中心地に進めば進むほど、乱立する彫像の数は多く、それらが浮かぶ表情はより絶望に色濃くなっていく。ここに争いは存在せず、あるのは蹂躙のみ。中には身体の一部分が欠損し、喰い千切られるような粗い傷に悲鳴を今まさに挙げようとしている石像まである。
魔術師の魔力供給を採血だとするのなら、これはさながら食事だ。しかも捕食者は自由気ままで、好き嫌いのある性格らしい。ノーマはちらりと横で歩くライダーを見る。
怪物となったゴルゴーンを倒したのは、大英雄たるペルセウスだったらしい。華々しい英雄譚であるギリシャ神話はしかし、詳しく見れば俗物的な神々が起こす一種の悲劇でもある。ゴルゴーンは死んだが、石化の魔眼を持ったゴルゴーンの首は一種の武器ともなった。遥か彼方で天空を支える役目を持ったアトラス神や、アンドロメダの婚約者であるピネウス等も、ここにある石像と同じ運命を辿った。死して尚その機能の一端を行使させられるとは、ある意味でサーヴァントのシステムに近い。
ノーマは聞いてみようとしたが、止めた。死後も英雄の武器として扱われた挙句、消滅した後もサーヴァントとして使役され、更には怪物へと変遷していく等地獄以外の何物でもない。
「そろそろです。戦闘の準備をした方が良いでしょう」
ぼそりとライダーが呟いた。もしかして見られた事に気付いたのだろうか?どきりとしながらも、これから起こる事態に対処するべくノーマはそれ以上の思考を止めた。
廃墟となった神殿の中央に、ゴルゴーンはいた。
その身体は英霊とは程遠い。ノーマの記憶の一番最後、即ち意識があった時に見た個体よりも尚巨大に、更に凶悪に成長している。下半身の蛇体に、蛇となった髪。しかし迷宮時のソレよりも禍々しさはなく、よく視れば人間らしい部分も残っている。
「来たか。随分と遅い。もしや覚悟でも決めていたのか?それとも円陣でも組んで士気を挙げていたか?どちらにせよ無意味な事だ」
眼帯で覆われた眼に、睨まれる錯覚をノーマは覚えた。いや、錯覚ではないだろう。仮にゴルゴーンが最初から臨戦態勢ならば、自分達は無数の石像の一つとなっていた。
しかしそんな事で恐れるようなファラオではない。一人でずんずんと前に進むと、圧倒的体格差のあるゴルゴーンを見上げるように、しかし見下げるように眺める。
「フン。成り果てた姿にしては随分と小奇麗な物だ。怪物となった貴様はこんな姿だったのかライダー?」
神殿に殺気が、魔力となって渦を引く。ここは彼女の世界で、縄張りで、工房でもある。ノーマは視界をめぐらし、周囲に展開された魔術的罠を視つけ出す。とても単純明快な術式だ。即ち、結界内の生命体から魔力を、魂を吸い上げる。
サーヴァントであろうがファラオであろうが関係ない。既にここは彼女の胃袋なのだ。ゴルゴーンは蟻を見るかのように矮小な存在を見下した。
「命知らずは勇者と愚か者の特権だ。どうやら物事の大小すらも分からぬ男のようだな」
「たわけが、控えるが良い。田舎の神は相手の格すら分からぬようだな」
「生憎神の類は忌み嫌う。貴様のような傲慢な者は特にな」
「はっ、面白い。嫌うだけか。つまり憎んでいないと?怪物となっても神の気配は隠し切れておらぬようだな」
瞬間、大蛇の尾が一薙された。尾だけでも巨大建造物の柱を思わせる大きさと強靭さを持っているソレを、ファラオは難なく跳躍してかわす。
「余り生きがるな。殺すぞ」
「ならば何故殺さぬ?ははあ、読めたぞ。ノーマよ。どうやら窮地となっているのは貴様だけでは無いようだ」
