迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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何とか途中離脱することなくここまで書けた………
まだ終わって無いがそろそろこれも終わりが近い
9月までに完結する予定


脱出①

「どうぞどうぞ、何かよくわからない葉っぱを用いた、何だかよく分からない飲み物です」

「遠慮しておくわ」

 

 キャスターの先導の元、何とか影の国から脱出はできた。スカサハとの最初の戦いの場に戻って来れば、部屋を彩る為の家具、雑貨等が所狭しと並べられていた。恐らく普段の部屋はこのようになっているのだろう。神代のルーン魔術の使い手らしく、現代の魔術師でも到底理解できないような物質や武器が飾られている。

 

 影の国からは出てこれたモノの、それは迷宮への帰還であって地上への脱出ではない。あの二人がいつまでも戦っている訳ではないだろうから、遅かれ早かれ誰かが戻ってくる。しかし急いで脱出したいノーマの気持ちを知ってか知らずか、キャスターは紅茶、らしき物まで取り出してきた。外見に関して敢えて言うならば、蒼茶と言った方が良いかもしれない代物だが。

 

「まあまあマスター。折角生まれなおしたのですから、少し落ち着いたらどうです?逃げるにしても、そんなナリで迷宮をうろついては殺してくれと言っているようなモノですよ」

「・・・・・・確かに、一理あるわね」

 

 ノーマは改めて自身の身体を見る。紅き外套で身を包んでいたとはいえ、露出した足は守られていない。素足で歩き回った代償であちこちに血が滲んでいる。恐るべき戦いの連続で、殆どの感覚が麻痺していた。

 

「この部屋には確か、治癒のルーンを刻まれた紙がありましたなあ。ええと、確かこの物入に・・・・・・」

「随分とこの部屋の仕組みを理解してるのね」

「勿論ですとも、何せ私、元々迷宮の管理者側にいましたので!」

 

 唐突な告白だったが、ノーマは動じなかった。寧ろ安心を覚える。このサーヴァントが、わざわざ自分だけに味方するなどあり得ない。上手くそそのかし、同士討ちさせるのが信条のような、まさに悪魔のようなサーヴァントなのだから。

 

「ふうむ。やはり動じませんか。先程のように単調な驚かし方の方が効果がありますねぇ」

「それで、どうして私を助けたの?それもスカサハの命令?」

「いやだなあマスター。私は貴女の、貴方の為のサーヴァントですぞ!管理者の、あの死臭漂う老婆に接触したのも・・・・・・おっと、危ない失言でした」

 

 ノーマはキャスターから差し出されたルーン文字の描かれた文体を見て、治癒のルーンである事を理解した。別に自分にルーンの術式に対して一介の知識がある訳ではなく、時計塔に展示された原初のルーンのレプリカを見たからだ。確か蘇生に近い程の効能をもたらす筈だが、そんなモノを擦り傷程度に使って良いのだろうか。

 

 とはいえ、使わない装備は重しにしかならない。持って帰る程欲深くは無いし、ノーマは自分の脚にその紙を貼り付ける。現代で言う所の湿布のように貼り付いたその紙は、ルーンで刻まれた能力を行使し、傷を癒していく。

 

「とにかくですね!マスターを救助しようと手を尽くし、安全な場所にとマスターを深層へ落とした後、私は大変な目に何度も合いましたよ!いけ好かない紅い雑巾に撃たれて死にそうになって、砕かれた霊核をお美しい女戦士に何とか修復してもらい、こうやってはせ参じたのです」

「じゃあ、貴女がアーチャーを殺したの?」

 

 マスターに爆弾を取り付け、マスター自身の命令とはいえ起爆し、そして得体の知れないモノを摂取させたのだ。アーチャーが手を出さない筈はない。その結果、戦闘となってアーチャーが消滅した。そう考えるならば一応辻褄が合うが・・・・・・。

 

「・・・・・・ヒヒッ。成程成程。分かってきましたよマスター」

 

 口角を吊り上げる道化師に、やや引きながらもどうしたの、とノーマは尋ねる。

 

