迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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ノーマって、デカイよね。どこがとは言わないけどあの年であんなにデカイのはけしからん


第二階層④

第二階層から第三階層へと続く門、結界が展開された空間を抜ければ、そこはいつもの迷宮だった。森も青空も川もない、幻想からの現実を見せつけてくれる。だがそれは良いことだ。少なくとも夢を見続けるまま朽ち果てるよりは。

 

 第一階層と同じく、その場所は広大かつ遮蔽物の無い空間だった。来た道を振り返ればその道ごと無くなっている。つまる所番人を倒すか、自分達が死ぬかの二択しかない。

 

 サーヴァントと、人間の違いは外見上は殆ど無い。一般人に時代錯誤の服装と、それなりの筋力や背丈があれが似せる事はできるのだ。例えばアーチャー等は現代の服装を着せればそれなりの美形となるし、ランサーも少女らしい服装を着せれば年頃の女の子にもなれる。キャスターは、どうだろう。ちょっと無理かな。

 

「ハッハッハッハアッ!一人でダメなら三人で、と言うことか。ただの烏合の衆では無かろうな?」

 

 だがどちらにせよ、通常の人間と同じ外見でも、人間には思えないような雰囲気を放っている。英霊としての覇気、とでも言えば良いのだろうか。ノーマの眼ならば即座に理解できる、魔の質とでも言うべきサーヴァントの特徴。そして、目の前に立つ男から感じる尋常ならざる魔力は、このサーヴァントが正しく自分達の予想通りの英雄である事を教えてくれる。

 

「む?あの時の幼子もいるのか」

「私はランサーです。また前のようなふざけた甘言をするつもりですか、セイバー」

「いやいや、貴様の武勇はしかと味わった。とはいえ、武を削りあうのと殺し合うのは別よ。やはり幼子を殺すのは少々気が引ける。それも絶世の美女の卵となれば尚更!」

 

 セイバーは豪胆に笑い飛ばす。第一階層で戦ったランサー、デイルムッドが高潔な騎士とするなら、こちらは野性的な戦士だ。元々ケルトの英雄は中世の騎士というより傭兵、とはいえ卑怯な戦法を使う外道ではなくその実義理堅い誓約で動く男達だったらしい。だからランサーのような子供を手にかけるのは気が引くようだ。

 

 しかし、ランサーにとってその気遣いは地雷以外の何者でも無かった。ランサーは既にその手に不死殺しの刃を持ち、隠す事なく殺気をセイバーへと向けている。ノーマは昨日ランサーと語り合った時、彼女が成長した自分を嫌っていたのは知っている。彼女が成長した結果、美女どころかヒトですらない姿に成り果てた結果も。

 

「ククククク!どうやら地雷を踏んだようですなあ好色な英雄殿!乙女の扱いも戦いと同じく激しいようで!」

「むう。そのようだ。口説き落とすのは自信があるのだが。最近は武のみでそっちは修行していなかった。我ながら情けない」

「その心配はご無用!なにせこれが最後の口説き文句となりますしね!」

「ほう、奇抜なドルイドのようなサーヴァント。それはどうか分からんぞ?もしかしたら貴様も、これが最後の狂言となるかもしれぬ。それに、女はまだこの場にもう一人いるだろう?」

 

 殺気は十分に決闘となる場所に満ちた。後は開戦の狼煙を上げるのみ、と言う所でまさか自分に話題が振られるとは思わなかった。好色な英雄とも知られるフェルグスは、この時代では珍しい程真っすぐにノーマを見る。

 

「どうだ、この場にいるサーヴァントのマスターよ。この戦に俺が勝利した時、どうか俺の女になってくれまいか?やや幼いが、その身体は果実の早熟さを思わせる。甘さと酸っぱさの入れ混じった、具体的に言うならば、胸が大きくて好みだ!」

 

 下心をこうも明け広く叫ぶのが、ケルトの英雄らしい。もしかして敗北したら襲われるのではないか。身の危険を感じ、やや後ずさったノーマは、どう答えれば良いか分からず戸惑った。それを守るようにアーチャーが立ちふさがる。

 

