迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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エミヤの事を書いたら本当にエミヤが来た(驚愕)
書いたら出るって本当だったんだ………
じゃあ孔明とかマーリンとか書いたら出るのかな(強欲)


第■階層④

 かくして、ノーマ・グッドフェローは死んだ。

 

 人としての生は既に終わっていたが、まだその精神は、残滓のように魔獣へとこびり付いていた。本来ならば一瞬の消化でソレも消え失せる筈が、消化者の不調によって奇跡的に存在しえた。

 

 しかし、それも終わった。魔獣の腹の中、その精神世界たるゴルゴーンの住む島が、彼女の墓標だった。

 

 血で塗り替えられた神殿内に佇む男は、この世界での異物である太陽はつまらなそうに、奇跡的に原型が残る神殿の欠片へと腰掛ける。

 

「つまらぬ。ものの数秒でそれとはな」

 

 失望に満ち溢れた声で、オジマンディアスは呟いた。その声に答える声はいない。突発的に起きた戦闘は、瞬きする間に終わった。地面に転がるライダーは倒れたまま動かず、またマスターも同様に力尽きている。

 

 オジマンティアス。太陽の化身とされる、ファラオの中でも特に高名な王は、サーヴァントの格には収まりきらない。ギリシャ神話の怪物だろうが、彼にとっては凡俗なる有象無象と同列だ。

 

 自身の圧倒的なまでの宝具で、ライダーを蹴散らした?否だ。ではスフィンクスを再召還したか?それも否だった。そもそも、オジマンティアスは既に騎乗兵(ライダー)のクラスをメドゥーサへと移譲している。サーヴァントの規格も捨て去り、余剰している魔力も既に底を尽きかけている彼は、既に宝具の再発動が不可能なくらい消耗し、数分後には消失する。

 

 そんな瀕死の状態で、オジマンディアスができた行動は少なかった。投擲されたライダーの短剣をかわし、掴む。そして相手が鎖で引き戻すより早くライダーの頭部へと投げつける。ライダーは反応すらできずに首筋に短剣が突き刺さり、地面へと倒れる。

 

 後はライダーの顛末を視ている少女の命を摘むだけだ。これらの動作を数秒でこなしたオジマンティアスは、結末の呆気なさに怒りを通り越して呆れ果てた。

 

「ふざけた結末だ、瀕死の男一人にこうまでやられるとは、たわけめ!」

 

 言葉とは裏腹に、その顔は悲壮を漂わせる。彼は英雄を好む。友を救う為に圧倒的な存在を相手にするどころか自身の命すら省みないノーマの姿勢は物語に登場する英雄であり、自身の友とよく似ていた。

 

 しかし、現実は物語を許さない。オジマンディアスは世界の有り様を理解している。希望を持つものには更なる絶望を、勇猛さは蛮勇さとなる世界を。最も度し難いのは、他でもない自分自身が、彼女達の絶望となった事だ。

 

「っぐう・・・・・・きさ、ま」

「フン、まだ生きていたか」

 

 オジマンディアスは鬱陶しそうに後方へと振り返る。身を横倒しにし、苦しげにうなるゴルゴーンは未だに生存している。苦痛の為か、それとも二人の犠牲故か、魔眼殺しの眼帯越しでも狂気の色は薄くなっているのが分かった。

 

「こちらの用は済んだ。興醒めもいい結末だが、まあ良い。太陽は万人の頭を照らす。死に瀕した蛇を介錯するぐらいの慈悲は持ち合わせているぞ?」

「ふざけ、おって・・・・・・!」

 

 ゴルゴーンは息も絶え絶えになりながらも、立ち上がった。その身は既に満身創痍でありながら、戦う余力を残している。しかしオジマンディアスは無意味に立ち上がる彼女を笑いもせず、淡々と眺める。何の意味も無いからだ。

 

「最初から、分かっていたであろう。貴様も、貴様の分身も、ファラオたる余も、そしてあの小娘も、生きてこの世界からは出れぬという事を」

「黙れ!貴様を殺し、喰らい、そこの屍も取り込めば」

「不可能だ」

 

 オジマンティアスは断言した。

 

「なぜなら、この空間にいる存在は全て死んでいるからだ。貴様はあの小娘を取り込んだのではない。取り込まれたのだ。何故かは知らぬがな」

 

