家の中で熱中症になりかけた………扇風機では無理か
みんなも我慢せずクーラーをつけよう
進む足は段々と軽くなっていく。その度に空腹は加速度的に進んでいく。ノーマは足を引きずりながら、目の前の代わり映えしない風景を眺めた。永遠に続くように長い階段は、変わらず自分を嘲笑うようにそこにある。
果たして後どれくらい、自分はこの歩みを続けられるだろうか。否、自分は自分でいられるだろうか。やはり、あそこにいる存在を全て喰らえばよかったのだ。どの道あそこで終わる命、深層で土へと還るぐらいならば自分が喰らった方がまだ有効活用できるというもの。それを何度も理性でねじ伏せてきたが、本能の叫びはいよいよ大きくなってくる。
「まだまだ、やれる」
己に何度も言い聞かせ、殉教者のように一歩一歩確実に歩んでいく。魔眼殺しで巻いた両目が、ギシギシと痛む。魔に引かれる
騎士王との戦いで全く別種のモノになっている事だけは分かったが、それ以外の性能は不明だ。天馬に乗っていた時に『示された』、ノーマだけが視える道。あれは魔術か、それとも魔眼の能力か。
長い思考に没頭しながら歩いていると、自身が進む先に壁が現れているのを感知する。階段が終わり、巨大な扉がノーマの前に立ち塞がった。
迷宮ならばそれは、階層の番人である事を示す扉。しかし最終、迷宮の深奥ともなるこの扉は番人へは通じず、その先の『管理者』へと続く扉。聖杯へと至る為の扉。
ゆっくりと魔眼殺しを外す。扉は重厚さを表すかのように金属製で、深奥であるというのに古びた痕跡は無い。魔術的防御も、鍵すらも無い開閉の用途だけを担った簡素な鉄扉。
ノーマは扉の取っ手を握り、押した。巨大な扉は重さを感じさせない挙動でその動きに従う。音も無く開いた扉の向こうにあるのは。
自身の頭部めがけて飛来する槍だった。
首を少し横に向け、ノーマはそれを避ける。人間には不可能な行動だったが、扉を開ける前から『視えていた』ノーマにとって、それを躱す事は容易い。
何事も無かったように踏み出した足場は血のように紅い絨毯が引かれ、壁にかけられた垂れ幕は鮮血がただれるようにまた紅い。ライトや蝋燭が無いのにも関わらず部屋は明るく、豪奢な空間が余すところなく映し出されている。だが余りにも紅が多く、豪華絢爛さを見せびらかしたい、という造ったモノの趣味の悪さを際立たせていた。
「フム。やはり避けるか。悪くない」
その部屋、いや広間の中央に立っている人物こそが、ノーマにとって、迷宮にとっての中心だった。全身を覆う鎧は紫と黒を基調とし、重厚さよりも軽快さを重視している。この部屋と同じ色である眼は見るモノを引き付けるが、その瞳には濃密な死の気配を放っている。かつて、夢の中のファラオから伝えられた一騎のサーヴァント。その名を聞いただけでその時のノーマは竦んだが、今は違う。歩む足は変わらず一定に、最後の決戦場となる広間へと進む。その姿勢を相手は好意的に思ったのか、口角を吊り上げた。
「良いぞ、勇士。その姿勢、戦いに赴くモノとしては上出来だ」
「貴女が、ランサー。スカサハで間違いないのね」
「その通りだとも。影の国の女王であり、前回の聖杯戦争でランサーのクラスで召喚され、此度の聖杯戦争では管理者として貴様に多くの障壁を与えた張本人だ」
元々いた迷宮の管理者を排除し、迷宮を乗っ取った一騎のサーヴァント。それは英霊の範疇を大きく逸脱した存在だ。ケルト神話でも指折りの大英雄たるクーフーリン、フェルグス、コンラ等を鍛え上げた女傑。神すらも人の身で殺したと言われる神殺し。殆ど神霊に近いせいか、ステンノにも感じた神性が彼女からも発せられている。
