迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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いよいよラストバトル。

そもそもこの物語を作った理由として、元ネタのラビリンスのss無いなぁ、という気持ちとエミヤvsエミヤオルタがしたいという気持ちがあって始まった




脱出②

 思い出した言葉があった。影の国、その主に弾丸を撃ち込んだ時の言葉だ。黒一色の彼女は己から飛び出た剣を見る事すらせず、消滅の間際にこう言った。

 

「お前はいずれ、過去を視る事になるだろう」

 

 神代には呪いを言葉となって放つ習慣でもあるのか。その時は全く聞く事も認識する事も無かった。今回の『掃除』、多くの手違いで現世に召喚されてしまった神殺しの排除は行われた。

 

無論あれほどの規格を持った存在を召喚することなど普通はできない。消滅したのは、召喚に応じたのは影の国に隔離された『本体』の分霊だ。本体は未だにあの城の中にいるが、外に出る事はできない。世界が終わるその時まで、彼女は幽閉されたままだろう。

 

だが、残滓であっても神霊であった事は変わらない。千里眼、純粋な視力だけでなく一種の未来視を可能とする彼女が自分の行く末を視たのか、それとも死に際の妄言か。結果は余り時間を要する事無く見せつけられる事となった。

 

 ノーマの身体から、剣が消えた。召喚の聖遺物として消費されたのだろう。高名なサーヴァントを呼び出す為の聖遺物ならばともかく、剣の起点は人の指程しかない弾丸だ。召喚の余波で消滅してもおかしくはない。

 

 それによって、ノーマの身体が修復されていく。その胸に抱えた亜種聖杯から零れる魔力が、その身体を治癒しているのだ。所持者の肉体、その本能的な願いを叶えている、という所か。だが、アーチャーにとってそんな事はどうでも良かった。致命傷ではなくなったのなら、何度でも撃てば良い。修復されるならその源を破壊するだけだ。

 

 だが、目の前に立つこの男だけは明確な障害となる。紅き外套を纏ったその男。サーヴァントとして呼び出された自分は、目の前に立つ守護者としての自分を見る。

 

「こんなケースもあるとはな。世界もつくづく悪趣味だ。また自分との戦いとは、俺もつくづく成長がない」

「守護者となれば、こんな衝突も可能性としてはある、か。最もお前からすれば、殺したいほどおぞましい存在だと思うがね」

 

 黒と紅。姿も顔つきも違う二人の男は、同一の人物ではないが同一の存在だった。サーヴァントとして、守護者として召喚される正義の執行者。もしも鏡を見て、そこに映る自分の姿が意思を持って動き始めればどうだろうか。その姿が、自身の想像を遥かに超える程歪で、おぞましいと感じれば?

 

「・・・・・・いや、特に何もないな。俺からお前を見て思う事は何もない。どうやらそちらは『散々な結果』だったようだが、それは俺も対して変わらん」

「ほう、それならば俺の杞憂と言う訳か。どうやらお互い、ロクな死に方をしていないと見える。それに免じてこちらの仕事を楽にしてくれないか?その少女を残していれば世界の危機、等というふざけた結末になりかねない」

 

 黒のアーチャーが視線をノーマへと変えた。抑止の守護者として、彼女は見逃せない。所持している亜種聖杯もそうだが、彼女が迷宮を踏破した、という事こそが世界にとっての危機だ。

 

「聖杯戦争というのは、殆どが危険極まる儀式だ。素人共が願いを叶えるとか何とか言って集まり、殺し合う。大抵は同士討ち、もしくは余波で聖杯が破壊されるのだが、今回は勝者と賞品が健在と来た」

 

 何を願うかは重要ではない。この場合、聖杯戦争に勝利し、聖杯を持ち帰った。という事実が危険だった。神秘の色が薄れていく現代において、万能の願望器とされる聖杯。各地で行われる亜種聖杯は粗悪品ばかりだが、今回のソレは本物に限りなく近い。それを持ち帰り、その話が広まればどうなるか。

 

「不透明だった聖杯戦争に具体的な成功例が提示される、つまり聖杯戦争の活発化に繋がる、と?」

「察しが良くて助かる。そうなればどうなるか、分からないお前ではないだろう?」

 

