迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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更新が遅れてすみません!
二話連続投稿で許してください!


深層③

「ククク、ハハハハハッ!」

 

 満を期して舞台に上がる奏者のように、ファウストゥスは両手を挙げて笑う。これが舞台演劇ならば拍手喝采の演技。しかしそれは戦場の真っ只中では慢心とも言えない自殺に等しい行為だった。それに応えるべく食人妖精が殺到し、その牙を向ける。

 

 しかし、それらはファウストゥスに触れる前にゴーレムに弾き飛ばされる。迷宮の階層を形作っている鉱物から造成されたゴーレムの強度は妖精の牙を受け付けず、逆に相手を粉砕する程の硬度を持ち合わせていた。

 

 ファウストゥスは口角を吊り上げる。周囲には食人妖精の亡骸が無残に散乱し、それをゴーレムが踏みつぶし地面の染みへと変え鮮血の絨毯へと変えていた。損害は皆無に等しい。元より相性を重視し、この舞台を作り上げた。サーヴァント等の知的生命体に、ステンノは強いが、こういった愚鈍な無機物相手には手も足も出ない。

 

 それ故の分散。自身は戦力の確保に、そして自身のサーヴァントは戦力の排除に。元よりファウストゥスはステンノとの戦闘を戦闘とは感じていない。消化試合、否。『補給行為』と割り切っている。戦闘の真似事は少し予想外だったが、今の自分には障害にすらなり得ない。

 

「さあ、どうでしょう?無駄な抗いは女神としての品位を落とします。私がここまで戦闘を続けているのは、私の作ったゴーレムの試動をしてみたかっただけです」

「へえ、そうなの。じゃあ失敗作ね」

 

 ゴーレムの内、一機が体勢を崩し倒れる。身を起こそうと腕を上げるも、その腕には妖精が纏わりつき、一心不乱にゴーレムの体表を削り取っていた。手、足の関節部に集中して攻撃を加えられ、蟻に倒される象を連想させる姿でゴーレムがもがく。

 

 急造のゴーレムとはいえ、その敗北はファウストゥスの目には余りある。圧勝である筈の戦いで、損害を出したのだ。これまでの彼ならば、癇癪と怒りで我を忘れ無用な手間を、隙を晒していただろう。

 

 だが、今は違う。

 

「いえいえ、言ったでしょう。試作品だと。全ての機能を試しておきたいのです」

 

 瞬間、倒れたゴーレムが膨張し、爆ぜた。一定以上の損害を感知した自爆機能が発動したのだ。爆発に巻き込まれ、周辺の妖精が屍すら残さず灰となる。

 

 ファウストゥスは変わらない。敗北の味は苦渋に満ち、破滅の匂いを感じ取れば小物と変ずる性根はそのままだ。変わったのはその後。鋭敏になった敗北の感覚を、可能性を感じた瞬間に次の一手で勝利へと転じさせる手法。迷宮の元管理者は、敗北と引き換えに小物染みた自分を受け入れさせる残酷な結論を辛くも飲み込んだ。

 

「素晴らしい!物体を燃焼させる魔術は多く知っていましたが・・・・・・爆発は中々工夫が必要だった。しかし体内に可燃性の気体を凝縮していれば、それも簡易的に可能とは。損傷と共に漏出する気体と、着火させる為の火種(ゴーレム)。魔術的作用ではなく科学的なのは魔術師としては落第ですが、私としては新しい手段を講じる一つの策だと思うのです」

「随分と派手な事を・・・・・・」

 

 爆発の余波で吹き飛ぶゴーレムの残骸を、妖精達が盾となって防ぐ。その後ろには守るべき女神がいるからだ。そのせいで半数以下の数となっても、食人妖精達には一切の躊躇は無い。残骸とはいえ人一回り巨大な物質を、数百の群体で抑え、残骸の落下先を変える。しかしその重さに耐えきれず妖精達は押し潰され、かろうじてステンノに当たらない箇所に落とすに留まった。

 

「・・・・・・いいわ。止めなさい。結構よ」

 

