迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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外伝と言う名のおふざけ話。
なのに文字数が一番多くなったという現実


外伝 迷宮管理者の日常

「やれやれ、ツキが無かったな・・・・・・全く」

 

 己に向かう一撃は、やけに遅く感じれた。一瞬の交錯。その中でできた僅かな隙。後悔した時は全てが遅く、回避不能の一撃が目前へと迫っている。眼を閉じる等愁傷な事はしない。胸を張って・・・・・・はできないがせめて自身の死から目を逸らさないぐらいはしないと、ケルトの名折れだ。

 

 しかし、神速の撃ち込みは自身の鎧に触れる直前にその動きを止める。自分にとってはトドメが中断された事よりも、あれほどの速度を止める相手の技量を畏怖すべきだろう。追いついたと思っていたが、相手は随分と先に行っているらしい。

 

「決まったな。セタンタ」

「ああ、決まった。取られた。負けだ。俺の。さっさと」

 

 トドメを刺せ、と言おうとするも、向けられた槍は鎧に文字を刻み付けるに留まる。神代のルーン魔術による強制契約。無理矢理送り込まれた魔力にやや眩暈がするものの、相手の行動を怪訝に思ったランサーは、クーフーリンは消化不良そのものと言った顔で文句を言う。

 

「何だ何だ?殺さず虜にするってか?暫く見ねえ間にメイヴみたいな趣味できたんだなアンタ」

「あんな女と一緒にするな。戦いには勝った。敗者は勝者に己の命を預ける。そう教えたのを忘れたのか?」

 

 笑みを浮かべるその姿は、傍目から見れば美しいという表現になるだろう。だが決して短くない時間を彼女と共有してきたクーフーリンは、その笑みが恐怖以外の何物でもない代物に感じる。神霊スカサハ。自身の戦闘技術の原点であり、戦いの師匠であった彼女特有の無理難題を課す前の表情だったからだ。

 

「あー・・・・・・槍が滑った!」

「させんぞ」

 

 ランサーは槍を振るい、相手に向けると見せかけて己の心臓に槍を突き刺そうとする。しかし難なくスカサハはそれを取り上げた。己の命を代償にしても、これから受けるであろうナニカはとてつもなくヤバイ。自身の第六感が警鐘を鳴らしているのだから間違いはない。

 

「そうだ、この槍も少し借りるぞ。自作で槍を造るのも良いが、やはりゲイボルグは使い勝手が良い」

「え、でもそれ俺の」

「なあセタンタ。これは私が、あの辛く苦しい修行の末に貴様に譲った物だ。即ち元々は私のモノだ。そして、それを借りるのを拒むくらい貴様は器量が小さい英雄に育てた覚えは無い。そうだな?」

「ソウデスネ」

 

 ランサーたる由縁を強奪されてしまった。ああ、いつもは命令されて自害していたが、今回ばかりは己の意思で行いたい。そんな思いが顔に出ていたのか、スカサハは「心配するな」とやけに、そうやけに猫撫で声で言う。

 

「私も鬼ではない」

 

 鬼です。

 

「代わりにこれをやろう」

 

 ルーンの術式が浮かび上がり、収納していたものをスカサハは取り出し、げんなりとした顔のクーフーリンへと持たせる。

 

「・・・・・・なあ、師匠。あえて聞かないようにしてたが。アンタがこの迷宮の管理者なんだよな?」

「その通りだ。貴様は第四階層の番人をも突破したからな。残りの戦力は私のみだったが故に出てきて戦った。そして勝った」

「で、それなら俺は戦場の常識で殺されている訳でして・・・・・・これ持たせて何させるつもりだよ」

 

 クーフーリンは、手に持ったソレを掲げる。木の棒の先端に括りつけられた鉄のかぎ爪。角度はおよそ九十度は傾いているその道具は、農民が良く持っているソレ。

 

「クワを持ってやる事など一つだけだ。耕せ、セタンタ。この第四階層を」

「ハアッ!?」

 

 クーフーリンは、心底呆れるような、実際心底呆れている声を挙げ。番人が佇んでいた部屋を見渡す。竜種を倒して即座にスカサハが登場した為、殆ど見ていなかったが多くの遮蔽物が壊れ、壁の一部は破損し、地面は砕けて穴もできている。

 

 耕せ、という事は即ち。

 

「直せってのか!?」

「ああ、そうだ。この部屋だけではないぞ。第四階層全体を担当してもらう。ようは番人だ。地面を耕した後は徘徊する幻想種の指揮、育成、配置の決定。他にも罠の設計などをやってもらう」

「一人で?」

「私が手伝うと思うか?」

 

