僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART−   作:春風駘蕩

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第1章 推参
No.1 噂のアンノウン


 総人口の約八割が、何らかの超常能力〝個性〟を持って生まれてくる世界。

 人類が自身の可能性に明るい輝きを見始めたのは、言うまでもない。

 しかし光が強ければ強いほど、影も濃くなるのが世の理。〝個性〟を悪用して好き勝手に振る舞う存在に対抗するため、自ら〝個性〟を用いて立ち向かうものたちが現れた。

 人々はそれを、はるか昔から存在する憧れの象徴と重ねて見るようになり、世界はそれを一つの職業として認めるようになった。

虚構(フィクション)〟は〝現実(リアル)〟に。

架空の存在(ヒーロー)〟は〝なれるかもしれない存在(プロフェッショナル)〟に。

 世界の人々の英雄への認識は、本来のものとは大きくかけ離れようとしていた。

 しかし、ヒーローという存在が公認の存在となったがゆえに。

 

 真っ当な道筋を外れて生きていくものたちも、存在するのだ。

 

 

『―――昨晩未明、突如出現し男の子を人質に取った未確認生命体3号は、その後現れた未確認生命体4号によって討伐されました』

 

 すぐ横に置いた携帯ラジオから、ニュースの音声が聞こえてくる。

 角材を椅子代わりにして腰かけ、首から下げたタオルで汗を拭い、一息つく。ついでにポーチに入れたペットボトルを開け、ぐびぐびとミネラルウォーターを喉に注ぐ。

 乾きが癒されてようやく、その青年はは少しだけ肩から力を抜いた。

 

 秋が近づき、少しばかり気温が低くなってきたものの、日差しはまだまだ苛烈で汗が止まらない。

 自分の任された仕事の後を見やり、まだ若い作業員は、気だるげにフッと息を吐いた。

 

『4号はその場から逃走し、現在も全く行方が知れておりません。警察はヒーローと協力し、4号の正確な情報と正体について調べを進めている最中で―――』

「おい新入り! テメェサボってねぇで言われた分だけでもさっさと終わらせやがれ! 時間押してるんだよ!」

 

 膝に腕を置き、ぼんやりと空を見上げ、ラジオから流れる声を適当に聞き流していた時。

 一人の大柄な男が、鬼のような形相で向かってくるのが見えた。

 青年がアルバイトとして務める建設会社の上司であり、作業場の現場責任者である彼は、どすどすと地面を踏み鳴らしながら青年の方に向かってくる。

 

 ぎろりと鋭い目で睨みつけ、轟く声で怒鳴りつけてくる上司に、青年はじろりと半目を向け、ため息交じりに答えた。

 

「…終わったら休憩していいって言われてたんで。後で確認しといてください」

「終わっただぁ? んなわけあるか! まだこっちがどんだけの量を抱えてると思って……終わってんじゃねぇか‼︎」

 

 やる気の見えない青年の声や態度、何より鋭く可愛げのない目つきに苛立ったのか、より一層険しい顔で告げる上司。

 だが、青年に任せた工事の個所を確認し、申し分ない程度に完了されている事に気付と、途端に慌てたように辺りを見渡しだす。怒りのぶつけ所を失くしたように、戸惑いの表情になっていた。

 

「だから言ったじゃないですか…」

「え、あ、いや…サボる言い訳かと思ってよ。あ〜、そうかそうか」

 

 呆れた様子で青年が呟くと、上司は引きつった顔で頭を掻き、ぎこちない愛想笑いを見せる。

 しかし、やがて大きく咳払いをして自分を落ち着かせた上司は、改めて厳しい顔つきで青年を見下ろす。余裕の態度を見せたかったようだが、明らかに失敗しているその姿に、青年の目がますます呆れを孕む。

 

「よ、よし! じゃあ次はこっちの作業手伝え! つーか終わったんならさっさと報告に来やがれっての!」

「…うす」

 

 自分の失態を誤魔化すのに必死な上司に、一言二言言いたげだった青年だが、わざわざ波風立てる必要もないと諦める。

 鼓膜をつんざくようなうるさい声にやや顔をしかめながらも、黙って腰を上げ、上司の後に続く。まだまだ体力には余裕があり、休憩の邪魔をされて苛立ってもいない。

 