 本来ならばあり得ない心象風景の多重化はつまる所、本人の混沌化に起因している。人の身で幻想種を取り込む等狂気の沙汰だが、取り込んだ者達が巨大過ぎた。お互いがお互いを潰し合う体内は更なる混沌を喚び、結果的にノーマ自身を小規模ながら存命させる結果となった。

 

「だがそれも終わりよ。今この小娘を操るのは、貴様でも小娘でもあるまい。混沌と化した幻想種の集合体、合成獣とも言うべき下らぬ獣畜生共よ。ただ己の補食本能を満たすという点では貴様の顛末とよく似ているが、こやつには貴様のような本能(理性)はあるまい」

 

 オジマンティアスは空を見た。青く澄み渡る空に、歪なヒビが入っていく。それは現実への脱出ではなく、夢の終焉、精神の崩壊を意味していた。ノーマ自身の精神は勿論、屍となった幻想種、ゴルゴーンの意志は全て混同され、混沌へと還る。

 

「貴様がまだ諦めぬと言うのなら、それも良いだろう。何も死体に咎を求める程余も酔狂ではないからな。適当に崩壊するまで付き合ってやらんでも無い」

 

 ゴルゴーンは押し黙る。自身のやっている行為全てが無意味と分かれば、理性の残る怪物とて止まるか。オジマンディアスは語る事はこれで終わりだと瞳を閉じる。消滅までの猶予時間はやや長い。現界して最後の光景を眺める気にもならず、人間的に言うのなら飽きたとも言える精神状態で残り時間を過ごそうとした。

 

「おい」

 

 オジマンティアスは再び瞼を開ける。

 

「ファラオの微睡みを妨げるな。適当に付き合うとは言ったが、何も耳を傾けるとは言っておらぬぞ」

「私が今消滅すれば、あの娘はどうなる」

「変わらん。命があったならば多少は奇跡を期待しても良いだろうが、こうなってしまってはどうにもならぬわ」

 

 質問に手短に答え、オジマンディアスは再び瞼を閉じようとした。

 

「つまり、命さえあれば助かるのだな?」

 

 しかし、ゴルゴーンの言葉でそれを止めた。

 

「・・・・・・何かするつもりか?」

「貴様には関係のない話だろう」

 

 ゴルゴーンは地に倒れ伏すライダーを掴むと、口の中へと放り込んだ。まるで苦虫を嚙み潰したような顔で唸りながらも、ゴルゴーンは喉を鳴らしてライダーを、自身を取り込む。混沌となりつつある彼女の自我はしかし、自分(ゴルゴーン)が捨て去った自分(メドゥーサ)を再び戻す事で侵食を喰いとめる。

 

「・・・・・・これで少なくとも、(メドゥーサ)は一つとなった訳だな」

「見上げた生存本能だが、無意味と」

 

 瞬間、ゴルゴーンは己の胸へと手を突き刺した。神殿内を深紅に染め上げる自身の血を見ながらも、ゴルゴーンは迷うことなく更に奥深くへと手を突っ込む。自身の右胸で脈動するソレを掴み取ると、断固とした決意のまま引き抜いた。

 

「っぬぅ・・・・・・はあっ!」

 

 既に風前の灯火である怪物は、しかし心臓を抉り取ったぐらいでは死を迎えない。苛烈を極める痛みと、儚い喪失感を抱かせる程度に留まる。まだ死なない。いや、死ねない。蛇のように這いつくばりながら、その眼は血の池に倒れたもう一人へと注がれる。

 

「世話のかかる人間だ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な痛みで、ノーマは死の底から蘇生した。それは死の底から強制的にたたき起こされるような苦痛で、ただ延命させるだけの継ぎ接ぎの救済だったが、脳に血が通い、停止していた臓器が再起動するのは生きていると言っても差し支えない。

 

 しかし生還した悦びは束の間、瞬時に痛覚がノーマの身体を苛む。異常、異端、異物。身体中から訴えられるエラーの数は、容易くノーマを正気から引き剥がす。現状の確認など不可能、思考する事さえも論外だ。人間は痛みだけで死ぬ事ができる。身体の異常信号に脳が耐えられないからだ。しかしノーマの感じる痛みは一瞬ではなく、永い。時間や記憶といった機能は全て停止しているが、それでも律儀に痛みだけは存在する。即死する筈であろう痛みを、ノーマは生きながら受けていた。

