僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART− 作:春風駘蕩
No.0 アンチ・ヒーロー
ーーーヒーローは、嫌いだ。
ーーーどんな偉業を成し遂げたって。
どんなに恐ろしい敵を倒したって。
どんなに多くの人を救ったって。
どんなに人に感謝されたって。
ーーー本当に守るべき人を守れなきゃ、意味がないんだ。
一瞬、豪雨が降り注ぐ黒雲を稲妻が走り抜け、パッとあたりを照らし出したかと思うと、ついで凄まじい轟音が大気に轟き震わせる。夕方から近づいた低気圧は雲を呼び、ひんやりとした風とともに嵐を引き寄せていた。
地面に溜まった雨はコンクリートの上で流れ、濁流の川のような様子を晒している。
そんな中を、フードを深くかぶった一人の人間が歩いていた。
身につけている服や大まかなシルエットから、それは年端もいかない少女だということがわかる。
豪雨の中だというのに傘すら差さず、少女はぐっしょりと衣服を雨に濡らして進み続ける。ザブザブと鬱陶しそうに水溜りを掻き分けて歩く姿は、あてもなくさまよう家出少女と言った風貌に見えた。
不機嫌そうに細められた両の目は、路地裏には眩しい輝きを放つネオン街の方を射抜いていて、イライラとした感情が顔に浮かんでいる。しかし近づく気はないのか、路地裏とネオン街の境界線を前にしてその足は止まった。
少女は境界線で立ち止まると、そのままじっと街の光を見上げて立ち尽くしていた。その顔は苛立った不機嫌そうなものでありながら、どこか羨望のようなものを感じる複雑な表情が浮かんでいた。
「…………?」
そんな彼女の目の前を、何台ものパトカーが凄まじいスピードで走り抜けていく。サイレンをけたたましく響かせ、過剰なほどにランプを点滅させていて、何か相当なことが起こっているということがわかった。
「…………チッ」
少女は小さく舌打ちすると、ガシガシと苛立ちをぶつけるようにフードごと髪をかき乱し、今も雨粒が降り注ぐ天を仰ぐ。ググッと背筋をそらして、少女は少しの間沈黙する。
やがて少女が手を下ろし、その目が再び街に向けられた時。
少女は、〝仮面〟を被っていた。
とあるビルの前に、いく人もの警官たちが集まっていた。いずれも警戒を最大限にした完全武装で、眩しいほどの照明が屋上の端にいる存在を照らし出している。
闇夜に、雨に濡れながら浮かび上がっているのは、異形だった。毛むくじゃらの細い体に、手首から薄い膜のような翼を広げた蝙蝠に似た異形。
そんな見るも恐ろしい異形が、年端もいかない少年を抱えているのだった。
「班長……シンリンカムイと連絡はつきましたが、到着するには時間がかかるそうです」
「……それまでは、我々でなんとかせねば、ということか」
班長と呼ばれた男は忌々しげに目を細めると、別の部下から受け取った拡声器を構えた。
『お前は完全に包囲されている! おとなしくその子を解放して投降しなさい‼︎』
拡声器から響き渡る警官の勧告も、異形は全く気にしている様子がない。それどころか、うるさく騒ぎ立てて邪魔をする人間達を鬱陶しく思っているかのように、冷たい目で見下ろしているのだった。
「…た、助けて」
異形の腕に抱えられている少年が、震えながら涙をこぼして懇願する。至近距離で、牙の生えた恐ろしい形相を目の当たりにすることは、何よりも恐ろしいことだろう。
それをわかっている警官隊は、せめて時間を稼ごうと必死に異形に呼びかけ続ける。見た目がどんなに凶悪だろうと、必ず言葉は通じるはずだ、そう思って。
『馬鹿な真似はよせ! 直に要請を受けたヒーローがここにやってくる! 抵抗など無駄なことだぞ!』
「…………」
ヒーロー、という言葉に異形が反応した。牙の並んだ口が歪に曲がり、ギチギチと軋む音を鳴らし始める。
捕らわれた少年には、それが憤怒や憎悪から来ているものであることが分かった、分かってしまった。
「ガアアアアア‼︎」
「うわああああ‼︎」
