迷宮にて弓兵召喚   作:フォフォフォ

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第三階層③

「いやはや、これはこれは。どうやら相当腹が空いたらしい」

 

 ランサーは笑った。作戦が思い通りになった、という満足感と、これから始まる戦いが想像以上の物になるという緊迫感が両立した笑みだった。

 

「アーチャーのマスター。私から離れないように。魔術で結界を造ってはいるが、君に絶対の安全は保障できない。何せここはあの魔獣の腹の内。消化されない我々に業を煮やしているな」

 

 勝てるの、とノーマは言いそうになる。だがそれを言うほど状況が楽観的でもないし、それを言ったところで勝率が上がる訳ではない。ノーマにできる事は周囲に展開する肉の塊、いや魔獣の手足となった階層からできるだけ離れ、ランサーにぴったりと近付く事だ。

 

 人間の内臓を思わせる姿をした魔獣の本体は、言語化し得ない絶叫を轟かせながら手足となる肉塊で磨り潰さんと迫る。これほどの巨体だ。維持をする魔力は膨大で、その供給が途絶えれば等加速度的に破滅へと繋がる。生存の為に階層内にいる魔力生命体、そして肉体を持った魔術師を狙うのは本能的に自身の破滅を遠ざけるためだろう。

 

 だが、それを易々と受け入れる為に来たのではない。ランサーの槍が一閃し、それらを薙ぎ払う。魔術にも精通したランサーは遠距離や死角から迫る魔獣の手足を退かせ、一歩も引くことなく応戦する。

 

「貴婦人を背中に感じながら、強大な敵と戦う、か。悪くない。やはりサーヴァントは素晴らしい!異なる時代に召喚されるのは勿論だが・・・・・・何より、これほど『澄んだ』戦いをするのは久しぶりだ」

「澄んだ?その、白熱した戦いという意味?」

「少し違うな。私もケルトの騎士、拮抗した戦いは無論好んでいる。だがそれは生前にやり尽くした。私が望むのは戦う理由だよ。君も知っているだろう。フィン・マックールの晩年を。我が忠臣、デイルムッドの死後を」

 

 フィン・マックールという英雄の終焉。私怨にてデイルムッドを殺したフィンを、他の騎士は許さなかった。部下の信頼を失い、分解していった騎士団の中で、フィンはそれでもフィオナ騎士団として戦った。最後の戦いは、それこそ戦いとしては最大規模となっただろう。その相手がかつての仲間という点を除けば。

 

「晩年の私には権利、財力、立場、それらの為に戦っていた。だが今回は違う。誰かを守護する為に戦うのだ。これほど澄んだ理由はあるだろうか?いや、無い!」

 

 槍を振るうランサーには微塵の敗色を抱かせない。もしかしたらこのまま魔獣諸共彼が倒してしまうのではないか?本当にアーチャーと自分の協力が必要なのか?と思うぐらいの実力だ。だが、魔獣の『進行』もそれに比類し加速していく。階層ごと異界化された空間では大気は毒となり、肉塊に浮かび上がる幾多もの眼球は死となる。ランサーの結界内で無ければノーマは即座に死んでいただろう。

 

 そして、そのノーマこそがランサーにとっての足枷にもなり得る。

 

 魔獣の攻撃方法が変化する。ただ相手を取り込もうとする『動作』は相手を蹂躙する『攻撃』へと。抵抗するランサーを避け、その後ろにいる血肉の通った存在へと。本能的にノーマが戦闘要員でないことを察したのだ。

 

「は!私の前で乙女を浚うか?悪いが今度ばかりは譲ってもらうぞ!」

 

 ランサーは依然防戦に徹する。それは諦観の為の悪足掻きではなく、好機を伺う為の攻撃だ。当初の作戦通り、決定打を打ち込むのはランサーではない。

 

 機会は一度きり。その一度をひねり出さなければならない。ランサーは親指を噛みながら高速思考し、その状況を作り出そうとする。足りない。圧倒的に情報が足りない。あらゆる状況、情報を整理し、最高の回答を導き出すのが鮭の脂によってもたらされる『智慧』だ。それ故に情報が少なければ回答も精度が低く、その場を凌ぐ以上の事はできない。更にその思考を戦闘中に行うのだ。紙一重の対応が段々と増え、その身に攻撃が掠める回数も増えていく。いずれそれが自身の致命傷となる時間までそう遠くない。それまでに己が状況を打開し、血路を開かなければいけない。

