完結まであと何話くらいだろう………
とにかく完結させたい!
英雄は、勝利すれば凱旋時に高らかに勝利を讃える。それは勝利した喜びを皆に伝えたい、または敗北したモノへの現実を突きつける行為、はたまたただ騒ぎたいという動機がある。
とはいえ自分にはそれは無理そうだとノーマは感じた。息はたえ、呼吸は荒い。とても喜ぶ余裕が無い。ゴルゴーンから返却された身体は満身創痍を通り越している。再生速度は緩慢で、長ければ長い程それだけ傷が叫ぶ痛みは続く。地面に這いつくばった方がマシだろうが、魔力が枯渇寸前の身体では倒れたが最後、二度と起き上がる事は無いだろう。
「改めて称賛を。貴女は嵐に打ち勝った」
目の前にいるサーヴァントは、既に消滅しかけている。ゴルゴーンの血によって召喚された天馬の衝突によって与えたダメージは大きく、このサーヴァントの核となる部位を破壊した。直ぐに消滅しないのは、サーヴァントの中でも頂点に位置するモノの力量か、それとも意地か。まだやる気ならば相手になるしかない。
「既に勝敗は決しました。私が貴女に危害を加える道理はありません」
身構えようとしているノーマに対し、相手は手を振ってそれ以上敵意が無いことを表現した。相手のマスターが騎士王と叫んでいたのを思い出し、今まで自分がどれほど強大な相手と戦っていたのか身震いする。勝利の感動なんてとんでも無い。身投げ同然の綱渡りで勝利したのだ。自分がこうして二つの足で立っている奇跡に、ノーマは改めて感謝した。
「敗者はただ去るのみ。ですが一つだけ、貴女に頼みがあるのです」
「・・・・・・無理だと思うけど」
何であるか、ノーマは分からないが答えた。別に意地悪ではなく、自分ができる事が余りにも少ないからだ。何をするにしても保障はできないし、満身創痍と魔力切れの障害は重い。もしかしたら食欲で理性が消し飛ぶかもしれない。さっきまで『示されていた』道は、今はもう存在しない。
「それは承知しています。さっきまで命を奪い合っていた仲ですから。ただ聞いてくれるだけで結構です。後は貴女の判断に委ねる」
騎士王はノーマの返答に異を唱えなかった。その姿勢、貴女の判断に委ねる、という台詞はただの前口上ではない。ブリテンの王、アーサー王とも呼ばれた英雄は現実の悲惨さと醜悪さを理解している。例え約束を反故にされても、彼女は憎まないだろう。それでも頼むべき想いとは。
「私の召喚は、少々特殊です。貴女とよく似ている。そこまで繋ぎ合ってはいませんが、召喚に使用された
「私と似ている・・・・・って事は、その身体は人間なの?」
「厳密に言えば、そうです。貴女のソレは共生ですが、私は寄生に近い。宿主に巣食う病原菌のようなモノです」
自分を病原菌扱いするのはどうかと思うが、実際霊魂を憑依する魔術は存在するし、病原菌のようなモノだと言う声もある。しかし普通のサーヴァントはおろか、アーサー王なんて高名な英霊を憑依させるには肉体側にも相当の負荷がかかる。触媒として拠り所にされた人間故に、英霊に憑依されても大丈夫な身体だったのだろうか。質問したくなったが、相手は何も魔術の召喚儀式について話している訳ではない。続きがある。
「私の頼みたいのは、この身体本来の持ち主、その命の保障です。何も助けてくれとは言いません。ただ危害を加えないでほしい。それだけです」
「危害を加えないでほしい、という事は私がそうするだけの理由があるの?」
今の所、ノーマは理由なく人を殺めたり傷付ける習性を持ち合わせていない。一目でそれを騎士王も理解している分それに見合う理由が、騎士王の触媒となった人間にあるのだろう。
「ええ。彼女は私に似せて作られています。恐らく何処かの魔術師の家系なのでしょう。こんな未来まで信望があるのは私としては嬉しいですが、それが彼女の人生を狂わしたとなれば素直に喜べない。彼女を造った家系は優秀で、それ故に道理に外れてしまった」