 清々しい程の笑顔で、スカサハは答える。断りたい。断固拒否したい。番人としてここを守護しろ、ならまだ良い。だがその為に自身が破壊した階層を直して幻想種を配置して迎え撃て?領主の真似事でもさせるつもりなのか。

 

 無論、断れば命は・・・・・・いや、あるな。この感じでは。何にせよ今は彼女が自身のマスターなのだ。生かさず殺さず強制的に命令を実行させるに決まっている。即ちクーフーリンに選択権等なく。痛い目に会ってから強制させられるか、嫌々従うかぐらいの自由しかない。

 

「最悪だぜ。何だってこんな所で畑弄りなんざ」

「熱心な弟子を持てて私は幸せだよ。それでは私は忙しいので他の階層に行くが。くれぐれもサボるなよ?遠見のルーンで直ぐに察知できるからな」

 

 それだけ言うと、スカサハの姿はかき消えた。残されたクーフーリンはクワを片手に荒廃した番人の部屋を見る。ここまで来るのに他の幻想種も殺したし、通路諸共壊した所もある。生き残る為ならば周辺の地形や罠を駆使していた分、一々遠慮等している暇は無かったが、今回ばかりはそれが裏目に出た結果だ。

 

 はあ、と溜息を吐いてとりあえず番人の部屋を整えようとした時だった。部屋の扉が音を立てて開かれる。入ってきたのは、迷宮に徘徊する幻想種達。番人と戦っている時はその扉は閉じられていたが、戦闘の終了と共にその仕掛けは消えたらしい。出入り自由の扉に、殺気立った幻想種達。そう言えばこの階層は殆ど戦う事無く適当にあしらって逃げていたな、と自身の戦法を思い出し。それと同時に今の自分に槍が無い事を思い出す。

 

「・・・・・・やべえ。クワしかねえぞ」

 

 数時間後。久しぶりにルーン魔術を駆使しての立ち回り方を身をもって復習したランサーは改めて自身の師匠に怨念染みた呪いの言葉を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ふう、何とかなったか。奴にやられるのならそれもまたあり、と思ったが」

 

 管理者の部屋で、スカサハは椅子に座り熟考する。元迷宮の管理者は深層へと逃亡した。サーヴァント召喚の儀式を行おうとしている辺り、まだ諦めていないようだ。それでもあの状態の敵に召喚できるモノ等たかが知れているし、仮に強力なサーヴァントを召喚した所で扱う事はできないだろう。

 

「まあ、私を殺せるのならそれもまたありだが・・・・・・これならばオジマンディアスを引き留めるべきだったか」

 

 この場所にいないサーヴァント、自身と同等以上の存在であるライダーは既にいない。余程マスターの召喚が自身のプライドを傷付けたのか、自身の魔力供給を絶ち一刻も早く現世からの解放を目論んでいるらしい。それならば介錯でもしてやろうかと思ったが、それすらも相手のプライドを逆撫でする結果となる事を理解しているのでそのまま見送った。今のライダーは霊体化した状態で階層を放浪する地縛霊のようなモノだ。干渉はしてこないしするつもりもない。

 

「となると必然的に私が迷宮の主となる・・・・・・フフ」

 

 笑みを浮かべながらスカサハは部屋にある物品を、元迷宮の管理者の趣味で置かれた数々の代物を砕き、捨てる。はっきり言って趣味が悪い椅子や机、上部にある用途不明の家具は神代の人間からしても品性を疑いたくなるものばかりだ。

 

 思えば。影の国での生活で、部屋や城の改装等した事が無かった。そんな事をしなくともルーン魔術で劣化は抑えられるし、徘徊する魔物達が美的感覚を持っている訳も無いから見向きもしなかったが、この迷宮は違う。前管理者は確かに迷宮を有効活用していたが、それでも尚余剰が、伸びしろがある。影の国の規模にまでするとまでは言わないが、それでも迷宮という名に恥じぬ難易度であるべきだ。

 

「フンフンフーン。どのルーン魔術を使おうかなー・・・・・・ムッ?」

 

 鼻歌混じりに部屋の大改装を行っていた矢先、壁面に張り付けた紙の一部分が光る。大まかに迷宮内を描いた地図、その最上層である第一階層を赤く示すソレは、番人からの非常事態信号に他ならない。無論敗北しそうになったから助けてくれ、等という泣き言ではない。あり得ざる状況、異端な状況を知らせる為に造られたモノだ。

 

 そもそもまだ迷宮には探索者は足を踏み入れてすらいない。此度の聖杯戦争は未だに準備段階。第四階層まで来た自身の弟子は例外だが、他の階層には既に番人は配置している。即ち現時点でこの信号を送ってくる事そのものが異常。

 

「第一階層と言うと、門番はアイツか」

 