 

「聞こえるか、貴様」

 

 発狂し、絶叫しているノーマの聴覚が、音の信号を脳へと送ろうとした。しかしその信号は度重なる身体の痛覚信号に混ざりあい、不明瞭なノイズ程度にしか感じられない。そもそも聞こえていても、ノーマ自身にそれを理解する程の余力は残されていなかった。

 

「何、本当にそれで分かるのか?騙されているような気がするぞ。まあ良い・・・・・・聞こえていますか、マスター」

 

 聴覚からの信号が他の全ての信号を一時的に打ち消し、脳内の混沌を洗い流す。一瞬の静寂で正気へと戻ったノーマは呼びかけた声の主を視ようとした。しかし視界は赤く濁り切っており、魔眼はおろか眼球としての機能すらも疑わしい。しかし聴覚ははっきりと自分の前に誰かがいて、それが誰であるか理解できている。

 

「メドゥーサ?」

「・・・・・・はい、私です。身体の調子はどうですか、マスター」

 

 良かった、メドゥーサだ。混濁する記憶の中でも彼女との想い出は変わらない。ノーマはメドゥーサの無事を感じ、心から安心した。もう少し近付いて話そうと立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。忘れられた痛覚が再び身動ぎする感覚に、ノーマはやっと自分とメドゥーサに起こった事を理解した。

 

「貴方は、ファラオは・・・・・・」

「落ち着いてくださいマスター。質問を繰り返しますが、身体の方は大丈夫ですか」

「・・・・・・痛い、かな」

 

 ぶり返してきた痛みを、簡潔にノーマは述べた。全身を苛む痛みは変わらず、少しでも気を抜けば最後、再び発狂が始まるだろう。ノーマは自身の耳のみに意識を集中させるが、どれほどの正気を保てるか。声からノーマの状態を理解したのか、メドゥーサは「厳しいですね」と答える。

 

「残念ですが、その痛みは消えないでしょう。貴方が人間を保とうとする限り」

「どういう、事?」

「しばらくすれば、視界も順応します」

 

 ノーマの質問を無視するように、メドゥーサは話を続ける。詳しく問いただしたいが、身体の痛みは完全に自覚できるレベルに至り、会話すらも容易ではなくなってきた。

 

「長くは無かったですね。短い時間で、まだまだ語るべき話も、共有したかった話もあった」

 

 何処か悲しさと儚さを滲ませる声は、まるで永遠の別れをする友人のようで、ノーマは身体の痛みとは別種の痛み、つまり心の痛みも味わうことになった。何で今別れを告げる必要があるのか。まだまだ自分達は一緒にこの迷宮を探索できるのではなかったのか。

 

「ですが、私は楽しかったです。生前は孤独な生だった、という訳ではないですが、友人は少なかったので」

「メドゥーサ。貴方は」

 

 視界がようやく戻りかける。ノーマは這いつくばった姿勢のまま手を伸ばした。手から伝わる相手の手。巨大で、鋭利な爪は容易く人間の皮膚を引き裂くだろう。強靭な腕力はまさしく怪物だろう。その瞳は全てを冷たく石にさせるだろう。

 

 だが、触れた掌から伝わる温度は仄かな温かみを持った、優しい手だった。

 

「さようなら、ノーマ。貴方に会えて良かった」

 

 霞のように消え去る感触。それと共に、ノーマの視界が晴れていく。鮮血で染め上げられた神殿の中で、腰かけたその男は待っていたとばかりに立ち上がる。

 

「やっと起きたか」

「メドゥーサは?」

「さあて、知らぬ。余は貴様等を殺した、と思っていたからな。まさか立ち上がるとは露ほども思ってはおらんかった」

 

 王様でも嘘はつくらしい。ノーマは辺りを見回し、次いで己の身体を見る。胸は肉食動物に喰い千切られたように血にまみれ、己の脈動する臓器すら見える有様だ。不釣り合いな程大きな心臓が。それらはしかし、時間を巻き戻すように再生する皮膚の中へと収納されていく。

 