「セイバー。色欲を撒き散らすのはそこまでにしてもらおう。悪いが貴様に提供できるのは戦場のみだ。そしてこれが最後だ」

「ほう、成程。先客がいたか。ならば仕方ない。俺も略奪は趣味ではないからな。だが暇で暇で仕方が無かったのだ。これくらいは許せ。こちらとしては迷宮が作られてからずっと、退屈しのぎに怪異を狩っていたら、いつの間にか階層内の怪物を全滅させてしまったぐらい暇だったのだ!」

 

 何の気も無しにセイバーは言うが、この広大な迷宮内の、階層とはいえ現存していただろう幻想種を全て狩りつくした?一体何故、と問われれば退屈だったから。という返答が出てくるだろう。いや、恐るべきはそれを可能とするセイバーの力量だ。

 

「故に客人だろうが敵だろうが、久しぶりに口を動かす相手よ。そして、身体の方もな」

 

 セイバーはそう言うと、持っていた巨大な剣、一目見れば分かる特徴的な螺旋が描かれた剣を構える。充満していた殺意が爆発寸前まで膨らむ。

 

「セイバー、フェルグス・マック・ロイ!さあここからは戦だ戦!先に進みたければ俺を倒して見せろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は、ノーマの予想通りの事態となっていた。事前に三騎のサーヴァントの特性を聞き、そこからどういう役目をするべきかの指示をする。困難な仕事と思うが、これ自体はそれほど難しくない。想像し、予想を立てるのは誰でもできる。最も難しいのはその予想を予想通りに進ませることだ。

 

 前衛をキャスター、ランサーが務め、セイバーを押しとどめる。そしてアーチャーが後衛として援護射撃を行う。単純かつ合理的な配置。セイバーと一対一で戦えるランサーはともかく、本当に前衛ができるのか不安だったキャスターも、戦闘には絶対に向かないあのハサミで器用に立ち回っている。状況は、セイバーに不利だった。前衛二人の隙を突こうにも、後衛のアーチャーの狙撃はそれを見逃さない。ここぞ、というタイミングで横槍が入ってくる。幾ら大英雄とはいえ、三騎もの英雄と戦うのは至難の業だろう。防戦一方とはいえ拮抗しているのは逆に異常なのだ。

 

 だが、それはあくまで表面上の話だ。

 

 ノーマは自分の作戦を思い返し、本当に大丈夫かと改めて自問した。答えは返ってこない。当たり前だ。これしかないと自分は思っているのだ。今更不安になっていても仕方がない。

 

 今回の作戦を一言で伝えるのなら、消耗戦だ。

 

「はっきり言って、この三騎が集まって、セイバーを倒せるかどうかは分からない」

「おや、弱気な発言ですねえ。ここには悪魔に怪物もいるのですよ?」

「だからこそよ。フェルグスは英雄。それもかなりの高名なね。人間との闘いよりも、そういった者達との闘いの方が多かったんじゃないかと思って」

 

 アルスターの話を詳細までノーマは知らないが、フェルグスと同じ時期にいたクーフーリンですら神の血を引いた半神として扱われているのだ。超常の存在は慣れて、なおかつそういった者との闘いも経験がある。経験、というのはそう簡単には埋められないのをノーマは知っている。一度起きた事例を経験すれば、何も経験していない人間よりも速く、巧く動ける。

 

「相手は一騎。こちらは三騎。数は有利だけど、みんな集団戦闘なんてやった事ないでしょう。私もそんなの指揮した事が無い。だから、有利なのは相手よ。いつもと同じ事をしていれば良いのだもの」

「とはいえ一対一では勝ち目が無い、か。マスター。君の指摘に間違いは無いようだ。ではどうする」

「とにかく闘いを長引かせるわ。相手もこちらもサーヴァント。消耗なんて殆どしないだろうけど、魔力は消費する。あんな規模の宝具を放って、直ぐに回復する訳がない」

「なるほどう!つまり、ジワジワと嬲り殺しにする、という訳ですな!」

「いいえ。相手もそんな事分かり切ってる。絶対に何か打開策を持ってるわ。だけどその時が来るまで、持ちこたえる必要があるの」

 