 太古の英雄を召喚し、殺し合う儀式。それは秘匿されているとはいえ、決して少なくない犠牲者を生み出す。英雄とは即ち、人を殺して成ったモノが殆どだ。ソレが持つ宝具なぞ現代の大量破壊兵器に匹敵するモノまである。それが世界的に流行し、蔓延すれば神秘の隠匿である魔術の衰退は勿論、参加者よりも被害者の方が圧倒的に増えていくだろう。即ち、世界の危機という訳だ。

 

「成程、理解したよ。多くの人間を助ける為に、一人の犠牲を出す、いつもの仕事という訳か」

 

 それは、生前の自身が、彼がしてきた所業と何ら変わりはない。そして、両者ともにその行為に対して抵抗など感じない。寧ろ一人を犠牲にするだけで良いのだ。たった一人の人生に幕を降ろせば、無数の人生が汚されずに済む。秤は傾き、裁定すべき人選を指し示している。

 

 だが。紅のアーチャーは一対の双剣をその手に握る。双剣を構え、殺気を向けるその姿勢は明らかに戦闘を行うモノの貌だった。

 

「解せないな。お前が俺と同じなら、そこで棒立ちしている筈なのだが」

 

 またもや余分な仕事が増えた、と舌打ちし黒のアーチャーも銃剣を握り直す。殺意を向けられた以上、やる事は一つだけ。例えそれが知人であっても愛したモノであっても、抑止の守護者は平等に鉄槌を下す。それが自分であっても。

 

「同じだとも。俺とお前は同一の存在だ。だからこそ、俺はお前の前に立ち塞がったのかもしれん」

「何?」

「簡単だよ。お前は守護者として世界に使役されている。そして、俺はサーヴァントとしてマスターの召喚に応じた。つまり仕事だよ。お互い内容の善し悪しで、仕事を選んでなどいないだろう?」

「・・・・・・ハッ!確かにその通りだ。お前も俺も、どうやら仕事だけには忠実らしい!」

 

 その言葉を皮切りに、黒と紅が衝突する。お互いが相手を自身と同一のモノとして認識し、だからこそ目前の存在を排除するべく武器を持つ。

 

迷宮の聖杯戦争、幾多もの戦いの末に最後の幕が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・不味いな」

 

 葉巻に火を点け、紫煙を虚空へと吐く。幾度とも無く繰り返した行為だが、それは膠着する事態に自身が苛ついている証拠だ。ウェイバー・ベルベット。またの名をロード・エルメロイ二世は、迷宮の入口から離れた場所にて、観察を続けていた。

 

 アルカトラスの第七迷宮。多くの魔術師によって探索される筈だった魔術遺跡は、入っていった人間と同じ数の行方不明者を作り上げた。遺跡の探索から生存者の調査へと指示が変更された魔術協会からは、優秀な少数精鋭の魔術師によって調査してほしいという建前と、これ以上優秀な人材を犠牲者として失いたくないという本音によって送り出された。面倒な事は新米ロードにでも任せてしまえと投げ込まれた命令を受けてしまった事を、心底後悔しながら葉巻を地面に放る。

 

 調査に弟子と共に訪れたのはいいものの、弟子が迷宮に足を踏み入れた途端、その入口は閉じられてしまった。魔術的、物理的な遮断というより、世界から隔絶されたと言っていい。あっという間に分断されてしまった状況からはや数日。ロード・エルメロイ二世は迷宮の入口の監視を続けていた。

 

 無論、他の入口も探した。これだけの魔術遺跡に入れるのが一つだけ、と言うのは考えにくい。魔術の痕跡が残っている場所が無いか、周辺を捜索した。慣れない肉体労働で身体を痛めたが、その行為によって何か所か当たりを見つける事ができた。だが、それは入口ではなく出口。中から出る事は容易だが、外から入るには大掛かりな解呪が必要になっている。下手に手を出せばその者に牙を向くであろう魔術系統に、思わずファック、と叫びそうになるほど、事態は切迫していた。

