論ノーマは口に出さない。一人でも戦力は欲しいのだ。一体どんなサーヴァントなのか、そもそもクラスを譲渡したサーヴァントはサーヴァントと言えるのかといった疑問はあるが、スフィンクスがあればきっと。

 

「ここまでの旅路、ご苦労であった!戻るが良い」

 

 そんなノーマの期待を知ってか知らずか、スフィンクスはファラオの号令と共に忽然と消えた。残されたのは広大な砂漠に佇む三人のみ。

 

「何を呆けている?今更余の王気に魅入られたか?」

「ええと、スフィンクスは?」

「暇を出した。余は寛大だ。紛いなりにも親族に牙を向けとは言わん」

「親族?」

「私とあの神獣は遠いですが、血縁関係にあるのです。最もギリシャのスフィンクスと彼のスフィンクスが同族かは分かりませんが」

「そうなの!?」

 

 ノーマは自身の知識を再確認し、それが事実である事を思い出す。かなり遠い縁ではあるものの、スフィンクスにとってゴルゴーンは祖先に通ずる物がある。

 

「でも、せめて移動だけでも」

「甘えるな。余はファラオである事を証明する為に貴様等と行動を共にしているだけよ。つまり協力するとは言っておらぬ」

 

 結局、ノーマは広大な砂漠を歩く羽目となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは数分で終わった。

 

 瞬時に風景が変わったのだ。砂を踏みしめる感覚は消え去り、舗装された地面を、即ち石造りの床へと変わる。太陽は依然変わらぬ熱気を放つが、頬を撫でる海風がその熱を和らげているおかげで砂漠ほど暑さを感じない。

 

 驚くべき事態だが、ノーマに焦りは無い。ファラオの世界から外れ、ライダーの、メドゥーサの、ゴルゴーンの世界へと来たのだ。

 

「ここが、ライダーの世界?」

「はい。私のたった一つの世界『形なき島』です」

 

 神々に追放されたゴルゴーンが流れ着いた場所、と聞けばどんな異界かと想像したが、何て事は無い。廃墟となった神殿、探索者としての眼で視ればむしろ状態は良好で、それなりの人手と時間があれば再建すら可能だろう。

 

 だが、石造りの建物に並んで立つある物を見て、ノーマは意識を切り替える。人の石像だ。兵士の姿をしたソレは、恐怖で表情を強ばらせ今正に逃げようとした所で時間が止まっているように立っている。まるで本物そっくりだ。いや、事実本物なのだ。

 

「あれは、ここに来た人?」

「ええ。そして石となった兵士です」

 

 メドゥーサの眼を見た者は石となる。一般人でも知っている有名な逸話だが、現実に目の前にあれば歴史的感慨よりも恐怖心が勝る。単純かつ強力な殺害手段を持った生命体が、ここにはいるのだ。

 

「最も彼等はまだ幸せな死に方をしていますが」

「ふん、悪趣味な彫像(ミイラ)だ。死を悼む為に保存するのではなく、死を晒す為に保存するとはな。それとも警告のつもりで置いているのか?」

「さあ、どうでしょう。女神でしたが、無力な偶像として作られた私達は、兵士達に踏みにじられる運命でした。何の偶然か私だけが『成長』という欠陥を背負った。その欠陥のおかげで私は島に訪れる兵士から姉達を守る事ができましたが」

「その結果、魔物となった、か」

 

 ファラオの声音に侮蔑の色は無い。表情は笑っているが、それは嘲笑ではなく納得がいった、と言うような笑みだ。

 

「下らぬ遠征かと思ったが成程、ギリシャの神々もまた違う色を持っている・・・・・・嫉妬や熱情、怨恨。それらが複雑に入り混じった人間のような神々。つまり貴様も同じ、人間味のある神で、怪物と言う訳だライダー」

 

 凄い遠回しだが、ファラオはライダーを怪物ではないと言っていた。高慢ではあるが、非情ではない王様なのだろうか。ノーマは改めてファラオと自称する男の素性に興味を持った。多くのファラオが存在するが、彼はその中でも理性ある王のようだ。

 

「それで、この世界の核となる貴様は何処にいる?異邦人が来たのだ、もてなすのが道理であろう。それがファラオとなれば尚の事」

「私でも相手をもてなすことはしないでしょうが・・・・・・場所は分かります。向こうも私達を認識している。その上で出てこないという事は」

「フッ、余の神々しさに恥じ入っているか?よい、許す。遠き海の彼方でも、太陽の光は全てを照らし出す故な!」

「ライダー。敵は、ゴルゴーンは何処に?」

 

