僕のヒーローアカデミア −MIGHTY HEART− 作:春風駘蕩
「…っあ〜、はしゃぎすぎたな。ノド痛ぇ」
ドサッ、と勢い良く、施設内に設置されたベンチに腰掛ける男子生徒がいた。
するとその隣に、同じ学校の制服を纏った少年達が座る。
全員、ヒーローを育成する科を有する学校で、ヒーローになるための教育を受けている者達である。
「面白すぎるってこの博覧会……もう遊園地みたいなもんだろ」
「それでいてタダだからな! 期間限定とかじゃなくずっとやってくれりゃいいのに」
発明品の数々を散々体験してきた彼らは、やや消耗した様子を見せながらも、満足げに施設を眺め、笑みを浮かべる。
普通であれば、滅多にお目にかかれないようなアイテムの数々。それを実際に使ってみるという貴重な経験に、全く興奮が冷めない様子だ。
「俺、ガーディアンの商品はスナックとかしか買ってなかったけど、今後はもっといろんなもの買うわ」
「俺も俺も! レトルト食品とかも売り出してるらしいしな!」
「スゴくて美味いもん食って、勝手にヒーロー並みの体が作られるなんて得すぎだよな〜」
「俺、ガーディアンに就職しよっかな」
「俺はヒーローがいいけど……ガーディアンが出資してる事務所って、どっかなかったっけ?」
「探しゃあるんじゃねぇか?」
男子高校生らしい、夢というよりは希望的楽観が強く現れた会話で盛り上がり、けらけらとはしゃいだ声を上げる。
いつか使うかもしれない、作るかもしれない道具の数々に、明日への夢と希望が湧いてくる。
「あ〜あ、ずっとここで体験してたいわ」
暢気に笑い、次はどこのブースを回ろうかと、渡されたパンフレットの中の地図を見ようとする男子高校生達。
目を輝かせ、新たな未知の発明品との巡り会いに心を躍らせていた、その時だった。
ドンッ…!と。
大気を揺るがす爆音が響き渡り、会場中に振動が伝わっていった。
「何だ⁉︎ 何が起こった⁉︎」
音に驚き、来場者全員が困惑の表情を浮かべる。誰もがびくっと肩を震わせ、どこで何が起こったのかと、辺りをきょろきょろと見渡し始める。
そしてやがて、彼らは気づく。
会場の一角、大型ロボットの展示が行われていたブースで、白煙が立ち上っている事に。
遠目でも見えるほどに巨大であったロボットが、白煙の中で横倒しになっている事に。
そして……白煙に覆われたその中で、大型ロボットを踏み潰し、立っている人影がある事に。
「……あれって」
「まさか…!」
徐々に薄れていく白煙を凝視していた来場者達は、少しずつその表情を驚愕に、そして焦燥へと変えていく。
あらわになっていく影が人ではなく、悍ましく異形のものだと多くの者が気付いた直後。
会場中に設置されたスピーカーから、けたたましくサイレンの音が鳴り響いた。
『緊急のご連絡です…! 当施設に
「ガアアアアアァ‼」
スピーカーから流れる、緊急アナウンスに合わせるように、異形は―――未確認生命体と呼ばれる犀の異形は、凄まじい咆哮を上げる。
ビリビリと空気を震わせるその咆哮を前に、来場者達の思考は一瞬で凍り付く。恐怖で顔は引きつり、背筋から全身に寒気が迸る。
そして、その場にいた数百人が一斉に、弾かれたように逃走を開始した。
「うわああああ!」「おい、そこどけよ!」「いやぁぁ!」「おかあさーん!」「急げよ、何ぐずぐずしてんだよ⁉︎」
一刻も早く、恐るべき化け物から離れたい。その一心で、人々は他人を慮る余裕をすべて捨ててしまう。
子供であろうが誰であろうがまるで気にしない。自分一人が生き残る事を考え、力尽くで前を往く者を押し退け、ひたすらに逃げ続けていた。
そんな惨状の中を、ヒーローを目指す少年達は走る。一人前でなくても、卵としての役割を果たすために。
「未確認生命体…! なぜよりによってかような人群れる場所に…⁉︎」
