恐らくあと数話くらいで終わらせる予定。
常人はおろか、一流の戦士であっても、その国に足を踏み入れる事さえできない。北欧の小島に築かれたその国を支配するのは一人の女王で、彼女に弟子入りし、課す修行に生き残る事ができればその者は英雄となる。過酷を大きく逸脱した修行によって、多くの戦士が命を落とす魔境。それが影の国だ。しかしそれはあくまで伝え広められた話。影の国が恐ろしい場所、という伝説が、語られるごとに肥大化した結果だ。
そうノーマはそう思っていた。伝承や逸話は、正確ではない。人間は伝えられた言葉を伝えた本人とは違う解釈をする生き物だからだ。ナポレオンの肖像画は、実際は権威者を強く見せる為の表現で、実際は小柄だったとか、アレクサンドロス大王もまた背丈が小さかった、等の話すら信用していない。大男ならばともかくもしかしたら性別すら違うかもしれないのだから。
だが、影の国を見ればその印象も吹き飛ぶ。恐ろしい国、危険な国、魔境。陳腐極まりない言葉しか出せなかった神話は、しかし正しく影の国を表現していた。それくらいでしか、この国の異質さを表現する言葉が見つからない。大気の魔力密度の濃さは、現代人ならばとても生きていけるモノではない。魔術師ですら専用の礼装が無けれ環境に適応できないだろう。
だが、本当に恐ろしいのは大気ではなく、その風景。舞い散る雪は灰のようにくすみ、大地には植物どころか、生物の気配すらない。水の無い砂漠、荒廃した大地であっても自然の手は何処までも続いている。太陽の威光、小さな雑草などは正にそれだ。だがここには、それすらも無い。人間が暮らす環境どころか、空間そのものが生命を忌避している錯覚すら覚える。
「ここに人間を招待するのは初めてかもしれんな。来訪者は昔はよくいたが。私が自ら招いた事は無かった」
視界に佇む相手、自身の敵、迷宮の管理者、そして影の国の女王であるスカサハと眼が合う。今の身体はゴルゴーンだが、彼女はその瞳の中にいるノーマを視ていた。
「と言っても、ここはまだ我が領土ではない。門の前、入口と言ったところか」
「悪くない空気だ」
ゴルゴーンがぞんざいに言い放つ。現代に生きるノーマとは対照的に、神代の雰囲気に懐かしさがあるのか目を細め、舞い散る雪に手を伸ばした。感覚を共有しているので、触れる雪の異常なまでの冷たさも感じ取れる。だがゴルゴーンはそれが心地良いようで、笑みを浮かべていた。
「あの迷宮も神秘は濃い部類であったが、造られた環境ではどうも違和感があった。だがここは、未だに神代のままなのだな」
「ああ、その通りだとも。城ごと世界に放逐されたからな。ここでは時すらも流れぬ。だがまだここは世界側、境界線だ」
固く閉ざされた門。あれこそが世界と影の国を隔てる壁。それの前にいるという事は、まだここは世界に属している。
「あの迷宮でも良かったが、私にばかり不利なのも面白くない。世界に属さぬ私には少々あそこは手狭でな。だからと言って影の国の中となると戻るのが一苦労だ。となれば必然的に一番近いここが戦場には相応しかろう?これでお互い平等な条件だ」
サーヴァントは、民衆の認知によってその力を大きく変える。ブリテン島でのアーサー王、アイルランドでのクーフーリン等、より多くの人間が知っている場所、国ならば、知名度による補正がかかる。スカサハが最も能力を行使できる、となればケルトの文化が残る北欧。だが、残された神代である影の国ならば現代以上の恩恵を取得できる。
「死に場所が変わっただけだ。対して変わらぬ」
「それはどうだろうな」
スカサハが手を上げると、視界全体を紅が覆いつくす。それは血のように紅い物質、スカサハが使用していた槍だった。数える事すら不要とも言うべき圧倒的な包囲網が、逃げ場無くゴルゴーンを囲う。