ファラオはニヤリと笑いながら、ゴルゴーンに背中を見せながらノーマ達へと振り返る。それはまさに殺してくれと言っているような姿勢だ。しかし肝心の彼女は、苦虫を噛み潰すようにそれを眺めるのみ。
「つまりな。こやつも一緒なのだ。この世界に自力で脱出する事ができず!ファラオの助力を必要としているという事よ!」
「ふざけるな!誰が貴様の助けなど必要とするか!」
あ、こういう所ってメドゥーサもあった。とノーマは小さく彼女と彼女の共通点を発見しながら、大きな問題であるゴルゴーンを見る。
「どういう事?あなたは、私達を取り込むつもりじゃないの?」
「その通りだ。当たり前であろう。そこの
「そして余はファラオだ!万物万象我が手中に」
「ええい、黙らぬか話が進まぬ!」
ゴルゴーンとなっても、ファラオを止める事はできないらしい。ノーマはちらりとメドゥーサを見ると、彼女は同情的な視線を自身の成り果てた姿へ注いでいた。勿論眼帯越しなのでノーマの予想なのだが。
「いいか、貴様等は既に取り込んでいる。後は栄養となって消化されるのみよ。だがそれだけではまるで足らぬ。貴様に受けたあの傷を癒すにはな」
「傷?」
ノーマの疑問を、不鮮明となった記憶を理解したのかゴルゴーンは嗤う。しかし、その瞳には他の感情が、戸惑いが視えた。それが何であるかノーマは推測せずに、自身の勘を信じて口を開いた。
「私がもう瀕死なのは分かってたけど、そうなると今のゴルゴーンの身体はどうなっているの?ああ、ここじゃない現実での話」
遅れて、ゴルゴーンの戸惑いが何であるかはっきりとノーマは理解した。それを裏付けるように、ゴルゴーンはその巨体に見合わぬ声で「分からぬ」と小さく呟く。それに真っ先に反応したのは、我が道を行くファラオだ。神殿周囲に届かんばかりの大声で笑っている。
「フハハハハハハハハハ!聞いたかノーマ、ライダーよ!こやつ、神殿の奥で引き籠り何をしていたかと思えば・・・・・・何もしておらんかったのだ。いや、もしや無駄にデカい巨体を縮めて震え、デカい嗚咽でも」
どこからともなく現れた鎖が、ファラオへと絡みつく。そのまま近くにあった神殿の柱へと叩きつけられた。遂に堪忍袋の緒が切れたかと思ったが、意外にも手を出したのはライダーだ。
「そう言えば、身長を気にしてたよね」
「違います。これは彼女との交渉にこれ以上首を突っ込ませる訳にはいかないという判断の元です。決して私的な物ではありません」
断固とした言葉だった。ゴルゴーンが何とも言えない表情でライダーを見ていた。ファラオは、心配しなくても良いだろう。あれで消える訳がないのだから。
「・・・・・・話を戻す。感知は出来ぬがある程度の憶測は立てられる。私が取り込んだ貴様の身体は、継ぎ接ぎだった。何故貴様の身体に不純物があったのかは知らぬが、既に貴様の身体は何者かによって陵辱された後、と言う事だ。私は他者の苦痛を糧にするとはいえ、あれほどのゲテモノを捕食せざる負えなくなったのは大いに不服だ」
「不純物・・・・・・」
記憶を探る。それらしい物はあるだろうか?迷宮に来てからの記憶がひび割れた硝子のように覆われているせいで全てを掴めないが、何故だか自分自身が納得している事をノーマは気付いた。つまり自分は敢えて不純物を取り込んだ、のだろう。ゴルゴーンに取り込まれるのを前提としていたのかもしれない。だとするならばこの世界に来てからの不自然なまでの平常心が理解できる。
しかし真に恐ろしいのは自分で自分を理解する必要があるという状況だ。集中しなければ自分を認識する事さえ難しい。つまるところ、この世界は多くの不純物が混ざり合った結果、混沌と化しているのだ。同調、とあのファラオは言ったが、それは意識の混合体、即ち自我の未確立だ。サーヴァントに匹敵する程の力を持った存在ならば問題は無いだろうが、ロクな魔術礼装も回路も持っていない自分では数秒ごとに意識の再確認を行わなければならない。