 

 自身の弟子が死んだとは考えない。戦闘能力だけならば自分など遥かに超えているし、何なら単独で迷宮の調査を開始しているのかもしれない。通信、交信ができない以上自分にできるのは信じる事のみ。協会からの援助も期待できないとなれば、彼女が数か所ある出口から出てくるのを待つ事しかできなかった。

 

 数日間による張り込みで、葉巻の在庫が切れつつある時だった。地面が振動し、続いて轟音が鳴り響いたのは。ミサイルでも直撃したかと思うほどの轟音と衝撃に、思わずよろけて転倒しそうになるも、その発生源が自身が監視していた出口の一つとなれば踏み留まる力も湧いてくる。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「あえて言うのなら、蛇だな。あれほどずる賢く脱出した女はそうはいない」

 

 応じる言葉は、まるでさっきまでいたような口振りだった。無論迷宮の領域外、入口から離れているからと言って、自分が魔術的防御や警戒をしていない筈はない。ロード、という称号には不足しているものの、十分な探知ができる筈だった。

 

「随分な態度だ。何も歓迎しろとは言わんが、君は出会って間もない人間を全て警戒するのかね?」

「・・・・・・いいや。そもそも警戒すらしない。『人間』ならば、だが」

 

 何故気付かなかったのか、いつの間にか隣には男が立っていた。その程度ならば自分はまだ驚かない。だがこの男の異様なまでの血の臭い、そして男が担ぐ自身の弟子の姿に、警戒せざるを得ない。果たしてどのような境遇によって、この男は弟子を運び自分に気付かれる事無く近付いたのか。

 

「・・・・・・魔術師らしい不遜な態度だ。それも劣った魔術師、のな。まあ良い。これで誓約は果たされた」

 

 何のことだ、と言うよりも早く放られた弟子を慌てて受け止める。腕っ節には一切の自身の無い筋力が悲鳴を上げ、尻餅を付きながらもその身体を支える。男は用は済んだ、と言うようにさっさと歩き出した。

 

「待て、何者だ貴方は」

「名乗る必要は無い。此度の儀式は失敗続き。しかも往生の原因ともなったのだから流石の私も恥を感じる」

 

 男を見れば、目視で分かる程負傷していた。いや、それは負傷なんてモノではない。本来ならば死体同然、歩くだけでも奇跡のような状態だった。無論そんな奇跡は長続きせず、その脚は根元から崩れ、男は受け身すら取れず倒れる。

 

 敵意どころか命すら消えそうな男を放ってはおけず近付くと、男は血の滴る目で見返した。

 

「・・・・・・一つ言い忘れていた。先程の爆発音は聞いたな?」

 

 まるで友人からの伝言を言うような気軽さだった。意識が朦朧としているせいか、それともこの男の性格なのか。肯定すると男はゆっくりと口を動かす。出てきた言葉は簡潔だった。

 

「あれには、近付くな。死ぬぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と弾丸が衝突し、弾かれる。接近して振り下ろされた斬撃を、片方の銃剣によって防御し、もう片方の銃剣で反撃を行う。双剣の間合いに入らぬよう微妙な間合いを保つべく後方へ退くも、相手は反撃の斬撃を逆に一閃し、銃剣を破壊した。

 

 黒のアーチャーが瞬時に投影を完了し、銃口を向ける。紅のアーチャーは放たれた弾丸を弾き飛ばし、再び剣の間合いへと詰め寄った。本来ならば着剣した程度の銃で近接戦闘などできないが、合理性を突き詰めたこの銃剣は近接戦闘をも可能にする。至近距離での銃撃、そして斬撃がこの武器の本懐。黒のアーチャーは後退から一転し、双剣と撃ち合う。

 

 銃声と金属同士の歪な衝突音が聞こえ、そして破砕音が森に木霊した。一対の武器同士が奇妙な磁力に引き寄せられるように衝突し、砕かれる。銃身が折れ、剣が砕かれた銃剣を黒のアーチャーは放り投げ、再び投影を行う。

 

「チィッ!」

「俺の剣製と、お前の剣製が、同等とでも思ったか?」

 