英霊を模した、ヒトに似た何か。それがアーサー王を喚び寄せた人間なのだろう。自分とよく似ているとノーマは思った。違うとするならば自分は後天的にこうなったが、相手は先天的なのだ。生まれた時からアーサー王に、他人になるよう造られる個人。魔術師としての視点で見れば、確かに素晴らしい『材料』だろう。憑依したアーサー王が似ている、と言うのだから整合性かなり高い。英雄の身体があるようなモノだ。勿論そんな存在魔術世界で公表されようものなら即刻協会が動き、封印指定にされる。
「結論から言うと、私はどうこうするつもりは無いわ。探索家として、魔術師として興味はあるけれど、とてもそんな状況じゃないし」
「成程、現実的ですね。ですがその返答は交渉では失敗です。こちらの一方的な要求に応えるだけでは。公平とは言い難い」
了解すると、意外にもその行動を騎士王にダメ出しされた。魔術師の協力は、等価交換が必須とは言われるが、まさかアーサー王に指摘されるとは思わなかった。とはいえ欲しいモノは何も無い。仮に自分が欲深く、非情な魔術師だとしても答えは同じだっただろう。探索家として最低限の本能、自分の命を最優先に考えるその思考は失われていない。現に今のノーマは宝物はおろか、入る前に持ってきた装備一式すら失っているのだ。もしも生きて帰れたとしても、精々迷宮の砂か石ころを手に持って帰って笑われるに違いない。
「そういわれても・・・・・・あ」
そこまで考えて、ノーマの頭の中で一つの案が思い出す。これはしておかなければならない。生存には必須なモノ。アーチャーに現実主義、と言われた事が今になって肯ける。こんな状況で思い出すのだから自分は相当だろう。
「じゃあ一つだけ、頼みたいことが」
自身の条件を伝えると、騎士王はやや首を傾げながらも了解した。これで脅威が一つ減った。
「しかしよろしいのですか。確かアヴェンジャーは」
「彼女の瞳は、戒める為のモノだから。決して、殺すだけの兵器じゃないし。彼女自身が分からないかもしれないけど、彼女の想いは憎しみでも殺意でも無いの」
「では、それは?」
騎士王の質問に、ノーマは口を噤む。答えられないのではなく、どう答えるのが一番適切か考えているのだ。その身に受けた女神の気まぐれは既に消えたが、その想いはまだ残っている。そして、その想いを
「怒り、かな」
同じようでいて、根本から違う感情。復讐者には無く、彼女にはあるモノ。それは相手に『表現』する方法で、ただ感情をぶちまける憎悪とは対照的な感情。現状に対する怒りの力。それが『今』のゴルゴーンを駆り立てる原動力だ。
「成程。それは、良いモノですね・・・・・・それともう一つ、これは個人的な質問です」
「騎士王からの質問なんて、恐れ入るわね」
どうやら納得して貰えたようだと皮肉を返しながらも、ふとノーマは思った。迷宮に入る前の自分が、今の自分を見ればどうだろう。ああ、絶対にこんな事は言わない。サーヴァントに怯えてロクな会話ができず、命を失っていたに違いない。果たして、今の自分はどれぐらいノーマ・グッドフェローとして振る舞えているだろうか。死んでも治らないと思っていたが、まさか死んで治るとは思わなかった。
「貴女は黒い弓兵を知っていますか?」
「アーチャー?」
それを聞いて赤き弓兵をノーマは思い出すが、彼は既にもういない。恐らく自分が深層に入り込んだ後、殺されてしまったのだろう。黒いアーチャー等見たことは無い。迷宮にまだ確認していないサーヴァントが存在しているのだろうかとノーマは訝しむ。その様子を見て騎士王は「知らないのなら構いません」と質問を切り上げた。
「ですが注意を。かの弓兵は恐らく、迷宮に存在するモノは全て殺戮しようとしています。できれば私の手で止めたかったですが」
「殺戮って、バーサーカーみたいなサーヴァントね」
