迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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これがホントの最終回。
こう書いてみると、原作がどれだけ文章力あるのか分かってしまう(涙目)


エピローグ

「どうぞお入りください」

 

 その扉は至って簡素な造りをしていた。人を寄せ付けないような重厚さも、魔術師特有の侵入者に対する罠も存在しない。即ち普通の扉。精々そこらの工具で解除できるような鍵が、いや恐らく渾身の力で蹴ればこの古い扉は容易に破壊されるだろう。魔術の最奥、時計塔の一室に相応しいかどうかはともかく、魔術師とするならば無警戒の極みだ。

 

だが、それは外部の敵対者を警戒する必要が無いという一種の自信の表れでもある。

 

「では失礼する」

 

 やや軋みながらも、音を立てて開かれた扉。その先の部屋も、扉と同様の内部を現している。安アパートの一室に過ぎないスペースに置かれているのは、住人の為の椅子と机。整頓された棚や就寝用のベッド等、生活感溢れる一室。

 

「狭い所ですが」

 

 部屋にいる人間は自分を除けば二人。一人は今日自分を呼んだ人物。もう一人は名前も顔も知らない男だった。黒いスーツを見れば、秘書か執事のようなモノと理解できるが僅かに滲むように発する魔力は人間のモノではない。

 

「ホムンクルスの造成までできるのかね。アインツベルンと協力を取り付けたと聞いたが彼が?」

「いいえ、これは元々のモノです」

 

 そう言ってはぐらかした彼女は腰かけた椅子から立ち上がり、自分へと近付いて手を出した。

 

「『お初にお目にかかります』。ロード・エルメロイ」

「二世だ。二世を付けてくれ。ノーマ・グッドフェロー」

 

 差し出された手を握り、眼帯で隠れた両眼を補うように彼女は笑みの形を作る。やや緊張しているな、とその笑顔から推測したロード・エルメロイ二世は答えるようにこちらも笑みを作った。

 

「と言っても、私を二世と呼ぶ人間はかなり少ないが」

「確か女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男とも言われていましたが、そちらの方でお呼びしても?」

 

 ノーマが傍らに佇む男を睨む。クク、と肩を揺らし「失礼、お邪魔でしたな」と男は悪びれもせず言った。

 

「メッフィー、ちょっと席を外しなさい」

「畏まりました、マスター。部屋の前で待っているので用事が済んだらお呼びください」

 

 やや大層な礼の後、男は言う通りに部屋から出ていった。扉が閉じられた瞬間、ノーマは「申し訳ありません」と頭を下げる。

 

「彼は少し、というかかなり無礼なモノで」

「いや、大方私が指導した生徒が言いふらしたのだろう。後で厳重に注意しておく」

 

 頭の中で言いふらしたであろう人間をリストアップしていく傍らで、ロード・エルメロイ二世は現状を分析した。ノーマ・グッドフェロー。自身と弟子を除けば生存者はいないとされていた、アルトカラズの第七迷宮。その生存者。その事実を魔術協会が知ったのは大分後だ。

 

まだ迷宮の件が解決しない内に起きた、ユグドミレニアの決起。俗に言う所の聖杯大戦、そこに彼女の姿があった。無名の彼女の正体が特定されるまで時間はかかったが、彼女は迷宮から脱出後聖杯大戦に参加していたと分かった瞬間協会も見る目が変わった。途中で敗退するも黒でも赤でもない第三勢力である彼女は二つの巨大組織を相手に立ち回り、双方に壊滅的な損害を与え再び生還した。

 

無論第三勢力だからと言って敗退した彼女を協会が見逃す筈も無いのだが、結果的に見逃す事になる。生還した後に聖杯戦争の元御三家であるアインツベルンへと訪れ、協力関係を築いた。簡潔極まりないのは情報がそれ以上入らなかったからだ。何らかの取引を行ったのであろうが、名門とも言えるアインツベルンと協力関係となった彼女に表立って襲撃するのは難しい。

 