 

 だが、ランサーは思い違いをしていた。第三階層まで来たアーチャーのマスターを、ただの女性で、守るべき対象としか見ていなかった事を。

 

「左側の触腕、上から二つ目の部分の魔力密度が高いわ、そこを攻撃して!」

 

 ノーマの声に導かれるように、ランサーは槍の穂先をそこへ向けた。魔力で圧縮された水弾が、触腕に穴を穿つ。放とうと圧縮充填されていた魔力が暴走し、行き場を失い魔獣自身を傷付ける。

 

「君は・・・・・・」

「かなり本気になってきたみたい。なりふり構わず魔力をそのまま撃ち込むつもりだわ。私がその場所を指示するから、そこを狙って」

「・・・・・・フッ。貴婦人の如く、と思っていたがその実は戦乙女の類か」

「そんなことは良いから!次は下側から来るわ」

「ああ、任せてもらおう!」

 

 ランサーは魔力で生み出した水流を放ちながら、自身の思い違いに笑った。智慧の鮭なぞ笑い種だ。それでグラニアとデイルムッドの関係を見抜けたか?追撃する為の部下を派遣した時に、デイルムッドが騎士団とグラニアとのゲッシュの、どちらを取るかを分かっていたか?彼と和睦した時、自分がデイルムッドを本心から許す程器量が大きいと、他ならぬ自分が理解していたか?

 

 いいや、分からなかった。さっきまで背後に立っていた女性が、今では隣に立って必死に魔獣を前にしているではないか。その身は英霊はおろか魔術師ですら下と言ってもいいのに、瞳から血を流しながらも魔獣の攻撃を予測しようとしている。彼女に智慧の鮭は無い。誰にでも持っている生存本能。それだけだ。だが、最後までそれを持ち続ける事は、権力や財力、そして智慧よりも価値がある。

 

「ならば私も、それに応えよう!戦神ヌァザよ、そして我がフィオナ騎士団の者達よ、照覧あれ!これぞ我が一撃、無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!」

 

 宝具の真名開放。前回のようにただその場を吹き飛ばす一撃ではない。真の全力開放。水の流れは清く、美しく、そして華麗に。魔獣の中心ただ一点のみに収縮される。一本の光軸が、巨大な魔獣の身体を貫き、その芯を穿つ。階層全体が振動し、魔獣の本体が痙攣を起こしたようにのたうち回る。間違いなくランサーの宝具は魔獣に致命傷を負わせた。ならば、後は決定的な追撃を放つのみ。

 

「アーチャー!」

 

 ノーマは叫んだ。この場にいない赤き弓兵に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 ノーマ達の戦っていた階層から離れた所、即ちランサーの陣営にて、アーチャーは閉じていた眼を開けた。

 

 この階層は複雑に入り組んでいる。開放的な第二階層ならばともかく、第三階層で狙撃等しようものなら遮蔽物や壁やらで碌に狙えないだろう。

 

 だからこそ、階層ごと貫通しうる一撃を放つ。ランサーは第三階層の構造をノーマ達に伝えた。魔獣によって殆どは異界と化しているが、取り込んだ地形を改変する程魔獣に時間も理性もあると思えず、恐らくはそのままになっているだろう。複雑に入り組んだ地形であるが、その分マスターの方向さえ分かれば十分に狙撃可能な距離だ。

 

 必要な武器は既に選定している。一撃で済ませるつもりは無い。絨毯爆撃のように連続して対象を破壊する。マスターの危機はランサーに任せざる終えないが、少なくとも今はまだ共闘の契約は破られていないからだ。

 

 アーチャーは既視感を覚えた。何処かでこんな事をした。こんな作戦に近い事をした。もっと開放的な空間で、自分が遠距離から狙撃を行い、もう一方が敵を喰い止める。殆ど自分の狙撃に効果は無かったが、足止め程度にはなった。生前の記憶か、もしくは別の聖杯戦争の記憶か。

 

「どちらにせよやる事は変わるまい」

 

 色を失った記憶を思考の隅に追いやり、アーチャーは投影を開始する。

 

 投影した矢をさらに強化、改造し構える。アーチャーにとって、射撃の時に感じるモノは無い。ただ的を視て、それを射る。弓矢は手足の延長線にあり、手足は弓矢の延長線にも存在するのだ。

 

 なので、ここからする事は決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーの矢は、どこに行くことなく地面へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー?」

 