「そのせいで腹が痛む。余程強い毒でも服用したか貴様?」
「猛毒かは知らないけど、その不純物さえ取り除けば・・・・・・いいえ、その後あなたを倒せば元の世界に戻れるみたいね」
ゴルゴーンが不敵に嗤う。それは肯定と、協力、そして来るであろう裏切りを意味していた。こんな契約ばかりだ。一時的な共闘、騙し騙されの協力関係。こんな時にアーチャーがいれば、と現実逃避気味に考えてしまう。
「協力などせぬ。だが貴様等を我が手足として一時的に使役してやろう。ククク、安心するが良い。少なくとも私の気が変わらない内は喰うつもりは無いのでな」
「ぜんぜん安心できないわね」
「いいや、一先ずは問題は無いだろう。こやつがこの世界で最も存在が大きい。つまるところ、最も世界の影響を受ける。ここで貴様に攻撃などしようものならば、こやつの存在自体に揺らぎが起こりかねん」
崩れた柱と同化した、と思っていたがファラオはまるで豪華な椅子に座っているように腰掛けていた。何処までもその態度を崩すつもりは無いらしい。
「許す。余自らが動いてやろう。最も太陽を手足とするには貴様程度の指揮では威光で目も潰れよう。精々その魔眼殺しをしているが良い」
「フン、そうしてやろう。貴様も残り少ない蝋燭を揺らがせておくのだな!」
「そうか?それは貴様も同じよ。どの道、ここは死線なのだからな」
それはどういう意味か、尋ねる必要は無かった。
ライダーが跳躍し、鎖で繋がれた短剣を振りかざす。ノーマはその短剣の切っ先が、自身の直ぐそばを通過し、ナニカを貫いた音を聞いた。ノーマは後方を振り返る。今まさに自分へ襲い掛かろうとしたその存在は、頭を短剣で串刺しにされ地面へ崩れ落ちた。
「これは・・・・・・」
ノーマの驚愕を待つ暇無く、荒々しい轟音と共に周囲に敵が迫る。それらは全て迷宮にいた幻想種だ。殺人兎、ゴーレム、ケンタウロス、多脚自動人形、ホムンクルスのできそこない、竜の亜種。何でこんなところに、という瞬間的な疑問と、これらが不純物だという確信に満ちた応えが自分の中から生み出される。
「マスター、敵襲です!」
ライダーは鎖を引き短剣を振り回そうとするが、ゴーレムが前に出て鎖へと自ら絡みつく。ノーマは他の幻想種が自分の元へと接近してくるのを見た。勿論友好的な者は一切いない。
しかし、それらはノーマへ近づこうとした瞬間に動きを止めた。次いで、その身体が無色の石へと変わっていく。この神殿ではありふれた彫像となった彼等を、蛇の尾が絡め、粉砕した。
「待ちきれずに襲い掛かるか、その気持ちは分かるぞ。空腹の苛立ちに勝る激情はあるまい!」
ゴルゴーンが吼える。その巨体が本気で暴れればノーマ達はおろか神殿諸共崩壊してしまうが、彼女は向かってくる幻想種のみを精確に捉え、瞬間的に魔眼を行使する事で排除していく。巨体に見合わぬ正確な攻撃だった。
「おい、マスターとやら。死にたくなければ我が鱗でも縋っていろ。目障りだ」
「分かった!」
ノーマは大人しくゴルゴーンの側へと近付く。そうすると彼女は躊躇無く魔眼を開放した。場当たり的に対処していたライダーが瞬時に離れ、ファラオは襲い来るゴーレムの影へと隠れた。
最大出力の魔眼が開放され、多くの幻想種が彫像と化す中、一定の対魔力を持った個体は未だに多く残っている。ゴルゴーンの巨体に匹敵する程の体躯を持ったゴーレムが動き、鈍重な拳を放った。ゴルゴーンはその拳を掴み、握り潰す。しかし痛みを感じないゴーレムはそのまま倒れこむようにゴルゴーンへと伸し掛かろうとした。