「彼、何号だろうね? 8号? 9号?」
「んなことどうでもよくね⁉」
訝しげに目を細める、鴉のような顔を持った少年・常闇踏陰。少しずれた事を呟く金髪の少年・青山優雅。それにツッコミを入れる、大きな尾を持った少年・尾白猿尾。
逃げ遅れた者、逃げられなくなったものを救うために、彼らは独自の行動を行い出していた。
しかしヒーロー科の少年少女達は、急な展開と逃げ惑う人々の波により、うまく動くことができなくなる。混乱の渦の中では、たかが数人の声はあまりに無力であった。
「おかあさん…お母さん…!」
ふと、か細く消え入りそうな、悲しみに溢れた声が聞こえてくる。
ハッと振り向けば、収拾のまるでつかない混乱の中を一人彷徨う、幼い少女の姿が目に映る。
親と逸れたのだろう、今にも転びそうな足取りで、粉塵の中を歩いている。
するとその時、バキッ…とどこからか轟音が響く。
少女が身を震わせたその時、彼女のすぐそばに置かれた巨大なモニュメントが、少女に向かって傾ぎ始めていく様を目の当たりにする。
「危ねぇ‼︎」
ゆっくりと倒れてくる巨大な凶器。少女はハッと目を見開き、驚愕と混乱で固まってしまう。
しかしその寸前、居合わせたヒーロー科の生徒達の中で、最も少女の側にいた男―――切島が、少女に覆いかぶさる。
そして、彼の背中に向けて巨大な質量が倒れ込み、轟音と共に少女もろとも見えなくなってしまった。
「切島ァ‼︎」
「おい! 大丈夫か切島ァ‼︎」
一切を目撃した同級生たち、中でも爆豪が慌てて現場に駆け寄り、モニュメントの下を覗き込んで声を張り上げる。
倒れた衝撃で歪んだモニュメント。その下に向けて爆豪達が全員で叫び、安否を問うと、微かに何かが動くのが見える。
上鳴が自分の電気で照らしてみると、そこには全身を〝個性〟で硬化させ、両手両足を突いた体勢で踏ん張っている切島の姿が見つかった。その下には、縮こまる少女の姿も確認できる。
「だ…いじょうぶだ! でもっ…動けねぇ…!」
「い、今助けるぞ!」
「よしみんな、手伝ってくれ!」
「お、おう!」
飯田の指示で、A組は一斉に動き出す。
六本の腕を有する大柄な少年・障子目蔵と砂藤、剛力をの持ち主達を中心に、A組の男子総出でモニュメントの下に手を突っ込み、踏ん張る。
しかし、決して非力ではない男子達が数人がかりだというのに、一行に状況は変わらない。それどころか。
「グルルルル……!」
一箇所に集まり、人命救助に奮闘する彼らの存在を察知したのか、施設の破壊に勤しんでいた未確認生命体が、ゆっくりと近づいてきていた。
爛々と光る目は、間違いなく生徒達全員に向けられている。
邪魔な瓦礫を殴りつけ、宙に撥ね上げどかすその様は、巨大戦車が一台向かってくるような、凄まじい恐怖を少年少女達にもたらした。
「ヤベー! ヤベーぞ! あの化け物こっちに向かって来てやがる!」
「急げぇぇ‼」
凶悪な怪物に狙われていると気付いた彼らは、しかし逃げる事は選ばず、モニュメントを退かす事に焦る。
偽善ではない、仲間を、人を助けるために、自分が窮地に晒されていようと、目の前の命を救う事に懸命になっていた。
そんな中、舌打ちをしながらモニュメントから離れる者―――轟焦凍の姿があった。
「チッ…! そっちは任せるぞ」
「轟⁉ お前、まさか戦うつもりか⁉ ま、待て、落ち着け!」
右手に冷気、左手に炎を宿した轟は、鋭い目で仲間を狙う敵を見据える。
異形はゴキゴキと首を鳴らし、少年少女達を追い詰めようとするように、わざとらしく近づいてくる。
巨大ロボットを粉砕するあの腕ならば、未熟な子供を一ひねりすることなど容易い事であろう。
「ここで全員、背中みせたままやられるより……誰かが足止めして凌いだ方が状況はましになるだろ。…俺に任せろ。