「私、マスターの事を少し理解しました。具体的に言いますと、そうですねえ。絆レベルが五までしかない、と思っていたら実は十まであって、今ちょうど七あたり、と言いますか」

「はぁ?」

 

 これまで訳の分からない事を数知れず言ってきたキャスターだが、これほど面妖な言葉は初めてだった。というか、絆レベルなんてモノがあったとするならば恐らく一だと思う。

 

「灯台下暗し、ですなあ。あまりにもはっきりと示された道は、その眼には相性が悪いようで。まま、答えを言うならば逆ですよ。私は平和主義でして。いかに信条が違うとはいえ仲間と戦うなど!ですがあの紅い雑巾はそういう所は本当にドライ。もう干ばつが起こる程ドライですな!バン、と銃声がしたと思ったら眉間に一発です」

「でも、令呪が無くなったわ。少なくともアーチャーは」

「どうでしょうなあ。偽物造りが趣味なら、魔術破りの一つや二つ持っていないとお考えですか?薄情なサーヴァント故、別れた事を良いことに契約を破棄したのかもしれませんぞ」

 

 ノーマはジッとキャスターを見て、彼が嘘を吐いていない事を理解し、そして自分にナニカを隠している事を理解した。このサーヴァントは嘘を吐いて人を混乱させる事よりも、真実を仕向けて人を絶望させる方を好む。隠している事が何だか分からないが、提示された情報は真実と言っていい。無い情報で苦しむよりも、ある情報で満足する方が吉だ。

 

「・・・・・・分かった。じゃあもう一つ質問。この迷宮から脱出する事はできる?ここがゴール地点なら、地上に出れる装置とか、魔術とかだけど」

「ありますとも!少しお待ちを!」

 

 そう言うと、キャスターは陳列された棚を物色し始める。ああでもないこれでもない、と棚から引っ張り出したモノを放り、整頓された部屋を少しずつ汚しながら数分後、「ありましたありました!」という声とこちらに放られた物体を、何とかノーマはキャッチする。それと同時に跳び上がりたい衝動に駆られたが、魔術師的な考えからそんな事はしない方が良いと判断し、グッとこらえる。手の中にある高密度の魔力体に、衝撃など加えたくも無い。

 

「これは・・・・・・まさか」

「ええ。聖杯です!」

 

 救世主の血が注がれた杯、あらゆる願いが叶うとされる万能の願望機。聖杯戦争の御三家の内、アインツベルンが設計を担当したと言われる第三魔法。それが聖杯だ。だが目の前にあるモノはそれの贋作。紛い物のレプリカである。アインツベルンが秘匿していた聖杯の情報を、別の魔術師が模倣し造成した亜種聖杯と呼ばれるモノだ。殆どが欠陥どころか危険極まりない代物、稀に聖杯として機能するモノもあるがそれでも本物の足元にも及ばぬ劣化品が生産される。

 

 だが、目の前にある亜種聖杯は劣化品でも欠陥品でもない。ノーマに聖杯の真偽は分からないし本物も見た事も無いが、亜種聖杯から放たれる魔力密度は正しく聖杯と呼んで差し支えないレベルに至っている。

 

「これが・・・・・・聖杯。亜種聖杯なのね」

「ヒヒヒ!こういう手合いは大体本物とは似ても似つかぬ贋作が相場なのですがねえ。あのろう・・・・・・女戦士は意外にも几帳面かつ凝り性でしたよ。元々完成度が高かったこの杯を、更に改良したのですから!今ではこの通り、本物そっくりの聖杯となっています!」

「何でも願いが叶うって言うけれど、本当に叶いそうね。これを使うの?」

「まさか!聖杯で願うのが迷宮からの脱出なぞ、余りにも高潔過ぎますぞ!それはあくまで脱出の鍵です」

 

 キャスターが指を弾くと、陳列された棚が一人でに動く。先程まで棚があった場所に現れた通路は、真っすぐ上へと進んでいた。

 

「この通路を通る為の(条件)、二つある内の一つがその聖杯を持っている事です」

「じゃああともう一つは・・・・・・」

「迷宮の管理者の死、と言ったところか」

 