 それを無感動に眺めていたステンノは、そう言った。はあ、と大きく溜息を吐き、それ以上の妖精達への命令を止める。指示を失った食人妖精達は指令を失い、あちらこちらへと彷徨い戦場から離れていく。ステンノを唯一守る鎧であり、盾であり、矛である武器が消える。それは戦場に勝敗を付けるには十分な結果だった。

 

「諦めがよろしいですな。もしや妖精達に同情を?」

「そんなんじゃないわ。これ以上荒らされたら、勝ってもやることが無いし。サーヴァントなんて柄じゃないし。気まぐれよ」

「ふむ。敗者に塩を送るのも哀れですな。良いでしょう。女神ステンノよ」

 

 ゴーレムを停止させ、ファウストゥスは緩慢な動作でステンノへと歩み寄る。それを見ようともせず、ステンノは足元にいる妖精達の亡骸を見た。勿論ステンノは気まぐれで神核を提供する程酔狂な女神ではない。人間ならばとにかく、人工的に造り挙げられた妖精達を最後の一兵になるまで戦わせるのも酷だと感じたからだ。魅了されているとはいえ、誰かの為に命まで投げ打つ行為は、どうしようもなく駄妹を連想させてしまう。

 

「ま、生前よりはマシかしらね」

 

 ちらりと見れば、ノーマが倒れていた地面には赤褐色の染みしか残っていない。戦場の余波に巻き込まれたというよりは、戦場のどさくさに紛れて逃げたのだろう。ステンノにとっては生前によく似た死に方で、天と地程の差があるが違うとするならば残ったモノがいる事。最良とは言えないが最悪でもない中途半端な終わり方だ。

 

 それが自分の望んだ結末なのかもしれない。

 

 目前に立つファウストゥスがゆっくりと手を上げる。その神核を抉り取る為に。

 

「では美しき女神よ。勝利の報酬をここに、その神核を捧げて貰おう」

 

 『捧げる』なんて女神に言う事じゃないわ。とステンノは口を開きかけたが、既にファウストゥスの手は動いていた。せめて遺言くらいは言いたかったとステンノは胸中で溜息を吐くも、瞬時にその思考を外へと追いやる。

 

 しかし、ステンノには来るべきであろう痛み、喪失感は感じる事は無かった。

 

 ファウストゥスの手は、ステンノの命を奪う筈の手が止まっている。否、止められている。爪と手、腕が一体化したかのような怪物の手が、ファウストゥスの手を握っているのだ。その手をよくステンノは知っている。異形の姿となっても姉達も守り、そして精神が壊れた妹。

 

「それは私の獲物だ」

 

 メドゥーサであり、ゴルゴーンである妹が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓から供給される血液が噴出し、ノーマは文字通り跳び起きた。常人では致死量の流血をもたらす傷も、化物染みた回復力で塞がりはする。それでも胸を穿たれたのだ、本来なら即座にショック死して味わう事のない痛みも、味わなければならない。

 

 轟音が、深層を揺らした。ミサイルでも突っ込んできたような爆音と共に衝撃波が肌で伝わる。視界が存在しないノーマにとってはそれこそショックで昏倒しそうな轟音だったが、その暇が無いことを察知し片手を振り上げる。

 

 流れ弾のように飛来してきたナニカを弾き飛ばす。ノーマは少しだけ眼帯を外し、それが石の塊、ゴーレムの残骸である事を確認した後自分の手を見る。鱗と鋭利な爪で覆われた異形の手。ゴルゴーンの手だ。意志を込めて手を握れば爪は縮み、鱗が引いていき元の人間の手へと戻る。一応自分の意志で切り替える事ができるらしい。今のところは。

 

 ノーマは再び眼帯をかけ直し、地獄絵図となっている戦場に耳を傾けた。自分でも恐ろしいくらい鋭敏になった聴覚で、どういう状況になっているかは直ぐに理解できた。妖精とゴーレムの戦いは、後者の勝利に傾きつつある。ゴーレム側の頭は人型で、ステンノの神核を奪おうと。

 

「奪わせはしない」

 