 心臓から供給されるのは己の血液ではない。魔の色が付いた怪物の血であり、友人のくれた半身でもある。ノーマは自分の手を開き、閉じる。その動きだけで自分が既に『変わっている』事を理解した。

 

「夢でも見ているような顔だな。そろそろ目覚めるべきではないか?」

 

 ファラオは己の懐から短刀を取り出した。果たして彼にどれ程の武勇があるかはノーマは知らなかったが、ゆっくりと近付くその姿を見れば人間ならば何の抵抗もなく受け入れ、サーヴァントであれば己の運命を呪っただろう。

 

 しかし、ノーマはどちらでも無かった。

 

「ええ。貴方を倒して、夢から醒める」

 

 瞬間、ノーマは駆け出していた。ファラオの短刀が煌めき、音が消え去る。ノーマは逃げも避けもしなかった。短刀は真っすぐノーマの右胸へと、移植されたばかりの無防備な心臓へと突き刺さる。

 

 神殿の、世界の崩壊が更に加速し、そして止まった。まるで時間を切り取られたように静止した世界で、二人の、いや『三人』の鼓動だけが響いた。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。突き刺さった短剣から力強く脈動する心臓の鼓動を、剣越しにファラオは、オジマンティアスは感じた。突き刺さる剣を決して離そうとせず、友の道を切り開く為に血を流しながらも鼓動を続ける彼女(メドゥーサ)を。怪物などとは片腹痛い。反英雄など笑わせる。自身を犠牲に他者を救うその姿は、自分のよく知る友と同じ。詰まるところ、彼女は怪物などではなく。

 

「見事だ、英雄よ」

 

 オジマンティアスは、呟いた。その胸に突き刺さるのは、ノーマの右手。入れ違いに突き刺す両者はしかし、一人の敗者を作り出す。

 

 ノーマは己の内から感じる友人の鼓動と、右手から感じる相手の鼓動を聞き比べる。どちらの心臓も、その人物の不死性を象徴するように力強く脈動を続けていたが、やがてゆっくりと手から感じる鼓動が弱まっていく。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。彼女の心臓が鼓動し、突き刺さった短剣をへし折り、内側の傷を塞いでいく。ノーマはファラオの胸へと突き刺さった己の右手を引き抜いた。赤に染まった自身の右手は、禍々しい怪物の手は、ゆっくりと人間の手へと、ノーマ自身の手へと戻っていく。

 

「フフフ、ハハハハハハハハハ!愉快愉快、万事面白い!これだから人間の世というのは」

 

 今まさに生命の根源が破壊され、加速度的に死へと近付いているファラオはしかし、まるで勝利の凱旋をするように高らかな声を上げた。

 

「見事、見事よ!怪物には祝福を、貴様には激励と褒美を送ってやろう。見事障害たる余を倒して見せた。さあ、何が欲しい」

 

 噴き出す鮮血をそのままに、ファラオはついさっき殺し合ったのを忘れるように上機嫌に話しかけてきた。恨み節や、呪いでもかけられるのではないかと警戒していたノーマは、改めて目の前の男が数あるファラオの中でも最高位に当たる存在である事を理解する。

 

 果たしてどういう生き方をすれば、自分を殺した相手に褒美を与える事ができるのだろう?

 

 そんな疑問もあったが、勿論口に出さない。ノーマはおずおずと、戦闘の余韻をゆっくりと胸の内に消化しながら口を開く。

 

「何がって・・・・・・その、できればこの世界から脱出したいんだけど」

「たわけめ。それは報酬でも何でもない、貴様自身が勝ち取った物だ。異物は一掃され、余も消える。暫くすればこの世界も消え失せる運命よ。無欲なのは勤勉であるが、度が過ぎればただの吝嗇を招くぞ?」

 

 ファラオの言葉通り、血で染まりきった神殿が徐々にその形を崩している。空を仰げば偽りの空にヒビが入り、世界そのものの崩壊をイヤでも実感できる。やっと大きな問題が解決した所で、息つく暇も無い変化の途中で何か欲しい物はないかと聞かれても、意味のある返答ができるとは思えなかった。

 

「因みにだが、もしも下らぬ言葉を吐けば余の最後の力を使い、貴様を殺す。ファラオが大舞台に立ったのだ、閉幕も上手くできねば主役は勤まらぬであろう」

 

