僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART−   作:春風駘蕩

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No.3 G・E(ガーディアン・エンタープライズ)

「列にお並びの皆様は、くれぐれも前の方を押さないようにお願いいたします。ゆっくりと、係員の指示に従ってお進みください―――」

 

 拡声器を使った案内の声は、数百、数千もの大勢の人々が漏らすざわめきに呑まれ、儚く消えていく。

 ゲートの前で列になり、中に入る時はまだかまだかと待ち侘びる人々は、逸る気持ちをどうにか抑え、少しずつ進んでいく。

 

 そんな光景を、ある一人の女性リポーターが眺め、マイクを片手にカメラに向かって話しかけた。

 

「今!私はお茶の間の話題をかっさらう、一大イベントの真っ只中にお邪魔させてもらっています!」

 

 ばっ!と女性リポーターが広げた先に広がっているのは、まるで遊園地と見間違わんばかりに広い入り口。そしてそれすら霞んで見える向こう側の世界。

 まるで無数のアトラクションが待っているように見えるが、そこは決して遊ぶための施設ではない。

 

 ある一定の職業に向けて、ある巨大企業が大規模な投資を行い催す、大々的な技術の発表が行われる場所なのだ。

 

「世界最大のヒーロー支援企業・ガーディアン・エンタープライズ主催! あらゆる企業がこのクラッセ・オーティスに集い、ヒーローのヒーローによるヒーローのための博覧会を開催しているのです! すでに会場は、凄まじい熱気に覆われています!」

 

 東京ドーム何個分にも値するであろう規模を誇る施設には、あらゆる分野で活躍する企業が持ち込んだ新商品が展示されている。

 ヒーローたち、そしてヒーローの卵たちが、自分の戦いを手助けしてくれる企業についてよく知るため、こぞって参加しているのだ。

 

 しかし訪れているのは、全員が全員ヒーローを志望する者達ではない。

 ヒーロー活動を支える道具を生み出す技術者を目指す者、ヒーローを支援する企業への就職を望む者、単純に最新鋭の機械や技術を見学し、後の経験に生かしたいと思う者。

 あらゆる思惑を持った者達が、大勢この地へやって来ているのだ。 

 

「まずはこちら! 次世代ヒーロー育成のためのトレーニング器具を開発しているロボット工学の企業ヤシロパワーズのブースをご紹介しま…」

 

 無論テレビ局もこの話題には食い付き、どんな発表があるのかをお茶の間に届けようと、何組も取材に訪れていた。

 

 そして、あるテレビ局の女性キャスターが、大きな機械の駆動音が響き渡るブースへと向かい、中を見学しようと歩き出す。

 しかし、彼女を出迎えたのはブースの係員などではなく、凄まじい爆音と閃光によるダブルパンチだった。

 

「死にさらせェ‼︎」

 

 ゴッ‼と、一人の少年が繰り出した掌底から、強烈な爆発が生じ衝撃を放つ。

 その一撃が向かう先には、まるで機械のゴリラのような巨大なロボットがいて、次の瞬間には、巨体は爆炎の中に呑み込まれる。

 しかし、突如突き出された剛腕が黒煙を振り払い、少しの焦げ跡だけを残したロボットが顔を覗かせる。

 

 それを見て少年、爆豪はにやりと、笑っているのか怒っているのか、いまいちわからない笑みを浮かべてみせた。

 

「ハッ…効かねェってか! 上等だコラァ‼︎」

「うおらァ‼︎」

 

 その後ろでは切島が、爆豪が相手をしているのと同型のロボットと対峙し、硬化させた両腕を打ち鳴らしていた。

 

 本気の、命を懸けた決戦のような雰囲気が漂っているが、このロボット達に危険はない。

 暴徒鎮圧、警備、災害時の人命救助、トレーニングなど多様な目的のために開発された頑丈な機体で、この場においては対峙した相手の捕縛だけがプログラミングされているのだ。

 

「ほんとにヤベーな、ヤシパのロボ! 前にやってたエキスポより倍くらい進化してねーか⁉︎」

『そこの君達ー、いくら体験といっても本気出す限度があるからねー』

 

 興奮し、もっと戦いたいとやる気をあらわにする爆豪と切島。そんな彼らに、ブースの案内役を務めるスタッフから注意の声がかけられる。

 

 ついでに言うと、取材に来た女性キャスター達は、突然の爆発や轟音ですっかり腰を抜かしていたりする。美人が台無しな、何とも哀れな姿であった。

 

 

 

 また別の場所では、感覚器官の工場のための様々な発明品が展示され、自由に体験できるスペースが設けられていた。

 

 何も戦うだけがヒーローではない。人の命を救うため、逃げ道を作る時のパワーアシストや、要救助者の位置や状態を確認するための道具が必要とされ、企業はそれに応え続けている。

