迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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9月までに終わると言ったのはどこのどいつですかね(震え声)
遅れてすいません!


外典にて英霊召喚

「よく来てくれた。先ずは歓迎するよ」

 

 そう言って、相手は手を差し出した。ノーマはそれに応じ、その手を握る。手から伝わる仄かな体温はしかし、冷えきっていた。恐ろしいのはその温度ではなく、それを隠すことなく相手へと伝えるこの男の思惑。背筋まで冷気が登っていくような錯覚を感じ、ノーマはゆっくりと、しかし迅速に手を放した。

 

「先ずは一つ。謝罪を言おう。客人を迎える用意すらできない部屋に通したのはこちらの失態だ」

 

 ノーマは視界を巡らす。覆っていた眼帯が無いおかげで視界は良好だが、そのせいで他の感覚が軒並み標準になっている。部屋の中は隅々まで分かるが、その外。扉の向こう側はどうなっているか認知できない。相手の言葉とは対照的に、部屋内は整理整頓が行き届いており、豪華な応接室を更に二段階程上にしたような部屋だった。謙遜か、それとも皮肉なのか。ノーマが明らかに部屋を見渡しているのに対し相手は口を開けた。

 

「何が何やら分からない、とは思う。故に説明をしよう」

「いいえ、結構です」

 

 ノーマは記憶を巡らしながら、返答する。目が覚めた瞬間、自分はこの部屋にいた。その時は驚いたり慌てたりしたが、数十分も佇めば落ち着くモノだ。恐らく相手の行動も、ノーマが冷静になった所を見計らって登場したのだろう。眼帯の無い視界で、男が「というと?」と面白がるように首を傾げる。

 

「迷宮の外で気絶していた私を、貴方が連れてきた。ここはルーマニア・トランシルヴァニア地方の、トリファス。貴方の顔は知らないけれど、ユグドミレニアに連なる魔術師である事は間違いない」

 

 視覚から通じている情報を統合すると、詳しく言うならば温度、湿度、大気の状態、窓から見える日の光の位置から、更に詳しく言うならば瞳から示されるべき道が、その情報を教えてくれた。 

 

 それを聞いて男は笑う。自身の推測を聞いて尚、絶対的な余裕の態度は崩さない。その程度で崩さないという事は、今自分は最悪の状態に陥っている、とノーマは理解した。名前だけなら魔術師の間でも認知されている名。だがそれは魔術においてではなく、政治や派閥闘争、諜報や詐欺と言った事で知られた悪名。八枚舌との異名を造ったその男は、ノーマの目の前で恭しく礼をした。

 

「そうか、では自己紹介しよう。私の名前はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。君の考察通り、ユグドミレニアに連なる者達、それを統括する存在だ」

 

 テレビで見る犯罪者が、目の前に現れたらどうするだろうか。やや過大表現ではあるもののノーマの現状はまさにソレだった。友好的である事を相手は雰囲気と物腰で表現しているが、少なくとも無害ではない事はダーニックの瞳を視れば一目瞭然だ。

 

「今日は、君をスカウトしに来たのだ」

 

 スカウト、という単語にノーマは眉を潜める。果たして彼がどれぐらい自分を知っているかは知らないが、少なくとも魔術師としての前歴を見る限りノーマは他の魔術師から声をかけられるような存在ではない。

 

「一応聞くけど・・・・・・ノーマ・グッドフェローを?」

「スカウトする対象をうっかり間違えるような家系なら、ユグドミレニアはとっくに滅んでいる。適切な人選だと私は考えているのだがね。何せ、あの迷宮を君だけが生き残った」

 

 迷宮、という単語にノーマは反応した。まさか、彼もまたあの迷宮に関係するモノなのかと勘繰ったが即座にダーニックは「私はそれらとは関係していない」と答える。

 

「何せ探索部隊が全滅したのだ。魔術協会にとって、いや根源の到達という大願を抱いた魔術師達にとって、由々しい事態だった。生存者の捜索に早速救出部隊を編成されたが入口が閉じられれば何もできない。無力なモノだよ。魔術協会の精鋭が、何も得る事も無く帰ってきたのだから」

