迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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ノーマって何歳くらいなんだろ。表紙の絵を見る限りじゃあ愛歌と同じもしくは年上っぽいけど、二十代っぽい感じがしない。

よく考えたらあの年齢で迷宮探索に付いていけるって型月でもかなり凄い事じゃ・・・・・


第一階層②

「よくぞ来た」

 

 番人がいる門を開けばそこから先は大広間となっている。

 

 今まで入り組んだ路地のような場所が、一転して開けている。天井も高く、遮蔽物も無い。

 

 まるで太古の昔にあった決闘場のようだ。

 

 いや、確かにそうなのだろう。目の前に立つ男は、まさしく『決闘』を望んでいる。

 

 男はかなりの美貌だった。端正な顔立ちに泣き黒子が一つ。それが余計男の美しさに磨きをかけている。ノーマはその男を見た時、魂を持って行かれそうになった。慌ててそれが呪詛的な物であるという事を理解し、何とかはねのける。魅了の魔眼かと思ったが、眼球自体に魔術的細工は無く、男の顔全体が、一種の魅了の魔術を放っている。

 

「ほう、もしやその面構えだけで勝利を物にできると思っていたのか?ランサー」

 

 前に進み出たアーチャーが、自身を守るように立った。

 

 ランサー。そう、男の両腕に持っているのはまさしく槍。赤い長槍と、黄の短槍。それぞれの槍を片手で持つというのは異色だが、ほぼ確実に彼がランサーで、サーヴァントであり。

 

 こちらに敵意を持ってこの場所にいる『番人』だ。

 

「この貌は持って生まれた呪いのような物でな。自分でも如何ともしがたい。とはいえ貌だけと思われては心外だ。試してみるか?」

 

 男は挑発を返すようにニ槍を構えた。

 

「最初に聞いておくが・・・・・・何故門を守護している?貴様が私達の敵だとしても、この場で番人の真似事をする理由が無い」

「何、役割交代という物だ。私は主の命に従うまで」

「成る程、つまりはマスターの命令か」

 

 マスター。ノーマは眉を潜める。

 

 自分以外の生き残りがいたのだろうか。それとも。

 

「さあな。悪いが世間話はこれまでだ」

 

 ランサーは二つの槍を軽く振るい、構えた。二槍流という奇妙な構え方だが、流石は英霊、放たれる威圧感だけでも迷宮内にいる幻想種の比ではない。さっきまでの疑問符もそれだけで吹き飛んだ。意識を集中しなければそれだけで気絶してしまう。

 

「あえて名乗らせて貰おう。槍兵(ランサー)のサーヴァント。フィオナ騎士団の一番槍、ディルムッド・オディナ」

 

 驚いた事に、ランサーは名乗りを上げた。だがその名前を聞けば納得せざる終えない。

 

 ディルムッド。英雄の多いケルトの物語の中でも、二つの槍と二つの剣を使うと言われている有名な英雄だ。ランサーで召還されたせいか、二つの魔槍、魔を断つ赤槍と、呪いを持った黄槍を持ったサーヴァントとなっている。高潔な騎士であり、そして主君の裏切りにより死んだ英雄。

 

 ノーマは自身の恐怖を落ち着かせようと深呼吸した。パニックになってはいけない。自分にできることは少なく、限られているがそれでもアーチャーの妨げになる訳にはいかないのだから。サーヴァントの真名は、それだけでその英雄の弱点や言動を端的に表す。例えば英雄ディルムッドの最後は猪によって引き起こされた。だからと言ってこの場に猪はいないが。

 

「生憎、私は騎士では無い。故に貴様の流儀に付き合うつもりは無いが・・・・・・アーチャーとだけ言っておこう」

 

 アーチャーは弓矢を投影した。接近戦では勝ち目が無いと判断したから、遠距離主体の弓を持った。ノーマはそう推測し、何か作戦があるか考える。だが二騎の英雄が放つ殺気に、正気を保つのがやっとだ。

