迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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終層②

(ゲイ・ボルグ)が無いから負けた、なんて言い訳するつもりはねえけどよ。やっぱり納得いかねえぜ」

 

 不服そのものの顔で、ランサー、クーフーリンは呟いた。蒼を基調に造られた鎧は、己の血で深紅へと変わっている。心の臓に空けられた風穴からは、血が魔力となって噴出していた。

 

「少なくともその言い訳には無理があるだろう。何せ、槍はあったのだから。敢えて敗因を語るならば(ゲイ・ボルグ)があったから負けた、になるな」

「本物ならあんな盾貫けたに決まってんだろ。ああ、何で俺だけこんな扱いが多いかねぇ」

 

 並みのサーヴァントであれば即死の状態だが、ランサーは飄々と頬をかく余裕まである。伝承通りならば、クーフーリンは己の心臓を取りだし、洗った後に同じ場所に入れて死ぬまで戦ったという。無論、そんな事をさせないよう入念にランサーの心臓は破壊しつくした。戦闘続行スキルがあろうと、ランサーの死は免れない。

 

「それはお互い様、という所だな。俺にも面倒な仕事が残っている」

「けっ、いけすかねえ面に戻りやがったな」

 

 ランサーの敗北が決定すると同時に、結界がひとりでに解除された。元からそういう仕組みだったのだろう、己の魔力経路が途切れ、再び世界の尖兵となったアーチャーはそう推測する。肉体が再び腐り無へと近付いていく感覚が懐かしく、同時におぞましい。

 

「・・・・・・お前の剣には誇りが欠けていたがよ、少なくとも意思はあった」

「何が言いたい?」

「戦士に必要なモンだ。お前の郷でもあるだろ、心技体って奴だ。戦う人間なら、大なり小なり持ってる。それがお前からは感じられない」

「またか。そんな不定形なモノ、何の役にも立たない。殺すのに必要なのは技術だけだ。体だの、心だのお前が語るには余りにも高潔過ぎやしないか?」

「・・・・・・やっぱ分からねえかねぇ、何て言うかな。今のお前は、師匠とよく似てる。生きてるのに死んでいるっていうか、擦り切れてるっていうか」

「話にならんな」

 

 それ以上、ランサーの話を聞く道理も無かった。死人に口なし、末期の言葉を聞く程自分も酔狂ではない。トドメを刺し切った敗者を捨て置くつもりで、アーチャーはランサーへと背を向ける。

 

「まあ待てって。こっちも残り時間は少ねえ。これが最後の質問だ」

 

 普通の英霊、もしくは常人ならばアーチャーは聞かずに立ち去っていただろう。最後を看取る程自分が感傷的ではないが、この英霊が質問すると言うのなら、足を止める程度はする。手短に言えとアーチャーは振り向きもせずにランサーの問いかけに応じた。

 

「なら聞くけどよ。坊主、お前は後悔してんのか」

 

 後悔。己の所業を悔いる、意味のない行為。それをする事で所業そのものが消える訳でも無く、同時に何が解決する訳でも無い無駄の極み。ランサーの言葉には主語が抜けていたが、何について聞いているかは推測できる。

 

「仮にだが」

 

 一呼吸、アーチャーはその言葉を話すのに間を置いた。そうする必要があった。

 

「後悔していて、今直ぐ己の眉間に銃弾を叩き込んだとして。それで解決するとでも?」

「はぐらかすなよ。俺が聞きたいのは後悔しているか、いないのかだぜ」

「する筈が無い」

 

 断固とした言葉が、零れていた。意思とは無関係に出た、ある筈も無い心からの声。

 

「少なくとも、選択が誤りだったとしても、俺は間違いとは感じていない」

「そうかねえ。その選択で、己の身に不幸が下されるならそりゃあ間違いじゃねえのか?」

「お前が言うか、クーフーリン」

 

 数々の誓い(ゲッシュ)を立てられ、それを破る事で弱体化していった英雄。最後にはそれが死因ともなった男はニヤリと笑い、ようやくアーチャーは今まで乗せられていたことに気付く。

 

「な?お前にもあるんだよ。計算や策略の外、英雄を英雄たらしめる核っつうか、矜持っていうか。忘れてる訳ねえモンだ。思い出したくねえだけだろ」

「誘導尋問とは趣味が悪いな」

「お前さんよりは良いさ。いいか小僧、忘れるな。別に高潔な騎士王みたいになれとは言わねえ。だが仕事って割り切る程、お前さんの心は鉄でできちゃあいねえって事だ」

 

