迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

19 / 29
FGOアーケード始まりましたね。
意外にもカードがしっかりしててゲームも面白かったです。
ただ田舎の自分にはゲーセンまで行くのが猛暑故に苦行・・・・・・


深層⑤

 

 ある時の情景だった。

 

 場所は形なき島。血や石像が存在しない、これといった特徴の無い、本来の意味での『形なき』島。植物が生い茂り、小動物が草を食む。打ち捨てられた神殿の廃墟だけがある小さな小島。

 

 そこにただ一人で、彼女は来た。来たというよりも、追放されたと言った方が良い。神の不興を買いこの島へと放逐された彼女は、何をやると言う訳でもなく、ただ海岸を眺めている。彼女の生活は、日が昇ると同時に海岸へと足を運び、日が没すると神殿の廃墟で眠りにつくという習慣だった。誰も来ないこの島で、来るはずの無い来訪者を望んで。

 

 ここには誰も来ない。流刑の地には神々は近付かないし、欲深き人間が眼を付けるようなモノは存在しなかった。いるのはただ女神になり損ねた欠陥品がいるだけ。しかし、やがて彼女の孤独は消える事となった。

 

 少しの時間、それは人間においては悠久に近い時間であったが、彼女の姉達が来たのだ。追放されたのは自分だけで、欠陥品は自分だけ。即ち姉達は未だに愛され、そして女神であったというのに。ここに来るという事はどういう意味なのか分からない彼女ではなく、姉達が代償にしたものはあまりにも大きい。

 

 しかし、彼女は嬉しかった。その代償を払ってでも姉達が自分に会いに来てくれた事を。その代償よりも、姉達にとって自分は重大な存在である事を。孤独は終わり、形なき島は孤独な彼女だけではなく、二柱の女神が住む島となった。それは即ち、この島に価値が付けられたという事になる。神々はともかく、人間はそれを見逃さない。

 

 彼女は誓った。姉達の想いに応えるべく、戦うと。女神として欠陥品の彼女はしかし、戦闘能力を備えていた。常人には発揮できぬ怪力、見たモノを石へと変える特殊な魔眼。姉達を守る、敵を倒す為に彼女にだけ授けられたモノ。

 

 怪物に囚われた女神、と人は判断したらしい。怪物を倒せば、女神の愛とその身体が手に入るという根も葉もない噂が拡がり、我先にと欲深い人間が、義侠心豊かな人間が、ただの善人が島へと押し寄せ、彼女に殺されていった。

 

 いつからか、彼女はそれを楽しみにした。島へ来た人間を見て、嫌悪ではなく舌なめずりを。人間達は弱い。自分は強い。必死に足掻く人間を見るのは楽しみで、視ればもっと楽しくなる。ここで彼女は『殺し方』を学んだ。一つの攻撃で複数を薙ぎ払い、罠を造る事で自分が行動しなくても敵を貶める方法を。そして、どうすれば人間が苦しんで死ぬのかを。

 

「やめなさいメドゥーサ。挑みにきた人間達が命を落とすのは自業自得でしょう。けれど、それを娯楽にしてはいけないわ」

 

 姉は彼女を叱責した。そのころには身体も段々と怪物になっていき、精神もそれに引きずられるように、姿に相応しい心を持つようになっていった。姉達は神の倫理で道徳を解いたが、既に彼女は神でも欠陥品でも無く。

 

「貴方の魔眼は戒める為のもの。決して、恐怖を与える為のものではないのです」

 

 しかし、彼女にとって魔眼は既に恐怖を与えるものでもなく、快楽を得る為のものとなっていた。人間の愚かさを視れば呆れざる終えない。勝てぬと分かって進み、そして石になっていく身体に阿鼻叫喚するのだから、笑ってしまうのも無理はない。そして、それを楽しみとするのも。

 

「ソレを口にするのは止めなさい。(エウリュアレ)が、近頃の貴女は恐ろしいと怯えているわ」

 

 姉達に、初めて彼女は苛立ちを抱いた。何故、分からないのか。ただ自分は貴方達を守る為にやっているのだ。自分を自分で守れないから、私が守っているのだ。その為には強くなければならない。最近ここに来る存在は日に日に強くなりつつある。それらに勝つためには他から存在を取り込むしかない。その考えが自然と思い浮かんだ時、彼女は自分自身を嫌悪し、姉達とそれ以上会うのを拒んだ。そうすれば少しは破滅は遅くなるかもしれないと。