ランサーとキャスターがセイバーの足を止め、攻め立てる。反撃の芽はお互いが潰し、それでも越えてくる事象にはアーチャーが援護射撃を行い仕切り直す。

 

しかし、セイバーは健在だった。威力とリーチに優れた剣を振り回し、反撃の機会を伺いつつアーチャーの狙撃を防御する。普通のサーヴァントならばあっという間に倒されている状況で、セイバーは拮抗状態を作り出しているのだ。荒々しい嵐そのもののような苛烈さでキャスターとランサーの攻めを振り払う。

 

まるで首輪を付けられた獣のようだった。その首輪(ランサーとキャスター)を外そうと剣を振り回す。その中の何処かに、付け入る隙が発生する筈だ。故にこの闘いは長期戦。自分達が先に(セイバー)を打ち倒すか、首輪を脱した獣が全てを食い破るかの二つ。

 

「ハッ、悪くない。生前にも勝るとも劣らぬ!これが聖杯戦争と言うものか!ならば、俺もそろそろ活かせて貰うぞ」

 

 そう言うと、セイバーは剣を地面に突き刺した。ランサーの口から相手の宝具の情報を事前に聞いていた分、この場にいる全員がその動作を警戒していた。いかに強大な宝具と言えど、発動させなければ無力。窮地ともなる宝具だが、逆を返せば好機ともなり得る。故にセイバーの宝具は絶対に阻止し、晒した隙を突かなければならない。

 

「もっらいいいいいいいいいいいいいいいいいい?あ。ミスりましたてへ」

 

 しかし、好機は窮地となった。襲いかかろうとしたキャスターを文字通り一蹴したセイバーは、徒手空拳の手をランサーへと向ける。サッカーボール代わりに弾き飛ばされたキャスターが壁面に衝突し、糸の切れた人形のように倒れる。

 

 ランサーはそんなキャスターを見る暇も無く、セイバーを前に攻撃の手を一端停止させた。相手がただ破れかぶれの体術を使った訳ではない事は、先程のキャスターで証明されている。剣が無くとも、この英雄は十分な戦闘能力を持っていた。

 

「野蛮ですね」

「確かに俺は剣技も良いが、己の身一つで行う武も悪くない。第一、戦の基本はコレだコレ。ケルトの戦士の必須科目と言う奴だな」

 

 やられた。ノーマは痛感した。あんな見え見えのフェイントに釣られてしまった。戦場を俯瞰しなければいけないマスターが、まず指示を出さなければならないというのに。

 

(アーチャー。キャスターがどうなってるか分かる?)

(消滅していない所を見ると、どうやら生きているようだ。しぶとい奴だ。だが気絶してる訳でもあるまい。恐らく戦線離脱と共に伏兵として潜む腹積もりだろう。もしも逃走するつもりならば撃つが)

(いいえ。そんな暇無いわ)

 

 戦場の風向きが変わった。セイバーはその剣を持たぬまま徒手空拳でランサーを攻撃する。ランサーは紙一重でそれらを回避するも、形勢は明らかにセイバーへと変わっていた。さっきまで大剣による重い一撃を主軸にしていたが、今では軽いフットワークで攻め立てるボクサーのようなスタイルへと変化している。必要となればセイバーは自分の戦闘スタイルを根底から変化させれるのだ。

 

(流石は大英雄、最優のセイバーを冠するだけの実力は備えている。マスター、そこで一つ提案だ)

 

 アーチャーからの提案。それを聞いた時、ノーマは暫し考えた。アーチャーの実力を疑ってではない。彼と共にしている時間はこの中で最も長いのだ。全幅の信頼を寄せていると言っても過言ではない。それ故に、アーチャーが無理をして自分だけを犠牲にしていないかを考える必要があったのだ。

 

(概ね分かったわ。でも貴方を駒のように捨てるつもりは無い。無理そうだったら直ぐに仕切り直して)

(私の心配をする余裕があるとはな。流石は一級品のマスターだ。鼻が高い)

(アーチャーの死を犠牲にしてこの先を進めるとは思えないもの。まだ第二階層よ)

(成程。ならばそれに答えよう)

 

 アーチャーはそう言うと、投影していた矢を変えた。歪な螺旋が描かれた矢。アーチャーだからこそ可能な投影品の改造。本来は剣であるソレを、矢へと変質させるという規格外な技術。