 そこまで理解した刹那、ノーマは呟いていた。違う。それはノーマの言葉ではなかった。思考の中でナニカが急激に這い上がってくるのを感じたノーマは、意識的に振り返ろうとしたが、既に身体はノーマの操作を受け付けず、駆けだしていた。人間であった手足が急激に変質し、それが腕、肩、胸へとせり上がっていく。

 

『借りるだけだ』

 

 ノーマは残った理性でそれを抑えようとしたが、思考の中で還ってきた言葉がそれを止めさせた。よく知っている声だ。果たして彼女がなにをするかは分からないが、それでもノーマは信じる事にした。

 

 怪物となったノーマの身体を、彼女が操る。瞬時に戦場の一地点、即ち雌雄を決するステンノとファウストゥスへと肉薄し、その腕を止めた。

 

「・・・・・・これはこれは、復讐者(アヴェンジャー)ではないか」

 

 ファウストゥスは予定外の異物をまじまじと見つめた。サーヴァントを召喚したマスターである彼は、どのクラスが今回の聖杯で召喚されたかまでは知らない。しかしこちらに殺気を放っている相手を見ればクラス等直ぐに理解できる。狂気を感じさせない、憤怒。普通の人間では表現できない怒りを持った顔は、復讐を冠するサーヴァントに相応しい。異端中の異端であるアヴェンジャー。しかも、彼女はその中でも異常な存在だった。

 

「そういうコンセプトもあるか。魂を他の誰かに移植するという魔術は聞いた事はあったが、『君』は違うらしい。どちらかと言えば私と同じ方向性、即ち他者のモノを己のモノとして扱う系統か。だが他者に取り込まれてしまっては元も子も」

「黙れ」

 

 自身の頭部を横薙ぎに払おうとしたゴルゴーンの手を、ファウストゥスは腕を掴んで止めた。互いが両腕を掴んだ状態で、ファウストゥスは嗤い、ゴルゴーンの表情は曇る。仮にゴルゴーンがサーヴァントとして召還されていれば、否、サーヴァントとしてここにいればファウストゥスの頭部は既に深層の地面の染みとなっていただろう。

 

「他者を取り込む事で自己を強化する。それを魔術的に行うのならばまずは取り込む相手と自分の差を少なくしなければならない。強いモノを取り込めば良いという訳ではないのだよ。サーヴァントを取り込もうと思うのなら、少なくともサーヴァントに拮抗できるくらいの力は必要だ」

 

 サーヴァントの核を取り込む狂気が、何たる奇縁か正気を保ったまま目の前にいる。しかしそれは大幅な能力低下を意味する。拮抗していた筋力勝負は、ファウストゥスへと傾きつつあった。

 

「つまり、今の君は無力という事だ」

 

 まるで紙屑を丸めるような気軽さで、ファウストゥスは握ったゴルゴーンの腕を握り潰した。畳みかけるように怯んだゴルゴーンの胸に手を添える。

 

Es ist gros,(軽量)Es ist klein(重力)

 

 重力操作、質量軽減。体重を極限に落とした質量を手で優しく押せば、数十メートルの落下と同じ速度で墜ちていく。垂直ではなく、水平方向に。ノーマはその魔術を知ってはいた。並みの魔術師ならば数分はかかる詠唱を数コンマで終わらせ、並み以上の効果を発揮するのは相手が力だけの獣ではなく、魔術にも精通した存在である事を示唆している。

 

 水平方向に堕ちたゴルゴーンの身体はゴーレムに衝突し、更にその岩石の身体を砕く程の威力を備えていた。何とか停止したゴルゴーンは体勢を立て直すべく立ち上がろうとするも、その身体を崩れた筈のゴーレムが意図的に包み込んだ。

 

「流体要素も取り入れた泥のゴーレムだ。サーヴァントを拘束するにはやや力不足だが、このテストもできたのは暁光かもしれないな」

 

 さてと、とファウストゥスは思い出したようにステンノへと向き直る。未だに闘志を燃やし、身じろぎしているゴルゴーンを見ようともしない。まるで既に決着が着いたかのような、軽い運動を終えたかのような清々しさを持っていた。