 更なる無理難題だった。スフィンクスを統べる王となれば、この程度の知恵やとんちは基本らしい。別に謎や問題ではないが、それ故に明確な回答がない分、それらよりも答えるのは至難の業だった。

 

「さあ、言うが良い。ファラオがこうも言っているのだ。望みを言ってみろ」

 

 何を聞くべきだろう?このファラオの真名だろうか。拝謁して尚名を知らぬなら生きる価値無しとか言われて殺されそうだ。ならば自分の身体がどうなっているか聞くべきか?誰が貴様の事を教えてやると言った、とこれまた殺されそうだ。身分の上の人間、それも王様と話した事が無い自分は元からコミュニケーション能力が低い。アーチャーと話せたのすら奇跡なのだ。

 

 ダメだ、どうやっても殺される未来しかない。いっその事もう一度原理不明の力を使ってファラオを戦闘不能にしようか、と考えた時だった。頭の中で不可解のまま放置されている記憶を思い出す。

 

 

「・・・・・・じゃあ、一つ聞かせて欲しいんだけど」

 

 ノーマは崩壊していく世界を視て、どれくらいの時間が残されているか予想しながら、口を開いた。

 

「この迷宮の事を、教えて欲しい。私の記憶も殆ど無くなっちゃったけど、それでもこのアルカトラスの第七迷宮にはおかしい所が一杯あった。私は・・・・・・探索部隊の中でも下っ端だったから殆ど知らないのは分かるけど、サーヴァントがあんなに多い何て知らなかった、と思う」

 

 朧げな記憶と照らし合わせながらも、ノーマは言った。

 

 クラスが被るのはまだ理由を推測できる。所詮クラス等持っている武器や戦術で予想しているのだから、似たような武器を持てば一応は成立する。アーチャーがセイバーと自称しても、敵は一切疑わないだろう。それぐらい彼の近接戦闘能力はずば抜けている。これまで戦ってきたサーヴァントが、嘘吐きだったと言う訳だ。

 

 だが、数だけは無理だ。アインツベルンの秘術である聖杯、それを模した亜種聖杯は殆どが欠陥だらけで、そもそも聖杯戦争すら起こりえない代物が殆どだ。模倣技術が低いのではなく、聖杯そのものの造形は困難を極めている。亜種聖杯が完成し、サーヴァントを召還したとしても欠陥だらけの杯から生み出される英霊は格が低く、更に数は大きく制限される。

 

 それがどうだ、今回の亜種聖杯が喚びだしたサーヴァントは皆一級。大悪魔たるメフィストフェレス、ギリシャ神話の怪物メドゥーサといった反英雄はおろか、ケルト神話の大英雄達、そして目の前のファラオだ。どう考えても聖杯の限界を超えている。

 

「ふむ、中々の問いだ。貴様が疑問に思うのも無理はなかろう。果たして模造品の杯程度で、太陽と同列たる余を呼び出せるか、という事だが」

 

 やや曲解しながらも、ファラオは笑みを浮かべる。どうやら自分はここで死にはしないらしい。

 

「何もおかしな事ではあるまい。今回の亜種聖杯の争奪戦は、正しく『四騎』の英霊で行われている」

「四騎?」

 

 疑問は、直ぐに氷解した。四騎、という数字はこの際どうでも良い。ファラオの言葉で真に注意すべきなのは『今回』という言葉だ。

 

「その顔はどうやら真相に近付いたらしいな。貴様の想像通りよ。キャスター、アサシン、ランサー、そしてアヴェンジャー。やや異端な召還方法であるが、今回の亜種聖杯が喚びだした英霊は全て規格に合った者共だ」

「じゃあ、ファラオは、今回の亜種聖杯で喚ばれたんじゃなくて」

「この迷宮での聖杯戦争は三度行われている。そして、余は二度目で召還された。あの忌々しい男に呼び出されてな!」

 

 ファラオが本気で激高するとなると、余程呼び出したマスターと性格が合わなかったらしい。自分以外マスターがいた、という発言は驚くが、そもそもこの亜種聖杯の争奪戦が三度も行われているという事をノーマ自身知る由が無かった。記憶が欠落しているのか、それとも自分に説明されていなかっただけなのか。

 