 

「下がれ、ランサー!偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 アーチャーはそう言った数秒後、矢を放った。もっと素早く放てただろう矢は、戦っていたランサーとセイバーが十分に知覚し、回避したその間を通り過ぎていく。

 

「カラドボルグだと!?」

 

 セイバーはアーチャーを見た。いかに変質していおうと、二振りとも無い自分の武器を見間違う筈も無い。勿論、自分の剣は地面へと刺さったままなのだから、アーチャーが自分の剣を使用した訳でも無い。

 

「そうだ。カラドボルグだとも。セイバー。これは面白い偶然だな。同じ種類の宝具が二振りあるとは」

「何者だ?アルスター縁の者、もしやメイヴの男か?」

「恋人に宝具を渡すのか?まあ貴様達の郷では一般的なのかもしれんが。残念だが私はケルトに属してはいない」

 

 そう言うと、アーチャーは弓を捨て双剣へと持ち帰る。十分以上に、アーチャーはセイバーの気を引いている。

 

「ランサー。ここは任せて貰おう。何、心配はいらん。その場凌ぎは得意でね」

「分かりました」

 

 アーチャーの姿勢に何かを感じ取ったランサーは下がり、ノーマへと近付く。ノーマは持っていた癒しの魔杖を公使してランサーの傷を癒した。最初は三対一だった戦場が、今では一対一となっている。それでも尚、アーチャーの背中には絶望も諦観も無い。

 

「ふうむ。不思議だ。ドルイド達の秘術にもそんな技は無かった。だが面白い。弓を使っていたと思えば剣に持ち変え、異郷の武器を手足のように馴染ませている。あまつさえ俺の(カラドボルグ)すら使うとは!」

 

 戦場だと言うのに、セイバーは興味深そうにアーチャーの双剣を眺めている。確かに、アーチャーの持っている武器や装備を見れば、ちぐはぐな印象を受けるのは当たり前だ。さっきまで使っていた弓は洋弓で、矢は改造された剣。更に双剣は中華特有の基調が施されている。これで正体が分かればそれは名探偵だろう。

 

「もしやあいつの言っていた・・・・・・いや。与太話はここまでだ。打ち合えば分かること」

「そうだ。自信があるのだろう?セイバー」

 

 アーチャーはそう言うと投影した剣を投げつける。不意打ちの一撃をセイバーは素早く回避すると、突き刺した螺旋剣(カラドボルグ)を握り直し構えた。

 

「まさか不意打ちで勝てるとでも」

 

 その目が大きく開かれる。アーチャーの手には投擲した双剣が握られているのだ。アーチャーは更に双剣を投影しセイバーへと投げつける。投影魔術の複数使用。第一階層でランサー相手にした戦法だが、殆ど負傷していないセイバーは剣を振るうだけでそれらを意図も容易く防御してしまう。

 

―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

 しかし、投影した双剣は再びセイバーへと跳ね返ってきた。後方の双剣、前方の双剣。計四対の剣が多角的方向でセイバーへと襲い掛かる。セイバーはしかし、剣を持ったまま一回転するだけでそれらを再び弾き飛ばした。瞬時にそれが弾き飛ばすたびに自分を追いかけてくる猟犬だと察し、静から動へとシフトチェンジしていく。

 

 その行き先は当然アーチャーだ。今も宝具を投影し続ける元凶を断てば、この攻撃は終わる。常人の比ではない戦場を渡り歩いた豪傑は、殆ど未来予知と言ってもいい感覚で飛来する双剣を回避し、打ち砕き、叩き潰す。たったの二秒でそれらを成し得た怪物は、一気にアーチャーに止めを刺すべく肉薄する。

 

―――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

 二秒で十分だった。アーチャーの手には再び剣が投影されている。投げつけた双剣と、彼が今も持っている双剣。それらは磁石のようにお互いを引き寄せ、その間にいる障害物を切り捨てる。アーチャーは迫るセイバーを迎撃するべく接近戦へと持ち込んだ。これこそアーチャーの策。双剣の連続投影による万乗の包囲網。

 

