迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

7 / 29
第三階層①

 猛烈なまでに瞼を照りつける『光』で、ノーマは目覚めた。網膜を焼き尽くすかと思うぐらいに明るい光に、思わず手を視界の前にして盾にする。そうやって三秒ほど経過して、やっと事態がどれほどおかしいかを考えた。太陽だ。太陽がある。

 

 ここは迷宮の筈だ。第二階層の中で、偽物の青空は見たが、これは違う。偽物ではなく、幻の太陽。つまり、ここは。

 

「直ぐに理解してしまうその早計さは、余り好ましくは思わん。はっきり言ってつまらんな!潔くファラオの威光に魅入られておけば、一生をここで過ごせたかもしれぬぞ?」

 

 背後を振り返る。そこには一人の男が、いや。

 

「サーヴァント!?」

「ふむ。だが良いぞ。許す。相手の素性を即座に理解するのは探索者としては中々の才能だ。悪くない」

 

 そうだ。時代錯誤な衣装だけではなく、身に纏った気配とも言うべき物、これまで戦ったセイバーやランサー、それらが霞んで見えるほど、この男から感じる魔力は濃密で、ノーマの眼には正しく毒と感じてしまう。

 

 ここは、夢だ。最初にアーチャーを召還してから見た夢に多くの共通点がある。しかし夢の中ではあるものの、現実でもある。人の深層心理に深く入り込むのは夢魔等の幻想種でも可能なのだから、サーヴァントができない訳が無い。

 

「貴方は・・・・・・敵?」

「敵か、と問うか」

 

 男の表情に笑みが浮かぶ。ノーマは自分が如何に愚かな質問をしたか気付いた。敵、とはほぼ対等な存在にこそ言うべき呼称だ。このサーヴァントが敵だったとするなら、自分は既に死んでいるし、その気になればいつでも敵となり得る。

 

「愚か者!ファラオたる余が、たかが小娘一人に刃を向ける?ハッ。それこそ凡俗なる王共ぐらいしかせぬわ!」

 

 ズシン、と地面が揺れたのを感じてノーマは周囲を見、思わず悲鳴をあげそうになった。神域に達する獣、スフィンクス。それらが緩慢な動作でこちらへと近付いてくる。目の前のサーヴァントが『その気』になってしまったか?それとも全く別の、迷宮の幻影か?

 

「とはいえ、偶然だとしても余の世界と繋がったのだ。盗人や不埒者でもない只の小娘を砂漠の骸とした、となれば余の威光にも埃が入る。故に、特別に客人として迎え入れよう!」

 

 進み出たスフィンクスがノーマとサーヴァントの前に止まり、ゆっくりと膝を折る。こうも間近に見ると、意外にもフサフサとした体毛だ。とノーマは場違いに感じた。

 

 って、客人?私が、ファラオの?

 

 思わずノーマはサーヴァントの顔をまじまじと見た。本当に夢じゃないかの確認と、このサーヴァントの正気を疑って。もしかしてバーサーカーだろうか。

 

 しかし、ただの夢では無いのは明らかだし、この男が正気を失っているようにも見えない。

 

 その代わりに、そのサーヴァントはニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。

 

「最も、もう一度『ここ』に来れたら。だがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ノーマは本当に眼を覚ました。反射的に飛び跳ねるように勢いよく起きあがってしまったせいで、何かと思い切り衝突する。即座に地面へと叩きつけられたせいで、意識は既に寝起き早々に覚醒状態だった。

 

「・・・・・・マスター。大丈夫か」

「あ、アーチャー、大丈夫。少し寝ちゃったみたい。ごめんなさい」

 

 どうやらぶつかってしまったのはアーチャーだったようだ。周囲を警戒していたせいか、その両手には今も双剣が握られている。それを見て、夢の時間は終わり、現実が戻って来る。

 

 右腕の違和感は、消えていない。ノーマは恐る恐る自身の右腕を見れば、歪な駆動音を軋ませながら、『時計』はノーマの右腕にまとわりついていた。

 

 キャスターの宝具を、自分は仕掛けられている。その事実を受け止めるのはかなりの精神力を行使する必要があり、もしあの場で何も起こらなかったのなら、ノーマの精神は即座に崩壊してしまったかもしれない。

 

「キャスター、ランサーは見つかった?」

「幸か不幸か、見つからん」

 

 覚醒すれば、嫌でもあの時の現状を理解する事ができてしまう。キャスターがニヤリと笑い、ノーマの右腕に異変を感じたと同時に、ソレは現れた。

 