だが同時に、腑に落ちる事もある。これまでの違和感、番人がサーヴァントを行っていた理由が。迷宮の番人であるディルムッド、フェルグス、フィンは全てケルト神話に登場した英霊達だ。同一クラスの乱立、亜種聖杯では召喚不可能な神霊クラスの召喚は即ち、亜種聖杯によるものではなく。
「番人は、貴女が召喚したのね」
「ああ、そうだ。あの杯では召喚には多くの制限があってな。喚び出せるのは精々数騎。それでは舞台も整わぬ」
一級の魔術師であっても不可能な、多重の英霊召喚。しかも聖杯の力を使わない独自の契約は、英霊召喚システムを作り上げた聖杯戦争の御三家、マキリの上を行く。しかしそれは逆にマキリの技術力の高さを示す。神と『比較』できるなど、どれほどの魔術師にも叶わない。
「先ずは一つ、褒美の言葉を送ろう勇士よ。よくぞここまで辿り着いた。無数にいた魔術師の中で貴様だけが辿り着いた事ではない。番人との戦いに生き残り辿り着いた事でもない。有象無象の身から、勇気ある戦士へと変わった事。それは称賛に値する。私すらも、貴様を生き残らせたのは半信半疑だった」
「生き残らせた?」
聞き捨てならない言葉に、ノーマは反復するように言った。自分を助けたのは紅き弓兵であって、目の前にいる彼女ではない。大蛇に殺されそうになった自分を、アーチャーは助けてくれたのだから。まさかアーチャーが迷宮側のサーヴァント、という訳でも無いだろう。
「フム、流石にそこまでは分からんか。逆に不思議ではなかったか?入口とはいえ、迷宮に足を踏み入れたのだ。一級の魔術師は全て死に絶え、貴様『だけ』が生き残るという状況が」
「それは、私がサーヴァントの召喚を」
「必死になれば誰でも召喚できると思っているのなら、貴様はやや己を過大に捉えている。私が隠蔽し造り上げたサーヴァントの召喚陣、そして令呪。それは貴様だけを狙ったモノだ。召喚されたサーヴァントの指定まではしなかったが」
スカサハの言葉をそのまま解釈するならば、相手は自分をわざと生き残らせここまで来させたのだ。より深い絶望を与える為か、それとも只の酔狂か。英霊はおろか神霊の考える事など理解できぬノーマの表情を見たのか、出来の悪い教え子を相手するように上機嫌に笑みを浮かべた。
「疑問に思っているようだな。何故自分なのか、そして何故ここまで来させたのか。貴様の疑問は大きく分ければ二つだろう。順番に答えてやろう。何故貴様を、ノーマ・グッドフェローを生き残らせたのか」
スカサハは指を鳴らした。部屋にもう一つの光源が現れる。近代社会の監視モニターのように表示された、魔術的映像。映されているのは過去のモノだ。第一階層での、自分とアーチャーの映像。この頃はまだサーヴァント、英霊といった存在に慣れず、その規格外さにほとほと恐れていた。アーチャーが歩み寄らなければこの溝はきっと埋まらなかっただろう。
「答えは簡単だ。探索部隊の中で、貴様が最も劣っていた。あの部隊の中ならば、サーヴァントを自力で召喚できる猛者もいた。中にはサーヴァントに匹敵する戦闘力を備えた者もな。無論、この迷宮を踏破できる者もいた」
それは真実だろうとノーマは思った。今回の探索部隊は探索者以外にも時計塔でも有力な魔術師が列を組んでいたのだ。流石に全てが一級品と言う訳ではないが、こと戦闘に関して言えば時計塔主力の三割が存在する圧倒的な部隊。自分と比べれば正に天と地ほどの開きがある。
ならば何故、自分を生き残らせたのか。他の魔術師を手間かけて殺せるのならば、自分等片手間、それこそ瞬きの間に始末できたはず。明らかに自分は『弱い』のだから。