 良い所で脱線しそうになるファラオを置いておき、ノーマは頭の中で思考した。こちらの場所を認識して襲ってこない、という事は相手はある程度の知能を持っているという事だ。戦闘能力が不明なファラオを警戒しているのか、それとも三体の獲物を始末するだけの策を持っているのか。どちらにせよ相手は食欲のみの生命体ではなく、懐の読めない怪物である事は変わりない。

 

「この奥です。ですが注意してください。ここは既に彼女の世界。襲ってこないのは襲う必要が無いという事。つまりこの世界から逃げる事はできず、相手はこちらをどうとでもできる存在としか認識していません」

「フン、成程。太陽の恩恵すら理解できぬ存在であったか。それならば仕方あるまい。ノーマよ、さあどうする?」

 

 あえて呼び名を変えたのか、ファラオはノーマへと指示を仰いだ。それはつまり、ノーマをマスターとして一時的に認めたのだ。ここから先は間違いなく戦いになる。その前にこの男はどうするか聞いた。意地が悪いのか、それとも今一度覚悟を聞きたかったのか。一番最初に言った事だ。夢を見ることは自由なのだ。それが現実からの逃亡でも。

 

 しかしノーマは痛みある現実へと向かう。答えは決まっていた。

 

「行くわ。この世界から脱出する為に」

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

『きた?』『だれが』『どうやって』『なにが』

 

 周囲に展開された食人妖精は、彼女へと尋ねた。同調や和解といった行動を起こさない彼等にとって、それはある意味で異常な状況。獲物が傍にいれば食らいつく直情さと、相手の能力を認識できない浅慮さを兼ね備えた彼等には正しく喰うか喰われるか以外選択肢がない。

 

 しかし『彼女』は違う。いつから来たのか。何処から来たのか。何故自分達は襲わないのか。そういった疑問は霞のように消えてしまい、彼女に付き従ってしまう。彼女の持つ『気配』か。強者のような覇気ではなく、香ばしい果実のような魅力。食人妖精達は彼女に魅入られていたのだ。それは動物的な本能ではなく、一種の芸術品に抱く感慨、美しき者へと注がれる当然の視線。

 

 それらを一心に受けながらも、彼女は奢る訳でも期待に応える訳でもなく、ただそこにいる。いわば彼女は彼等の偶像だ。神は人の祈りを聞き遂げるが、それに応える事はしない。応えが無いからこそ人はその祈りを無条件に尊び、自分達の解釈で考える。そこに神の意見等必要無いのだから、彼女は何も応えないし、妖精達に何かをしろと命じる事もしない。あるのは取るに足らない回答のみ。会話すらも獲物を捉える器官である食人妖精が、彼女の言葉を何処まで理解できるか。

 

駄妹(メドゥーサ)よ。もっともこの雰囲気じゃあ新しい召使にはできなさそうね」

『こわい』『こわい』『こわい』『こわい』『こわい』

「そう恐れなくても良いわ。大丈夫よ」

『あんしん?』

「ええ」

 

 そう答えれば、妖精達の喧騒も穏やかになる。彼女はそれを哀れみの籠もった視線で見る。きっと彼等は自分の死すら認知する事なく死ぬだろう。どんな結果になろうとも。

 

「ああ、(エウリュアレ)がいればまだ退屈しなかったでしょうに。愚かな妹は変転し生贄を求めて彷徨う、か」

 

 酷い話ね。と彼女は誰にも告げる事無く、淡々と呟いた。その事実すら、彼女は受け入れている。絶望を抱くには彼女は達観とし過ぎていた。偶像のようにそこに佇み、そして死ぬ。生前とは異なるが、結果だけは嫌味のように同じだ。

 

「それでも、少しだけ。願ってみようかしら。愚かな妹を、いいえ愚かな姉妹を救ってくれる、誰かに」

 

 だからこそ、彼女は自分ではなく愛すべき妹の為に祈った。どうか異なる結末を。異なる経過を。

 

 女神の祈りは、こことは違う世界へと触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにスフィンクスとメドゥーサの関係は
メドゥーサの子供の子供の子供、くらいの関係です。
一応子持ち?らしいメドゥーサさんすげぇなあ
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