 セイバーは投げられた双剣と、アーチャーの双剣。それらを同時に捌ききる。最優のサーヴァントと名高いセイバークラスに、弱点は存在しない。一個にして最強であり、英雄として破格の能力を持っているのだ。寧ろ、この包囲網が無ければアーチャーは一刀の元に斬り伏せられていたかもしれない。

 

―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

「策を敷くか。ならばそれを食い破るのみ!」

 

 膠着状態となりかけた戦場で、セイバーが一気に勝負を決めに動いた。少々の損傷を無視し、アーチャーへと攻撃を仕掛けたのだ。本物と互角の精度を誇るアーチャーの双剣を破壊し、その向こう側へと剣を叩きつける。本気で討ちにかかって来られれば近接戦闘ができるアーチャーと言えど防戦すら難しい。しかしアーチャーもセイバーと同じく、少々の損傷を度外視することで競り合っていく。

 

 次々と傷が生まれ、二つの英雄が衝突する感覚が短くなっていく。そして、軍配はセイバーへと傾きつつある。如何にアーチャーといえど実力差は覆しがたい。

 

 だからこそ、策がある。

 

「ランサー。お願い」

 

 ノーマは直ぐ傍にいるランサーへと合図を送る。この場でランサーがあの討ち合いに入り込む隙は無い。そもそもランサー(メドゥーサ)は誰かと共闘した経験も無い。だが、彼女は彼女の能力がある。

 

 ランサーは口を開いた。

 

 場違いなまでに澄んだ、純白な音色が戦場を奏でる。隣にいたノーマも、分かっていながらも思わず聞き惚れてしまうような美声。きっと街頭で歌えば百人中百人が足を止め、その歌を聞くために行動を、理性を停止してしまう。正に魅惑の美声だ。

 

 アーチャーは大きく跳躍した。歌が合図。それがあったら飛ぶと言ったとおり、戦闘を中断し、攻撃の手を緩めてほとんど無意識にランサーを見る。

 

 そして、セイバーも同じように一瞬動作を停止させた。今ランサーの視界に立つのは血塗れの英雄ただ一人のみ。

 

「その指は鉄、その髪は檻、その囁きは甘き毒。これがわたし!女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)

 

 瞬間、魔眼が発動する。ギリシャ神話で名高い怪物、ゴルゴーン。その眼を見た者はことごとく石になるという有名過ぎる逸話。ノーマの妖精眼(グラムサイト)はランサーの眼から擬似的な光線が放たれるのを見た。石化の魔眼は隙だらけとなったセイバーへと焦点を合わせる。最高レベルにまで昇華された魔眼は、サーヴァント相手でも効果を発揮する。

 

「ぬううっ!?これは、呪詛の類か!」

 

 セイバーは突如身体に起こった異変に、身体を強張らせる。セイバーの対魔力故か石になる事は無いが、明らかにその動きが鈍くなる。すぐさま自身にかけられた毒を理解するも、神話のように鏡を取り出す暇など無い。

 

 そして、そんな暇は与えさせない。

 

―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 セイバーに飛来する双剣。その数は更に増えて六つ。確実に殺す、という明確な意志で本来ならば一つでも十分な剣を六つも投擲した。身動きの取れないセイバーに殺到する六つの刃。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 セイバーは叫び、剣を地面へと叩きつけた。衝撃で地表が割れ、欠けた大地が凹凸を作り上げランサーの視界を奪う。魔眼の拘束を抜け出したセイバーは絶殺の六撃を回避する事も迎撃する事もせず。あろう事かその身一つで受ける選択をした。

 

 六つもの剣がセイバーの身体に突き刺さり、剣山のような姿を晒しながらも、その闘志は如何ほどの揺るぎはない。弾けばまた返ってくると言うのなら、それを受けるのみ。

 

 何故なら、更にその先にアーチャーがいるからだ。

 

―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)!」

 

 アーチャーは大きく跳躍した。投影した双剣に、更に強化魔術を施したのか、その双剣はいつもの小振りな片手剣ではなく、まるで鳥の翼のように巨大な剣と化している。

 

 セイバーは迎え撃つように仁王立ちし、剣を構えた。もしも六つの剣を弾く事だけに囚われていたのなら、彼の敗北は決定していたただろう。落ちてくる巨星を粉砕するべく、全神経をアーチャーへと向ける。