「じゃあ何故、脱出した私を?」

「単純だよ。救出できない場合の第二策、即ち迷宮の状態を監視する為の人員の配置。つまり私が君を見つける事ができた。面目が立たない魔術協会の苦し紛れの作戦が、君を救ったのはある意味で皮肉だな」

 

 嘘か真か、ノーマはそれに対し考える。迷宮に入る前の自分ならば一切疑いはしなかっただろう。迷宮での戦いが、聖杯戦争が少女を変化させた。疑心暗鬼ではなく、鋭敏になった本能が囁いている。この男から伝わる言葉は嘘と真実が複雑に入り混じり構成された現実だと。どの辺りが脚色された事実なのかは分からないが、対処法は心得ている。

 

「どうやら信用されていないようだな。無理もない。目覚めた君をいきなりスカウトすると言い出した男の言葉だ。寧ろその警戒は迷宮で生きていくには」

「何が目的なの?」

 

 相手の掌で踊らない事。会話の受け手ではなく攻め手になる事。まだまだ踊らされている気は拭えないが、踊るテンポはずらす事ができた。

 

「話の全容が見えてこないの。何で私をスカウトするのか、それを聞きたい。ただ迷宮を脱出しただけの幸運な田舎娘を引き入れるなら、ユグドミレニアは滅んでいるだろうし」

 

 ダーニックの顔から笑みが消えた。物腰低いスカウトマンから、冷酷な魔術師の顔となった豹変ぶりは数多の政治や諜報をしてきた人間のモノとなっている。

 

「・・・・・・成程、どうやら田舎娘では無いらしい。二度目の謝罪だ。私はどうやら君を軽んじたらしい」

 

 瞬間、部屋の雰囲気が一変する。ただの部屋が魔術師の工房となったその空間で、ノーマは臆することなくダーニックを見据えた。恐れや怯えなど当たり前だ。相手も見透かしている事だろう。だが今必要なのはそれを抱えても尚呑まれない事。相手に立ち向かう姿勢を、相手に見せる事。

 

「では、本題に入ろう。君にはもう一度、聖杯戦争を行って欲しい。今度は亜種聖杯等という紛いモノではなく、真なる聖杯戦争に」

「真なるって、まさか」

「その通り。行方不明だった冬木の大聖杯。それは我がユグドミレニアの手にある」

 

 各地で行われている亜種聖杯戦争。それは冬木の聖杯を元にしたモノだ。しかし本家の聖杯は、既に存在しない。苛烈極まるサーヴァントの戦いで破壊された、ナチスドイツによって強奪され破壊された、実は冬木に未だに存在し続けている、等の噂はあったが、詳細は不明。他の魔術師が血眼になって探しているのだから、少なくとも行方不明なのは事実だろう。それを、この男は持っていると言った。

 

「各地に聖杯の情報を断片化させ、亜種聖杯戦争を引き起こさせるように仕組んだのは我が一族だ。ある意味で迷宮での聖杯戦争もそれに含まれていると言って良い。無論私は首謀した人間ではないが、それ故に完成度の高い亜種聖杯を見るのは初めてでもあった。正直驚いたよ。真に迫るどころか、願望器として成立した物質が二つもあるとはね」

 

 驚くほどの事ではない。とノーマは自分に言い聞かせる。相手が本当に持っているかも分からないし、亜種聖杯を一つしか知らないノーマにとっては、完成度の高低を理解する事はできないのだから。

 

「だが上には上がある。君の持っているその聖杯は、我がユグドミレニアの大願を成就する事はできない」

「奪わないのがおかしいぐらいだけど」

「それはそうだろう。君の体内に潜むソレを分離するには悠久に近い時間が必要になるからな」

 

 今度こそノーマは驚いた。私の体内に?思わず己の胸を見るも、意識を失っている間に着せられた服の向こう、己の肉体に異常は無い。自身の記憶を参照しても、体内に聖杯を取り込む等という芸当をした覚えはない。