「まあ良い。その男は既に極刑に処した。その男がこの迷宮の管理者で、三度目となるこの亜種聖杯戦争には脇役にすらなり得ぬ存在よ。忘れても構わん」

「いや、それについて詳しく聞かせて欲しいんだけど」

「断る。口にするのも、それについて思い起こす事さえ唾棄する存在よ!それに、貴様が知りたいのはここから先だ」

 

 ノーマの言葉を遮りながらも、ファラオはよく聞いておけ、と暗に言うかのように一端言葉を区切った。その沈黙はノーマにとって不思議にも苛立ちにはならない。むしろここまでの台詞で新たな情報を記憶として刻み、更に整理する時間を与えてくれたことを感謝した。

 

 亜種聖杯は三度、サーヴァントを召還し聖杯戦争を引き起こさせた。二度目の亜種聖杯に召還されたのが、ファラオだ。マスターは迷宮の管理者と言う。大魔術師たるコーバック・アルカトラスは製作者なので、別人だろう。その男は既にファラオの手で極刑を、恐らく死を与えられた。

 

 すると、三度目は一体誰が主催者なのだろう。ノーマの胸中の問いかけに答えるように、ファラオは口を開いた。

 

「今この迷宮を統べるのは、余と同じ二度目の聖杯戦争で喚び出されたサーヴァントよ。その真名は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な、何で貴様がここにいる?」

「何が、というのは愚問だな。こうやって迷宮を踏破し、最後の障害を取り除いた者に対する言葉かそれが?」

 

 アルカトラスの第七迷宮、それを統べる管理者はしかし、その立場に相応しくない姿で地面へと這い蹲っていた。決して短くない生の中、このような屈辱を数多く与えてきた。しかし、それを受ける覚悟も認識も無かった。自分には最強の駒がいた筈だ。その反応が消えたと同時に、突然の奇襲を受けた。全く現状を理解できない彼は狼狽し、目の前の存在へと問いかける。

 

「どうなっている!?オジマンディアスはどうした、貴様は何故ここにいる?何故私の、迷宮の管理者の目を誤魔化せた!」

「ここに来て恥も知らずに余の名を言うとはな」

 

 暗黒の空間に出現した太陽は、滲み出す黒を一掃するように進み出た。迷宮の管理者は、ヴォルフガング・ファウストゥスは顔を凍りつかせ後ずさる。数世紀以上生きた幻想種の威厳は消え去り、小物染みた下種の表情が露わとなった。ありとあらゆる苦痛を与えても尚足りないと思っていたオジマンディアスは、見すぼらしい元凶の姿に目を細める。

 

「呆れて怒りも消え去ったわ」

「な・・・・・・」

「それで、本当にいいのかライダー。私はあの聖杯に少しは興味はあるが、何も独占するつもりは無い。叶うかどうかは知らぬが、五分に分けるのも可能だ」

「あのような粗末な杯に用はない。貴様がいなければ破壊するつもりだったが、必要だと言うのなら構わん。紛いなりにも契約した身だ。ある程度は譲歩してやろう」

 

 ここに来てようやくファウストゥスは理解した。ライダーの反応が消えたのは消滅したからではなく、自身の魔力パスを切断し、マスター権を移譲したからだ。それでも管理者の権限として、迷宮で目が届かない部分は無い筈だった。そもそもサーヴァントとマスターの魔力的繋がりを断ち切り、再契約を施した後に自身の監視から逃れる?ただの人類史に刻まれた英雄如きに、それができるというのか?

 

 ・・・・・・できる。

 

 ファウストゥスはライダーの傍らで自分を無視して会話する彼女を見た。姫とまで言っていた過去の自分が恨めしい。姫など可愛らしい存在だと錯覚していた過去を焼却すべきだ。神霊級のサーヴァント召還は多くのルール違反を起こさなければならない一種のイレギュラーだが、可能な事ではある。マキリの作り出した召喚システムは殆ど解析できたが、ファウストゥスはそれを更に発展させた。

 

 ルール違反ではなく、ルールを拡張させたのだ。死者でなければ召喚できないサーヴァントシステムを改良し、彼女はそれによって召喚された。暴走の危険性を摘む為にオジマンディアスと同種の制限をかけていた。しかし彼女はそもそもサーヴァントでもない。人類史に名を残した英雄であるものの、彼女は未だに『生きて』いるからだ。