「・・・・・・育てたかった?」
「正解だ」
しかしノーマは数少ない情報で、正解へと辿り着く。何でそんな思考に陥ったのかは知らないが、スカサハと言えば多くの英雄を鍛え上げた英雄だ。これまで戦ったケルトの戦士達は、皆戦いを何処か神聖なモノと視ていた。それがスカサハから教わったのかは分からないが、可能性はあった。
「弱い存在を、強い存在として鍛え上げたかったから、ここまで私を連れてきたって事?」
「惜しいな。根本は同一だが、少し正解に遠のいた。これは二つ目の疑問にも答える事になるがな。私の目的は、自身の消滅だ」
それは神霊、英霊という区分を置いてもノーマには理解できない事だった。自身の死を望んでいる?サーヴァントとして召喚された英霊は既に死者だが、第二の生を望むサーヴァントも少なくない。それほど生の執着は大きいのだ。人は絶望と悲哀に埋もれれば、己の命を絶つ事もできる。だが魔術師は執念と欲望でそれを生き伸ばす。その結果どんな醜悪な姿になろうとも。魔術師は己の生命を軽視しない。
「戦士を殺し、神を殺し、亡霊を殺し。私は己を鍛え上げた。ヒトの身と言うのは無限の可能性を生まれながら会得している。私は上限を知らず、ひたすらに戦いと鍛錬を繰り返した。まさに神の領域であろうよ。そこに到達した時は悦びもあったのだがな」
初めてスカサハの表情に陰りが見えた。自身の行動を悔やむような、それでいてそれ以外の選択肢が無かったかのような表情に、ノーマは理解する。英雄の範疇を、大きく彼女は超えたのだ。戦い、殺すのは太古の英雄の特徴ではあるものの、彼女はそれをやり過ぎた。神にまで平然と手が届く武芸は生態系はおろか世界の基盤を狂わしかねない異能。
「結局、国ごと追放された。世界の放逐という奴だ。手に負えないモノは存在諸共叩き出され、世界単位での幽閉にさらされていたのだが・・・・・・偶然とは恐ろしい。何の因果か生者を英霊として召喚しようという輩が出てな」
ファラオが言っていた、元迷宮の管理者。聖杯による召喚能力の拡張行為。英霊ではなく、神霊を召喚したその男は、そのサーヴァントによって殺されたと言う。
「不完全とはいえ召喚されたのだ。つまり、今の私には死が存在する。これほどの好機は恐らく二度も無いだろう?故に考えたのだ。私はどうやって死のうかとな」
「それで、こんな事を?」
「そう邪見にするな。私とて今は『生者』。生きていたいという欲求は勿論持っている。だが下手に生を満喫すればまた世界に放逐される。それでは余りにも面白くない」
死に方に面白さを求めるのか、と聞きたかったが、悠久の時を過ごし神にまで昇りつめた彼女の考えを理解する方がどうかしている。人間は一人では生きていられない。仮にエネルギーを全て自足自給で肉体の維持ができたとしても、コミュニケーションによる心まではカバーできない。肉体と同じく、心もまた栄養を欲するからだ。つまり、自分の目の前には心が朽ち果てた英雄が立っている。醸し出す死の雰囲気は殺意を放っているのではなく、彼女の心の腐臭なのだ。
「こう見えても死に方には拘りがある。自分の育て上げた者に殺されたい、というな。実は貴様が来る前にもう一人候補がいたのだが・・・・・・馬鹿弟子め。槍を滑らせおった」
「何で私を?最良の弟子、とやらがダメだった時の為の予備なら、もっと良い魔術師はいたわ。私にそれを凌駕する程の伸びしろがあったって言うのなら少しは嬉しいけど」
「そうではない。という事は貴様自身もよく分かっているようだな」