 自分は己の実力と相手の実力を正しく認識している筈だ。相手は魔力供給が潤沢と言えどサーヴァント。こちらは世界の強制力を持った抑止の守護者。戦力差は歴然で、戦いにすらなり得ない。しかし一瞬で決着が付く戦いは、拮抗どころかこちらが押されている異常。黒のアーチャーの投影は砕かれるも、紅のアーチャーの投影は未だに破損すらしていない。

 

「その顔では理解していないと見えるな。お前も俺も、取り柄は投影魔術(コレ)だけだ。いかに世界からのバックアップがあろうとも、手段が同一となれば、その手段を極めたモノが先を行く。つまり、俺と戦うと言うことは」

 

 剣製を競い合うという事。お互いの手の内は知り尽くしていると言っていい。黒のアーチャーが宙空へ投影品を並べれば、同じ動作を紅のアーチャーが行う。全く同一の投影はしかし、砕かれるのは黒のアーチャーだ。

 

「お前の投影は粗雑の一言に尽きる。合理性に特化した分、武器に込められた想いに同調できていない」

「想い、だと?」

 

 笑わせる。武器は効率良く何かを殺害するための道具であり、合理性に特化する為の道具だ。発砲と同時に拡散する散弾を、紅のアーチャーは跳ねるように回避し、その勢いのまま剣を振り下ろす。黒のアーチャーは紙一重で躱すも、反撃の一手は双剣のもう一振りによって砕かれた。

 

「具体的に言ってやろう。基本骨子の改良が行き過ぎている。近代兵器に無理矢理魔力を通そうとすれば、構造そのものが脆くなる」

「知ったことか!」

「剣と銃身が一体化している分、衝撃を受けるのに適していない」

 

 投影の精度を上げ、銃弾を放つもまるで予知するように紅のアーチャーは的確に躱し斬撃を放つ。防ぐ銃剣が軋み、ひび割れる。相手と自分が同一ならば、即ちこの実力差はお互いの技量ではなく、剣製の差。投影魔術の力量において、紅のアーチャーが勝っているという事実。

 

「他の守護者ならば、こうはならなかっただろう。俺は一瞬で殺されていた。だが、お前相手ならば、俺が上だ」

 

 紅のアーチャーが飛び退き、弓をつがえる。絶好の好機と見た黒のアーチャーは応じるように二挺の拳銃で銃撃するも、弾丸は大きくそれて明後日の方向へと飛来していく。剣との衝突で歪んだ銃身が、目測とは違う方向に放たれたのだ。皮肉にも紅のアーチャーが指摘した欠点を突かれ、黒のアーチャーの表情が強張る。

 

「受けきれるか?」

 

 空間をねじ切らんばかりの魔力密度を持つ強大な威力を持った投影。黒のアーチャーは二挺の拳銃を棄て弓をつがえる。選択すべき矢は一つだけ。相手も己も同じ武器を投影するべく魔力を廻す。回転する螺旋を形取った矢を、お互いに向け撃ち放つ。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 同一の宝具、その贋作がぶつかり合い、一瞬の交錯の果てに打ち砕かれた螺旋は、真っすぐ黒のアーチャーへと飛来する。防御は不可能と判断し、己の銃剣を再投影。抑える事などできないが、最低限の負傷でしのぎ切る。

 

 瞬間、視界にノイズが走った。見たことのない景色、在り得ざる光景。しかしその過程はとても。

 

「・・・・・・成程、そういう事か」

 

 矢を弾き飛ばし、黒のアーチャーは己の身体を見る。銃剣を持つ手、腕、そして胸部の傷はやや深い。致命傷とは呼べないが、宝具が掠ってこれで済んだと言えば幸運の方だろう。本来ならば、世界の修正によってその傷は強制的に治癒される。だが、己の傷は未だに身体に残り。『痛み』まである。まるでスカサハと戦った時の再現だ。同じ違和感を感じたのか、紅のアーチャーも神妙な顔つきで自身に起こっている異常を判断しようとしていた。

 