「少し本気を出そう。生き残って見せろ」
手を振り下ろす姿は見なかった。展開する槍が、自身の肉を削ぎ命を絶つという認識は既にしている。マトモに当たればどうなるかなど考えるのも馬鹿らしい。先程の栄養補給が無駄になるだけだ。かといって無理に暴れ回れば、結局魔力を無駄遣いしてしまう。恐らく相手の狙いはそれだろう。
『
ゴルゴーンの眼が、切り替わる。視えるようになった視界に、多くの選択肢が現れ、消える。残された一本の道が表示され飛び込むようにゴルゴーンは移動した。包囲網が閉じられる。普通に考えれば全方位に同時に展開された槍を防ぐ、もしくは回避するなど不可能。しかし、この眼は『示す』。未だに使い方も、効果も理解できぬノーマだが、本質だけは理解していた。この眼は、自分が諦めぬ限り道を示してくれるのだと。
ただ殺す為に、これだけの包囲網を築く必要はない。殺害するのに必要なのは一本だけで良い。多ければ確かに命中の可能性は上がるが、度を越せば逆に下がる。何せ全方位に展開したのだ。仮に、ゴルゴーンが動いていなかったとしても、その内の半分は対称方向の槍とぶつかる。
そして、ぶつかった先にできる僅かな空間。跳躍したゴルゴーンの巨体ですらも保有できる空間。そこに己の身体を置く。包囲網は一つではない。一度の対処でできぬなら二度、三度と槍の包囲網が造られ、更に密度が上がっていく。その度に複雑に道は示され、ゴルゴーンは回避のみで切り抜ける。
『・・・・・・ッ』
ゴルゴーンの視界、ノーマの眼から赤が零れる。数分も経っていないというのに、速くも底が見えてきた。当たり前だ。魔眼は確かに強力だが、それを扱う魔術師の技量に左右される。未熟な魔術師と、変異したとはいえ低位の魔眼だ。視界がぶれ、焦点がふらつく。
「これが最後だ!」
包囲網の向こう、スカサハの声と共に、再三包囲網が構築される。しかし今度は密度は低い。代わりに一本一本が通常のソレを遥かに凌駕する巨大さで飛来する。比喩表現なしのミサイルが突っ込んでくる状態に、ノーマの視界がぶれた。血涙が眼に入り、視界が赤く染まる。手で拭く、瞬きをする等していればそれが最後の動作になるのは自明。
「代われ。ここまで来れば後は容易い」
しかし、ゴルゴーンはそれを最後とはしなかった。魔眼が切り替わり、髪と尾が蛇となって魔力を放出する。か細い光軸なれど、十分な魔力が備わったソレは槍を破壊するには容易い。威力を増すための巨大さが裏目となり、容易に破壊できるようになった槍はゴルゴーンの身体に触れる事は無く全て破壊され、その場に乱立する柱像と化す。
「長い小手調べは終わりだ。決着を付けるぞ」
「手厳しいな。だが仕方あるまい、私自身、サーヴァントという枷に嵌められれば己の力量を測るのも難しい。どこまでが己の全力か、いまいち掴めぬ状態だな」
「言い訳は聞いてやるとも。それが敗因となるのだからな」
「成る程、ならばここからは加減なしで」
そう呟いたスカサハの姿が、消えた。俊足である事は理解していたし、サーヴァントである分相手は人外染みた速度を保有している事も理解していた。だが、理解の外を超える速度を持っているのは理解していなかった。残像すらも見せない神速に、ノーマですら追いつけない。
「殺してやろう」
出来てしまった空白の一瞬。そして耳朶から送られる情報。瞬時にゴルゴーンは地に伏せる。その頭上を、槍が貫く。頭は辛うじて守られるも、掠る風圧が頭部を切り裂く。
回避よりも攻撃しなければ死ぬ。と思考した瞬間、既にゴルゴーンは冷たい地面へと吹き飛ばされる。視界が回転し、遅れて痛覚が情報を伝える。地面から伝わる相手の足音を頼りに、変化させた蛇が魔力を吐き出した。