 

 しかし、それが如何ほどの減速になったのか。崩壊していく精神は加速度的に増し、彼女は『怪物』となった。姉達を守る為に強くなった身体は、精神は、在り方は、姉達を異物として扱った。その時にはもう既に彼女は姉達を姉達と認識しない。彼女は既におらず、形なき島にて顕現するのは怪物(ゴルゴーン)だったのだから。

 

「何て愚かな妹でしょう・・・・・・いえ、何て愚かな姉妹でしょう。ここまで守ってもらう気はなかったのだけど。貴女があんまりにも楽しそうだったから、つい甘えてしまったのね」

 

 怪物を前にしているというのに、姉達の表情は変わらない。自然の微笑みを抱いたまま、目の前にいる死を見ている。そこにもう愛する妹はいないと言うのに、何故そこまでするのか。何故逃げなかったのか。何故。

 

「貴女は私達を守った。けれど、私達を守ったメドゥーサはもういない・・・・・・なら、守られていた私達も同じようになくなりましょう」

 

 姉達は、ただそれだけの信念で、必死に怪物に向き合っていた。死よりも恐ろしい結末が控えている身体を、お互いが必死に繋ぎ止めている。それは儚い、勇気とは言えない愚かさだったが、彼女達の『覚悟』を現していた。弱いものだと思っていたが、その心はこんなにも強い。

 

 そこでようやく気付く。彼女が姉達を守るのと同じように、姉達もまた、彼女を守っていたのだと。その心を守りたかったからこそ、姉達はあの島へと来たのだ。

 

 そして、それは今でも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、自分がどれだけの時間気絶していたかノーマは瞬時に理解した。二秒も経っていない。自分の身体を見る衝撃波のように展開された魔力に対するダメージはそれほどなく、昏倒程度に済んでいる・・・・・・彼女のおかげで。

 

「・・・・・・無事、みたいね」

「ステンノさん!?」

 

 自身に覆い被さるステンノを見て、ノーマは眼を見開く。自分に向けられた魔力の渦は彼女が盾になる事でその殆どを防ぐ結果となった。それは即ち、彼女の身体が代償となる行為。

 

「・・・・・・へえ、こんなにも。痛いのね。知らなかったわ。守られて、ばかりだったから」

 

 流れる血は、魔力となって迷宮に霧散していく。右半身の殆どを削り取られたステンノは、殆ど意識を朦朧とさせながら呟いた。美しくあれと造られた女神は、例え瀕死の重傷を負ってもその美しさを衰える事無く、衣服に染み付いた紅が新しい装飾となって美を映している。

 

「何故、何故女神を狙った、ランサー!?女神の神核が必要なのだ。あくまで不要なのはそこの不純物だ!ええい、何がトップサーヴァントだ、これならばゴーレムの方が理知的だ!やはりあんな女を触媒にする必要などなかった!貴様のせいで、貴様が!」

 

 後方から声が聞こえる。しかし、ノーマにとってはどうでも良かった。空白となった思考は全ての機能が止まり、ただただ目の前のステンノを見ている。

 

 自分が今どんな感情なのか、ノーマは分からなかった。果たしてこれがゴルゴーンの感情なのか、自分の感情なのか。悲しさ、怒り、悦び、それらが複雑に混ざり合い、お互いの感情を潰し合う。最後に残った感情によって、ノーマはゆっくりと動き、ステンノの身体を持ち上げた。

 

 軽い。元々小柄な彼女は、今では更に小さく、軽く感じられた。それは今まさに彼女の命が潰える事を意味している。

 

「いいえ、マスター。アサシンが彼女を庇いました。嵐に飛び込んでくるとは私も予想の外。じきに消滅するでしょうが、僅かな猶予はあるでしょう」

「なら、それまでに早く神核を!女神の神核だ、私に必要なのだ!早くそれを摘出せよ、命令だ!」

 

 意識がこちらに向けられる。振り返らなくても分かった。抱えられたステンノが身動ぎし、迫る気配に目を向ける。残る余命を削りながら、言葉を紡ごうと口を開いた。

 

「逃げなさい」

「いいえ」

「バカね、あの男の狙いは」

「逃げません」

「私の、命を無駄にするつもり?女神が人間を助けたのよ。せめてその命を」

「無駄にはしません。上姉様」

 