腹の虫が煮え繰り返りながらも不承不承、協会はノーマを放置する事にした。無論ある程度の監視は送り込まれているだろうが、それでもこうして彼女が生きているのは並外れた生存能力と智慧、そして最後に最も重要なモノ、運を兼ね備えていた証拠だ。

 

「手短に済ませよう。一時間後に講義があるのでね。と言っても、そちらも時間に余裕はないだろうが」

「そうですね。私も三十分後に出発しないといけないので」

 

 どうぞ座ってください、と言われ椅子に座る。机を挟んで向かい合うように座るこの異常。本来ならば一介の魔術師に過ぎないノーマが、紛いなりにもロードである自分を呼びつけ話すという現状に、さほど癪には触っていない。とはいえ、呼び出される内容は凡そ察しているのでその分心地よいとは思わないが。

 

「では、単刀直入に言います。ロードエルメロイ二世、貴方の持つ英霊召喚の触媒、それを売って欲しいのです」

「・・・・・・フム」

 

 座り直し、ロード・エルメロイ二世はノーマを見る。眼帯で覆われたその瞳からでは推測は難しい。少し調べれば自分が聖杯戦争の参加者であった事は分かるだろう。問題は、何故自分が触媒を持っていると知っているのか。

 

「まずは理由を聞こう」

「その口振りだと、持っているんですね」

「ああ、カマをかけたのならその判断は正しいな、問題はそこではない」

 

 何故、英霊召喚の触媒を必要とするのか。彼女と触媒が、何に関係するのか。聖杯大戦に敗退したとはいえ、基本的に聖杯戦争の敗者が再度参戦を行うケースは稀だ。魔術師と言えど人の子、命が惜しい。一度目ならばまだ無謀さと若さで乗り切れるが、奇跡的に助かった命を無駄に散らす人間はそうはいないからだ。

 

「ロード・エルメロイ、いいえロード・エルメロイ二世は、聖杯戦争についてどう思いますか?」

 

 質問に返ってきた質問は、しかしそれが返答となるから言葉にしたのだろう。聖杯戦争。過去の英霊を召喚し、聖杯を巡る殺し合い。原初である日本の冬木で行われた儀式は、既に失われて久しい。しかしそれを模倣した亜種聖杯戦争とも言うべきシステムは、世界各地で分散している。

 

「下らぬモノ、と一笑に伏したい所だが。メリットの存在しない話ではないな。何せ万能の願望器とも言える聖杯だ。何でも願いが叶う、というのなら参加する人間は多いだろう。まぁ、そういう人間はデメリットを見ていないのだが」

 

 失敗すれば死、なぞ魔術師にとってはありきたり。ではない。死、という現実を理解するのは、一般人でも魔術師でもそう簡単にはできないからだ。一度しかないそれを、むしろ魔術師は理解する事は難しい。故に簡単に人を殺すし、殺されもする。ある意味で、聖杯戦争というのはそんな魔術師の愚かさを体現したものかもしれない。

 

「結論から言うならば、危険な儀式という事だ。魔術儀式に危険は付き物だが、これはその中でも保障が無いに等しい。聖杯大戦が終了しても、なお各地では亜種聖杯戦争は行われている。不完全な模倣故に最悪参加者全てが死亡したという報告すらある儀式に、こぞって優秀な魔術師達が命を捨てに行くのはどうかと思うがね」

「その通りです。ですが亜種聖杯戦争は無くならない。周期のあった聖杯戦争ならばともかく、粗雑な模造品が大量に世界にばらまかれている」

「神秘に近付くための行為によって、神秘が遠のいていく、か。中々皮肉な状況だな。アインツベルンとしては頭が痛いだろう」

「ええ。故に、私は聖杯戦争を止める為に活動をしています」

 

 アインツベルンが各地の協会に向けた布告は既に知れ渡っている。世界中に広まった贋作の破壊。そして失われた『真の聖杯』の作成。協会に宣戦布告している訳ではないので未だに組織立った動きは無いが、中堅の魔術師、即ち亜種聖杯を製造、もしくは亜種聖杯戦争を開催しようとした魔術師達が次々と消えているのだ。万が一に生き残ったモノも、何があったか語ろうともせず魔術そのものから遠ざかっていく状況に、少なからず時計塔にも緊張が走っている。