 此度の聖杯戦争の為に、スカサハはその霊器を触媒に英霊を召喚した。亜種聖杯を用いないイレギュラーな召喚だが、ケルトに縁のある戦士達はそれに応じ番人の役目を引き受けた。一番初めに召喚したサーヴァント、ランサー、クーフーリンは違うが、彼もまたスカサハが召喚したモノだ。それでも第四階層まで放っておいたのは、迷宮に残る旧い番人の排除と、あわよくば彼の槍によって幕を閉じるのも良しと判断したに過ぎない。

 

 まあ結局そうはならなかったのだが。それが少し嬉しいような、憎らしいような。そんな気持ちを抱きながらも転移のルーンを完成させ、第一階層へと瞬時に移動する。

 

 第一階層は自分が最初に訪れた時とさほど変わってはいない。迷宮らしい鬱蒼とした雰囲気を持ち、見通しの悪い通路には幻想種や危険な魔術的罠が仕掛けられている。番人の部屋はそれらとは対照的に見通しの良い広場のように、戦いを行う為に最適な立地を整えていた。

 

「緊急の呼び出し、申し訳ございません。主自らご足労をかけてしまうとは」

 

 ここの番人であるランサー、ディルムッド・オディナは頭を下げ主を出迎える。ケルト神話においてはスカサハとの縁は無いに等しいが、神話において自身の後輩にも当たる存在だ。輝く貌のディルムッドとも呼ばれた美貌は、乙女が見ればそれだけで恋に堕ちるとも称された。ケルトの戦士の中では稀な、高潔な騎士という側面を持った男。

 

「・・・・・・何があった、とは言わん。見れば分かるからな」

「・・・・・・ええ。御覧の通りの有様です」

 

 主に絶対の忠誠を持つ武人は、しかし身体をがんじがらめにされて拘束されていた。いや、とぐろ巻きにされていた。蛇の尾、ラミア達の下半身に。

 

「お恥ずかしいながら、その、このご婦人方が放してくれないらしく」

 

 その美貌の一点である黒子。魔貌とも言うべきそれは本人の意思関係なく、相手に好感を、恋愛感情を抱かせてしまう。例え相手が人間でなくとも、下半身が蛇という異形のラミアであっても、その対象には含まれている。スカサハの時代にいたケルトの戦士ならばそんなモノ押し倒して屈服させる男ばかりだったが、戦士よりも騎士として戦ってきた彼にとって、ラミアのような女性?は苦手らしい。

 

「お前はもう少し自身の意見を言った方がいいと思うぞ」

「・・・・・・面目ありません」

 

 とりあえず恋するラミア達からディルムッドを引き剥がす。迷宮の管理者だと言うのに、ラミア達の眼光は親の敵を見るような、いや恋敵を睨むような眼だった。恋は幻想種すら狂わせるらしい。

 

「だが私も配慮が足りなかった。ここの幻想種はゴーレム等の無機物や人間の部位が含まれん幻想種に変えておく。一応雌個体も外しておく・・・・・・その黒子、男は大丈夫だな?」

「・・・・・・はっ!問題ありません」

 

 やや返答が遅れたのが少し怖いが、まあ男には容赦しないだろうと思いスカサハは第一階層を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フウッ、これでやっとこの部屋の掃除を・・・・・・」

 

 ディルムッドの問題が片付き、椅子に深々と腰かけた瞬間、地図が紅く灯される。第一に続いて第二階層からも非常事態を示す信号が送られてきた。

 

「・・・・・・いや、これは非常事態と言うより苦情だな。あ奴の性格ならば」

 

 頭を抱えながらも無視する訳にはいかず。転移を行う。行う前から用件は何となく推測できていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女が欲しい!」

「やはりか」

 

 アルスター伝説の中でも有名な赤枝騎士団。その中でも髄一の実力を持つこの男は、同時に超が付く程の女好きでもあった。第二階層の番人という役目上、そこらに出歩いて女を抱く、等という行為もできない分欲求は溜まりに溜まっている。

 

「スカサハ姐!相手をしてくれ!このままでは性欲で物理的に螺旋剣(カラドボルグ)が爆発する!」

「姐は止めろと言ったろうに・・・・・・それに貴様の獣欲を受け止める程私も暇ではないのだ。というか徘徊していた筈の幻想種達はどうした?一切の反応が無いのだが」

 

 スカサハは周囲を見る。豪胆な性格である番人は、意外にも階層の管理は繊細だった。森の女神を妻として持っているせいか、第二階層を森林と湖畔を基礎とした自然豊かな土地へと造り変えている。スカサハのルーン魔術による支援もあるが、全体的に見て完成度の高い階層だ。