 自身へ向けて突かれた槍を、ゴルゴーンは片手で止めた。既に手は怪物の手へと変化している。死に損ないへと手向けられた攻撃等、止める事は容易い。勢いを殺された相手が対応するよりも早く、魔眼殺しをゴルゴーンは解いていた。

 

「退け、邪魔だ」

 

 しかし、相手は意に介す事無く口を開いた。石化の魔眼に対抗できる程の対魔力を備えたサーヴァントは、握られた槍を徐々にゴルゴーンへ押し込んでいく。如何に対魔力と言えど、魔眼を完全に無効化できる程ではない。ある程度の拘束、サーヴァントの性能をランクダウンさせるには十分。しかし、相手は尚それでもゴルゴーンの怪力に匹敵する力を備えている。

 

「邪魔なのは貴様だ」

 

 ゴルゴーンの髪が唸り、蛇となって敵サーヴァントへと喰らいつかんと牙を向ける。髪の毛の数だけ向けられた牙に、敵サーヴァントは後方に飛び退いてそれを躱した。

 

「貴女・・・・・・メドゥーサね」 

 

 ステンノはおだやかに言った。ゴルゴーンは首を横に振り「いいえ」と否定する。ステンノの身体が靄がかっていき、段々と軽くなっていく。消滅が近いのだ。

 

「この、クズが!見ろ、もう殆ど消えかけている!早くするのだ、騎士王!会話等している暇は無いのだぞ!」

「マスター、代替策の用意を。努力はしますが、原型を留めていれば幸運です」

 

 今度はゴルゴーンが後方へ飛び下がる番だった。威力も速度も一段階上がり、ステンノごと破壊する勢いで攻撃を仕掛けてくる。それでもステンノを抱えている分、相手はあの魔力放出は使わない。確実な破壊手段は用いないが、その槍は強大で、一撃でもその槍に触れれば容易く身体は崩壊するだろう。逃げることもできず、更に勝つ方法も思い浮かばない。

 

「・・・・・・私を喰らいなさい。メドゥーサ。そうすれば」

「いやです」

 

 その意味を、ゴルゴーンは誰よりも理解していた。故に即座に否定した。女神ステンノ、女神エウリュアレを取り込んだ事により、ゴルゴーンは怪物として『完成』する。一柱足りないが、女神の神核を有したステンノを取り込めば、戦闘能力は飛躍的に上がるだろう。しかし、ゴルゴーンは神話の再現をするつもりは無かった。

 

「直ぐに片付けます。上姉様」

「・・・・・・はぁ、やめてと言ってもやめないでしょうね。貴女は愚図でノロマだから、要領も悪いって分かってたわ」

「ええ。そう思います。でも、そんな私の為に、上姉様と下姉様はあの島へと来てくれた」

 

 片手でステンノを守り、もう片方の手で応戦するも槍を携えたサーヴァント、恐らくはランサー、は片手一本で対抗できる程甘い相手ではない。逃げ回るようにゴルゴーンは動くが、その動きは既に読まれ、相手はピタリと動き続けるゴルゴーンと並走し逃さない。

 

「守られていたのは、私の方でした。なのに、それを知らずにあんな事をしてしまった。憧れていたんです。姉様達みたいな女神になれたらと。欠陥品の分際で」

 

 果たしてあと何十、何秒持ちこたえられるか。いやそもそも持ちこたえられるのか?目の前に出現した突き穿つ槍を、寸前で回避し、腕を犠牲に防御し、それが幾ばくかの余地を生み出せるか。理性が叫ぶ。荷物(ステンノ)を降ろせと。本能が叫ぶ。獲物(ステンノ)を喰らえと。ならば何故、自分は彼女を守るのか。体内に入り込んだ異物(ノーマ)のおかげか。それともこれが過去の自分、メドゥーサの意思なのか。

 

「・・・・・・本当、愚かな姉妹ね。メドゥーサ。最後だから言うけれど」

 

 ランサーのサーヴァントが槍を引く。この一撃で全てを決するつもりらしい。ゴルゴーンは反射的に『両手』を使い手を前へ向け、己の髪を総動員する。

 

「憧れていたのは、私達の方だったのよ?」

 

 一瞬の静寂の後、嵐が神速の速さで飛来する。魔力を放つのではなく、自身の推進力へと。常人ならば狂気の沙汰だが、サーヴァントならば可能だ。一秒もかからない突撃を、ゴルゴーンは己の怪力で止める選択肢を選んだ。神話の大英雄は、その身だけで天地を支え、海を割り、嵐を止める事を為したという。ならば、神話の怪物がそれをできないという道理はない。