 

「劣化し堕落した魔術儀式に、本家がようやく対策に乗り出したという訳か。最近では聖遺物を高額で買い取る業者が増えたが、それは君とも絡んでいるのかね?」

「ご想像にお任せします。それに私は今、聖遺物を貴方から買い取ろうとしている。それに対する返答を聞かせてください」

 

 眼帯で覆われた向こう側で、睨まれているのは体感できた。蛇に睨まれた蛙という訳ではないが、少なくとも返答次第では何かが起こるだろう。脳裏に戦闘の二文字が浮かび上がり、冷汗が頬を伝う。

 

「やれやれ、最近の若者は殺気を放つのが得意だ。私も見習いたいよ。ついさっき、君と会う前でも同じように殺気を向けられていてね」

 

 軽いノックの音が、小さな部屋に木霊した。ノーマは扉の方を見て、一瞬だけ思案したが「どうぞ」と口を開ける。施錠すらされていない扉が開かれ、入ってきたその男は呆れたように眉を潜めた。

 

「私から逃げるのなら、もう少し魔術的防壁を持つ部屋にいるべきだな、教授とやらよ。こんな奴隷の収監場のような場所で最後を遂げる気か?」

 

 ゆっくりとした歩調で、その男は部屋にずんずんと進んでいく。眼帯越しでも分かる程ノーマの驚愕が伝わり、そして男の口角は吊り上がる。

 

「・・・・・・ほう。随分と久しい存在を目にした。迷宮以来だな、復讐者の残滓よ」

 

 男は、ヴォルフガング・ファウストゥスは己に敗北を突きつけた相手に憎悪と殺意の入り混じった視線を投げかけた。時計塔でも人間離れした、既に人間ではない魔術師は多くいるが、彼はそれらとは一線を画す。身体から放たれる魔力は人外のモノで、正しく人間にとっての脅威を現していた。

 

「魔術師の巣窟にいるなど我慢ならない所業であるが、自身に屈辱を与えた存在に復讐できるとなれば話も変わる。これを諺で何というのだったかな?残念ながら矮小な存在の言葉遊びを覚える程暇ではないが」

「東洋で言うのなら、二兎を追う者は一兎をも得ず。という諺がある。別々の存在を、混同して追いかければ一つすら手に入らないという諺だな」

「ロード・エルメロイ二世。彼は?」

 

 ノーマの視線を受け、肩を竦めた。実際この状況を諺で言うのなら、泣きっ面に蜂。四面楚歌。絶体絶命と言ったところか。諺ではない言葉も含まれているが。

 

「君と同じだよ。聖遺物が欲しいとしつこく言い寄ってきたのでね。少しばかり隠れるつもりでこの部屋に来ていたのだが」

「違います。何故、彼がこの場に?」

 

 落ち着いているように見えて、意外と混乱しているらしい。そこは年相応で、まだ可愛らしいという言葉が似合う姿だ。少しばかり悪戯もしたくなると感じるのは、年の瀬から来る老婆心か。

 

「単純だよ。私が迷宮の調査をしていたのは知っているだろう?彼は、その時に出会った『負傷者』だ。どう言った経緯があるのかは皆目見当が付かないが、私は彼を救助するのに十分な装備が合ったのでね。助けただけだ」

「そんな・・・・・・しかし、報告書の生存者には」

「ああ、迷宮の『探索者』は君を除いて全滅だとも。私はただ外で倒れていた彼を助けただけだ」

「少しばかり訂正を願おうか。貴様の救助など必要無かった。捨て置いていてもあの状況程度、どうとでもなる」

「その通りだな。実際君を治癒したのは私ではなく、私の弟子だ。負傷者の応急手当の良い経験にはなっただろう」

「なっ・・・・・・・あの小娘だと!?」

「まあそんな事で彼とは少しばかり繋がりが合ってね。親しみはまだ無いが、知り合い程度の関係性はある」

 