 

「まさか、認識していなかったのか?取得した聖杯を他者に奪わせない為の巧妙な措置と思っていたが」

 

 ダーニックの言葉はしかし、ノーマの耳には届かない。自身の記憶の最後、己の顔に向けて放たれた銃弾。アーチャー。二人。戦い。そして・・・・・・傷付いた肉体を、聖杯が癒した。記憶の前後がバラバラなのはその分記憶が曖昧なせいだろう。肉体の修復を願った覚えは無いが、魔力の塊である聖杯を肉体に埋め込めば確かに強力な治癒となる。無意識の願いを、聖杯が叶えた結果かもしれない。

 

 それとも。自分を助けてくれた彼が。

 

「ならば話は早いな。聖杯を体内に宿した人間が闊歩していれば、君は多くの魔術師に狙われるだろう。その身に秘められた魔力は絶大なのだから」

「つまり、ユグドミレニアに入った方が良いと?」

「他にあてがあるのなら、無理強いはしないがね」

 

 ノーマにそんなモノは無い事をはなからしっている口振りだった。拒否権は殆ど無いと言って良い。その顔をジッと見つめた後に「何をすれば良いの」とノーマはぶっきらぼうに呟く。常識的に考えて、人間は一人では生きていけない。多かれ少なかれ他の人間と、文明社会に溶け込んで生きなければならない。数少ない探索仲間も、聖杯を体内に取り込んだというノーマを見れば目の色変えて襲い掛かるだろう。人情とは程遠い存在である魔術師に期待すべきではない。

 

「受けてくれるか。ありがとう。君の参加で我がユグドミレニアの体制は盤石となる」

 

 ダーニックは己の手を突き出すようにノーマへと見せた。そこに刻まれた奇妙な痣は、サーヴァントを従う魔術師の証明たる令呪が刻まれている。彼もまたマスターなのだ。

 

「君には黒のアサシンのマスターとして、聖杯対戦に参加してもらう」

「黒?」

 

 ダーニックの言葉に問いを投げると、彼は詳細に今回の聖杯戦争、聖杯大戦についての概要を説明した。黒と赤の陣営、七騎のサーヴァント対七騎のサーヴァントによる殺し合い。本来の聖杯戦争を更に拡大させた戦いは、まさしく大戦という名が相応しい。

 

「黒と赤という陣営を造ったのは魔術協会の妨害だ。本来ならばユグドミレニアのみで行う儀式に介入された結果、ユグドミレニア対魔術協会という構図が生まれた」

 

 魔術協会からの直々なる粛清は、即ち死刑に等しい宣告だ。だがダーニックはまるで事務的な報告をするように気に留めている様子は無い。彼は大願を前にして竦むような人物でも、大願しか目に見えていないような人物でもないだろう。冷静に分析し、その上で判断したのだ。魔術協会という巨大な組織に、勝てると。

 

「無論だが、君がユグドミレニアの傘下に加わったという情報は一切出ていない。それどころか迷宮の生存者は公式の報告ではいないとされている」

 

 暗にそれは、最初の話が嘘だった事を意味する。いや、嘘を交えた真実か。恐らく迷宮を監視していたのは本当だろう。ただそれは魔術協会とは別、極秘の監視だ。無論彼が直接足を運んで来たとは考えにくい。しかし問い詰めるつもりは無かった。それこそ相手のペースに乗せられる。

 

「つまり今の君は幽霊だ。誰の目にもまさか君が現れるとは思わないだろう」

「身元がバレるのも、相当の時間がかかるでしょうね」

 

 迷宮の探索者が、遠く離れたユグドミレニアの地にいるとは誰も思わない。更に万が一姿を魔術協会の人間に見られても、高名な魔術師ならばともかく名前すらごく限られた人物しか知らないような認知度の低さだ。名乗り上げない限り協会は混乱するだろう。

 