 ノーマは、パスを通じて自身のサーヴァントへ呼びかける。しかし、返事が無い。確かにノーマの意思、そして合図は伝わっている筈だ。訪れた絶対的好機に、しかしアーチャーからの援護は無かった。

 

 つまり、アーチャー側で何らかの問題が生じた。

 

「何かあったのかね!?」

「分からない、返事が無いの!」

「ヌウッ、まさか新手か!?」

 

 ノーマの脳裏には、道化染みた格好のサーヴァントが思い浮かんだ。だが今は原因を探るよりも、目前の事態に対処するより他は無い。今もランサーの宝具によって穿たれた魔獣が、徐々に再生しているのだ。それをむざむざとランサーは見逃す事はしない。

 

「すまない、少しだけ耐えてくれ!」

 

 ランサーはそう言うと、ノーマの防衛を一時的に中止し、ランサーは駆け出す。魔獣へと直接攻撃し、少しでも再生を遅らせようという魂胆だ。

 

 だが、手負いの獣ほど恐ろしいものは存在しない。階層を埋め尽くす巨体が暴れまわる。赤子が駄々をこねるような仕草だが、規模が違えば英霊すらも容易には攻撃ができない。

 

 ノーマは必死にアーチャーへと呼びかける。しかし、返事が無い。

 

「こういう時に、他のサーヴァントがいれば・・・・・・」

 

 自分でも呆れるような思考をした時だった。鎖を引きずるような音が聞こえたのは。

 

「マスター、ご無事でしたか!?」

 

 ノーマは横を見ると、ランサーがいた。いや、フィンではない。フードを被った、小柄な少女であるランサー(メドゥーサ)だ。たった今駆け付けたと言わんばかりに息を切らしながら、ノーマを見る。

 

 ノーマは絶句し、背筋が凍った。

 

「肉塊に手間取りました。あれは・・・・・・味方のサーヴァントですね。私も援護します」

 

 ランサーは、もう一人のランサーを眺め戦況を分析しているようだった。鎖が音を立て、彼女は鎌を構える。ノーマは遅れて後方へと下がった。

 

 瞬間、鎌が一閃され、ノーマを守っていた結界を破壊した。もしもノーマがそのまま突っ立っていれば、胴体は二分割されていただろう。

 

「あら、分かりましたか。察しが良いですね」

 

 ランサー、いや化物は嗤う。その目は依然のような澄んだ少女のソレではない。身を包んでいたフードを脱ぎ捨てれば、その内側は周囲の肉塊と同じ、禍々しい外殻を形成している。

 

 つまり、そういう事だ。

 

「バレてしまっては仕方ありません。仮と言えど一夜を共にした主。せめて痛みなく行いたかったのですが」

「ふざけないで」

 

 頭に血が昇る。本来ならば敵が数歩先にいる状況に飲まれるか、冷静であっても逃げるぐらいしかできなかっただろう。だが、ノーマは逆に相手へと近付いた。策など無い。だがそれでもこの怒りをぶつけれずにはいられない。メドゥーサに擬態した怪物の正体を、ノーマは知っている。だからこそ、彼女を侮辱するような真似は許せない。

 

 例え、それが『本人』であっても。

 

彼女(メドゥーサ)の真似事なんて、化物(ゴルゴーン)には似合わないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、人の驚く姿は大好きなのですが・・・・・・これはちょっと方向性が違いますね。私の得意分野ではありません」

 

 

温泉での一悶着の後、 覗き魔(キャスター)はそう言いながら照れるように頭を、自分でぐるぐる巻きにしたマントで覆われた頭をかいた。これで私の視界はゼロ、安心して話せるでしょう?という風に。ノーマは再度石を投げつけた。今度は避けられた。

 

「話がしたいのなら、後にして」

「そうはいかないのです。何で私がこんな辺鄙奇怪奇特な場所でマスターに会うか、それを察して頂きたいですねえ」

「アーチャーがいたら困るから?」

「その通り!あの男は本当に困ります。恐らく私があの男の前に立てば、二秒後に首が地面にポトリ!私は死にたくはありません。話のできる者同士で会話した方が良いでしょう?」

 

 自業自得だ。今でも令呪を使うべきかノーマは悩んでいる。こんな出会い方でなければ使っていただろう。

 

「じゃあその話を手短に言って」

「流石マスター!私の見込み通りですぞ。ここでパニックになって何で私に爆弾なんて仕掛けたの、何て聞いて入れば即座に秒針をゼロにさせようと思っていたので!」

 