「ま、待って轟君! 僕も行くから‼」
「出しゃばってんじゃねぇぞクソナードにクソ紅白! そいつの相手は俺がやる‼ どいてろや‼」
「お前らもかよ、緑谷! 爆豪!」
「戻って来いお前らぁ‼」
一人、しんがりを務める気でいる轟を放っておくわけにはいかず、出久もモニュメントから離れ、異形と相対する。
すると爆豪もそれに感化されてか、あるいは戦いの場を独占される事を嫌ってか、救助活動から離れて手のひらを爆発させる。
救出作業に苦労している他の者達の制止も聞かず、地響きを立てる犀の異形を前に、出久達は緊迫した表情で身構える。
「グオオオオ―――オァア⁉」
明確な敵対意識を見せる出久達に、犀の異形は苛立ちを覚えたのか唸り声を上げ、突進の構えを取ろうとした―――その時。
ズンッ!と大きな足音を立て、距離を詰めた巨大な何かが、異形の真横に激突し大きく撥ね飛ばしてみせる。
出久達は目を見開き、現れたそれ―――展示品の中にあった、巨大な機械の鎧を凝視した。
「アァ⁉」
「こいつは……暴徒鎮圧用パワードスーツとかいうやつか」
『そこの生徒二人! こっちは任せて早く避難しなさい!』
停止した出久達に、パワードスーツを纏った施設の職員らしき人の声が届く。
出久達が反応する前に、パワードスーツたちは踵を返すと、吹っ飛ばした異形の方へどすどすと向かって行ってしまう。
「だ、大丈夫かな……」
「デク君! はよ戻ってきて! 切島君もう限界や!」
残された出久は眉間にしわを寄せて黙り、しかし麗日の声でハッと我に返り、爆豪達と共に切島と少女の救出作業に戻った。
しかし、出久達が戻ってもモニュメントは動かせずにいた。
どういう素材を使っているのか、地面にくっついているのではないかと思えるほど、モニュメントを一行に持ち上げられずにいる。
「くっそォ…上がらねぇ! 誰か、もっと人数集めて来て……」
「―――どいてくれるか」
こうなれば数の力で、と尾白がさらなる協力を提案したときっだった。
彼を押し退け、作業着を着た何者かが出久達の間に割って入った。
「え? あ、貴方は…」
「ったく…あのクズども、鬱陶しいことしやがって」
顔に見覚えのある出久が目を丸くし、ぶつぶつ何事か呟く青年を見つめる。
他の者も、突然救出作業に割って入って来た青年、それも細身で力仕事など期待できそうにない者の登場に、戸惑いの表情を見せる。
しかし彼らの視線を一身に受けても、青年はまるで気にするそぶりを見せなかった。
「はーやれやれ…」
「い、いや……確かに人は呼んだけどあんたの手助けがあってもよ」
「何してやがんだクソ雑魚! 役立たずがしゃしゃり出てくんじゃねぇ! テメェこそどきやがれ!」
ため息交じりにしゃがみ込み、モニュメントの下に手を差し入れる青年に、上鳴や瀬呂が混乱交じりに呟き、爆豪が罵声を浴びせかける。
どうすればいいのか、と少年少女体が立ち尽くし、互いに目を見合わせる。
すると、彼らの目の前で、青年の指がモニュメントに食い込み、ベキベキと歪ませていく光景を目の当たりにした。
「え」
「ぬぅあああああああああああああ‼︎」
「「「「「えええええええ⁉︎」」」」」
誰かが気の抜けた声をこぼした直後、凄まじい雄叫びと共に青年が腰を上げ、モニュメントも大きく持ち上げられ始める。
ミシミシめきめきと軋みを上げ、人の手の形に歪められる鋼鉄の塊に、出久達はこれ以上ないくらいに目を見開き、声を上げる。
爆豪や轟でさえ言葉を失うその光景に、誰もが呆然と固まってしまっていた。
「…いつまで突っ立ってるんだ、ですか」
「よ…よし! 引っ張り出せ!」
「き、切島! あとちょっとだから頑張れ!」
A組全員が固まっていると、青年がモニュメントを持ち上げたまま平然と話しかけてくる。
それで我に返った爆豪が、慌てて全員に吠え、救出活動が再開する。