 一言でいうならば、兵士。槍を持った兵士、剣を逆手に構えた兵士、弓矢を携えた兵士。魔術師のような格好をした兵士。古代の兵を思わせる装備に身を包んだ軍団が、ノーマ達を襲ったのだ。

 

 そのせいで、ノーマは精神崩壊する場を奪われた。目前の恐怖以上の脅威を対処せねばいかなくなった。

 

 サーヴァント程ではないにしろ、相手は多勢。こちらはセイバーとの戦いで消耗仕切って、疲弊している。すぐさまノーマ達は第二階層から、第三階層へと下り、追手を振り切ろうとした。

 

 しかし、第三階層にもその兵士達はいた。いや、むしろ兵士は第三階層を本拠地としていたのかもしれない。倍以上の兵士に囲まれ、蹂躙される寸前だった所を何とかして這いだしてきた物の、その頃にはランサーとキャスターとははぐれてしまった。とにかく一段落できる所を探し、少し休憩、していたらいつの間にか浅い睡眠をしてしまったようだ。

 

「どうやらここ、第三階層はかなり特殊な作りになっているようだ。サーヴァントはおろか、生命体の気配すら感じない。しかも第二階層とは違い、存在しないという訳ではない」

「高度な、隠蔽魔術?」

「そのようだ。階層自体の作りは第一階層に近いが、性質は恐ろしい程違う。徘徊する兵士は低級サーヴァントほどの戦闘力を有し、見つかればその付近の兵士を皆殺しにでもしない限り無限に湧き続ける。曲がり角を曲がった先に、何があるのかも察する事ができない」

 

 それ故に、下手には動けない。少しでも大きな通りに出れば、そこから先はあの兵士達が闊歩している。アーチャーの言う通り気配はおろか音、臭い、微妙な風の流れすら感じさせない作りとなっている。第一階層、第二階層が霞んで見える程、この階層の難易度は跳ね上がっている。

 

 そして、マスターたる自分もいつ爆発するか分からない時計が仕込まれている。

 

「これがある、って事はキャスターは生きてるって事よね」

「もしくは消滅しても残り続ける呪詛の類か、だが。どちらにせよキャスターは早々に始末した方が良いな。最悪、右腕を切り落とすしかなくなるが」

「いいえ。多分なんだけど、この時計、みたいな蟲が見えてるのはあくまでキャスターが見やすいようにしているだけだと思う」

 

 ノーマは眼を凝らして自分の身体を視れば、それと同じような蟲は体内で這い回っているのが視えた。人間は針ほどの小ささでも異物が体内にあればアレルギーやショック反応が起こり、とても生きられないのだが。キャスターの宝具は巧妙なまでに仕掛けられているせいで違和感が全くない。妖精眼が無ければ発見すらできないだろう。

 

「だから例え右腕を切り落としても、脅威からは逃れられない。いいえ、もしかしたらそれを検知して爆発する仕組みかも」

 

 最後は少しだけ、声が震えてしまった。一秒後の生命が、約束されていない。いつその時計の針が、零を切るかはキャスターにしか分からない。

 

「・・・・・・マスター、バックパックに保存した食料がある。今は英気を養うべきだ」

「そう、ね」

 

 ノーマは無理やり思考を切り上げ、探索鞄の中にある保存食を口に入れた。流石はアーチャーの作った物だけに、美味しい。しかしこの状況下で食事を楽しむだけの胆力はノーマには無い。

 

 しかし、身体は栄養が入れば活気を取り戻せる。そうすれば頭も少しは良い方向に思考を回すことができる。

 

示せ(スケール)

 

 食事を終えたノーマは、礼装を起動させた。一寸先が闇だとしても、岩塩は自分達の道を記してくれる。出来うる限り危険度の少ない、脅威の低い道へと。勿論あの兵士達の密集率を考えれば、それでも会敵は十分にあり得る。その為にも。

 

「私が眼になって先導するわ」

 

 アーチャーは肯き、ノーマの後方を固める。ノーマは自分の眼に力を籠めた。魔眼とは、眼球単体に身体とは別の魔術回路が作られている先天的才能だ。魔術師の間では、高位の魔眼は高値で取引され、中には魔眼を持っているだけで襲われる事すらある。そんな中でノーマは最もランクが低かったおかげで、わざわざ襲ってまで奪う必要が無いと判断された。

 

 だが、そんな低位の魔眼でも才能は才能なのだ。ノーマは身体の魔術回路と、眼球を繋げる。それ単体でも機能する眼球に、身体の魔術回路の補助を取り付ける。それで能力が超常の力となる訳でも無いし、飛躍的に上がる訳でも無い。だが、少しは視安くなった。魔を引き付ける妖精眼は、視覚的に曲がり角の先や、壁向こうに設置された魔術的罠を炙り出す。