それを二本の槍を用いて消滅させたスカサハは、深追いしようとせずに用心深く構えていた。その姿に苛つき、忍ばせていた尾を引いたゴルゴーンは己の身体を見た。腹部に突き刺さった深紅の槍を引き抜き、へし折る。穴の空いた胴体が徐々に塞がる。魔力は消費したが、まだ余剰は有り余る。だがゴルゴーンの顔は先程まであった不敵な笑みは消えていた。
外見は無傷でも、中身は違う。痛覚遮断など、できるはずもない。共有された神経から来る激痛に、ゴルゴーンはともかく人間であるノーマには忍耐力の限界に挑戦しなければならない。満身創痍と魔力不足の時であれば、まだ問題は無かった。許容範囲を大きく逸脱している激痛が、痛覚を半ば麻痺させていた。だが一度修復し、無傷となった後に風穴を開けられたとなれば話は別だ。傷付き、修復するという二重苦。意識は途絶えぬモノの、ノーマはか細い線のようになったソレを必死に留めている。
「どうした?随分と静かになったではないか。もしやもう魔力切れか?少ないとはいえ、サーヴァントの血はかなりの補給になった筈だが」
ゴルゴーンは口を閉じたまま、黙する。挑発に皮肉を返す程の余裕は、スカサハの攻撃で吹き飛んだ。先程刺さったあの槍は、己の心臓めがけて放たれていた。何とか心臓に当たる事だけは避けたが、避けるとも言えない程小さな動作を、この英雄が見逃す筈も無い。ゴルゴーンの寄生した部位、ノーマの失われた心臓。そこだけは異常な修復能力は作用しない。狙われれば最後、絶命は明確だ。
自分は強い。それくらいの条件、障害すらなり得ないと思っていた。が、現実は非情にも伝える。お前では目の前の英雄を倒せないと。理由は簡単だった。相手が強過ぎるからだ。
勿論相手の能力を軽視してはいない。如何に神代の空気といえど、自分は特殊な
そして、ここで勝てないという事は、死ぬという事だ。死ねば勿論、自分は消える。そうすれば、この意識の同居者もまた同じ運命を辿る。
「ククク。他者の心配をするとは。まだ私にも残っている、と言う事か」
笑いが自然と漏れる。それは彼女がしてきた笑みとは違う。嗤う訳でもなく、笑ってもいない。悲哀に満ちた、怪物には相応しくない笑み。どこまでいっても、自分は怪物だ。その価値観、倫理は人間とは相反する。だが、ならば何故、自分は怪物となった?
「私は本気を出すと言った。それは今でも変わらない。名残惜しいが、決めさせて貰おう」
スカサハは槍を二本持ち構えると、獲物を狩る猟犬の如く槍が紅く煌めく。宝具の発動特有の、魔力の高鳴りが段違いに大きい。スカサハの持つ宝具となれば、考えられるのは一つだけ。
ゲイ・ボルク。必殺と必中を兼ね備える呪いの槍。それが二本、スカサハの手元にある。ただ二本突き刺すだけならば一本で事足りただろう。わざわざ重複などさせるわけがない。相手は必要だからこそ、二本持っている。
「行くぞ、勇士達」
ゴルゴーンは諦める、等と殊勝な判断を下す事を良しとしなかった。怪物となった彼女は、英雄の誇りや覚悟など持ち合わせない分、生に関する執着はそれらよりも大きい。槍が突き刺さろうが投げ込まれようが、手足を切り落としてでも生存に走る本能がある。だが、その生き汚なさの極致とも言える反英雄であっても、回避は不可能だと判断せざるを得ない。発動すれば最後、その槍は自身の心臓を貫く。そして、既に魔槍は発動している。
「刺し穿ち」
因果逆転の槍。死の棘が紅き軌道を描き、その名の通りゴルゴーンの身体を刺し穿つ。詰まる所、ゴルゴーンに打つ手は存在しなかった。脳裏に浮かぶ選択肢は存在せず。また思考の同居者は己の意識を保つのに必死で、身動きが取れない。
「突き穿つ!