 ぞっとする程冷徹な声が、耳朶を打つ。それと同時に放たれた殺意は、ノーマが反応するよりも早く弾丸となって襲い掛かる。しかしその弾丸よりも先にキャスターが動き、ハサミを振るい弾丸を防いだ。

 

「迷宮の管理者の死。即ち迷宮の崩壊と、聖杯の所持。謂わば避難通路か。主の死で崩落する施設は御伽噺と思っていたが、どうやら神代の人間だけあって古風らしいな」

「不意打ちとはまた卑怯な攻撃ですねえ!高潔な私は義憤に駆られてしまいそうですぞ!」

 

 キャスターがノーマを守るように立ち塞がり、目前で銃の引き金を引いた男、黒いアーチャーに大袈裟な怒りを向けていた。威嚇するように手に持った異形のハサミを打ち鳴らし、それ以上の接近を許さないようにゆっくりと後方へ、出口を確保する。

 

「厄介な問題は片が付いた。後始末まできっちりとやる性格でね。悪いが死んでもらおう」

 

 やはり追ってきた。影の国での軍配は、この男に上がったらしい。身体中に刻まれた傷は、スカサハとの死闘を証明している。ひび割れた様な傷から滲むのは果たして血と言っていいものなのか。どちらにせよ殺意の矛先は自分だ。

 

騎士王の話に虚偽はなく、黒いアーチャーは迷宮内にいる存在を皆殺しにするつもりらしい。何故そんな事をするのか、相手の目論見は何なのか、そういった疑問を棚上げにし、ノーマは今必要な行動を選択する。

 

「逃げるわよ、キャスター!」

「仰せのままにマスター!」

 

 キャスターが懐から取り出したモノをアーチャーへと投げつける。殆ど見る事無く一閃したアーチャーは、破裂したその中身に充満していた煙を受けてその姿を消した。煙幕での目くらましに成功したキャスターは、そのままノーマの身体を抱え上へと続く通路を疾走する。数秒後、下から轟音と爆風がせり上がり、キャスターの速度を更に上げた。

 

「ヒヒヒ、あの部屋に仕掛けていた爆弾を今起爆しました。良いですなあ脱出とはこうでなくては!」

 

 爆風の出口が通路しかない状況なので、爆炎も煙も通路を通っていく。漂う煙と焼け焦げた臭いにノーマは激しくせき込み、聖杯を落とさぬ様にしっかりと持つ。キャスターの爆弾に抗議の声を上げようとしたが、急に地面に放り出され言葉の代わりに短い悲鳴が漏れた。慌てて受け身が取れたのは、短くない迷宮での生活に身体が順応した結果かもしれない。

 

 身体中あちこち痛む身体で立ち上がると、キャスターは変わらぬ笑顔でこちらを見ていた。まさか悪戯心で放り投げたのか、と問いただしたくなったが、その胸から零れる血を見てそれどころではない事を察する。

 

「言っただろう?後始末はきっちりとやる方だ」

「ヒヒ、ヒヒヒ!しつこい男は何とやら!」

 

 キャスターが懐からナニカを取り出すよりも早く、黒いアーチャーは引き金を引いていた。銃声と共に放たれた弾丸は、キャスターを通り過ぎてノーマへと向かい、展開された壁に衝突して消えた。

 

 展開された結界は、キャスターと黒いアーチャーを囲う。キャスターが遅れて懐から取り出した護符、恐らくはスカサハが造ったであろう神代のルーン魔術だ。分断された結界内で、悪魔が獲物にかかったモノを見て嗤う。この場合、それは相手ではなく。自分自身の境遇に嗤っていたのだ。

 

「おやおや?マスターは結界の外ですか。出来れば残って最後の戦いに参加してほしかったのですが。どうやら手元が狂ってしまいました。いやあこのメフィストフェレス、一生の不覚」

「己を盾に使うとは、随分と殊勝な悪魔だ」

 

 吐き捨てるように黒いアーチャーは呟く。幾らノーマでも、ここでキャスターがミスを犯した等と都合の良い考えをする程呆けてはいない。わざと、キャスターは残ったのだ。ノーマはキャスターを見た。彼は撃ち込まれた弾痕に指を突っ込み、奇妙な声と共に弾丸を摘出した。無論、サーヴァントと言えど弾丸の傷は浅くはない。