「アサシンである事は、赤の陣営との戦いで勝利した後の事を考えて、という事?」

「その通りだ。君には聖杯は必要あるまい。根源に至る手段はその身体だ。私も大聖杯以外の手段で根源に通じようとは思っていない。あくまで君は魔術協会との戦いで活躍して欲しいからだ」

 

 暗殺者(アサシン)のクラスをよく認識した人選だった。サーヴァント同士の戦いではなく、魔術師であるマスターを狙う特殊なクラスであるアサシンは基本的に白兵戦に適していない。赤の陣営との戦いで敵マスターを殺害し、黒の陣営を勝利させたらお互いの手が割れている相手同士。アサシンでは勝ち上がるのは難しいだろう。つまり陣営同士の戦いで勝った後、アサシンは適当なサーヴァントに当たらせて殺されるか、それとも令呪で自害を命じられるかして間引かれる訳だ。

 

 だが、この作戦は余りにも穴だらけだ。

 

「私が途中で裏切って魔術協会側に着いた時のデメリット、ユグドミレニアの裏切らないメリットが無いわ」

「その通りだ。逆もしかり、私の気が変わって途中で君を殺すようになったり、君が指示通り動いたとして、命の保障となるモノも無い。故にだ」

 

 ダーニックは一枚の紙を取り出した。成果の為ならば平気で他人をも裏切り、良心すら踏みにじる魔術師において口約束など意味は無い。だからこそ、誓約せねばならない。古典的かつ最も実用的な約束を結ぶ手段。どれほどの魔術師もその紙に署名すれば絶対に破る事はできない禁断の魔術。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)。署名すれば、魂までも拘束される絶対順守の誓い。見れば分かる通り、ここには君が裏切らない事、そして私を含むユグドミレニアの傘下の者が裏切らない事を記載している」

 

 ノーマは記された文字を一つ一つ読んでいく。単純に裏切らない事だけでなく様々な状況が記載されているがそれの対象はノーマだけでなく、ダーニックだけでもない。他の人間の名前も記載されている。全ての人物までは知らないが、それら全てにユグドミレニアと名前が付いていればどんな察しの悪い人物でも理解できる。

 

「私の名前だけ書いて、他の者に君の暗殺を任せる・・・・・・等という手段は魔術師を騙す為の常套手段だが、それは無い。ユグドミレニアに連なるモノが、他の人間に暗殺を依頼するのさえも禁じている」

「その代わり、私は一切ユグドミレニアに危害を加えるような行動、命令を行うのを禁ずる、か」

「こちらとしても裏切られるのは場数を踏んでいるが、慣れなくてね。慎重に慎重を通すという事だ」

 

 確かに、何もおかしな所は無い。ノーマは改めて見るも、極めて平等な誓約書の内容に偽りは無い。署名欄に空いているのは自分とダーニックの名前のみ。それ以外の人物は全て署名されている。

 

「その契約に君が署名し、その後私が署名すれば契約成立だ。召喚の聖遺物、その他バックアップはこちらが用意している」

「私が先に署名するのは、私がこの紙に細工を行わないようにする為ね」

「その通りだ。言っただろう?裏切られる事は場数を踏んでいる。違う人物の名前を書く、別名を書く、もしくは書いた後に安心しきった私に武器を向ける。そんな修羅場を私は乗り越えてきたからね」

 

 全く信用されていない。というより、この男は誰も信用する事をしないのだろう。騙し討ちと諜報を武器にする人間は、同様に味方に騙され諜報によって殺される。恐らくこの場にいるのが身内であっても、文面は変わらない。異常なまでの警戒心と、聖杯大戦に対する熱意。

 

 「聖杯戦争、というのは不条理の連続だ。一級の魔術師が呆気なく脱落し、民間人がマスターとして生き残ったケースもある。現実とは凡人の描くような冷徹な世界ではないし、平穏な生活の連続でもない。不条理と偶然の入り混じった、誰にも制御できない混沌。それがこの世界だ」

 