 流しっぱなしだったラジオの電源を切り、懐に入れていると、上司が青年の方を見て目を細める。聞こえていたラジオの声を思い出し、上司は気難しげな顔になる。

 何か用か、と訝しげな視線を返す青年に、上司はフンと鼻を鳴らし、心底呆れた視線を向けた。

 

「なんだ、また4号のニュース聞いてのか? お前、このご時世に自警団(ヴィジランテ)ファンか?」

「そういうわけじゃないです…けど」

「あーあー、言わんでいい! 人の好みにとやかくいうつもりはないがな、憧れを持つ相手はも少し選んだ方がいいぞ!」

 

 ぼそぼそと答える青年に、上司は面倒くさそうに手を振り、返答を遮る。青年の眉間に不機嫌そうなしわが寄るも、全く気にせず背中を向ける。

 無表情で後をついてくる青年に、上司はどすどすと乱暴な足取りで先を歩き、次の作業場を目指す。

 

 その間も、上司は黙々とついてくる青年にやれやれと肩を竦め、胡乱気な半目を向けていた。

 

「っつか、ヒーローが大勢溢れてるってのに、何でわざわざあんな(ヴィラン)もどき応援してんだよ! 変わったやつだな、おめぇは!」

「…うす」

「まぁいい! 次行くぞ、次! 開催までもう時間ないんだからな!」

 

 バシンッ!と青年の背中を叩き、上司は少し速足になる。

 工事現場を見れば、そこそこ施設が出来上がりつつあるが、まだまだ目標までは程遠い。かといって急がせて不備が出れば責任問題となるため、丁度いい叱咤をする必要がある。

 一建設会社としてのプライドと、報酬に対する期待、そして一個人としてのやる気があり、上司は鼻息荒く歩き続ける。

 

 そんな彼に、青年は冷めた視線を向け、フッと虚空に目を逸らす。

 そしてぼそりと、上司に聞こえないような小さな声で、吐き捨てるように呟いた。

 

「……自警団(ヴィジランテ)か、ヒーローよりよっぽどマシな呼ばれ方だな」

「あ⁉︎ なんか言ったか⁉︎」

「…何でもないです」

 

 胡乱気に振り向き、聞き返してくる上司に誤魔化し、青年が俯く。

 

 上司は疑わし気に青年を見つめ、小さく唸り声を漏らすも、やがて諦めたのか視線を前に戻す。青年の態度の悪さには端から期待していないのか、然して追及することなく注意を外す。

 青年は内心で安堵することもなく、相変わらずの無表情で上司の後を追う。すると不意に上司が立ち止まり、ある方角を見上げた。

 

「しっかし、大企業様はやっぱりとんでもねぇな! こんなどでかい施設を、自腹でポンと建てちまうんだもんな! おかげでこっちは大忙しだがよ!」

 

 腕を組み、羨ましげな視線を向ける先にあるのは、ある一棟の巨大なビル。

 高く聳え立ち、天にまで届いて見える程の勇ましさを見せるその建物こそ、青年達に依頼し、施設を建設させている企業の所有物にして拠点なのである。

 

 上司は巨大なビルを眩しそうに見上げ、目を細める。

 汗水たらし、泥や砂に塗れて働く自分達とは全く異なる世界で活躍する者達に、強い羨望を抱いているような、そんな表情である。

 目を細めていた彼は、ややあってから眉間にしわを寄せて首を傾げた。

 

「あー…何つったっけ? 大企業様の名前は」

「…ガーディアン・エンタープライズ」

「そう! そうだ、それそれ! 馴染みのない名前で覚えられなくってよ!」

 

 ぼそりと答えた青年に、上司はゲラゲラと笑って頭を掻く。

 依頼者の企業名を忘れるなど、烈火のごとく激怒されてもおかしくはない失態。現場で働く作業員しかいないのをいいことに、思い切り失礼な言葉を吐く上司に、青年は冷めた半目を向けてため息をつく。

 

 そんな彼らの背後で、ざりっと砂を踏む音が鳴り、大きな咳払いの声が響いた。

 

「すみませんね、馴染みのない名前で」

「まったくで……あ?」

 

 低く深みのある、上品な響きを持った声に、上司がヘラヘラと笑いながら答えるが、すぐさま顔面を真っ青に染めていく。

 だらだらと脂汗を噴き出させた彼は、勢いよく背後を振り向き、そこに立っているスーツ姿の男に気付く。

 