 

「キャスター」

「ヒヒヒ、逃げる事ですなあマスター。アレは通常のサーヴァントではとてもとても勝てませんし?そもそもあれと拮抗できていたあの老婆がおかしいですし?まあここで私の華麗なる戦いを見る、と言っても良いかもしれませんなあ」

「・・・・・・ありがとう。結局、最後まで助けてくれたのは貴方だけだったわ」

 

 語るべき言葉も想いも共有できなかったが、感謝だけは伝える。そのまま振り返る事無くその場を後にし、ノーマは上へと走り出した。その姿を歪な笑みで送ったキャスターは、背中を曲げて大きくせき込む。口から吐き出された血が、滑稽な道化師の装飾を一層華やかに彩る。

 

「いやあ、聞きましたかアーチャー!最後まで助けてくれたのは私だけ、と。悲しいですねえ、老婆に殺されそうになった時に助けたのは貴方ですし、助けられるのも貴方しかいなかったと言うのに!」

 

 影の国で、ノーマが死にそうになっていた時も助けの手を差し伸べなかった男は嗤う。アーチャーがノーマを助けたからこそ、このサーヴァントは現れた。それはノーマを救いたいが故ではなく。嗤うキャスターの姿を無感動に眺めるアーチャーは、弾丸の装填を終えた。

 

「そういう貴様は、随分と余裕だな。つまり何か、スカサハに反逆する程の力量は無いが、俺と戦う力量なら自信があるとでも?」

「いえいえ、まさかそんな!マスターと一緒に逃げるのもありですが、そこは既に手を打っているので。私はこうやって、最後の戦いに赴く所存です。何せ私、貴方と違って主想いなサーヴァントですので」

「成程、皮肉を言いに残ったと。確かに滑稽だな。マスターを裏切る危険なサーヴァントが、最後まで残り。こうやって裏切り者と戦うのだから」

「いやあ、正直裏切る暇がありませんでしたからねえ。裏切ろうと思った所で次々と他の者が裏切るのですから!私も意外極まります。まぁつまり、私だけが乗り遅れた訳ですな。ですがこれはこれで面白い!最後の奉公と行きましょう!」

「ハッ、言っておくが、戦いになぞならん。たかがサーヴァントの身で、守護者と戦うことがどれ程無謀な事か、一撃で証明してやろう」

「ええ。私も、一撃で証明してあげますとも!」

 

 瞬間、キャスターが纏うケープを剥ぎ取る。痩せぎすの貧相な身体には、見るのも忌避する程多くの蟲が、キャスターの宝具が纏わりついていた。その身体を構成する全ての秒針が、回転する程の勢いで動き始める。

 

「それでは最後の置き土産ぇ!どうかマスターの無事を祈りながらもカウントダウン!三、二ィ」

 

 秒針が零に刻まれるより早く、放たれた銃弾がキャスターの頭部を粉砕する。頭を無くした道化は、ゆらりゆらりとその場を少し歩いてから地面へと倒れた。宝具の発動はサーヴァントの消滅によって停止し、身体に彩られた秒針も起爆前に停止した。

 

「語るに遅いな。やるならもう少し早口になる事だ」

 

 くだらない時間を費やしてしまった、と愚痴をこぼしながらアーチャーはキャスターの死体を踏み越える。結界はキャスター自身の魔術ではないからか、未だに展開している。魔術破りの短剣を以て破壊しようと二挺の拳銃を一時的に破棄した時だった。キャスターの死体が蠢き、背後からアーチャーに飛び掛かる。

 

「キキ、カウントダウンサイカイデス!」

「クッ、貴様!?」

 

 砕かれた頭部の下、首の中から歪な蟲が飛び出し、頭部だった箇所を補填する。無論、それらの構成するパーツはこの男の宝具。アーチャーを背後から羽交い絞めにし、逃げ場なく密着した悪魔は。声帯の無い筈の頭部をギチギチと鳴らし声高に叫ぶ。

 