 

(この曲がり角の先十メートルくらいに、二人)

(ここから先の天井に監視用の術式が仕掛けられてる。破壊したら直ぐに走って通り抜けるわ)

(迂回しましょう。大通りに近付いている)

 

 並の魔術師なら十メートルで発見され殺される場所で、人目を掻い潜り、時には暗殺者(アサシン)紛いな奇襲で無力化しながらノーマは進んだ。この階層の気配隠蔽は、どうやら自分達にも利点をもたらしているらしい。普通ならば絶対に気付くような距離、兵士が違う方向へ振り向いた瞬間にその道を走り抜ける、ような芸当は絶対にいつもの自分ならばできない。魔力が濃密な迷宮内だからか、魔術回路を繋げても魔眼に疲労すら感じない。むしろいつもよりも感覚が鋭敏になり、殆ど未来予知に近い形となっている。

 

 しかしノーマに油断は無かった。直ぐ近くに破滅が潜んでいる事、そして右腕の時計が、ノーマの高揚感を沈ませる丁度良い重石となっている。

 

 高揚もせず、諦観もしない。ノーマは皮肉にも、最高のコンディションとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・ッ!」

 

 鎌を一閃。それだけで追手の首を二人同時に両断する。しかしそれだけでは焼け石に水。相手が一度に二人殺すのなら三人、四人。兵士は一向に減ることなく、自分を追い詰める。

 

 自分は一人、相手は無限。そう考えてしまいたくなる状態で、しかしランサーは鎌を握るのを止めなかった。魔眼を開放し、道を造って走り抜ける。鎖に絡ませた兵士を別の兵士へとぶち当てる。可憐な声で敵を惑わせる。それら全てを駆使して膠着状態を作り上げる。

 

 それでも尚敵は多い。それでも尚、ランサーは戦える。いや、敵がいる限り自分は戦える。第二階層ではその敵が強大な一だったからこそ追い詰められたが、今は無数の雑兵が相手なのだ。ランサーは生前の経験から、一対多数を最も得意とする。おまけに迷宮内のサーヴァントの特性上、敵から魔力を補給できる故に燃料切れは発生しない。

 

 燃料となる敵は人を模した魔力生命体。ランサーはそれらを一騎ずつ潰しながらも、敵から糧を得る。需要と供給が成り立った戦場では、ランサーの方が有利だ。幾ら無限に発生する兵士達も、早過ぎる需要に供給が追い付いていない。ゆったりとした速度で、刻刻と兵士達の数が減っていく。

 

「はあ・・・・・・っふ!」

 

 しかし、いつからだろう?防衛が攻撃へと。逃走から追撃へと。魔力補給が吸血から捕食へと。気が付けば周囲の兵士は全滅し、自分だけが血溜りの上で血を啜っている。そんな自分に猛烈なまでの嫌悪感を抱き、ランサーはそれ以上の魔力補給を止めた。第二階層の傷はとうに消え失せている。マスターと合流しなければならない。

 

立ち上がると、猛烈なまでの頭痛に膝を付きそうになった。まるで頭蓋を割られたように痛い。だが身体は十全だ。だと言うのに頭が痛む。

 

「これはこれは!ついに本性が表しましたねえ」

 

 鼓膜に、勘に触る嗤い声と拍手が響いた。ランサーは鎖で連結された鎌を背後へと振るう。頭痛のせいで狙いが付けにくい。見なくとも当たっていないことは直ぐに分かった。

 

「おっと!敵味方の判別すらも遠いですか?流石は化物の先輩!私も裏切り方の勉強になります」

「・・・・・・今更味方だと言うのですか?キャスター。あの時は襲撃でそれどころではなかったですが、マスターに危害を加えたという事実は消せませんよ」

「何やら、語弊があるようですねえ」

 

 キャスターの方向へ向き直るも、派手な道化姿は何処にもいない。隠蔽の魔術でも使っているのか、単に視界に入らないように移動しているのか。迷宮内では遮蔽物となる物が多過ぎるせいで、どこにいるか探さなければキャスターを殺す事ができない。

 

「あれはマスターと私を繋ぐ為の印ですよ。考えてみてください。我々はマスターを持たぬはぐれサーヴァント。魔力供給ができないとなれば目の前から消えれば何処にいるか、死んでいるかも分からない存在です。ですが、私の宝具があればそんな心配はご無用!マスターの体内に潜んだばく、『印』はこの奇怪な環境下でも何処にあるのか、私は察知できるしマスターは私との繋がり(恐怖)を感じることができる」