「皮肉だな。お前と打ち合えば打ち合う程、俺達は同調していくらしい。お前も見えただろう?俺の記憶が」

「その言葉なら、互いが互いの過去を覗いたことになるな。まあ気恥ずかしい記憶など無い身でね。それはお前も変わらないようだ」

 

 身体にまで、それは反映されているらしい。この場合、一方的に黒のアーチャーにデメリットが課せられるようなモノだが、彼にとってはそれよりも視界に紛れるノイズの方が深刻だった。よく似た記憶、その情景を見せられる。災害に生き残り、助けられ、正義の味方に憧れる自分。破綻した理想を掲げ、人々を救おうとする自分。裏切られ、体の良いように扱われるも、それでも尚理想を抱く自分。

 

 吐き捨てる程醜悪な代物だ。人々の為にと立ち上がった正義の味方は、最後には善悪で裁かれる訳なく、誰の益にもならないという理由で刑に処せられた。同じ動機、同じ過程、同じ結末。

 

 しかし、醜悪なまでの理想をコイツは持ち続けていた。黒のアーチャーは、目前の自分を睨む。最後にはその理想から堕落した自身と、あろうことか死ぬ直前ですらそれを持ち続けていた自分。

 

「お前と俺の違いは、それか。お前は自身の行為によって理想を裏切ったが、俺は自身の行為によって理想に裏切られた」

「何が言いたい?」

「俺が絶望していない、というのならそれは違う。お前も実感しているだろう?守護者となったモノは永遠に世界に使役される。生前に理想を掲げ、死ぬ直前にまでその理想を信じていた男も、呆気なく絶望したよ。挙句の果てには自分殺しにまで走る始末だ」

 

 だが、と紅のアーチャーは相手を見る。その瞳は繰り返される絶望に折れた男のモノではなく。理想に徹し続けた在りし日の彼の瞳だった。

 

「そこで俺は答えを得た。決して、俺の人生は間違いなどではなかった」

「ふざけるな!」

 

 断ずる声が、刃となって紅のアーチャーを襲う。防御した剣から、記憶が火花となって逆流した。自身と全く同じとは言わない。確かにコイツは別人だ。だが、俺と同じ道を歩んできた。結末が多少異なるとはいえ、抱く感想は同じ筈。なのに何故?

 

 流れ込む記憶はしかし、別の記憶へと繋がっていく。過去でも未来でも、現在でもない。こことは違う、別の世界での記憶。本来サーヴァントは消滅すれば現界時の記憶を失くす。だが、それでも彼は持ち続けていた。あり得ざるべき邂逅。そして、その時に受け取った想いを。

 

『美しい、と感じたんだ』

 

 目に映る光景は、かつての記憶か。一人は自分を否定する為に、もう一人は肯定する為に。剣を持って戦っている。無様極まりない醜悪な姿で、足掻き続けるその少年は、目の前の男に己の、男の理想をそう表現した。

 

『自分の事より他人の事が大切なんて、偽善だと分かっている』

 

 人間は醜い。善には悪を返し、悪には悪を持って返す。他者を蹴落とし自身を成り上がらせるのが生存の唯一絶対の法則だ。だからこそ、正義など流動的なモノに過ぎないし、それは人間と同じように醜いモノだ。

 

『それでも。そう生きられたのなら、どんなに良いだろうと憧れた』

 

 だがらこそ、願いだけは尊い。人の想い、心は善悪では測れない。そうありたいという願いそれ自体に、罪も悪も無い。だからこそ、この願いは美しいモノだと少年は言った。

 

『俺は亡くさない。愚かでも引き返す事なんてしない。この夢は、決して。俺が最後まで偽物であっても、決して・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『間違いなんかじゃないんだから!』

「消えろ!」

 

 本能的に叫び、黒のアーチャーは銃剣を叩きつける。幾多もの剣撃によって、紅のアーチャーの双剣にヒビが入った。先程とは明らかに違う気迫をそのままに、黒のアーチャーが捨て身同然の戦い方で銃剣を振るい続ける。

 

「下らん、下らん下らん下らん!最早見るに堪えん。生前の自分に諭されて改心したとでも?ふざけるな!」

 