「三ン!二ィ、一ィ、パアァッッッツ!微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と光。そして衝撃。連鎖的に起こった爆発は、少女の小さな身体を吹き飛ばすのは容易い。一瞬で視覚、聴覚共に爆音と光に呑まれ、身体のあちこちを地面や壁に打ち付ければ意識も消える。しかしそれも数秒の事だ。精神力で気絶から復帰したノーマは、身体を引きずるように歩き、出口に向かう。

 

 閉鎖的な通路での爆発は、上へとその矛先を向けていた。爆音の中でも一際巨大な音がした、と思った時には身体は空しく虚空へと投げ出され、放り出されるように出口を飛び越える。

 

 鋼鉄の地面ではなく、柔らかな土壌がノーマの身体を受け止めた。勢いを殺し切れずそのまま地面に転がるも、自身を照らす太陽の熱に、ノーマは身体の負傷を無視して立ち上がった。身体中に泥や雑草が張り付いているが、それは即ち自分が地表を転がっているからで、つまり。

 

「地上・・・・・・!」

 

 外に出れた、と言う事だ。生い茂った森は帰還した魔術師を黙して迎える。迷宮での事態が嘘のように森は穏やかで、木々の葉から漏れる太陽の光だけで帰ってきたという実感が持てる。ノーマは悦びで数歩進んだが、突如横へと跳び込んだ。

 

「無駄だ」

 

 死神の声が、その行為を断じる。銃声が聞こえ無様に転がったノーマは立ち上がろうともがいたが、身体に力が入らない。生い茂る草や苔、そして地面が紅く染まり、それが即ち自分の血だと理解するのに数秒の時間を要した。自身の胸に空いた穴。そして体内に感じる異物。銃弾で撃たれただけならば、治癒魔術で治す。弾丸が残っているのなら摘出すれば良い。だが、その魔弾はノーマの体内で牙を向く。

 

「少し痛いだろうが我慢してくれ」

 

 瞬間、激痛と共に視界が紅く染まる。身体から突き出た剣を、ノーマは見つめる事しかできなかった。剣で貫かれたのではなく、身体から剣が生えてきた。弾丸を起点に突如発生した異常事態に、魔術回路を起動させようとするも弾丸に巣食う剣は体内を破壊するだけでなく、魔術回路を徹底的に殲滅するべく展開していく。

 

「キャスターには最後に教えてもらったよ。頭を砕いて死なないような相手がいるなら、身体そのものを破壊してしまえとね」

 

 どれほどの防御を持っていようが防ぎようのない一撃、体内からの侵食を受けたノーマは、紅くなっていく視界で身動ぎし、相手を視ようとした。殆ど焦点が定まらないが、それでも相手の顔は何とか見る事ができる。自分を追ってきた存在はやはり、二挺の銃を持った男で・・・・・・。

 

「アー、チャー?」

 

 痛みによる幻覚か、それともノーマ自身の錯覚か。紅き弓兵。以前とはかけ離れた姿をしているが、面影がある。ようやくノーマは、キャスターが隠していた部分を見抜く。彼は消滅などしていなかった。

 

「遅いな。それならば気付かない方が良かっただろう」

 

 名残ある微笑はしかし、以前とは比べ物にならない程退廃的だった。ノーマの中で、多くの言葉が思い浮かぶも、口から出てきたのは逆流してきた血のみ。何で、どうして貴方がここに。そんな平凡な質問すらできず、意識が薄れていく。

 

「一人も、例外なく、生かしてはおけない。二度と、同じケースを起こさせない。あらゆる悪の痕跡を消す。後に続く悲劇の可能性を潰す。オレはそうやって生まれたものだ。はっきり言おう。その為に死んでくれ」

 

 ノーマは消え行く意識の中、アーチャーの言葉を聞く。前のように皮肉げでも先程のような無機質なモノでもない。ノーマはそれが何であるか、分からぬまま意識が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。熱い。熱い。熱い。

 

 身を包むように熱気が纏わりつき、空気に含まれる酸素さえ無いような熱。ノーマは瞳を開け、目前で燃え盛る火炎を見た。慌てて身を起こし、周囲を見る。そこは炎だった。何かの建物が崩壊した痕、だろうか。災害による火事なのか。周囲を見渡す限り炎によって支配されている。