 

「・・・・・・ックゥ!」

 

 その身一つで嵐を受け止めたゴルゴーンの身体は、当然のように後退していく。手が削れ、髪が引き千切られ、支える足が暴風によって引き裂かれる。それらは瞬時に再生し、同じように傷付いていく。巻き戻しと再生を繰り返された情景はしかし、ゴルゴーンが後退していく事実は変えられない。数十メートルを一秒で駆け抜けるこの状況が続いていけば、いずれ迷宮の壁面に叩きつけられて死ぬだろう。

 

 それは許容できない。自分が倒れれば、姉が・・・・・・とそこまで思考し気付く。さっきまで自分の片手で抱えていた愛すべき姉の姿が無いことに。

 

『はあ、今頃気付く?最後まで駄妹ね・・・・・・まあ良いわ。メドゥーサ、これが最後よ』

 

 いや、いる。その身体は既に霊体となり、一秒後の消滅は免れない。だが確かに、自分のすぐ後ろにいる。そう思えば、己の身体に力が入る。否、気持ちの問題ではない。確かに己の身体に外部から力を、魔力を送られているのが実感できる。両脚がしっかりと大地を掴み、両腕が縄のように筋肉が浮かび、回転する魔力を力のみで抑えつける。魔眼がその焦点を深く定め、更に圧が高まる。

 

『神核とまでは言わないけど、これくらいは丁度良いでしょう。女神のきまぐれ、受け取りなさい』

「・・・・・・ありがとうございます。上姉様」

 

 返す言葉は既に無かった。美しくあれと願われ、人間に愛され蹂躙される運命にあった女神は、人に蹂躙されることなく、怪物に取り込まれる事無く、その命を妹の為に使う事で、大地へと還る。託された思いはしっかりと、妹は受け取っていた。

 

 嵐が収まる。女神の消滅を以て、それ以上の追撃を止めたサーヴァントは後方へと下がり、黄金の瞳でゴルゴーンを見た。

 

「・・・・・・その身が砕かれるか、その心が砕かれるか、どちらかと思っていましたが。どうやら違うようだ」

 

 ゴルゴーンは答えない。魔眼の過度な使用により、その瞳から血が流れる。赤い雫が頬を濡らし、涙のように地面へ落ちていった。

 

「こっ、この、阿呆が!」

 

 息もたいだいに追いついたファウストゥスが、状況を理解して叫んだ。他者から見れば緩慢、本人にとっては必死な動作で自身の召喚したサーヴァントに近付く。振り上げた拳は騎士王の頬を殴ろうとしたものだが、勢いと力が足りず胴の鎧に阻まれる結果となった。 

 

「出来損ない!欠陥品!屑!何が騎士王だ、ふざけるな!こんな劣化サーヴァント、召喚すべきではなかった!」

「成程、確かにその意見は肯ける。強力なサーヴァントを召喚し、使役するにはそれに見合う実力を必要とする。一方が一方の足枷となれば、その隙を突かれるのは道理ですね」

「貴様ッア・・・・・・!」

 

 憤怒の形相で、ファウストゥスは騎士王を見た。このまま怒鳴り続ければ気はある程度済むだろう。令呪で自害を命じればこのサーヴァントは応じるだろう。しかし、ファウストゥスの目的は自身の溜飲の矛先を向ける事ではなく、勝利する事だ。苦い敗北をまたもや飲まされた結果、癇癪を起こしてはいるが、その脳裏にはまだ、冷静な思考をする部分が残っている。

 

 今回、ファウストゥスはステンノを。騎士王は迷宮が差し向けた刺客を排除を担当していた。今回の為に己の魔力を半分を使って造り上げた魔術的トラップに、迷宮側のサーヴァントを落とし込み、そこに騎士王がトドメを刺す。その間に自分はステンノの霊核で霊基再臨を行う、だが結果はどうだ。肝心のステンノはイレギュラーの介入によって消滅。更にはサーヴァントの排除も行えず、結果的に何も取得していない。視覚をリンクさせていたので、騎士王に何があったのかは理解している。怒りで憤死するような結果だが、まだ状況は絶望的ではない。

 

「・・・・・・良いだろう。ここに来るであろうサーヴァントの霊核を用いれば霊基再臨に問題は無い。陣地を作成するぞランサー。まずは野良の幻想種を狩って魔力の補給を」

「いいえ、マスター」

 