 紅のアーチャーは防戦のまま受け続ける。如何に剣製が上であろうとも、無敵の耐久力を持っている訳ではない。恐らく後数度打ち合えば粉砕するのはこの双剣。数歩退いて反撃するだけで、今の状態の相手ならば楽に殺せる。だが、紅のアーチャーはあえて踏みとどまり、その剣撃を受け続ける。

 

「美しいだと?それはただの妄想だ。到達していないからこそ思い描ける空想の産物に過ぎない!」

「その通りだ。だが、少年はそれでも良いと言った。無論やせ我慢だ。自分の進む道が地獄では生温いような修羅なのだから、多少は臆するだろう」

「ならば、何故!?」

 

 何故、お前は負けた?記憶の向こう側、その決着。あえてこの男は少年の刃を受け入れた。それは即ち、少年の理想を肯定した事を意味する。男はしかし、それに対して深く考える訳でもなく即答した。

 

「少年はいつだって、荒野を進むモノだ。それに、彼には同行者がいる。そう簡単には迷わないさ」

 

 まるで使いに走らせる親のような気軽さで、目の前の男はそう断言した。それを聞いた瞬間、黒のアーチャーは邂逅した時に抱いた印象に納得した。殺したい程相手は自分の事をおぞましいと思っていた。それに対し相手は特に何も思わない、と返した。それもその筈だ。鏡合わせの言葉は即ち、自分が相手に対して抱いた殺意。殺したい程、目の前の男がおぞましい。その気持ちを反映していたのだから。

 

 後悔は無い。いや、後悔などできない。己の選択、その余りの罪深さに、後悔すらも禁じられている。だが、この男は罪深さによってではなく、そもそも後悔する必要など無かったと言っているのだ。

 

 紅のアーチャーが持つ双剣が砕かれる。しかし黒のアーチャーは逆に後ろへと下がった。彼の持つ銃剣もまた、大きく歪み損傷している。物質の強度を無視した連撃で、既に刃も折れていた。

 

「・・・・・・良いだろう。その理想に殉ずるというのなら、それを抱いたまま溺死しろ」

 

 この男を殺す。守護者、サーヴァント、世界、そう言った些細な事を全て放棄し、黒のアーチャーは投影を開始する。普通ならば多くの短縮を行い、瞬時に投影を行う。だがこの男に対してはそれは意味が無い。剣製を競い合うと言うのならば、最も完成度の高い投影を行う必要がある。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 魔術回路に撃鉄を降ろす。武器に拘る必要などない。作り手の心意気などクソくらえだ。効果的で、戦いに勝てるのならばそれでいい。

 

 即ち、想像するのは最強の自分。敵を殺す為の自分。その為のイメージを練り上げる。

 

 創造の理念を鑑定し。

 

 基本となる骨子を想定し。

 

 構成された材質を複製し。

 

 制作に及ぶ技術を模倣し。

 

 成長に至る経験に共感し。

 

 蓄積された年月を再現し。

 

 あらゆる工程を凌駕し尽くし。

 

「ここに、幻想を結び剣と成す」

 

 投影した二振りの剣を、黒のアーチャーは構える。名工が最愛の妻の命を代償に造り上げたとされる名刀。干将、莫耶。根底から改造して使用していた銃剣とは違い、二振りの夫婦剣は宝具としての実用性は低いがその分汎用性に富んでいる。

 

「ようやく入口に至ったか」

 

 構える黒のアーチャーを見て、紅のアーチャーも投影をし直す。持つ武器は同様の夫婦剣。合図も素振りも見せず、黒のアーチャーは踏み込み双剣を振るった。身体能力ではこちらに分がある。強引に押し込み、敵を叩き潰そうとする戦法はしかし、紅のアーチャーの技巧を突破するに至らない。ほぼ完璧に近い投影だけでなく、武器の持つ長所短所は勿論武器そのものの本質を理解している相手に、力だけで押し切れる程甘くはない。

 

 夫婦剣が弾き合い、惹かれ合う。やはり先に劣化するのは黒のアーチャーの持つ夫婦剣だ。実力と技術で拮抗しているのならば、勝敗を分かつのは武器の性能。それが足らない。

 