別に迷宮内の存在を皆殺しにしても、あまり意味は無いだろうに。サーヴァントにとって必要なのは迷宮の深奥にある聖杯のみ。余程願いを叶えるのに必死なのか、それともゴルゴーンのように変質したサーヴァントなのか。
「ええ。確かに気狂いの沙汰かもしれません。貴女は直ぐに深層から離れた方が良い。先程令呪で転移される前に交戦していたので、恐らくそう遠くにはいっていないでしょう。彼は少女であろうと容赦しない」
「もしかして、生前の知り合いなの?」
アーサー王に縁ある弓兵となると、円卓の騎士の一人であるトリスタン卿を連想させられる。とても強力なサーヴァントだが、誰かれ構わず皆殺しにするような悪漢には思えない。そうなると裏切りの騎士と言われたモードレッドか。だがアーサー王は意外にも首を横に振った。
「いいえ。生前の縁ではありません。敢えて言うのならば、死後の縁でしょうか。彼とは名前で呼び合う程親しい間柄だった」
「という事は真名が分かるって事よね?」
なんだか複雑になってきた。サーヴァントとなった後の知り合い、という事は迷宮での関係だろうか?ますますわからなくなってきた。整理しようとしても『アーサー王に名前で呼ばれる程親しい間柄だったが、さっきまで交戦していた。更に迷宮内の生物を皆殺しにしようとしている』という文脈上おかしな結論になってしまう。
アーサー王はしかし、ノーマの混乱に応えるつもりは無いらしい。代わりにノーマの質問には答えてくれた。
「ええ。彼の名前は、シロウ、と言います」
「マスター。聞こえますか」
ファウストゥスは己を呼ぶ声で目を覚ました。聖槍の真名開放の前では、自分の造り上げた魔術結界など防壁にもならなかった。吹き飛ばされ、何度も身体を地面や壁にぶつけ、今度こそ己の生が終わる実感があった。それでも意識が戻る身体が残っているという事は。
「・・・・・・少し眠っていた。フン、ようやく片付いたか」
泥と血で汚れ切ったロープを、まるで埃を払うような仕草で軽く払い、ファウストゥスは立ち上がる。身体の状態は最悪だが、さっきよりは良くなっている。ランサーの能力、聖槍の加護という奴だろう。本来ならばランサーのみに適応される筈だが、サーヴァントとなればマスターとの縁も守れるという訳か。
「まあ良い。行くぞランサー。先ずは付近の・・・・・・」
そう言ってランサーの方向へと向いたファウストゥスは、呆けたように固まる。騎士の中の王、嵐の化身とも謳われたサーヴァントの中でも頂点に属する彼女は、消滅寸前の身体でファウストゥスと対面していた。胸を守る鎧は砕け、中の霊核は無残に破壊されている。漆黒の鎧とは対照的な、まだあどけなさが残る顔には彼女自身の血で薄汚れていた。
「申し訳ありません。マスター。どうやら私はここまでのようだ」
予想の外、認識の埒外にある事象に、ファウストゥスは直ぐには返事ができない。それどころか認識すらまだ追いつかない。敗北の可能性等あり得ない。あの騎士王の宝具が、ただのサーヴァントもどきに届かず、そして倒される等。小石に躓いて転んで死んだ、という方がまだ理解できる死因だ。
「時間がありません。餞別の言葉を贈るような主従ではないので割愛しますが・・・・・・私は彼女と誓約を行いました。詳しい事は省きますが、貴方の命は見逃すと言う事で両者の考えは一致しています。流石に保障まではできませんが、少なくとも彼女が貴方に危害を加える事は」
「何故だ」
ファウストゥスは呟いた。誓約?私を殺さない?何を言っている。まるでその口ぶりは、騎士王が敗北し、命乞いをしていたかのような発言だ。
「何故だ!」
何故、何故何故何故何故何故?やっと手に入れた冷静な思考も吹き飛び、ファウストゥスは叫ぶ。何故、いつも自分の認識の外にいる存在から邪魔される?迷宮を管理し、サーヴァントの霊核を取り込み再臨する。魔術師のような根源への到達ではなく、言ってしまえば己の能力を高めるという『純粋』な理由だった筈だ。抑止力が働く訳でも無いのに、こうも邪魔が、異端が入り込むのは?