 問答が終わる。アーチャーは何を言う訳でも無く駆け出す。その背中に、ランサーはそれ以上の言葉を送らなかった。既に道標は示した。古臭い因縁も長く続ければ助言の一つでも送りたくなるらしい。

 

「柄にでもねえな。キャスターとかならまだしも、この姿でドルイドの真似事は似合わねえ」

 

 その場に取り残されたランサーは、背中から地面に倒れ込む。身体が徐々に消えていく。何戦あの弓兵と槍や杖を交えたかは分からないが、恐らく次また召喚されるなら今度もあの皮肉屋はいるのだろう。

 

「変な運命だぜ全く・・・・・・すまねえな、師匠。どうもアンタが絡むといつも事は変な方向に行くらしい。番犬の役目ももう終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍、という武器は歴史の深い武器だ。有史以前の狩猟にも使われてきた分、槍術というモノも必然的に古くからある。剣の範囲外から攻撃できるこの武器は扱いは簡便で人間同士の戦いにおいても使用され一定の戦績を人類にもたらしてきた。 

 

 だが、それを極めるのは困難ともされてきた。なまじ扱いやすい武器である分、極める人間は少なく、元々それほど複雑な武器でもない。弱点も分かりやすく、至近距離での使用は絶望的に難しいという事で、懐まで入り込まれた戦士は剣で対処していた程だ。

 

 それが、『槍』の歴史だ。では、目の前にある『槍』はどうだろうか。

 

「ハアッ!」

 

 槍で突く、という単調な行為で空気が揺れ轟音を轟かせる。紙一重で回避など意味は無い。常人ならば皮膚が裂け骨が砕かれる風圧を間近で感じながらも、ゴルゴーンは強靭な四肢を総動員して躱す。そのまま地面を蹴り反転、槍の間合いの更に内側、槍の弱点である超至近距離。相手が後ろへ下がるよりも早く、英霊の宝具並みの強度と威力を兼ね備えた爪が相手の皮膚を切り裂かんと動く。

 

 しかし、槍は退かない。それどころかスカサハはそのまま横へと振るった。血のように紅い槍は遠心力にで大きくしなり、刃の無い『斬撃』を繰り出す。手でそれを阻害する事さえ危険と判断したゴルゴーンは、蛇の俊敏さを連想させる動きで振るわれた槍を躱す。

 

「どうした、逃げる為にここまで来たのか!」

 

 狂気を感じさせない、しかし生の気配すらも感じさせない瞳と見つめ合う。既に魔眼殺しは外し、その魔眼の効果をその身で浴びている筈の相手は、不敵な笑みで返した。ルーン魔術による防御、と自身(ノーマ)がそれを判断しゴルゴーンは舌打つ。

 

 人の身でありながら、神を殺した女傑。スカサハ。ゴルゴーンの時代にも女の身でありながら英雄となった人間は数知れないが、少なくともここまでの異端はいなかった。愛憎の連鎖とも言うべきギリシャの神々は無茶苦茶な存在ではあったが、それでも一定のルールを敷かれた存在だったからだ。神の権能はヒトの身には過ぎた力、そしてヒトの自由は神には不要なモノ。

 

 だがもし、ヒトの身で権能に昇りつめ、自由を手にすれば?目の前にいる存在は、そんな『もしも』の極地だ。神の眼を持ち、ヒトの自由を持つ。それは怪物ですらない『災厄』だ。

 

 ゴルゴーンの髪が文字通り逆立つ。蛇に変化したそれらは至近距離にいるスカサハを噛み砕かんと牙を向けるも、彼女はそれを無視し槍を振るう。

 

「甘い!」

 

 後で出された筈の攻撃を、ゴルゴーンは身体を逸らして躱す。掠りもしないが槍の風圧で大きく姿勢が崩れ、その間にスカサハは牙を向けていた蛇を切り飛ばす。

 

 自身が一度行動する速度で、相手は二度行動できる。ゴルゴーンは素早い方ではないが、スカサハの速度が異常な程速い。もしも蛇がスカサハを襲わなければ、自身は回避した二撃目に貫かれていただろう。騎士王との戦いで受けた傷は再生されているが、再生に消費した魔力は補充できていない。今の状態では、一度の傷が致命傷になりかねない危険な状態だった。

 

 回避に専念していては殺され、しかし攻撃しようにも即座に対処される。如何に殺意に満たされようが、それの原動力となる魔力が無ければ始まらない。ならばどうするべきか。

 

『補給するしかない。スカサハから』

 

