僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART− 作:春風駘蕩
『―――本日はゲストとして、元警視庁警部である一条さん、〝個性〟の歴史に詳しいソレル教授に来ていただいております。本日はどうぞ、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
台本を持った黒髪の女性が、深々と頭を下げて始まりの挨拶を行う。
彼女が見つめる先には、弧を描く形のテーブルを前にし、横に並んで座る数人の男性達の姿がある。いずれもキッチリと着こなしたスーツに身を包み、真剣な表情をスタジオに備えられたモニターに向けている。
そこに映し出された恐ろしい形相の怪物と、仮面を被った赤い戦士の姿に、男性陣の視線がより強くなった。
『えー、昨晩の映像を見てみますと、未確認生命体はやはり、
『その通りです…4号と他の未確認生命体の戦闘で偶然採取された肉片などを調査した結果、通常の生物ではあり得ない構造をしていることが確認されています。それ故に、警察も未確認生命体出現の折には、重火器の使用を解禁しております』
元警部一条の返答に、進行役の女性は眉間にしわを寄せる。
〝個性〟が世界中で発現して幾年も経ち、変貌した世界の様相。
〝個性〟を使用した悪事により、事件の被害は以前とは比較にならないほどに悪質化し、規模も大きくなった。とはいえ犯人も人間に変わりはなく、完全な排除は許される事ではない。
敵と総称される悪役達に対する攻撃において、正義の味方達に課せられた枷が、相手の有する〝人権〟というものなのだ。
それがこの敵に対してのみ対象外となるという決定に、女性は複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
『これまでの戦いを見てみると、やはり4号は他の未確認生命体とは敵対関係にあるということでしょうか?』
『そのようですね。4号はここ数ヶ月の間に度々目撃されていますが、いずれも人間には目もくれず、未確認生命体のみを標的に戦闘を繰り広げてきています』
モニターに映し出される映像には、蝙蝠に似た姿をした怪人に向けて、赤い鎧の戦士が強烈な跳び蹴りを食らわせている光景が映し出されている。
昨今では然して珍しくもない、ヒーローと敵の交戦の風景。しかし、直後に怪人を中心として巻き起こった大爆発が、それとは異なる事例であることを示す。
燃え上がる怪人の亡骸を見下ろし、立ち尽くしていた鎧の戦士は、しばらくして駆け寄ってきた警察部隊に気付き、強烈な跳躍と共に夜の闇に消え去っていく。
一般人から寄せられたその映像に、スタジオの中の全員が険しい顔になっていた。
『くわえて、警察やヒーローが確保しようと距離を詰めた場合も、敵意を見せることなくその場から逃亡しています。少なくとも自分に害意のある存在を見境なく襲うわけではないものと思われますね』
『4号の標的は、人類の敵である未確認生命体であると……そういうことでしょうか』
『あくまで個人的な意見ですが……しかし、4号が我々人類の味方であるという確証はありませんので、やはり十分な警戒が必要になると思われます』
専門家たちの意見を聞き、進行役の女性が神妙な表情で頷く。
詳しい情報はまだまだ少なく、予想でしか捉える事の出来ない謎の赤い鎧の戦士。
ひたすらに人類の敵に力を揮い、何も言わずに立ち去っていくその戦士に向けられる視線は、お世辞にも好意的とは言えない、厳しいものばかりであった。
『警察は、今後もこの謎のヒーローについての情報を集め、一刻も早い確保を目指すとのことです』
そんなテレビの中のやり取りを、青年達は椅子に腰かけながら眺めていた。
エンジン音が足元から響いてくるバスの中、隣り合った椅子に腰かけた赤い髪の青年と、金髪の青年が、スマホの画面に映る映像に沸いた声を上げていた。
「いつ見てもすっげぇな、4号の必殺キック」
「派手さで言ったらプロ並みだよなー」
赤い髪の青年・切島鋭児郎と金髪の青年・上鳴電気がわいわいと、スマホに映る鎧の戦士―――仮面で顔を隠した少女に釘付けになる。