答えはない。騎士王は口を閉じ、ジッとファウストゥスを見つめる。まるで癇癪を起こした子供が鎮まるのを待つように。
「・・・・・・いや、まだだ!まだ令呪がある。これで宝具を開放しろ、ランサー!」
「残念ですが、令呪は既にありません。誓約の中に入っているので」
己の右手を見たファウストゥスは、絶望の眼差しでそれを見た。騎士王の言う通り、刻まれた令呪はまるで最初から無かったように、忽然と消えていた。気絶している間に奪い取られた。と理解した刹那怒りが噴出する。
「ふざけるな!いつ、私が貴様に命乞いをしろと言った!?命令するぞランサー。今直ぐアヴェンジャーを殺せ、今直ぐ!」
「できません。何故なら彼女は既に、ここにはいない」
「何だと!?」
ファウストゥスは周囲を見渡し、自分達以外の存在が全くいない深層を見た。真名開放によって抉り取られ、切り裂かれた大地は闇を体現するかのように暗く、それが今のファウストゥスの現状を暗喩しているように光源は存在しない。
そこでファウストゥスは理解した。アヴェンジャーは、自分の命を容赦したのではなく、放逐したのだ。サーヴァントを失い、令呪を失った幻想種などに、脅威も恐れも無く。復讐者を冠するサーヴァントは、己の手で命を刈り取らず、敢えて絶望と言う名の神罰を下した。
湧き上がる敗北に、ファウストゥスは地面へと崩れ落ちる。何もない。もう何も、残っていない。自分を突き動かす怒りも、既に使い尽くした。亡骸のようにその場で静止するのは、一人の敗者だった。
「・・・・・・ククク、敗北、か」
自嘲染みた笑みを浮かばせながら、その精神が壊れていくのをファウストゥスはただ待つことに決めた。いっその事、ランサーに命じて首を刎ねるように仕向けるか。そんな考えすら頭に浮かぶ。
「いつまでそうしているのです?マスター」
「黙れ、貴様が原因を作り出したのだ。そもそも、ここで放り出されて何をしろと?追いかけてアヴェンジャーを殺しに行くような自暴自棄になる程、私は落ちぶれてはおらぬ」
「ですが、貴方は生きている。如何にその精神が腐り果てていたとしても、生物は生きる義務が存在します」
消え失せようとしている身体で何を言う、と反論しようとしたが、騎士王の身体が突如倒れた。ファウストゥスは倒れた騎士王、否、騎士王の媒介となっていた娘を見る。現界を保てず消滅したのだ。
「中途半端な英霊だ。語り切ってから消えればよい物を」
血濡れの身体だった鎧は消え、既にフードに覆われている。どうやらサーヴァントとして受けた傷は、媒体となった少女には反映されていないようだ。つまりファウストゥスにとって新鮮な娘が、栄養補給源が目の前にある。サーヴァント程ではないにしろ、身に秘めた神秘は幻想種として見逃し難い。ファウストゥスは手を伸ばした。
「置き土産のつもりか、ランサー。彼女の肉でも喰らえと?フン」
しかし、ファウストゥスは彼女を担ぎ、歩きだす。ランサーは己の召喚の特殊性に気付いていた。神秘がまだ色濃い時代ならば、人身御供は当たり前の習慣だったが、高潔な騎士王ともなれば己の身に人間一人の生死が関わっていると聞けば眉を潜めるモノだ。反抗的ならば令呪を使うまでだったが、彼女は協力と引き換えに『身体』の保障を提案した。ただの口約束を首肯すれば、それだけで強力な切り札を保持できる。敗北してしまえば彼女はおらず、自分は人間ではなく、幻想種。人間の道理等持ち合わせない。
「今はまだ腹が空いていない。精々非常食替わりにでもしてやろう」
そう言いながら、ファウストゥスは彼女が傷付かないよう慎重に運んでいく。どこへ行くかも決めず、ともかく彼は進み始めた。
「良いのか。あれが貴様の探していた相手、『元』迷宮の管理者だろう」