 思考の同居者、己の寄生主からの言葉。それがどれほど困難な事か、こいつは本当に理解しているのか?回避すらも至難の業、思考の一瞬ですらも隙を見つける相手なのだ。

 

『この周りに魔力の補給ポイントがあるのなら別だけど。無いでしょそんなの。ならこれしかない。何とかして隙を作って、手足でも何でも良いから喰らいつく。それしか勝てる方法は無いわ」

 

 無茶を言うが、自明だった。とっくに彼女は覚悟を決めているらしい。ゴルゴーンは知らず笑みを浮かべた。臆して思考の片隅で震えていれば良いモノを。私に意見など、どの口が言うのか。

 

「ならば精々耐える事だ!」

 

 ゴルゴーンが吼える。無論その程度でスカサハは臆することも手を止める事もしない。槍を鞭のようにしならせゴルゴーンを殺さんと振るう。ゴルゴーンは今度は避けなかった。身体を斜め一文字に切り付けられ、鮮血が飛び散る。無論ただの血の筈が無い。怪物や合成獣が寄り集まったモノの血など、生命体においては強力な毒。

 

 スカサハは即座に後方へ跳び下がろうとするも、蛇となった髪がさせぬと動く。瞬時に槍を振り回し蛇の頭を切り落とすも、噴出する血までは止められない。溶解液にも匹敵する血の一滴が、槍の防御を潜り抜け頬を濡らし、溶かす。

 

「クッ!」

 

 姿勢も態度も崩さなかったが、スカサハの醸し出す殺気が揺らぐ。余りにも小さい隙だが、ゴルゴーンにとってはそれで充分だった。両腕の筋肉が大きく隆起し、相手の心臓をもぎ取らんと

 

『引いて!』

 

 する両手を引き後方へと跳び下がる。騎士王の魔力放出に匹敵する一撃が、さっきまで存在していた場所を粉砕した。騎士王は魔力放出による相乗効果だが、スカサハのそれは純粋な槍術のみによるもの。

 

 それを生み出す槍を、スカサハは二本持っていた。さっきまでは一本だけだった槍が、いつの間にか二本に増えている。緊急時による対処ならば床にできた陥没痕はできないだろう。つまり、二本での槍術も相手は備えている。

 

「フッ、どうやらそちらも先読みは得意らしい。上手く誘い込んだと思ったが、中々どうしてやるものだ。やはりここまで来れた実力は偶然だけではないようだな」

 

 殺気が揺らいだのは罠か。ゴルゴーンは生前の所業の一つ、わざとやられそうに振る舞い相手を絶望に叩き込む遊戯を思い出す。あの時の戦士の顔は極上だったが、自分が遊ばれていたとなれば頭に血が昇る。

 

「血気盛んなのは良いが、少々血生臭いな貴様は。それに己の傷の状況も理解しているか?私は頬のかすり傷一つだが、貴様は既に満身創痍だ」

 

 スカサハは傷付いた顔に手を当てる。ルーン魔術による治癒によって、ゴルゴーンの捨て身の一撃は元通りになった。これで状況は元通り、否。それだけではなく、自身の流血はかなり深い所にまで進行している。放置すれば死は遠くない。

 

「さて、どうする」

「貴様を喰らう。それだけだ」

『待って』

 

 簡潔に伝え、ゴルゴーンは踏み出そうとした身体を急停止させる。時間が一秒でも惜しい状況下で、何をこいつは悠長な事をしようとしているのか。黙って思考するなど相手が許してくれるとでも思っているのか。

 

『このままじゃ死ぬ相手に、わざわざトドメを刺しに近付く?それこそ隙よ。こちらが仕掛けてこないなら、恐らく相手は仕掛けない』

 

 苛立ちと腹立たしさが同時に膨れ上がり、全てを振り切って攻撃を仕掛けたい衝動に駆られる。もし自分がゴルゴーンのままなら、こんな思考はしない。脆弱な身体に押し込められているからこそ、何とかして生を勝ち取らなければならないと言うのに。

 

『ありがとう。私の命を尊重しているのね』

 

 見当違いの同居者の思考を無視し、ゴルゴーンは(ノーマ)に問いかける。不平も不満もあるが、確かに見立て通りスカサハはそれ以上仕掛けず、注意深くこちらの様子を伺っている。最後になるかもしれない作戦会議だ、意見を聞くぐらいの余地はあるだろう。

 