「小癪な!」
怪物の爪が一閃され、土くれへと強制的に戻ったゴーレムはしかし、ゴルゴーンの気を逸らすには十分程の行動をしていた。半人半馬のケンタウロス達が弓をつがえ、一斉に矢を放つ。ゴルゴーンの体躯では外れる方が難しい。
巨体に次々と矢が突き刺さる。通常の弓矢ならば、その鱗に阻まれ弾き返していただろう。しかし迷宮内の幻想種が扱う武器はサーヴァントの宝具に匹敵する神秘を内包している。数十発の弓矢が作り出す弾幕にはギリシャ神話の怪物も無傷ではすまされない。
「雑魚どもが、図に乗りおって!」
ゴルゴーンの髪が彼女の意志によって自在に蠢き、矢を弾いてケンタウロスを殲滅するも、向かう敵はまさに無数。それら一体一体の戦闘力は決して弱くはないのだ。むしろそれらの攻撃を一心に受けながら持ちこたえるゴルゴーンの耐久力こそ驚異的とも言える。瞬時に再生し、削られ、穿たれ、そしてまた再生する。突如として起きた戦闘は早くも膠着状態へとなりつつあった。
「おい、
叫ぶようにゴルゴーンが言うと、乱戦からライダーが飛び出す。ノーマの元へ到着するとその身を抱え、瞬時に神殿から離脱しようとした。
「まだゴルゴーンが!」
「大丈夫です。あの程度で死ねればある意味幸福でしょう」
そんな事言われても、とノーマはライダーに抱えられながら急速に離れていく神殿と、ゴルゴーンを見る。数体のゴーレムが彼女の蛇体に組み付き、その動きを封じ込める。その間にケンタウロスが矢を放ち、ワイバーンが喰らいつき、キメラがその肉を貪ろうとする。蟻に身体中を蝕まれる巨獣の図だ。
ノーマはしかし、視た。怪物の慟哭が神殿を、この空間を揺らしている。そしてライダーが離れた理由を理解した。神殿内の術式、結界が作動したのだ。無数の呪いが連結され、一つの大魔術を作り出す。それらは群がる幻想種を覆い尽くすには十分だ。
「
宝具が、発動した。極めて単純な術式であるソレは、結界内の全ての生命体を溶解させ、吸収する。いかに魔術防御に優れた魔術師も、血肉があるのなら抗える物ではない。それは結界内にいた幻想種も同じ。あの場に自分がいれば、と考えただけでと背筋が凍る。慌ててその思考を打ち消した時、ノーマはふと思い出した事があった。
「そういえば、ファラオは?」
「彼の事は記憶に止めておきましょう。数秒ほど」
「そう、だね。そうしようかな」
懸念はこれでなくなった。
だが魔界となった結界内でも、血の通っていない生命体はやや効果が薄いようだ。ゴーレムは腐食しながらもその身でゴルゴーンを圧殺せんと数体がかりで包囲していく。
「馬鹿め、余があの程度で死ぬものか!」
瞬間、彼方から伸びた光軸がゴーレムを貫いた。拘束を脱したゴルゴーンは残りのゴーレムを粉砕し、残る敵を喰らい尽くす。
ノーマはいつの間にか直ぐ横に立っているファラオを見た。
「あれは、ファラオの宝具?」
「そうだ。余の至高の財よ。少々距離は遠いが、太陽の威光は世界すらも貫く故な!」
「デタラメな能力ですね。クラスの譲渡はおろかあれほど強力な宝具を放てるとは。貴方、本当に英霊ですか?」
ライダーの皮肉を、ファラオは笑みを浮かべて返す。ノーマは彼が何と答えるか、分かってしまった。
「違うぞ、余はファラオだ。それ以上でも以下でも無い!それにこうして呆けている場合でもあるまい。そろそろあの大蛇もどきの元へ行った方が良いだろう。今頃腹を下している頃合よ」
「どういう意味?」