ゴルゴーンの不死性を突破するべく、ゲイ・ボルグに刻まれたルーン魔術が煌めく。中空へと固定されたゴルゴーンめがけて、スカサハの両腕がしなる。突撃と投擲。槍の真価を発揮する二択を極めた宝具が、目前に迫る。しかしゴルゴーンが思考するのは、どうやってこの拘束を突破するか、ではなく、どうやって生き抗うかでもない。過去の記憶が思考を埋め尽くす。人間で言う所の走馬燈のように、画像が継ぎ接ぎとなって流れていく。だがそれは死を前にしての諦観ではない。未来を掴むための、己がしたであろう覚悟を見る為だ。
何の為に、自分は怪物となったのか。姉達を守る為だ。そして、その為に殺し、喰らう事を良しとした。その結果、悲劇は起こった。しかしそれは既に過去の事。後悔も未練もある。だが結局、自分は怪物となる事を肯定し。それでも尚守ろうとする者の為に戦っている。
「それが、
二本目となる紅き軌道が、致命傷を負ったゴルゴーンに決定打を撃ち込んだ。怪物となっても残った、自身の残滓。その願いは消える。二重の呪い、そして神殺しを実行してきたスカサハの手腕は、怪物の不死性を排除し、その核を砕く。
スカサハはしかし。三本目の槍を召喚した。それは更に投擲する為のモノではなく。自身の身を守る為に、紅き軌道を描く槍を弾き飛ばす。
突き刺さったゲイ・ボルグの内、一本が返ってきた。ルーン魔術によって、投擲した槍は数秒後には自分の手元に返るように細工しているが、明らかに槍の軌道は自身を傷付けるべく向かってきていた。ルーンの効果ではない、スカサハは未だに中空に浮遊するゴルゴーンを注視し。もう一本の槍がその身体へと呑み込まれていくのを見た。
「
驚愕とは裏腹に、その表情は何処か笑みを浮かべている。そうだ、そうでなくてはつまらない。回避する事も、防御する事もできない槍を、その身に受けたのにも関わらず。未だに相手は策を持っている。
ゲイ・ボルグが徐々にその原型を失くし、完全にゴルゴーンの中へと消える。その身を縛るルーン魔術を破壊し、ゴルゴーンは地表へと落下しながら、スカサハと視線が合う。先程までの怪物としての視線は、敗北を予見した戦士の悲哀などなく、勝利を確信する勇士のモノでもない。
明確なまでの、殺意だ。だがどれだけ殺意を持っていようと、意思だけではスカサハは殺せないしゲイ・ボルグが命中したことも変わらない。心臓に巣食う、ゴルゴーンの本体が破壊された事により、その身体は既に崩壊が始まっている。その爪は砕け、翼はもげ落ち、尾は腐り果てる。地面に落下すれば硝子のように砕けて散る運命だ。
だが、砕けた爪が鋭利な棘に、もがれた翼は強固な甲殻に、腐り果てた尾が強靭な尾骨へと変化する。いかにゲイ・ボルグを取り込んで魔力の糧にしようが、ゴルゴーンはあと数分も経たない内に消えてなくなる。だが、数分。その数分で、全てを決すれば。
地面に着地したゴルゴーンめがけて、スカサハは槍を投擲する。投擲された槍はしかし、ゴルゴーンへと吸い寄せられその甲殻の一部へ取り込まれていく。外見が大きく変化していくゴルゴーンが、投擲された槍よろしく地面を踏み出し駆ける。先程までとは段違いに速度が上がり、紅い残像がその姿を抽象化させる。全身を構成させる紅き骨を、スカサハは誰よりも知っている。
「海獣クリード・・・・・・取り込み変成したか!」
ゲイ・ボルグは元々、生物の骨を削って造られたモノだ。無論ただの生命体ではなく、神代の海に生息していた海獣クリード、その頭蓋の骨を使用して造られている。しかしそれでも取り込むのは狂気の沙汰としか言いようがない。骨を基盤としているとはいえ、死の呪いは確実にゴルゴーンを蝕む。この怪物が他にも幻想種を喰らっている事は知っているが、それはなし崩しで起こった事で、崩壊寸前の建物を更に増築するようなモノだ。