 

 腹立たしさと不甲斐なさが怒りに火をつけるのを、ノーマは感じた。ゴルゴーンの怒りだ。戦いらしい戦いもできず、纏り付く虫を払われるように拘束されてしまった。復讐心。アヴェンジャーたる憤怒が、その身体を突き動かそうとする。

 

 しかし肉体はあくまでノーマなのだ。人間の肉体を怪物で継ぎは接いだ身体は確かに常人を越えている力を持つが、弱体化は大きい。現に今もゴーレムの拘束を突破できないでいる。

 

『この、軟弱者め!こんな身体でなければあんな雑魚、くびり殺していた所を!』

 

 怒りが思考に木霊する。まるで耳元で怒鳴られたように聞こえ、思わずノーマは萎縮しそうになるも、目の前でステンノが殺されそうになっているのを黙ってみている訳にはいかない。何をすれば良いか考えるよりも早く、本能が行動を、その魔術を行っていた。

 

示せ(スケール)

 

 ノーマはただそう言った。そう、言っている。現実の身体が返っていた。身体のダメージか、それとも自分の思考を読んだゴルゴーンが明け渡してくれたのか、そんな事はどうでも良い。ノーマにとって重要なのは魔術の詠唱ができた事だ。自身が行使していた探索魔術の詠唱。本来ならば専用の礼装と、示す為の岩塩がが無ければできない魔術を、視覚の通じないこの状況下で使う。暗中の状況に、道筋を開く為に。

 

「何?」

 

 ファウストゥスは振り返った。後方から小さな、しかし明らかに異常な音がしたからだ。もしも彼が、スカサハに敗北しなければこの程度では振り返らなかっただろう。やや慎重に、臆病になった故の行動。それが命を救う結果となった。

 

 直ぐ目前に、眼帯を解いたゴルゴーンがいた。一閃される野性獣染みた爪を寸前で回避し、ステンノから離れたファウストゥスはゴーレムへと指示を送りながら、その陰へと隠れる。しかし命令を下された筈のゴーレムは、まるで棒立ちした巨象のようにピクリとも動かない。これではただの石象・・・・・・。

 

「石化の魔眼だと!?」

 

 驚愕しながらも、ファウストゥスは己に魔術的防御を施す。それと同時に自分を守るゴーレムが音を立てて崩れていく。向こう側には、眼帯を外し、自分を『視ている』アヴェンジャーがいた。

 

「無力なモノに追い立てられる気分はどうだ?」

「貴様・・・・・・クッ」

 

 ファウストゥスは己の身体から感じる異常を調べようとしたが、ゴルゴーンはそれよりも早く拳を握りしめていた。異常を診る暇も無い。緩慢になっていく動作で何とかファウストゥスは拳を受け止めようとしたが、ゴルゴーンのソレが想定以上の速さで手をすり抜け顔面を捉える。サーヴァントに勝るとも劣らない力は、ファウストゥスの視界を揺らし、その身体を地面へと叩きつけた。

 

「ガハッ・・・・・・ふざけるな!」

 

 地面へと這いつくばる負の記憶が蘇り、ファウストゥスは立ち上がり様にゴルゴーンへと魔力の塊をぶつける。詠唱も無い粗雑な魔術だったが、それでも弾丸以上の威力となる武器だ。当たりさえすれば。

 

 ファウストゥスが振り返った時には、既にゴルゴーンの姿は無く。呆けたファウストゥスの後頭部を、ゴルゴーンが鷲掴みにしていた。聞くだけでも発狂してしまいそうな異常な音と共に視界が急変し、地面へと放り投げられる。ファウストゥスは落下し、回転する視界に石化し立ち尽くす己の『胴体』が見えた。それを見てやっと引き千切られた事を自覚するも、その時にはゴルゴーンが油断なく近づいていた。

 

「・・・・・・ゴルゴーン、だと!?馬鹿な、このタイミングで」

「その名で呼ぶな。醜虫」

 

