マギュルカ国家の第三王女として生を受けた私は常に淑女として、王族としての立ち振る舞いを強いられた。
時折王宮を抜け出して、王都を見ていったりした。
そこで暮らす人々はとても生き生きとしていて、国王である父が慕われているのだろうと思えた。
だけど、何故こんなにも私とは違うんだろう。
王都で暮らす人達は自由で好きなことが出来る。
なのに私は自由がなくて、
とある日も王宮を抜け出して王都を歩いていると、路地裏に連れ込まれて口と鼻を何かで塞がれた。
それを吸い込んだ瞬間私は意識を失った。
気がつけば麻袋の中に入っており、出ようとしても手足に力が入らなかった。
あの時吸った何かが原因だと分かっても何も出来ない私は、これから何があるのかを待つことしか出来なかった。
いつの間にか眠っていた私は急に瞼の外が眩しかった。
それは袋の外だという事に気付くのは少し時間がかかった。
「ん・・・ぅ・・・」
眩しい光を取り込むように目を開けるとここはどこか見渡した。
それはとても王都ではなく、貧しい雰囲気が立ち込めていた。
そして見渡すとき、私の真っ正面に長い黒髪が映った。
「ひっ」
おぶられているのだと分かっても、少し恐怖を感じて悲鳴をあげてしまった。
すると気がついた様で立ち止まって私に言ってきた。
「・・・家、分かるなら逃げれたら良いよ」
それは私と関わるのを良しとはしないのだろうとすぐに察した。
何故なら表情に出ていたから。
「あ、あなたは」
だけど助けてもらったのだろうとは分かっていたからこの人が誰なのか知りたかった。
「・・・聞く必要も無い。逃げるなら早くして」
しかし関係を持つことすら嫌なのか素っ気ない態度で返されてしまった。
その反応に少し寂しい物を感じているといきなり視点の高さが変わった。
そして私の両足が地面に着くと背中から下ろしてくれた。
「・・・どうかした?」
「優しいのね」
「そんなことはない」
本心から出た言葉だったけれど、この人の優しさが感じれた。
だから私はその優しさを利用しようと考えた。
罪悪感を感じるけれど私はこの場所を知らない。
父や騎士達は教えてくれなかったから、というのもあるけれど。
「えっと・・・一緒に来てもらっていい?」
「・・・理由は」
「道が分からないの。スラム街なんて初めてだから」
「・・・そう」
渋々といった感じだったけどもう少しその優しさに触れていたかったのかもしれない。
思えば、この時点で私はこの人を好きになっていた。
「貴方、名前は?」
「名前・・・」
お互いに名前を知らない以上呼ぶとき不便だろうと思い、聞いたけれど少し暗い表情をされてしまった。
「・・・ユーリ」
確実に偽名だと分かっていたけれど、今の状況のために考えついたその名前を私はしっかりと記憶に焼き付けた。
「そう・・・!ユーリって言うのね。私はミリエル・ヴェイエルというの。よろしくね」
これが私とユーリの初めて会った時。
一目惚れで、王族だとかそんな重荷を捨ててでも一緒になりたいと思えた相手だった。
目を開けるとまだ視界がぼんやりとするけれど、よく知っている天井だった。
ここは私の部屋で、近くには私の専属メイドであるミルメルが心配そうに私を見ていた。
「ミル、メル・・・?」
「お嬢様・・・!」
「あはは・・・ごめん、ね。心配かけ、ちゃった」
まだ上手く声を出せないけれど謝りたかった。
手を動かそうとすると何故か右手だけ動かせなかった。
「お嬢様。起こさないであげてください」
「・・・ぇ?」
ミルメルが微笑ましそうに見ていて、なんでだろうと周りを見ると右側にはユーリが眠っていた。
「・・・ユーリ?」
「お嬢様が手を離さなかったので・・・」
「ぁ・・・」
無意識だったけれどユーリの左手と繋がっていて、恋人みたいに絡み合っていた。