 

 つまり、『成長』する。サーヴァントをも縛る数々の制約は、迷宮を歩く彼女にとって丁度良い縛り程度にしか思っていなかった。

 

「手荒な召還はお互いだな。私もこんな姿だ。霊基は安定せず、霊核に至っては靄のように儚い。自身の弱さを嘆くなど久方・・・・・・いや、もしや初めてかもしれんな」

「フン、貴様のように不死となれば記憶も朧ぐだろうよ。あの聖杯で自身の死でも望むか?」

「それで死ねれば苦労は無いさ。よしんばここで死ねれば良かったのだが、こんな姿だからか少し本気になってしまった」

「何を・・・・・・言っている!?貴様達は私の糧となる存在だ。聖杯は英霊を誘う為の餌、貴様達が触れて良い存在では」

「英霊を誘う、か。残念だがそんな粗雑な物に群る者など魔術師程度しかあるまいよ。それでもここにサーヴァントが来るのは、その歪な聖杯を破壊する為だろうさ」

 

 ようやくファウストゥスへと向かい合った彼女は、ゆっくりと彼へと近付いた。その身体は黒く染まりきり、表情は窺い知れない。その身は下級サーヴァントにすら劣るというのに。何故自分が臆する程の殺気を放てるのか。

 

「ま、待て。よかろう、聖杯は譲る。私の目的は己の霊器再臨だ。今回は君達を開放し、次の聖杯で私自身の目的を果たすとしよう」

「聖杯を譲ればサーヴァントを召還できまい。ようは命乞いだろう。聖杯にも興味はあるがな。私の目的は別だ」

 

 彼女の手に現れた一本の槍。黒く濁り切ったその槍は本来の性能が消えうせた武器だが、迷宮の管理者を感知させる事無く心臓を破壊するぐらいの威力はある。死に瀕している幻想種を片付ける程度、造作も無いことだ。

 

「ふ、ふざけるなあっ!私は認めん、認めんぞ!こんな結末、認められるものか!」

 

 怒りと屈辱に震え、立ち上がったファウストゥスは、威厳やプライドをかなぐり捨て立ち上がる。

 

 自身の夢が費えるのは許そう。己の力不足だった。自身が最強であるとは自惚れていない。相手が自分より強かっただけだ。

 

 自身が敗北するのも許そう。己の浅慮さ、慢心があった。迷宮という絶対的な力が、自分と相手の実力差を認知できなくさせていた。

 

 しかし夢が費え、敗北したとい事実がまるで石ころ同然のように扱われるのは許せない。舞台で言うところの終幕が自身というのに、まるで次があるかのように、前座にすらなり得ないという事実だけは容認できない。

 

 しかしその足が一歩踏み出すよりも速く、槍は彼の身体を迷宮の壁面へと縫いつける結果となった。

 

「グアアアアアアアアアアアアア!貴様、キサマアアアアアアアアッ!」

「私の目的と、貴様の目的は同じだ。その身にある霊核、おおかたサーヴァントを倒して取り込んだのであろう?返してもらうとは言わぬ。奪わせてもらうぞ」

 

 痛みは無かった。それが本当の死が間近に迫っている証拠と感じ、ファウストゥスは絶叫する。自分の命たる核が、霊核が、今まさに奪われようとしている!ファウストゥスは目と鼻の先で向かい合う顔を睨んだ。

 

「おのれ、おのれ!貴様如きに、私が、この私が!?ただの不死程度に殺されるだと」

「そうだ。覚えておくと良い。このスカサハの名を、冥府にでも持って行け!」

 

 ケルト神話において、彼女は多くの神を殺した武勇を持つ英雄だった。ケルト神話で語られるクーフーリン、フェルグスやフェルディアといった大英雄達の師であり、その多くの武勇から人間から神の領域に踏み込んだ女傑。世界ですらその強さを認め、外側へと放逐するしかなかったモノ。

 

 神霊スカサハ。それこそがファウストゥスのよびだした本命のサーヴァントであり、自身が姫とまで言い一方的な感情を送っていた相手であり、自身の敗因となったサーヴァントの名だった。

 

 




原作最終ボスファウ何とかさん。
残念ながら今回は最終ボスじゃありません
それどころか噛ませ犬です

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