 

 ただし、徘徊する幻想種がいない。植物は豊かであるものの、動くモノが一切いない。フェルグスは周囲の異常にああ、それはだな。とバツの悪そうに頬をかいて返答した。

 

「うむ、滾ってきた激情を抑えようと少し、少しだけ幻想種達と戯れたのだ。するといつの間にか消えていてだな」

「この馬鹿弟子がー!番人が階層の幻想種を全滅させてどうする!」

 

 すっかり失念していた。戦いの場ならば、ケルトの戦士は一騎当千の強者揃いだが、戦い以外の出来事ならば逆に常人では考えられないような暴挙をしでかす事を。忠義高いディルムッドならばともかく、豪傑と好色の二側面を持つフェルグスには探索者を待つという役割にはとてもとても向いていない事を。

 

「いやあ面目無い。だが何体かは女体を有したモノがいてたので少しばかり楽しんだ。鳥の翼を有するハルピュイア、という奴か。あの女との『空中戦』は初めてながら楽しかったぞ!」

「・・・・・・お前を召喚したのは間違いだったかもしれん」

 

 無論使えないから消滅させる、等と冷酷に切り捨てる程余裕がある訳でも無い。スカサハの脳裏には二つの思案があった。一つは第一階層でディルムッドに惚れていたラミア達をここに持ってくる事。だが彼の獣欲は容易くラミア達の許容量を超えるだろう。

 

「おお、そうだ!名案があるぞスカサハ姐」

「言ってみろ。恐らく私もその案を思いついていた」

「メイヴを召喚してくれまいか?」

 

 もう一つの案。フェルグスの欲望を許容できるほどの人物を持ってくる事だ。森の神である妻は流石に召喚できないが、もう一人の女性。アルスター伝説に名を連ねる女王。メイヴならば彼の欲望を受け止める事ができるだろう。

 

「気軽に言ってくれるな。これでも英霊の召喚はやや骨が折れるのだ。これ以上の召喚は難しいだろう」

「ムムム、そうか残念至極」

「だがまあ、できないとは言わん」

 

 がっくしと下げられていた顔が急上昇し、「本当か?」とフェルグスは語気を荒げる。スカサハは槍を一閃し、地面にルーンの召喚術を描いた。同じケルトの郷ならば、ある程度は自由に召喚を選択できる。即ちメイヴを呼び出す事自体は可能なのだ。

 

「だが本人の意思なくば不可能だ。流石の私も無理強いで連れてくる訳には行かぬのでな。一応道を繋げて呼びかけてみるが、応じるかはあの女次第だ」

「任せてくれ!女に囁く言葉はこれでも自信がある。メイヴ、聞こえるか!俺だ、フェルグスだ!」

 

 光の帯、メイヴへと続く道をフェルグスは欲情丸出しの視線で見た後、大きく息を吸って口を開けた。

 

「凄くムラムラしてるので相手してくれ!」

 

 光の帯、召喚陣から放たれたのは女王メイヴではなく。かなりの硬度を持ったチーズだった。自身の顔面めがけて飛来したソレが直撃し、フェルグスの巨体が天地天空大逆転する。まああんな言葉で来る訳はないと思っていたスカサハは道を閉じ、倒れ呆然とするフェルグスへと近付いた。

 

「向こうからの回答はこれのようだ。とりあえず補充でラミアを送ってやるが、丁重に、丁重に扱えよ?」

「・・・・・・はい」

 

 硬いチーズをフェルグスの傍に置き、スカサハは立ち去る。

 

 後日送られたラミア達をフェルグスは二日程我慢したが「揺れる禁断の果実を凝視してしまった」等と言って結局性的に食ってしまった。去勢してやろうかとスカサハは思ったが、いっそ第二階層はフェルグス一人でもまかなえるかと思い直し、放置する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ!これでやっと部屋の整理を・・・・・」

 

 スカサハはふと思った。もしかしてこんな感じで次は第三階層からも信号が送られてくるのではないかと。恐る恐る地図を確認し、それ以上の信号が無いことを確認したスカサハはほっと一息吐こうとしたが。地図に表示されたあり得ざる信号を見て意識を切り替える。

 

「サーヴァントの召喚?これは・・・・・・第三階層か」

 

 第三階層の番人。フィン・マックールを召喚したのはかなり最近だ。クーフーリンの対処をする直前に召喚したため、迷宮の完全制圧はできていないが、遠見のルーンで見ている限り順調のようだ。そんな所に、サーヴァントが召喚された。時期尚早とはいえ亜種聖杯に魔力を補充した分、召喚自体はいつでも行えるし、特に細かい設定はしていないので何処で召喚されるか、どんな英霊が召喚されるかも定かではない。