 

「俺の茶番に付き合ってくれたのは感謝するぞアーチャー。生前には無かった俺の願いを、今ここで果たさせて貰う」

 

 瞬間、亜種聖杯戦争で初めてのサーヴァント同士の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターにできることは戦力の把握だ。仮にサーヴァント戦となれば、相手の持つ武器からクラス、真名を推測するのが役割と言える」

 

 休憩中に伝えられたマスターの仕事を、ノーマは必死でこなそうと考えていた。

 

 目の前では凄まじいまでの疾風が巻き起こっている。

 

 正直、ノーマはここに来るまで英霊同士の戦いにあまり実感が無かった。戦いとはいつも、一方が一方を蹂躙する物で、同等の存在が戦うことは滅多にない。

 

 だがそれは、あくまで一般の話。不可能を可能にしてこその英雄。それら同士が戦えばどうなるか。

 

 あれだけ静かだった広間は、今や荒れ狂う嵐のような絶叫がとどろいていた。

 

 ランサーは二つの槍を用いて変則的に迫り。

 

 アーチャーは弓矢を用いて迎撃に回る。

 

 目の前の嵐が、たった二つの物体が戦って引き起こされた物とは思えないような光景だが、何とかノーマは目で追っていた。

 

 元より魔に引かれやすい目だ。魔眼という大層な名前だが、妖精眼(グラムサイト)がこんな所で使えるとは思わなかった。サーヴァントの戦いも残像だけなら視認できるようになってきた。あともう少しすれば完全に認知できるようになるだろう。

 

 ノーマは戦況を分析した。

 

 アーチャーはランサーを接近させまいと矢を連射し、ランサーは槍を用いてそれを弾き、接近しようと試みている。

 

 状況は今はまだ平行で、どちらも有利不利が無い。あえて言うなら攻撃を繰り返しているアーチャーが有利かもしれないが、接近されてしまえばあっという間に状況は変わってしまうだろう。

 

 遠距離なら有利なのはこっち。近距離なら有利なのは向こう。

 

 ノーマは簡潔に答えを下す。次の分析は相手の情報だ。

 

 ランサー、ディルムッド。彼が持つ宝具は勿論あの二つの槍だ。魔貌もあるが、戦闘向けではない。

 

 特性も大体判明している。赤槍である破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は魔力を断ち、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)は癒しを阻害する。

 

 とりわけ赤槍が致命的で、投影魔術を使うアーチャーとは滅法相性が悪い、と『思われる』。投影している宝具は既に完成している魔術なので、打ち合っても破壊されない筈だ。勿論あの赤槍が、それすらも破壊する事もあり得る。保証等何処にも無いのだ。わざわざ双剣で切りかかって試すほどアーチャーも豪胆ではない。故に弓矢を用いているのだ。

 

 どの道接近戦ではアーチャーの勝利は難しい。

 

『アーチャー、聞こえる?』

『ああ。どうだ。ランサーのステータスは』

 

 パスを通じた念話で、ノーマは簡潔にアーチャーに情報を伝える。マスターが視認できるサーヴァントのステータス。これらをアーチャーと比べ、最適な戦法は何かを必死で考える。そうでもしないと英霊同士の戦いに絶望して何もできなくなるだろう。

 

『とても速い。接近されたら不味いかも』

『そうだな。とはいえこのままでは埒が明かない』

 

 瞬間、均衡が崩れた。アーチャーの弓矢をかいくぐり、ランサーが懐へと飛び込む。

 

「取ったぞ、アーチャー!」

 

 繰り出されたのは黄槍。アーチャーは咄嗟に弓矢を棄て、瞬時に双剣へと持ち替えた。

 

 そのまま槍の刺突を防ぐ。弓兵が剣を使うことに、少なからずランサーは驚いたようだ。その隙にアーチャーは距離を取る。

 