 あり得ざるべきサーヴァントからの否定に、ファウストゥスは眉を潜める。それは怒りではなく不気味な、一種の畏怖の表情だった。このサーヴァントは自分に逆らわない。それはファウストゥスがそうするように令呪で縛った訳では無く、このサーヴァントの性格とも言っていい。裏切りを考えなくてもよいのは最高のサーヴァントであるが、最良とは呼び難い。

 

 冷静になり切れない頭のまま「何か問題が?」と問いかけると騎士王は槍の矛先をアヴェンジャーへと向けた。ファウストゥスにとって、あの存在は死以上の苦しみを払っても尚払いきれない存在だった。質の悪い事に、相手は相応の戦闘力を備えている。騎士王に命じて殺した所で、無駄な労力と時間が削がれるだけだ。このまま逃げてくれれば嘲笑の一つ程度で済ませるのだが。

 

「こちらの要件も済ませてもらうぞ」

 

 だが、復讐者と銘されたサーヴァントがこの程度で戦意を失う訳が無かった。顔をしかめたファウストゥスは騎士王に合図を送り、大層に嘆息を漏らしながら口を開く。

 

「何かね。アヴェンジャー。私達は忙しい。本来ならば私に敵対したモノがどうなるか、その身に刻み付けたい所だが、残念ながらそんな暇はないのだよ。君とて今ではサーヴァントもどき、人間もどきだ。命が惜しくないとは言わないだろう。姉のくだらない自己犠牲を無駄にはしない方が良い。それともそのクラスに相応しく、目に付いた存在を手当たり次第復讐するのかね」

「お前は勘違いをしているな」

 

 アヴェンジャーの瞳が、ファウストゥスを視る。騎士王がその間に立ち視界を塞いだ。解かれた殺気が充満し、再び戦場を作り出す。アヴェンジャーを中心に魔力が凝固していき、その身体を覆う。黒を基調とした鎧とも鱗とも取れる装備が剥がれ、対称的ともいえる純白のドレスがその身体を包んでいく。

 

 ファウストゥスは眉を潜める。怪物が純白を纏う不自然さだけではない。ゴルゴーンの魔力、霊基の質とも言える部分が根本的に変質している。まるで毒を吐く怪物が、神々しき女神になったような変生。

 

「私はな、人間を憎んでいる訳ではない。人間を憎んでいたのは姉様達だ。それも無理はない。肉として供給される家畜が、人間を憎むように。姉様達もまた、供物として捧げられる運命を呪っていた」

 

 霊基再臨のようにも見えるが、魔力の量自体は変わっていない。変質しただけだ。あの女神が、死に際に何かをしたのか?ファウストゥスはそこで考えを止める。殺気の矛先は自分に向けられているのだ。何はともあれ戦いに勝たなければならない。考えるのその後で良い。今考えるべきなのはどうやって勝つかだ。

 

「だが私は姉様達を守る為に人間と戦った。嫌いはするが、憎みはしない」

 

 騎士王が前に一歩踏み出す。その手に担う聖なる槍が唸りを上げ、魔力の余波だけで迷宮を揺らしていく。

 

「マスター、聖槍の『使用』許可を」

「・・・・・・業腹だが、許可する。手短に済ませろ」

 

 放たれる殺気に、ファウストゥスは判断を迅速に下した。この余波で迷宮の管理者側のサーヴァントも大体の位置を特定できるだろう。長丁場に戦っている場合ではない。戦闘後即時撤退、そして戦力の確保に向かわなければならない。その為には、この異端をさっさと始末せねばならない。宝具の真名開放を以て。

 

「だからな、私が憎み、殺すのは貴様だけだ」

「来るが良い。復讐者。如何なる報復であっても聖槍は打ち砕く」

 

 聖槍がその能力を発現させる。十三もの拘束がある聖槍は、騎士王の意思では解除できず、完全な真名開放には程遠い。しかしそれだけでも十分過ぎる。余波は既に攻撃と言っていい威力へと移行し、迷宮を荒らし尽くす。ファウストゥスはプライドをかなぐり捨てて地面に這いつくばり、今の自分ができる最大限の魔術結界を展開した。もしも完全に真名開放していれば、先にファウストゥスが消え失せ、次に迷宮が崩壊するだろう。

 

「聖槍、抜錨」

 