ゴルゴーンとの共生を経ても尚、ノーマは己の実力不足を認識している。ロケットエンジンを積まれた車のようなモノだ。実力と言うものはしっかりと確立されたモノであって、不安定な自分に確実にできる、という事は余りにも少ない。
「そうだ。先程言った通り、貴様は最も出来が悪い。あの中で最も戦士になる可能性に乏しいモノ。そう私は映った。だが、逆に考えたのだ。私の眼と、私の腕。どちらが上かとな。教え、鍛え上げるのは得意だが、未だに見込みの無い戦士を育て上げた事は一度もない。今回を除いて」
「別に育てられた覚えは無いけれどね」
「それは認める。貴様は己の力でここまで来たのだからな。だがきっかけを造ったのは私で、成長できる場所を築いたのも私だ。感謝はしなくて良いぞ。何せ、まだ終わっていないのだからな」
殺気が放たれる。迷宮のどんな幻想種よりも、どんな英霊よりも異質な殺意。生あるモノから生あるモノへと向けられるソレは、普通ならば刃物のように鋭い。だがスカサハから発せられる殺気は『冷たい』。他者を攻撃しようという意思ではなく、他者を閉じ込め、眠らせるような殺気。
「死にたいのなら、望み通りしてやろう。最も冥府に貴様の居場所は無い」
萎縮しかけた自分を
「出てきたか。正直ゴルゴーンとの共生は予想外だった。喰われた時は私も諦めた程だ」
「高みの見物は十分楽しんだだろう。生きた屍は早々に役目を終えるが良い!」
地面が陥没する程の勢いで踏み出す。スカサハは笑い。そして戦士の顔になった。
「良いだろう、戦士。力を見せてみろ、このスカサハに!」
黒と蒼が衝突し、火花を散らす。アーチャーは数センチ先で銃剣を遮る蒼を睨み。ランサーは数センチ先で槍を遮るアーチャーを睨む。全力での撃ち合いで両者は一切引かず、苛烈な攻めを続けていく。
本来ならば、アーチャーは防戦を強いられる。如何に接近戦ができるとはいえ大英雄たるクーフーリン相手にアーチャーが攻撃をできる筈が無い。だが今この場に防御をするサーヴァントはいない。お互い必殺を込めた攻撃を放ち、お互いの武器がその攻撃を阻む。全く違う軌道を描きながらもそれらは交差し、離れ、衝突する。
超至近距離で、アーチャーは引き金を引いた。弾丸は今までのとは違い、発砲と同時に拡散する散弾。如何に矢避けの加護があろうと、この距離では回避は不可能。
しかし、ランサーは更に踏み込んだ。槍どころか徒手空拳ですら行使できない接触、そして衝突によって銃から吐き出された散弾が明後日の方向へと飛んでいく。
アーチャーが行動するよりも早く、ランサーはアーチャーの身体を蹴り、距離を取った。
「中々慣れてきたじゃねえか。さっきまで手も足も出なかったのによぉ。懐かしいな、いつだったか俺が逃げ回るお前の背中を貫いた時を思い出すぜ」
「覚えが無いな、それと最初から拮抗していた筈だが。随分と饒舌な男だ。喋る暇があるのなら、令呪で自害させられないか怯えていた方がよほど有意義ではないかね」
「そんな事をしてる暇あったら槍を振ってるぜ!」
有言実行するようにランサーが再び踏み込む。アーチャーは両方の銃で迎え撃った。散弾のシャワーを前にクーフーリンは小石を放る。起動したルーンが即席の障壁を造り、全ての弾丸を阻んだ。更に崩壊する刹那の障壁を跳躍し高さを持ったランサーは下にいるアーチャーへと振り下ろす。
「チィッ!」
投影の時間は無い。二挺の銃を連結させ、長刀を作り出して空中へと投げつける。いとも容易く長刀を弾き飛ばしたランサーはしかし、勢いを失い地面へと着地した。
その頃には既に投影は完了している。一振りの剣を投影、神殺しの異名を通った剣は半神であるクーフーリンにも有効で