だが、だからこそ面白い。狂気の沙汰など英雄には日常茶飯事。ならばそれを取り込むその姿こそ正道。あえてこのまま槍を投げ続ける事もできるが、それをスカサハは良しとしない。踏み込み、穿つ。最早呼吸のようにできるその行為を、最速の踏み込みでゴルゴーンを突き穿たんとする。ルーン魔術の補助も入れ、取り込まれぬよう細工した己の槍を構え、残像すら置き去りにする神速で応じた。
「
怪物そのものである咆哮を轟かせ、棘が迫る。回避は不可能。ならば迎え撃つのみ。
「
紅き軌道が、同じ道を辿り衝突する。お互いが同じ素材を武器とし、鎧とした攻撃。ゴルゴーンは紅く変質したその棘で刺し穿たんと、スカサハはその心臓を貫き穿たんと。ぶつかり合った二者はしかし、拮抗する事は無い。
変化した棘が折れ、紅き槍がその核を砕いた。やはり、砕けた心臓を無理矢理補強した継ぎ接ぎの紛い物、弱点に当たれば例え同質の素材でも死に至る。しかし、ゴルゴーンの攻撃は終わらない。折れた棘から茨のように棘が乱立し、スカサハの身体へと突き刺さる。暴走するように分岐し、巨大化する棘、クリードの牙はスカサハの体内を破壊し、霊核を傷付ける。
しかしスカサハは退かなかった。ここで槍を押し込めれば、相手は確実に死ぬ。鎧に描いたルーンが起動し、その傷を修復しようと動き、霊核を守ろうと展開される。それを体内に侵入した死の棘が破壊していく。相手の棘がルーンを喰い破り、己を殺すか。それとも自身の槍がその心臓に引導を渡すか。無論、敗北するつもりは無い。
「良いぞ、どちらが先に倒れるか。根比べと行こう」
スカサハは、目前でこちらを睨むゴルゴーンを見た。
混沌と化した精神に、更に異物が入り込む。物理的な痛覚ではなく、精神的な痛みがノーマを傷付ける。ただでさえ正気を、意識を保つのに必死だったのだ。更なる異物の混入は、綱渡りである意識を消さんと猛威を振るう。ノーマにできる事はしっかりとしがみつくことだけだった。現状すらも認識の外で、ただひたすらに痛みが過ぎ去るのを待つことしかできない。
『貴女には、痛みしか与えなかったかもしれませんね』
しかし、それでも尚聞こえるモノはある。聞き間違う筈の無い声が。だがはたして、聞こえる事は幸福か否か。
『それでも、貴女は私を信じてくれた。決して
答える事は、できなかった。一方的な会話で感じた事は、これが最後と言う事。崩壊寸前だった精神が、徐々に安定していく。許容を超える異物を混ぜる為に、彼女は自分の存在を削るという愚を犯した。やめてと叫ぶ事も、身体を動かす事もできない。五感は全て彼女が制御し、動かしているのだから。
『月並みな台詞ですが、ノーマ。ありがとう。私をここまで信頼し、そして友とまで思ってくれたこと。上姉様と再会し、その最後を看取る事ができた事を。貴女ならば、きっとこの迷宮を」
唐突に、声が消える。意識が、ゆっくりと表層に上がってくるのを感じた。深海から一気に海面に上昇するがごとく、段々と今の状態が分かりつつある。ノーマは意識の中でゴルゴーンを探した。言葉を返さなければならない。私の方こそ、貴女のおかげでここまで来れたと。仮に自身がこの迷宮で死んだとしても、彼女に咎も責も一切ない。
だが、ゴルゴーンは見つからなかった。あの時のように同期している訳でも無い。深海の意識の中で、ノーマは一人、浮上して現実という名の海面へと浮かび上がる。
意識が戻った瞬間に、した事は瞼を開ける事だった。現状がどうなったのかを知りたい。スカサハは倒せたのか。自分は生きているのか。ゴルゴーンはどうなっているのか。その答えは直ぐに判明する事になる。
「・・・・・・ゴルゴーン」
ノーマは、目の前に乱立する棘を見た。正しく剣山のように直立する人型は、前後の記憶が無ければ彼女とは理解できない。海獣クリードを取り込んだ、ゴルゴーン本体は既に消失し、クリードの骨や牙が無分別に乱立する彫像と化している。無茶な取り込みで、その身を傷付け、相手を傷付けた結果だ。