 そのために、君を引き入れる。聖杯大戦に勝利する為に。八枚舌とも称される男は、しかし瞳から並々ならぬ熱意を灯していた。彼にとって唯一の純粋さとも言えるかもしれないそれは、殆ど狂気の領域に差し掛かっている。

 

「じゃあ逆に。その不条理で私以外の黒の陣営が全滅した時は?最後の一兵になるまで戦う必要は、その時は無いのよね」

「いや。これはユグドミレニアの人間には話しているが、ユグドミレニアで最終的に生き残ったモノが、その名を継承する。つまり、もしも君だけが生き残ったのなら、君がユグドミレニア家の当主となる訳だ」

「本気なの?」

 

 魔術師にとって名を継ぐ、という行為は決して安くない。その家の積み上げてきた功績、称賛を受けるという反面、それを背負い後世に伝えていかなければならないからだ。名ばかりの継承で、その人物の肩書を借りるに過ぎない。名前だけが残った別物だ。如何に後世に名を残した所で、おおよそ一般の魔術師に許容できるものではない。

 

「勿論、本気だとも」

 

 ダーニックは即答した。一切の迷いが無い瞳が、ノーマを見る。

 

「どんな手段、方法は問わない。ユグドミレニアが名ばかりとなっても構わない。それが続いていく事こそが、私にとって聖杯を手に入れるに匹敵する程の偉業だからだ」

 

 その為ならば、どんなモノでも犠牲にする瞳を、ダーニックはしていた。それは状況によっては相手の命どころか自分の命さえ投げ捨てる行為、生存とは真反対でありながら執念とも言うべき決意。

 

「・・・・・・正直、分からない。私は自分の命を優先するもの」

「そうだろうな。それが普通だ。思ったよりも君は冷静な判断ができる」

「でも、熱意はわかったわ」

 

 ノーマは置かれた羽根筆を握る。空欄である誓約書の記載欄、そこに筆を置き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 止めた。

 

 

「・・・・・・どうしたのかね?」

 

 ダーニックは停止したノーマを訝しげに見る。数秒で終わる筈の署名、そこに一文字すら書こうとしないノーマは視線を誓約書からダーニックをへと変えた。淡い紫色の瞳は、誓約書の内容やダーニックの思惑等を見ていない。ただ、『示す』。己の行動による末路を。そして、どうすれば回避できるかを。

 

「本当に、貴方の熱意には感服するわ」

「何?」

 

 ノーマは筆を置き、誓約書を手に取る。密着していた『二重』の紙は、複写する面だけ剥がれ落ちた。一枚と思っていた誓約書の二つ目。一枚目と違ってとても簡素に刻まれた文字は、この男の本質を現していると言って良い。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)は対象の人物全員の署名が刻印されて初めて機能する。成程、貴方の名前を書いてないのはこういう事だったのね」

 

 ノーマは誓約書を二枚とも破り捨てる。本命である誓約書の文字を読むまでも無い。書けば最後、自身がユグドミレニアの傀儡として使役されただろう。そもそも聖杯を身に宿した人間を、ダーニックが見逃す筈が無い。大聖杯を所持しているダーニックと言っても利用価値は十分にあるのだから。戦力にするなどもってのほか、寧ろ戦力の源、サーヴァントの魔力源にでもされるのがオチだ。

 

「複写式の紙なんて、随分とまあ低レベルな詐欺をするのね」

「・・・・・・そうでもない。これをして破られたのは君が始めてだからね」

 

 ダーニックの貌が変わる。明確なる殺気、そして自身の身体に纏わり付くように展開される魔力の渦。破談した交渉の後にやる事など決まっている。

 

「貴重な魔力源を、できれば元の状態のまま残したかったのだがやむを得まい。強引だが、その意識は邪魔だ」

 

 扉が開く。入ってきたホムンクルス達は、機械的に武器を構えてノーマを取り囲む。低級の魔術師一人ではどうしようも無い相手である事は明白だった。無論抵抗しなければ取り押さえられ洗脳でもされて亜種聖杯の標本が出来上がる。

 