 一目で上等なものとわかる装いに、高級そうな腕時計などの装飾品を身に纏った、均整の取れた身体つきと端正な顔つきの男性。

 穏やかな笑みを浮かべ、深い碧色の目で見つめてくる男性に、上司はザザッと後退り、慌ててぺこぺこと頭を下げ始めた。

 

「こ、これは…! 九龍社長⁉ 責任者様がわざわざこんな場所までご足労頂きまして、へへ…」

「いえいえ…現場を知らないことには、より良い企画など考えられませんからね。たとえ、覚えにくい名前の会社であっても」

 

 愛想笑いを返す上司に、九龍という名の男は本当に然して気にしていないような態度を見せる。

 依頼者と作業員、金を払う側ともらう側という絶対的な上下関係にありながら、失言を問題にしないままにこやかに話しかけられ、上司はビクビクと恐れ戦く他にない。

 

 九龍はフッと小さく鼻を鳴らすと、視線を彼の横に、我関せずといった様子で佇む青年に向けた。

 

「君は、我が社をよく覚えてくださいましたね。是非ともこれからもご贔屓に願いたい」

「…善処します」

「バカッ…! 何様だ、てめぇは!」

「なに、そう固くならずに」

 

 社長を相手にしてなお、ぶっきらぼうな態度を貫く青年に上司が声を荒げるも、九龍はまたしても気にしていない風を見せる。相当に懐が大きいのか、それとも対して他人に関心がないのか、にこやかな表情は変わって見えない。

 

 部下の頭をがしがしとかき回し、上司は九龍に不安気な視線を向ける。

 九龍はもう彼に視線を向ける事なく、青年に対してのみ笑いかける。スッと手を伸ばすと、一大企業の社長は一作業員の青年の肩を叩き、親し気に顔を覗き込んだ。

 

「我が社の今後を左右しかねない一大プロジェクトですから…どうか、関わる方皆さんに喜んでいただきたいのです。どうぞ、素直な意見をお聞かせください」

「…まぁ、思いついたら」

「では、これで」

 

 青年が軽く会釈をすると、九龍は満足げに頷き、颯爽と立ち去っていく。気付いた他の作業員達に見送られながら、近くに聳えた巨大ビルの方へと戻る。

 

 その背中を見送っていた上司が、愛想笑いを消して不機嫌そうに顔を歪める。

 苛立ち交じりに舌打ちをこぼした彼は、隣に立つ青年の頭に拳を落とし、再度舌打ちを繰り返した。

 

「チッ…! さっさと次、行くぞ!」

「…うっす」

 

 堪えていた鬱憤を撒き散らすように、どすどすと荒い足取りで歩き出す上司の後を、青年は殴られた頭を摩りながらついていく。

 八つ当たりの的にされたことに不満はない。自分勝手で我儘な面が時に目立つ彼に、理不尽をぶつけられる事はそう珍しくはなく、関係の改善などとっくに諦めているからだ。

 

 ぶつぶつと不満をこぼして先を進む上司の後を、むすっとした表情のまま追う青年。

 不意に青年は立ち止まり、天に向けて突き出す巨大ビルを見上げ、眉間に深いしわを刻んでため息をこぼした。

 

「…『ヒーローの為の企業』か。反吐が出るな、ここは」

 

 小さく吐き捨てるように呟き、目の奥に黒い光を宿す。

 それを誰かが見ていたならば、親の仇でも見るようなと評するほど、ふつふつと滾る憎悪の眼差しであった。

 青年はフンと鼻を鳴らすと、先に行った上司を追い駆け足になる。

 

 二人の姿が消え、他の作業員達による作業の音が響くようになる工事現場。

 懸命に働き、動き回る彼らを見下ろすように、遥か高い空を泳ぐ一艇の飛行船から、軽やかな女性の声が降り注いだ。

 

『―――衣・食・住。満たされた環境で満たされた暮らしを……健やかで優れた自分を育て、誰もが守護者(ヒーロー)となれる未来を作るために……』

 

 巨大なモニターが側面に取り付けられた、大きな飛行船。

 そこに映し出された美女が、ポーズを取りながら栄養ドリンクを飲み干し、端のような笑顔を浮かべてみせていた。

 

『ガーディアン・エンタープライズは、皆様の明日を守護する企業です―――』

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