彼らと、同じバスに乗る少年少女達は皆、ヒーローになるための教えをうける高等学校〝雄英高校〟に通う生徒達である。
生まれ持った〝個性〟の使い方を知り、切磋琢磨し、いつの日か立派に独り立ちするために日々努力を続けている金の卵達だ。
ヒーローを志していることから、ヒーローにまつわるものには興味をそそられるのは勿論、女の子が関わる話題に飛びつく事も仕方がない事だった。
小さな画面に向かって身を寄せ合う二人に、後ろの座席に座っていた女子生徒・芦戸三奈が顔を覗かせてきた。
「……あ、それって最近話題になってる非公認ヒーローの記事? また出たんだ」
「おうよ。結構近所に出たみたいだぜ」
芦戸が興味津々と言った様子で尋ねると、切島がずいっとスマホを持ち上げ、見えやすいようにさせてやる。
映像は丁度、蝙蝠怪人と鎧の戦士が激しい肉弾戦を繰り広げているシーンだった。若い同性が凄まじい戦いぶりを見せる様子に、芦戸やその隣に座る別の女子・耳郎響香が「おお!」と高揚した声を上げる。
「だけどやっぱいい目は向けられてねーみたいだな。まぁ、当然っちゃあ当然だがよ」
「無免許で結構暴れちまってるみたいだしなー」
実に惜しい、という風に眉間にしわを寄せる切島達。彼らの話題を耳にしていた他のクラスメイト達も、似たような反応を見せている。
雄英高校は、世間に名を馳せる有名なヒーロー達を多く輩出してきた名門校。
真っ当な道として、そんな難関学校に入学してきた彼らにしてみれば、実力がありながら同じ道を歩めていない彼女の事が不思議でならない。
なぜこのような日陰の道を進んでいるのか、と少し違う興味を抱く中、それとも全く関係のない見方をしている者もいた。
「……写真の解像度が低いせいで正確にはわからんが、俺の見立てによるとサイズは上から88・54・85……カップはDからEってところか? ガッチガチの鎧に隠しているようだがオレっちの目はごまかせねぇぜ……‼」
「堂々となんつー目向けてんだこいつは⁉」
「峰田君! 女性に対しそのような視線を向けるのはやめたまえ! 我が校の恥となりたいのか君は⁉」
じゅるり…と涎を垂らし、欲望に満ちた邪悪な目で自分のスマホを凝視するのは、周りより一回りも二回りも小さな少年・峰田実。
人よりそういったものに対する興味が強く、しょっちゅうヒーローにあるまじき表情を見せる男子であり、その度に女子達に折檻を受けるのである。
あまりに堂々としたゲスぶりに、カクカクとした動きで注意をしたメガネの少年・飯田天哉を含めた他の男子達も、心底呆れた表情を向けていた。
「相っ変わらず危ねぇやつだな……違反者だけど気の毒になってくるぜ。なぁ緑谷……」
「この身体能力からして〝個性〟は発動型強化系かなでも必殺のキックを食らった3号が爆発した理由が当てはまらないから別の特殊な系統なのかもしれないもしくは複数の系統が複合化された〝個性〟なのか複数の〝個性〟を瞬時に使い分けているのかも…?そもそも使われているのが〝個性〟とも限らない4号も3号も〝個性〟に似た全く別の力を使っているのかもしれないだとしたら4号が未確認生命体と戦う理由は何だ生物的な本能なのかそれとも敵対する組織のようなものがあるのかだとしたら…」
「おおっとこっちにもある意味で同類がいるぞ‼」
半目で冷や汗をかいていた別の生徒・瀬呂範太が隣の座席に座るクラスメイト―――緑のもさっとした髪が特徴的な少年・緑谷出久に話しかける。
だが、当の本人は皆と同じくスマホの画面に映る、鎧の無免許ヒーローに集中し、ぶつぶつと一人で呟きまくっていた。瀬呂の声など微塵も聞こえていない様子である。
重度のヒーローオタクであり、ヒーローに関する事に直面すると一人で考察を始め、周囲の目も憚らず呟き続けるという困った癖を持っているのである。
クラスメイト達は、もはや見慣れた彼のこの状態に苦笑をこぼすだけであったが、一人カッと目を吊り上げ、勢い良く振り向く男がいた。
「るっせーぞクソデク‼ 毎回毎回ブツブツブツブツしつけーんだよ‼」
まるで爆発事故でも起きたのかと思うほど、激しく凄まじい勢いで罵倒を口にする、刺々しい髪形の少年・爆豪勝己。