 呆然とするファウストゥスを放っておき、ノーマへと視線を変える。実際迷宮での出来事はかなり深い部分まで死にかけだった彼から聞くことができた。故に、ノーマ・グッドフェローに何が起きたのかも大体の推測ができる。聖杯戦争という人間の全能力を酷使する戦場で、幼い少女がどう成長していきこの姿になったのかも。

 

「まあ二人が集まったのは丁度良い所だ。返答も一度にできる・・・・・・結論から言って、私は聖遺物の売買を拒否する」

 

 二人の視線が、ロード・エルメロイ二世に焦点を当てる。彼はそれだけで用件が済んだと言うように懐から煙草を取り出し火を点けた。

 

「理由をお聞かせいただいても?」

「月並みな台詞だが、あの聖遺物は私にとって命よりも大切な物でね。故に金銭や交換などで他人に贈るようなモノでも無いのだ」

「命より大切、とはな。少し痛めつければその考えも変わるか?」

「さあて、どうだろうか」

 

 瞬間、部屋に音と衝撃が、詳しく言うならば天井が破壊され崩落した上階から破片が降下してくる。音と衝撃に比べて破壊が小さいのは、別に時計塔の建築的構造が強固であったという訳ではない。何も対策無しでこの部屋に訪れた訳ではない。魔術的防御も何も無い部屋ならば、他の部屋も人も迷惑をかからないように直上の部屋を細工するのは容易だ。

 

 できた穴に降り立ったその存在は、ロード・エルメロイ二世を守るように前へと出る。その姿を見てファウストゥスが驚愕し、ノーマの表情が強張る。天井をぶち抜いて現れたその少女の顔は、フードで隠れているが僅かに面影ある顔を晒していた。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 三人が黙する。少女を見る二人は自身でも言い表せない複雑な感情を胸中に抱きながら、同時に戦意が霧散していくのを感じていた。契約、誓約、約束。各自の記憶でそれらを思い出し、その少女を攻撃するのを本能的に忌避してしまう。

 

「・・・・・・フン、命拾いしたな」

 

 一番最初に引いたのはファウストゥスだった。それ以上の言葉は無用とばかりに全員に背を向け、歩き出す。部屋の扉を開けてやや強めに閉じた音が聞こえ、ノーマはゆっくりと眼帯を解いた。

 

「久しぶり、と言えば良いのかな。それとも初めまして?」

 

 眼帯を解き、開かれた眼で笑みを作る。ノーマの挨拶に対して少女は黙したまま、その眼を見つめる。奇妙な程の静寂だった。お互いが何も言わず、しかしそれを不信に思っていない。むしろ言葉ではなく、視線を交錯させる事で意思の疎通をしていような奇妙な感覚。

 

 もし状況が違えば、一緒に迷宮を探索できただろう。そこにどれだけの奇跡を必要とするか分からないが、不意にノーマはそう感じた。最近では魔眼の影響か、それとも副作用か対象を視るだけでありとあらゆるモノが『示されて』くる。あり得ざるべき道を、選択しなかった道を。この偶然が無く、他の偶然が紛れた時の情景を、ノイズのように映し出す。

 

「・・・・・・そろそろ、時間か」

 

 ノーマは眼帯をかけ直した。視界は完全に塞がり、騎士王の面影を残した少女の姿は消える。だが、その姿は脳裏に刻みついた。

 

「お時間を取らせてしまいました。元々断られるとは思っていたのですが、正直こんな展開になるとは思っていなかった」

「待ちたまえ。こちらの用も少しできた」

 

 そのまま帰ろうとするその背中に、ロード・エルメロイ二世は声をかける。自身の弟子と彼女との『会話』は終わった。それは余人である自分にはあずかり知らぬ会話ではあるものの、彼女の特殊な眼には興味がある。

 

「その眼だが・・・・・・それは自分のモノかね?」

「いいえ」

 

 ノーマは振り返る。自身と殆ど変わりない長身の彼女の髪が妖しく揺れる。部屋の光に照らされ紫色に煌めく彼女の髪は、まるで蛇のようだった。

 