 武器の性能が問題ならば、己の実力で補填するしかない。黒のアーチャーは、記憶を探る。摩耗し、擦り切れ、霧散した記憶。その残滓を。自分に残っているのは人殺しの技術だけだ。だがその始まり、原初はどうだった?自分は誰から、人殺しの技術を。否、戦い方を学んだのか。

 

『私が教えるのは、ただ戦うという事だけです』

 

 自身に剣を教えた相手は、そう伝えていた。戦法、戦術ではなく、戦うという意思。戦場ではどんな戦闘技術も、一瞬にして意味を失くすことがある。数秒で終わる戦闘もあれば、長期戦の内に衰弱した状態で戦う事もあるかもしれない。彼女が教えてくれたのは、実戦での空気。どのようにして勝つか以前の、心構えとも言うべきモノだ。

 

『貴方の戦いは、まず自身を万全にし、的確な状況を模索する事から始まるのです』

 

 飽きることなく鍛錬に向かうその姿に、彼女は驚き、最終的に呆れるようにそう指南した。無茶や捨て身で勝てる程、戦いは甘くない。だからこそ、そのような状況に陥った時点で、負けは決定しているのだと教えてくれた。

 

「フン、ならば容易い事だ」

 

 果たしてこの記憶は自身のモノか、それとも相手のモノか。だがそんな事は今の彼にとっては些細な事だった。撃鉄を降ろす。己の魔術回路に命を注ぎ込む。自身の状態は万全だ。戦うという意思、それだけは揺るぎない。そして状況。それもまた問題なし。やや遅れは取っているが、打開する武器の選定は終えている。

 

「随分と顔色が良くなったな。憑物が落ちた、と言うべきか?」

 

 紅のアーチャーは、敵の姿勢が変化した事に気付く。相対した時に敵が発していた異様な覇気、精神汚染スキルの恩恵と思しき魔力の高鳴りが消えている。常時発動していた所からこの男の戦闘能力の源と言って良い。だが、それが消えたと言うのに黒のアーチャーから放たれる戦意は変わらない。

 

「ならばこちらも、神髄を見せよう」

 

 禁じ手中の禁じ手、その投影を行う。自身の知る宝具の中で、最上位に位置し、投影をすれば自身もただでは済まない決戦兵器。練り上げる魔力が閃光となって周囲に漂い、両者へ集結していく。相手も同じ武器を使用するつもりか。紅のアーチャーは自然と笑みが零れ、そして投影を完了させる。

 

 一振りの長剣。放たれる魔力は本物と比べ物にならない程か細く、しかしそれこそが本物を本物たらしめる。自分にとって、それは永久に届かない光。だからこそ、自分はこの宝具を投影したのだ。

 

「ある意味で自明か。最上位の武器となれば投影するモノは一つだけ」

 

 皮肉を黒のアーチャーは無視し、投影を完了させる。構えた長剣は鏡合わせのように同一。放たれる魔力は果たしてどちらが上か。

 

 視界にヒビが入る。無謀な投影を行った結果、身体が自壊を始めているのだ。守護者である筈の黒のアーチャーでさえ、それは抑えられない。それほどのデメリットを持って尚、両者はこの聖剣を投影した。紅のアーチャーは己の答えを示す為に。黒のアーチャーはその答えを否定する為に。

 

「決着をつけるか」

「ああ、そのつもりだ」

 

 応じる言葉は簡潔に、答える剣は渾身に。魔力が収縮し、聖剣に蓄積されていく。星の造り出した神造兵装。剣において最上位に位置する存在。人の願いが結晶、凝縮されたその聖剣を、両者は一息に振り下ろす。

 

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)!」

 

 かの高名な騎士王、アーサー・ペンドラゴンの持つ武器の内、最も有名な武器。己の魔力を光に変換し、ありとあらゆるものを薙ぎ払う斬撃の極地。それは投影品と言えど真に迫る威力を持って衝突する。魔力量、投影の実力、それらは両者に一定の差を持たせるものの、全く同一の思想を抱かせていた。

 