「そうですか」

 

 ランサーは鎌を再度振るった。潜んでいた物陰が破壊され、キャスターがその姿を現す。このサーヴァントは敵だ。だから話など聞かないし、聞いてやる必要もない。ただその首を跳ね飛ばす。魔眼の焦点を合わせようとした刹那、天井が突如爆発し、土埃が視界を遮った。事前に宝具を設置していたようだ。

 

「今直ぐにでもマスターの元にかけつけたい、その気持ちは貴方と同じですよ?最も、目的は違うようですが」

「そうでしょうね。貴方はマスターを殺す。私はマスターを生かす。貴方は私を同族扱いしていますが、全くの別物です」

「・・・・・・これは驚いた。まさか気付いていないのですか」

 

 キャスターの宝具では自分は殺せない。かなりの数を事前に設置していたのならともかく、迷宮内でこうやって接触したのも偶然だろう彼が準備できるのは精々目くらまし程度が限界。ランサークラスの俊敏性で爆風を通り抜け、再び隠れたキャスターを炙り出す。

 

「てっきり、『そういう事』だとばかり思っていましたよ。これはこれは面白い!マスターを生かすと、本気で『言って』いる!それとも身体に残った英霊としての残滓が、そうしているのですかね!」

 

 耳障りなノイズ。そう考え更に手を振るう。最早鎌はいらない。その手、その指で周囲を振るえばあっという間に破壊の限りを尽くせる。コソコソと隠れる悪魔もどきを殺すには十分だ。その時、ランサーの足元に何かが落ちた。何てことは無い。さっき放り投げた鎌だ。いつの間にか踏みつぶしたようで、刃がへし折れて転がっていた。

 

「ランサー。貴方がやろうと、貴方が本当に思っている事を言ってあげましょう」

 

 刃の光が反射し、歪な姿を映し出す。人間の子供程の大きさだった体型は大きく、四肢も巨大に。特に手足は鋭く、蹂躙に適した形となり。その眼は獲物を求めて血走っている。酷い姿だ。とはいえ刃が反射した像なんて鏡のように精密ではない。自分の思い過ごし、卑屈な思考が映し出した虚像だ。

 

 早く、キャスターを殺して(喰らって)マスターの元へと行かなければ。こうしている間に、マスターは危険な状態に放り出され、殺されてしまうかもしれない。

 

 そうなっては、とても残念だ。彼女は、私が。

 

「貴方は、マスターを喰おうとしているのですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞここまでたどり着いた!第一、第二を踏破してきたのはどんな猛者かと思ってはいたが・・・・・・これは麗しい」

 

 計らずともノーマは最高のコンディションだった。アーチャーもセイバーとの戦いで軽くは無い傷を負ったものの、十分に戦闘が可能な状態となっている。ノーマが移動の目となり、アーチャーが戦いの剣となるこのパーティーは、第三階層を誰にも発見される事なく踏破できる実力を備えている。

 

 と、ノーマは思っていた。慢心はしていない。ある程度の私見が入った憶測だ。恐怖で動けなくなる程気落ちする訳にも行かない。しかし、相手は容易にその上を行く。

 

 狭かった通路が、大広間のように開放的な空間へと繋がるのを視たノーマは、後退しようとした。大通りにいる兵士の数を視れば当たり前の判断だ。しかし、退路は無かった。自分達が来ていた道は忽然と消え、行き止まりとなっている。

 

 進むしかなくなった状況で、ノーマはふと第二階層の事を思い出し、自分の学習能力の無さに歯噛みした。そうだ、セイバーと戦う前もこんな感じだった。あの時も、自分は察知できなかった。当たり前だ、魔術師でも中にも届かない魔眼持ちに視える罠等たかが知れている。ノーマの慢心の有無に関係無く、自分達はここに誘導されていた。

 

 番人、と思われるサーヴァントは術中にはまった獲物に向けて笑みを投げかける。憎らしい事にかなりの美男子で、残忍さの欠片も無い笑みだった。

 

「我が名はフィン・マックール!此度の亜種聖杯戦争にて、ランサーにて現界した者だ」

「またもや槍使いか」

 

 アーチャーはうんざり、とした顔をするも、その眼は戦場となるこの場所の不利を痛感していた。ノーマも自身の眼で周囲を眺めるも、残念ながらこの状況で必要なのは探索者の眼ではなく戦士の目だ。そして、探索者の眼を持ったノーマでも分かる。

 

 これは、詰みだ。

 