 

「戦士としてならこのままフィンめに任せておいて問題は無いだろうが・・・・・・フム」

 

 転移のルーンを描き、瞬時にその場所へと移動する。迷宮の管理者としてならば、まだ完成しきっていない状況で暴れられても困る。殺すつもりは無い。完成間近の第二階層にでも放り出せば、フェルグスの相手をしてくれるだろう。

 

 第三階層の土へ足を踏み出す。召喚されたばかりのサーヴァントは、いきなり現れたスカサハに対し警戒を・・・・・・する事なく仰々しく、大層な動作で頭を下げた。その奇抜な服装通りの、ある意味で印象通りのサーヴァントは、裂ける程口をにんまりと開けて笑みを作る。

 

「おやおやぁ!?私どうやらお邪魔虫だったようで。もしかしてフライングですかねえ」

「ほう、分かっているな。亜種聖杯からの情報は滞りなく伝わっているらしい。その通りだ、此度の亜種聖杯で呼び出されたキャスターよ。亜種聖杯を求めるのなら奥の階層へと進め、と言いたいところだが、まだ参加者は貴様だけだ」

「とするとさしずめ貴女はサーヴァントでありながら、『今回』の聖杯戦争では参加者ではなく主催者側と言う事ですね。もしかして黒幕だったりして?」

 

 奇抜な風体とは対称的に、キャスターはスカサハの素性を殆ど把握していた。狂気に隠れた的確な洞察力を兼ね備えた男は、ある意味で自分にとっての脅威であるかもしれない。ここで消すか?と出た自問に即座にスカサハは否定する。これは娯楽の遊戯でもなく、戦いでもない。自身が死ぬ為だけに造られた狂気。それがこの亜種聖杯戦争の目的だ。最奥まで到達したならばともかく、今に脅威を感じるだけで消す等愚考以外の何物でもない。

 

「ですがそうですねぇ。それならば一つ提案があるのですが!」

「私側に付く、と言うのは論外だ。言っただろう、お前は参加者だ」

「ええ、ええ!それは構わないですとも!これから来るであろう人間と、欲深きサーヴァント達を仲間に一致団結しますとも!ですが、まだ時間があるのですよね?」

「何が言いたい?」

「お手伝いしましょうか?今参加者は私だけ。即ち亜種聖杯戦争は準備期間。ならば不肖このキャスター、メフィストフェレス。一時的に貴女様の準備を手伝おうかと!」

 

 その瞳を視れば、この男の本質は当然理解できる。合って早々真名を露呈する辺りは中々の狡猾さを伺わせる。無論、相手は自分が断る事を考え尽くしている。それでも敢えて尋ねるのは、そこからナニカの情報を引き出す余地があると睨んだのだろう。

 

 だが、スカサハはキャスターの思惑とは別に、一つの考えを思いつく。問題はこの男がそれに適するかどうかだが。

 

「・・・・・・お前、掃除はできるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ム、もしやスカサハ殿?久しぶりですな」

「久しい、と言うほどは長く経っていないがな。どうだ首尾は?」

 

 ケルト兵が用心深く階層を闊歩し、飛び出してきた幻想種達を駆逐していく。それら一人一人の戦闘能力は低級サーヴァントに匹敵し、この男の指揮によって無敵の兵団ともなり得る。フィオナ騎士団の長は通路の向かい側に立つスカサハを発見した。

 

「ああ、何という事でしょうな!私の采配が至らないばかりに、まさか貴女の手を借りる事になろうとは!これではフィオナ騎士団の名折れだ。スカサハ殿、どうかこの後陣営に来てくださらぬか?軍団の指揮について、じっくりと、二人で話をしたいのですが」

「・・・・・・お前の時代なら大分落ち着いたと思っていたが、そうでもないようだな」

「いやあ失礼。ですが私は美に関してはとても盲目なのです。それがどれほどの高名、私の時代で既に伝説として讃えられた貴女であろうと、愛の言葉を囁かずにはいられないのです!」

 

 それが死因に直結したと言うのにコイツは・・・・・・、と思ったがそれもまたケルトの郷かもしれない。生前の死因を運命として受け入れている。いや、逆にサーヴァントとして召喚されたからこそ自身がこうであったと証明させる為かもしれない。どちらにせよ、死を味わったことの無いスカサハ自身には認識できても理解できない感情だった。

 

「階層ごとの様子を見に来ているが、この階層は上々だな。数日も経てば制圧から開拓へと変わろう。どのような構想にするか、考えておるか?」

「ふむ。そうですな、私はどちらかと言うと、罠や幻想種を展開させて戦うよりも、私本人が前線に赴きたいと思っています」

「正々堂々とした戦いが望みか」

 