「それをお前が言うのかアーチャー。まあ俺は別に構わねえぜ。サーヴァントを失って、令呪もねえ。そこらにいる幻想種と変わらねえよ。俺なら一応芽は紡いでおくんだが・・・・・・まあマスターの命令だからな」
それを遠目で見る二騎のサーヴァントはそれ以上の追撃を止める。騎士王が令呪で転移された場所にたどり着くのに、全速力で駆ければそれほど時間はかからない。だがアーチャーは「ある程度遅れた方が良いだろう」と言い、わざと進行速度を遅くした。
「令呪で呼んだということは、マスター側が不利と判断したのだろう。つまり俺達以外で戦闘を行っているという事だ」
「はいはい、潰し合った後に。って事だろ?」
「分かってるじゃないか、ランサー。相性が良いかもしれんな」
「やめろ気持ち悪い。おお、やだやだ。何でこんなヤツの考えが分かるのか・・・・・・」
最も勝率の高い手段だけを取る、というアーチャーの戦術は騙し討ちや裏切りも考慮されている。息をするように虚偽を吐き、後ろから引き金を引く。必要とあれば親族を人質に相手を殺す。勿論、真っ向勝負や騎士道と言ったモノが最高だとランサーは思ってはいない。命令となれば例え無抵抗の相手すら、ケルトの戦士は手にかける。だがそれでも最低限の『道理』を持っているランサーは、アーチャーの戦法は殆どが外道に映る。今回はそれらは無いが、もしかしたら自分の協力を前提に造り上げているからかもしれない。
しかし、奇しくもアーチャーの判断は間違ってはいなかった。慎重に迷宮内を駆けていると、迷宮が軋む轟音と振動が響いたのだ。直ぐに二騎は行動し、退避した。実際に見ても呆れる程濃密な魔力が嵐となって駆け抜け、深層の内部を粉々に砕いていく。自分達に向けられた攻撃ではなく、余波でこれなのだから恐ろしい。ルーンを刻んだ石を投擲して即席の陣地を作成し、何とか凌ぐ事はできたが、下手に踏み込んでいれば消滅は必至だっただろう。入り組んだ構造が基本の迷宮の階層が文字通り一部屋となった後、満を期して出ればその場にいるのは敗者のみと来た。
「逆に聞くけどよアーチャー。お前は見逃して大丈夫なのかよ。全員皆殺しなんて物騒な事言ってたが」
「わざわざ死に際の羽虫にトドメを刺しに行く?非効率的だな。どの道あの男に未来は無い。迷宮で野垂れ死ぬ運命だ」
「成程ねえ、抑止力とやらも大変だ。じゃ、これ返すぜ」
ランサーはそう言って持っていた紅槍を手放す。やはりこの英霊は癪に障る。アーチャーはあの男と言った。自分達が見逃す存在は『二人』。幻想種が担いでいるフードを被った少女も含まれている。記憶が飛んで認識ができないのか、内心に抵抗があったのか。さっきまで投影していた二挺の拳銃は、幻想種に狙いを定めていた。万が一彼女に危害が加われば、引き金を引くつもりだったのだろう。どういう理由か聞く程野暮ではなかった。
それに、ここから先に起こる事を予想すれば、聞くことに意味も無い。
「良いのか、ランサー。折角の槍だぞ」
「あれ以上持ってたらいつ爆破されるか分かったもんじゃねえからな。さっさと返すのが吉だ」
「ククク、本当によく分かってるじゃないか」
「気付いているのなら、先に攻撃していたら良いモノを。クーフーリンには徒手空拳の逸話でもあったのかね?」
「アホかお前、俺が何にも考えずに得物を手放す訳ねえだろう」
瞬間、隠蔽されたルーンが結界を作り出す。それはアーチャー、ランサーを覆う。アーチャーは止めなかった。ルーンの結界を破る
「へえ、お前でも慢心する事があるんだな」
ランサーの言葉で、アーチャーは自分の周囲を覆う結界がただの防壁でないことを理解し笑う。ある程度の身体能力減衰は予想している。身体に若干の『重み』を感じようとも、支障はない。だからこそ、この程度の布陣で同等とでも思っているランサーが滑稽でもある。
「この程度の拘束で差が縮まったと過信する相手の方こそ、慢心と言うのではないかね」
「それは俺の台詞だな」