 

 逃げなければ、と考えた瞬間に、ノーマは目の前で身動ぎする存在を見た。子供が横たわっている。この火事による被害者だろう。天へと伸ばされた手は震え、今まさに命が失われようとしている。ノーマは何とかその子供の元に辿り着こうとしたが、瓦礫が邪魔で進めない。そうこうしている内に虚空へ伸ばされた手はゆっくりと降ろされ、それと同時に子供の命も。

 

 だが、その手を掴む存在がいた。いつの間にかその場に現れた、もう一人の人間。その男は子供の手を握りしめ、抱きかかえる。

 

 良かった。ノーマは心からそう思った。この災害で、多くの人間が死んだだろう。それでも尚、生き残った人間がいる。奇跡なんて浅はかな言葉は使いたくないが、実際この状況で生存者がいるなど奇跡のようなモノだった。

 

『これが、始まりだった』

 

 後方から声が聞こえ、ノーマは振り返る。瓦礫の山、その頂上で全てを眺めているその人物。暗くて顔までは見えないが、誰であるかは直ぐに検討が付く。

 

『アーチャー、なのよね?』

『正しく言えば、違う。騎士王、アーサー王の言っていた英霊、エミヤシロウ。それが彼の名前だ』

 

 エミヤシロウ?そんな英霊聞いたことも無い、と言おうとしたが、周囲の風景が急激に変わって行く。成長していく子供は、多くの人々を助けるべく行動していた。

 

『エミヤシロウの望み。それは単純な、幼稚な夢だった。二度と、あのような災害は、あのような悲劇は、あのような苦しみは。誰にも感じさせてはいけない、と。悲劇、残虐さから人々を守る存在になると彼は誓った。即ちそれは」

 

 正義の味方。目の前で人々を助けるエミヤシロウに、ノーマはそんな感想を抱いた。次々と移り変わりしていく風景はしかし、エミヤシロウが人々を助けているという点では変わらない。最初は災害救助のような活動だった。所謂自分を助けてくれた人への憧れだった。

 

 しかし一方で、力を行使させなければならない状況もあった。世にはびこる悪。犯罪者の取り締まりは勿論、法では裁けないような極悪人の処断も、彼は行っていた。だがそれはある意味で必要な事。悪を裁くのならば、正義を為す為ならば当然の行為だった。

 

 だが同時に、世界は勧善懲悪だけで構成されていない証明ともなった。誰もが思う悪、と言うのは勿論ある。だが時として状況は、人によって善悪が分かれる場面があった。そもそも善悪が存在しない場面もあった。世界は善悪だけで動かしている訳ではない、と子供でも納得する世界を、しかし彼は認識すらしなかった。

 

『食うに困り、窃盗を行うしかなった子供を殺した。家族の為に、他の家族を食い物にする父親を殺した。我が子を生かすために、他の人間を殺そうとした母を殺した。そうやって、彼は正義を体現する上で、数字を選んだ』

 

 百人の内、十人が死に、残りの九十人が救われるのならば、彼はそうした。命は平等だ。例え老人だろうが幼子だろうが、命の秤に均等に並ぶべきと彼は考えた。無論そうぜさる終えない状況だったからだ。だが、その単位が千、万となっていけばどうだろう?

 

 次の場面は、墜落する旅客機を眺める彼だった。旅客機に致命的なウイルスが蔓延し、パニックに陥った旅客機が空港へ着陸しようとしたのだ。空港周辺の住民、観光客総勢三万人に比べ、旅客機の中にいた人間は『たった』五百人。迷うことなく彼は旅客機を墜落させ、万に一つ生き残った生存者も同様に殺した。

 

『彼は正義の為に行動した。多くの人々を助けるという正義。そんな正義の体現者は、最後は悪人として処断された』

 

 悪人として?ノーマは眉を潜める。これまでの彼の行動は、確かに突き詰めた正義、人々から見ればまさに機械のような秤で、正義を執行する装置のように見えただろう。だがそれは、悪であって正義でもある。少なくとも、彼は多数を選択しているのだから。それを一方的に悪と判断されるのはおかしい事ではないか。