 

「鶴翼三連!」

「ふぬああああああああああああああああああ!」

 

 これが剣と剣がぶつかり合っただけの音、とは決して理解する事ができない轟音が、戦場を駆けめぐった。サーヴァントの全力の一撃同士がぶつかり合ったのだ。それらは大気を吹き飛ばすだけでは飽きたらず、ノーマの妖精眼が潰れるかと思うくらい高密度の魔力爆発が発生する。

 

 ノーマはあまりの衝撃と轟音で地面に膝をついて視界を塞いだ。小さな欠片や、拳ほどはある岩が身体を打ち付ける。天変地異の前では人間が無力なように、ここでは魔術師すらも二人の対決の行方を見る事は叶わない。

 

 やっと耳鳴りと残像が消えた後、ノーマは目を開いた。目の前で隕石でも落ちたかと思うくらいのクレーター痕と、大きく視界を遮る粉塵。それらがゆっくりと晴れていく。

 

「見事だ。勝者からの称賛等必要無いかもしれぬが、それでも言おう。見事だと」

 

 クレーターの中心にいるのは、セイバーだった。その身体は血に染まっているが、彼本人の者ではない。

 

「アーチャー!?」

 

 ノーマはすぐさまアーチャーを呼ぶも、返事が無い。いや、返事ができないのだ。ノーマは文字通り血眼となってアーチャーを探せば、彼はセイバーから数十メートル離れた所で倒れている。

 

 一瞬、一瞬だけノーマは全身から駆け巡る悪寒に、膝を屈しかけた。敗北感という悪寒に身体を乗っ取られれば最後、自分は無力な人間へと成り下がる。歯を噛み砕かんばかりに圧を入れ、ノーマはそれに抗う。

 

「ランサー!」

 

 ランサーはすぐさま駆けだした。セイバーは既に満身創痍。もうサーヴァント戦等できた身体ではない。ランサー単騎でもその首を落とすのは可能だ。アーチャーの犠牲を、無為にする事はできない。

 

「だが、俺も戦士だった。それだけの事よ。お互い不運だな。場所が違えば戦友ともなり得ただろうに」

 

 しかし、セイバーは既に剣を地表へと突き刺している。皮肉にも距離を取ってしまったことが裏目に出た。ランサーは持ちうる限りの速度を出す物の、両足を動かさなければならないランサーと、ただソレを公使するだけのセイバーでは競争すらなり得ない。

 

「故に、俺も極みを見せるのみ。真の虹霓をご覧に入れよう。極・虹霓(カレドヴールフ・カラド)

「はぁい、それまでよ。微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 瞬間、戦場に第二の衝撃と轟音が走る。アーチャーとセイバーの衝突より小さいものの、セイバーが立った地表をピンポイントで狙った小爆発は、今のセイバーには十分過ぎた。

 

「ぐうっ!?」

「ヒャハハハハハハ!どうですどうです?必殺技を中断されたお気持ちは?悪魔のような所行ですねえ。正に悪魔!」

 

 見事なまでに気配を殺していたキャスターが、ニヤニヤとした笑みで膝を屈するセイバーを眺める。

 

「いやあ、大変でした。ゴキブリのように地表を這いずって、私の宝具を設置していくのは!戦闘の余波に巻き込まれて消滅、とか悪魔でも笑えない冗談ですから!」

「油断、と言ってしまえば言い訳か」

 

 セイバーは膝を屈した身体を眺めた。その身体は既に宝具の直撃を受け、割れた硝子を思わせるような傷を負っていた。勿論、致命傷だ。しかしセイバーは何処か嬉しそうな表情で地面へと腰を下ろす。

 

「ムムム。しかし策略に敗北してしまうとは。我ながら情けない。やはりサーヴァントとなっても生前の宿命には逆らえぬか」

「そりゃあそうでしょうとも!人間なんて皆獣。一度起きたことは二度も三度も引っかかる節穴の眼球を持った獣ですからね!」

「マスター。できれば治癒を頼みたいのだが」

 

 全く別の方向から声が聞こえ、ノーマは安心半分、驚愕半分、と言った気持ちで振り向く。

 