瞬間、何かが繋がる音がした。その音は空気を震わすような、マトモな音源のあるモノではない。感覚神経が感じ取った異変を、あえて音として出したまでの事。しかし文字通り接続された道は、間違いなくアーチャーに異変をもたらす。
「・・・・・・何?」
驚きのあまり口にし、自分の身体を見る。それは自分の身体だ。黒く変色した肌。内側は腐りきった臓腑。そして信念もまた同様だ。だが確実に身体に異常が出ている。そうでなくてはおかしい。
「どうだ。それが『身体』だ」
ランサーの謎めいた言葉はしかし、直ぐに理解する事になった。何故ならば、自分が異常を異常と『感じている』。それこそが最も異常。
身体に纏わりつくの迷宮の風は触覚から、感覚神経から送られている。アーチャーにとっては死んだ感覚だ。なまじ痛み等ある分身体が反射的に動いてしまう。血と硝煙の混じった臭いに、思わず咳をする。嗅覚から流れる己の体臭に眉を潜める。口の中で粘着いた唾液の味を感じ、地面に唾を吐く。
「何をしたランサー!」
失われた身体機能が次々と復活し、動揺を隠せないアーチャーは声を荒げる。それが余程面白かったのか、ランサーはにやけ顔のまま答えた。
「教えねえ、て言いてえ所だけど。まあ呪詛とかじゃねえから安心しな。どっちかと言うと治癒だからな」
「治癒、だと?」
「原初のルーン」
ランサーは周囲に展開する結界を指した。既に結界は何十層も枚数を集めていき、そう簡単には破壊できないように造り上げられている。
「影の国の女王、スカサハより学んだルーン魔術、その神髄って奴だよ」
アーチャーは投影を完了させていた。手に持った
「無駄だ。原初のルーンは真偽が分かる。本物ならともかく、お前さん得意の偽物造りでこの結界は破壊できねえよ」
「・・・・・・成程、流石は神代のルーン魔術と言うことか」
知らず知らずの内に慢心していた事実をアーチャーは飲み込む。形成は逆転し、自分は不利な立場へと押しやられた。身体のむず痒い感覚は、久しく忘れていた感覚、生の感覚だ。強制的な契約の上書き。今の自分は守護者の尖兵ではなく、サーヴァント・アーチャーの霊基となっている。北欧の神が造り上げた魔術であるルーン魔術の器用さに驚嘆すると、ランサーはバツの悪そうに頬をかいた。
「お褒めに預かり光栄・・・・・・って言いたい所なんだがなあ。俺がやった訳ではないから何だかなぁ」
「当たり前だ。キャスタークラスでも無理だろう。サーヴァントの能力を大きく逸脱している」
「おいおい、キャスターの俺を過小評価するなよ。素材と時間とやる気さえあれば、俺でもできる・・・・・・十年くらいかかるが俺ならもっと」
ランサーの言葉が言い終わらない内に、何処からともなく槍が飛来する。アーチャーではなく、ランサーへと放たれた槍を紙一重で彼は躱し、冷や汗をかきながら彼方へと見た。
「あ、ぶねえ・・・・・・全く、何時でも抜き打ちで来るんだからあの師匠は」
間違いなく殺意を以て放たれた槍だが、ランサーはどこ吹く風で地面に刺さった無銘の槍を引き抜く。アーチャーは二挺の拳銃を投影し、構えた。第四階層と同じ、相手の根城で戦うような展開が戻ってきたが、その実は随分と仕様が異なる。世界による修復は働かず、強制も無い。
「決着を着けろとさ。お互い言われるまでも無いって感じだが。できるだけ公平な『場所』を造ったらしいぜ」
「さながら決闘のよう、という訳か。まあ良い。いい加減その顔も見飽きた所だ」
相手に能力向上等の特殊な魔術はなされていない。今の迷宮の管理者は、本当に対等な条件を造り上げたらしい。その心理をアーチャーは理解できないが、状況は絶対的に不利という訳ではないのならば、負ける要素は無いに等しい。
「行くぞ。アーチャー」
答えを言う必要は無かった。その引き金が答えとなって、戦場を作り上げる。