プライドが高く自信家、生まれ持った優れた〝個性〟の影響か本人の将来の性格か、他者を見下す事がよくあるものの、そこを除けば純粋にNO.1ヒーローに憧れる少年である。
出久とは幼馴染であり、いつしか仲の好さとは無縁となっていたのだが、出久と共に雄英高校に通い出すと度々爆発するようになったのだ。
「だいたい何が4号だコラァ‼ 仮面なんざつけて顔も見せらんねぇような奴に何騒いでんだよ‼」
上に立つ事に拘る爆豪としては、真面な立場にいるわけでもないのにヒーローのように扱われ、目立っている仮面の女性が気に入らないらしい。
わいわいと映像を見てはしゃぐ切島達に、最早直角に釣り上がって見える目で睨みつけ、爆音のような怒号を放つ。そのうち何か妙な怪物にでも変貌しそうな有様だった。
だが、ヤクザでもビビりそうな爆豪の剣幕など、切島達には慣れたもの。
逆に、推しのアイドルかヒーローを紹介するかのように、スマホを片手にずいっと爆豪の方に寄り始めた。
「いやいや気になるだろ。見た感じ俺らとそう変わんねーのに一人で
「せめてどこの誰とか知りたくはなるだろ?」
「しかも女だぞ! 結構なおっぱいなんだぞ⁉ 気になるだろ男の子ならよぉ‼」
「知るか‼ てめーらと一緒にすんじゃねーよ‼」
「いやコイツと一緒にはしないでくれね⁉」
ぐいぐいと頬に押し付けられ、爆豪はビキビキとこめかみに血管を浮き立たせる。鬱陶しさにより、苛立ちが最高潮に達しかけ、それらが〝個性〟を通じて弾け飛びそうになる。
出久がそれを見て、どう止めたらいいのかと考え始めたその時。
バスの前方から、重く大きな呆れを孕んだため息の声が聞こえ、爆豪達の視線をそちらへ引き寄せた。
「おい、いい加減口閉じとけ。向こうでもそのハシャギようじゃいらん恥をかくことになるぞ」
バス前方の座席から身を乗り出し、じろり、と気だるげに睨みつけてくるのは、雄英高校1年A組担任教師・相澤消太。
イレイザーヘッドというアングラ系のヒーローであり、見た者の〝個性〟を消す事ができる『抹消』の力を持った男だ。
彼が一睨みすれば、爆豪の持つ〝爆破〟であろうが、上鳴の〝帯電〟であろうが、一部を除いたあらゆる〝個性〟は意味を失くす。
ドライアイであることを除けば非常に優秀なヒーローである彼の注意に、爆豪は苛立たし気に舌打ちをこぼした。
「このバス旅が某企業様のご好意で用意されてるってことを忘れんな」
「「「はーい」」」
注意事項を全て伝えると、相澤は座席に座り直し、アイマスクをつけ直す。
時々はしゃぎすぎる事を除けば、今年のA組は将来勇猛な教え子たちが揃っている。何度も注意する必要はそうそうないはずである。
徹底した合理主義者である相澤は、目的地で待っている仕事の事を考え、少しでも体力を温存させておこうと、一時の眠りに就いた。
「楽しみだねー、博覧会! 遠足みたいでワクワクする!」
「しかも企業からの出資で全部タダなんだから、太っ腹だよね〜!」
A組の生徒達は相澤が静かになると、節度を守り抑えた声で囁き合う。
興奮しすぎて、目的地の者達に迷惑をかけてはいけないとわかってはいるものの、この先で待っている数々のものに、期待をせずにはいられなかった。
中でも特にわくわくと、隣り合って座る茶髪の少女・麗日お茶子と服以外全身が透明な少女・葉隠透が、笑って手を上下に振っていた。
他の者達も皆程度は違えど似たようなもので、目的地で待っている数々の体験を、非常に心待ちにしていたのだった。
『続いてのニュースです。4月初頭に発見された謎の超古代文明の遺跡の発掘調査が、本格的に開始されるとのことで……』
『従来の文明の定説を覆す技術力の高さを誇るとされるこの遺跡は、
生徒達がバスの到着を待ち望み、早る気持ちを抑えて囁き合う。
その間にも、生徒たちの手にあるスマホからは、ニュースの声が絶えず流れ続けていた。
『続いてのニュースです…本日より、ガーディアン・エンタープライズ主催で、大規模な博覧会が開催されます。ヒーローの為の企業、守護者達の英知が結集され、これまでにない盛大な催しが行われる事になるでしょう―――』