『私は戦闘に関するアドバイスはできないけれど。スカサハに関する伝承は知ってる。弱点とかは知らないけど、彼女は貴女みたいに特殊な能力で英雄となった人物ではないわ。ルーン魔術と、槍を基盤とした戦闘術。それが彼女の全て』

 

 それは既に実感し、『体感』までしている。自身の知識を披露したいのならせめて有益な情報をよこせとゴルゴーンは舌打ちした。

 

『だから、相手の戦法はそれだけなの。少なくとも原点そのままのスカサハなら殺されてたでしょうけど、ランサーのサーヴァントで召喚された彼女には、槍とルーン魔術くらいしかできるモノは無い。それに比べて、貴女ならまだ多くの戦法が取れる』

 

 応用を聞かせれば無数の選択肢があるルーン魔術は勿論、相手は相当の槍術の心得があり、取れる戦法は無数。だがノーマの言う通り、できる事を大別すれば二つだけだ。魔力切れ寸前の自分でも多くの選択肢が備わっている。それら一つでも、相手に命中する事ができるのならば。

 

「作戦は練り上げたか?精々足掻くと良い」

「そのつもりだ!」

 

 言うが早いが、ゴルゴーンの髪が逆立つ。蛇となったそれらは距離が離れたスカサハへと口を開けた。瞬間、スカサハが身を翻し躱す。己の髪に循環している魔力を放つ荒業だが、遠距離戦のできないスカサハには有効な『諸刃の剣』だ。枯渇寸前の魔力を無理矢理練り上げているのだから、威力も精度も低い。それでも躱し続けるスカサハが不利と悟る程には意味がある。

 

 空中に跳び上がったスカサハが、槍を振りかぶる。そう認識した頃には既に槍は投擲され目前に迫っていた。躱せるか否かの思考すら追いつかず身を捻る。衝撃に吹き飛ばされるも穴の開いていない身体に安堵するよりも先にノーマが警鐘を鳴らす。

 

『まだ後三本投げてくるわ!』

 

 思考が身体に追いつき、すぐさま蛇が反応し口を開けた。飛来する三本の槍全てが砲弾とするならば、対空砲火でそれを迎撃する。弾かれた槍が消滅する所を見ると、ルーン魔術による分身と言ったところか。それならば次に来るものは槍を構え突撃する本体のみ。

 

 ゴルゴーンは両手を前に出す。この接触が最初で最後の機会。噴出した血は凝固していたが傷はそのままだ。一撃でも受ければ今度こそ胴を寸断されるだろう。魔力は既に底を尽き、もう遠距離戦を仕掛ける事もできないだろう。数分後に存在する死を否定する為に、目前の死を超える。

 

「ハアッ!」

 

 直前で更に速度を上げた刺突を、ゴルゴーンは両腕で防ぐ。髪が逆立ち、目前の餌を噛み砕かんとするもスカサハはもう一つの槍でそれを切り裂いた。片腕でできる防御を超えた鉄壁。しかしスカサハはゴルゴーンの目論見を察知し、跳び下がろうとする。

 

「遅いな」

 

 だが、逃げられない。神殺しと言えど、両腕を攻撃と防御に使用すれば必然的に動かせるのは足だけになる。どれだけ卓越していても、手が増やせる訳ではない。元が人間ならば。

 

 しかし、ゴルゴーンは違う。髪は蛇、その瞳は毒、そしてその尾もまた同様だ。合成獣(キメラ)の尾は蛇という伝説通り、蛇となった尾がスカサハの脚に牙を立てる。その状況でも構えを崩さない彼女の脚を喰い千切らんと変化した蛇がしなる。

 

「遅いのはお互い様だ」

 

 だが姿勢を崩したのはゴルゴーンだった。決定的好機、掴みかけた勝利の足掛かりに、髪の制御が数コンマ遅れる。スカサハがそれを見逃す筈も無く、一方の槍で自身に迫る蛇を全て寸断した。できた空白の時間に、一瞬だけスカサハとゴルゴーンの視界が交錯する。

 

「終わりだ」

「否!」

 

 そう叫んだ所で、状況は明白だった。両手で片方の槍を抑え、最後の頼みである蛇が再びスカサハを攻撃するには余りにも遅い。槍が三度心臓を穿つ余裕がある。絶対的好機が窮地となる戦場の理は、しかしスカサハに驚愕の表情をもたらす。

 

「・・・・・・何?」

 

 踏み込めない。力が入らない。ある程度のダメージならば無視する程の精神力を持った戦いの極地とも言うべき女傑が膝を屈する。痛みも傷も無い。ただ脚に力が入らない。思考を切り替え槍を突きから薙ぎへと変えるも、力の入らないソレをゴルゴーンは弾き飛ばし。