 振り上げた足で入念にファウストゥスの頭部を踏みつぶす。一度や二度ではなく、何度も、原型を留めないように。ゴルゴーンは相手の素性が、自分と同じ存在である事を理解していた。故に念入りに壊す。いかに化物と言えど、頭部を破壊されては再生は難しい。数分程踏みつぶし続け、ようやくそれ以上の追撃を止めたゴルゴーンは、魔眼殺しの眼帯をかけなおした。

 

 ゴルゴーンの顔を向けた方向には、ステンノがいる。彼女が何かを言おうとした瞬間には、ゴルゴーンはその目前へと移動していた。纏う殺気は変わらずに。

 

「・・・・・・ッ」

 

 ステンノは後ずさろうとするも、深層の壁がそれを阻んだ。結局、ここまでの戦いは獲物の取り合いに過ぎない。捕食者が誰であるか、それを決める戦いで、祀られる女神には何の救いも無い。

 

 ゴルゴーンが手を伸ばす。ファウストゥスの血と臓物で汚れ切った手が、ステンノの頬に触れた。一秒後には死よりもおぞましい結末を迎える自分の姿を想像しながら、しかしステンノは逃げなかった。逃げれる逃げれないの話ではなく、信じる。ゴルゴーンを。妹を。殺されるのは構わない。しかし自分が死ぬ事で、妹が『完成』してしまうのは許容できない。それは自分と同じ女神ではなく、堕神よりもおぞましい怪物として変生する事を意味するからだ。

 

「メドゥーサ。聞こえるかしら」

 

 ゴルゴーンは答えない。しかし聞こえている。そうステンノは思った。一秒後の死が延期される。

 

 何を言うべきか。自分に負けるな?自分に打ち勝て?それは違う。何故ならメドゥーサはゴルゴーンであり、ゴルゴーンはメドゥーサなのだ。過去を変える事はできず、メドゥーサが怪物になり、なったのは真実であり、勝敗など意味は無い。水を冷たくしていけば氷になるように、なるべくしてなった結果で、目の前にいるのはゴルゴーンなのだから。

 

 そう考えれば出てくる言葉は一つだけ。いつもの日常ならば、こんな事は恥ずかしくて言わないが、遺言のつもりで言えば堪えられる。

 

 ステンノは大きく息を吸い、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーマは、ゴルゴーンに呼びかけようとした。しかし、答えは無い。何故か?自分しかいないからだ。一方が一方を操ろうとすれば、何らかの齟齬が起こる。そのバグを解消させる為に『示された』道を、ノーマとゴルゴーンは選択した。即ち魂の同期。水と油、両極端の属性を無思慮にかき混ぜる。サーヴァントの肉体を移植させるだけでも奇跡の行為を、もう一歩踏み超える越権行為。しかし多くの幻想種、そしてゴルゴーンを取り込み正気を保ったノーマだからこそ出来得る行為だ。肉体と精神が同期し、ゴルゴーンがノーマに、ノーマがゴルゴーンとなった。そのおかげで、あの強敵を倒す事ができた。

 

 しかし、戻る方法が分からない。戻らないのか、永遠にこのままなのか。それらの思考をする前に、思考がステンノに統一されてしまった。ノーマ(ゴルゴーン)は己の食欲を満たす為のみにステンノへと近付く。それをノーマは拒絶できない。同期が強過ぎるのだ。せめてもう一度、ゴルゴーンに呼びかける事ができれば。

 

「ありがとう。助かったわ」

 

 耳朶から送られる情報が、氷結し融合した脳裏を溶かしていく。ノーマには経験があった。痛みだけで発狂しそうになっていた時、メドゥーサ(ゴルゴーン)の声で正気に戻ったように。同調していった意識がゆっくりと解け、怪物から人間へと戻っていく。頭の中でようやく剥がれたゴルゴーンは、戸惑うように脳裏の奥へと隠れていく。

 

『・・・・・・あとは任せる』

 