「友人のモノです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この森を真っすぐ抜けると、花畑があるわ。多分妖精とかの幻想種が闊歩しているけど、危害は加えないから安心して。ただしそれに目を奪われれば身体もそっちに行くから気を付けてね」

「ああ、その花畑を抜ければ?」

「草原。どこまで続くかは分からない。私もその先へは行っていない。だからそこから先は」

「ああ。俺が探すよ」

 

 彼の声音からは、一切の恐怖が読み取れなかった。進むことおよそ三か月。最早地図は意味をなさず、ただただ鬱蒼とした森の中を歩くという一種の拷問を共に過ぎしてきた相手は、出発前と変わらない穏やかな顔で頷いた。

 

「これまで先導してくれてありがとう。ここから先は俺の問題だ」

「そうね。じゃあ私の分の食糧を貴方にあげる」

「いや、それは」

 

 彼の長所であり短所、他人からの施しは受けない癖に、隙あらば施しを与えようとするその姿勢にやや呆れながらも「いいの」と無理矢理渡す。

 

「絶対に必要だし、足りなくなるのは目に見えてるから。今から貴方が行こうとしている場所は、とても遠い所なんだから」

 

 とても遠い、という単調な言葉しか使えないが真実そうであった。今から行くところが山であるのなら、山頂が到達地点だ。洞窟ならばその深奥が到達地点だ。だが、これから彼が行こうとしている場所は果てが無い。あるべき到達地点が存在しない。

 

「貴方はこれから、この星の魂とも言える場所に行く。干渉や介入なんてできない、一種の魔法みたいな裏世界に。私も道までは示せるけど、そこから先は無理。帰ってくる方法はおろか、辿り着く場所も分からない。どれほどの時間がかかるのかも分からないし、そもそも時間の認識すらできないかもしれない。そんな所に行くのだから、せめて少しは持たせる用意はしておいた方が良いわ」

 

 割れたクレパスに身投げするような愚行を、彼は今からしようとしているのだ。果たしてそれが意味があるのか、ノーマには分からない。理由は何度も聞いた。納得も理解もできないが、道案内を頼まれたのだから契約内のサポートはするつもりだった。

 

「分かった。じゃあ受け取るよ」

 

 できれば。自分は彼に行ってほしくなかったかもしれない。彼の名前は、魔術の世界だけでは収まらず世界的に有名となった。在る所では国際的なテロリストとして、また在る所では戦争を終わらせた救世主として。そして在る所では・・・・・・正義の味方として。

 

 綺麗事だけではない。中には悪とも呼べる行為を、他者の想いを踏みにじるような行為をしてきた。多くの人間に恨まれ、賞金首として追われる身である彼は、しかしそれでも持ち続けていた。一番大切な、原初と言えるような信念を。

 

「本当にすまないな。遠坂にはひっぱたかれるし、桜には殴られるし。このまますごすご帰っていけば多分殺されると思う」

「それくらいで済むなら良いんじゃない?どちらにせよ、ここから一歩進めばもう後戻りはできないわ。その前に、ゆっくり考えた方が」

「いや、俺は行くよ」

 

 揺るがない決意を秘め、彼は微笑んだ。少し浅黒くなった肌に、灰を浴びたようにくすんだ髪。ノーマはそこに、在りし日の彼を見て目を細める。

 

「最後になると思うから、質問したいんだけど、何で引き受けてくれたんだ?勿論金は払ったけど、世間体的に俺は犯罪者だし、裏切られる可能性の方が高いと思ってたんだけど」

 

 彼の見立て通り、ノーマが協力したという話は、あっという間に広まった。自身と協力関係であったアインツベルンは、彼と並々ならぬ関係であったらしい。絶縁と共に放たれた刺客から逃れるように彼をここまで連れてきたのだ。自分の場合行きよりもむしろ帰り道に気を付けた方が良いだろう。

 

「狙われるのは、お互い様でしょ。それにまあ、貴方には色々とお世話になったから」

「俺に?」

「詳しく言うなら、貴方の可能性に。かしらね」

 