 

「今度こそ貰うぞ、その血肉を!」

 

 スカサハの肩に大口を開けて喰らう。髪や尾ではない、怪物そのものの牙が鎧を容易に砕き、中の血肉をむさぼる。肉食獣に襲われるよりもおぞましい、己の内から急速に力が抜けていく感覚を精神力でねじ伏せ、スカサハはわざと地面に転がり勢いでゴルゴーンを投げ飛ばす。本能が追い打ちで槍を召喚し投擲しろと叫ぶが、理性でそれよりも速く己の身体に治癒のルーンを刻む。

 

「吸収ではなく注入だったか・・・・・・迂闊だった」

 

 尾が変化した蛇で魔力を吸い上げる、という作戦かと思っていたが、相手は逆に毒を注入してきた。スカサハは慎重に原初のルーンを刻んでいき、毒を中和していく。普通のサーヴァントならばそれだけで身体が融解していく解毒困難な猛毒を、ルーンの治癒が癒していく。

 

 僅か数秒、しかし致命的なまでの数秒だった。投げ飛ばされたゴルゴーンは優雅に着地し、頬に付着した血を見せつけるように舐めとる。瀕死寸前だった身体の傷は立ちどころに修復され、魔力が循環しているのが外からでも分かる。

 

「ふう、悪くはない。が、好きではないな。まあこの状態で味の好みは欲深いか。飢えた身体を満足させる程度にはある」

「流石に自身の味は分からぬからな。貴重な献血体験だったよ」

 

 皮肉を返し、治癒の終えた身体を軽く動作させて確認する。神代の毒には見識はあるものの、この毒はヒトの作り出したモノではない。何せ怪物の体液だ。ルーンで治癒はしたものの、違和感は強く残っている。

 

「ククク、どうだ。私の体液を滲ませた毒は。どれだけ治癒をかけようが無駄だ。いずれ毒は身体を回り切る」

「成程、殆ど呪いのようなモノか。だが残念だったな」

 

 スカサハは槍を一本召喚し、何も存在しない宙へ振りかぶる。槍が発生させる風圧は変わらない。身体に残った死の呪いはしかし、己の行動を阻害するには余りにも小さな障害だ。

 

「この程度、障害とはなり得ない。いや、この程度では死ねないと言った方が適切か。一手取れただけで勝ったつもりでいるのなら、その首は容易に落とせるだろうさ」

「言っていろ。首を落とす等小奇麗な事をするつもりはない。まだまだ腹は空いているのでな」

「面白い。ならば少し、戦場にも工夫を拵えるとしよう」

 

 スカサハが槍を振りかざす。攻撃を目的にしない演舞は、空中へ文字を刻み込んだ。ルーン魔術、とかろうじてノーマは理解するものの、効果は分からない。どちらにせよ、悠長に空中へ文字を刻んでいるのは隙以外の何物でもない。

 

 髪が蛇となり、先程とは比べ物にならない威力の魔力を放とうとした時だった。一瞬の浮遊感と共に、足場が無くなった事に気付く。先程まであった床は勿論、壁や天井は消え失せ、純粋な暗闇と落下がゴルゴーンを支配した。背中に生えた翼が羽ばたくも、落下は一切加減する事無く墜落していく。

 

「何をした貴様!」

「場所を変える。なあに、小細工はせんさ」

 

 同一の視線で落下していくスカサハは、不敵な笑みで答える。場所を変える必要はないはずだ。手狭であった訳でもなく、お互い障壁となるモノも無かった。つまり、ここでの場所移動はどちらかに優位になる状況へと移りやすく。十中八九で向こう側に理のある場所が選ばれる。

 

 五感が訴える情報に、ゴルゴーンは眉を潜める。懐かしい感覚を覚えたからだ。生前の、あの島での記憶か。いや違う。島に追放される前の記憶でもない。生前の世界。神代の空気を感じる。

 

 気付けば両脚は地面を踏みしめている。視界を巡らせば、神代ではよくある風景が飛び込んできた。神か、高貴な王族が住んでいる城、の跡。廃墟となった城の前、城門を背景に、鬱蒼とした雰囲気が空気すらも包み込む。

 

「ようこそ、影の国へ。さあ、己の武を見せるが良い勇士。でなければその命、影に連れ去られよう」

 

 影の国。その入り口に、ゴルゴーンは立っていた。

 

 

 

 

 

 

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