「こんな事なら、書いておくべきだったかしら?」

 

 つい現状に皮肉が出た。自嘲的な笑みまで漏れる自分は、果たして自分か否か。ノーマ・グッドフェローは既に死んでいる。今ここにいるのは、全くの別人であり同一存在だ。

 

 ノーマは己の手を見た。人間のモノに見えるが、やはり違う。ゴルゴーンの魔力で生成された己の身体は、更に歪なモノへと変化している。地球上でたった一つの固有種族でありながらも、自己認識の曖昧な一つの生命体。それが自分だ。

 

 

「さあ、悪いがこれで終わりだ」

 

 ダーニックの号令と共に、武装したホムンクルスが一斉に襲い掛かる。ノーマは何もしなかった。逃げる事も、ホムンクルス達に対抗する事さえしない。敢えて言うならば少しだけ恐怖心と戦っていた。それは今から訪れるであろう人生の終焉を見据えてではなく、相手がちゃんと止められるか心配だったから。

 

 しかし意外にもホムンクルス達は武器を振り上げるだけに留まった。ノーマが怖気づかないその姿勢に感心したのか。それとも単に逆手にとって驚かそうとしたのか。恐らくは後者だとノーマは思った。

 

 奇妙な空白に、ダーニックが目を細める。停止した時間はその分違和感を倍増させた。

 

「何をしている、役割を果たせ」

「畏まりました。では」

 

 ホムンクルスの一体がそう言うと、顔が歪な音と共に折れ曲がりもげ落ちる。次々と顔が落ちていくホムンクルス達の首から、顔の代わりに出現した蟲の集合体は、キチキチと歪な音を鳴らしながら反転しダーニックへと突撃した。

 

「何!?」

 

 驚くものの身体は既に逃走へと移っていたダーニックは、いち早く部屋の扉を開けて外へと脱出した。歪な頭をはやしたホムンクルス達が扉を開こうとするも、扉の構造とは別の構造、つまり魔術的防御によってびくともしない。

 

「久しぶりね」

 

 ノーマはホムンクルス達の中で、唯一首を失っていない人物へと声をかけた。前あった時とは随分となりが違う。奇抜と派手を追及した衣装は黒いスーツで統一され、別人と思うくらいに物静かな雰囲気を醸し出していた。恭しくお辞儀するその姿はいつもの芝居がかったモノではなく、品位と理性を持ったモノの姿勢。

 

「ええ。お久しぶりです、そして初めましてマスター。不肖メフィストフェレス、主の窮地に伴い参上致しました」

「どうしてここに?」

 

 感動の再会、という気持ちは湧かなかった。ここで彼が現れる、いや、まだ生きている事自体不自然だからだ。これすらもダーニックの策略かもしれない。そんなノーマの警戒を、キャスターは苦笑して「変わりませんね」と言った。

 

「貴方は随分と、色々と変わったけどね」

「あの爆発で『本体』は死にましたからね。私はもしもの時に私によって造られたスペア。記憶の引継ぎは完了していますが少々の誤差は含まれています。変わった、というのは恐らくそういう事ではないでしょうか」

 

 自身の予備を造った、とどこぞの人形師のような芸当をこなす辺り、キャスターのクラスは伊達ではないという事か。悪魔との契約はそう簡単には解消できないらしい。

 

「ですが本質は変わっていませんのでご安心を」

「安心できないって事でしょ」

「その通りです」

 

 キャスターは指を鳴らす。瞬間、扉に群れていたホムンクルス達に仕掛けられていた蟲が起爆した。数コンマ早くノーマは遮蔽物に逃れ、衝撃と爆音と閃光を躱す。数秒の後に顔を出せば扉どころか部屋が半壊する程の威力を見せてくれていた。もしも棒立ちしていれば姿すら残らず消し炭にされていただろう。

 

「お見事マスター。ではこれからどうします?」

「グズグズしていられないわ。多分ホムンクルス達で抑えられないとしたら相手もサーヴァントを出してくる。キャスター、貴方のスペックは?」

「低級サーヴァントです」

「よし逃げよう」

「お待ちを」

 