「アーチャー!」

「どうやら大一番はあの道化が持って行ったようだな。まあ別に良い。これで負けたのなら私の努力は無駄だったからな」

「おお、アーチャー。貴様も生きていたのか。こりゃあ流石に自信をなくすなあ。せめて一つでも首級が欲しかったのだが」

 

 まるで希な失敗を悔しがるように、セイバーは頬をかく。その身体は既に消滅の途中へとさしかかり、段々と構成されていく魔力がかき切れている。

 

「悪いが、まだこの首は繋がったままでいたいのでね。その無念さだけ持って行くと良い」

「ああ、そうしよう。敗者はただ去り、戦場には勝者だけが生き残る。だが」

 

 セイバーはノーマを見た。

 

「どうだろう。せめて名前だけでも教えてくれぬか?もしかしたら次の召還があるかもしれん。その時に再会し、名前も知らぬとなれば再会は台無しだ。この失敗を活かして」

「お断りします」

 

 セイバーはがっくりと項垂れた。どちらかと言うとこちらの敗北の方が悔しいようだ。消滅した英霊が、再度召還されても記憶は引き継げない筈だが、まさか英霊の座まで記憶を持って帰る事が可能なのだろうか。大英雄だけにできない、と保証しきれないのが怖い。そうなると自分はどこまでもこの英霊に追いかけ回されるのではないか?

 

「でも名前だけなら。ノーマ・グッドフェロー・・・・・・って」

 

 怨念が恐いので、ノーマは名前だけを告げた。セイバーは消滅寸前とは思えない俊敏さで立ち上がり、あっという間にノーマの手を握る。

 

「ノーマか。良い名だ。是非また会う時には、このような戦場ではなく良い月の夜、隣で」

 

 その言葉が言い終わらない内に、セイバーは消滅した。それでも尚掌に残る熱の籠もった感触に、ノーマはやや引きながらもほっと胸をなで下ろす。何はともあれ、勝利したのだ。

 

「随分と騒がしい英雄だったが、英雄らしいと言えば英雄らしい好色さだったな。大丈夫かマスター」

「とりあえず、大丈夫よアーチャー。みんなは?」

「私は問題ありません」

「私は、何と、素敵な衣装に埃や傷やら返り血やら色々と汚れてしまいました!どこかクリーニングできる所はありませんかね?」

 

 ランサー、キャスター共に無事だった。負傷は激しいものの、全員生き残れたのだ。ノーマは改めて今回の戦いが如何にギリギリで、そして自分達が生き残れたのが奇跡に近いかを悟った。一秒の綱渡りを何度も行い、それら全てが成功したからこそ自分はこうやって呼吸をしている。

 

「いやあ、大勝利です!これもソレも、みなさんの活躍三割、私の活躍七割と言ったところでしょうかあ」

「キャスターもありがとう。確かに最後の決め手になったのは貴方のおかげよ」

「そう真正面から誉められると、悪魔冥利に尽きますなあ!なのでなのでどうでしょう。これからも私を使うというのは?そこの赤い雑巾よりも相当心得ていますよ私」

 

 ノーマはキャスターと結んだ共闘戦線を思い出した。第二階層の門番を倒すまで、という期限。セイバーを倒した瞬間に命を奪われないかと内心冷や汗ものだったが、キャスターは意外にも契約の延長を申し出てきた。

 

 だが、相手は悪魔である。何を企んでいるか分からない存在を、一時的を越えて仲間にするのは危険以上の何者でもない。だがここで面食らって断ればキャスターが何をしでかすか分からない。

 

 ノーマはできるだけ穏便かつ、キャスターの納得するような返事を口にしようとした。

 

 チキチキチキチキチキチキチクタクチクタクチクタク。

 

 突然、歪なまでの不快な音が、ノーマの耳に届く。蟲の羽音のような、時計の秒針のような。

 

 何故だが猛烈なまでの違和感が、右腕に感じた。ノーマは自身の右腕を何となしに視る。

 

 そして、目を見開く事になった。

 

「どうです、相当な心得でしょう?」

 

 キャスターは、見たかった表情を、やっとノーマから引き出す事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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