「遅えな」
しかし、ランサーの実力を甘く見ていた。数段階速度が増し、投影した宝具を使わせんと割り込む。宝具を持つ手首諸共切断しようとした攻撃を何とか弾くも、神殺しの剣は吹き飛ばされ結界の障壁へと衝突し、砕けた。
「武器を装填する速度が遅えんじゃねえのか?」
答える暇無く、槍の本領である突撃が迫る。アーチャーは無手のまま地面すれすれでランサーへと突き進んだ。安易に横や後ろに回避していれば、更に不利な状況へと押し込められていた。突き進むアーチャーを回避したランサーは振り向くも、槍よりも無手の方が速い。
流派も戦術もへったくれも無い拳が、その顔面を捉えたたらを踏ませる。二挺拳銃を投影し引き金を引けば、ランサーは飛び跳ねるような動きと槍を振るい弾き飛ばす。
「結局その銃か、いつもの双剣はどうしたよ!」
「さあて、思い出せないな!」
切り札も勝ち方も戦術もある。しかし、できない。アーチャーは膠着状態の現状に苛立ちを覚えていた。何をするにしても投影には時間が、僅かな数コンマが必要だ。使い慣れた武器よりもやや長いその数コンマを、ランサーは見逃さない。先程のように確実に横槍を入れてくる。
二挺拳銃の弾幕射撃も矢避けの加護を持ったクーフーリンには大部分が避けられ、精密射撃であろうと槍を振るわれ弾き飛ばされる。第四階層の時ならば容易に破壊できた無銘の鉄槍も、特別製なのか宝具並みの強度を以てヒビすら入らない。世界の強制があれば、もしくは自分が反転していなければ。そんな柄にでもない後悔までよぎる始末だ。
「下らん!」
後悔なんて愁傷な事をいつの間に手に入れた?普段ならば絶対にしない思考判断に喝を入れて、二挺拳銃を連結させて長刀へと変える。切り札を使えないのなら、この二挺の武器を己の切り札にすれば良い。
「ハッ、面白え!」
ランサーも応じる。槍と長刀という長物の武器同士が衝突し、別種の火花を生じさせた。両方向に刃が造られた長刀で槍を弾き、引く形でもう一方の刃で反撃を見舞う。熟練した人間であっても下手をすれば己自身を傷付ける長刀を演舞さながらに振り回し、先程のような小刻みな斬撃ではない一撃一撃を重視する戦法へと切り替える。
「腹括ったみてえだな、なら俺も括るとするか!」
対するランサーも己の鎧と武器にルーン魔術を施し、全開以上の能力で立ち振る舞う。先程と同じ両者共に防御をしない攻撃のみの状況が戻ってきたが、その実は大きく異なる。アーチャーの身体に槍が掠り、振るう長刀に亀裂が走る。膠着状態は一瞬、防戦へと強いられるアーチャーの表情が強張る。
「チィ、構成材質、補強」
刀身を強化するも、綻んだ亀裂は修復できない。撃ち合うごとに加速度的に破滅が近付いていく。頭の中で狂おしい程この状況を打開する策が駆け廻り、消えていく。ランサーが慢心して隙を晒す事は無い。戦場においては猛犬とされるこの男は正しく槍を振るい、自分の命を消そうとするだろう。
あと二撃、アーチャーは数コンマの思考で自身の武器の限界を知る。ここまで近づかれてしまえば目の前で投影する素振りでも見せれば即座に刺突で決するだろう。二撃で自分は決定打を撃たなければならない。
長刀と槍がぶつかる。あと一撃。しかしアーチャーは自身の死を待たなかった。
「
「何!?」
眼前のランサーは驚きで目を見開く。投影魔術を爆破させる、アーチャーの手段を知らなかった訳ではない。むしろ警戒していた。投擲なりの手段で爆破するつもりなら、それより早く弾き飛ばしその心臓を穿つつもりだった。だが、まさか撃ち合った瞬間、未だにアーチャーの手に握られた状態で起爆するとは思わなかった。