 含みのある言い方に、相手は数秒だけ沈黙し「そうか」と呟いた。短い返事だったが、涙ながらの最後も安っぽい。むしろ簡潔に終わらせた方が良いのだろう。

 

「じゃあ、俺は行くよ。さようなら」

「ええ。さようなら」

 

 アーチャー。という声を彼は聞けただろうか。彼が一歩踏み出した瞬間、その姿は消えた。星の内海、魂の置き場所。そこに会わなければならない人がいる、と彼は言っていた。前人未踏の大地に、彼女が自分を待っているのだと。

 

「今回の依頼は赤字でしたねマスター。報酬は十分ですが、デメリットが大きすぎる」

 

ノーマはゆっくりと振り返る。三か月の間、ずっと自分達の後方を守り追手に対処していたメッフィーは、着崩れたスーツの埃をはたいて落とした。

 

「まあ、覚悟はしてたけどね。追手はどれぐらい?」

「三割程は削りましたが残りは健在です。恐らく数分の後にここまで辿り着くでしょう。鉢合わせはごめん被りたい所ですな」

「急いで逃げるとしますか」

 

 逃走から逃走へと変わらない方針を再確認した時だった。短い鳴き声が、耳朶を小さく打つ。音のした方向へ顔を向けば、鬱蒼とした森に相応しくない白い毛並みをした生物が、よろよろと近付いてきた。

 

「む」

「あれは・・・・・・何かしら」

 

 犬か、と思ったが違う。白い毛並みをしているが、日常のいかなる生物にも類似しない存在。魔術師の使い魔かと思ったがそうでもない様子で、小動物は小さな鳴き声と共にノーマへと近付いてくる。

 

「どうしますかマスター」

「うーん」

 

 ノーマはとりあえず一歩下がった。得体の知れない生物を触りに行く習性は持ち合わせていない。下手に触って死んだ者を嫌と言うほど見てきた。とはいえ危害を加えるような特徴も素振りも見せていない相手に逃げ回るのもおかしい。

 

ならば。

 

「・・・・・・丁度肉が食べたい所だったのよね」

「フォウ!?」

 

 今度は獣が跳び下がる番だった。人間の声を認識して理解している所を見るに、かなり高度な生き物のようだ。少なくとも食欲は失せたノーマは手を振って「冗談よ」と敵意の無い事を現し、ハサミを持つメッフィーを止めるよう指示する。

 

「行く当てがないなら、付いてくる?」

「フォウ、フォウフォウフォウフォー!」

「ありがたき幸せ、あのクソ魔術師に塔から叩き落されて死ぬかと思ったフォーゥ、と言っています」

「そんな特技があったの?」

「私の動物会話のスキルはAクラスです」

 

 嘘くさいメッフィーを無視し、ノーマはその獣を拾い上げる。中々可愛らしい外見だ。ペッドとして買うのは論外だが、次の目的地に行くまでは同行させるのも良いだろう。

 

「じゃあ、新しい仲間も加わったし、追手から逃げながら、次の依頼に行きましょうか」

「目的地は、確か南極でしたな。胡散臭い組織ですが、あのアニムスフィア家が関わっているとなると信憑性も出てきますね」

「関わっているというか、大元がそこよ。確か名前は、ええと」

 

 長ったらしい名前で、正直こんな大層な組織なのかと疑うような名前だ。だがノーマの考えとは裏腹に、その組織は名前通り、世界を救う事になる。

 

「人理継続保障機関フィニス・カルデア。だったわね」

 




迷宮を乗っ取られるわ、ボコボコにされるわ散々な目にあったファウ何とかさん。原作では愛歌にバーンされてましたが、よく考えればかなり強いお人。というか素でサーヴァントと戦える時点で強すぎるんじゃが。

後半はFateのエピローグに続く………と思わせてグランドオーダーも入れてみました。

はじめての作品でしたが、これまで見てくれた人がいるなら本当に嬉しいです。完結できて本当に良かった。これまでありがとうございました!

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