僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART−   作:春風駘蕩

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No.4 CEO 九龍

「―――我が社の経営理念は、『ヒーローを日常面においてもサポートする』、『誰もが特別になれる環境を作る』という事を主としています」

 

 上質な革に覆われたソファに腰かけ、前のめりになったスーツ姿の男が、対面側の席に着く女性にそう答える。

 白と黒を基調としたテーブルや内装、シックな印象を抱かせる室内で、二人は相対する。

 

 高級な生地に、趣味の好いネクタイを合わせたきっちりとした姿。髪はワックスで固め、隅々まで髭を剃った清潔な出で立ちをした男である。

 彼―――ガーディアン・エンタープライズ代表取締役・九龍が笑みを浮かべた。

 

「日常…ですか?」

「生物の肉体を作るのは食事です。そして疲れた体を癒すのは睡眠…どちらも人間の生活においては必要不可欠な行動で、しかし現代人がうまく行えなくなっている習慣でもあります」

 

 自身が、そして企業が抱く理念を、どこか熱さを携えて語る九龍。

 長い年月を経てなお揺るぐことのない、全ての経営における根源を、どこか自慢げに語る彼の姿は、まるで少年のように純粋に見える。

 

 それに不思議そうな顔をするのは、細かく書き込まれたメモを手にした女性記者。

 世に知らぬ者はいない大企業、その最高経営責任者への独占インタビューという大役を上司から請け負い、強い緊張を抱いていた彼女。

 一体どんな深い目的があるのか、とメモを握る彼女に、九龍は苦笑をこぼし話を続ける。

 

「犯罪件数の増加する昨今において、生活習慣の乱れは多発しやすい現象です。それを私は、『仕方のない事』と諦めたくなかった……だからこそこの会社を設立したのです」

 

 膝の上に手を乗せ、どこか遠くを見ながら重い声で語り出す。

 今ではない、遠い過去を思い出しているようなその様に、女性記者は思わず息を呑み、無言で目の前の男を見つめる。

 

 安易に口を挟んではいけない、そんな雰囲気が九龍から漂っており、異様なほどの喉の渇きに苛まれながらも、耳を傾け続ける。

 

「衣・食・住、人間が当たり前にやっている……いや、昨今の状況を顧みればできなくなっている基本を今一度やり直す事で、ヒーローの資本たる強靭な体を作って欲しいという、願いそのものなのです」

「な、なるほど……では、誰もが特別になれるというのは?」

「人には、才能の有無という絶対的な壁があります。それを努力で乗り越えることは……残念ながら非常に厳しい挑戦でしょう」

 

 寂しげな笑みを浮かべ、首を振った九龍はちらりと横を見やる。女性記者もそれにつられて振り向いてみる。

 

 目に映る、壁に飾られた多くの賞、台に飾られたトロフィーや盾。

 それらは九龍が心血を注ぎ、作り上げてきた多くの成果を示した証だ。その数と輝きが、栄光の偉大さを示しているといっても過言ではない。

 

 しかし、九龍が見ているのはそちらではなかった。

 トロフィーの横に置かれた、小さな写真立て。そこに映る、今よりずっと若い九龍と多くの社員達だ。

 

「ですが、誰しも必ず何か才能の種を持っています。それは成長させられれば、きっと大きな花を咲かせることができる……その花を咲かせる環境を用意することが、新たなヒーローの誕生につながると、私は信じているのです」

 

 堂々と、一切恥じる事なく信念を言ってのけた男に、女性記者は思わず目を見開き、じっと彼を凝視する。

 理想論を臆することなく抱き続ける九龍に、女性記者は頬を赤く染め、彼が小さく咳払いをするまでポーッと見惚れ続けていた。

 

「し、失礼しました。それでは……そこに思い至る、何かきっかけのようなものはあったのですか?」

 

 慌てて居住いを正し、顔に溜まる熱を覚まそうと努めながら、次なる質問を口にする女性記者。

 

 その質問に、九龍は不意に言葉を詰まらせ、困ったように頬を掻く。

 先ほどの態度とはまるで異なる、ひどく言い辛そうな、気恥ずかしそうにする姿だ。女性記者はより興味を引かれ、食い気味に彼の目を覗き込む。

 

 女性記者の強い視線と態度に押されてか、観念した九龍がぽつりと呟いた。

 

「実を言うと、昔の私は、ヒーローを志していたんです」

「そうなんですか⁉︎」

「ええ…ですがお恥ずかしい話、体も弱く小さく、ヒーローの試験はとても突破できない脆弱な子供でした。それに何より……ヒーローに向いた〝個性〟でもなかった」

 