「捨て身か、クソッ!」
寸前で引き下がったランサーは毒づき、地面を駆ける。小規模の爆発による砂塵を槍で一振りして晴らせると、眼前にはこちらへ向いた剣があった。
神殺しの剣、標的を狙い続ける矢、混じる血を絶つ槍、ありとあらゆる武器が、宙を浮き切っ先をランサーへと向けている。意識するよりも早く、ランサーは真横へと方向転換する。
「
猛犬を狙う猟犬が放たれる。殺到する投影品の展覧会にランサーは回避だけに専念し駆ける。矢避けの加護だろうと意味のない徹底した密度の弾幕に、舌を巻きながら槍を振るって弾き飛ばす。弾幕を注視していたランサーは、二つ名の通りの笑みを浮かべた。
「やるな、だが油断だぁ!」
ランサーは空中へ跳び、手にした槍を投擲した。空気を文字通り切り裂く槍はしかし、圧倒的な数を敷いた剣の包囲網にはか細い線のようなモノだった。剣の群れの中から数種の武器が零れ落ちるにとどまる。しかし、それだけで良い。
空中でいながらも身を捻り、迫る剣を回避して逆に即席の足場として蹴ったランサーは地面に突き刺さる槍を引き抜き、ルーンの文字を刻む。妨害のルーンを刻まれた槍は、『本来』の主が得る事で紅く煌めいた。
ゲイ・ボルグ。一死一殺の呪いの槍。クーフーリン本来の武器であるソレは有象無象の投影品の中では十把一絡げにされていたが、ランサーは即座にそれを手に取った。爆破されぬよう妨害のルーンを刻み付け走り出す先は、圧倒的密集率の弾幕、その先にいるであろう弓兵。自爆によって、恐らくは相当の損傷がある相手。
本来、ヒトを殺害するのに大層な武器はいらない。そこらの石ころでも鈍器となるし、やろうと思えば素手でも人間は人間を殺す事ができる。だが英霊ともなればヒト以外の存在、もしくは大多数の相手と戦わなければならない状況がある。だからこそ、英霊の武器は伝説に残る程派手で、高威力だ。
だが、本当の戦いにそれは必要ない。派手な武器は必要ない。ただ的確に、確実に、迅速に。敵の活動を停止させる。己の持つ武器は、ある意味でそれに特化している。
「穿て、抉れ、ぶち抜け!
瞬間、紅の軌道が弾幕を貫く。発動した時点で因果を捻じ曲げ対象に命中させる一撃必殺必中の呪いの槍。ソレはアーチャーを守るべく展開された投影の弾幕を無視し、その向こう側の本体へと到達する。回避など不可能な一撃だ。
アーチャーの敗因は、ランサーの得物を投影してしまったこと・・・・・・何故、無数にある投影からこの槍を相手は投影した?その思考が、ランサーの槍の動きを鈍らせた。
弾幕を潜り抜けたランサーは、その先にある壁を見た。否。それは壁ではない。巨大な花弁のように展開するソレは、一つ一つが城壁に匹敵する防御宝具。アーチャーの持つモノでも最上級に位置し、ギリシャ神話のトロイア戦争において、大英雄アイアスがヘクトールの投擲を防いだとされる鉄壁の守り。
「
紅き槍が衝突し、音を立てて砕け散る。因果すらも捻じ曲げる呪いの槍は阻まれる程の強固な防御機構。本物ならば、あるいは貫けたかもしれない。そうでなくても戦闘は続行できただろう。だが今のランサーに攻める為の武器は無く。満身創痍のアーチャーの手にはランサーへと向けられた銃がある。その結果が何を意味するか、分からない彼ではない。
「あーあ、師匠に返してもらうべきだったぜ」
ランサーの呟きは、一発の銃声でかき消された。
書いてたらプロトゲイボルグは投擲できるのだろうかというささやかな疑問が生まれた。まぁ殆ど一緒だからできるだろうけど