 それは部下であるディルムッドも、同様の望みを抱いていた。だが意外にもフィンは「いいえ」と否定する。

 

「勿論、私個人としては清廉潔白の戦いを行いたいですが、それはそれ、これはこれ。という奴ですな。私が前線に出るのは、あくまで効率的な面からそれが最も適していると考えただけです」

 

 騎士団を率いていた経験からか、軍師としての視点も彼は持ち合わせていた。神の末裔としての血を引く肉体と、並みの賢者とは比較にならない智慧。恐らく迷宮の番人という役職の中で最も適しているかもしれない男は、それにしても、と話を別の路線へと繋げる。

 

「一つ質問があるのですが」

「何だ?」

「私以外の迷宮の番人について教えてくれませんか?」

「ダメだ」

 

 簡潔にスカサハは答えた。血気盛んなケルトの戦士同士を引き合わせれば、階層ごと巻き込んだ抗争に発展しかねない。第一階層はともかく、第二階層の番人は待つのを飽きてきているし、第三階層に至っては、死因を造り造られた仲である相手がいる。

 

 だが、フィンはスカサハの返答に不満を示さず、逆に満足したように笑った。ディルムッドが生前の復讐を抱いている、フィンが殺しても尚憎しみを持っているとはスカサハは考えていない。よしんば逆で、生前では果たされなかった共闘を見る事ができるかもしれない。

 

「その解答を頂ければ、私は結構です」

「察したか?答え合わせはせんが、おかしな真似だけはするなよ。代わりの番人を用意するのは簡単ではない」

 

 だが、迷宮の管理者として。あくまで己の目的を達成させる為に彼等を使役するスカサハにとっては、番人同士の交流は不要と判断した。故に交流や情報は一切明かさないし、もしも裏切り者が現れれば自らの手で殺す。どの階層の番人もそれに納得し、おおよその察しはしているようだったが。

 

「ではもう一つ、これが最後の嘆願ですが・・・・・・もしも、私に縁のある一人の騎士がいるのなら、どうか目をかけて頂きたい。何せ軍団の指揮は未経験でしょうし、あやつは異性との関係がやや問題があるので」

「お前には言われたくないだろうが・・・・・・まあ良いだろう。その言葉、確かに受け取った」

「いや待てよ・・・・・・女難である奴の元で傷付いた婦人方を私が慰める・・・・・・最良だ。生前とは逆の行動ができる!スカサハ殿、またまた一つ頼みがあるのですが!」

「既に受け入れ先は整った。残念だったな」

 

 いかに智慧の鮭があろうと、欲望までは変わらぬらしい。賢者に匹敵する程の智慧を持とうが、賢者の品格までは持ち合わせていなかったフィンと、男臭いケルト兵達をその場に残しスカサハは自分の部屋へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の部屋へと戻った瞬間、舞い散る埃に思わず鼻を覆う。元々散らかっていた部屋内は更に混沌と化し、魔術や仕掛けを用いる事無く魔境を作り出していた。

 

「キヒヒヒヒヒヒヒ!お掃除お掃除と!」

 

 埃の中で一人、先に転移させたキャスターは狂ったようにハタキを振るい、埃を叩き出す。迷宮の中枢で暴れているのかと思いきや、意外にも行動を見ていれば言葉通り、掃除を行っていた。

 

「いやあ、ただの整理整頓かと思いきやこんなにも汚いとは!生前の主の部屋を思い出す魔境!正直ドン引きです」

「私ではないぞ。まあ整理しようとして散らかしたのは私だが」

「なあんたる愚考!良いですか仮の主よ。掃除するのならまずは一過程を徹底的にですぞ!中途半端に雑巾やら箒やら、整理やら整頓やらすれば逆効果!と言うか得体の知れない杯やら護符やらで掃除する身も危ないです!」

 

 そう言ってキャスターは棚から出したモノをスカサハへと放り投げる。まるでそこらの石ころ同然のように投げつけられた杯、亜種聖杯をスカサハは取る。最初に見た時は煌びやかな黄金の装飾が施されていた筈の聖杯は、埃で灰色にくすんでいた。

 

 もし踏破するモノがこの部屋に訪れ、置かれたこの杯を見ればどう思う事か。

 

「・・・・・・これは流石に不味いな。おいキャスター。この部屋は任せる。私は少しこの杯を『磨いて』来るからな」

「どうぞどうぞ!というかこの部屋にいるだけはっきり言って邪魔です。足の踏み場は一個分ですので」

「ああ、では邪魔者は特と失せて・・・・・・ああそうだった、もう一つ」

 