 即ち、目前の相手には負けられない。だれかに敗北して倒れるのなら良い。だが、それが他ならぬ自分となれば勝たなくてはならない。

 

 魔力の放出によって迷宮の入口が崩壊し、森全体に極光が照らされる。大地が震動し拮抗する光から漏れ出た魔力が、周囲を抉り、引き裂いていく。

 

 果たして、結末はどちらに傾くのか。真に迫る投影で紅のアーチャーが遮るのか、魔力量の差で黒のアーチャーが押し切るのか。斬撃を放ちながら両者はそれぞれ同一の予想を立てていた。勝利でも、敗北でもない。お互いに多少の差があるのは理解している。だが、今自分達は同一と化した。並行を辿る思想を持った同一の人物は、結末を決定する。

 

 放出する魔力が弱まり、消えていく。時間にすれば数秒。神造兵装の限界ギリギリの投影と、宝具の真名開放まで行った結果、地面に立つ姿は二人。打ち合う前、出会う前と同じ二者が睨み合う結果を作り出した。

 

「・・・・・・下らん結末だ」

 

 黒のアーチャーが、崩壊していく身体で呟く。記憶が摩耗し、かつて抱いていた理想を嗤う男は、変わらず無機質な瞳で向かい合う自分を見る。その視線には機械には無い筈の熱が、本人でしか理解できない程微小な熱が灯されていた。

 

「そうだな。お互いが最高の攻撃で撃ち合い、自滅とは滑稽を通り越して呆れる結末だ。だがまあ、悪くはないと私は感じている。いい加減自分に殺し殺されるのは嫌なのでね」

 

 これくらいが丁度良いだろう?と。まるで生前のような笑みを浮かべながら言った。それを黒のアーチャーは醜悪なモノを見る目付きで射貫く。

 

「何が変わるという訳ではない。俺はこれまで通り、腐り果てたままで構わない・・・・・・だが」

 

 視線の性質が変わる。それは在りし日の姿を懐かしむような、機械に心が灯った瞬間だった。

 

「悪くない、その点においては同じ意見だ。お前のような異端があるのなら。悪足掻きするのも良いかもしれんな」

「自分殺しにでも走るのか?先駆者としての意見だが、意外に過去の自分と相対すると殺意よりも気恥ずかしさが際立つ。至らない部分が目立ち過ぎる大馬鹿者を見ていると、最初に抱いていた決心もただの八つ当たりに思えてくるからな」 

「さあてな。何はともあれ、俺にも目的ができた。次回はもう少しマシな仕事を」

 

 その言葉が言い終わらぬ内に、黒のアーチャーは消える。いや、言い終わるつもりが無かったから話したのかもしれない。紅のアーチャーは皮肉げに笑う。相手を殺す手段もタイミングも、無数にあった。いつでも殺す事ができたのにわざわざ相打ちまで持ってきたのは何故か。それは恐らく、最初に相対した時に見た相手の表情。壊れた機械であろうと必死に取り繕うその姿が、余りにも無様だったからだ。

 

「やれやれ、これではマスターの今後の安全を確保できないな」

 

 またもや彼女には無理をさせてしまう。サーヴァント失格と言って良い判断ミスだ。せめてもの忠義と、崩壊していく身体を無理矢理引きずり倒れ伏す自身のマスターへと近付く。その身体に空いた傷は塞がり、微かな寝息を立てる姿を見てアーチャーは己の纏う外套を脱ぎ、被せた。

 

「別れを言う時間すら無い、か。まあ良い。後は『アイツ』が何とかしてくれるだろう」

 

 背中を向けて、弓兵は歩き出す。数歩進まぬ内にその姿は森の木々に消えていき。その場にはノーマだけが残される。先程の戦いも、迷宮での死闘も、存在しなかったようにひっそりと木々は風によって葉を揺らしていた。

 

 それが、迷宮での聖杯戦争の終局を告げる合図だった。

 

 

 




これにて迷宮完結。
後は後日談とサブストーリーをちょこちょこと。
原作ラビリンス見直すと、魔改造し過ぎた感が凄い…………
桜井さんごめんなさい
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