 駆け出そうとしたノーマをキャスターが止め、懐からナニカを取り出した。黒い布、いや革だろうか。ベルトを中途半端なサイズで切断したようなその革は、微量な魔力を放っている。

 

「その眼を常に使うのはさぞお疲れでしょう。悪魔革百パーセント使用の眼帯をお使いください」

「何も仕掛けてないでしょうね」

「信頼してください」

 

 信用してくださいとは言わない辺り、少し恐ろしさを感じるもノーマは肯いて両目を遮るように眼帯を巻き付ける。示された道は消えたが、逆に視覚以外の四感が冴え渡り違ったモノが視えてきた。そして、扉の出た先、百メートル圏内に魔力体がぞろぞろと接近してきている。扉から出ればもろに対面する事になるだろう。

 

「キャスター。壁に穴を開けて。さっきの爆弾で」

「畏まりました。ちなみにキャスターではなく、できれば名前で呼んでもらえないでしょうか?」

 

 言いながらキャスターは爆弾を懐から取り出して慎重に設置していく。確かに自分達の聖杯戦争が終わった今、キャスターというクラスで呼ぶのはあまり意味が無い。寧ろこれから敵側のキャスターとぶつかったときに混同する恐れがあった。

 

「でもメフィストフェレスって言うのも・・・・・・」

「ではメッフィーと。ああ、この響きは実に私に似合っている」

 

 自画自賛しながらクククと笑うその姿は、大分大人しくなったものの、メフィストフェレス特有の狂気を感じる。ノーマは溜息を吐きながらも「じゃあメッフィーで」とそのアイデアを採用した。

 

 爆弾が起爆し、壁に大穴をつくりあげる。向こう側の空室に、敵も狙いがそれて大慌てで近付いてくるのを感じて隣の部屋へと飛び込んだ。

 

「さてさて、これからどのような冒険が待っているのでしょうかねマスター」

「できればこのまま逃げ切りたいのだけれども」

「まさか!『私』の記憶から導き出される予想ならば恐らくサーヴァント戦になり、死にそうになり、なんやかんやで聖杯大戦に参加する所ぐらいは行くと思っていますし、マスターも察しが付いているのでは?」

 

 メッフィーの考え通り、ノーマはこのままでは逃げ切れる可能性は低いと考えていた。メッフィーの戦闘力は当てにならない以上、サーヴァント戦は何としてでも避けたい。しかし敵の本拠地で暴れているのだからサーヴァントが来るのは必至。そうなるとサーヴァントを召喚しなければ・・・・・・。

 

「月並みな台詞だけど、何で私がこんな目に会うのかしら」

「誰かに身体を乗っ取られるよりはマシだと思いますがね。少なくとも選択権はあるので」

「そうね。その自由だけは行使するべきか」

 

 ノーマは己の指を噛み、流れる血で即席の魔法陣を造り上げる。粗雑の一言に尽きる完成度ではあるものの、前回は魔法陣なしでやっていたのだ。聖杯をその身に刻んだ自分ならばできない道理はない、筈だ。

 

「時間を稼いで」

「畏まりました」

 

 そう言うとメッフィーは隣の部屋から乗り込んで来たホムンクルス達の足止めを行い始める。長ったらしい詠唱を口にする時間は無い。全ての工程を無視し、ただ魔力を注ぎ込む。普通ならばできない筈の召喚儀式は、しかし正常に機能し仄かな燐光を灯し始めた。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 この瞬間、聖杯大戦は彼女の物語となる。人でもサーヴァントでもない彼女は、己の運命を切り開く為に。瞳の視せた道を、示された道を進む為に戦う。

 

 彼女だけの外典(Apocrypha)が、始まった。

 




やってみたかったアポ回。
そして生き残ってたメッフィー
服装イメージは英霊正装のヤツです。何となくあの格好だったら言動も抑えられてるんじゃないかなぁというイメージで書きました。
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