「驚いたな。よもや剣を扱えるとは。多芸な英霊と見える」

「生憎手数だけが取り柄だ。それに、多芸さなら貴様もだろう?」

 

 自身の逸話を口に出され、ランサーは「確かに」と笑いながら仕切り直しとばかりに突き出した槍を引っ込めた。両者の距離はそれほど離れていない。アーチャーがまた後退し、弓矢を投影するのよりも速く、ランサーは仕留める事ができる。

 

 どうしよう。不安がノーマにのし掛かった。接近戦ではアーチャーは負ける。そして自分は死ぬ。

 

 殺し合いの最中だと言うのに、アーチャーは軽口が打てる。パニック寸前の精神で何とか意識を保っているノーマはひたすらアーチャーの背中を見ることしかできなかった。一流のマスターならこんな時に作戦とか指揮をするのだろうが、生憎それほどまでの余裕が無い。

 

「マスター」

 

 パスを通じた会話ではない。肉声。アーチャーは振り返ることもせず、自身のマスターへと語りかけていた。最も危険なのはアーチャーだと言うのに。いっそマスターを生贄に逃げれば良いのに。あの背中は貧弱な命一つを守る為に立っている。

 

「別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 双剣を構え、アーチャーはそう言った。

 

 確実に相性の悪い相手。もしノーマなら何もできなくなる状況の中、アーチャーは一人静かに構えた。

 

 打ち合う気だ。最速と名高いランサー相手に、アーチャーが。

 

「その闘志、決意。先ずは賞賛を送ろうアーチャー。お前は英雄だ」

「生憎英雄の誇りなどは棄てた身でね。本家に言われると耳が痛い」

「そうでもあるまい。お前はマスターを助ける為に、そして希望を誓う為に剣を持っている。俺が保障しよう。お前は英雄だと」

 

 ランサーは背筋を低くし、いつでも最高速度がたたき出せる体勢へと移った。

 

「故に、俺も全身全霊を持って、取りに行かせてもらう!」

 

 再び両者は激突した。

 

 アーチャーは双剣を、ランサーは双槍を。暴風は旋風を巻き起こし、衝撃波だけで床が割れ、地面が削れていく。

 

 赤槍が、投影された剣を砕いた。一か八かで一が出た。やはり、魔力で編まれた彼の双剣では絶望的に相性が悪い。アーチャーは瞬時に投影し、黄槍を防御、赤槍をすんでの所で回避することで喰らいつく。

 

「成る程、その剣。どうやら妙な細工をしているな」

 

 ランサーが、アーチャーの武器に検討が付いたようだ。黄槍を後ろへと放り、赤槍一本で突きを放つ。

 

 さっきまでの多彩な技から、直線的な攻撃へと。防御は容易く、しかし回避は難しい。そして防御しようにも魔を絶つ赤槍は投影品を意図も容易く砕く。

 

 ランサーを卑怯とは言えなかった。彼は全力で、自身の武のみでアーチャーを倒そうとしている。本来弓兵のクラスであるアーチャーが持ちこたえているという状況こその異常。故にランサーは本気でアーチャーと戦っていた。

 

 何か、自分にできることはないのか。ノーマは拳を握りしめた。自分の無力さに嘆いたのではない。自分にとって命の恩人が負けそうになっているのに、何も思いつかない無知無能に嘆いていた。

 

 しかしアーチャーの表情は揺るがない。自身の勝利を疑っていない。その手はまだ、双剣を投影し続けている。

 

 ああ。彼はきっと。とても心が強いのだ。それこそ鋼のように。ランサーが言うように、彼は英雄だ。

 

 しかし、現実は非情で、そして絶望だ。

 

 ランサーの一打で、両手の双剣が砕かれる。がら空きの胸、心臓めがけて、止めの一撃が打ち込まれる。

 

 アーチャーはそれより速く投影を完了しているが、それは盾にもならない。一刻の後に、赤槍はそれを突き抜け、本体を穿つだろう。

 