 このブースは、そんな客層に向けた展示内容となっていた。

 

「おお…お、お、お、おぉ〜!」

 

 そこで感嘆の声を上げるのは、太い唇が特徴的な大柄な青年・砂藤力道。

 甘いものを摂取することで、身体能力を向上させることのできる彼が身につけているのは、全身に管がめぐる鎧のようなスーツ。

 鉄の塊を両手で掴み、腰に少し力を入れてみると、即座に全身の管が突如収縮し、スーツを固める。

 

 砂藤にしてみれば、〝個性〟も使っていないのに突然、鉄の塊が軽くなったように思われた。

 

「軽っ‼︎」

「筋力増強系〝個性〟を補助するためのスーツです。使う筋肉の種類によっていろんなバリエーションがあるんですよ」

 

 案内役のスタッフの説明もほとんど耳に入らないほど、砂藤は興奮で鼻息を荒くする。スタッフも苦笑をこぼすが、どこか満足げである。

 

「……参考になりますわ」

「ヤオモモ、まさかこれ自分で作る気? マジで? 特許とかどうすんの?」

「い、いえ! あくまで参考ですわ! 完全に模倣などしたらそれは流石に問題ですもの!」

 

 ジーっと展示されている発明品を凝視していたA組の才女・八百万百がぽつりと呟くと、葉隠や耳郎、芦戸が「えっ」と驚愕の目を向ける。

 構造と材質さえ理解していれば、何でも創れる〝創造〟の個性を持った彼女ならば、ここにある、おそらくは非常に高価であろう発明品を購入することなく手に入れられるだろう。

 

 しかし、それはヒーローとして、というか人としてどうなのだろうかという級友達の疑問の視線に、八百万は慌てて否定の言葉を返した。

 

「でゅへへへへ…見える、見えるぜ…! この目に映るあらゆるものが赤裸々に見えるぜ……体温だけどな!」

 

 さらに別のブースでは、カメラのレンズのように伸びるゴーグルをかけた峰田が、興奮しながらも愕然とした声を上げていた。

 彼の目に映るのは、高度な技術によってあらゆるものを透視した世界―――などではなく、従来のものよりもはっきりと体温が映る世界だった。

 

 X線や紫外線、赤外線、電磁波など、あらゆる光を可視化し、壁の向こう側にいる要救助者を探すための発明である。

 もっとも、峰田の求めるものとは、少々趣が異なるものだったようだが。

 

「…完全透視ゴーグルっつーから若干期待してたけど、やっぱこういうオチだったか」

「チクショウ…スゲェけど! スゲェけどおれっちの求めてる力じゃねぇんだよ‼︎」

『新商品体験はお一人様10分まででーす。そこのお二人ー、いつまでも項垂れていないでさっさと起き上がって交代してねー』

 

 似たような願望を抱いていたのか、乾いた笑みをこぼす上鳴と共に、がっくりとその場に膝をついて項垂れる峰田。

 ブースの担当スタッフが、そんな二人に容赦のない注意を向けていた。

 

 

 

「ったく…案の定はしゃいでんな」

「まーまーそう言うなマイフレンド! はしゃいで目立ったほうが主催者側的には大助かりなんだろうYO! 絶好の宣伝になるんだからな!」

 

 わいわいと、それぞれで発明品の数々に目を輝かせる生徒達を見やる相澤。

 その隣で、サングラスをかけたDJヒーロー・プレゼントマイクが宥めるように語る。と言っても、彼の性格のせいか、宥めるにはかなり大きすぎる声量になっていたが。

 

「噂通り太っ腹なことだ、GE……何か勘ぐりそうになるくらいにな」

 

 彼が見つめる先にあるのは、施設の外に聳え立つ、巨大なビル。

 莫大な金額を投じてこの展覧会を主催し、施設から何まで自腹で用意してみせた世界的大企業〝ガーディアン・エンタープライズ〟の本社だ。

 

 相澤の呟きに、プレゼントマイクは思わず笑みを消す。

 彼が親友と呼ぶ男の懸念、その原因である一つの噂については、彼も何度も耳にし、気になっていたのだ。

 

「OH…そいつは、例の生体実験の噂か?」

「根も葉もない都市伝説じみた噂ならどうでもいいんだが、どうも妙に気になってな…」

「らしくねぇな! 合理主義なお前が勘でモノを言うなんてYO‼︎」

「俺もそう思うよ……ただ」

 

 徹底した合理主義者である相澤は、自身がこうも一方的な疑惑を抱いている事に、自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

 しかしそれでも、大企業の主たる業務を行うビルに対して、彼がじっと揺らぐことなく向けているのは、どう見ても友好的ではない、刺々しい視線であった。

 まるでビルそのものに対して、自身の〝個性〟『抹消』を使おうとしているかのようだ。

 

「そのユーザーの声っていうのが、どうも気にいらないんだ」

 