 スカサハは陳列された埃だらけの棚の中から一つの紙を引っ張り出す。管理者となった一日目に描いたルーン用紙は、少し端が汚れているモノの所定の効果を発揮するだろう。

 

「これを貴様にやる。清掃の報酬という奴だ」

「ほほう、ルーン魔術の最奥、原初のルーンとは!霊核の破壊すらなかった事にできる優れものですな!」

 

 流石はキャスタークラスと言う訳か、スカサハが説明するよりも早くキャスターはその紙の用途を理解する。悪魔メフィストフェレス故に大抵の魔術には精通しているのか。それとも『生前』は魔術に傾倒していたのか。

 

「一応言っておくが、無かった事にはできん。いずれ来るであろう死を延長させる程度だ。まあ疑似的な戦闘続行スキルと単独行動スキルを複合したモノと考えればよかろう」

「労働の対価とはいえ、滅相も無い報酬!素晴らしい主ですなあ貴女様は!」

「何、これは半分保険だよ。もしもの為の、な」

 

 何も単純な報酬を与えたつもりはない。その分きっちり働いてもらうのはともかく、この男、『自称』メフィストフェレスが部屋に何らかの細工を施さない為の保険だ。

 

「今一度言うが、それは治癒ではなく、死なせない為にあるルーンだ。どのような効果か、その身体で試すような事はしたくないがな」

「・・・・・・ヒヒッ、これはこれは、一本取られましたかな」

 

悪魔は嗤う。渡されたモノは治す為ではなく、自身を死なせないようにする為のモノ。容易く殺さない為のモノ。保険などではなく、自身が裏切ったときに使用するつもりだと暗に仄めかしているようなモノだった。

 

迂闊には裏切れない。あくまで迂闊には。だが。

 

「いやあ年季の差という奴ですか、更年期も過ぎた年の瀬には勝てな」

 

 瞬間、キャスターの持つ紙、蘇生のルーンを刻んだ紙の裏側に刻まれた別のルーン魔術が起動する。キョトンとそれを眺めたキャスターは、自身の身体に手を回し、異常が無いことを確認した。

 

「おや?これは一体どのような報酬で?」

「なあに、害はないさ」

 

 スカサハは笑う。それはこれまでとは比べ物にならない程の覇気を纏った『怒』の体現。もしも彼女の弟子がその姿を見れば闘争よりも逃走を連想し、そして絶望を抱く姿。

 

「私を老婆扱いとは、流石は悪魔だ。故に少しその口を調節してやった。感謝すると良い」

「何を言うのですか、やはり更年期のば・・・・・・妙齢の女戦士は格がチガイマスナア」

 

 抑揚のない声で、精一杯の反抗を示すキャスターを満足げに眺め、「では頼んだ」とスカサハはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何で俺の所に来るんだよ!」

「空いてる部屋が無いのでな。丁度今ここには何もない。作業場にはうってつけだ」

 

 ランサーたる象徴、愛用の槍が無いクーフーリンは呆れた顔で訪れたスカサハを見る。何とか番人として君臨したのは良いモノの、第四階層は廃墟同然だ。仕掛けも幻想種もあったモノではない。

 

「暫く集中する。話しかけるなよ」

 

 言うが早いが、スカサハは座りルーン魔術で陣地を作成し、作業を開始した。純粋な魔力の塊である聖杯。模造したとはいえその完成度は成程高い。亜種聖杯として見るならば最高峰かもしれない。だが神代の眼から見ればまだまだ改良の余地はある。

 

「え、おい!せめて何をするか答え」

 

 ビュン、と音が遅れてやってくる程の速度で飛来する自身の槍を何とか躱し、クーフーリンは東洋のある諺を思い出す。触らぬ神に祟りなし、つまり下手にちょっかいをかけると死ぬ。

 

「・・・・・・はいはい、放っておきますよ放って」

 

 仕方ないので有難く貰ったクワで黙々と耕す。完全に彼を認識の外へと追いやったスカサハは、聖杯の基盤へと触れた。魔力の受け皿というものは、素材にバラツキが多い。器の形をしてさえいれば、そこらの食器でも聖杯となり得る。だが高密度の魔力を備えるのならば無論魔術に特化した器の方が良い。応用能力の高いルーン魔術を駆使し、素材部分から改良を始める。

 

 時間も忘れて聖杯を改良していた時だった。自身の陣地に、自分以外の存在が侵入してきた事を肌身でスカサハは感じる。クーフーリンならば言葉すらいらず槍を振るっていた。勿論殺す気で。だが彼ではないその存在は、敵意の欠片も無い足取りでスカサハへと近付き。

 

「ワン!」

 

 吠えた。警戒と言うよりも興味のある物体に引き付けられたと言った方が正しいか。スカサハは作業を中断し、振り返ると、久しく見なかった犬の幼体、即ち子犬が尻尾を振ってスカサハを見ていた。