 冗談にもならない殺害予告を聞きながら、ノーマは急かす。地上の温泉よりも何倍も効能がありそうな湯に浸かっているのだ。道化みたいな服装をした男性に見つめられながらでは効果も出ないだろう。

 

「とても簡潔に言いましょう!何と、ランサーの言っていた魔獣は、ランサーなのです!ああ、これでは文脈がおかしいですね。つまり」

「魔獣は、メドゥーサ、いいえゴルゴーンって事でしょ」

 

 ノーマは簡潔に言った。キャスターは目をしばたかせんがら自分を見る。まるで突如チンパンジーが人の言葉を話したのを見たような目つきだ。

 

「おやあ、マスター。そこまで慧眼でしたかね?正直もう少し困惑する、と言うか。私の予想ではまず嘘だと叫び、次いで否定し難い事実を突きつけられて」

「彼女自身が言っていたことだから」

 

 それだけで、キャスターは成る程、と頷いた。

 

「第二階層での共闘契約、あれはキャスターだけじゃないわ。ランサーも同じ条件で受け入れていたから、第三階層に下ったら別れるつもりだったの」

「ククク!成程、予め分かっていたのですか彼女は!自身が怪物に変異していくと。どう足掻いても逃れられないと!だからせめてマスターから離れようとしたのですね!何と悲しき運命!そうなるとあの彼女は既に?」

「キャスター」

 

 ノーマは、キャスターを視た。眼圧で怯ませる等、ノーマはできない。相手がキャスターなら尚更だ。仮にノーマが、第二階層で一夜を共にした時の会話を彼に聞かせた所で、一笑に伏せられるのがオチだろう。だからノーマは説明しない。だが、友人と言っても良い存在を嘲笑され黙っていられる人間ではない。

 

「それ以上、彼女を笑うならアーチャーを喚ぶわ」

「申し訳無い。これでも悪魔なので!ですが笑う以外ありますか?嘆いた所で彼女が戻ってくるでしょうか?現状に怒りを抱いたところで彼女を救えるとでも?なら笑うしか無いでしょう。そうすれば少しは腹も膨れますしね」

「私は、ランサーと約束した。その約束の内容を貴方に伝えるつもりは無いけれど。その約束の為にもあの魔獣は取り除かなければならない相手なの」

 

 悪魔らしい反論を聞き流し、ノーマは言葉を紡ぐ。

 

「契約しましょう。メフィストフェレス。改めて、私と共闘をお願いしたい」

「・・・・・・ほう」

 

 マントにくるまれていても、キャスターが笑みを浮かべたのは分かった。このサーヴァントは常に笑っているが、二種類の笑みがある。相手に向けられた嘲りの笑みと、本当に楽しい時の愉悦の笑み。この場合はどちらか、まではノーマには分からない。

 

 勿体ぶった仕草で、キャスターは温泉の周囲を歩き始める。

 

「どうしましょうかねえ。あんな風に一方的に契約を打ち切られたブラックな職場ですしい?私、これでも繊細なのです。また同じ目に合うかもしれない、一人でケルト兵達から逃げ回った時なんて悲壮感でメソメソと」

「契約期間は私が死ぬまでよ」

「ふぃいいいいいいいいいいいいいいいいいやっほおおおおおおおおおううううううううう!仕えますとも仕えますとも!?素晴らしい、これが本当の終身雇用というやつですかねえ!」

 

 ここは防音だからどれだけ騒いでも大丈夫だ、とランサーは言っていた。でもこの声量は大丈夫だろうか。聞こえていたら結構危ないような気がする。いや、もしかして私の声と判断されるのでは!?

 

「あ、そうそう。私、この階層を忍び足で歩いております故、まだ誰にも見つかっておりません。調子に乗ってはち合わせた魔獣を除けば完全なるイレギュラー、つまりジョーカーともなりうる存在なのです!」

 

 確かメフィストフェレスは、自由自在に姿を変えられる、という話を聞いたことがある。尨犬とかに化けていた筈だ。勿論それは物語で、このキャスターがそれと同等の能力を持ちうるのか、そもそも本当に変身能力を持ち得ているのかは分からないが、気配を隠匿させるこの階層ならば確かにキャスターは誰にも発見する事はできないだろう。

 

「なのでなのでえ!?どんな事もできます。例えばあのしみったれた赤い雑巾に爆弾を設置するとか、それともスマした美男子の顔を内蔵で汚れさせる事もできます!ああ、違いました違いました、お友達を殺せば良いのでしたっけ?」