それを見ると急に恥ずかしくなった。
「お邪魔のようですので失礼しますね。何かあればお呼び下さい」
そういうとミルメルは忙しなく部屋を後にした。
その時、嬉しそうな表情で出て行ってた。
「・・・ぁ、ぅ」
同じベッドの中で寝かされていたユーリは無防備に眠っていて、整った寝息が聞こえる。
「すぅ・・・すぅ・・・」
あの街で見たユーリと今のユーリは違ってとても綺麗。
長い黒髪がユーリの容姿を引き立たせていて女の子みたい。
それでもこんな子が男の子なんだと思うと人は不思議。
「え、へへ。ユーリ」
ユーリの事は好きだけれど、だからといって父が許してくれるとは思えなかった。
それどころか、ユーリを罰しそうで言い出す事も難しかった。
「・・・は、ふ」
思い返していると、襲われたときにユーリが助けてくれたんだった。
二十以上いた魔物をユーリが剣を振るっただけで全て切られていった。
それを見ていた私は急に怖くなった。
もしかしたらその剣を私に向けて来るんじゃないかなって。
だけどそれは違っていて剣を下ろして顔を伏せた。
好きな相手をどうして信じれなかったのか。
我慢しているような呻き声も聞こえていたのに、なんで怖いと思ってしまったのか。
この世界中がユーリの敵になっても私は絶対に信じる。
助けてもらった時からそう思っていたのに。
「ん・・・」
「・・・ぁ」
握られていた私の右手。
その指がパクッとユーリに食べられてしまった。
その時にユーリの柔らかい唇が触れて、中にある舌が指の先端を少しだけ舐めていた。
「んく・・・」
望まない婚約者のそれなら私は悲鳴をあげてでも嫌がったけれど、どうしてかユーリには何も思わなかった。
それどころかこんな一面を知れて嬉しいと思えるほどに。
無防備なユーリに少し悪戯しようと、指を中に入れてまさぐる。
すると小さく声が聞こえた。
「ん・・・ぁ・・・」
「・・・ふ、ふ」
だけどそれで起きちゃったのか、閉じられていた瞼が開いてパチッと目を開く。
「・・・おは、よう」
「ん・・・れろっ」
口の中にある指をまだ舐めつづけていたユーリは少しすると離してくれた。
少し顔が赤いけれどそれは私も一緒。
「・・・ユーリ・・・?」
「何か?」
「・・・うう、ん」
「なら大人しくしててください。まだ本調子ではないんですから」
素っ気ないユーリだけど、その裏は甘えたがりなのかもしれない。
「・・・これ以上は不審に思われますし、出ておきますね」
そういうとユーリはベッドを出て、部屋を出ようとする。
それを私は止めた。
ユーリの服を摘んで止めた。
「行かない、で・・・」
「・・・ですが」
「一人、にしないで」
なんでか行ってほしくなかった。
我が儘だって、身勝手だって分かっているけれど、この瞬間は今しかないかもしれないから。
なら少しでもそれに溺れていたい。
「・・・はぁ。近くには居てあげます。それで良いですね」
身を翻して椅子を持つとベッドの側に置いて座ってくれた。
寂しくなった右手にはユーリの左手が置かれていて出せるだけの力で握ると、優しく握り返してくれた。
「ミリエル様は、どうして僕を好きになったのですか」
「・・・ぇ、と」
「今は言わなくて良いです。ですが、私とミリエル様とでは立場が違います。それでもと言うのなら、ご自分で考えてください」
「・・・う、ん」
「・・・では、お休みなさい。ミリエル様」
ユーリの右手が私の頭に触れると優しく撫でてくれた。
それを気に眠気がやって来て瞼を閉じまいと抵抗した。
寝てしまえば居なくなる気がしたから。
「安心して寝てください。側にいるので」
「・・・ぃ、や」
「全く・・・」
「おやすみ、ミリエル」
それを聞いた瞬間、抵抗する気力も無くなって眠気が一気に溢れてそのまどろみに浸った。
不思議と右手には暖かい物があって安心して寝れた。