 叫びたかった。逃げてと。

 

 だが敗北の前に、声が出なかった。この迷宮に来た時とと同じ、自分はただ呆然と、まるでテレビの向こう側の光景を見るように、彼の死を観ることになる。

 

 アーチャーの視線が、こちらを見た。

 

『何を呆けている。君のやるべきことを果たせ』

 

 発せられる言葉は、死を目前にする人間の物ではなく。かと言って勝利を盲進する戦士でもなく。

 

 策を張り巡らせた策士の瞳だった。 

 

「なっ!?」

 

 金属同士がぶつかり合う、軋んだ音がした。

 

 ランサーが驚いて、後退をかけようとするが、遅い。槍はリーチと威力に定評があるが、一打するごとに槍を手元まで戻さなければならない。渾身の、必殺の筈だった一撃は、払いのけられればどうという事はなかった。

 

 がら空きの胴に、アーチャーの双剣が振るわれる。これこそ必殺の一撃といわんばかりに、軽装であるランサーの鎧を切り裂き、その肉を切断した。

 

「っぐう!」

 

 何とか致命傷は避けたランサーが槍を振るい、牽制しながら後退した。胸の傷はかなりのダメージになっているようで、その表情はさっきとは打って変わって重い。あっという間に逆転した状況で、その瞳は即座に自分の『誤解』を理解している。

 

「成る程・・・・・・計略にも心得があるようだ」

「専門分野ではないがね。いや、だがこれだけは専門だ。例えば、わざと魔力を供給させなければ維持できない『手抜き』を作るのはね」

 

 アーチャーは双剣を構え直す。その剣は、さっきとは段違いのスペックを放っていた。いや、これが彼にとって一般の投影ランクなのだ。魔法に近いような宝具の投影。型落ちと本人は自称するが、これは既に本物同然の輝きを放っている。

 

「君が先に真名を明かしてくれて良かった。さもないとかなり厳しい戦いになっていただろう。私の魔術は癖が強くてね。一度形を保てば、私が消えても存在は残り続ける」

「俺のゲイ・ジャルグの対象外、ということか」

 

 ランサーの魔を断つ槍が、届かなかった理由、いやこの場合何故さっきまでアーチャーの投影が破壊されて、今になって防御が出来た事だろう。ノーマはやっとアーチャーが行った策を理解する。彼はわざと自分の投影を大幅に落として、更に常時魔力を供給していたのだ。

 

 ランサーの宝具は魔術の術式を破壊するのではなく魔力を一時的に遮断する。いわば水流を一時的に止める宝具だ。だがアーチャーの投影は水を凝固させ、氷として使う。流れは無いのだから、止められる心配も無い。

 

「賭けに近かったがね。万に一つ突破されれば、私に勝機は無い。だが結果は出た。もう一本を棄てて身軽になったのは失策だったな。ランサー」

「確かにそうだ。だが、まさかこれで勝ったと思うまいな。アーチャー」

 

 ランサーは放った黄槍を掴み、始めと同じ二槍流となった。重傷ではあるが、致命傷ではない。戦意は喪失しておらず、むしろ一段階増しているのかと思うくらいだ。

 

「俺も心の中でどこか慢心していた。弓兵如きが剣士の真似事などと、とな。だが今は違う。貴様の剣。それを真っ向から打ち崩そう」

「流石は噂に違えぬ騎士だ。さて、だがそう上手くいくかな?」

 

 アーチャーは持っていた双剣をランサーへと投擲した。常人では認識すらできないような速度で飛来するソレ。ノーマでも目で追跡するのがやっとの凶器を、当たり前のようにランサーはたたき落とそうと槍を振るう。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

 瞬間、広間を爆風が暴れ回った。ランサーの手前で、投擲した双剣が爆発したのだ。

 

「マスター、魔力を回せ!決めに行くぞ」

 

 爆発で遠のいた聴覚でも、それを認識することができたのは奇跡だったのかもしれない。

 