「絶対に面倒な事になりそうだから、それはしないで。代わりに一つ。これだけ守ってくれるのなら、何をしてくれても良い」

 

 ノーマは一本指を突き出した。前回の契約ではこの悪魔に惨敗した。結果宝具を括り付けられた。今度間違えばどうなるか等考えても仕方無い。重要なのは、間違いようのないたった一つを言えばいいだけだ。

 

「私を、生かす事。貴方との契約内容はそれだけ」

 

 キャスターは、まるで飲み干したワインの味を確かめるようにその契約内容を吟味する。思考内容は簡単だ。どうやってその契約を出し抜き、マスターを絶望に叩き込むか、極上の味を舌で確かめるように、そして噛みしめるように、マントの中でくぐもった笑い声が生まれる。

 

「・・・・・・ククク。いやあ面白い。マスター。私の好きな物は人の驚く顔です。ご存知でしたか?」

「知ってる。そのせいでこんな目にあった」

「それで出た命令が『生かす』・・・・・・殺さないでではなく、生かす。満点ですねえ。正直自分が驚く羽目になるとは思いませんでしたよ。驚かされる側、というのも中々面白い。良いでしょう。このメフィストフェレス。どんな手段を使ってでも、貴方を死の淵から引き上げて見せましょう!」

 

 そう。どんな手段でも。生命状態が維持されていれば、その言葉通りどんな手段を使ってでもキャスターは自分を生かそうと尽力するだろう。それで良い。もしも彼女(メドゥーサ)との『約束』がなければ、この契約はしなかった。即座にアーチャーを呼び出していた。そうしなかったのは、キャスターとの契約は必ず約束に必要な事だと感じたからだ。

 

「ご安心をマスター。直ぐそばで、私は貴方を見守っています。それこそ背後くらいで見守ってます。何処でも怪我をしても問題はございません。足を擦りむいたなら足ごと切断しますし、病になれば臓器諸共摘出しますので!」

「そうね。どんな怪我でも、私を死なせないように。いっそ自己強制証明(セルフギアス・スクロール)でもする?」

「いいえ、いいえ!悪魔にそんな物は必要ありません。私、忠実さだけが取り柄なのでねヒヒヒヒヒ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物(ゴルゴーン)、ですか。まさか貴方にそう言われるとは。フフ。きっと(メドゥーサ)が悲しみますよ。ノーマ」

怪物(ゴルゴーン)に名前で呼ばれる筋合いは無いわ」

 

 一歩踏み出したその先に、死が待ち受けている。だが、ノーマは怒りで恐怖を打ち消し更にもう一歩進んだ。どの道ランサーの結界は無くなった。しばらくすれば毒となった大気が自分を蝕み、その命を奪うだろう。それが一分後か、一秒後かは分からない。ならばそれまでに、ゴルゴーンを倒さなければならない。

 

 肉塊が壁となり、ノーマとゴルゴーンを取り囲む。退路は無く、外側ではランサーが肉塊を寸断する断続的な音が聞こえている。

 

「ああ、どれだけ待ちわびたことでしょう!この迷宮にいる生贄は魔力はありますが、味は薄い。貴方のように真に血肉の通った存在がいるのは幸運でした」

「弱小魔術師相手にここまでしても、貴方が得られる魔力はほんの少し。随分と割の合わない事をするのね」

「遊びですよ。マスター。やろうと思えばこんな迷宮、直ぐに私の物になる。外に出れば多くの人間を捕食できるでしょうが・・・・・・その前に道草を喰ってしまいたくなっただけです」

 

 やはり、彼女は彼女(メドゥーサ)じゃない。その言葉を聞けば聞くほど奇妙な程の違和感を覚える。彼女は、彼女(ゴルゴーン)になった。同じ存在の筈なのに、どうしてこうも違うのか。化物となる自分を恐れた彼女と、化物である自分を肯定する彼女。最早彼女は槍兵(ランサー)ではない。サーヴァントとして定義するのなら、それは。

 

「そんなに憎いの。復讐者(アヴェンジャー)

 

 復讐者(アヴェンジャー)。聖杯戦争において、エクストラクラスと称される特殊な存在。亜種聖杯戦争が多発している現代では、このようなエクストラクラスも多く存在している。眉唾物の噂だったが、今の彼女はまさにそれだ。

 