 驚きの声を上げ、女性記者は思わずまじまじと相手を見てしまう。

 

 背丈はやや高く、それなりにしっかりとした身体つきではあるが、温和な顔つきのためか荒事に向いているとは思えない。

 そんな彼が、かつては今と真逆の立場を目指していたというのだから、驚く他になかった。

 

「何度も挫けました……どうして自分には戦う力がないのかと、救われるばかりで助ける力がないのかと。無力な自分に荒れた時期もありました」

 

 深いため息をつき、また虚空を見上げる九龍。

 その視線の先は、苦労を重ねた若い時代よりもずっと昔を見ているように、遠く儚げな眼差しになっている。

 

 目を細め、女性記者に向き直る。懐かしそうな眼差しのまま、真剣な眼差しで女性記者を見つめて語る。

 

「ですが、ある時気づいたのです―――ヒーローになれないのであれば、ヒーローを生み出し、支えられるようになれば良いのだと」

「それで……ガーディアン・エンタープライズを?」

「ええ…『人は生まれた時から皆主人公』などという言葉もありますが、私はそうは思いません。生まれた時から脇役が決まっている人間もいる……けれど、だからといってその人物が無意味な存在であるとは思いません。むしろ逆です」

 

 九龍は首を振り、胸に手を当てて背筋を伸ばす。

 誇らしげに笑みを浮かべ、堂々と目を合わせてくる彼のその様は、この道を進んだことを一切後悔していないことを示している。

 

「伝説を彩る主役ではなく、伝説を眩しく映えさせる重要なファクター……私がなると決めたのは、そういう影の立役者なのです」

 

 力のない事を嘆くのではなく、力ある者のために戦う事を選んだ彼に、女性記者はまたしても見惚れてしまっていたのだった。

 

 

 

 他にもいくつかの質問、今後の方針やプライベートについてなど様々な事柄を問いかけ、インタビューは終了した。

 荷物をまとめ、ソファから立ち上がった女性記者はぺこりと頭を下げ、多忙の中長く時間を取ってくれた九龍に、深く感謝の意を示す。

 

「本日はどうも、ありがとうございました」

「こちらこそ、拙い話を聞いていただきありがとうございます。…青臭い、暑苦しいお話を長々と申し訳ありません」

「いえ! 大変ためになるインタビューになりました!」

 

 余程インタビューの内容に満足だったのか、女性記者は九龍に何度も頭を下げる。頬は赤いまま、瞳はまるで恋する乙女のように潤んでいる。

 いや、もうすでに心を奪われているのかもしれない。視線はじっと、九龍に釘付けになっていた。

 

 しばらくの間、魂が抜けたかのように九龍に見惚れていた女性記者は、九龍の咳払いで慌てて我に返る。

 大急ぎで荷物をまとめ、かつかつと速足出入り口に向かうと、また何度も頭を下げた。

 

「では社に戻り次第、先ほどのお話は一字一句記事にさせていただきます! …完成しましたら、またご確認していただきますか?」

「ええ…楽しみにしていますよ」

 

 にこやかに笑いかけ、九龍が優しい声と共に見送ると、女性記者はますます顔を赤くし、パタパタと慌ただしく去っていく。

 

 何処かに体をぶつける音が何度か扉の向こう側から届き、それが聞こえなくなってようやく、九龍はフーッと大きく息を吐いた。

 温和だった表情は鳴りを潜め、やや疲労した様子の険しい顔になる。出来上がった眉間のしわを、彼は自分の指で揉みほぐす。

 

 そこに、コンコンと扉をノックする音が響く。

 九龍が「はいりなさい」と促すと、眼鏡をかけた男、九龍の秘書である者がホルダーを手に入室し、無言で九龍にそれを手渡す。

 

「……展示会は盛況のようですね」

「はい、当初の予想をはるかに上回る集客率です。それに伴い、G・E社の売り上げも上昇傾向です」

 

 挟まれた書類に目を通した九龍は、目を細め肩を竦める。望み通りの数値が刻まれていたようだ。

 

 秘書は直属の上司の微かな表情の変化に気付き、室内に設置されたコーヒーサーバーに向かう。

 九龍に何も言われないまま、秘書はてきぱきと手早くコーヒーを淹れ、全く澱みのない動きで九龍の前に差し出した。

 