 

『単純な事だ。人々から狂人から悪人として認識されたのは。あるところに、一つの宗教団体があった。世界を変えるだけの技術、知識を保有した組織に、各国が危険視はしていた。だが、その教理に悪の理念も無くただ一人を除いて善人で構成されていた』

 

 場面が変わる。血と硝煙の混じった景色。周囲に倒れる人は全て銃や剣で殺されていたが、ただ一人だけはそれらの傷は無かった。高層ビルから飛び降りたその女性は、これと言った抵抗をする訳でもなく重力に捕まり、堕ちた。遥か下で浮かぶ血溜まりを、彼は黙して眺めていた。

 

『その組織の長、教祖である女。彼女だけが悪だった。もし彼女をそのまま残していれば、国どころか世界が転覆するような災害が、俺のような人間が増える事になる。女を殺す為に、彼は立ち塞がった信者を、善良な人間を皆殺しにした』

 

 しかし、女は取り逃がした。確かに彼女は死んだが、償いも、糾弾も行っていない。即ち、悪を立証させる事無く殺してしまった。たった一人で済むはずだった代償は、何十何百もの命の末に、秤に釣り合わなくなった。無辜の一般市民を大量虐殺した結果、得られたモノは周囲の人々の糾弾だけだった。

 

『ここで男は堕ちた。腐り果てたと言うべきか。結末は絞首台。まあ結果だけを見るならば正義の味方のままでも対して変わらない。だが、ここで男は守るべき矜持を、己の理想すらも捨て去った』

 

 より多くの命を守る為に戦った彼は、最後には誰の命も救う事無く消えた。

 

「本当に、そうだったの?」

 

 ビルの屋上で、ノーマは彼に近付く。振り返る事無く彼はああ、と肯いた。

 

「最初から、最後まで俺は間違いだったよ。正義の味方に憧れていた、何て他愛のない夢が結果的にこの結果を招いた。最初から歪みきっていた理想では、到達する場所も歪み果てた場所だ」

「騎士王はそう思っていなかったみたいだけどね」

 

 一瞬、隣にいる彼の雰囲気が揺らぐ。唐突な言葉。本来の彼ならば、何を今更、と失笑していてもおかしくはない。だが彼は突然の言葉に動じた。本当に理想を、自分を捨てたと言うのなら、彼は反応する事さえしない。深層での少ない会話の中で、騎士王はノーマに伝言を伝えた。別に強制はしない。出会わなければ構わない、という前置きをおいて。

 

「・・・・・・何を伝えたか知らんが。どうあっても無理だ。時は戻せない。無くした命は復活しない。消えた理想も、戻っては来ない」

「何を思うかは知らないわ。でもせめて聞いて。アーサー王の伝言役なんて今後できないだろうし」

 

 果たして、この言葉が彼を救うのか、ノーマには分からなかった。言葉は所詮言葉。文字を発音したに過ぎない。必要なのは送り主と、そして受ける相手の心次第だ。それほど長い言葉ではない。だが、少しだけノーマは気恥ずかしい。こんな言葉、そうそう相手に言わない。もしかしたらノーマの人生で、最初で最後となるかもしれないのだ。だからこそ、はっきりと、そして脚色せずに相手に伝える。

 

「シロウ。貴方を、愛している。それだけ」

「・・・・・・そうか」

 

 彼はそれに対し、相槌を打っただけだった。言葉が、正しく伝わったのか。その心に響いたか。外見からでは一切の感情を表に出さない彼は黙したまま、虚空を眺め続ける。いつの間にか周囲の風景は変化し、一番最初の、エミヤシロウが誕生した場所へと戻っていた。

 

「・・・・・・残り時間は少ない。この夢も、彼が放った弾丸による副次的効果だろう。最後の光景がこんな廃墟である事はとても残念だが。まあ彼も殆ど同じようなモノだ。次の仕事に駆り出され、そこでまた人を殺すという、報いも意味も無い行為を続けるだろうさ」

「いいえ。そうはならないわ」

 

 彼が振り返る。瓦礫の下に立ち尽くすノーマが、こちらを視ていた。

 