 ゴルゴーンはそれを前にしても尚、一歩も動かない。神話の怪物は、否、女神の力を一時的に借り受けた彼女は、嵐を注視し行動しない。放たれるであろう宝具の真名開放は、その魔眼で石にさせる事はできず、怪力を以てしても押しとどめる事は不可能。余波だけでも先程の魔力放出と同等の威力を備えた宝具だ。受ければ文字通り消滅する。それを止める宝具等持ち合わせず、またこの身体(ノーマ)で使えるかどうかも分からない。

 

 だが、この身体(ノーマ)だからこそ視えるモノがある。

 

示せ(スケール)

 

 騎士王は、己の身に重なる負荷が消えるのを感じた。それによって更に一段階聖槍の威力が上乗せされる。違和感を感じてアヴェンジャーを見れば、彼女は魔眼殺しの眼帯をする訳でも無く同じ姿勢で騎士王を見ている。いや、違う。彼女の眼、瞳。薄桃色の配色は変わらないが、その瞳を持つ性質が変わっている。魔眼を解除したのではなく、切り替えた?ゴルゴーンの逸話にそんなモノは無い。ならばこれは。

 

「・・・・・・下らぬ。小手先の魔術程度では聖槍は破れない」

 

 どちらにせよ、既に宝具の発動状態となった騎士王にできる選択肢は一つのみ。全てを打ち砕く。臨界まで収縮した魔力が、嵐を超えた災害として顕現しようと轟音を響かせる。対するゴルゴーンは姿勢を低く、地面に殆ど触れる程の前傾姿勢を見せる。既に聖槍の余波によって、純白のドレスは傷付き、朱く染まっている。しかしそれすらも美しさとして染めていく彼女は、今だけは『女神』と言える美しさを備えていた。

 

最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 

 天災が放たれる。迷宮の階層を消し飛ばす一撃は、それより下が無い深層を更にもう一層造り上げるかのように迷宮内を破壊していく。対軍宝具の域には留まらない対城宝具は、一個人のみに牙を向けて放たれたモノとは思えない程の攻撃範囲を持ち、回避など思考をする暇を与えない。常人はおろか、サーヴァントであっても逃れる事等不可能。

 

 しかし、騎士王は見た。最果ての槍が放つ呪いの嵐の中、手綱を握る騎兵の姿を。漆黒の嵐に、あり得ざる光点が駆け廻るその姿を。それは幻想の存在。美しき白馬に、純白の翼が生えたソレは、生命体として逸脱した姿をしている事を忘れさせる程美しい。

 

天馬(ペガサス)?」

 

 海の神ポセイドンが、メドゥーサに贈ったと言われる幻想の馬。ゴルゴーンの首を刎ね、噴き出した血液と共に生まれたとも言われる伝説の馬。成程、確かにゴルゴーンであってもそれならば召喚は可能だろう。しかし如何に幻想の存在と言えど、あの天馬が持つ神秘は迷宮の幻想種に劣る。騎士王は槍の出力を更に引き上げた。既に相手は嵐の中。如何に天馬が名馬であろうと、天の怒りとも形容できる災害を回避はできない。通常の天馬よりもやや動きは速いが、その程度の策ならば容易に対処できる。

 

「・・・・・・何?」

 

 しかし、天馬は駆け廻り続ける。背に女神を乗せ、嵐の中を突き進むその姿は、まるで神話の一描写のよう。サーヴァントの直感スキルによる危機回避?否、その程度で回避できる段階ではなく、降り続く雨を避ける事と同義の能力を持っていなければならない。天馬は複雑な軌道を描きながらも、徐々に騎士王へと近付いてくる。その動きに迷いは無く、一切の怯えが無い。まるで一つの道が『示された』ように天を駆けてくる。

 

「成程、その為の魔眼ですか」

 

 一気に加速した天馬は、真正面から騎士王へと突撃する。騎士王は宝具の発動を止めようとするも、遅い。急停止すれば行き場を失った魔力が己を傷付けるだろう。即ち、彼女にできる事は現状維持のみ。ラムレイがいればまだ急制動をかけれたかもしれないが。

 

「・・・・・・見事」

 

 天馬と女神は嵐をも打ち破る。騎士王は乗馬するゴルゴーンへ、そしてその瞳の持ち主へと称賛を送った。一秒にも満たない視線の交錯の後、ゴルゴーンは手綱を握る力を強めた。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。