「ヒーロー校の生徒が見学に来たこともプラスになっているようですね。やはり有名ヒーローのネームバリューは凄まじい……」

「…報告がもう一つ」

「何かね?」

「遺跡の研究チームからなのですが……どうもメンバーの一人が」

 

 書類を片手に、コーヒーカップを手に取り喉に流し込む。上等な豆を高級機材を使って抽出した最高級のコーヒーだが、眉尻一つ動かさずただ飲み干す。

 秘書はそれに対し何も気にした様子を見せず、淡々と報告を行う。

 直立のまま口だけを動かし、感情を一切見せない様は、まるで人間そっくりのロボットの様だ。

 

「…そうですか、ならばその方は別の方と交代させてください。作業の中止は認められません。予定通りに終わらせるようにとお伝えください」

「はい」

 

 九龍の決定に、秘書は一切口を挟むことなく一礼し、きびきびとした動きで退室する。

 

 ガチャリ、と扉が締められる音が響くと、九龍はホルダーをテーブルの上に置き、両手を左右に広げて伸びをする。

 おもむろに立ち上がった彼は窓際に向かい、そこから覗ける外を―――山地から見える、土が露出した場所を眺め、目を細めた。

 

「せっかく見出されたのですから……しっかりと役に立っていただかなければね」

 

 人工的な形状が見られるその場所を、九龍は無言で凝視する。

 彼の口元にはいつしか、女性記者の前では決して見せなかった、意味深な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 場所は変わり、とある山中。

 暗い地面の下、土を真っ直ぐに切り出されてできた深い空間の中で、何人もの作業員達が汗だくになって働いていた。

 

「おーし、そのままゆっくり上げていけ。そうそうゆっくり、傷一つつけたらお前の給料が吹っ飛ぶと思えー」

 

 男が二人、肩車でもすれば指先が届くような狭い空間。

 ヘルメットを被った年長の男が、重機を操る若い男達にそう叫び、注意を促す。

 

 彼らが囲んでいるのは、四角い台座の上に置かれた巨大な石の棺であった。

 エジプトの王が入っていそうな、奇妙な文字や絵が刻まれたそれを、地下の空間に持ち込んだ小型の重機を使い、慎重に持ち出そうとする。

 

 経年劣化と素材の脆さゆえに、いつ砕けるものかと戦々恐々としながら、男達は作業に没頭していた。

 

「…なんだってこんな街から近くも遠くもない場所から、こんな遺跡が出てくるんすかね?」

「地盤とか水脈とか、色々諸々の影響で開発の手が向かわなかったって話だな。ま、新技術とやらでここも開発される予定だったらしいけどな」

 

 一人の作業員が、訝しげな表情で隣の先輩に尋ねるも、返ってくるのはわかりきった答えのみ。

 

 彼らがいる場所は、都会から車で数十分ほどしか離れていない山の中腹だ。

 子供が登ろうと思えば登れるほどの標高と険しさで、もっと早くに誰かが見つけていてもおかしくないほど身近な場所である。

 特に何も起きることなく、いざ開発といった時期に発見があったという事だ。

 

「いつぐらいの遺跡なんすかね、これ。縄文とか弥生とか、そんなレベルじゃないって聞きましたけど」

「さぁな……その辺はお偉い先生方が調べるだろ」

 

 後輩に尋ねられ、首を傾げる先輩。

 自身もさして地質学や歴史学に詳しくないため、悶々とした疑問が宙ぶらりんになるだけだ。

 

 そんな彼らに、彼らの上司が気付き、目を吊り上げる。

 作業中に気を抜き、勝手に世間話に興じている若者達に、年長の男が声を張り上げ、鋭いにらみを利かせる。

 

「おいお前ら! 駄弁ってねぇでさっさと仕事終わらせちまえ!」

「うげっ!」

「わかってますよ親方!」

 

 狭い地下空間で怒鳴られ、キーンと耳に声が突き刺さるような感覚に陥る二人。他の作業員達にも睨まれ、二人は慌てて作業に集中する。

 

 といっても、棺は既に台座からずらされ、すぐ横に用意したフォークリフトの腕に移すだけ。その後は別の作業員の仕事であり、二人の作業はじきに終了するものであった。

 狭く暗く、その上湿気の多い嫌な空間からようやく解放される、と上司の目を気にしつつ内心喜んでいた二人は。

 

 棺の隙間から漏れる、黒い靄のような何かに気付かずにいた。

 そしてそれが地下空間にゆっくりと広がり、作業員達の足元に絡みつき始めている事に、誰も気づかずにいた。

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