 ランサーと自分達を囲むように展開された兵士達の数。数えるのを放棄する程自分達を取り囲み、今か今かと自らの獲物を構えているその姿。ランサーが号令でもあげれば、中心点にいるアーチャーとノーマは瞬時に蹂躙されるだろう。

 

「私がここの番人だ。至極単純だな。君達は私を倒せば先に進める。勿論、私は相当の抵抗をさせてもらうつもりだが・・・・・・残念ながら今はその時ではない」

 

 突然、ランサーから発せられる殺意が引かれた。アーチャーも、ノーマもその程度の動作だけでは何の反応も示さない。こちらが剣を納めた瞬間に襲いかかってくるという事もあり得る。

 

 その反応を想定していなかったのか、ランサーはきょとんとした表情で二人を見つめた。

 

「どうしたのかね?まさか私が奇襲をするとでも?」

「生憎、生前は人を信用し過ぎない生活をしていた。なに、別に人間不信をしていた訳ではない。相手を見て判断している。私の経験上、水を持ちながら眼前でこぼすような男は信用できないのでね」

 

 第一階層で戦った同一のクラスであるランサー、ディルムッドを思い出す。目の前の男こそ、そのディルムッドの死因だ。その手に癒しの水を持ちながら、眼前でそれを地面へとこぼした男。

 

「ふむ。逸話を引き合いに出されたか。これは痛い。確かに友の命もこの手で消した男だ。君達が信用しないのは分かる」

 

 他人事のように、ランサーは言った。自身の所行に一切の疑問を抱かない男なのか、それとも罪の意識すらないのか。

 

「ならば、これはどうだろう」

 

 ランサーは片手を掲げた。それだけで、周囲の兵士はかき消える。兵士は迷宮の怪物ではなく、ランサーが召還させていた。あれだけの兵士を瞬時に召還できるのは、しかしフィオナ騎士団の長であり、神霊にも勝利を収めたというランサーならば何もおかしくはない。

 

「私にとってその出来事は遠い夢のようだ。記憶も自覚もあるが、どうも「今」の私にとっては未来の項に過ぎなくてね。少なくとも今の私は公正、正道、高潔、そして優美であると自負している。そして、私は戦う為ではなく、君達の力を貸して欲しいと思っている。どうだろう、武器を降ろしてくれまいか」

「どうするマスター。私は君に従おう」

 

 ノーマは思考しなかった。何せ答えは決まっているからだ。仮にアーチャーに攻撃を指示すれば、ランサーは対話を諦め兵士達を再召還させて殲滅するだろう。つまり、選択の余地は無い。それでも直ぐには答えを出さないのは、殆ど本能に近い条件反射で沈黙しているに過ぎない。ようはビビって声を挙げる事ができなかった。

 

 しかし、その沈黙のおかげでノーマは段々と冷静になれる。そうすればこの状況が如何に奇妙であるか分かった。ノーマは顔を上げ、敵意の欠片も無いランサーへと言葉を紡ぐ。

 

「その前に、聞きたい事があるのだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり気付かれてしまうか」

 

暗黒の中で、人影は語る。

 

黒衣を纏った、病的なまでに白い肌を持った男。人間ならば蒼白にも近い顔色はしかし、生命力の塊と言ってもいいくらいに活きている。

 

「まぁいい。実験自体は成功だ。模造品の杯で喚び出すサーヴァントには不確定要素はかなり多かったが、迷宮自体の魔力を使えばある程度は補助できる」

 

男の前には水晶があった。魔術師ならばなんて事は無い、遠見の水晶。ただし男のソレは、魔術的妨害のある迷宮内でも働く特別な物。殆ど自分の領地と言ってもいいこの迷宮で、男の感知し得ない事象は存在しない。

 

水晶に映る一人の女性を見て男はクク、と声を出した。

 

「神霊に近いサーヴァントの召喚には骨が折れた。さて、彼女はどうやってここまで辿り着くか。いや、どうやって私が彼女を辿り着かせるか、が重要か。何しろ第三階層はとても危うい所だ。淑女一人ではあっという間に無惨な骸となってしまうだろう。それでは面白くない」

 

男は指を鳴らした。それだけで、水晶は跡形も無く砕け散る。暗がりの世界は、これで唯一の光源を失った。

 

「そう言えば、人間相手のエスコートは初めてだ。やや手荒かもしれないが、どうか私の手を取ってくれたまえよ?そうすれば最後には、私に行き着く。私の手を握るか、それとも怪物の手で殺されるか。君にはその二択しか無いのだから」

 

 

 

 




やっと本編ラスボス登場。
まぁ出番は果てしなく先になりそうだけど。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。