 ノーマは自身の魔術回路を、平時から常時、そして過剰出力へと切り替える。瞬間、自分の身体諸共魔力がアーチャーへと引っ張られていくのを感じた。投影魔術の複数使用。如何にアーチャーが神がかりな魔術を持っていても、その燃料はノーマ自身。詰まるところ、ノーマの魔力が尽きればアーチャーは敗北する。

 

 ここが踏ん張りどころだ。ノーマは自身の魔術回路を傷付ける程の出力を回す。

 

 更に連続でアーチャーは双剣を投影、投擲していく。ランサーがいた場所を手当たり次第に投擲爆撃していく。

 

 爆風と衝撃波、そして土煙で視界は全く見えない。ひたすら増えていく轟音。この中ではどんな英霊でも、流石に。

 

「甘いぞ、アーチャー!」

 

 だが土煙の中から、ランサーは飛び出してきた。負傷はしているが、二つの槍にはいかほどの衰えも無い。その俊敏さと、後ろで起きた爆発を利用し一気にアーチャーへと迫る。

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 

 渾身の力で投擲されたのは魔を断つ呪いの槍。トップスピードの状態で投げられた赤槍に、アーチャーはすんでの所で避けるが、赤槍は大きく彼の左腕を削り取っていく。

 

 自分の武器を投擲するという考え。そして、ランサーにはまだもう一つの槍が残っている。ランサーの黄の残光が、アーチャーへと迫った。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!」

 

 最高速度で繰り出された、呪いの槍。傷つけば最後、その傷はランサーを倒すまで癒えることは無い。長期戦においてこれほど有用な宝具は無いが、この場合は完全に相手の息の根を止める為に使われている。

 

「マスター!」

 

 アーチャーの声。

 

 ノーマは魔力切れ覚悟で、アーチャーへ治癒の魔術をかける。ランサーの槍が到達するより速く、アーチャーの左腕が完治すれば。

 

 魔力なんて尽きれば良い。

 

 気絶したって、血を吐くことも構わない。

 

 どうせなら、この命さえも。

 

 あの時に終わる筈だった人生を、続けさせてくれた。助けてくれた。救ってくれた。そんな彼に、死んで欲しくない。ただそれだけ。

 

 縋る神さえ、自分にはいないというのに、ただひたすらノーマは願った。

 

「これで、終わりだ!」

 

 しかし、それでも。現実は非情で。

 

「いや、まだだ!」

 

 違う!まだアーチャーは戦っている!ノーマは魂すらも持って行けという勢いで魔力を注ぐ。彼の左腕はそれに答えるように高く天へと掲げられた。その左手に握られるのは巨大な剣。斧と剣が一体化したような、まるで太古の英雄が持つようなソレを、片手で持ち上げたアーチャーは目前のランサーへと構える。今までの守りの構えではなく、攻めの、そして必殺の構え。

 

是・射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)

 

 音速を超える神速が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「見事だ。アーチャー」

 

 ランサーは血に塗れた貌のまま、しかし満足そうな表情で立っていた。

 

 その身体の霊核は破壊され、彼はもう現界を保てない。

 

 勝ったのだ。ランサーに。自分達は。

 

「こうも後手に回るとはな。貴様の武勇、しかと魅せてもらった。」

「やれやれ。槍兵と打ち合うのは、もう勘弁して欲しい物だ」

「ほう、槍兵は苦手か?」

「生前の因縁もある。とりわけ君の郷の英霊とはあまり相容れない」

「真名は察せぬが・・・・・・、お前はケルトの英霊ではないな。だが、こんな場が用意されてあるのだ。何処かで会ったのかもしれんな」

「そうだな。まあ、もう彼には会いたくないのだが・・・・・・召還されると、いつもあの槍が目に入る。いよいよ運命を感じ始めてきたよ」

 