「あやつの宝具は己の補食器官の拡張だ。結界内の生命体を分け隔て無く喰らい、己の糧とする。この夢にあやつが囚われた原因は何だ?」
そこまで言われれば、ノーマとて合点がいく。あの幻想種達が、自分とゴルゴーンを夢へと引きずり込んだ原因なのだ。あれ程の数をどうやったら異物として自身の体内に取り込んだかはしらないが、夢の中でも同じ行動をしても状況は好転しないだろう。
ノーマが言葉を紡がない内にライダーが彼女を再び抱え、行くべき場所へと運んだ。
「グウ、アアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴルゴーンは更地となった神殿の中心で、横倒しにのたうち回っていた。まるで巨獣が癇癪を起こしたような動作だが、それは体内に取り込んだ異物に対する拒絶反応に違いは無い。ノーマは近づこうとするも、ライダーがそれを遮った。
「危険です」
ノーマにとってその言葉には二つの意味を推測させた。のたうち回るゴルゴーンに無意識に下敷きにされる危険性と、外敵がいなくなった事で意識的に襲いかかってくる危険性だ。
「あの幻想種達は、もういない?」
「いないとは言えません。全て
「ややこしい話し方をするものだなライダーよ。はっきりと言わないのは貴様の性格か?」
含みのある言い方で、ファラオがゴルゴーンへと近づく。身の内側で起こる痛みに、ゴルゴーンは先程まであった理性は無くなっている。近付く存在に反応したのか、質量と威力を備えた強靱な爪が迎撃した。
それをファラオは悠々とかわし、持っていた杖で床を叩いた。瞬間、彼方から光軸が迸り、ゴルゴーンの身を焼いていく。
「何をっ!?」
「分からぬか?短い契約は終わった。条件としては悪くない、対等な契約だ。状況によっては立場が逆転していただろう」
ファラオの行動はどう見てもゴルゴーンの痛みを取り除こうとはしていない。むしろ痛む身体ごと消し飛ばす勢いだ。光軸は次々とゴルゴーンの身体を焼き尽くしていく。
「今、こやつの身体には多くの存在がある。幻想種共は機会を見てこやつの存在そのものを乗っ取ろうとしたのであろうな」
わざわざ自分達が来てから仕掛ける辺り、幻想種の確かな知性を感じさせる。彼等はより確実にゴルゴーンの宝具を発動させたのだ。腹の中ではどんな生命体も防御機構を持たない。そういう意味ではゴルゴーンにとって致命的だ。下手をすれば幻想種達にゴルゴーンが呑まれ、襲いかかってくるかもしれない。
そこまで考え、ノーマは気付いてしまった。
「都合が良いとは思わんか?貴様をこの世界へと繋ぎ止める為の鎖が、こうまで揃った。簡単に言ってやろう。この存在さえ殺してしまえば、楽に元の世界へ戻れる」
歴然たる事実を、ファラオは言った。その通りだ、と脳裏でささやく声がした。ノーマをここに止める異物、自身を喰らったゴルゴーンと、異物たる幻想種達。今それらは一個体に収縮されている。そしてその個体は強烈な拒絶反応で戦闘能力は格段に落ちている。
騙し討ちだろうか?契約とも言い難い相互の利益が重なっただけの協調。それらが再び平行へと戻っただけだ。
「余がいなくとも、貴様はその答えにたどり着いていたであろう?何、礼はいらん。労働とも言えぬ雑事だ」
ノーマはライダーを見た。彼女は何も行動しなかった。自身の根幹をなす者が攻撃され、消滅すればどのような影響が出るか分からない彼女ではない。だが、彼女は何もしない。
「止めて」
故に、自分が動いた。ファラオの眼前へと進み出たノーマは、目の前の男が、正しくファラオである事を再確認した。滲み出る王気、そして向けられる殺気は、敵対者へと向けられる非情なる王だ。