ならば何故、自分は生きているのか。ノーマはようやくここで己の身体を見る。身に纏う衣服が消え失せ、文字通り生まれたままの姿となった自分を。
「魔力を割り咲いて、私だけを逃がした・・・・・・?」
「正しく言うならば、即席のホムンクルスだな。己の肉体と魔力を媒介にさせている。ふむ、私の血も少し混じっているようだな」
棘の山が震え、内部から血まみれの人型が出てくる。原型を保っているのが不思議なくらいの重傷を負いながらも、かろうじて立っているスカサハは、剣山から骨を一本引き抜き、己の身体を支える杖とした。
「まだ、生きてるの?」
「言ったろう。そう簡単に死ねぬと。無論、ここまでの傷を受ければ修復も意味は無い。やれやれ、こうなってしまえば恐らく」
瞬間、スカサハの姿が霞んでいく。赤とグロテスクな肉が混ざり合った人型が消えていく。だがそれはサーヴァントの消滅ではなく、黒一色の影法師へとその姿を変化させた。魔力密度は大きく下がったが、先程の傷は全て消え、身体を支える杖は獲物を殺す槍へと変わる。
「やはりか。霊核が大きく傷付いた。これでは再臨した霊器も元へと戻る。久しぶりだな、この姿は」
「どういう、事?何で、生きてるの」
「私は元々この姿で、迷宮を踏破した。サーヴァント召喚の出来損ない、いわば一歩手前の影、シャドウサーヴァントとでも言うべきか。迷宮を踏破し、管理者が保有していた霊核を取り込んだゆえにやっと正規のサーヴァントとなったに過ぎない。ゴルゴーンが破壊したのは、私が取り込んだ霊核だ」
故に、私は死んでいない。と黒く染まった影は言う。そして、その殺意は変わらない。
「さて、どうする」
身を守る者も、纏うモノも無い。その状態で向かい合うは規格が下がったとはいえ、神霊サーヴァント。無理だ、勝てない。作戦も何もあったものではない。文字通り裸で英雄と殴り合わなければならないという事だ。相手の能力は理解している。現実的に見て、自分は死ぬだろう。
「生きる」
だが、ノーマの言葉には一切の諦めは無かった。確実に死ぬ。それは変わらない。如何に不屈としても、人間の意思には限界があり、そして命にも限りがある。だが、託された願い、想い、命を。ここで投げ出す事はできない。それは、命の冒涜、そして託してきた者達への冒涜だ。
だからこそ、ノーマは立ち上がる。黒く濁った魔力越しで、その素顔は分からないがスカサハは何処か笑みを浮かべたように見えた。それが這いつくばる敗者の悪足掻きを見ているのか、それとも勇士の姿を讃えているのか。それは分からない。
「ならば、生きて見せろ」
その言葉と同時に、槍の刺突が迫る。先程までの戦いで、その速度は大きく低下しているとはいえ、常人が回避できるモノではない。ノーマは眼を瞑る。それは諦観ではなく避けて見せるという決心の現れだった。見て避けるではとてもじゃないが間に合わない。自身の勘を信じて動くしかない。現実は非情にその行動を不可能と判断するも、だからと言って諦めるつもりは無い。何なら腕の一本や二本、失ってでも次につなげ、生き延びて見せる。
『・・・・・・頑固になったモノだ。なら、右に避けろ』
言葉と同時に、それを実行する。ナニが頭部の数ミリ横を通過し、頬から少しだけ血が滴り落ちる。遅れて二発の銃声が聞こえ、槍が弾かれる音がした。
聞き覚えのある声。迷宮での始まり、全ては彼に助けられてから始まった。ノーマは眼を開ける。視界に立ち塞がるその背中はしかし、己の想像とは違う姿だった。ノーマは戸惑いを隠せず、思わず目の前の男に問いかける。
「貴方は?」
「邪魔だ、さっさと失せろ」
それだけ言うと、男は、アーチャーは二挺の銃を構えた。
やっと合流・・・・・・というかアーチャーが殆ど出てなくて申し訳ない