 まるで友人のように軽口を言い会う。さっきまで殺し合っていたのに。アーチャーも臨戦態勢から平時へと戻っていた。ノーマ自身も何とか立とうとしたが、足はこれ以上言うことを聞いてくれない。自分の低すぎる治癒魔術の最大使用と、アーチャーのさっきの一撃に殆どの魔力、そして精神力が持って行かれてしまった。

 

「大丈夫か、マスター」

 

 崩れ落ちる身体に、差し伸べられる手。今はそれだけが、自分を助けてくれる手だった。抱えられると途端に疲労が顔を出し、次いで視界もボンヤリと輪郭を失う。ああ、言いたいことがあったのに。出てきたのは言葉にもならないうめき声だけ。完全に意識を手放したノーマは暫しの微睡みへと入った。

 

「良いマスターだな。アーチャー」

「それは外見がか?」

「よしてくれ。俺は好色な部類ではない。自分の顔に憂いはすれど、それを頼りにする事など。俺が言ったのは内面だ」

 

 アーチャーの皮肉に自嘲的な笑みで返したランサーは、彼の腕で眠るマスターを見た。英霊同士の戦いに、正気を失わず劣勢になってもサーヴァントを信じた。彼女には魔術の才や、並外れた能力がある訳でも無いと言うのに。この迷宮の中で、最も必要なサーヴァントとの『信頼』を彼女は持っていた。危機的状況の中で信じる者が一つしかないから、と言えどそう簡単に他人を信用する事はできない事をランサーは知っている。恨みはないが長年共に戦った主君ですら、瀕死の自分を見殺しにしたのだ。人とは思う以上に信頼し合うのは難しい。

 

「倒されるのが、お前達で良かった。これで俺自身の願い、そして役割が果たされた」

「ほう。君自身の願いか?さしずめ主への忠誠かね?」

 

 生前の逸話からアーチャーはそう推測するも、ランサーは首を横に振る。

 

「確かにその願いもある。が、今回は違う。俺はただ、騎士としての一騎打ちがしたかった。それを、主が用意してくれ、お前が叶えてくれた。俺の役割は『番人』。勝利や敗北ではなく、掛け値なしの戦いが、何者にも縛られていない戦いがしたかった」

 

 主、と言う単語にアーチャーは反応する。この迷宮に、自分のマスター以外の魔術師がいる。わざわざサーヴァントを番人に仕立て上げ、自らが下へと下った魔術師が。

 

「彼女以外の魔術師、と言うことか。どんな人間か教えてほしいところだが」

「悪いな。教えられん。それに、もう潮時だ」

 

 ランサーを形作る魔力が、徐々に霧散していく。サーヴァントの消滅となれば敗北を意味するが、ランサーの表情は晴れ渡り、まるで勝利の凱旋最中のような表情だ。

 

「最後に一つだけ言おう。このディルムッド・オディナの名において、お前達の行く先に祝福あれ!その戦いに栄光あれ!これから先、お前達の行く末を数多くの壁が立ちはだかる。だが、どうか自分のままに生きてほしい。私のように自分を一度曲げてしまえば、戻るのは難しいぞ?」

 

 それを最後に、ランサーは消滅した。残ったのはアーチャーと、その腕に抱かれたノーマのみ。アーチャーは数秒の後、ゆっくりと先へと進んだ。ランサーは満足げに消えていったが、自分達はまだまだ先がある。未だに第一階層を乗り越えただけなのだから。

 

「自分を曲げずに、か。生憎だなランサー。曲げずに生きた成果もそれほど良い物ではないぞ?」

 

 

 




二話で終わる第一階層。
早すぎだろ、と思うけど原作もどっこいどっこいだから気にしない。
今回新たに出たのはzeroランサーさん。性格と宝具の相性が最悪なお方。ぶっちゃけアーチャーの投影品とぶつかり合ったらどうなるのか?というのが分からないので自分なりに解釈。今後二人が公式で戦ったらどうしよう(汗)

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