 

「・・・・・・セタンタ、まさか変身能力を身に着けたとは流石の私も驚いたぞ」

「チゲェよ!何でソイツと俺が一緒に見えんだよ」

「冗談だ」

 

 後ろから駆け寄ったクーフーリンが、子犬を抱える。はしゃいだように舌を出して彼の顔を舐めるその姿から、微弱ながらも魔力を感じてスカサハは笑った。

 

「ははあ、召喚術の真似事か」

「あー、いや俺だけじゃ流石に開拓がキツイから、手伝って貰おうと思って早速三匹程召喚したんだが・・・・・・」

「ワン!」

「ワン!」

「成程、頼もしい戦士達だ」

 

 クーフーリンの後ろから更に現れた二体の子犬、合計三匹の子犬にクランの猛犬とも評された彼は困惑したように頬をかく。

 

「こりゃあこいつらの世話までしねえといけなさそうだな。トホホ」

「どうした、まさか自信が無いわけではあるまい。ちゃんと育てるのだぞ。クーちゃん、フーちゃん、リンちゃんを」

「いつの間に名前つけてんだよ!ていうか俺の名前全パクリじゃねえか!」

「伝説の大英雄の名前だ。こいつらも満足げだぞ?」

「ワン!」

「ワン!」

「ワン!」

 

 一瞬の内に主従関係を理解したか。中々に賢い犬だとつい癖で分析までしてしまう。クーちゃんは彼の勇敢さを、フーちゃんは彼の猛々しさを。リンちゃんは彼の隠れた理知を持って。

 

「ワン!」

「ム?」

 

 クーちゃんがパッとクーフーリンの腕の中から飛び出し、地面へと飛び降りた。そのまま陣の中心に置かれた亜種聖杯を咥え、クーフーリンの元へと駆け寄る。

 

「おー、よしよし。そりゃあ聖杯だから下手に取り扱うと」

 

 クーフーリンの忠告空しく、聖杯から僅かに零れた魔力がクーちゃん、フーちゃん、リンちゃんへと覆い被さる。純粋な魔力の塊、第三魔法へと近付く偉業の魔術礼装。その贋作はしかし、子犬達の純粋な願いを昇華し現実のモノへと変化させる。

 

 弾けるようにスカサハが飛び退き、遅れてクーフーリンも動こうとしたができずに地面に叩きつけられた。

 

「ぐほっ・・・・・・何だ、こりゃあ」

「驚いたな・・・・・・あの子犬達の願いが反映された結果か」

 

 冷静に分析しながらも、スカサハは目の前で数倍以上の体躯となったクーちゃん、フーちゃん、リンちゃんを見る。見ない間は無かったが大きくなった彼等は、今までのようにワン、等とは言わず低い唸り声を出しながら、足で抑えているクーフーリンに剥き出しの牙を向けていた。

 

「フム、恐らくは自身の成長を願ったのだろうが、やや過ぎたな。本能よりになっている」

「つまり?」

「お前の事を食糧としか思っていない」

 

 ガブリ、と閉じられた口の中にクーフーリンはいなかった。瞬前で何とか脱出した彼は槍を構え・・・・・る事はできないのでクワをとりあえず持つ。

 

「おい、どうすんだこの事態」

「どうすんだとは何だ。お前が招いた事態だ。亜種聖杯を一から造り直さなければならんというのに呑気に助力を求めるのか?」

「いやアンタが聖杯をこんな所に・・・・・・仕方ねえ。不本意だがアイツ等の主は俺だ。不始末は自分でつけてやる」

「・・・・・・仕方あるまい。一つ助言をしてやろう。一先ず気絶なりなんなりして戦闘不能にしろ。そうすればルーンで何とかしてやるさ。生前と同じ事をするのも嫌だろう?」

 

 クーフーリンの逸話、クランの屋敷にいた番犬を殺した伝説。流石に逸話通りの所業をさせるほど自分は鬼ではない。スカサハは代用策を与えると、クーフーリンは猛犬さながらに闘争的な笑みを浮かべた。

 

「ハッ、そいつはありがてえ!槍を持つ手も強まるってもんだ!」

「クワだがな」

「知ってる、まあ見てな!」

 

 そう言ってクーフーリンは駆け出した。その姿は勇ましく、正しく英雄的で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後に犬三匹にボコボコにされて消滅寸前になるとは流石のスカサハも予期していなかった。仕方ないので助けて犬もルーン魔術である程度の理性を備えさせるも、この三匹を中心に番人にした方が強いのではと思っていたりする。




残り一話
今度こそ後日談を書きます!
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