突然激昂したように咆哮を上げた異形が、抱えていた少年を目の前に掲げた。一列に並んだ鋭い牙がギラリと照明を反射し、少年の首筋に突き刺さろうとする光景をまざまざと見せつけた。
「ま、まて‼︎ よせ‼︎」
警官が止めようとも、悲鳴が上がろうとも異形は止まらない。むしろ見せつけるかのように少年を高々と掲げ、柔らかい少年の皮膚に牙を突き立てた。
「おおおおおおお‼︎」
だが、牙が肉を貫くことは叶わなかった。
暗闇の中から出現した赤い影が、無防備に両腕を掲げていた異形の脇腹に突撃し、凄まじい衝撃を持って吹き飛ばしたからだ。
「ガアアアアア‼︎」
異形は苦痛の絶叫を上げて少年を放り出し、自分の翼で飛翔してその場から離れる。
一方で空中に浮いた少年は、謎の赤い影に抱きかかえられてことなきを得た。途中で気絶していたのか、少年はぐったりとしたまま赤い影に抱き寄せられ、項垂れる。
赤い影は少年をビルの屋上のタンクに横たえらせ、その上にボロ布をかぶせた。雨に濡れさせないための処置だろうか、その手つきは優しかった。
「……あれは」
ビルの下で息を呑んでいた警官達は、現れた影の姿を前にして言葉を失っていた。
赤い筋肉と古代の甲冑を合わせたような鎧を纏い、その下に黒光りする袴に似た衣服を纏った、まだ若い少女に見えた。その顔は昆虫の角に似た仮面に覆われ、表情を伺うことはできない。
だが、僅かに覗く目は異形への激しい感情に揺れていることだけは、遠くからでも分かった。
少女が少年から離れると、再び舞い降りた異形が忌々しげな目で影を睨みつけた。
「
異形の口から漏れ出たのは、全くの謎の言語だ。難解な言語による罵倒らしき言葉を、少女はただ無言で睨み返すことで答えた。
「
再び少年を狙うつもりか、異形は大きく翼を広げて少女を威嚇する。容易い相手とでも思われているのか、その動きにはどこか余裕が見える。
少女は異形と向き合うと、固く閉じていた唇をようやく開いた。
「
可憐な見た目に似合わぬ、刺々しい口調。異形に対する感情を全て表したような声を発した少女が、次の一瞬で動いた。
「ラァッ‼︎」
ボゴンッ‼︎ とコンクリートが陥没するほどの勢いで踏み出した少女が、一瞬で異形の前に肉薄する。
少女の力を舐めていた異形はとっさに防御の体制をとるが、繰り出された少女の拳はそれをたやすく貫いた。翼の腕はへし折れ、胸の中心に鋭い拳撃が打ち込まれた。
「ガアアアアア‼︎」
致命的な攻撃をくらい、飛行手段さえも失った異形は絶叫し、バタバタと暴れながらビルの屋上から落下し始める。
少女はギロリと異形を睨みつけ、後を追うようにビルの屋上か飛び込んだ。そして、異形に向けて鋭い槍のように右足を突き出した。
なおも抗おうと腕を振り回す異形の胸に、再度少女の攻撃が加えられる。異形はさらに甲高い悲鳴をあげ、少女とともに凄まじい勢いで地面に向かって落下して行った。
「ガアアアアアアアアアアアア‼︎」
慌てて避難する、真下にいた警官達が開けた空間の中心に、異形が磔にされるように激突する。
自身を武器とするかのような強烈な蹴撃を一身に受け、異形は今度こそ沈黙。そして一瞬の間ののち、肉体の内側から溢れ出た炎によって爆散した。
警官達は恐る恐るといった風で、盾にしていたパトカーの影から顔をのぞかせ、跡形もなく塵と化した異形の跡を凝視する。
「……ヤツは⁉︎」
本当に爆散してしまったことを確認した警官達は、次いでいつの間に書いなくなっている少女の姿を探し始めた。
「班長、あそこに!」
部下の一人が、別のビルの屋上に立っている人影に気づく。だが全員が気づくより前に、少女は振り返ることもなくその場から闇の中に姿を消してしまっていた。
「……あれが、未確認生命体第4号か」
警官のつぶやきを、そして先ほどまでの戦闘の跡をかき消すかのように、降雨は激しさを増して天から街を叩いていた。
仮面ライダークウガとのクロスを考えている人は心底尊敬します。
グロンギ語めんどくせぇ。