「ああ、復讐者(アヴェンジャー)ですか。確かに今の私はそれに近い。人間は憎いし、世界も憎い。全てが憎くて憎くて堪らない!」

 

 更にゴルゴーンの姿が変わる。少女の可憐さは消え失せ、怪物に相応しい巨体へ、近くに存在するだけで毒となる魔は、確かに神代に存在する怪物となった。それでも尚人としての形を保っているのはサーヴァントを核としているからか。それとも未だに成長途中なのか。

 

「ですが、そうですね。私はまだ、彼女(メドゥーサ)の片鱗がある。貴方とは短いですが、心を交わした時の記憶が残っている。ですからせめて」

 

 ノーマは探索鞄へ手を入れる。復讐者の髪が蠢き、魔力が収縮していく。

 

「優しく、殺して差し上げます」

示せ(スケール)!」

 

 ノーマは探索鞄に入ってある小分けした瓶を投げつける。全て岩塩を含んだ小瓶だ。それらはゴルゴーンが放った魔力波で呆気なく割れ、中身をぶちまける。ほんの一瞬だけ、肉塊の包囲網に岩塩が舞い散った。それらが発光し、ノーマ自身に進むべき道を指し示す。

 

 後は、その進路に向かうのみ。ノーマは覚悟を決めて走りだそうとし、足をもつれさせて勢いよく転んだ。

 

 なんて運の無い?いいや違う。力が入らないのだ。何故?毒の大気が遂に身体の動きを奪った?いいや違う。手足の痙攣が無い。毒の兆候が無かった。しかし身体から急速に力が抜けていく。

 

 うつ伏せとなった視界に、赤が見えた。赤。血の色。それを認識し、遅れて身体の情報がフィードバックされる。次いで激痛も。

 

 心臓のある位置に、穴が開いている。

 

「煙幕のつもりでしたか?それならば残念としか言いようがありませんね。魔術師の策略では、私の眼は誤魔化されませんし、この場で逃げれるとでも?」

「っぐ、はあ」

 

 痛い。感情、理性が痛覚からの信号で埋め尽くされ思考、行動ができない。魔力波に当たった?それとも収縮していた魔力を銃弾のように放ってきたのだろうか。分からない。いやそもそも痛い。

 

「優しく、と言いましたが、そんな表情も良いですね。確か貴方達は家畜の血を好まない故に、血を抜いてから食べるのでしたよね?」

 

 頭を掴まれ、宙吊りの姿勢で復讐者と向き合う。人間がサーヴァントに挑めばどうなるかは分かっていた。しかし、その差を自分は完全には認識できなかった。第一、第二の階層で戦い、勝利してきた感覚が、慢心へと繋がったのかも知れない。どこか上の空でそんな思考をし、現実逃避したが痛覚がノーマ本人を妄想から現実へと引き戻す。

 

「んん、っはあ。何故血を抜くのでしょう。こんなにも美味だと言うのに。それに内臓を抜いて処理すると言うではありませんか。それでは残ってるのは脂だらけの肉のみ。全く持って分かっていません」

 

 空いた穴に腕を差し込まれ、内臓をグシャグシャにされている。とノーマが認識できるのは送られてくる痛みと、自身の内臓を補食しているゴルゴーンを前にしているからだ。とっくの内に痛みで意識を失いショック死している所だが、彼女が何らかの延命措置をしているせいでまだ生きているし、意識もある。ノーマの苦痛も、ゴルゴーンにとっては血の肴でしかない。

 

 だから、まだ生きている。ノーマは手を伸ばす。届かない。まだ届かない。そして、自分の残っている力ではこれ以上は届かない。

 

「どうしたのですか、マスター?」

 

 その手を、ゴルゴーンが握る。化物の握力で手首ごと破壊されるも、手自体はまだ繋がっている。より深い絶望を叩き込みたいと思ったのか、ゴルゴーンはノーマの眼の前でその手を捕食しようとした。

 

 最高だ。それを視て、ノーマは笑った。

 

「ありがとう。メドゥーサ」

 

 キョトン、と復讐者が首を傾げる。ああ、彼女もこんな仕草をすれば可愛らしい。昔の面影がある。それを名残惜しくノーマは眺めながら、最後の言葉を口にした。

 

「キャスター!」

「はあーい!ご命令通りに!微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 瞬間、ノーマの身体は爆発四散した。

 

 

 

 

 




fateシリーズで主人公が大怪我を負うのは伝統芸能だと思う。
だから爆発四散するのは仕方ないね!
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