 敵にのみ向けられる鋭い眼差しと共にこぼれた呟きは、不穏な響きを残して、虚空に消えていった。

 

 

 

「はぇ〜…こんな山ん中にこんなでっかい施設作ってまうとか、ガーディアンなんたらってすっごい会社なんやねぇ」

「それもそのはずだよ! 現在最も名前を聞く企業だからね! そうだろう、緑谷君⁉︎」

 

 どこまでも並び、盛況さを見せつけるブースを見渡し、通路を歩く麗日が呟く。すると飯田も、それにカクカクとした動きで応じる。

 

 麗日にとっては、何度かCMで名前を聞く、何をしているのかはよくわからないが凄そうな会社という程度の印象しかない。

 しかし一家全員がヒーローという、生まれた時から意識の高い日々を送っている飯田にしてみれば、名前を知っていなければ非常に困る重要な相手である。

 

 もちろん同じであるだろう、と。

 飯田は隣を歩く出久に振り向き、勢い良く問いかける。すると。

 

「さすが業界大手として数十年もトップに君臨し続けたガーディアン・エンタープライズだグループ内のどの企業も凄まじい技術力を有している元は製薬会社から始まってその後繊維・食品・鉄鋼ありとあらゆる分野に手を伸ばしどの領域でも高水準を保っているしかもその利益のほとんどをヒーロー支援のための援助として惜しげも無く振舞っているまさにヒーローのための企業だこんな所で見学できるなんて滅多にない幸運で……」

「思った通りヒーロー関連企業までリサーチ済みなんだね⁉︎」

 

 思っていた以上に濃い情報がブツブツと呟かれていて、飯田は感心するとともにやや引く。

 飯田の慄きをよそに、出久は今目にした新たな情報をメモに書き留め、やがて満足した様子で顔を上げた。

 

「けど本当にすごいなぁ……これだけの規模の博覧会を自費で催すなんて。本当にヒーローのためを思った企業なんだ…!」

 

 ヒーロー本人の活躍で霞むこともあるが、ヒーローが全力で活動するためには、多くの人々の助力が無ければならない事も確かだ。

 

 しかし、ガーディアン・エンタープライズはその規模が違う。

 根本的な意識というものが、他の企業とは明らかに一線を画していた。

 

「筋力強化系〝個性〟のためのエナジー飲料…⁉︎ これ、もしかして〝ワン・フォー・オール〟の訓練に使えるかも…!」

 

 ふと、視界に入った発明品のポスターを凝視し、足を止める出久。

 自分がまだ使いこなすまでに至っていない、数多の期待を背負った重要な〝個性〟の役に立つかもしれないと、詳しい資料を求めて歩み寄ろうとする。

 

 しかしその時、彼のすぐ前を横切ろうとする人影があったことに気付かなかった。

 

「出久くん危ないで!」

「え……うわっととっ!」

 

 麗日に言われ、立ち止まった出久が慌てて後退る。

 危うく出久と接触しかけた人物は、難なく一歩下がるだけで回避し、慌てふためく出久にじろりと目を向けた。

 

「すっ‼︎ すみませんっ‼︎ 展示品に見とれててよそ見してて、それで…」

「…いい、気にすんな」

 

 ぺこぺこと頭を下げ、必死に謝罪する出久に、作業服を着た短髪の青年はぶっきらぼうに返す。

 何かの作業の休憩中だったのだろうか、片手にプルタブの開けられた缶が握られ、もう片方の手には菓子パンが握られている。

 

 目尻の下がった、やる気のなさそうな目をした青年は、失態を犯し戦々恐々としている出久の顔を覗き込み、口を開いた。

 

「そっちこそ怪我はない…ですか」

「え? あ…はい、大丈夫です」

「ん、ならよかった……です」

 

 一切表情を変えず、独特の間で話す青年に、出久はどう反応したものかと困惑の視線を返す。

 背の高い、肩幅もがっちりとしたが体の良さから大人なのかと思ったが、声の高さは比較的高い。人によっては少年のものに思えそうな声だった。

 

 呆然と立ち尽くしていた出久だが、麗日と飯田が駆け寄ってきたことで我に返った。

 

「出久くん、大丈夫なん?」

「ダメだぞ緑谷君! よそ見などヒーローどころか人としてマナー違反だ!」

「ご、ごめん。…あの、本当にすみませんでした」

「ん…」

 

 麗日からは心配され、飯田からは厳しく注意され、出久は自分が恥ずかしくて思わず縮こまる。

 

 最後にもう一度、青年に深々と頭を下げると、青年はひらひらと手を振り、踵を返し歩き出す。

 振り向くことなく、人ごみの中に消えていく青年の背中を見つめながら、出久は思わず首を傾げていた。

 

「…なんだか、不思議な雰囲気の人だったな」

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