示せ(スケール)

 

 瞬間、道が示される。陰惨たる景色である筈の瓦礫の山に、一筋の光が現れた。炎以外の唯一の光源は、ゆっくりと伸びていき彼の胸へと到達した。

 

「今やっと分かった。私の眼は、道を示す為の眼。迷ったモノを導き、あるべき到達点を示す為の眼。『提示の魔眼』とでも言うべきかしらね」

「・・・・・・これは」

 

 彼は、自分の胸に触れる。摩耗し、腐敗した鉄心。その深奥には、既に無くなった筈の『理想』が、突如として生み出された。いや、生み出されたのでも現れたのでもない。心の片隅に打ち捨てられた残滓に、光を当てられた。つまり『示された』のだ。

 

「やっぱり、貴方にも、彼にも残っている。ただ忘れていただけよ。それとも、思い出したくなかったのかしら」

「両方だろう。思い出したくないから、忘れたんだ。俺は」

 

 彼は歩き出す。瓦礫の山を。何かに取り憑かれたように、胸の光を抱いて歩み出す。瓦礫の山はいつの間にか荒廃した大地へと変わっていた。周囲にはもう誰も、何もいない。それすらも認識していないように彼は歩み続け、頂上へと到達する。頂きにあるのは、撃ち捨てられたように突き刺さる一本の剣。

 

 悪い夢を見ているようだ。彼は思った。何千、何万もの命を奪っても尚、己はこの剣を手にするのか。その人生が機械的で、到達する場所は変わらないと知りながらも。俺は、正義の味方であり続けたいと願っている。いや、己の理想を肯定したいと思っている。

 

「・・・・・・この所業を尊い、と断じるかセイバー。やはり、君と俺は似ているらしい」

 

 誰にも聞こえぬ声で、彼は呟き。そして剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力の収縮を感じ、アーチャーは素早く銃を抜き、ノーマへと照準を合わせた。この存在は、まだ何かを残している。それが何であるか分からなかったが故、こうやってトドメを刺した。だが向こうは、それでもまだ動くらしい。

 

「呆れたしぶとさだ。残業もこれまでにしておきたい」

 

 しかし、魔力の収縮はアーチャーの反応を超えていた。魔術回路は寸断されている。アーチャーの持つ弾丸の性質、対象の体内に小規模の固有結界を展開させ、相手を内部から破壊するという宝具は命中後の相手の魔術を許さない。既に魔術回路はその用途を失くし、ノーマの身体も剣の山と化している状態で行使できる魔術等無い筈。

 

「・・・・・・何?」

 

 ノーマの周囲、地表に飛び散る彼女の返り血が、紅く煌めく。丁度彼女を包囲するように展開された血は、在り得ざる魔術陣を刻んでいる。サーヴァントの召喚陣。既に迷宮の聖杯戦争は終わった。サーヴァントは既に全て消えている。この後に及んで最後の抵抗をしようと言うのか、十中八九成功する筈の無い召喚を。

 

 閃光が零れ、魔術の高鳴りが周囲の木々を揺らす。アーチャーはトドメの弾丸を放つよりも後退する事を選んだ。召喚されるはずが無い。僅かに残る魔力と命を消費してくれるのなら有難いものだ。既にマスターは死体同然。魔力など無い。その身から生えた剣によって・・・・・・。

 

「間抜けか俺は!」

 

 召喚が完了する寸前、アーチャーは己の間違いに気付き引き金を引いた。彼女が亜種聖杯を未だ握りしめている事実。そして、その身に撃ち込んだ己の弾丸を。サーヴァントの召喚に必要な魔力、そして『聖遺物』。どちらも彼女は持っている。

 

 閃光の中に撃ち込まれた弾丸は、金属と衝突し弾かれた。アーチャーは舌打つ。この状況で、目の前に立つ存在が誰であるかなど検討するまでも無い。

 

「あ、あー・・・・・・ちゃー」

「久しぶりだなマスター。遅くなってすまない」

 

 迷宮にて、弓兵が召喚された。

 

 




タイトル回収
とりあえずあと一話+外伝二話で完結する予定
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