 放り投げられた身体の制御権を慌てて掴み、ノーマはステンノから数歩引く。改めて自分、ゴルゴーンの戦闘能力に驚嘆し、戦慄した。化物染みた怪力に、石化の魔眼。異常な再生能力。だが最も恐ろしいのはその全てが、いつ自分の手綱から離れるか分からないという事だ。暴れ馬なんてモノじゃなく、火の点いたロケットにしがみつくような所業で、いつ降り落とされるかわからない代物だからだ。

 

「大丈夫よ。駄妹も、必要以上に出てくることは無いみたいだし」

「それも分かるんですか?」

 

 こちらの思考はお見通しと言わんばかりにステンノは笑う。

 

「いいえ。如何に姉妹だからと言って、駄妹の考えてる事全部理解できる程、『完成』していないもの。だからこれは私の願いよ。妹には不変を。貴方には進歩を」

「一緒に行きましょう。妖精達もいなくなりましたし、ここにいる事は」

「行かせはしない。何処にもな!」

 

 ノーマは振り返り、ステンノは目を細めた。石化し、彫像となったファウストゥスの胴体がミシミシと音を立てて崩れ、中から肉の塊を吐き出した。醜悪さのみを収縮させたかのように不定に脈動するソレは異音を響かせながらも人の形へと、ファウストゥスを形成していく。

 

「無茶な事をするわね。安泰な死を受け入れれば良いものを」

 

 ステンノは呆れ半分、哀れみ半分の声で言った。ノーマでも理解できる。相手は魔術師として一級、いやそれ以上の存在である事を。そして、そんな魔術師であろうとも、蘇生に近い行為を行うのは不可能に近いという事を。かろうじて原型を保ってはいるが、身に纏う神秘は大きく下がり、魔術師はおろか生命体として崩壊が直ぐそばにある状態。蘇生ではなく、究極の延命だった。

 

「私は!私は、幻想種を超えるのだ!超えるべく数百、数千の時を過ごしてきた!それをサーヴァントもどきに邪魔され敗北する?ふざけるな!」

「神にでもなるつもり?仮にできたとしても・・・・・・いいえ、もう人の言葉も不明瞭かしらね」

「よこせ、よこせ!貴様の核、それが必要だ。必要なのだ!お前はその為に生まれた、捧げられるために生まれた筈だ!道具は使われることが本望だろう!」 

 

 足を引きずりながら、ファウストゥスはステンノへと近付こうと一歩踏み出した。それだけで、彼の足は体重を支え切れず崩壊する。今この瞬間にも死が近付いているファウストゥスは、藁にも縋るように這いつくばりながらもステンノへと近付かんと足掻く。優雅さの欠片も無い獣の形相は、この男の本質を現しているようだった。

 

「無視してくれて結構よ。あれはもう終わり。消える前の蝋燭だから」

 

 興味が失せたようにステンノは視線を外す。しかし、ノーマは『視た』。眼帯をする事で鋭敏になった聴覚、嗅覚、そして皮膚から伝えられる感覚が、ファウストゥスの纏う雰囲気が変わったことに。

 

「令呪によって命ずる。来い、ランサー!」

 

 どす黒い魔力が渦となり、五感を振るわせる。伝えられる情報は危険。ノーマは眼帯を外した。令呪の発動による、サーヴァントの強制転移。彼がマスターであるという事実が霞む程に、濃密な魔力が視界を覆わせる。一瞬、ほんの一瞬だけ、ノーマは臆した。元来の弱気が表に出てしまった。それは殆ど気の迷いと言っていい、僅かな誤差とも呼べるもので、転移されたサーヴァントにとっては絶好の隙に映った。

 

「邪魔だ」

 

 唸りを上げた魔力が、黒い渦となり放たれる。大自然の暴威を体現するような攻撃を、ノーマは回避しようとした。本能で分かる。あれは攻撃ではなく、破壊だ。脅威的な再生能力も、化物染みた怪力も通用しない。呑まれれば最後、その身を破壊しつくすまで止まらない。

 

 だが、避ける事もまた不可能だった。呆気なく身体が渦の中心へと呑み込まれ、五感が寸断されていく。それが死の体験だと知る前に、ノーマの意識は闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

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