ノーマの言葉に合わせて、光の蹂躙が収まる。後方で力なくゴルゴーンが身動ぎする音がした。
「何故止める?あの魔物の存在は、貴様にとって千の害を与える。元々倒す存在べき相手だ。今更気が変わったか?」
「その通りよ。気が変わったの」
ファラオが笑みを浮かべ、次には真剣な表情へと変わった。
「下らぬ!惰弱な同情心に媚びたか」
「いいえ、強靱な意志に従ったの」
常人ならば発狂するほどの殺気を向けられながらも、ノーマは引き下がらない。むしろ今この瞬間でも食ってかかりそうな気迫を滲ませ、ファラオに対抗する。もしかしたら狂ったのかもしれない、と何処か他人事でノーマは考えながらも、傍で見守るライダーを見た。追放され、怪物となり、最後には家族すら認識せずに殺し、そして殺された彼女を。因果応報だろうか?そんな物は無い。ただあるがままの、大きな流れに翻弄され、偶々彼女が選ばれたのだから。
今も同じだ。彼女は悪くはない。ただ、その状況下にのまれただけ。そんな繰り返しを、友人の悪夢を追体験したいとはノーマは思わなかった。
「貴方が何と言おうとも、私は彼女を助ける。邪魔をするなら容赦しない!」
叫ぶように宣言したノーマの声を、静寂が包み込んだ。朽ち果て、崩壊した神殿内で一触即発の雰囲気を維持したまま、ファラオはゆっくりと吟味するように黙している。
ノーマは、緊張で相手の顔を見たまま棒立ちするつもりは無かった。
「ならば、死ぬが良い」
「面白い!」
一人だけの空間を埋め合わせるように、闇の中で拍手が響きわたった。男の声には並々ならぬ喜悦が含まれ、頬は興奮で紅く染まり、瞳は肉食獣のように輝いている。
「面白い、素晴らしい!まさか一時的とはいえ、私の目を誤魔化すとは、少々油断を、いや、過小評価をしていたらしい。釈迦に説法という諺は人にのみ適応されると思っていたが。懐に近い所まで攻め込まれてしまうとは」
暗黒の空間に、光が発生する。それは脆く、儚い燐光だったが決して消えない光だった。矛盾すべき光の元へ、男は悠然と歩み寄る。
「アインツベルンには賞賛を送ろう。下らぬ願いと一笑に伏したことを撤回しよう。君達の技術なければコレは造れず、更に彼女と会う事はできなかったのだから」
光を遮るように手で覆う。それでも尚目映い。男は手の内に感じる杯の気配を堪能し、舌を鳴らす。
「ただの食事ではない、正しく霊基再臨の儀式だ。私を本気にさせてくれる姫よ。君は恐らく、多くの障害を取り除くだろう。その時こそ、亜種聖杯は満ち溢れる」
そして最後は、と男は一度区切り、今の自分を客観視し苦笑した。まるで若者のソレだ。血気盛んで、積極的に人を食していた頃の。
「童心に帰る、か。悪くない。頼んだぞ麗しい姫よ。君の存在はこの二度目の聖杯戦争、そのフィナーレを飾るに相応しいのだから!」
男は長い拍手と笑みを維持したまま、そこにいた。そして、沈黙する。
「しかしどうやら、私のささやかな楽しみは懸案事項へとなっているようだ」
些細な事ならばこんな事はしない。今の自分でも不明な事だからこそ、この迷宮の主は訝しむのだ。それは本来あるべき駒であり、動くべき駒であり、そして切り札たる駒である存在。ソレが行う不可解な行動。これ以上の拘束は無意味であり、駒の戦闘力を下げてしまう。それでは本末転倒だ。しかし、男は生を受けて久方振りに感じる『不安』に戸惑った。
「全く無意味な事をする。まあ良い。精々悪足掻きでもしているが良い。オジマンディアス、太陽の化身よ。日はここには存在しない。太陽神の加護は存在せぬ異界で、貴様は太陽の威光とやらを示せるかな?」