少女を抱えたまま硬化した切島を砂藤と障子で引っ張り出し、モニュメントから大きく引き離し、ようやく全員で安堵の息をつく。
「わ…悪ぃ、助かった!」
「さぁ、あなたはこちらへ!」
A組の面々全員が関わった救出劇に、切島はバクバクと恐怖していたことを必死に隠し、しかしどうにか礼を言う。
泣きじゃくる少女を飯田が抱えていくのを横目に、青年はモニュメントから手を離し、大きく息をつき、肩を竦めてみせた。
「ふぃ〜…」
「……す、すまない。助かった…!」
ズシンッ…!と凄まじい轟音を響かせるモニュメントに凭れ掛かり、首を鳴らす青年に、少女をあやす飯田がA組を代表して頭を下げる。
といっても、青年に対する驚愕が強すぎて、表情は引きつったままであったが。
平然と、何という事はないという風に手を振る青年に、A組の全員が唖然とした視線を向け、立ち尽くしていた時。
ゴーグルをかけた一人の教師―――相澤が生徒たちの元に走り寄ってきた。
「…お前ら、全員集まってるか」
「相澤先生!」
「状況が状況だ。細かい説明してる暇がねぇから一回で理解しろ」
集まってくる生徒達全員を見渡した相澤は、ちらりと、猛烈な金属音と轟音が響いてくる方に目をやる。
ブースの向こう側で粉塵が立ち上り、時折火花が散っている。展示物らしき巨大な何かが突然倒れ出したと思ったら、何かの破片が宙を待っている。
見るまでもなく、とんでもない状況になっていることは間違いがなかった。
「見ての通り、あれは最近噂になってる未確認生命体ってやつで間違いないだろう……だとすると間違いなく、施設内にいる人間に襲いかかってくる筈だ」
「先生! 俺達はどうすれば!」
「奴の足止めは、エンタープライズ様のご自慢の商品ですでに行われている……今優先すべきは、民間人が巻き込まれないように避難誘導……それと負傷者の救出だ。まともに避難できるやつはそう多くはない筈だ」
連日、ニュースで話題になっている怪人が現れた結果、あり得ないくらいの混乱が起こって収拾がつかなくなった。
企業による緊急措置がこうも時間がかかった以上、企業側でも何か混乱が起こっているのかもしれない。
冷静に状況を理解し、混乱した者達をまとめ上げる必要があるのだと、相澤は生徒達に語ってみせた。
「いいか、ここにいるのはお前らだけじゃない。役目の取り合いなんて下らねぇ真似だけはするなよ」
「「「はい!」」」
相澤の指示に、乱れていたA組の生徒達の意思が統一される。
戦うだけがヒーローではない、それぞれの役割で勝利を勝ち取ればいいのだと、全員がどうにか冷静さを取り戻す。
行動開始の為、一斉に走り出そうとしたその時。
出久がハッと、クラスメイトの命の恩人のことを思い出した。
「あの! あなたも―――ってまた⁉︎」
早く避難を、と伝えようとした出久だが、当の本人がどこにも見当たらなくなってしまっていたため、ギョッと目を見開き立ち尽くす。
峰田に呼ばれるまで、出久はすさまじい剛力の持ち主を探し続ける羽目となったのだった。
遠くから、轟音が立て続けに響いてくる施設内を、青年は一人走る。
邪魔な作業着を脱ぎ捨て、ランニングシャツ姿になりながら、誰の視線もない無人の場所を目指し、走り続ける。
「…人の仕事めちゃくちゃにしてくれやがって、ただじゃおかねぇ」
ギリッ…と歯を軋ませ、視線を鋭くさせる。
やがて人の気配が全くない、備品が置かれた倉庫に辿り着き、何度も辺りをきょろきょろと見渡す。
誰もいない事を何度も確認した青年は、バッと前身を広げるような体勢を取る。
その瞬間―――青年の腰に、赤い宝玉の備わった、一本のベルトが出現する。
「―――変身」
構えを取った青年が、小さくそう呟いた瞬間。
眩い光と共に、青年の姿が大きく―――別人のように変貌していった。